【偽典】植物系少女と世界の黄昏【田んぼエルフ】 作:フルフェイスパンケーキ
《敵増援反応、南方から多数接近中》
《推定、30》
「冗談じゃねぇぞ、おい...!」
インカムから聞こえる合成音声が更なる絶望的な状況の前触れを告げる中、俺は廃墟の街に蠢く大量のモンスターとの戦いを継続していた。
殴り殺しても、叩き潰しても、刺し貫いても一向に数が減らない今の状況に“おかわり”が来れば瞬く間に押し込まれてしまう。
「殲滅が間に合わない以上は、一旦離脱して分断させるしかない」
戦い易かった大通りから離脱してゲリラ戦に切り替えるべく、天井が崩れ落ちたビルの壁を駆け上って...
崩落したビルの壁面から内部に待ち構えていたモンスターが、俺の姿を見て捉えた途端に火球を放った。
「待ち伏せ、かよ...ッ!?」
《損傷率、100%到達》
《訓練を終了します》
火球が直撃したと同時に世界が止まり、分解され、床や天井にグリッド線が走るダークブルーの無機質な空間へと様変わりした。
擬似的に作り出された街並みから、通常空間に戻されたのだ。
「くそっ...まだ30ウェーブ前後が限界だ」
「まぁまぁ、最初に比べたら随分といい動きが出来るようになってきたよ?すぐ先に行けるさ」
「もう一回やらせてください、橙鉢さん!」
「それさっきも言ってたじゃないか...ダメだ、一旦休憩にしよう。昼飯時も近いし、無理のし過ぎは体に毒だぞ」
インカムを通してリバーブの効いた声が俺を軽く窘める。
ふと、近くのグリッドのマス目に表示される時間を確認すれば訓練を開始して3時間は既に経過していた。
…休むか、ここは。
「分かりました、シャットダウンお願いします」
「はいよ、ちょっと待ってて」
《仮想空間からログアウトします》
《シャットダウンプロセス進行中...》
目に映る景色がブラックアウトし、肌に伝わる感触と重力の向きが変わった。
《シャットダウン完了》
《お疲れ様でした》
黒い画面に文字が表示されたのを確認し、目を覆っていたゴーグルを外す。
暗所で慣れた所に差し込む照明の光が目に痛い。
視野が回復すると、橙鉢さんが覗き込んでいるのを把握した。
「どうだい?もうフルダイブ訓練には慣れたかな?」
「そこそこ、ってトコロですかね」
「そこそこなら上等だ。ラナを呼んでくる、楽にしててくれ」
廊下に出る橙鉢さんを脇目に体を起こす。
こういうモノにありがちな痛覚のフィードバックが現実でも残っている様子はない。
手を握ったり開いたりしながら、あれから畳み掛けるように訪れてきた出来事を思い起こす。
そう、昨日のあの出来事から今日に至るまでの――
//////////
「ラナは?」
「私の手伝いをさせてる最中でね、今ちょっと手が離せないんだ...結論は出せたかい?」
「これが皆にとって正しいとは思いません、間違いだらけで、自分勝手で...それでも、
「勿体ぶるのも良くないからね...聞かせてくれ」
地下研究所に戻った俺を出迎えた橙鉢さんが、俺から綴られる答えを待つ。
口元はニヤニヤとはしているが、向けられる目は真剣そのものだ。
多分、楽しみで仕方ないのだろう...あんなに澱んでいた男が、何を見つけられたのかが。
「俺は...俺と同じような悲しみを、喪失を経験する人が産まれてしまうのが見たくなかったんです。俺には姉さん達が居てくれたから家族の温もりを完全に失わなくて済んだけど、これまで犠牲になってしまった人やこれから犠牲になる人達全てがそのように恵まれる訳じゃない。あの時勝手に体が動いたのも、きっと...だから」
「“だから”...君はどうする?どう在りたい?」
「俺は...少しでも、死ななくていい人が犠牲になるのを減らす力として。この力が及ぶ限り、全力で戦いたい」
「守る為に?」
