【偽典】植物系少女と世界の黄昏【田んぼエルフ】   作:フルフェイスパンケーキ

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なんということだ...(マクギリス・バエル様がTwitterで本作品をおすすめしていることに対する驚愕と感謝)


第五葉:『ごめんね』

「動けぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 

 

一か八か、声帯からありったけの叫び声を絞り出す。

僅かに神経が再び機能したのか、固まっていた体に自由が戻るのを感じた。

 

 

「ァああぁぁぁぁあ!!!」

 

「×××...!?!」

 

 

棍が頭部に触れる瞬間に、今出せる全力を込めた拳による殴打を小人にブチかました。

確かな感触と共に吹き飛んだ緑色が脇の路面に叩きつけられる。

 

...退けられた?俺が?

相手は丸腰の人間くらい簡単に潰せるような力を持ってるんだぞ...?

 

だが、何故と考える暇は既に無い。

地面に叩き落とされた小人が微かに震えながらも立ち上がり、赤い(あぶく)を口の端から溢れさせながら此方を睨みつけていたからだ。

それも先程までの『餌』を見るような目ではなく、明確な殺意を感じられる『敵対者』の目へと豹変して。

 

 

「××××××―――!!!!」

 

「早―――!?」

 

 

目で追いきれない程のスピードで、大口を開けた小人が目前に迫る。

咄嗟に両手で顔を押さえつけたが勢いが殺しきれない。今度は俺が仰向けに地面に倒れ、後頭部とアスファルトが衝突する。

 

 

「ぁ゛ッ!」

 

「×××!!×××、×××!!!」

 

 

―――殺してやる。

 

既に武器を持たない身であるにも関わらず、そんな怨嗟が聞こえてきそうな程の勢いで小人は押さえ付ける手を払い除けながら喰らいつこうとしてくる。

 

正直、手を食い千切られないようにしながら相手の噛みつきをどうにか逸らそうとするので精一杯だ、このままだと間違いなく押し負ける...何か、弱点は...!

 

 

……()()なら、どうだ!!

 

 

 

「こン...のォオ!!」

 

「×!?×゛×゛×゛ーーーーー!!」

 

 

親指から伝わる、水っぽい柔らかいものが弾ける感覚と共に小人が猛烈に苦しみ出す。

 

潰したのは、眼球。左右から両手で顔を挟み込んで、親指をその眼へと突き立てた。

 

賭けには勝ったがここで逃がす訳にはいかない。眼を潰しても安心できない程コイツは余りにも脅威だ。

 

眼孔に突っ込んだ指はそのまま、確りと挟み込んだ手の力を緩めることなく、外側に()()()()()。殴り飛ばせるだけの力があるならば、と。

 

 

「×゛×゛ー゛!!×゛×゛×゛ー゛!!」

 

「ぁ゛あ゛っ、がァァァァァァァ!!」

 

 

藻掻く小人の緑の体表が裂け、頭頂から顎に渡ってピンク色の肉塊を露出させていく。

ビチャビチャとその割れ目から赤黒い液体が此方の顔へと掛かってくるが、怯んで手を緩めれば逆に此方がまた危険な状況になりかねない。

 

殺す、殺される前に。

生き残るにはそうするしかない。それ以外に方法はない。

 

 

「―――!!――――――!!!」

 

「ぅあ゛...ら゛あ゛ぁぁッ!!!」

 

「――――――.........」

 

 

顔面が縦に大きく裂け、ザクロの中身のような肉を断面から赤裸々に露出させながら小人は急速に力を失っていった。

...倒せた、のか?

 

 

 

「っは...はァッ......くそッ...」

 

 

息を荒らげながらその死体を突き飛ばして立ち上がる。直ぐに次の小人が襲いかかって来るかと思えばそうでも無かった。

悲鳴とあの耳障りな嗤い声は既にかなり遠く離れており、この周囲には人々の死体や転がった臓腑とそれに夢中で貪る小人が数体いるだけで...

 

 

「きゃっ...!」

 

「××?」

 

 

まだ年端もいかない子供の小さな叫び声が後方から響き、数体の小人が食事を中断して其方に向いた。

 

不安と寒気に駆られ、急いで振り向くと小学生くらいの女の子が地面に倒れている。逃げ損ねて(つまず)いてしまったのか。

 

 

「××…×...」

 

「え、あ...ゃ、嫌っ、来ないで...!」

 

 

どうする、助けられるか?

