【偽典】植物系少女と世界の黄昏【田んぼエルフ】   作:フルフェイスパンケーキ

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分割しようと思ったけど、一万字は下回ったので初投稿です。


第八葉:魔人生誕(Birth)

 

 

 

 

「っ、ぎぃがああぁアアアアァァァ――――――アアア!!?」

 

 

 

肩から先を失った自分の腕を知覚してから、更に強まる痛み。酸どころか溶けた鉄を血管に流し込まれているような、気が狂いそうな痛みが駆け上り、ゴボゴボと切り口から血を垂れ流す。

あの攻撃を防いだハズだった腕は、もう俺の体から遠く離れてしまった。

 

 

「行っただろ...付け焼刃程度の力しか持たないキミは僕に敵わないって」

 

「ぁ゛あ゛...が、い゛...ィ」

 

 

奴がこちらに向かって伸ばす手、その指先から解けた包帯が赤黒く染まり、先程見たものと同じ黒靄を纏いながら宙にたなびいている。

 

アレで斬られた、間違いなく。

 

 

「驚いた?驚いただろうね、さっきの話で僕が他人と感覚を共有出来る能力しか持ってないと油断しきってただろうし...周囲のゴブリン軒並みぶち殺して魔核を取り込んだとはいえ、今も魔力スッカスカだけどこれくらいなら出来るんだよ、僕」

 

「ぃ゛ッ...ぃぃぃあぁぁ゛ぁ゛ぁ゛...」

 

 

アイツの話に口を挟むどころか、耳を傾けている余裕すらない。

兎に角痛みで頭がおかしくならないよう跳ね飛ばされた欠損部分に向かって意識を保つので精一杯だ。

 

そもそもこんなに大量の血を垂れ流し続ければ失血死も免れない。

何でもいい、何か止血する手段は...

 

 

「...ん?あれ?」

 

「ぁ゛ぁ...ぁ?」

 

 

だが、突然奴が首を傾げながら俺の方...厳密には、腕のもげた肩を凝視し始めた。

 

釣られるように奴と同じ場所へ視線を向けてみれば、切断面から赤く、鋭利で、無機質な物体が突き出していた。

 

骨か?...違う。骨にしてはどうにも歪な形をしているそれはどちらかと言えば結晶のそれに近い。

あろう事か、その結晶に...切断面に意識を向ければ徐々に伸び広がって成長していくではないか。

 

 

「ひょっとして、もう『飽和』してる?...いや、結晶化のスピードが遅いな、それは無い」

 

 

ブツブツと思慮に耽り始めた奴の隙を見て、両の傷口へ意識を向ける。

十数秒と経たずに溢れ出す血の量が目に見えて減り始めた。

これなら...

 

 

 

 

「まぁ、だとしても見逃す訳ないんだけどね...パパ、ママ、お姉ちゃん......殺さない程度にボコボコにしちゃって」

 

「へ、ぁ?」

 

 

 

顔無しの穴の中心部が紫色に明滅し、姉さんだけでなく義父さんと義母さんの顔にも、穿たれた穴の奥で共鳴し合うような光を放ち...

 

 

 

 

ゴルフクラブが、結晶化しつつあった左肩を殴り潰す。

 

 

「う゛あぁ゛ぁっ!!」

 

 

植木バサミが、包丁が、脇腹を突き貫く。

 

 

「や、や゛め、やめ゛ぇ゛あ゛ぃ゛ぃぃああ゛あ゛あぁぁあ゛ぁ゛!!!」

 

「あー、心臓と口は狙わないでね?しっかり痛めつけたら僕が話すし。その時は口が利ける状態で置かなきゃ意味が無いんだ...でもこれで分かったろう?」

 

振り下ろされるゴルフクラブがまた体の何処かを潰し、包丁と植木バサミが内蔵のある場所を丹念に刺しては抜いてを繰り返す。

 

やめろ。

 

やめてくれ。

 

お願いだから、もう...!