「...こんな力を得て、人間という枠から外れてまで生き延びてしまった俺という存在が、生きる上で成すべき事だと思ったから、です」
視線が交差する。
長い沈黙が流れて、先に口を開いたのは橙鉢さんだった。
「やけっぱちになって、与えられた力を理由に死に急いでる訳でも、ヒーローごっこして現実逃避がやりたい訳でも無さそうだね...その目、
「じゃあ...」
「私が全身全霊を賭して君達をサポートする。失望させてくれるなよ?」
「...!」
橙鉢さんはニッコリと笑って、そう言った。
それは力を貸してくれるに値するということ。
否定されるかとも思えたこの俺の本心に対して、橙鉢さんはその有り体を受け入れてくれたのだ。
「...さて!」
「は、はい」
しかし、その喜びはあまり長く続かず、パンッと両手を勢いよく打ち合わせる橙鉢さんによって気を引き締めることとなった。
「ここからは忙しくなるぞぉ、まずはラナの手伝いがキリのいい所まで行けるまで細胞や血液のサンプルを君から摂取させて欲しい。出来れば例の形態と今の姿に変わる際にどのような変化が現れるのかも分析させてくれ。彼女の方が終わり次第、引越し準備だ!」
「はい.........はい?引越し?」
細胞とか血液を少し貰うのは理解出来る。ラナでも完全に把握出来ていない俺の体がどうなっているのか、科学的観点で見れば何かしら分かる部分はあるかもしれない。
人間と化物、2つの姿へそれぞれ変異させる様を見せる事で、肉体が変異するプロセスを理解する事が出来るかもしれない。
だが、引越し?
ここに、地下研究所に住めと言うのか?
「不安か?」
「あっ、いや...寝泊まりするスペースはあるのかなと、そう思って」
「フ...安心しろ、政府からの客人や視察を招いた際に数泊は出来るよう部屋は設けてある。広さはそこまでだが、寝泊まりに不自由はしないと約束しよう」
俺の疑問を見透かしたような口振りで、橙鉢さんはそう答えた。
これ以上は、聞くまでもなかっただろう。
「あ、そうだ」
「何です?」
「平野君が立ち直る様、しっかり見させてもらったよ」
.........
......
…
その日は多くの事をした。
血を抜かれ、皮膚や頭髪に口内粘膜などの細胞をも採取され、人間と化物の間を何度も行き来した。
時間が許す限り、俺の様々なものを橙鉢さんに晒してデータを取らせる。
サンプルの大まかな結果は翌日出るが、変異プロセスの解析はもう少しの時間が欲しいと橙鉢さんは言っていた...気がする。
たった一日、いや、数時間で俺たちの住んでいたアパートから必要最低限の荷物を纏めて運ぶ、慌ただしい引越しによって第七特研の一室が新たな住まいとなった。
正直言って、俺の住んでたアパートの部屋より広
かったけど。
ちなみに、ラナの方は何をしていたかと言うと、アルラウネのノウハウを活かして地下で野菜の栽培とかが出来ないかどうかを模索していたらしい。
橙鉢さん曰く、地下暮しだと保存の効く缶詰とかカップ麺みたいなモノばかりになるらしいし...
そもそもモンスターの襲来で物資の搬入ルートが破壊されたこの街に、あまり多くの新鮮な野菜類は残されていなかった。
サプリメントなどでビタミン不足を抑えるのにも限界が来るとして、早急に解決するべき課題の一つとして持ち上がっていたそうだ。
そんな、なんだかんだで世界のことや人類のことを第一に考えている橙鉢さんの元で暮らすようになったのだが、翌日になると今度は戦闘データの収集に入らせて欲しいと言われ、朝から俺用に調整されたフルダイブによる擬似的に再現された戦場を駆け回る羽目となった。
たった一人でノルマンディー上陸作戦みたいな事やらされたり、黒い太陽と連星の月が浮かぶ明らかに地球じゃない惑星で得体の知れないロボットと戦ったり、廃墟と化した街でモンスターの軍勢と消耗戦を強いられたり...
