【偽典】植物系少女と世界の黄昏【田んぼエルフ】   作:フルフェイスパンケーキ

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第三葉:泡沫の平穏

あれから三日程経つ。

スライム狩りの魔の手はかなり深い所まで伸びており、朝早くに遠出しては日が沈んだ頃に帰る日が続いていたにも関わらず、疲れはそれほど溜まっていない。

多分日の終わりに回収した“魔核”を摂取しているからだとラナは言う。

摂取すればするほど増強する身体能力に伴ってスタミナも当然上がっていくそうだ。

 

 

そんな、夏休みも終わりを明後日に控えた日の朝食風景。

カレンダーにペンでノルマ達成の印を書き残しているラナを脇目にしながら、俺はスマホでニュースをチェックしてトーストを齧る。

 

 

「ひぃ、ふぅ、みぃ...初日30、二日間は15個ずつで合計60って所ね」

 

「割と結構食ってきたんだな、もうそろそろ“飽和”するんじゃないか?」

 

「まだまだよ、貴方の適正から逆算するとスライムから得られる魔核じゃ軽く見積って150くらい必要なんだから」

 

「はは...笑えねぇ」

 

 

そろそろ血の味で味覚が死にそうなので何とかして欲しいが。

今飲んでるコーヒーの苦味すら甘く感じてしまうレベルで魔核の味はキツいの一言。

特に初日なんか最悪だった、数回に分けたとはいえ30個も取り込んだ魔核のせいで身体のあちこちが訳の分からん痛みに晒されて悶えたのも記憶に新しい。

 

ラナ曰く、『血液中に溶けた魔力に対して肉体が拡張される形で強化される際の痛み、所謂成長痛のようなもの』らしい。こんなにも気持ち悪い成長痛が未だ嘗てあっただろうか?

 

まぁ、回を重ねるに伴って慣れつつあるのもまた事実。

 

 

「出来ればもう少し上位のモンスター...ゴブリンやコボルト辺りが来てくれれば強化が楽にはなるけれど、殆どの人が満足に戦う術を持たないこの世界では人的被害もかなりのものになってしまうから...そっちはどう?スライム以外のモンスターの発見例とか無さそう?」

 

「ん、基本的にスライムの亜種くらいしか出て来てないっぽいな」

 

「となれば...もう少し安定した日が続きそうね」

 

 

安定した日、か。

 

果たしてあと何日それが続くのか、或いは何ヶ月持ち堪えるのかは相変わらず不鮮明なままだ。

何れにせよ現状維持に越したことはないが、その天秤を傾かせるのはあくまでも“あちら側”の世界次第であり、俺達はその前兆すら知る由もない。

だからこそ、いつそれが訪れても良いように備える必要がある訳だ。

 

 

「ま、今は出来ることやってくしか無いか」

 

「そういう事。ご飯食べ終わったら行くわよ」

 

「あー...」

 

 

気怠く返事を返そうとして、不意にスマホの通知音が鳴り響いてメッセージの受信が入る。

 

 

「...ぃ?」

 

 

差出人は......あ、()()()

あれ?今日何日だっけ?

 

うん、8月の......うん?

 

 

「やっべ」

 

「何が?」

 

「ラナ、今日の分明日に回せないか?」

 

「えっ、なんで急に」

 

「...今日、姉さんの誕生日だったんだよ!」

 

なんてこった、完全に忘れてたし!

これは、()()()()は魔核集めなんかよりずっと優先度が高い事だ!!

 

残ったトーストをコーヒーで流し込んでから机を離れ、姉さんのメッセージに対する返信を打ち込みながら玄関先へ

 

■■■■(捕らえろ)

 

 

 

……?

 

 

あれ、足動かない。

視線を落とせば緑の蔦が絡まって、それを目で辿ればカレンダーの前から一歩も動かずにいるラナから翳(かざ)される腕に巻きついていた。

溜息混じりでも、絶対に逃がさないという意志を感じる。

 

「ダメよマサヤ、約束破る気?」

 

「そんな気あるかよ!コイツはラナと出会った事から色々ありすぎて完全に抜け落ちてた俺の落ち度だ...それありきで予定組まなかったのは謝るから、明日30個集めるから容赦してくれ!!」

 

 

確かにラナの言い分もよく分かる。キトンとやらなければ命を落としかねないし、俺のやろうとしている事は二人で決めたことをすっぽかそうとしているのと同義だ。しかしそれでも、それでも今日だけは見逃してほしかった。

 

 

「一度先延ばしにするとズルズルサボり続けちゃうものなの、是が非でもやってもらうわ」

 