 

 

「ね゛ぇざッ!!...とぉ゛、ざッ!...がぁ゛...ざ......」

 

「あははっ!凄いねぇ、今ではただの部外者に成り下がった嘗ての養子を家族一丸となって蹂躙するなんて、壮観以外の何物でもないよぉ!」

 

「ぶ、ぐ...」

 

「聞こえてないだろうけど繋がり合った人には指示を出せたりする位僕も自由に能力を駆使できるようになった。言い方は悪いけど、一番わかりやすい言葉で表すなら...『洗脳』ってところかな?実際はもっと尊くて儚いものなんだけどね」

 

 

ぐちゃぐちゃと、肉や骨を潰されたり引き裂かれていく。

ばらばらに、俺が壊されていく。

痛い。痛い。体も、心も、感じ取るもの何もかもが等しく痛みで満たされていく。

 

だが、その痛みを覆い尽くす程膨れ上がった悲しみが...姉さん達にこんな事をさせてしまった悲しみが、俺の意識を繋がせていた。

 

それ故か、辛うじて鼓膜が机から離れてひたひたと此方に歩み寄るアイツの足音を捉えることが出来ている。

自身の体から直接響き渡る蹂躙の音や、周囲に血や肉が散乱する音よりも、ずっと鮮明に。

 

 

「はい、回復も到底追い付かないだろうしその辺でいいよ...後は僕に任せて」

 

 

奴の声で、姉さん達の手が止まる。そのまま後ろに下がっていく姉さん達の代わりにあの顔無しがやって来て俺の頭を掴み、軽々と持ち上げた。

 

 

「さて、僕は君に提案を持ち掛けたいんだ...ボコボコにしといてアレだとは思うけど、ここに()()()家族におけるキミの存在は特別だと思って止まないのさ」

 

「...?」

 

 

…何を言っているんだ、コイツは?

言い返そうとしても、喉を動かす力すら抜け落ちてしまったようでうまく舌が回らない。

 

 

「この世界に転移させられて、魔力も無い状態で手始めにこの辺りに僕の能力を展開したんだ...結果として、この家に居た人以外は耐えきれなくって死んじゃったんだけどね」

 

「お、ま...ぇ」

 

「この世界の人達は弱すぎるし脆すぎる、蹂躙されて当然だ...でも、この家は違った。少なくともこの辺りの人々が持ち合わせていない強い心を持ち合わせていたんだ...キミによって、ね」

 

「...ぁ?」

 

 

本当に...本当に、何言ってるんだ?

何故、今になってそんな事を?

 

 

「ま、繋がった時に色々と記憶とか僕の方に流れ込むからね...そこで真っ先に見たんだ、キミという存在を」

 

「...っ!」

 

「久しぶりに...『羨ましい』と思ったよ、血も繋がっていないのに並の家族より幸せそうに生きてるんだもの、妬まない筈がない」

 

「ざ...けんな」

 

 

遺された力を全て喉元に込めるつもりで、文字通り声を絞り出す。

 

 

「何が『普通の家族より羨ましそう』だ...何が『妬まない筈がない』だ...お前のソレだって、無理矢理結んだ関係だろうがッ」

 

「あぁ、うん知ってるよ?あとキミが本当の親を失った事もね」

 

「だったら...!」

 

「それと、僕のコレと、なんの違いがあるんだい?血も繋がっていないのに家族として生きてきたキミと、これから魂で結ばれて家族として生きていく僕。同じでしょ、そんなの」

 

 

淡々と、取るに足らない疑問に対して呆れながら答える顔無しに...俺は初めて恐怖を感じた。

所々が黒ずみ、歪む視界に迫る奴の大穴のように、奴自身が空虚な存在である事を理解して。

 

 

「お前...本気で、そう思ってるのか?」

 

「うん、だからキミをこのまま殺してしまうのは僕としても不本意だ...チャンスをあげる。僕と繋がってよ、そうしたらキミ達は本当の意味で家族になれる...()()()()()って、呼んだげるよ?どうかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「...お断りだ」

 

 

生きてはいる。

少なくとも暫くの間、生きてはゆける。

だが、自分の感じたものを筒抜けにされ、行動全てが管理された状態の生を望むか?謹んで受け入れるべきものなのか?

