【偽典】植物系少女と世界の黄昏【田んぼエルフ】 作:フルフェイスパンケーキ
嬉しさの余り海岸に打ち上げられたフグみたいになりました。
まだまだ学が足らず稚拙な部分も多くありますが、見て下さった人達のためにも精進していきたい所存です。
長いようで短いような、でも明らかに今年は最後辺りが短く感じた夏休みが終わる。
ラナと出会う前に夏期休暇課題を全部終わらせておいて正解だったが、もし夏の初めの方に来られてたら別のモンスターに殺されているところだった...単位と言う名の学生特攻持ちモンスターに。
「で、今日は学校に行くのよね」
「あぁ、魔核集めは一旦お休みだな」
「そうね...元よりそれを見越してハードなカリキュラムを立てたんでしょう?」
「まぁな」
――――――世界が形を保っている内は、出来る限り今まで通りの暮らしがしたい。
ラナと今後について話し合った際、最初に俺が持ちかけた我儘であり、魔核集めを急ぐ理由となった元凶である。
詰まるところ、学生としての本分を果たす為に無理のない範囲で無理をするという訳の分からない事態に陥っていたという訳だ。
上手くいくかどうか怪しかったが、夏休み明け初日から登校をボイコットしてまで魔核集めを行わずに済んだ今の状況が全て。
要は万事問題なし!
「それにしても、その服着て行かなきゃダメなの?」
「仕方ないだろ、そういう決まりなんだ」
「...微妙」
「おいこら」
ラナ的には学生服のデザインがお気に召さない様子。
まぁ俺としても妙にインテリ気取った感じなのは否めないけど...しかもあんまり高校の治安宜しくないし。
因みに、ラナの服は特に洗濯とか必要ないらしい。なんでもアルラウネは体外に分泌する老廃物等が水(それも結構純度の高いもの)くらいしかないのと、強力な自浄作用で外部から付着した汚れ等も洗浄出来てしまうそうだ。
当たり前だが修繕とかは出来ないので、やっぱり新しい服は追々必要になってくるんだと。
「...っと、もうこんな時間か」
「遅れたら不味いのよね?お喋りは帰ってからのお楽しみって事で...お弁当と水筒は持った?」
「バッチリOK、じゃあ行ってくるから留守番は任せた」
「お茶でも嗜みながら待ってるわ...気を付けて」
“気を付けて”
何気ない一言が、何故か心の片隅で引っ掛かる感覚を覚えながらも俺は家を出る。
夏期講習で通っていたのも考慮すればたかが数日空けただけ、なのに数年越しに登校しに行く気分だった。
□□□
話しかけてくる相手の居ない教室
決して当てられる事の無い授業
近くに誰も居ない座席で、ラナの作ってくれた弁当の包みを開く昼休み
懐かしい疎外感。
そうだ、夏を迎えるまで俺はずっとそんな暮らしを続けてきたんだ。
周りの人々から俺は『産まれた時に母親を、事故で父親を失った哀れな少年』という認識がこびり付いている。実際それらは事実であり、決して拭えない過去なのだが...周りの人間の殆どが極度に俺と関わるの忌避する元凶でもある。
交流、質疑応答、情報の共有、それら全てが最低限。決して深く踏み込むことは無い。
小学校時代に父親を失ってから暫く休学し、身の回りが周りが落ち着いて復帰して以来から長年続くそんな日々にもやはり慣れてしまう。
それが俺の当たり前、それが俺にとっての常識なのだと自分自身を戒め続けて...
