【偽典】植物系少女と世界の黄昏【田んぼエルフ】   作:フルフェイスパンケーキ

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第九葉:心の欠片

「まるで...モンスターじゃないかッ!!!」

 

 

顔無しが声と顔の穴を震わせながら叫ぶ。

改めて俺の体を確認してみた。

 

…あぁ、成程。

全身に巻き付く蔦といい、変形して炭化したような黒い手足の先端といい、これはモンスター呼ばわりされても致し方ない佇まいをしているか。

だが不思議と、そんな自分の体に嫌悪感は湧いてこない。

 

まるで長年その姿で生きてきたとでも言うような、今まで通りごく当たり前に感じる四肢の感覚、呼吸で取り入れた空気は肺を介して血流に乗り全身を巡る。

やつは俺を『モンスター(同類)』だと言った。それでも俺は、俺が未だに『今まで通り』であると感じる。

潰れた喉も、体を内側から食い破っていたものも、今はもうない。

 

違う点があるとすれば...五感の全てがより一層密接に、明瞭に、産まれて生きていく中で少しずつ堆積してきた老廃物(いらないもの)全てを、スッキリサッパリ削ぎ落として漂白したような錯覚を憶えるほど、自分の心と体がダイレクトにつながっているようなイメージが染み渡っていた。

 

 

「クソッ!クソッ!!...こんな事なら丹念に切り刻んで!心臓を抉り取って!!脳をぐっちゃぐちゃにかき混ぜてから!!それから息の根が止まったことを確認するんだった!!!」

 

 

頭を掻きむしり、イカスミみたいな黒い粘液を穴から撒き散らして喚く。

奴の見える景色が俺と同じ色彩を有しているものかどうかは定かではないが、少なくとも俺からやや離れたところにいるラナの姿が見えていない様子だ。

怒りで見えるものを正常に認識できていないのか、或いは元から視界が狭かったのか...

 

 

 

 

「でもッ!でもねェ!?!幾らキミがそんな力を隠し持っていた所で所詮は付け焼き刃を更に継ぎ足しただけに過ぎないんだよ!?それに何より僕を攻撃すればキミの大事な、僕にとってもだァいじな人に危害が及ぶのさ!!!」

 

 

ビシッと俺を指さしてから両手を広げ、『さぁ攻撃してみろ』とでも言わんばかりに顔無しが余裕そうな態度をとる。

 

…が、正直言って震えが隠せていないのが()()()には手に取るように分かってしまう。

自分にとって大切なものを壊されたくないから自身を盾とする姿に、哀れとすら思えた。

 

尤も、それ以前にコイツは越えてはいけない一線を越えている。

此処で討たなければ、俺が見逃せば、また多くの犠牲が生まれてしまう。

 

 

取るべき行動は、故に一つだけ。

 

 

 

 

 

 

 

俺は、顔無しへと一直線に走り出す。

 

 

「ははッ!とうとうなりふり構わなくなったかい!?僕を倒せればあの人たちがどうなってもいい...それがキミの答えなんだろう?!!」

 

 

勝ち誇ったような笑み...表情を象るパーツが無いから、声と穴の歪み方でそう判断したが、顔無しは俺が攻撃してくるとタカを括ったからこそそう思えたのだろう。

現に俺は、硬質化し鋭利な刃物のように研ぎ澄まされた指先を揃えて突き貫こうと構えながら駆けていたから、攻撃しようという意思があったこと自体は正しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その狙いが、奴でない事を除けば。

 

 

 

 

 

 

「キミも所詮は、僕と同る――――――!?」

 

 

 

 

突き出される指が頭蓋を刺し貫く事もなく、振り抜かれる手が胴を裂く事もなく、何も仕掛けないまま真横を通り過ぎた俺に、数秒遅れて顔無しが驚愕に息を飲む。

 

だが、もう遅い。

俺の狙いは最初からコレだった。

 

走り抜け、家の壁に開いた大穴からその内へと飛び込み...

