【偽典】植物系少女と世界の黄昏【田んぼエルフ】   作:フルフェイスパンケーキ

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お腹壊したり、目に傷が入ったりしましたが私は元気で初投稿です。


第十六葉:願いと想いの狭間

…夢を見てた。

 

幾つもの場面が浮かんでは消え、幾度となくそのヴィジョンが巡る。

多分、これは大切な思い出。

忘れちゃいけない、忘れるはずがないと直感が告げてくれたもの。

 

 

…夢を見ているという認識が芽生えた。

 

確か、テレビで言ってた気がする。

夢を夢と認識しながら眠ってる事を明晰夢だって。

 

じゃあ、これは何?私は今更何を夢で見ようとしてるの?

それならと意識を集中させてみれば、セピア調の景色がはっきりと明らかになって――

 

 

…小さな男の子が、目の前にいた。

その手を、『私』が引いて歩いていく。

男の子のぐしゃぐしゃになった前髪は、隙間から一切の光を通さない底なし沼のような瞳孔をチラつかせていた。

 

 

――今日からここが、君の住む家だよ。

 

 

やがて、私の見ている『私』が足を止め、男の子を優しく諭すように語りかける。

 

二人の前には見慣れた我が家。少し新しく感じる我が家。

 

…数年前のあの日。

これはきっと、私と正也くんとが共に暮らし始めた最初の日の記憶。

父親を失って日も浅い彼を引き取る事になって、色々手続きを終わらせていた帰り道...だったと思う。

 

 

 

映像が途切れ、目に映る景色が闇色一色に変貌した。

その中心から、スチール写真をバラ撒くようにして多くの場面のハイライトが溢れ出す。

 

 

家に住み始めてから、初めて彼が笑うようになった日。

 

中学受験を目前に控え、苦手科目の社会を教えた日。

 

大学受験に合格した私を、心から祝福してくれた日。

 

 

 

そしてこれは...これは、一番新しい幸せな記憶。

不思議な後輩(ラナちゃん)”を連れて、誕生日パーティに来てくれた正也くんとの記憶。

 

 

楽しかったなぁ。

嬉しかったなぁ。

また、一緒にご飯食べたり出来ないかなぁ。

 

 

 

......うん

 

わかってるよ

 

 

それはきっと、永遠に叶わない願い。

 

 

そう思うと同時に幸せなシーンが全て消えた。

幾百、幾千もの楽しい思い出に隠されたおどろおどろしい、でも確かに私が見た。私がしてしまった記憶が闇の中から顔を覗かせる。

 

 

私が刺した。滅多刺しにした。

グチャグチャに引き裂いた胴体から流れ出す血の温もり、柔らかい臓物の感触、吐血しながら必死に制止の言葉を叫び続ける彼の姿...

 

 

黒いセロハンで覆ったような、暗く曇った視界越しに全てが見えてしまってる。

 

覚えてるよ、あの日の出来事は全部。

急にふわっと、心と体が引き剥がされた感覚がして。気を失うことも許されなくて。

 

自分の中に何かが入ってくる感触がしたと思ったら、もう私は“人形”になってしまっていた。

 

悲しい、あまりにも悲しい過去を背負った男の子を満たすべくして廻される傀儡に。

 

 

操られてる間も、感覚が残ってしまっていたのが運のツキって奴だったのかもね。

だって、全部...全部見えちゃったから。

 

 

私......最低だ。

お姉ちゃん失格だ。

操られてたとしても、家族にやっちゃいけない事位あるよね。それ全部やっちゃったんだ。

 

 

 

 

 

――――今、助けるッ!!

 

 

変わり果てた正也くんの腕が、私の視界を貫いた。

 

闇に光が満ちる。逃げ場のない記憶の映像が消える。

 

…私、どうなったのかな?

死んだのかな?

死んだ人間って、二度と目覚めないからずっと夢を見続けるのかな?

 

 

 

もし、そうであるのなら。

 

どうか...正也くんが、私の弟が幸せに生きる夢を、見させて下さい。

 

私が二度と目覚めないのなら。この手で摘み取ってしまった彼の幸せを...

私が殺した彼の幸せを、永遠に見続ける罪を背負わせてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

......