親の自慢話を小耳に挟んで『どうして俺は』と虚しさを募らせる事もあった。
親が居ない事を赤の他人に可哀想だと思われ続けて『何も分からないくせに』と憎しみを膨らませたこともあった。
でも、姉さん達の居てくれたお陰で致命的な事にはならずに済んだ。
授業参観にはお義父さんかお義母さんの何れかが決まって来てくれた。
溜まりに溜まった辛い事や悲しい事で溢れそうになった心中を吐き出せる人がいる、それだけで救いになってくれた。
そして小学生を乗り越え、中学生を乗り越え...俺は一人で生きていく準備をし始めた。
社会に出たら誰にも頼らず一人で歩いていかなければならないと思って、この身を完全に孤独な場に置く。
それで高校生活を乗り切れたのだから、こんな俺でも心身共に成長できたと実感する。
このまま終わると思った矢先に、
非日常が日常と混ざり合って、俺の見えるものが、感じるもの全てが新鮮味を帯びていった。
もうどんな空想や幻想が訪れても不思議ではない世界の中で、彼女の作ってくれた弁当の蓋に指をかける。
「...美味そう」
蓋を開けると色とりどりのおかずが敷き詰められ、まるで炊きたてと見違えそうな色艶のふっくらとした白ご飯の中心に鮮やかな梅干しが載せられている。
思わず、口から感嘆の言葉が漏れた。
――――――マクノウチ、っていう弁当のパターンを参考にして作ってみたの。味は保証するわ。
身支度の最中にラナが弁当を用意してくれた時に言った言葉が頭の中で反芻する。
まるで箱入り娘のような可憐な同居人が作ってくれた、初めての弁当。
そして俺にとっては、姉さんが作ってくれたもの以来の丹精込められた弁当になる。実に、2年と数ヶ月振り。
ラナと出会って僅かしか経っていないのに、目まぐるしく移り変わる世界の姿にも似た数々のおかずの一つ...煮豆を箸で摘み、口にしてみる。
甘い。
美味い。
柔らかい。
「なんだよ...口に合うどころか最高だ...」
別にラナの作ってくれた料理を食するのは初めてじゃない。
元々コンビニ弁当で済ませるつもりだった俺の舌先へ、先日頂いた姉さんの料理にも似た豊潤な味わいが広がっていくに連れて疎外感が暖かい感覚に置き換わる。
ダメだなぁ、俺
こんなんじゃ何時まで経っても独り立ち出来ないじゃないか...
ダメだと分かっているのに、甘えてはいけない筈なのに、その全てを払い除けてしまうほど美味くて、美味くて...
熱くなる目頭を抑え込むように、ラナの手作り弁当を深く味わって食べていく。漏れそうになる嗚咽を水筒から流し込むお茶で誤魔化す。
帰りに抹茶羊羹買って帰ろう。それで全部は伝えきれなくても、とても美味しかったっていう感謝はできる筈だから。
■■■
「そういえば、コレ見たか?」
「ん?...あー、それなー......うん、いや!知らないなー!」
「知らないのかっ!?ッたく、貴様は世情に疎いにも程が――」
他愛も無い話があちこちから聞こえてくる帰り道。
夏休み明け最初の登校日であったからか、特に宿題も何も無いままその日の授業は全て終わった。
そこだけ切り取れば何の変哲もない日常。少なくとも高校生の大半はそういう一日を過ごしている筈だ。
…一方俺はそうもいかない、すっかり同居人の好物になってしまった抹茶羊羹を買う為にコンビニへ寄り道した後だ。因みに6本買ったので大分財布が軽い...そしてこれが一瞬で消え去るのだと思うと少しだけ虚しい。
まぁ、ラナへの感謝の気持ちはこんな形でしか表現出来ないから、少しでも喜んで貰えると信じよう。
「――の土曜日にツイッターに現れた超新星!エルフのような長耳の美少女!純白のまつ毛に縁取られたミステリアスな―――」
ふと、気になる単語が聞こえてきた。
…エルフ、か。
もし、ラナ以外にも色々“あちら側”から送り込まれていたとすれば、そういった人間に近い存在も紛れ込んでいるのだろうか?いや、そもそもラナは
もし、それにヒトが該当したとしたら?
分からない事を考えても仕方ないが、エルフの超新星がどうたらこうたらという話も気になるので試しにスマホを取り出してツイッターを開けてみる。
…受験勉強で存在すら忘れてたから最後に見た時と比べてUIとか全然違う、前の方が使い勝手良かったな、コレ。
とりあえず検索欄を見
―――るより先にトレンド入りしてた。
#新人ネットアイドル
#エルフ系ネットアイドル
#エル★フィーネ
#エル★フィーネちゃん
しかも複数同時に同一人物を指しているとしか思えないハッシュタグがランキングに陳列してる。
もしかして一世風靡しちゃってるのか?
最近調べ物とかニュース以外でネット使ってないから全然分からん...イマドキの流行りが全く掴めてない。
まぁ例によって新しいVtuberとかだろ、多分。
とりあえず適当に『#エル★フィーネ』をタップ。多分これが名前だろうし。
短い読み込みが挟まってから結果が表示され――――――
『やぁみんな〜、エル★フィーネちゃんだよ〜♪』
「...いや実写かよ?!」
検索トップに合成とか加工も一切ない、どっかの年季の入った民家で撮ってるとしか思えない自撮り動画が流れ出す。
いやいやいやそれよりも!それよりもだ!!