…いや、無理だ。既に3体程女の子に向かって来ている。一体でギリギリ倒せたようなヤツを同時に相手するなんて自殺行為だ。

俺の事は元より眼中に無いのか、小人から見た女の子が遥かに()()()()()に見えているのか、ゴブリンの視線の先は皆同じ。

 

 

 

 

 

――――いや、俺にとってはここから逃れる絶好のチャンスなのでは?

 

考えてもみろ、大多数が完全に意識を女の子に向けられている今はここから安全な所に逃げる好機に他ならない筈だ。

ここで死んでしまったら元も子もない、余りにも...余りにも遺憾で、可哀想だが、あの子を助けてに行っても食われる肉が増えるだけだ。

 

だから、ここは俺だけでも――――

 

 

 

 

「やだっ、やだあああっ!!パパ!ママ!助けてぇぇっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺だけでも。

 

父を呼ぶ声。

 

 

…俺、だけでも。

 

母を呼ぶ声。

 

......そう、思っていたのに。

 

それを無視できる程。

 

 

どうして、俺は。

 

俺は心まで腐っちゃいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

気付けば俺は、すぐ近くの路肩に止めてあった車の開きっ放しなフロントドアをむしり取ろうとしていた。

小人の顔面を引き裂いた時と同じように全身に力を込めれば出来ると思ったが、ドアはデカい板チョコでも割るかのように...アイツの顔面より遥かに脆く車体から離れ―――

 

 

その勢いを維持したまま、俺は脇を通り抜けようとした小人の首元へ振り抜いた。

 

 

「×―――」

 

「××!?」

 

「え...」

 

 

にじり寄っていた二体の小人はその醜悪な面に驚愕の感情を張り付かせて。

襲われようとしていた女の子は目の前の光景が信じられない様子で呆然と。

 

頭蓋ごとぶち抜いた車のドアを眺めていた。

 

確かな手応えと共に、頭部に深々と突き刺さる先端を引き抜けば吹き出す流体で青い塗料のフロントドアが赤く彩られていく。

…異常なまでに軽い、片手で持てる。

 

これで分かった。

何かしら武器となりそうなモノを使えば、死闘を繰り広げて漸く倒せるような相手ではない。

 

 

「...やれる」

 

口の端を突いて出た言葉。

決してそれは自信に満ち溢れたものではなく、希望を見い出せた明るいものでもなく、ほんの僅かな可能性に賭けるような脆弱で震えた声。

衝動的に動いてしまった自分を最後まで突き動かさせるための...自分自身に対する激励。

 

 

......来る。

 

一体が棍を振り上げながら走る。

ギリギリまで引き寄せ、棍が振り下ろされる距離に入った瞬間に...

 

 

「らァッ!!」

 

「×…?!」

 

無防備な腹部をドアの淵で思い切り突き貫く。

断末魔の悲鳴を上げるより早く、もう一体の小人が動き出すより早く、貫いた小人ごとドアを全力でブン投げた。

 

「××ッ!!」

 

「今!」

 

 

鈍い音と共に吹き飛ばされた小人を脇目に、俺は女の子へ駆け寄る。

走る速度も向上していて、まるで自分の足をオリンピック選手の足と交換したような、何処までも鋭いまま駆けて行けそうな速さで女の子の元へ来れた。

 

 

「君、大丈夫か!?何処も怪我してないよな!?」

 

「え、あ...ぅ、うん」

 

 

捲し立てる俺にたじろぎながらも無事である事を伝えてくれた。この子が犠牲になる事態を一応避けられた事に安堵を感じ...

 

 

「ぁッ!お兄ちゃん、後ろっ!!」

 

「な、ぁ゛ッ!?」

 

 

途端にガツンと頭に衝撃が走って視界が歪む。

不味い、油断した。視界は歪むだけに留まらずみるみる内に狭まり始めていく。

なけなしの意識を振り絞って殴打が来た方向に目を向ける。

 

左半身が大きく削げ落ち、残された右手に棍棒を握る小人...恐らく俺がドアを投げつけたヤツがすぐ目の前まで来ていた。

 

…畜生、死んだかどうかチェックしておけばこんな事には。

 

だが後悔は既に遅く、小人の狙いは既に死に体な俺から女の子へと変わっているのを目にして俺は咄嗟にその子を抱き締めるように庇う。

 

 

「お兄ちゃん!!」

 

「させ、るか...ァ゛ッ!」

 

「××!××!!×××××××!!!」

 

 

頭に、背に、幾度となく走る衝撃。

口の中に広がっていく鉄の味。頭からぬらぬらした液体が額から顎へ伝っていく。

 

 

だがダメだ、ここで折れる訳にはいかない。

この子だけでも...この子の命を、待つ人の居るべき所へ届けられるまでは...!