 

 

「ラぁァアアアアアァッ!!」

 

 

俺の内腑をズタズタにさせられた時から立っている場所の変わらない義父さんと義母さんの、顔の穴にそれぞれの腕を突っ込んだ。

 

 

...突っ込めた。沼の水面に腕を突き入れるような、意図も容易い感触を伝わらせながら。

手から肘まで、頭を貫通しているべき長さの腕がすぽりと入り切ったその最奥に...硬い何かが指に触れた。

 

 

「見つけたぁッ!!」

 

 

即座に掴んで引きずり出す。

ブチブチとソレにくっついていた何かがちぎれていくが構わない。拾いあげようとした河川の石に絡まる水草みたいなものだ。

 

 

「おォ、りぃやあぁぁ!!」

 

 

両腕が顔の穴からすっぽ抜け、諸手に掴み取ったモノが握られているのを確かめた。

黒く濁った表面に蝋燭の火のような光を揺らめかせる赤い線が幾つも走った、ソフトボール大の多面結晶とでも言うべき物体。

明らかに魔核とは別物でありながら、何かしらの中枢を担っているような...そんな結晶を。

 

 

「ッ!」

 

 

…握り潰す。

変化は直ぐに現れた。

 

ダムが決壊したような勢いで顔の穴から黒色の液体を迸らせ、繰糸の切れた操り人形のように倒れ伏す。

 

陥没した顔の穴を満たした黒い液体が、周囲に飛び散ったそれらと連動するように白い蒸気を放ちながら蒸発していく中、俺もよく知っている人間の...義父さんと義母さんの顔が、寸分違わず元の形へと戻っていくのが見えた。

 

 

だが、脇腹に背後から鈍い痛みが走って最後まで見届ける事を阻む。

振り向けば、包丁を突き立てる姉さんの姿。

顔に穿たれた空洞の奥、一筋の光すら通さない闇の奥でも揺らめく残光を湛えながら。

 

 

「姉さん...!」

 

既に包丁の刺突程度でろくな痛みも感じられない体に感謝しつつ、左手を姉さんの顔に突っ込んだ。

やはり、ここにもある。この手に、この指に尖った感触を感じることが出来る。

 

救い出せる...姉さんも!!

 

 

「今、助けるッ!!」

 

 

掴み、腕を引っこ抜く。

吐き出されて降り注ぐ黒い液体が俺だけに留まらず、天井や床を染め上げながらゆっくりと支えを失って倒れていく姉さんの顔は先程のようによく見知ったものへと戻りつつあった。

 

 

「よし、これで...」

 

「...なんでさ」

 

 

不意に、壁の大穴から声がする。振り向けば案の定奴が居た...が、何やら様子がおかしい。

だらだらと顔の穴から墨汁のような体液を垂れ流し、建材が剥き出しになった壁に寄りかかりながら此方を睨みつけるように凝視する様子は、余裕に満ちた先刻のそれとは大きく乖離している。

 

()()()、そうか。

 

 

「なんで分かったんだ...なんでそんな事ができたんだ!?キミの家族だろう!?」

 

「あぁ、そうだ...家族だからこそ、互いのことをよく知る人間だからこそ出来る真似だ...俺たち人間の頭に、こんなモノ(結晶)は入っちゃいないんだよ」

 

 

そう、一見すれば相手の洗脳は完璧そのものに見える。というより洗脳して影響下に置いている時点でほぼ完璧だ。

『ほぼ』、という部分を見出したのは顔無しが俺の体をズタボロにする命令を下したとき、まるで共鳴するような光が各々の顔の穴から漏れたのが見え、そこでふとこう思った。

 

『顔無しが命令を送信する親機(アクセスポイント)、操られ命令を遂行する姉さんたちを子機(レシーバー)と考えたなら、それを介する何かが存在するのでは』と。

残念ながら思いついた次の瞬間には全身をひん剥かれる痛みでそれどころではなくなってしまったが、今こうして不確定要素が大いに混じった五体満足+α(全快)状態になれたことでその仮説を実証に移せるチャンスを得て、それを実行した。

 

結果は大当たり。

洗脳能力は高くても、それを対象に発現させるまでの行程(奇しくも脅威度がCである理由と同一のそれ)は、明確な対処法が存在できる程度に至ってシンプル極まりなかったのだから。

 

 

顔無しは俺の取った行動を信じられないように、大事にしていたものを取り上げられてしまった子供のように、癇癪を起こす寸前だった。

 

 

「どうして...どうしてみんなは、世界は僕から奪おうとするんだ...僕はただ...ただッ!!!」

 

 

...来る。

研ぎ澄まされた直感がそう告げて、しかしそれでも場に留まる。

 

 

「幸せで在りたかっただけなのにィィィィィ!!!!」

 

 

何かが弾けたような勢いで、俺に向かって飛びかかりながら腕の包帯全てを解いて斬り掛かった。

顔無しからは怒りしか感じられない。激情に振り回される奴をそのまま表したような無規律の軌道を描き、体を引き裂くはずの包帯が捉えるのは表層の重なり合う蔦だけ。

しかも切り裂いた上から勝手に縫合が施されていくかのように自動で修繕されていく。

切り裂き、治り、引き裂き、塞ぎ、突き刺し、突き放され...