――――もうすぐ君の細胞や血液の解析結果が出るし、それまでもみくちゃにされてくるといい
いつの間にかフルダイブ技術が完成していた事に対して若干浮ついていたし興奮もしていた俺は、その内容のハードさで冷水をぶっかけられると同時に橙鉢さんの言った言葉の意味を深く噛み締める。
一歩間違えれば死を免れないモンスターとの戦いは、俺が思い描いていた“フルダイブのゲーム”では無く“模倣された現実の戦場”で戦い抜く術を身につけなければならないと言う事を...
//////////
ドアの開く音が、物思いに耽っている俺を現実に呼び戻す。
顔を上げれば橙鉢さんと、首にタオルを掛けるラナの姿があった。
「お待たせ、連れて来たよ...昨日君から摂取した諸々のデータと一緒にね」
「訓練お疲れ様、マサヤ」
「あぁ、ラナもおつかれ。大変だったろ?」
「朝から戦い続けてた貴方に比べればずっと楽よ、元より土弄りは好きだし」
タオルで額を拭いながらそう語るラナは、可憐と言うより頼もしさすら感じる。
何年も農作業を経験してきたベテラン農家のような雰囲気だ。
「なんて言うか、力強いと言うか、割とワイルドだよな?ラナってさ」
「褒め言葉として受け取っていいのよね、ソレ?」
「正直ちょっと憧れてる」
「...何も出ないわよ、褒めても」
「ン゛ッンー...うん、なんだ、君ら疲れてるのわかるんだけどさ、会話が弾むのもわかるけどさ、ちょっとは私の方も気にかけてくれると助かるんだが」
「「あ」」
咳払いをして存在感をアピールする橙鉢さんに、俺はちょっとだけ申し訳なく思った。
反応が重なったから素で忘れてたのは俺だけじゃなくてラナもらしいけど。
何時もの暮らしの延長線というわけでは無いのは重々理解していても、やはりここまで大きく変わると慣れるのに時間は必要になってしまう。
「よーしよし、じゃあコイツをまずは見てくれ。
気を取り直した橙鉢さんが、壁面のホワイトボードに紙をマグネットで留める。
高校の授業で何回か見た事のある写真が、そこにあった。
「ハイじゃあ平野君に問題でェす、これなーんだ」
「えっ」
いつの間にか橙鉢さんが、手にしていた教鞭で写真のある部分を指していた。
赤くて、丸くて、中央が少し凹んだ...これは、もしかして?
「赤血球?」
「せーかい!チョット簡単だったかな?じゃあ次はおはぎみたいなコイツだ」
「白血球、ですかね?」
「またまた正解だ!それじゃあ最後にこれ、この細いのいっぱい着いててベタっとしてそうなコイツはー?」
「...血小板?」
「やるねぇ、全問正解だ。文明が存続してたら受験生だった分、そういう知識は然と入ってるようだし感心感心」
…橙鉢さん、俺に高校生クイズでもやらせたかったのか?
急にこんな事聞いて、何がしたいんだろうか...
「さーて、全問正解した平野君にはエキストラ問題を出さなきゃねぇ...これを見て、“何を感じた”?」
「な、何って言われましても」
特別に何かと感じることは特にはなかった。
至って普通な血液の拡大写真でしかない。
その辺の通行人をとっ捕まえて同様の調査を行ったところで、似たような結果が現れるだけに過ぎない...筈だ。
「普通ですね、何も真新しい感じはしないです」
「そう、“普通”なんだよ。血液細胞のバリエーションも、恐らくその機能も一般的な人間と何ら変わりはない。違うところと言えば水の濃度が一般水準より10%程高いくらいだ」
「え?...あぁ、そうか!そういう事なんですよね?!」
橙鉢さんが伝えようとしたもの、それは俺の血液が普通の人間と大差ないという...つまるところ、マクロな観点で人間の部分が残されていたのが発覚したという事実だ。
俺にとってそれは希望を抱かせる報せ――の、筈が、当の橙鉢さんはあまり浮かない表情で前髪をクシっと掻き上げる。
「まぁ、そういう事に間違いは無いが...だからこそ手放しに喜べないのさ、君はもう大分アカダマ、もとい魔核を食ってきたんだろう?」
