それから、私が目を覚ますまでにずいぶんと時間がかかったようで。
私が起きたときにはぐいぐいキラキラさんこそ居たものの他の生徒はもう校舎には居ない様子だった。この人、特訓とか言いだしたんだっけ?
えぇっ。私が起きたことに気付いて、今にも話の続きをしようとしてるし……。一瞬でも良い感じの人かと思ってしまったのが……えっと……なんだろう? よく分かんないや。今日はいろいろありすぎたしもう頭使いたくない。
「もう遅いから帰りなさい」
という鶴の一声で私は解放されました。学校からも、この人からも、今日という長い一日からも。先生に、本当に一人で大丈夫? って何度も聞かれて気が遠くなったけど……。もうこのぐいぐいキラキラさんとは会いたくない。そういう系の人とまともに会話できたことなんてほぼないし。
「確かにもう遅いね〜仕方がない。明日の放課後、教室まで迎えに行くから! 待っててね〜」
えぇっ……
ぐいぐいキラキラ系の人に一切関わらない人生を送りたかった。
せめてもの救いはこの人は寮、私は家。帰宅時間まで侵略されたら家に帰り着けなくなる。どっちもが寮、もしくは家の方角が同じだったら明日終わる命が今日終わってしまっただろうな。
帰り道、私は、思う、考える。
答えも出ないようなこと、答えのないようなことを唯々考えてるときは完全に一人になれる。その感覚が好きだ。自分の内側にこもってても誰も何も言わないし、外の何かを無視してもなんとも思われない。でも、
「こればっかりは考えてもしょうがないなぁ。どうしよう、明日……」
声に出てたことに驚き、周りを見る。誰も居なくてよかった。誰かに聞かれてたらと思うだけでも気が遠くなる……気がする。いや、独り言を知らない誰かに聞かれるだけなら大丈夫か。
私は影になりたい。誰にも気に留められることもなく、一人でいたい。影として誰にも関わらず、その代わりに誰からも干渉されず。そんな濃く濃く深い影になりたい。
でも、影ができるためには光が要る。光が無ければ、そこは全てが闇だ。それは違う。ともかく、濃い影ほど強い光が要るのだ。
「仕方ない。明日、放課後より前に、あのぐいぐいキラキラさんに見つかる前にあの人のところに行こう」
こればかりは声に出さないと自分の意思が自分から消えてしまう気がした。
家に帰りつくともう何も考えずに、何もせずに、ただ、寝た。何も考えなくていい、何かを案じる必要もない夢の国へと、旅立った。夢の国へと逃げ出したのだ。
寮への帰り道。外はもうすっかり暗くなっていた。こうして夜空を見上げてみると、たまに、自分は星みたいだなぁ、って思う事がある。星はキレイにキラキラ輝いて、遠くまで光を届けてる。元気と勢いが取り柄みたいな私も、誰かに光を届けられてればいいなって思うしそういうのが巡り巡って、ネネちゃんと出会えたのかもしれないとも思う。
でも、そこじゃない。光って見える星々はそれ自体が光っているわけではないというところ、太陽の強い光を反射してるだけというところこそが似ているように思えてならないときがある。自分が、楡宮遥という人間が、なぜこう振る舞っているのか分からなくなるときがあるのだ。自分が光って誰かに何かを届けているのか、他の人から貰った光をお裾分けしているだけなのか、不安になる。光れてればいいんだけど、根拠のない無力感に襲われるときがある。不定期的に、何の前兆もなく、波のように襲ってきてそれまでの私の中にあった私を作っているものを壊してしまう、気がする。こういうことを考えると心の中は黒色になって、光の無い闇になって、霧がかかって、何が何だかわからなくなる。どうしようもなくなる。ただの色なのか、光がないがための闇なのか、日食なのか分からなくなる。
その日はなかなか眠れませんでした。
次の日。
「あ、健康診断今日か」
「さては体操服忘れたな。昨日わざわざ教えてあげたのに」
「いやいやいや、ちゃんと持ってきたよ。なんていうかこう、一年の成長みたいなのが分かって楽しいでしょ? 健康診断って」
「なるほどなるほど。今日の健康診断でこの一年、縦に成長したか横に成長したかが分かる訳だ」
「ひどっ。私は縦にしか成長してません!」
「縦に“しか”って……まぁ一番いい成長は縦でも横でも無く中身だと思うけどね」
「そういうこと言われるとなんとも……」
そっちの成長は測りようがないからね。
健康診断、か。
自分のことについて知るのが一番怖い。私はそう思う。私が他の人が苦手な理由は私にも分からないけど知りたいとは思わない。知ったところでいいことがあると思えないし、もしかするともっと悪い何かがあって、そのことがわかってしまうかもしれないから。いや、そんなのないけど。無意識に忘れてるだけかもしれないから。
知りたくもないようなことを調べられて、知りたくもない現実を突きつけられて。他と比べられたり、評価されたり。そして定型分を貼り付けただけのような改善アドバイス。ここが学校じゃなくて、人目がなかったらこんなの破り捨ててるだろうな。もう疲れた。早く帰って寝たい……
昼休みが訪れた。
私は、放課後に倒れる未来をなんとかするべく光の真ん中、直視できない太陽に向かうことにしました。この学校には、その人ぐらいしかまともに話せる人はいないから。惑星の中心、太陽。電球の光源、フィラメント。ぐいぐいキラキラの中心、あの人。
あの人は今日も、人の中心に居た。
「あ、の……モモ、ちゃ……ん」
頭の中でいくら考えられてもいざとなると声が出ない。目も合わせられない。下を向いて自分にも聞こえないような小声で喋ることしかできない。それでもこの人は気づいてくれる。今回もそう。
「あれ? ネネ? ん。ごめんねみんな。この子初めての人苦手だから。二人にしてくれる? うん。ごめんね。また後で」
この人はぐいぐいキラキラの中心にいるのに私にも合わせてくれる良い人。昨日の人もそうかと思ったけどそうじゃなかったのは……ちょっと悲しい、かも?
