不思議な鏡で遙かな空を見上げて   作:楠富 つかさ

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 青い空は好き。でもそれ以上に、夜空のほうがもっと好き。ほんのり青みがかった暗い大きなマットに、キラキラ光るビーズをちりばめたような、あの空が。だから、放課後が近づくと、自然に気持ちがウキウキする。新しい学び舎に、最初は不安もあったけれど、小学校のときの友達にも出会えたし、好きになれそうな居場所も、新しいお友達も、もう見つけちゃった。

 早く、放課後にならないかな。ホームルームの先生の話してる声も、頭の中を素通りする。そんなことより、部活の事で頭がいっぱい。空のこと、いっぱい話しあえる人がいっぱいいるって、それだけでワクワクするの。

 日直さんの声で、ようやく意識が教室に戻ってくる。先生の話、どんなのかって、後でみよちゃんに訊かなきゃな。「えー、また?」なんて、毎回呆れたような声を上げるのに、それでも毎回教えてくれる。出会ったのは高校が初めてだけど、幼馴染みたいな感じ。なんか、ちょっと不思議だな。

 おじぎだけ済ませて、みよちゃんの席まで飛び込んでいく。足音だけで気づいたのか、みよちゃんがこっちを向いて。

 

「もう、また?」

「えへへぇ……、いつもごめんね?」

「ちょっとは自分で覚える努力しなさいよ……、明日健診だから、体操服持ってきてってさ」

「いつもありがとーっ、また助かっちゃった」

 

 顔が緩んじゃって、それをたしなめるように顔を横から挟まれる。離してって声はむぐむぐとした声にしかならない。ようやく離されて、息を継ぐ。

 

「これに懲りたら少しは自分で覚えな?」

「むぅ~、わかってるってぇ……」

「全然分かってないでしょ、……まあいいけど」

 

 呆れ切った声だけど、もう何度も聞いてる。落ち着いてるけど、あったかい。髪を染めてて、ちょっと怖い人なのかなって思ってたのは、今は内緒。難しい顔はするけど、とっても優しいのはもうわかってる。

 

「……そういえばさ、また部活行くの?」

「まだ仮入部だけどね、面白そうだし、そこ入ろっかなーって、みよちゃんは?」

「あたしはまだかなー、あんまりそそられるのなくって」

「そうなんだぁ……、でもきっといいとこあるよっ、……あ、わたしそろそろ行くから」

「そう、行ってらっしゃい」

「うんっ」

 

 楽しみな気持ちが、頭の中でくすぶったまま。待てをされたままのわんこみたいになっちゃってる。机にぶつかっちゃいそうになるのを慌ててよけて、それを抜けると、一気に教室を飛び出す。角を曲がって、……そこまで気づかなかったんだ、隣の教室から出て来た、小さい影に。

 

******

 

 眩しいほどの日差しは、苦手だ。教室のどこか張り詰めたような雰囲気も、ざわめく声も。わたしの周りだけ、何かキラキラしたような場所。……無理、心の中で、何かが切れてしまいそうなのを、必死でこらえる。

 何もかもが光り輝いているこの時間より、夜の方が好き。暗闇が、覆い隠してくれる気がするから。何者にもなれない、出来損ないのわたしを。昼のまぶしいほどの光は、見せつけてくる。キラキラした光景も、その光を受けても、ただすり抜けるだけのわたしも。

 早く、放課後にならないかな。でも、そんな物思いにもふけれない。頼る友達なんて、誰もいない。親の転勤で連れてこられたこの場所で、話しかけてくれる人はいない。優しいけど、わたし以上に大事なひとを、もうみんな見つけてしまっている。

 

 明日は、健康診断か。自分を調べられるのって、なんか心の奥を手でまさぐられる感じがして苦手。体操服も、持ってくるのだるいなぁ。灰色の日々、別に、周りなんて、羨ましくもなんともない。これくらいのが、わたしにはお似合いだ。

 ……放課後の、周りのざわめきが消えて、ようやく腰を上げる。しがらみがなくなった瞬間から、どっと沸いたような明るい声と、熱気。そこで、いつも体がすくんでしまう。本当なら、こんな場所から早く出ていってしまいたいのに。

 その波に追いつかないように、でも心だけは早足で教室を出る。その瞬間、何かが、わたしのほうに飛び込んでくる。そっちに向こうとしたときには、もう遅かった。思ったより軽い、けど、それに耐えられなくて転んでしまう。

 

「ご、ごめん、大丈夫っ!?」

「ん、……、は、はい……っ」

 

 まっすぐ、射抜くような目。倒れてるからだろうけど、大きな体から見下ろされてるようで、体がすくむ。そんなきれいな瞳で、わたしを見ないで。ますます、動けなくなる。

 

「どこか痛いとこある?見た目は……大丈夫そうだけど」

「えっと、その、だ、大丈夫、ですから……っ」

「そんなことないよ、思いっきりぶつかったし、保健室、一応行こ?」

 

 急に、顔が近づいたかと思うと、膝で座って、わたしのほうに手を伸ばしてくる。床に座らせて、スカート汚してないよね、それに、わたしがどんくさいから、こんなことさせて。後でお礼しなきゃなのに、まず誰なのかもわかんないし、そんなの訊けるわけもないし。走ってきてたってことは、なんか都合があったはずなのに、わたしがいたから余計に手間取らせることになってるのに、そんな優しそうな顔で、心配そうな表情させて。頭の中でぐるぐるとどろどろ黒いのが練られてくのなんて知るはずのないさっきの人は、脇に腕を差し込んで、持ち上げようとしてくる。知らない感触がじわりと背中を這い上って、……わたしの頭の中で、何かがぶちりと切れる。

 

「ひゃ、あ、んん……っ、ご、ごめん、なさい……」

「え、ま、待って、ホントに大丈夫っ!?」

 

 さっきの人の声が、遠くに飛んでいって、だめ、また、わたし、……

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