「……ふぅ」
スマホの画面から目を離して瞼を閉じ、一旦落ち着こう。
まず、この事は帰ってラナに報告する必要がある。“こちら側”に知性を持った人間...人間?エルフだから人間でいいよね...まぁそのアイドルやってるエルフがこの世界に存在してしまった訳だ。
果たしてこれはどういう事なのかを知る必要がある。
その上でこれから俺達は改めて考えるべきなのかもしれない。何を考えてどう行動するかを。
そうと決まれば、さっさと家に帰って...
「......あれ?お...おい、なんか...空が変ではないか?」
エルフィーネの事について話していたのと同一の声質からして、恐らくは先程と同じ男がそう言う。
それを皮切りに周囲の雰囲気が変わった。
織り成す雑踏の中で生まれる物音、話し声、靴音、それらが全て不安を訴えるものや焦燥を掻き立てていくものへと広がっていくのが俺でも分かってしまう。
見たくない、絶対に後悔する何かが起こると脳が拒む。
見なければならない、後悔してでもその先の行動を誤っては命に関わると本能が警笛を鳴らす。
天を仰ぎ見て、目を開く。
…そこに青空はなかった。
空と地上の間を遮るように被せられたような、目に映り込む景色を切り裂く黒いヴェールのようなものが、オーロラさながらに揺らめいている光景として視界に飛び込む。
「...なんだ、あれ」
誰かが呆気に取られて呟く言葉と、俺の心中を埋め尽くす疑問の内容が重なる。
きっと、この場の誰もが同じ考えだろう。
だからこそ、『次』が怖い。事は既に起こった。
「きゃあぁぁぁぁぁぁ―――ッ!!」
すぐ右から聞こえる女性の絶叫、その声の方角に目を向ける。
...緑色の、小人達。
頭髪の類もなく、醜悪な顔付きに埋め込まれたギョロリと蠢く眼が周囲を見渡してから此方を捉えた。
小人達が、一斉に嗤う。
「×××!」
「な、なによ!!なんだってん、の――」
先程叫んでいた女性が更に何か言いかかろうとした瞬間、先頭に居た一体の小人がその体格に見合わぬ速度で肉薄したのが見え―――
「××××!!」
「よ゛、ぉ゛」
女性の首から上が、潰れてなくなった。
「...は?」
頭部が消え去るのと同時に、俺の頬を生暖かい何かが筋を描いて付着する。
指でそこをなぞり取って、見る。
…赤い液体と、ぶよぶよした何かの切れ端。
―――人の、肉?
ドシャリと、握力が抜けた俺の手からレジ袋が滑り落ちた。
「×××!!×?××××××!!!」
「ぅ、ぅあああぁぁぁあぁぁぁあ!!!」
「助けてくれぇぇぇぇっ!!!助けぇ゛ふ゛」
「嫌ッ...いや、イヤイヤイヤイヤ゚ァ゛」
「逃げるぞッ!!」
「ぁ?...っえ、しかし助けなければ...」
「もう、助からねぇ...!!」
それが呼び水となって、後ろに居た小人が怒涛の如く押し寄せては人々を襲う。
襲って、その手にある棍で叩き潰して、飛び出した内臓に群がって喰らう。
代わり映えの無い帰宅風景は、この瞬間を以て死んだ人間か逃げる人間の二択しか残されない阿鼻叫喚の無差別屠殺場と化した。
俺も逃げなければならないのに足が動かない。思考と体の繋がりが断たれてしまったように。
四肢を駆動させる脳の機能が止まってしまった代わりに、真っ白だった思考自体は急速に取り戻されていく。
...ここは、地獄なのか?
俺はとっくに死んで、獄中の餓鬼が肉を貪る光景を見せつけられているのか...?
或いは、この世界が地獄に変わろうと―――
「...××?」
目の前で女性の...今はもう骨肉が剥き出しになって人間としての形を失った肉塊に顔を突っ込んで咀嚼していた緑の小人が、ゆっくりと血塗れの顔を上げて此方を見ていた。
その口元が歪む。
まるでそれは、新たな糧を見つけた悦びにも見えて...
「××――――ッ!!」
次に俺の視界が収めていたのは、高く跳躍した小人が雄叫びを上げながら棍を脳天目掛けて振り下ろそうとする光景。
動け、早く動け。
でないと、俺も――――――
惨劇の幕は切って落とされた