【偽典】植物系少女と世界の黄昏【田んぼエルフ】 作:フルフェイスパンケーキ
文章の書き方忘れた(絶望)
「な、通信!?」
「本部からか!?」
「いえ、違います!この周波数は『神の存在証明』の用いる通信施設のどれもに該当しません!!」
《当たり前だろう。なんたって私が無理矢理通信に割り込ませてもらっているんだから》
突然の事態に、戦闘員達の間で少しだけ混乱が起こった。
無線の声は恐らく女性。
だが語られる内容から判断して、外部から何かしらの手段を用いた電波ジャックを行った上で繋げていると考えて間違いなさそうだ。
しかし、兵も武器もほぼ尽きた私に今更何を言おうとするのか…
「何が望みだ、何一つ成し遂げられなかった我々に…」
《いきなり諦めムードかい?国内最強の軍事力を持つ新興宗教の一部隊が聞いて呆れるね》
「何とでも言え、我々は最善を尽くした。その結果がこのザマだ」
《でも、生きてるんだろう?少なくともその場で私の声が聞こえている人間はさ》
生きている。生き残っている。
…だが、それ以上に何がある?何が残った?我々の手の中に。
「あぁそうだ、生きている...それだけだ」
《そうだね、それだけだろうさ…で、だ。アンタ方はあのデカブツ戦ってる彼が
「彼は、私の部下が脳に銃弾を喰らわせても死なずにいた。生物としての域を、生と死の概念を超えているとしか…」
《ふーん…まぁそう思うのも無理はないとは思うけど》
無線を介して溜息が聞こえる。私を含めてこの場の誰もが黙したまま時間が流れる。
崩壊したビルの向こう側、陥没した道路の上で今なお続く死闘の喧騒によって辺りが静寂に包まれる事はなかった。
《彼という
「しかし、彼には我々にはない力がある。恐れもを感じる心も、痛みも感じる神経も――」
《あるよ、あんな姿になっても》
蠕虫のムチを彷彿とさせる動きで弾き飛ばされた彼の胴に、崩壊し露出したビルの鉄骨が突き刺さった。
口を覆う枝の犇めきから、赤黒い血が隙間を縫ってダラダラと滴り落ちていく。
勝ち誇ったように揺らぎながら近づいていく蠕虫。
彼は鉄骨を右手で掴んだまま動こうとしない。
人の域を超えたとしても、身を貫かれた痛みを感じて失神したのか?
「くっ…!」
我々が奴と戦う事になるとすれば何分…いや、何秒持つ?
十数人の銃火器で身を固めた兵士では恐らく戦術も戦略も関係なく、その巨大の口の中へと収められてしまうと。そう思っていた。
彼はどうだ?たった一人で立ち向かい、今こうして縫い止められるまでに何分渡り合ってみせた?
それだけではない。私を翼竜から救ってくれたのも、私に『異教徒』の有り様に対して疑問を持たせる切っ掛けを作らせてくれたのも、全て……
今でも恐ろしさが消えない。人智を超えた者同士の戦いに体の芯から震えが伝わってくる。
しかし、彼は…彼はまだ、成人すら果たしていない
まだ生まれて十数年しか経たぬ命が、それを投げ出す覚悟を決めて戦い続けている。
だと言うのに我々は指を咥えて見ているだけで本当に良いのか?それが力を持つ者の正しい有り様だとでも言うのか?