「そうですけど、なにか関係が?」
「見れば分かる」
橙鉢さんがホワイトボードに貼り付けたもう一枚の写真を見て、俺を息を飲んだ。
「なん、ですか...これ」
写真を埋め尽くす勢いの、明らかに普通じゃない量の赤血球同士が、橋を渡すようにくっついている。延々と、写真に映らない場所にもそれは伸びて。
人間の体を循環する液体とは到底思えない、歪の極み。
――これは、一体、なんだ。
「...それなりの魔核を取り込んでるDランク駆逐官から採取した血液だ。互いにくっ付いてるモノは赤血球に見えるだろうが、コイツはもう既に血球細胞では無い別の半固体物質に成り果てている」
「これが、これが血
「尤もな意見だ平野君、中途半端に溶けた粘土みたいなコイツが人体を流れるには明らかに無理がある。高尿酸血症や痛風のように、体内で僅かに析出した尿酸結晶でも人間にとって大きな病となるからな。この状態を敢えて呼称するなら...」
「......“飽和”よ。その状態の血液は体外に流れ出て外気に触れると完全に固体となり、使役者たる飽和者の意思でその結晶構造に指向性を持たせる事で傷を塞いだり、武器を形成する」
静観を決めていたように見えたラナが、口を開く。
それは確か、俺が魔核集めをしていた頃に聞かされた単語だった。
「魔核によって魔力を得た人間は、その肉体を内側から作り変えるの。魔力を溜め込み、操る魔管を持たぬまま産まれた命にとって魔核は薬であり、糧であり...異物でもある」
「
「そう、故に私のいた世界の人々は大昔から魔力を行使する方法を模索し続けていたわ。魔管無しで魔法を発動出来る方法を編み出したり、モンスターから臓器を移植したり、人工的に擬似魔管を作り出して埋め込んだり...どれも大きなリスクを要するものだったり、一長一短のものばかりだった」
それからラナは、悲しみを表情に浮かべて自分の胸に手を当てる。
それはきっと、俺に施してくれた事も該当すると言いたいんだろう。
「...大丈夫だ、ラナ」
「でも」
「俺は、ちゃんと
「......ありがとう」
彼女はやるべき事をやった。俺がこうなったのはラナの所業じゃない、俺は少なくともそう思っている。
だから、その感情に沈む度に俺は引っ張り上げて前を向かせてやりたい。俺が彼女にそうされたように、今度は俺が。
「話、続けて下さいよ。橙鉢さん」
「そうさせてもらおう...結論から言って、普通なら血管が裂ける状態だ。液体と結晶の固体が共に現れている、俗に言う液晶の形態が常時保たれながらも既存の血液と同じ流動性を維持しているんだ」
橙鉢さんは教鞭で血管内壁と硬化した赤血球が接触しているにも関わらず、傷一つ付いていない部位を指した。
それが幾つもある。
「私はこの状態が元々此方側の世界で観測されなかった物質、何らかのエキゾチックマターが作用していると判断した」
「...魔力ですか?」
俺のその言葉を耳にした途端、目を細めて口元を少し吊り上げ、橙鉢さんは嬉しそうな笑顔を見せた。
「ご明察。私からすれば駆逐官なんてみーんな化け物さ...しかし、君の血液は魔核を取り込んだ者とは思えない程クリア過ぎるんだよ。文字通り
「...不思議ですね、滅茶苦茶な事言われてるハズなのに、それが全部腑に落ちていくんです」
「少なくとも、駆逐官が血の結晶生やして傷を塞ぐのに対して君は別の力が作用した修復能力を持つって事になるな...じゃあ次、その能力を紐解く鍵を握った表皮細胞の説明に行ってみようか!」
「はい!」
「あのねぇ...盛り上がるのもいいけど昼ご飯の時間、忘れないでよ?今日は箸を使う和食だって
ラナは口を尖らせながらも、橙鉢さんから語られる様々なデータを俺と共に聞いてくれていた。
時に説明を補填するように得意げな様子で話を継ぎ足し、時に彼女でも知らない変化に驚きながら。
なんだかんだで終わったのは1時過ぎ位だった。
書き溜め全滅したゾ