【偽典】植物系少女と世界の黄昏【田んぼエルフ】   作:フルフェイスパンケーキ

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第十七葉:信じる者は掬われた

思えばあの時、我々が何の罪も無い少年に引き金を引いてしまったあの時から命運は決し、全てに見放されていたのかもしれない。

 

 

『地獄』、という言葉がある。

国は違えど、宗教が違えど、生前罪を犯した者が死を迎えた時、須らく落ちる忌むべき地という認識は総じて共通している概念であり、人々はそうならぬ様に善行を積むことを教えとして生きている。

 

私もその一人だった。

地獄以上に恐ろしいものなど存在しないと、叶うならば人々をそのような場所に致らせない抑止力となりたかった。

 

そこで出会ったものこそが『神の存在証明』。

我々の手で人々を守り、救い、崇高な使命を以て地獄から這い出た滅びを齎す異教徒と戦う...

 

私は幸せだった。誰かの為に力を振るえる事が。

私は奢っていた。自分と自分の率いる兵が、人々を護る絶対の盾となる事に。

 

 

 

 

 

 

そして、私は愚かだった。

 

人々の思い描く概念としての『地獄』、それはあくまでも人々の想像が至る範疇までしか表現が及ばず、いわば空想の産物でしなかない。

 

何故ならば、生者は地獄を識ることは叶わないからだ。ただ認知に及ばぬ『死』に、それらしい意義や意味を付け加えただけの妄想に人間は恐れ、忌避しながら生きている。

 

故に、宗教というものは国や言語が違えど人々の拠り所として産まれ、育ち続けていた。

 

私の属する『神の存在証明』も、そうであるように。

 

 

 

 

そう、()()は無知だった。

来るべき日が訪れ、我々『神の存在証明』は人々を護る剣であり、盾となる日時が来たのだと…少なくとも私の任された部隊では、皆そう思っていた。

 

 

 

「エリアC、最終防衛ライン突破されました!戦闘員は隊長格を含めて全滅した模様!!」

 

「エリアB、Dの損害率、共に70%を超過!これ以上の戦闘継続は困難!!」

 

「ッ...司令部からの連絡に、変化はあるかっ!?」

 

「依然として変わらず!此方からの通信は一切無視されています!!本部直属部隊の展開していたエリアE以降も通信途絶!戦況報告も途絶えましたっ!!」

 

「アイツら数十分前までずっと優勢だって言ってたろ!なんで急に音沙汰無くなっちまうんだよ!?」

 

「この区画でマトモな戦闘行動を継続しているのは我々だけなのか?やはり捨て駒だったと?…何の冗談をッ!」

 

「守るべき人も皆アイツらに殺されて…隊長、俺たち一体何のために戦ってきたんですか!!この行いに何の意味があったんです!?!」

 

 

ここは、道路を塞ぐように崩落した高層ビルの瓦礫を遮蔽物とし、人肉の焼けた刺激臭が粉塵と火の粉に混じって鼻腔を侵す死地の真っ只中。

 

異教徒…否、翼を持ち、炎を吐き散らして地を蹂躙する翼竜によって、付近に展開していた部隊は既に多くが壊滅。同時に避難誘導中だった民間人も為す術なく焼き殺され、そこへ別種の異教徒が波状攻撃を仕掛けて抵抗を続けていた部隊が一つ、また一つと斃れていく。

極めつけに、この街に存在していた司令部を兼ねたシェルター付近で爆発が発生してからというもの、このような通信のみが繰り返されるばかりであった。

 

 

 

《現在、作戦司令室は異教徒により苛烈な攻撃に晒されており、一時的に各救援要請に対して全く応えられない状態にある》

 

《本部直属部隊によって最優先保護対象を避難させた後、司令部を襲来した異教徒を殲滅するまで各エリアの戦闘員は撤退せず所定の区画を守備、前線を維持されたし。……繰り返す、現在、作戦司――》

 

 

 

当初は直ぐに敵を討ち払い、指揮系統を取り戻すという甘い目論見を立てていた。アレだけの兵力が落とされるものか、と…

 

しかし、既にこのメッセージが延々と繰り返され始めて数時間が経過している。

私を含め、徐々に戦闘員達は理解しつつあった。

 

 

――――――我々は、棄てられたのだ。

 

 