「ダイレクトに痛い所突いてくんなぁ!!?」

 

 

身に覚えがありすぎるラナの言葉に思わずグサッときた...が、これだけは譲ろうにも譲れない。

俺がどういう暮らしをしてきたか説明をしっかりする暇が無かったから事情が分からないとはいえ、このままでは姉さんの所に行けなくなっちまう......あぁもう、こうなったらアレしかない。

 

 

「背に腹は替えられないか...『スライム狩り』の狩場にカチ込むしかない!いいな!?」

 

「私はいいけど、そこまでする程の用事なの?」

 

「あぁ、そこまでしなきゃならない用事だ」

 

「...そう、ならさっさと行って終わらせちゃいましょ」

 

「よぉし、そうと決まれば...あ、先に返信しとこう」

 

 

スマホのショートメッセージアプリを開いて返信の文章を送る。

少しすればすぐ応答が来た。

 

 

今日の誕生日パーティ、正也くんも来てくれる(´꒳`*)?

 

既読:1勿論行きます 

既読:1でも用事終わらせてから行くから、ちょっと遅れそうかと

既読:1あ、あと一人ツレ居るけど大丈夫?

 

全然おっけー 待ってるよヾ(*´罒`*)

 

 

 

 

 

「...ほんと、姉さんは優しいや」

 

思わず顔が綻んだ。ショートメッセージアプリの文章越しでも伝わってくるこのユルい雰囲気は何年経っても姉さんの変わらない持ち味だから。

 

蔦が解かれてから程なくして、俺達は家を出た。

この辺りで最もスライム発見の報告が多い場所、そして『スライム狩り』にとって絶好のスポットでもあるエリアへと向かう。

 

ラナの言った通り、さっさと終わらせてしまおう。

 

 

 

 

✕△✕

 

 

「ギリギリ、7時前...だな」

 

息を切らしながら一軒家の前にたどり着いた俺は、腕時計を確認して呼吸を整える。

 

 

「はぁ...それで、私は『数日前にマサヤの住んでるアパートの隣の部屋に引っ越してきた帰国子女な高校一年の後輩』...って設定で行くのね?」

 

後ろから着いて来たラナの声がする。

振り向けばそこに居る彼女は例によって街中を歩く時の“擬態”した姿で、でもちょっとだけ不服な表情で。

 

 

「ん?あぁ、バカ正直に真実全部話したって信じてくれないだろうしそれが一番最適解に近いだろ」

 

「どうだか...と言うか私来る必要あった?」

 

「大アリのアリ、姉さんの飯はうンまァ〜いんだぞ?食ってかなきゃ損だ」

 

 

晩夏の斜陽にジリジリと照らされながら、まだ微かに震える指でインターホンを押す。

 

軽い呼出音がして、少し待つとスピーカーが繋がった。

 

«はーい»

 

「あぁ、姉さん?来たよ」

 

«あっ、正也くん!ちょっと待っててねー»

 

 

インターホンからの声が途切れ、トテトテと家の中から足音が近づいて来る。

 

 

「今のが、マサヤの言ってた『姉さん』?」

 

「あぁ、血は繋がってないけど...おっ、来た」

 

 

会話も程々に、ガチャリと開いた扉からひょっこりとあの人が現れる。

 

 

「正也くん、いらっしゃ〜い♪」

 

 

ふわふわとした笑顔。

ふわふわとした長い髪。

一年どころか何年経っても変わらない、ユルい雰囲気。

 

なのに...なのに、どうして今年はこんなにも懐かしく感じてしまうんだろうか。

沢山の出来事があって、俺の中の常識が崩れ去って、それでも尚姉さんを祝う日が来るのは変わらない。

 

ほんの数秒、その雰囲気を懐かしんで我に返る。

 

 

「ぁ...姉さん、誕生日おめでとう」

 

「えへへ、ありがとー...あれ?その子は?」

 

 

姉さん、早速ラナの存在に気付く。いや俺の真後ろに居るから普通か。

 

「あぁ、メッセージでツレ一人居るって言ってたじゃん?彼女がそうなんだ」

 

「ラナ...です、よろしく」

 

 

おいこら素っ気なく対応するな、なんか機嫌良く無いね?なんで?

 

 

「あ〜!君が正也くんの言ってたツレなんだね!え?同棲中?」

 

「なぁッ!?...なんでそうなるんだよ!ちょっと前に隣の部屋に引っ越してきたんだ、高校の後輩で宿題教えてたりしてるんだよ。ちな帰国子女」

 

「そ...そうよ、そういう関係」

 

 

おい姉さん一発で『本当は一緒に暮らしてる』って見抜いたぞ!?いや昔から隠し事とかよく見抜くタイプの人間だったけどさぁ!その洞察力今は抑えて、お願いだから!!