 

 

 

 

 

なんだろう。

 

 

とても暖かくて、とても懐かしい感じ。

 

 

この感じ、知ってる。

夢から醒める時の、微睡みと...

 

 

/////////

 

 

窓の外、空を大きな黒い筋が横断する。

ゴブリンが来た時はオーロラのような感じだった転移風景だったが、今回は全然感覚が違う。

 

橙鉢さんが解析に集中すると言って通話を中断した、あの亀裂...

 

全身の毛が逆立つような、血液が冷たく煮立つような感覚を伴って、それが()()()()()()()()と脳が危険信号をけたたましく打ち鳴らした。

 

 

「あのヒビ割れ、ゴブリンの時と転移の感じが違う...!」

 

「より多く、より大きな物に作用させる際は魔法の形質だって変えるのが定石よ。とは言ってもこのサイズ...少々良くないわ、もしかせずとも大物よコレは」

 

 

戦慄を憶える俺の隣で、落ち着き払った様子で冷静な分析を行うラナ。

しかしその目は確実に対象を、一片の見落としすら許さぬと言った具合に見開かれている。

 

恐らく、否、俺以上にラナは理解しているんだろう。

あれは、もう間もなく恐ろしいものを撒き散らし、破壊と暴虐の坩堝をこの世界に齎すのだと...

 

 

なら、俺達が成すべき事は。

 

 

「屋上なら状況も把握出来ると思う。個体の識別はラナと橙鉢さんが頼りだ」

 

「なら早く行きましょう、時間はあまり残されていないみたいだから」

 

 

見通しのいい場所であり、すぐに散開出来そうな所はそれくらいしか思い浮かばなかった。

でも、それで十分だ。

この病院の屋上で、出てくるモノは確実に見える。

 

 

「...よし、屋上には確か階段で――」

 

 

 

 

「ぁ......う...」

 

 

 

 

「...え?」

 

 

 

 

思考が、ピタリと止まる。

聞こえる筈のない、聞かなくなって久しい声が鼓膜を撫でた。

 

 

「マサヤ?どうしたの、マサヤ」

 

 

ラナの声が遠くに聞こえる。すぐ近くに居る筈なのに、何メートルも離れたようなくぐもった反響。

 

 

幻聴だろう、きっとその筈なんだ。

見舞いに行って、世界にまたモンスター共が溢れ出ようとしてるのに...タイミングも都合が良すぎる。

 

けど、それでも。

確かめる以外に、術はなくて。

 

 

 

 

「.........姉さん」

 

 

 

振り向いた先に。

 

 

「ま...さや、くん?」

 

 

枯れて掠れた声で、俺を呼んでいる姉の姿があった。

手を伸ばそうとしても、腕の筋肉が硬直しているのか肩を震わせるだけでしかない。

 

目覚めたばかりで、今にもふつりと途切れてしまいそうな様子に気づけば既に駆け寄ってしまっていた。

 

 

「姉さん...姉さんッ!目が覚めたのか!?」

 

「ま、さやくん...どうしよう、私、正也君に酷い事しちゃった、っ...!」

 

 

目を開けたばかりの姉さんが呼吸器を剥ぎ取り、あろうことか俺の方へ迫らんとベッドから無理矢理這い上がり始めた。

一週間も昏睡状態だったせいで満足に体が言うことを聞かないらしく、上体を起こすだけで痙攣に似た震えを伴わせている。

考えるより先に、体が姉さんを制止させようと駆け寄って支えた。

 

多分、どうするべきか考えても同じ事をしていたに違いない。

 

 

「ダメだ、今はまだ急に動かない方がいい!意識戻ったばっかりなんだろう!?」

 

「けど、私ッ...私、何度も正也くんを傷つけた!」

 

「アレは操られてただけで姉さんの意思じゃない、気負わなくったっていいんだ」

 

「そんなことは無い!!例え正也くんが...そうされた側が大した事じゃないって思っていたとしても、してしまった人間()はっ...!」

 

 

その言葉に、一週間前の記憶が脳裏を駆け巡る。

ズキリと痛む、頭。

 

そうだ...俺もそうだった、誰かにとっては歯牙にもかけない程些細な、寧ろ感謝されるような事をしていたとしても、本人にとって大きく思い罪の意識を植え付けるには十分すぎた。

 