 

 

 

「ぜぇ...はぁ...このっ!...この...ッ...」

 

「なぁ、顔無し」

 

「何だよ...これ以上僕をどう虐める気なんだ...!?」

 

 

徐々に息を切らし、腕を振るう速度も力もすっかり衰えた顔無しに、俺は言葉をかける。

...言わなければならないことがあった。人間だろうがモンスターだろうが関係なく、目の前で八つ当たりめいた感情をぶつけてきた、この存在に。

 

 

「お前の話を聞いて、何一つ同情しなかったと言えばそれはウソだ。大切な人を、当たり前だった暮らしを突然失う痛みや辛さ...俺もそれを経験してきた」

 

「だったら、僕を放っておいてくれよ...失ったものを求めて何が悪いんだ、幸せを求めて何が悪いんだ!70年もずっと...ずっとだぞ!?」

 

「幸せになりたいがために、誰かの幸せを犠牲にしてでもかよ?」

 

「そうだ、だって僕にはその権利があるはずだ!苦しんで苦しんで、苦しみ続けて...住んでいた世界から追われまでしたんだぞ!求めることの何が悪いんだ!?」

 

「...ざけんじゃねぇっ!!!」

 

 

我慢ならなかった。

手にしていた結晶を落とし、顔無しの肩を掴んで壁に押し付ける。もう一方の手で腰に突き刺さった姉さんの包丁を引っこ抜いて顔無しに見せつけた。

 

 

「俺の姉さんはな、誰かを傷つけたくてコレを振るってきたんじゃない...コレを使って作り料理で、誰かを笑顔に、幸せにしたくてずっと頑張ってきたんだ!!他者の幸せ否定しといて何が自分の幸せだ!何が家族だ!!」

 

「あ...ぁ...」

 

「お前は世界から奪われたって言ったな?自分のした事をよくよく考えてみろ、お前も...お前自身も、とっくに『奪う側』だって事に...!」

 

 

顔無しはピタリと静止し、伽藍洞が望遠レンズのように僅かな萎縮をした状態で俺に向けられたまま凝固した。

何を考えているのか。何を感じ取っているのか。

 

 

「だったら...」

 

 

震える声で顔無しが沈黙を破る。驚愕や怒気を含んだそれとは違う、悲しみや無念が入り混じった震えを滲ませながら。

 

 

「だったら、僕はどう生きればよかったんだ!!モンスターになった人間は...沢山の人を殺してしまったモンスターは、どう生きればよかったんだッ?!」

 

「!...お前、まさか...」

 

 

その口を兼ねる穴から飛び出した言葉は、思いもしない内容だった。

まるで自分が、ずっとモンスターとして生きてきたことを後悔し続けて...それでもモンスターとして振る舞ってきたと、そうする以外に方法が無かったという心中を吐露してくる。

 

自分のことを狂っているとコイツは言った。自分は正常ではないと()()()()言った。

もし、顔無しの...彼の中で、人間らしい精神が残っていたとしたら?

彼の繋げている魂とやらが...人間の頃から全く変わっていないとしたら?

 

 

70年の時を生きてきたとして、その根底が、彼を彼たらしめるモノが10代の頃から止まったままだとしたら?

 

 

「僕はモンスターとして勇者たちに討たれた...だったらこの世界で、人としての幸せが手に入らないなら、モンスターとして幸せになるしか無いと...そう思い込んでいたのにっ!!キミのせいで...キミのせいでモンスターにすら成りきれなかったじゃないか!!」

 

「.........お前は...」

 

 

きっとコイツはその身はモンスターであっても、心は人間の...子供のまま、生きる他無かった。

自分で自分を狂ったと思いこむことで...そう演じることで、モンスターとして生きていくつもりだったんだ。

 

 

「でもさ...そうだよね、僕はもう既に多くの超えてはならない一線を踏み抜いている。赦されるわけにはいかないし、きっとキミも僕にされたことを赦せない...だから」

 

「...だから?」

 

 

問うと、力なくぶら下がっていた彼の右手が自らの胸部を指差し...