 

 

「ありゃ、そう?なんとなーくそんな気がしたんだけど...まぁいっか、それで...ラナちゃんだっけ、名前?」

 

「...えぇ」

 

「ラナちゃん、ラナちゃんかぁ...うんうん、覚えたよ〜...私はね、風原(カザハラ)水葵(ミズキ)って言うんだ」

 

 

そう、風原水葵姉さん。

 

親父を失って天涯孤独になった俺を引き取ってくれた、幼馴染にして居候先だった風原家の一人娘。

居候とは言っても、まだ幼かった俺をこの家族は暖かく迎えてくれた。

それこそ、本当の家族であるかのように。

 

つまり、年上の友達から義理の姉同然の存在へランクアップした関係という訳になる。

 

 

「さてさて、立ち話もアレだし入ってよ!御馳走も用意してあるし、時間的にもお腹空いてる頃合いでしょ?」

 

「だな...腹ペコだ」

 

なんてったって、今日一日激しく動きまくりだったからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぅうんまっ!!去年よりまた腕上げてないか姉さん!?」

 

「ちっちゃい頃からコックさんになるのが夢だったもん、これくらい出来てトーゼントーゼンってね」

 

「悔しいけど、私が作るより何倍も美味しいわこれ...」

 

「うおっ、ラナのお墨付きとか凄ェ」

 

 

もぐもぐ。がつがつ。

テーブルの上に並べられた数々の料理に片っ端から手を付けてはその味に感嘆する俺とラナ。

やはり姉さんの手料理は宇宙一ィィ!!え?言い過ぎかって?食えば分かるよ食えば。

 

まぁ冗談はさておき、姉さんの料理が上手いのにも訳がある。

と言っても、幼い頃から夢だった料理人になる為に沢山勉強して調理師免許を取得し、色んな経験も積んできた努力の賜物というシンプルで堅実な理由だ。

...それを差し引いてもこの頬っぺた落ちるくらいの美味さは天性の才能と言うしかないだろうが。

 

と、料理にありつく俺に彼女の父親と母親...つまり俺の義理の両親も同然の二人が、新しく料理を皿に取ろうとする都度に色々とアドバイスを送ってくれる。

 

 

「ほら正也、こっちのローストビーフも美味いぞぉ!」

 

「あなた、肉ばっかりじゃ偏ってしまうわよ?正也くんも育ち盛りなんだからキチンとバランス良く食べるのが大事なの...つまるところはサラダ!このサラダも美味しいから食べなさいって」

 

「ありがとう、義父(とう)さんも義母(かあ)さんも...いやぁ、よく運動して来た甲斐があった」

 

「運動?何かスポーツでもやってるのかい?」

 

「え...あっ、いや、特にはやってないんですけど、トレーニングって感じで...受験勉強でカンヅメ生活ばっかりしてたから筋肉鈍っちゃって、適度にほぐそうかなー、なんて」

 

「あ〜...そうか、正也も今年は受験期だったなぁ」

 

「そ、そうなんですよ〜アハハ...」

 

 

危うく口を滑らしそうになって、曖昧ながらも誤魔化す事に成功する。

流石に『スライム潰し(修行)やってます』なんて言った日には誕生日祝いどころじゃ無くなりかねないからな...世間の若人の間でトレンドになってるとはいえ、あんな過激な事はスポーツですらないと思う。

 

 

 

…そんな俺を見ていた姉さんの表情が一瞬だけ複雑そうなものに見えたのは、きっと気の所為だ。

だって、俺が視線を向けた時には何時ものようなゆるゆるでふわっとした雰囲気でラナの手元を、不慣れながらも頑張って箸で食べようと悪戦苦闘している手元を見ていたから。

 

 

「あれ...ラナちゃん、もしかしてお箸持つの苦手?」

 

「ナイフとフォークとスプーン位しか使った事ないの、箸なんて数日前初めて握ったっきりよ」

 

「あー、帰国子女で日本食とか疎い感じ...そうだ!ちょっといいモノあったと思うからラナちゃんも来てみて!」

 

「え、でも私...」

 

「いいからいいから〜後悔なんてさせないんだから〜♪」

 

 

姉さんが何かを思い立ったかと思えば、ラナを連れてリビングから廊下に出てしまった。

あっという間の出来事。ラナには抵抗する隙すら与えられなかったようにすら見えた。

 

 