…我々は既存の軍を凌駕し、神の祝福を授かった最強の戦士たち(ラスト・バタリオン)等では無かった。

体良く宛てがわれた、本丸を生かす為の贄に過ぎなかったのだと…

 

 

その事実を理解し始めた各部隊は劣勢に押し込まれ、戦闘員多くが殉教(犬死)した。

各区画及び戦線崩壊の報も次々に入り、我々も後が無くなりつつある。

守る筈だった力なき者を先に皆殺しにされ、戦う力を持っていた筈の自分達ですら満足に抗うことも叶わず…私にとっての『地獄』は、ここだった。

 

 

しかし、我々の後方には多くの民間人を内包した病院がある。

それは地下にシェルターを備え、最大で数百人に及ぶ収容数を誇る国内最大級の避難所として機能するが、果たしてこの異教徒共にも同じ事が言えるのだろうか?

司令部をシェルターごと吹き飛ばしたこの魑魅魍魎共に…?

 

 

「エリアC方面より、翼竜接近!!」

 

LAM(無反動砲)で撃ち落とせッ!!」

 

「ダメです、既に懐までッ――ガァァ!?!」

 

 

やや距離のある右側面、轟音を伴いながら失った瓦礫の遮蔽物から顔を突き出した翼竜の顎に戦闘員が2,3人纏めて噛み砕かれた。

幾度目にしたか分からない、同胞の死が再び起こる。

 

「こ、の…化物、め……ッ!」

 

 

牙に胴を寸断され、上半身だけを外部に露出させた戦闘員の一人が両眼を見開き、自らの手にあった無反動砲を吐血しながら竜の顔面に構える。

 

その行為が何を意味するのかを理解した瞬間、思考では既に手遅れであると悟りながらも――

 

 

「止せ!撃つなァッ!!」

 

「隊長…後を、頼みます!!」

 

 

私の制止を求める声は、炸裂音に虚しく溶けて消えた。

 

後に残るのは、周囲に飛び散った赤の流体と黒煙のみ。

翼竜の姿すら煙に阻まれて見えない。

 

 

…何故だ。

何故、こうまで命を捨てて戦う者が居るというのに、神は我々に慈悲を与えてはくれない?

我々に、救われるだけの価値は最早存在していないのか?我々は滅せられるべくして蹂躙を受ける咎人なのか?

 

 

それとも…我々が信じ、代行者と称してして務めてきた『神』とは、元より…

 

 

 

「隊長ッ!!」

 

「な――」

 

 

黒煙の奥で影が揺らぐのが見えたと認識した瞬間、顔の右半分が大きく抉れて赤黒い液体を撒き散らす翼竜が私の元へと突っ込んでいた。

 

 

…退避は間に合わない。銃の照準を定める余裕もない。事の一部始終を目の当たりにしていた部下の戦闘員達も皆、長きに渡る戦いの疲弊と目の前で爆散した同胞の凄惨な最期から立ち直る暇すら無かった。

私の番が来た、というべきだろう。

 

だが、私もタダで死ぬつもりは無い。

先立った仲間達への手向けにしては、少々品がないが…

 

 

 

「…私を殺すと言うなら」

 

 

風圧すらも殺人的な勢いを乗せていく刹那、タクティカルベストに括り付けられた手榴弾のピンに指を掛け――

 

 

「共に死んで貰うぞッ!!」

 

 

引き抜く。

軽い金属音と共にレバーが弾けた。

 

これでいい。

これで、私は、『神』と袂を――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…風向きが、変わった。

私のすぐ隣を、正面から迫る風圧を押し退けて“何か”が通り過ぎた。

 

 

「――――――ァァああああああッ!!!」

 

「▲▲!?!!」

 

「は…!?」

 

 

私の体を轢き潰す筈だった巨体が、宙に浮いている。

その翼を使って飛んでいるのでは無い。もっと不自然な形で、人智を逸した何者かが竜を()()()()()ていた。

 

…私は気でも狂ったのか?