 

…答えは否だ。

 

そんな形で生かされることを、俺は望まない。

 

 

「え?」

 

「もう一回...いや、何回でも言ってやるさ...お断りだってな」

 

「なんで...なんで?どうして??魂で結ばれる事以上に深い繋がりは無いよ??どうしてそれを拒むの???」

 

 

理解が出来ない様子を示すように、うねうねと気持ち悪く顔の穴が歪曲したり伸びたり縮んだりしている。

当然だ、コイツは70年ですっぽり脳みそ無くしちまったようなもんだからな。

家族と奴隷の違いすら、解せなくなっている程には。

だから俺は言う。言ってしまう。

 

 

 

どの道、助かる術はもう残っていない。

 

 

「そんなもんはな、家族でも何でもねぇ...自分の都合のいいように駒を動かすだけの独り善がりだ。そんなもの断じて認めねぇ...認めてたまるかよ...!」

 

「...もういいや」

 

 

キュッと奴の顔が(すぼ)まり、頭を掴む手を離した。

重力に従って落ちていく体が、スクロールアップしていく視界が、妙にゆっくりと感じる。

 

 

...あぁ、やっぱり、こうなるのか。

畜生。何が『生き残るため』だ、結局俺は何一つ...大切な人を救うどころか自分の身を守る事すら出来なかったじゃないか。

 

せめて勝てなくても、ラナが来るまで時間稼げる程強かったらなぁ...

 

 

 

 

 

...姉さん達、助けられたかもしれないのに。

 

 

 

「ラナ...悪ぃ」

 

「バイバイ」

 

 

アイツの手が俺に向かって翳された時点で、目の前の景色が真っ赤に染まった。

何かにぶつかりまくる感覚がするような気がしたが、もう肌の感覚すらよく分からない。

 

 

今までギリギリ保っていた自我が遠のく。

 

 

…これで、終わりか。

 

 

 

 

 

////////////////////

 

 

 

「マサヤぁぁぁぁっ!!!」

 

 

少女をその親と共に無事避難所へ送り届け、全力で風原家へと向かっていたラナがその場に辿り着いて目にしたのは、家の壁を突き破って路上に転がり落ちている最中の正也...()()()()()

 

四肢を失い、全身が血に濡れ、全身の裂けた部位から何かしらの体組織がくまなくまろび出ている状態の肉塊が、辛うじて正也であると分かる形を保っているからこそ彼女は叫ぶ。

 

遅かった、遅すぎたのだ...何もかもが。

 

 

「そんな...こんな事って...」

 

 

ここに来るまで、正確にはこの家の在る住宅街に接近してからラナ自身も違和感を感じてはいた。

狭い範囲ではあるが強大な魔法を使ったと推察できる魔力の残滓、各所に積もる灰から既に倒し尽くされた周囲のモンスター、そして...あちこちに広がるモンスターの亡骸とは違った黒いシミ。

 

明らかにゴブリンとは違う何かが送り込まれてきた上、何か異常な能力を持っている存在が来ている事は間違いないと理解していながらもその正体を掴めないでいた。

 

周囲に侍らせた本で事象を改竄する存在(ミラージュ・カットアッパー)』かとも思ったが直ぐにその考えを打ち消す。

現実の事象そのものに干渉して変化を齎したのなら、こんなモノでは済まないだろうから。

 

つまり、ゴブリンより明らかに強い力を有しているが大して脅威的ではないモンスターが転移させられたと考える事にした。

襲ってくるモンスターを倒しつつ、自分自身がモンスターである事を明かさない為にも“擬態”を維持し続けながら、自分の能力にそれっぽい理由をでっち上げる事で誤魔化して送り届けるまでそれなりの時間を要する事になっても、今まで備えてきた正也なら何とか耐えてくれる筈だと。

 

 

 

そして今、その判断が大きな過ちであったという事を、見るも無惨な姿に成り果てた正也の姿で思い知る。

 

 

 

「...私が、ここに来るべきだったの?」

 

 

今となっては取り返しのつかない事を悔やみ、瓦礫の覗く穴の奥から感じるドロリと爛熟した魔力に顔を顰め、自分の不甲斐無さに苛まれながらも彼の元に降り立ってその身体を優しく抱え起こした。

 

 

「!」

 

 

僅かだが、今すぐ気失せてしまいそうなほど脆弱ではあるが、変わり果ててしまった彼の身体に温もりが、心拍が残っている。

 

 

 

 

 

ラナは一つだけ、自分にしか出来ない方法で正也をこの状況から助け出せる術を持っていた。

 

 

しかし、それは同時に賭けでもある手段。

重大なリスクを背負う選択でもある事も確かであった。

 

 

…それでも

 

 

「少しでも...助かる可能性があるのなら」

 

 

ラナは決意する。

まだ彼を死なせてはならないと、まだ恩赦の言葉一つ伝えられていない人を見殺しにはさせまいと。

 

 

彼女の滑らかな手が脳髄と血肉の剥き出しになった彼の顔を引き寄せ...