そして姉さんは...姉さんは、恐らく全部見えていたんだ、感じてしまっていたんだ。

俺にあのメッセージを送って、完全に体が自分のモノでは無くなったその後でも。

 

 

…だからこそ

 

 

「姉さん!」

 

「っ!」

 

 

腰に手を添わせていた手を離し、両肩をしっかりと掴む。

俺が力んでいたせいか、声を荒らげたせいか、少しだけ姉さんの体が震えた。

 

 

「頼む姉さん、今だけでいい、今だけでも落ち着いて...俺たちの話を、聞いてくれ」

 

 

額が熱くなっていく。意識が戻ってくれて嬉しいとか、体の調子は大丈夫かとか、色々言いたい事は沢山あって、でも時間も余裕も圧倒的に足りない。伝えきれない。

喉元まで迫り上がる言葉を無理に押し込めながら、姉さんの震える目を真正面から見つめる。

 

俺の気持ちを汲み取ってくれたからか、姉さんはぐっと何かに急かされるような雰囲気を抑えて頷いてくれた。

 

そんな様子を見届けてくれた...と言うより、空気を読んで敢えて口出ししなかったラナが漸く口を挟む。

 

 

「ミズキ...窓の外の景色、見えるわね?」

 

「うん、何だろう...黒いひび割れ?」

 

「分かりやすく言えば時空の裂け目、あの時のような悲劇がまた起ころうとしている」

 

「そんな...また!?」

 

 

そう、まただ。

そしてきっと、これからも続いていく。

世界はもう完全に変わってしまっていた。姉さんの誕生日を祝っていた、あの幸せな一時は二度と戻ってこない。

 

 

「だから、私達が行くの。訪れるであろう幾多の暴虐からこの場所を守る為に」

 

「...えっ、ちょっと待って、私()って?」

 

「あぁ、俺も行く。戦う為の力は身につけた」

 

「駄目だよ、駄目だよそんなの。どうしてそんな事しなくちゃならないの?どうして自分から危険な場所に赴こうとするの!?おかしいと思わないの...?!」

 

 

何時もの優しい雰囲気は何処にも...いや、きっと俺達の身を本気で案じてくれているからこそ強く咎めの言葉を投げかける姉さん。

でも俺は、その優しさをこれから踏みにじるような事をするのには理由と覚悟があると伝えるために、短く息を吸う。

 

 

「...思ってるよ、言われなくったって」

 

「じゃあ尚更!」

 

「それでも、誰かがやらないといけない!誰かが戦わなくちゃならないんだ...彼処から来る連中に見境も分別もない、何もしないままだったら全部奪われる!俺は、そんなもの真っ平御免だ!!姉さんや義父さんと義母さん、大切だと心から思えた存在が奪われるなんてのはッ!!死んでも御免だッ!!」

 

「...正也くん」

 

 

煮立つ感情をそっくりそのまま姉さんに伝える。と言うよりほぼ一方的にぶつけていた。

目覚めたばかりで怒鳴るような事をして悪かったと思ってる。

だがそれでも奪われたくない、失いたくない、全てを守れなくても大切なモノだけは、絶対に!

 

 

「だから、行くの?死ぬかもしれないのに、戦うの?」

 

「...その為に、俺は駆逐官になった。命に代えてでも守るべきモノを、守り通すと決めたから」

 

「私はミズキに恩を返す為に戦うわ...あの箸の使い心地、本当に良かったんだから」

 

「......」

 

 

鉛のように重い沈黙が流れる。

 

空の異常に気づき始めたのか、病室の外から聞こえる徐々に強まる喧騒以外、呼吸ひとつ聞き取れない。

 

 

唐突に、姉さんは肩に置かれた俺の右手を優しく手に取った。

そのまま手袋を外し、下から壊死したかの如く黒く変色した皮膚が露出した。

 

...抵抗はしない、姉さんだから見られても構わない。

 

 

「硬いよ、冷たいよ、人間の手じゃないみたいで」

 

「実際、そうなんだけどな...俺」

 

 

姉さんの指が掌をさする。黒と肌色の色彩の差が、越えてはならない一線を隔てた互いの距離を物語るように...こんなに近くで、触れ合えもしているのに果てしなく遠い存在として俺には感じさせられた。

 