 

 

「死ね゛...るかよ...死んで、たま゛るか゛ぁッ゛!!」

 

「××―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■■(絡め)■■■■(摘み取れ)■■■■■(引き寄せよ)

 

 

 

 

突如として吹き荒ぶ突風が通り過ぎ、来るはずだった痛みと衝撃はどれ程待とうと訪れない。

 

 

「...?」

 

 

耐えるために固く瞑っていた瞼をゆっくりと開き、視線を上げてみる。

 

 

「魔核を取り込んである程度は強化したけど薄皮一枚...といった所ね」

 

「あ...ぁ......」

 

 

これは幻覚か?痛みに満ちた死の間際が見せる甘い夢か?

だって、ここには居ない筈だ...ここに、()()が現れることなど無い筈なんだ。

 

 

でも、例えそれが幻であったとして、心の中で救いを求めた俺が見た幻象だとして、その姿は...その佇まいは、間違いなく求めていたモノそのものだった。

 

 

 

......何故なら

 

 

「危うく、私もまた失ってしまう所だったわ」

 

 

共に生きると誓った存在。

ラナが、そこに居たから。

 

 

「ラナ...本当に、本当にラナなのか?」

 

「それ以外に何があると思う?」

 

 

 

少し皮肉っぽい言い回し。

それと対称的な柔らかで優しい笑顔。

微かに鼻腔を擽る甘い芳香。

そして、足元を中心にして周囲に広がっている草花。

 

 

あぁ、本物だ。紛れも無いラナ本人だ。

 

けどその周辺に転がる、蔦でズタズタに引き裂かれたであろう幾つも積み上げられた、灰のように変色して崩れていく小人の死体達は彼女の佇まいとは余りにも不釣り合いで...

 

 

「けど...なんで、どうやって俺の所まで?」

 

「私の作ったお手製の水筒、持って行ってたでしょ?アレは私の身体から直接生やした葉で作った特注品、つまり私の体の一部のようなものよ...後は皆まで言わなくとも分かる筈よね?」

 

「...なんとなく」

 

 

恐らく水筒を構成する葉の魔力か何かを辿ってここまで来たんだろう。一応“擬態”もしておいた上で...

 

等と思っている内に、いつの間にか近くまで来ていたラナが俺の掌に何かを握らせて来る。

 

 

「それよりマサヤ、これを」

 

「これ?...これって言ったって...」

 

 

丸っこい感触から何となく予想はできたが、指を開いて見ればやはり数粒の魔核だった。

だが、今までのより少しばかり大きく色も鮮やかに見える。

 

 

「今は兎に角それ食べて。“ゴブリン”の魔核はスライムのものより数倍の効果があるから、瞬間的な回復能力も見込める筈よ...脳機能が全快して落ち着いたら今の状況を説明するわ」

 

「あ、あぁ...」

 

「おねーさん、誰?」

 

「私?私はねぇ...そこの彼と同棲中の――」

 

 

ラナと俺の腕から抜け出した女の子が話し合っている最中に、魔核を纏めて口に放り込む。

噛み潰すと溢れる濃厚な鉄の味に、自分の血の味が上書きされるのを怪訝に感じながら飲み込むと、歪んで狭まっていた視界が徐々に元へと戻り始めた。

視界の回復と共に混濁した意識も晴れ始め、全身を苛む痛みや手足の感覚が蘇っていく。

 

 

「...ラナ」

 

「それで――どうやらお喋りもここまでみたいね?改めて状況を説明する...と言っても至ってシンプルよ、シチュエーションはスライムが世界中に現れた時と大差ないの...『予想していたより早く訪れた上に数も多い』点を除いてね」

 

「じゃあ、世界中がこんな状態になってるって事なのかよ?」

 

「そういう事、今頃都市部は大パニックでしょうね...特殊条件に置かれない限り無害に近かったスライムと違って、マサヤのような戦える力を持たない人なら易々と狩れるゴブリンを相手取るとなれば」

 

 

はふぅ、と険しい面持ちでやり場の無い感情を吐き出すように溜息をつくラナ。

“向こう側”に住んでいたラナから見てもこの状況は芳しくないどころか非常に不味いという事を痛感してしまう。

世界は何処へ転がろうとしているんだ?