……否
「...対装甲火器は、何発残っている?」
「たッ、隊長!?何考えてんです!空飛ぶ異教徒相手ですら大打撃を受けたのに、あんなの倒せっこないでしょう!?」
「いや、方法ならある筈だ…駆逐官を除いた上で考慮すれば、最も兵力を持つ『神の存在証明』の戦闘員たる我々にコンタクトを取るという事は、そういう事なのだろう」
そして、彼は我々に対して“下がれ”とか“後退しろ”とは言ったが、逃げろとは言わなかった。
もし、彼もその事を理解した上で述べたとすれば…
《察しが良くて助かるよ…あのデカブツは内部構造は至ってシンプルだ。一般的にアカダマと呼ばれてる核の部分に捕食した物体を圧縮しながら運搬しエネルギーに変換している。ミミズ見た事あるだろ?それを思い出しながら冷静に観察すれば――》
言われるがまま、彼に向かって体を伸ばしていく蠕虫へ目を凝らす。
幾つもの体節のうち、尾部から三つ目の体節が他のものと比べて二回り膨らんでいた。
「あの体節か…!」
《見つけたようだね。粗方予想は着くだろうが内側にミッチリ詰まった筋肉のせいでNato規格の5ミリ
求められるのは肉を貫くのでは無く吹き飛ばす、言うなれば貫通より爆砕に長けた武器。
心当たりは、あった。
「…改めて聞こう、どの弾頭が何発ある?」
残された時間は僅か。
役者は既に揃い終えている今、議論を交わすことすら惜しい。
急かす私に多くの生き残りが戸惑う中、一人が意を決したようで背負っていたジュラルミンケースを下ろして差し出した。
「折り畳み式のロケットランチャー、我々の持つ最後の対装甲兵器です…自決用に残すつもりでした」
「…これでやれるか?」
《オーガの腕を吹っ飛ばすだけの火力はある代物だ、理論上は可能な筈…タイミングは
瓦礫の隙間から、磔の彼を見上げる。
依然として項垂れ、全身の力が抜けているように感じられるが右腕だけは鉄骨を
「…よし」
彼の意図を理解し、私も腹を括った。
受け取ったランチャーを組み立てる。
瓦礫の足場を頼りにビルの二階から混沌窮まる外へ駆け下り、ここが街の一角である事を忘れさせる程荒れ果てた大地を踏みしめ、指定部位に当てられる可能性が最も高い距離まで、あと十数メートル。
が、そんな私の動きなどお見通しと蠕虫が口以外に器官を持たない顔を向けようとして――
「待てよ」
彼の、だらりと垂れ下がっていた左腕が唐突に動いて蠕虫の逸らそうとした口吻を鷲掴み、ぐい、と向き直らせる。
そして……
「お前は、俺だけ見てろ!!」
掴んだままだった腕に力が入って腹に刺さった鉄骨を引き抜き、人外の腕力にものを言わせて口の内側へ深々と突き立てた。
「▲▲▲ーーーーーー!!!!!!!!」
ビリビリと鼓膜を揺るがす、言語化できない絶叫を発しながら蠕虫が彼を噛み砕こうとした時は既に、巨体を踏み台として高く飛び上がった後。
蠕虫は勢いを殺しきれぬままビルに突っ込み、コンクリートの瓦礫と砂塵を巻き起こした。
彼の姿が飛び散る灰色の粉塵に掻き消える寸前、私の目線と彼の赤い眼が交差する。
多くを語らずとも、その目からは互いの思考が通じ合う。
――――――今ならやれる
それぞれの思いが重なると同時に、私は自分の考える中で最も最適な位置へと到達を果たした。
発車姿勢に入り、照準器を通して膨らむ体節に狙いを定め…
「人間を見縊るなよ…怪物!」
トリガーを引く。
重い衝撃と共に射出された榴弾は狙い通り、体節へと吸い込まれるように飛翔して
轟音と共に、大穴を生じさせた。
「▲、▲▲▲▲――――――」
蠕虫の頭頂がビルの天井を突き破って咆吼する。
大きく開いた口から発せられる金属音にも似た鳴き声は次第にか細くなって消え、赤褐色の胴体があちこちから灰色の斑点が広がって全身を染め直した。
ザラザラと、波に攫われる砂の城を想起させるように巨体が崩れ落ちる。
……倒したのか?本当に我々の持ちうる兵器で奴を倒せたのか?