 

 

 

 

「...んッ」

 

 

 

その口に、自らの唇を重ねた。

そのまま、唾液のようにアルラウネの『蜜』を送り込む。

 

 

断じて普通の花の蜜では無い。

それて彼女も自らの母親から教わっただけで、実際に行うのはこれが初めてのことだった。

未来永劫そんな相手が現れることなくその生涯を閉じるのだろうと、この世界に来る直前までそう思っていたのだから。

 

 

嘗て彼女の住む世界の人々がこぞって求め、その多くが力に呑まれて命を落としたいう伝承がある劇薬...人形植物系モンスターの身を、文字通り削ることで齎される『無垢胚』としての蜜。

万病を治め、病を打ち消し、四肢を失ってしまうほどの外傷すら忽ちのうちに快方へと向かわせる究極の薬。それを直接正也へ与えていく。

 

傍から見れば、さぞ恋人同士が今際の別れを告げる口付けにも見えるだろうが、これはアルラウネである彼女にしか許されない決死の儀式。平たく言えば人工呼吸に近かった。

 

 

 

正也の身体に染み渡るそれが始めに与えたのは、夥しい量の魔力。

魔核によって得た自動回復能力を上回る速度で欠失した部位から赤い結晶が生え伸び、沈みゆく意識を引き上げる。

優先して内臓を、余ったリソースを手足の修繕に当てられ、潰れた脳と眼球を作り直される事で正也は再びこの世界の景色を見る事が出来た。

 

そして...その眼が命を救ってくれた恩人の姿を視野に収める。

 

 

――――――ラナ?

 

 

言葉を発しようと口を動かそうとして、それが叶わなかった違和感から徐々に今の自分が置かれた状況を正也は理解し...

 

 

――――――どう、なってんだよ

 

 

内心酷く狼狽した。

このまま遠く消えてしまう筈だった意識を、喪失した感覚全てを取り戻してから初めて見た光景が自分に口付けをする同居人の姿だったから。

 

まだ自分は彼女とそこまで深い関係では無いことは兎も角、ゴブリン助けられた時のように本来この場に居るはずの無い存在なのだ。

 

しかし、あの時とは違って一つだけここに来る事が出来る理由があった。

 

あの女の子を親の元に届け、安全を確保し終えたならば...偶然、自分が死の淵へ落ちていく最中に間に合う可能性はゼロに近いが等しくはない。

 

 

 

俗にそれは、『奇跡』と呼ばれる現象である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、『奇跡』は常に無償で与えられるものでは無い。

あらゆる薬には副作用がある。強力であれば在るほど、大抵それも強く激しくなっていく。

 

 

そして何より、ラナの与えるそれが治療薬として機能するのは『ある条件さえ満たせば』、という前置きを要するものであり――――

 

 

 

 

 

 

 

「...ッ!いけない!!」

 

「ぷはッ!?な、何が...」

 

 

徐ろにラナが目を見開きながら弾かれたように唇を離す。

すっかり口も利けるようになった正也が問い詰めようとした時にそれは起こった。

 

 

「...く゛、あぁぁッ!!?」

 

「今まで順調だったのに...最後の最後で拒絶反応が?!」

 

 

大きく身を逸らしながら藻掻き苦しみ始める正也。

ズタズタに引き裂かれた制服のあちこちから露出する、服の惨状と反比例して綺麗に修復された肉体。

その心臓部から()()()()()()()が皮膚を突き破らんとする勢いで浮き出し、虫が穀物を食い破って進むように全身の末端へ広がる。

 

 

「い、ぎぃ゛...!?なんだよ、どうなっ...!?」

 

■■■(止まれ)ッ!!...言うことを聞かない!?完全に私の制御を離れてる!?」

 

 

 

自分の内から生成した『無垢胚(もの)』ならば、今まで自分を媒介として生成した植物のように万が一の事態が起こったとしても、それを止める方法になるとラナは思っていた。

だが、『奇跡の代償』はその程度で止まるほど甘くはない。

 

 