 

 

「今は行きましょ、アパート周辺のゴブリンは掃討しておいたから、そこまで戻れば問題ない筈よ」

 

「そう、だな...ここから離れた方が―――ちょっと待て」

 

 

 

いい、と言おうとした矢先に右太腿から振動が伝わってくる。マナーモードにしてあるスマホの通知だ。

 

無視しようかと思った、大したことは無いと思っていた。

それでも、何か例えようがない胸騒ぎを感じてポケットからスマホを取り出した。

 

…メッセージ、姉さんからの。

 

 

 

……震える指で、押してみる。

 

 

 

 

 

 

『もう会えないかも』

『ごめんね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おい...

 

 

おい

 

 

なんだよ、これ?

 

 

冷静さを徐々に取り戻しつつあった思考が一瞬の内に漂白される。

メッセージの文はあまりにも短い。

だが何だ?この...まるで二度と会えなくなると間接的に訴えかけてくるような、何か凄惨な出来事が裏で起こったという予期を強要させて来るような文面は。

こんな伝言が送られてくるような...送るしかないような状況とは、何だ?

 

 

「マサヤ?...マサヤ、どうしたの?」

 

「......ぁ」

 

 

肩を揺すられる感覚で我に返る。

周りの景色すら見えなくなる程思い詰めていたらしい。

…だが、俺がやらなければならない事は今既に決まった。

 

 

「ラナ、この女の子を頼めるか?」

 

「頼むって...マサヤ、貴方何するつもり?」

 

「...姉さんの身に何かが起こった」

 

「ッ!!」

 

 

目を見開いて息を飲むラナ。たった二日前に初めて出会ったばかりにも関わらず、まるで親しい人が危機に晒されたような反応だった。丁度、先程の俺と同じように。

思う事も多分同じだろう。

 

だからこそ俺は、ラナにあの子を...今はラナの傍で大人しく待っている女の子を任せる。

 

 

「こんな我儘言って悪いと思ってる、二人で行けば確実に助けられる筈だし、一人で行くにしても俺よりずっと強いラナの方が適任だろうけど...それでも俺は、俺にとっては姉さん達は」

 

「...『家族』なんでしょ?」

 

 

俺が紡ごうとした言葉を、まるで予言でも使ったかのようにラナが言い当ててくる。

 

 

「あの人達は、私が来るまで貴方にとって最後の繋がりだった...ミズキから、そんな旨の話を聞いたわ」

 

「全部、お見通しだったか...」

 

「...行きなさい、この子の安全は私が命を賭けてでも保証するわ。今は命を賭けられるだけの敵がいないのが残念だけれど」

 

「いや、それなら安心出来る」

 

 

一先ずラナが請け負ってくれたのを確認して、改めて女の子の方に向き直ってからしゃがんで目を合わせる。

この子にも、少しだけ頼むべきことがあるから。

 

 

「君、お父さんとお母さんの居る場所は分かるかい?」

 

「パパとママの?...うん!お家!」

 

「よし、じゃあこのお姉ちゃんにその場所まで案内してあげて。君の事はお姉ちゃんが守ってくれるから安心して...君のお父さんとお母さんも、必ず」

 

 

最後の一言は、女の子からラナの方に視線を移して言い残す。

ラナは確りと頷いてくれた。

 

 

…もう、この子は大丈夫だ。

 

だから、俺は俺のやらなければならない事をする。

 

 

「この子と親の安全を確保出来たらそっちに向かうわ、ちゃんと持ち堪えなさいよ?...まだあの箸の礼一つ言えてないんだから」

 

「あぁ...期待して待ってる」

 

 

 

俺は立ち上がり、走り出す。

 

向かう先は姉さんの、そしてお義父さんやお義母さんの家...風原家。

 

 

 

 

 

 

...間に合え。

 

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