 

 

「ここに、僕の魔核がある...終わらせてくれ、僕という(いのち)を」

 

 

そう、言った。

 

 

確かに、俺も姉さん達もコイツに滅茶苦茶にされた。姉さん達に至っては操られて俺を殺す一歩手前にまで追い込ませた。

許せないのは確かなことだ。

 

だから、死で終わらせたりしない。

 

 

「あぁ、終わらせてやる...でもお前は死なない」

 

「?...あぁ、そういうことか」

 

 

 

そう、モンスターは死なない。

魔核という形になるだけ。

人間が食事を経てその糧を血肉として生きるように、魔核を食らう人間もその中で多くのモンスターを押し込めているようなものだろう。

 

だからお前は死ねない。

 

 

 

「それでも僕は...これ以上、誰かを殺さなくて済む」

 

 

包丁を床に置く。

左肩は押さえつけたまま、徒手に戻った右手の狙いを彼が教えてくれた胸元に合わせ...

 

 

豆腐に指を突っ込むような、柔らかい感触。

差し出された胸を呆気なく貫通して外気に触れる手は、確りと丸いものを掴めていた。

 

 

「...“ユード”」

 

「何?」

 

「それが...僕の人間だった頃の名前」

 

 

下半身から灰になって崩れていく彼が、俺に名を残した。

…その意味は、深く探り入れなくてもなんとなく分かる。

 

 

「あぁ、忘れねぇ...お前の名前も、お前にされた事も...お前がしてしまった過ちも」

 

「...」

 

 

瞼を閉じるように、穿たれた顔孔がスっと横に細く塞がる。

彼を彼たらしめる最後の力が抜け落ちたように、一気に下半身から灰となって崩壊した。

 

 

外から吹き込む風に、きめ細やかな粉粒が散っていくのを俺は見届けた。

 

 

 

 

 

 

気づけば近くまでラナが来ている。

まだ、何処か申し訳なさそうな面持ちで俺に視線を向けて。

 

 

「大丈夫?」

 

「あぁ、終わった...終わらせた」

 

 

掌に残った彼の魔核を口に放り込む。

凝縮した血の味に、涙を彷彿とさせる僅かな塩っぱさが紛れたような味だった。

 

…まだ、やるべき事は残ってる。

 

 

「ラナ、あの女の子とその両親を届けた避難所って何処なんだ?」

 

「えっ?...えぇと、確か“ビョーイン”って所よ、貴方と一緒に行ったあの自然公園近くの、大きな建物」

 

「あそこか、分かった」

 

 

話の内容から大方の場所を特定する。

ラナの言ってくれた病院はこの辺りでも有数の総合病院、学校や市民館等を除けば避難所としても十分機能してくれる。

それに...余裕もあれば、後遺障害が無いかどうか姉さん達を診てくれるだろう。

 

 

「ラナは姉さんを頼む、俺は義父さんと義母さんを...」

 

「いえ、貴方がミズキを運びなさい。ご両親は私に任せるのよ」

 

「いいのか?二人も任せてしまって」

 

俺は無事だった食器棚の引き出しにしまってある保険証を探しながら、負担を多くしてしまうのでは無いかとラナに訪ねる。

 

しかし、返答代わりにスルスルと何かが伸びて巻き付いていく音がして...振り返ると両腰から伸ばした蔦に繋がる、担架のような組み方をした植物の上に固定される形で寝かされていた。

キツく拘束しないよう配慮しながら、ちょっとやそっとで転がり落ちたりするとは到底思えない程がっちりホールドされている。

 

 

「見ての通りよ、貴方が運ぶよりご両親の負担を軽く出来る」

 

「...らしいな」

 

「でも衝撃とか全部逃せるように細かく制御する必要があるから、道中のゴブリン共は貴方に任せるしかないわ、それでいい?」

 

「可能な限り避けるけど、他に選択肢がない場合はそうする」

 

 

あぁ、俺に姉さんを任せるわけだ。

俺が住まわせてもらっていた時から置き場所の変わっていない三人分の保険証を、なんとか機能しているズボンのポケットにしまい込んでから姉さんを背負った。

 

ほんのりと温かい熱に、まだ背負っている命が人間として生きている安心感を覚えながら。

 

 

「でも、良いの?その姿で行けば貴方もモンスターと間違われるかもしれないのに...」

 

「間違われたっていい、姉さん達を無事に届けて診てくれるよう漕ぎ付ければ万々歳だ」

 

「......とりあえず、私は“擬態”しておくわ。けどイザとなった時は...『魔核摂取した突然変異で2人ともこうなった』って言えば誤魔化せるはずよ、でも深入りされる前に逃げる事を心掛けて」

 

「アドバイスありがとな、ラナ...出来れば何事も無く済ませたい所ではあるけど」

 

 

道中のゴブリンが出来る限り少なくあってくれと願いながら、俺たちは日が沈んでから久しい夕闇の中を急ぐのだった。

 

 

 

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