「...何考えてんでしょうね?」

 

「うーむ、水葵はよく独りでにいい事を思い付いては勝手に完結してるからなぁ」

 

「まぁまぁ、いいじゃないですか」

 

 

...ご両親もこんなマイペースだし...いいか、大丈夫だろ。

 

 

 

 

////////////////////

 

 

 

リビングルームに続く扉を水葵が閉める。

電気の点っていない薄暗い廊下に、彼女とラナだけの二人だけが向かい合う形で居た。

 

 

「それで、『いいモノ』って何?何処にあるの?」

 

「...その前に、聞きたい事があるんだ」

 

 

先程のような緩やかで優しい声色、だがその声色に探るような、確かめるような寒色が混じっていくのにラナは思わず眉を顰めた。

何か言おうとする前に、水葵の方が先に口を開く。

 

 

「...正也くんは、何を抱えてるの?何を果たそうとしているの?」

 

「それを知って、どうする気?」

 

「答えて、お願い。これ以上...これ以上正也くんは辛い目を逢うべきじゃないの、彼は十分苦しんだ筈だから...これ以上、彼から何かを奪わないで」

 

 

質問に質問を返すなと、そしてこれ以上『巻き込むな』と懇願するかのように水葵はラナに深く問い詰める。

その瞳に映る深い悲しみの感情を何となくではあるが感じ取ったラナは、暫し目を閉じ...開く。

 

 

「全部は言えないわ、彼と親しい関係だとはいえ、私が貴方の事を信用出来た訳じゃない」

 

「それでもいいよ、聞かせて」

 

「...この世界に、今まで存在しなかった生命体が現れたのは知ってる?」

 

「うん、ニュースとか新聞でもよく見るようになった...『スライム』、だっけ?倒すと出てくるもの食べたら強くなれるとかどうとか」

 

「なら、話は早いわ」

 

 

どうやら水葵にも最低限の知識が情報として入ってきているらしいと理解したラナは本題に移る。

ただし、全てを語る訳では無い。

 

 

「もうすぐ...この世界はもっと悲惨な事になる。スライムなんかよりずっと酷いモノが来るわ」

 

「...だから?」

 

「彼は生き残ろうとしている、生き抜こうとしている、これから世界に襲い来る理不尽に対して。だから私は手を貸すの」

 

「分かんない...急にそんな事言われても実感全然湧かないよ......でも」

 

 

水葵はラナの目を見据える。

そこに事実を偽ろうとする意志が無いことを確かめる為に。

 

 

「...ウソじゃ、無いんだね」

 

「私自身も生き残れるかどうかの瀬戸際なの、嘘つく必要あると思う?」

 

「無いよね...でも、それを踏まえた上でお願いがあるんだ」

 

 

(おもむろ)に水葵がラナの手を取って優しく握る。

視線は真っ直ぐラナを見つめたまま。

 

 

「約束して、ラナちゃん。彼を...正也くんを不幸にさせないって、(いたずら)に悲しませたりしないって」

 

「ミズキ...どうして、貴方はそうまでしてマサヤの身を案じられるの?この世界が厄災に見舞われたら、貴方だって無事では済まないのよ?」

 

 

ラナには分からなかった。

血も繋がっていない義理の姉であるだけの関係なのに、何故彼の事をそこまで気に掛けるのかを。

 

だが、彼女にとって理由はそれだけで十分。

 

 

「私はね、正也くんが幸せであってくれさえすれば...それでいいの。ラナちゃんも彼を支えてあげて」

 

「ミズキ、貴方は」

 

「それが私の...『正也のお姉ちゃんである風原水葵』の願いだから、ラナちゃんも約束して欲しい。今の彼に最も近い場所にいる貴方にしか出来ない約束を」

 

 

ラナは紡ぐべき言葉を失う。

狂愛?自己犠牲?陶酔?

否、どれもこれも見当違い。最も近い表現は『傲慢』だろうがそれでも安い言葉。一言二言で片付けられる感情ではない純粋な想いが水葵の言葉から溢れてくる。

例え血は繋がらなくとも、養子として迎え入れたその日から過ごしてきた時間や出来事は不変の事実。

 

それら全てを含めた、水葵の『姉としての願い』を以てラナは漸く理解した。

 

風原水葵という人間は、平野正也という少年の幸せを心から願っているのだと。

彼が失ってきたもの、それは養子となった経緯から察するに家族であり、どう足掻いても完全に埋まる事の叶わない孔(あな)を正也に穿った。

埋め合わせることが出来ずとも、自分達養親の身では失ったものと同じもので満たし切れないと知っていても、少しでもその孔を小さくしたいと願ったのだ、水葵は。

 