「退かなかったんですね、やっぱり」
呆然としていた私の元に彼が来た。
あの高さから落ちても平然と歩いており、腹部に空いた穴は既に埋め立てられて巻き付く蔦に覆い隠されている。
「…君の戦う姿が、私に思い出させてくれた。自分が何故『神の存在証明』に加わったのかを」
そう…私は、神の軛に繋がれた家畜でも奴隷でもない。
緩やかに破滅へと向かい、その場にいる者全てが絶望に暮れていた戦況に光を齎した彼が、私に思い起こしてくれた。
神に縋って戦うのでも、神の力を示すために戦うのでもない。
人類の自由と尊厳を守る為に、私はこの道を選んだと言う事を。
「信じてましたよ、
「行くのか?せめてあの時の事について弁明を」
「…全部終わったら、ゆっくり話し合いましょう。それに俺、もし立場が逆だったなら間違いなく撃ってましたよ」
彼はそれだけを告げ残し、黒煙渦巻く都心部方面へと瞬く間に駆け抜けていった。
《全く…言いたいことや聞きたいことが山程あるのは彼だって同じなのにね、状況が故にああするしかないのさ……》
沈黙を守っていた無線から再び声が響く。
この声の主も、あの日私達が彼にしてしまった仕打ちを知っているのだろうか。
《まぁ、私となら長話出来るかと言えばそうじゃない訳で…ほら、部下たちも来てるぞ》
「隊長ー!ご無事ですかーっ!!」
声の通り、見知った顔ぶれ達がこちらに向かって走ってきた。
明るいところに出たお陰で分かったが、彼らの身に付けている『神の存在証明』であることを示す白いフードは砂礫や煤で汚れ、一部の者は焦げてすらいた。
おそらく、きっと、私もああなのだろう。
「隊長、本当に倒してしまったのですか!?」
「あぁ…我々の、人間の兵器は通じた」
「なんてこった!だったら、だったらまだ希望はあるのかもしれない…!」
各々が、絶望から立ち上がりつつあった。
その表情は、死を今か今かと待ち構えていた時とは比べ物にならぬほど活気に満ちている。
存外、ヒトとは単純なものなのだろう。
信仰に縋って奇跡を待たずとも、自らの手で絶望を齎してきたモノさえ倒してしまう事さえ出来れば再び希望は生ずるものなのだから。
だが問題もあった。
今の一発が最後の対装甲兵器だったのだ。
「今の我々には弾薬一つ満足に無い状態だ…如何する?」
《いんや、武器ならたんまりと残ってるさ…『神の存在証明』が区画ごと破棄した小規模兵器廠を兼ねる武器庫がエリアA-10の立体駐車場に隠蔽してある。君たちの位置から徒歩で行ける距離だ》
……本当に、『神の存在証明』に携わっていない人間の把握能力か?これは…
熟練のオペレーターにも引けを取らない的確な指示に、思わず自分の顔が苦笑に歪むのを感じる。
「流石は、我々の通信回線に割り込めるだけあって情報の揃え具合も用意周到だ…」
《私も私なりにツテってのが有るのさ...なんなら音声案内でもしようかい?》
「いや、遠慮しておこう。腐っても我々の所属
それは、『神の存在証明』から下された命令に謀反する事を意味していた。
自分の意思を周囲の者達に…そして、何より私自身が『神』との決別を果たす事を己に知らしめる為に、私は頭を覆う白いフードを剥ぎ取る。
視界の四方を閉塞していた白色が消え、抑圧から脱したように目に見える景色が広がるのを感じた。
「現時刻より、『神の存在証明』から下された“所定位置での戦闘継続”の命令を破棄!補給後は避難民が収容されている病院施設の防衛に入る!」
「了解!!」
「処置が必要な負傷者は先に病院まで後退させろ!二手に別れるんだっ!」
「各エリアにて生存している部隊にも通信を!少しでも多くの同胞に呼びかけるんだ!『神の存在証明』としてでは無く、
「くそぉっ!こんなモンもう要らねぇ!!」
私の指示に異論を唱える者は居なかった。それぞれが正しいと思った事を成すために動く。盲目的な従順とは全く違う、一人一人の意思を以て。
若い部下が私と同じようにフードを脱ぎ、地面に叩きつけるのを発端として皆次々と『神の存在証明』である事を捨てていく。
人間の尊厳と誇りを、取り戻していく。
《いい部下を持ったね、隊長サン?》
私自身、そう思う。
例えこの場で戦ってきた事が仕組まれ、中身の伴わぬ虚偽と虚無に満ちたものであったとしても、最後まで私を信じて共に戦う意思を捨てずにいてくれた。
感謝という言葉では言い表せないほどの想いが沸き立って目頭が熱くなりそうだが、あぁ、だがそれは後だ。生きてこの地獄を潜り抜ければ幾らでも感傷に浸れる。
「…病院に向かう者は負傷者を頼む!決して死なせるな!それ以外は私に続け!!我々の戦いはまだ終わっていない!!!」
ある者は了解と声を上げ、ある者は頷いて死地を共にした部下達が一斉に是の意を示す。
私達は、軛から解き放たれ野生に還る獣の如く武器庫を目指して移動を開始した。
我々はもう、自分自身の意志で歩いて行ける。