【偽典】植物系少女と世界の黄昏【田んぼエルフ】   作:フルフェイスパンケーキ

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第十三葉:流離うモノ、背を押す者

どれだけ走り続けていただろうか。

気づけば、海に流れ出る川に架けられた橋にまで来ていた。

 

商店街の近くにあった筈だから、そう遠くまでは来ていない...と思う。

雨に打たれて、少しは思考も落ち着けた気はする。冷静になる事と、冷えきってしまう事とは別だと天気に言い聞かされた気分だ。

 

乱雑に絡み合った色んな感情がふやけて解けることで整理され、クリアーになった思考に異物みたいな具合で居座る先程から連綿と続いた疑問がやけに心へ主張していた。

不甲斐ない自分に対する苛立ちが、段々と呆れへ移ろっていく。

 

“本当の願い”は、まだ見つかりそうもない。

 

 

「何してんだろ、俺」

 

 

無意識に漏れる自嘲。

何も出来ないまま橋の柵に体を預け、雨が山から流し込んだ土砂の混じる淀んだ海を遠く眺める。

 

このままじゃ橙鉢さんに会わす顔がない、かと言って満足のいく答えを出せそうな気配は微塵も感じられず終いだ。

正直もう疲れた。暫く物事を考える脳をシャットアウトして、柵に体重を預けたまま眠ってしまいたい。

 

人間でもモンスターでもない俺だって、濡れたまま寝たら風邪ひくのかな...

 

 

…そうだ、俺と人間の共通してる所ってまだどれくらい残ってるのか考えてみるか。ひょっとしたら法則性とか気づけるかもしれない。

 

 

 

まず、目で見た情報を頭で考えるのは人間と一緒だ。

熱いものは熱いと、冷たいものは冷たいと感じ取る。

そして誰かの考えている事を一方的に読み取れるとか...あの顔無しみたいな力は無い。

 

 

「すみません、少し宜しいですか?」

 

「目に映る世界の色合いも、多分人間の時のままだ。腹は減るし、昨日ラナの作ってくれたオムライスも美味いと感じた...後は、後はなんか...?」

 

「あのー」

 

「時間くれ、あと少しで思いつ、く...?」

 

 

ちょっと待て、適当に受け流していたが今誰と話してるんだ?俺は?

後ろから聞こえたから、偶然橋を渡ろうとしていた人か、多分。

 

 

「じゃあ...また後程に」

 

「いや待って、待ってください」

 

 

大急ぎでポケットの中に突っ込んであったマスクを引っ張り出して着け、ジャンパーのファスナーを首元まで上げて“見られたくない部分”を隠して振り向く。

 

 

そこに居たのは、大人の男性と女性の方だった。

白いフードとかは無いから『神の存在証明』とは違う一般の人だろう...けど、どうしてこんな所に。

 

 

「すみません、以前お会いしました?俺の方では全然覚えが無くて」

 

「いや、会ってないですね...ただ橋の近くを通りかかった時、この子が急に貴方を指さして『お兄ちゃん』と」

 

「この子?」

 

 

それって誰の事なんです?と訪ねようとした矢先、男の人の後ろから、ちらりと小さなシルエットが覗いて、

 

 

 

「君は――」

 

「やっぱり...やっぱりだよパパ!ママ!あの時、私の事守ってくれたお兄ちゃんだ!」

 

 

ぱぁっとキラキラ輝くような満面の笑みをその子は浮かべ、足元から男性と女性の方を...彼女にとっての父と母を見上げる。

 

…もしかして、この子は。

 

 

「本当にそうなんだな、芽実(メグミ)?」

 

「うんっ!」

 

「あぁ...貴方だったんですか、私達の子を助けてくれたという人は」

 

「......ぇ」

 

 

呆気に取られていた。

こんな時に、このタイミングで、俺があの時ゴブリンに殺されそうだった子の御家族に出くわす事になるなんて誰が予想できる?

もしかして橙鉢さんが仕組んだのか?だとしたら相当に性根ひん曲がってるが...

 

いや、まだそんな判断を下すのは早計だろ。

御両親の方は俺の存在自体は知っていても名前とかは分かってなかったみたいだ。

研究所への入口をあんな手の込んだ形にしてる橙鉢さんが仕向けるなら、それくらいの根回しはしてそうな気がするし。

 

 

話を続けよう、今は。

 

 

「とりあえず、名前を。俺は平野 正也です」

 

「平野正也くんかぁ...僕は並樹(ナミキ)(ユヅル)。こっちは妻の麻琴(マコト)

 

「麻琴です、よろしく...それでこちらが娘の―」

 

「芽実、です!」

 

 

讓さんに、麻琴さんに、芽実ちゃん。

一人娘を養う並樹一家の名前をしっかりと覚える。

あの日俺が救った...気がついたら、救うように体が動いていた事で命を繋ぎ止めているこの子と、この家族の事を。

 

 