それを、ラナにも託そうとしている...ラナだからこそ託してもいいと言っている。

自分なんてどうなってもいい、とは(うそぶ)かない。

ただ()()()にするだけだと。

 

 

「貴方は...それでいいのね」

 

「うん、私はこれでいい」

 

「そう...分かったわ、約束する」

 

「...ありがと、ラナちゃん」

 

 

水葵は笑う。

心を赦した相手に対する、柔らかな笑み。

 

ラナも笑う。

何処か観念するような、だが何処か頼もしさを感じる微笑み。

 

交わされる視線は腹の中を探り合うものではなく、互いに既に認め合う絆めいたものが生まれつつあった。

 

 

「じゃあラナちゃんに渡すべきアレ取りに行かないとね」

 

「あら、私をここに連れ出す為の詭弁じゃなかったの?」

 

「連れ出す建前なのが4割、本当に渡そうと思ったのが残りの6割って感じかな」

 

「さっきのやり取り、4割分だったのね...」

 

 

 

 

////////////////////

 

 

 

 

「いやー、たらふく食ったなぁ」

 

「ね、同感よ」

 

 

楽しい時間が過ぎるのはあっという間だった。

出された料理はほぼ全て食べ切り、デザートであると同時に本命のケーキまで頂いた頃には夜も8時になろうとしていたが、体感時間では十数分にも満たない感じがする。でも時間が短く感じるのは、それだけ楽しい一時であったという証拠に他ならない。

 

そして今、食事を終えた俺達は玄関先で見送られている最中だ。

 

 

「ケーキも美味しかったわ、私も見習いたいくらいには」

 

「えへへ〜、お褒めに預かり光栄光栄〜」

 

「これなら大学出たら料理人になるって夢も叶えられそうだなぁ...父ちゃん嬉しくて涙出てくらァ」

 

「はいはい、泣くのは正也くん達見送ってからにしなさいな...ラナちゃんも、お誕生日パーティに付き合ってくれてありがとうねぇ」

 

 

照れる姉さん、我が娘の天晴れな姿が涙腺にキたのか眉間を押さえる義父さんとそれにツッコミを入れる義母さん。

一年振りとはいえ、とても懐かしい感触だった。

願わくば、もう一度あの家族団欒の輪に入りたかったが...もう、俺は自分の足で立って歩いて行ける。

 

だから。

 

 

「姉さん、料理人になる夢叶えたら...また飯食いに寄っていいか?」

 

「...うん、いいよ。まずはレストランで経験を積んで、何時か自分の店を開けたらなって思ってるから」

 

「そっか...楽しみに()()()()、絶対叶えてくれるってさ」

 

 

少し辛かった。

世界はきっと待ってはくれない。

夢のある話をするのが、夢を語られることが。

多分それは今だからこそ言えることで、この後も同じような事が言えるとは限らない。

でも俺は、だからこそ俺は()()()()()姉さんの夢が叶うのを心から楽しみにしている。

“あちら側”の世界の干渉も無い、スライムやラナも居ない今まで通りの日々が地続きであったとしたら、きっと俺はそうするだろうから。

 

…例えそれが、余りにも呆気なく弾けて消える泡沫の平穏だったとしても。

 

 

「ラナちゃん、そのお箸の使い心地は私が保証するからちょっとずつ慣れていくといいよ!」

 

「えぇ...有難く頂戴するわ」

 

 

そんな俺の葛藤を余所に、ラナと姉さんが妙に仲が良くなってるのは...気のせいではないな、確実に。

ラナの手には随分昔に外国人観光客の間で話題になった初心者向けの箸が手渡されており、一度開封したパッケージにもう一度入れてあったようでセロハンテープの剥がされた跡がある。

 

 

「それじゃ、またね」

 

「もう暗いから帰り道には気をつけるんだぞー」

 

「分かってますって、受験終わって落ち着いたらまた来ますよ」

 

「事前に連絡くれたら、美味しい料理作ってスタンバっとくよ〜!」

 

 

それぞれ別れの言葉を交わし、手を振って見送ってくれる姉さん達を背に俺達は家路についた。

 

願わくば、これから訪れるであろう数々の悲劇に、この小さな家庭が巻き込まれない事を祈って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁラナ、姉さんと何か話でもしたのか?」

 

「ちょっとね」

 

「その『ちょっと』が知りたいんだけど...」

 

「そうねぇ...言うなれば、乙女と乙女の間で交わされた桃源の誓い的なアレかしら」

 

「全ッ然分からん」

 

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