全身に広がりつつあった胚は、心臓に到達した瞬間に血流に混じる魔力濃度から、その機能を『欠損部位修繕(回復)』から『自身の性質に合わせた最適化(掌握)』に移り変わらせた。

 

宿主に合った共存形態を取るのではなく、宿主自体を作り替えた方が自己の生存に繋がるのだと判断。

 

 

故に、腕と脚の修復が手首と足首を残して停止。

代わりに、『無垢胚』の出処であるラナの...アルラウネという種族を反映させたような木の枝が、葉が、蔓が断面から所狭しと溢れ出して全身に絡み付く。

 

 

「う、うわぁぁぁぁッ!!ラナッ、俺の腕が!?腕ぇ゛ッ゛、あ゛ぁ゛ぁぁぁ!!!」

 

■■■(止まれ)っ!■■■(止まれ)■■■(止まれ)――――――ッ!!!」

 

 

内から外へと。

随所の皮膚を突き破り、血の結晶を砕きながら枝葉は伸び、絡まり、塞いでいく。

血液ごと魔力を吸われ、肌の色すら青白い土気色へと様変わりしていく。

植物を操るラナの言葉は虚しく響き渡るのみで、内側から喰われる正也はただ叫ぶ事しか出来ない。

 

 

「ぅ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!!」

 

「私のせいで...私の...ッ」

 

 

緑と茶色の色彩が、奇妙にラナだけを避けながら藻掻き苦しむ正也の体だけを破壊していく。

既に体の大半を覆い尽くしてしまったそれが、とうとう最後に遺された顔に伸び始めた。

 

 

「ア、う゛ぇ゛...ラ゛、ナ゛ッ...」

 

 

今にも泣き出しそうな彼女に、彼は圧迫され始めた喉で言葉をひり出す。

 

 

「あ゛り゛...が......俺の゛、事すく...おう、と...」

 

「違う!私は貴方の死なせ方を変えただけ!!救う事なんか出来なかった!!」

 

「ぃ、や...救、われ゛た、さ......その、気持ちだけ゛て゛......ぐ、ごぅ゛ォ゛ォ゛エ゛!!?」

 

 

熟れたトマトを潰すような音と共に正也が吐血する。

飛沫が絶望に顔を強ばらせるラナの頬に跳ねた。

 

 

「マサヤッ!!...嫌、私は嫌よ!こんなの私が殺したようなものじゃない!!こんな別れ方なんて真っ平御免よッ!!」

 

 

クールで、仏頂面で、感情をあまり表に出さなかったラナが遂にその目尻から涙を溢れさせて泣き叫ぶ。

 

 

――――――そんな顔も、出来たんだな...ラナって

 

 

避けられぬ死を目前にすれば、諦めからそう考える余裕が生まれもする。

しかし、それは先程までの一方的な戦闘によるものではなく、心から自分を助けようとしてくれた思いがあと一歩届かなかっただけ事。

 

そう思うと心が幾分か楽になる...が、最後に託さなければならない事が、伝えなければならない願いが彼にはあった。

 

自分の...平野正也という人間の代わりに。

 

 

 

 

ねえさんを、たのむ

 

 

 

潰れた喉から声は出ない。

口の動きで、伝える。

 

ラナは俯きながら頷き、彼をゆっくりと地面に下ろそうとした。

 

 

――――――あぁ、これでもう大丈夫だ。

 

 

そう確信した正也は瞼を閉じ...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――あ゛つ゛ッ!!?

 

 

 

背中から脳に突き抜ける、鋭い熱で意識を無理矢理叩き起された。

瞬間、目に映る世界が静止する。

 

 

遂に脊髄をやられたかと思ったがそれは間違いで、そう感じている時点で繋がる脳が生きており、錯覚であると正也は解釈する。

それに...自分の頭の中にあるものが出たり入ったりするような、向こうから与えられたり此方から差し上げたりするような感覚も。

 

先程まで体を滅茶苦茶にされていたとは、そうしてきたとは思えない程の緩やかなアプローチに正也は困惑さえ憶えていた。

 

 

探りを入れるような脳への直接干渉に、正也は1つの結論を出した。

 

 

…これは、最後の確認なのではないか?