「正也お兄ちゃん、私ね!どうしてもお兄ちゃんにお礼が言いたかったの...助けてくれてありがとう!」

 

「い、いや...多分言うべき相手に相応しいは俺じゃなくって、もう一人のお姉さんの方じゃないかな?」

 

「あのおねーさん?おねーさんにはもういっぱいいっぱい『ありがとう』ってしたもん!大丈夫だよ!」

 

「そっか...」

 

 

あの時は兎に角助けなきゃって思いで頭が一杯だったし、余裕とかも全然なかったけどこうしてキチンと向き合ってみて分かる...元気一杯だな、この子。

 

 

「正也くん、この子が言っている人ってあの女の子の事ですよね?確か名前はラナちゃんって」

 

「そう、それです。色々あって俺と一緒に協力してるんですけど...その節は、どうも世話になりました」

 

「いやいや!あの子が居てくれたお陰で僕達は無事に病院まで辿り着けたんです」

 

「おねーさん凄かったんだよ?襲ってきた緑のこわいバケモノ、ぜーんぶやっつけちゃった!」

 

 

目をキラキラ輝かせながらラナの無双っぷりを語る芽実ちゃん。相当やりたい放題した筈なのにトラウマにならず、寧ろ嬉しそうで何より。

 

大抵、小学生の女の子ってセー〇ームーンやプリ〇ュア大好きだろうし、こうも喜々して語ってくるのを見るにラナにもそれに近いテイストを感じたのだろうか。

 

 

 

 

 

...そうだよな、並樹さん達にとってラナは窮地に現れたヒーローみたいなモノなんだろうから。

 

それに引き換え俺は何だ?俺一人の力で芽実ちゃんを守りきれていたか?

あの時、ラナが来てくれなければゴブリンに撲殺されていたかもしれない俺が...目先の感情で助けようとして、この子に何をしてやれた?

 

 

心当たりの多すぎる感情で胸がズキズキと痛い。

 

 

「でも、彼女が芽実を私達の所へ届けられたのは一重に正也くんがしっかりと守ってくれたからと聞きまして...その事について私からも礼が言いたかったんです」

 

「いいんです、俺に礼なんて...あの時ラナが来てくれなかったら、俺も死んで芽実ちゃんも救えませんでしたし」

 

「そんな事は...!」

 

「あったんですよ、残念ながら」

 

 

そうだ、あの痛みも苦しみも自分がよく覚えてる。

それ以上の受難が襲いかかってきたとはいえ、この出来事は俺に様々な事を痛感させてくれた。

 

魔核を内に取り込めたとして、満足に戦える訳では無いという事。

スライムでは無いモンスター相手でも、物理的な攻撃は有効であること。

 

…自分の中で、勝手に誰かを助けようと動く“何か”があると言うこと。

 

それら全てを綯い交ぜにして、結局人間の延長線上でしか無かった時の俺では何一つ守れていないという結果だけを背負わされた。

姉さん達を助けられたのも、人ならざる者としての力を振るう事で成し得たから。

 

 

「俺は結局、芽実ちゃんを死からほんの少しだけ遠ざけたのであって排斥出来た訳では無かったんです...だから、俺に謝らせてください」

 

「謝るって、なにを?」

 

「力も無いのに、出来ないと分かっていながらも守ろうとしてしまって...本当に、本当にごめんなさい」

 

 

温かい思いやりから逃げ出すように頭を下げる。

ロクに何もしてやれなかった事が申し訳なくて、それなのに一方的に感謝されるのが辛くて。

 

俺にそんな感謝を受け取る権利はないんだ。

あなた達にそんな感謝を伝える義務はないんだ。

幾らラナが否定してくれても、俺という存在そのものは人でもモンスターでもない事に変わりはない。

 

 

「顔上げてください、正也くんがそんな...」

 

「その必要があるんです!俺は芽実ちゃんを守り通す事が出来なかったんですから」

 

「っ...」

 

「ごめんなさい...俺は、感謝をされるような事なんて何一つとして――」

 

 

その先の言葉を綴ろうとして、不意に地面しか映らなかった視界にひょっこりと少女が割り込んできた。

 

 

「芽実、ちゃん」

 

「お兄ちゃん、どこか痛いの?とっても辛そうな顔だよ?」

 

「体の方は大丈夫なんだ...でも、俺の力で君を救えなかった事を改めて思い知ってからずっと、ココが痛む」

 

 

皮膚越しに心臓を握り締めるが如く、己の胸に手を当て爪を立てる。

 

ここは、心臓はどうなっている。

人間のように2つの房と室を左右に併せ持つ既存のままか。

幾つも潰してきたスライムと同じように、殺し殺されかけたゴブリンのように、俺がこんな事にならなければ倒せなかった顔無しのように、丸いビー玉のような核がポツンと埋め込まれているだけなのか。

 

前者でも後者でもこの際どうでもいい。ただ、痛みや苦しみを感じるようなモノだけが中途半端に残ってしまうようなら。

 

――――最初から、こんな命は...