こんな、都合のいい光景が…

 

 

いや、それだけではない。

何者かが竜の抉れた肉へめり込ませた手をずるりと引き抜いた所に、ソレはあった。

 

貫かれた穴に代わって、私がピンを引き抜いた筈の手榴弾が、そこに。

 

 

―――炸裂。

本来は私の身体ごと吹き飛ばす爆発が上空で起こり、堅牢な鱗で覆われていない剥き出しの状態だった翼竜の顔面は内側から完全に消し飛ばされた。

 

しかし、私を死から遠ざけて翼竜を討った存在も又、広がる爆風によって瓦礫の山に勢いよく激突する…が、何事も無かったかのように両足でコンクリートの塊の上に立っている。

 

 

「……()、は」

 

「……」

 

 

私には見覚えがあった。

忘れられない光景と共に、私の記憶に深く刻み込まれたあの姿には。

人間と植物。人と、人ならざる存在の境界が入り交じった人型の異形には。

 

…あの日、我々が手を下してしまった彼が、何の因果が巡ってか再び我々の前に姿を見せたのだ。

 

あれだけの所業をしてしまったにも関わらず、又我々を救う存在として。それが意図して行われたのかどうかは別として、結果的に我々はまた彼に...

 

 

「今すぐその場から離れて下さい!()()が来ます!!」

 

 

しかし、そんな感情に陥ろうとしつつあった私…或いは、私以外の戦闘員達がその大きな声によって現実に呼び戻される。

アレとは何か、その問いを投げかけるより早く地面が轟音と共に大きく揺れ始めた。

そして翼竜が突き破った壁の大穴から先の光景が、こちらに向かっていた敵の全てが、()()()

 

 

 

――――――いや、これは。

 

視界全てを覆うほどの。

前方の空間全てを褐色に置換しうるほどの。

 

 

 

「……モンスター」

 

 

異教徒という呼び方は、その巨大な存在の前には矮小極まりない。

 

ただ直感でそう喩えざるを得ない…民家の一つや二つなど丸呑み出来そうなサイズを誇る、鉄錆のような色合いが全身を覆う蠕虫(ワーム)のようなモノ。

地面や路面のアスファルトごと、その場の空間に存在していた翼竜を始めとした全てが飲み込まれてしまっていた。

 

 

「間に合わなかった…俺がヤツを抑えます、その間に後退を!!」

 

 

だと言うのに、彼は躊躇い一つ見せることなく地を蹴って巨体へと跳躍した。

蛇のように鎌首を擡げる蠕虫が、一本につき電柱ほどのサイズはある牙の並ぶ円形状の口吻を向けた時には既に、

 

 

「でぇァァッ!!」

 

「▲▲▲▲▲!?」

 

 

勢いを最大限に生かした蹴りによって、隣接するビルに衝突していた。

そのまま組み付く彼が黒く鋭いその手で表皮を引き剥がさんとするのを、蠕虫が熱湯をぶちまけたミミズのごとく捩って畝って振り落とし、丸呑みにせんと撓り迫る大口の牙を体制を既に整えた彼が掴んで拮抗する。

 

 

巨大な異形と、人間に近い異形が互いに殺し合う光景。

 

 

恐ろしいという感情が、悍ましいという感覚しかその光景から得ることができない。

我々の眼中で繰り広げられるこの戦いは人の手に有り余る代物だった。

 

 

「あんな化け物同士じゃ…こんな奴相手じゃ銃なんて玩具も同然だろう!?ロケットランチャーだって!!」

 

「隊長、逃げましょう!こんな所に居たら命が幾つあっても足りませんよ?!隊長っ!!」

 

 

「…これが、人の域を脱した者の戦い……」

 

 

今すぐ死ぬことは無くなったとしても既に戦意を挫かれ、狼狽える事しか出来なくなった部下達が私の元へと縋るように寄り集まる中、私の口から自然とそんな言葉が漏れていくのを感じる。

 

我々(人類)は、やはり無力だった。

どれだけ同族で殺し合うには不足ない武装に身を包んでも、圧倒的な力と力が鬩ぎ合う戦いを前にしてただ傍観に徹する事しか叶わない脆弱な生物である事を痛烈に叩き込まれていく。

嘗て地球の頂点として繁栄してきた歴史の表舞台から蹴落とされた我々に、為す術など有るはずが無い。

 

 

「総員、撤――――」

 

 

 

《…それで、このまま引き下がるつもりかい?彼に全てを押し付けたままで》

 

 

撤退を告げようとした私に、無線機から響く聞き覚えのない声が待ったをかけた。

 

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