 

「感謝されなくてもいい、快く思わない人から罵倒されたっていい...大切な人と、少しでも多くの未来を救う。それが俺の願いだ」

 

「...変わっちゃったね、正也くん......この手みたいに」

 

「そうならざるを得なかった...訳も分からないまま死にたくないのは昔も同じだけど、今はそれ以上に親しい人の死が怖い。特に、また家族を奪われるような事が起こると言うなら、命を遣い果す事も厭わない」

 

「そっか......あのね、正也くん。私からもお願い、いいかな?」

 

 

膝の上に乗せるような形で握る手を見ていた視線が、俺の顔へと上げられる。

 

…いつか見たような優しい、だけど押し殺した悲しみを隠しきれない笑顔が、こっちに向けられた。

 

 

「私がどうなっても、貴方は生きて...ラナちゃん一緒に、何処までも」

 

「...生きるさ。姉さん達を守り抜いたその上で、俺も生きる。何人たりとも好きにさせない」

 

「嬉しい...やっぱり自慢の弟だよ、正也くんは」

 

 

――どんな姿になってしまったとしても。

 

そう、聞こえた気がした。

あぁ...このまま時間が止まってしまえば、この瞬間だけが流れ続けてくれれば、それでいいのに。

 

だけど...

 

 

「マサヤ」

 

「分かってる...姉さん、行ってくる。もう時間が無いみたいだ」

 

「待ってるよ、私...ここで待ってるからね?」

 

「必ず戻る、絶対戻るって約束する」

 

 

ラナが皆を言い切る前に理解し、姉さんも握る手を緩めて離す。

 

どうせ後で外すからと手袋をはめ直すことなく病室の出口へと向かい、扉に手を掛けて...開く前に、改めて姉さんの方へ振り向いた。

 

 

「姉さん、俺も...俺も、姉さんの弟で居られて、幸せだった」

 

 

姉さんが何かを言おうとするのを見なかった事にして、俺は病室から飛び出す。

どうしても伝えたかった、その一言を遺して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「開かないわ、鍵かかってる」

 

「仕方ないけど、非常時だから...ッ!」

 

 

蹴り破った扉から差し込む外の光。走り出せば天井のない床と、その四方を柵で囲んだ空間に繋がっていた。

…屋上だ。

 

見上げてみると、黒いひび割れは既にかなり細かく広がっていて、その奥に何かが蠢いている様子すら伺える。

 

 

「ラナ、裂け目越しに判別つかないか?」

 

「難しいわね...翼を持っているような物体しか見えないわ」

 

「いや、それさえ分かれば十分だ。橙鉢さんにも連絡を――あ、そうだ」

 

 

出発前に橙鉢さんから言われていた事を思い出し、懐から端末ではなく二つの小型インカムを取り出した。

 

 

「万一、異常生命体との戦闘が避けられないような状況に陥った時は使えって言ってたろ?通話機能しかないけど、散開して戦う事になれば必須だってさ」

 

「...えぇ、そうよね」

 

 

数秒だけ、躊躇いも似た沈黙の後に彼女はインカムを取る。

付け方は事前に橙鉢さんが伝えていたから問題ない筈だが。

 

 

「珍しいな、こういうモノ付けるの嫌か?」

 

「それもあるけれど...いえ、気にしないで。タダの我儘よ」

 

「そっか、でもラナには悪いが気になるな...支障無かったら聞かせてくれるか?」

 

 

俺は自分の耳にインカムを装着させながら電源を入れつつ、そう聞いてみる。

深く考えていたわけじゃない。こんな時になっても少しだけ蟠りに似た何かをラナが抱えているなら、せめてそれを知ってやりたかった。解決できるかどうかは別として、そう思って言った。

 

そう言っただけの筈が、何故かラナは少しだけ視線を泳がせていた。

 

…地雷だっただろうか。

 

 

「嫌なら無理に言わなくても――」

 

「マサヤ...本当に私が守らなくても、貴方は戦える?」

 

 

申し訳なさと、案じてくれているような優しさの入り交じった目が向けられた。

茜色の瞳が、僅かに揺れている。

 

…まだ、ラナも悔やんでいるのかもしれない。

二人で考えていた当初の予定は既に無意味なものとなり、この先何が俺の身にあったとしても『無垢胚』を与えた自分にその責任は大いにあるとして。

 

...どう答えるべきだろうか。

大丈夫だと元気づけるか?