 

 

このまま本当に諦め、脳を植物に明け渡すか。

生きる意志を、生きたいという願いを示すのか。

 

 

――――――非現状的解釈(ご都合主義)だと言うだろうな、他の人からすれば。

 

 

外から見れば、コンマ1ミリ秒に満たないやり取りの中で彼は自嘲する。

流石にこればかりは理論が飛躍してるとかどうとかいうレベルの話ではない。

 

だが、現に今はその場に立ち会っているのだ。

その気になれば一瞬で脳を奪い、その本懐を遂げられる筈の植物がここでその決断を下しあぐねている理由...正也の珍妙且つ的確な考えで至るに、それは一重に決断をさせようとしているのだと。

 

 

 

――――――死を覚悟した俺に、その気にさせるのか?まだ生きてもいいって言うのか?

 

 

 

問い掛けに植物は言葉で答えない。

ただ暖かみすら感じる静寂の中に、(YES)の意を汲み取る。

 

こうなってしまえば取るべき選択は一つだけ。

 

 

――――――俺は...生きる!まだ生きていたい!!

 

 

 

 

ぱちん、と頭の中でシャボン玉のように希釈された何かが弾けて溶けていく。

植物から感じる意志が己の心と同調するように重なる。

自己と植物とが混じり合う事で、彼はその真意を理解した。

 

 

 

――――――そうか、お前も...お前も生き残りたかったんだな!?

 

 

宿主の体を無理矢理作り替え、最も適した状態に落とし込もうとするホメオスタシス(習性)を行う理由。

生まれたばかりの胚が他者の肉体という複雑且つ過酷な環境下で存続しようとする生存本能に他ならない。

体躯を作り替えていくその行程において、胚は決まって二つの選択を行ってきた。

 

宿主を支配する必要が無いと判断し、自らの全てを委ねる『従属』か。

 

 

宿主を作り替え、その命すら奪った上で事で生存に適した形態へと変容させる『拒絶』か。

 

 

 

そして今...正也の体内にある胚は、その双方の何れにも傾く事無く、全く新しい形で発現し始めた。

 

相手に従うもの(従属)でもなく、一方的に拒むもの(拒絶)でもなく、互いに歩み寄り一つとなる...『融合』へ。

 

 

 

 

静止した時が動き出す。

 

 

 

「――ォォオオオオオオオオオッ!!」

 

「え―――きゃッ?!」

 

彼の身体に纏わり付く緑色が大きく輝き、甚大な魔力を集積しながら周囲に放つ余波でラナが彼から大きく跳ね飛ばされそうになるが、数メートル離れた所で辛うじて踏ん張った。

 

ここに普通の人間がいれば、単に広域の衝撃波を放ったようにしか見えないだろう。

家々のガラスが砕け、アスファルトの道路とコンクリートの塀に罅が走る。

 

 

「何?...『無垢胚』は拒絶したんじゃないの...!?」

 

 

彼女の驚愕を他所に、正也の変貌は続く。

ただ乱雑に絡まり覆い尽くそうとしていただけの植物が、まるで一定の法則に沿うような形で()()()()()ていく。

 

蔓と葉は首から下の全身に満遍なく広がりながらも、人体骨格の可動域を基準に、干渉しないよう余った部分や収まりきらない分はそのままたなびかせる形で可能な限り合理的で理想的な纏い方へ。

 

欠落した手と足から止めどなく放出されるがままだった植物が一旦体内へと巻き戻り、正也の脳から読み取った情報を鋳型として樹皮のように硬質化を施した変更を加え、赤い結晶を生成すること無く再生成が成し遂げられた。

 

 

「ま...マサヤ...」

 

 

完全に蚊帳の外だったラナの目の前で、死ぬ運命にあった筈の彼が大きく、深く息を吐きながらゆっくりと起き上がる。

随所に面影を残しながら、大きく様変わりしてしまった彼が。

 

 

 

 

 

 

「おいおいおいィ?これから壊れた壁とか直そうとしてるのに、断末魔がうるさすぎて作業に入れな、い...じゃ.........」

 

 

そして、風原家の壁の穴から気怠そうに出て来た【減らず口】が、その姿を目にしてプルプルとその大穴の外縁を驚愕と恐怖に震わせ始める。

 

 

「な、なな、んな...なんッだよその姿わぁぁっ!!?!??ま、まるで...まるでッ!!」

 

「...ぁ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まるで...モンスター(僕達)じゃないかッ!!!」

 




表現って難しい(脳死)
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