 

 

 

 

 

 

「うんしょっ」

 

 

トン、と心臓を握り潰しそうな勢いで力を込めていた手の上に、芽実ちゃんが自らの掌を重ねてきた。

 

 

「痛いの痛いの、飛んで行けー!」

 

 

パッと、勢いよくその腕を大きく開く。

何時からか、起源が何処にあるかはよく分からないが...これが、他者の痛みを紛らわせる為のおまじないである事くらい、俺もよく知っている。

 

 

「どうかな?ちょっとは楽になったかな?」

 

「なった、と思う...多分」

 

「良かったぁ♪あのね、学校の先生が『誰かが辛い思いや痛い痛いって苦しんでる時は、こうしてあげるといい』んだって!...学校はしばらく無くなっちゃったし、友達もバラバラだけど...いつか、また一緒にお勉強出来るようになるって信じてるから!」

 

 

強い。この子は。

 

世界がこんな状況に陥っても決して悲観的にならず、誰かを労る優しさすら持ってる。

 

 

「...正也くん」

 

「讓さん」

 

「君の身に何があったのか...君が何故そこまで自分自身を咎めようとする理由があるのかは分からない。だけど、君は力が及ばなくても『そうしよう』と思い行動に移してくれた。それだけでも十分感謝に値するんだよ、僕達にとっては」

 

「でも、俺にその資格は...」

 

 

自分でも意識していない内に下げていた頭は上がっていた。

目に映るものの中心に、讓さんと麻琴さんがいる。

 

 

「正也くん自身はそう思っていても、私達にはそうするに足るだけの意味がある行いだったのですよ...守りきれない未来が有り得たとして、そうならなかったから今の私達が居るんですから」

 

「だから、どうか君も...正也くんも、ほんの少しでいいから自分自身を赦してあげてもいいんじゃないか?」

 

 

 

――――――自分を、赦す。

 

沈んで沈んで、凝り固まっていた感情に亀裂のような開闢が走る感覚がした。

 

俺はずっと、このまま色んなものに対して懺悔をしながら生き続けなければないと思い込んでいたんだ。自分自身でも気づかないほど深く、固く...

 

でも、俺がそんな後悔の念を抱くものの一つだった彼女とその家族に、「己を恨まなくていい」と、そう言われた。

軽くなっていく。灰色にくすんだ視界が色づいていく。

 

 

「あっそうだ!パパ、ママ、もうすぐ公園でタキダシっていうのが始まるんじゃないかな?」

 

「おっと、もう炊き出しの時間だったかな」

 

「確かにもうすぐ正午ですね...正也くん、まだ色々話足りないですが私達はそろそろ行かなきゃならないので」

 

「...はい、話はまた、その機会に」

 

「正也お兄ちゃん!またねー!!」

 

 

会釈を交わした後、並木さんたちは橋から街の方へと去っていく。

 

手を繋いで歩きながら、今日の炊き出しは何だろうとか、今日も美味しいご飯だといいねとか、他愛もない話をする三人の姿が遠ざかっていくのを見て...俺は曖昧ながらも、合点がいった。

 

 

あの時、俺が父と母に助けを求めていた芽実ちゃんを守ろうと勝手に体が動いた理由。

 

 

 

 

「俺...そうか、二度と見たくなかったんだ。誰かの家族が犠牲になるのを」

 

 

身勝手で、単純で、矛盾に満ちた行動原理に気付く。

 

家族が居たのはあの子だけじゃないだろう。俺のすぐ近くで頭を吹き飛ばされたあの女の人だって、ゴブリンによって醜悪なオブジェと成り果て転がっていた死体の一つ一つに産んでくれた母親がいて、育ててくれた父親がいて...帰りを待つ人達が居たかもしれない。

 

だが当初は囮にして逃げようとまで考えていた俺の思考を無視して体が動く、自分自身が認知出来なかった心があったとするなら...

 

 

「...ぁ」

 

 

父と母の手を笑顔で引いて歩く、満面の笑みを称えた少女の背にそうならなかった(ありえたかもしれない)幼き俺の姿が重なり、声を上げる間も無く風に晒された煙のように淡く大気に散る。

 

知る事が叶わなかった幸せが、触れる事の出来なくなった肉親の手が、俺の人生から零れ落ちたものがあの子にはある。

 

 

「“本当の願い”...俺が、心からやりたいこと...」

 

 

 

体が、自然と来た道を戻るべく走り出していた。

 

内から溢れそうな熱を冷ましてしまう前に伝えなければならない。橙鉢さんに。

 

 

俺は、やっと見つけられたのだから。

あの日、この体を突き動かした“何か”こそが――――

 

 

 

 

 

空を覆い尽くしていた灰色の雲は、瘡蓋を剥がすように美しい青を覗かせ始めていた。

 

切れ間から差し込む少し傾いた日の光が、街を照らしていく。

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