いざと言う時は守ってくれと弱音を吐いてみるか?

いや...いや、駄目だ。それは違う。俺は二つとも心からそう思ってない。

故に、

 

 

「ラナ、確かに俺はラナよりまだ弱いと思う。腕っ節はどうか知らないけど魔法とか植物操ったり出来ないし、フルダイブ訓練で戦う方法を身につけたと言っても数日仕立ての付け焼き刃だ」

 

「分かってるんじゃない、なら――」

 

「...ラナの背中を、預けさせてはくれないか」

 

 

俺を射抜き続ける視線のまま何かを言おうと、何を言えばいいのか分からない様子でいる彼女に、俺は胸中を更に曝す。

俺の思っている事を。俺の想いを。

 

 

「バカみたいだろ?けど俺は、俺は多分()()()()()んだ。ラナの力が及ばない、届かない所を埋められるように戦う。俺の今、出来る精一杯の力を以て」

 

 

そうだ、きっとそれでいい。

誰かを守るという意味合いではなく、誰かが及ばない所を補うという意味を含めた『背中を預ける』ということ。

打たれ強く鋭い異形の肉体と、たった数日の特訓で得た申し訳程度の近接戦闘技術。俺の持ち得るその武器全てを出し尽くして戦う事が、きっと一番正しいと思いたい。

 

 

 

「...心配しすぎみたいね、私も......ここまで他人を、それも人間を気に掛けたことは始めてよ」

 

「ま、俺もまだまだ危なっかしいだろうからな...けど、俺達には力がある。この病院に居る人達の盾になれる...そうだろ?」

 

「無論よ」

 

 

俺がサンダルを脱いでからマスクと片方の手袋を外し、ラナは髪を結わえていたリボンをするりと解く。

割れ目の方向から感じる得体の知れない...多分『殺意』とか、そういう類の感情が一層強くなった。いつこちら側に雪崩込んで来ても不思議じゃない。

 

 

耳にインカムを装着すると同時に、橙鉢さんからのコールが入った。

 

 

「橙鉢さん、解析は?」

 

«たった今終了した、端末のレーダーに進行予測ルートを送るから確認を――いや、時空連続体がもう持たん!来るぞ!»

 

 

橙鉢さんが珍しく声を荒らげるのと同時に、空に入った亀裂がみるみるうちに増え広がって、遂に一つの物体が宙に解き放たれた。

 

その姿はまるで、おとぎ話によく出るドラゴンのようで...

 

 

「...ワイバーン」

 

 

ラナの口から漏れた名は、ドラゴンとは違う翼竜だった。

 

 

「ドラゴンじゃないのか?」

 

「近からず遠からずと言った所ね...これならどうにかなるかも知れない」

 

 

墨汁で満たされたような割れた空の向こう側から、次々に躍り出るワイバーン。

まるでジュラ紀に後退したようなその景色に一瞬圧倒され...しかし、すぐやるべき事への行動を最優先にした。

 

深く息を吸い込んで、スイッチを入れるように身体の機能を変える。

手足は尖り、体は蔦に巻かれ、枝が首の皮膚を突き破り、目に映る景色が一瞬赤く潰れて元に戻った。

 

 

«防衛戦をするって言うなら散開するしかない、()()()()()はすぐこっちまで突っ込んで来るぞ!»

 

「聞いての通りだラナ、行くぞ」

 

「死なないでよ、マサヤ」

 

 

一週間前の記憶が脳裏を過ぎって、じわりと頭が痛む。

姉さんと話していた時と同じ、あの感覚。

取りこぼしてしまう命はきっと多い。

病院(建物)ひとつ守りきるので俺は限界かもしれない。

 

…それでも、あの時とは違う。この力で、どんなに小さく少ない纏まりでも、守れるものなら。

 

 

 

――せめて、この病院に居る人達だけでも。

 

 

「...守る、今度こそは!」

 

 

傍に立っていたラナが、地を蹴る乾いた音と僅かな砂埃を残して消え去ったのを脇目に。

 

俺は、空を舞う翼竜の溜まり場へと向かって飛び出した。

 

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