「ネネが来てくれるなんて珍しいね。どこか人のいないところに行こうか」
「あ、うん。ごめん、ね」
なぜか瞬きの回数が増える。下を見てばっかりの目が勝手に左右に動く。
「いいのいいの。どうしたの? 何かあったんでしょ?」
「あ、えっと。昨日、人と……ぶつかっ、て……」
この人は私のペースに合わせてくれて、話も聞いてくれる。何より隣に座ってくれるから目を合わせなくて済む。こっち向くこともないから見られてる感もないし。反応のある独り言みたいな感じで話せるからちょっと楽。
「その人の、名前 は、えっ……と、にれ みや? さん……?」
「ああ、あの子か。どことなくネネと合いそうだけど……そもそも会話するのは無理そうね」
「そ、そうなの。それで、その人が……特訓、しようって……言ってて……」
「え? 特訓? なんの?」
「あ、えと、私の、人嫌いを……直す、みたいに……言ってた」
「えぇっ? それはダメなやつね。でもあの子、一度やるって決めたら絶対にやるところがあるからねぇ。どうしようか? 私からやめるように言っておこうか?」
「あ、えっと、昨日、迷惑……かけちゃった、し……。でも……ムリ……」
う〜ん。ネネは即答で止めて欲しいっていうと思ってたからちょっとびっくりしちゃった。
「ネネ、私はね、いつ何が起きても大丈夫なようにしたいの。まぁ、いつ死んじゃってもいいって思ってるんだけどね。いつ死んでも良いように、今が一番楽しい! って胸張って言えるようにしておきたいんだ。だからね、こう思うの。今、ネネが選ぶべき道は、なだらかで楽な道でも、険しい辛く苦しい道でも、ゴールが目標の道でも、迫ってくるものから逃げる道でも、他の人がどうこうの道でもない。ネネが一番楽しめる道なんだと思う。今の選択のまま進んで、いつでもない、“今”は楽しい?」
「え?」
「もし辛いんだったら逃げて良いんだよ? 辛いことを回避したり分割したりしても先には進めるんだから」
「えっと……今は、多分、何を選んでも、選ばなくても、辛い、と思う。けど、今は逃げずに、少し先を見れば、今よりは、楽しいかなって。……不安は不安、なんだけど」
この子は、誰かと話すのが苦手なだけで、“自分”を見失ってる訳じゃない。強いんだ。改めてそう思った。
「そっか。分かった。じゃぁ放課後、私も行くよ。ハル……えっと、楡宮遥ちゃんね。ハルがムリしそうになったら私が止めに入るから。それでちょっとは安心、してくれると嬉しいな」
「あ、ありが……とう」
「良いのよ。前にも言ったかもだけど、ネネが胸張って楽しいって言えるようになるためなら、私なんかは好きに使ってくれていいから」
モモちゃんと居ると、落ち着く。私みたいなのにもこんなに優しくしてくれるなんて。それに、ただ優しいだけじゃなくて、私のことも考えてくれてる。
「じゃあまた、放課後に」
「う、うん」
「それにしても、ハルとネネかぁ」
ハルは核心をついてるときがあるしなぁ。ネネは私といるだけじゃ今のままで停滞するだけだろうし……
ちょっとハルのところに行ってみるかな?
「ハル〜? 居る〜?」
「あ! モモちゃん! どーしたの?」
「ちょっとね」
手でハルにこっちにきてもらうように合図する。
「なになに? どうしたの?」
「ハルと二人でお話ししたくなっちゃってね。ついて来て?」
「うん」
ちょっと歩いて人の少ないところに出てから、話を切り出す。
「昨日、ネネと何かあったんだって?」
ハルは私の少し後ろを歩いてついてくる。
「そうそうネネちゃん。昨日廊下でぶつかっちゃって……急に気絶しちゃってびっくりしちゃった。モモちゃんはネネちゃんのことも知ってるんだね。本当、みんなと仲良しなんだね」
「まぁそれが私の唯一の取り柄みたいなものだからね。ネネのこと、どう思った?」
「どうって言ってもなぁ? ほとんどお話しできなかったし。あ、でも、ネネちゃんも本当はみんなと仲良くなりたいんだと思うな。だから今日の放課後になんでお話するのが苦手なのか一緒に考えようって約束してるんだ!」
「ハルならどうにかできるのかもね。相性“は”良さそうだし。でも、今のそのノリのままだと最初の一言だけで会話終了になりかねないと思うけど?」
「えぇっ⁉︎」
「ネネがなんで人が苦手になったのかは本人すら分かってないんだろうけど、どうすればネネが安心して会話できるかなら私知ってるから。私と居てネネが倒れちゃったのは初めて会ったときとみんなに紹介しようとしたときだけなんだから‼︎」
「やっぱりモモちゃんはすごいね〜」
ハルといると微妙にペースを持っていかれるなぁ。良いところなのやら悪いところなのやら。とりあえず、落ち着かないと。
「それで! 一体どうすれば?」
「教えるから。一旦落ち着いて」
「うん」
目というかオーラというか、全然落ち着いてないのが分かる。そこなんだよなぁ。
「落ち着こう。深呼吸して。ネネは多分、相手の視線とか雰囲気とか気持ちとかに鋭敏なんだと思うの。だからそのグイグイきそうなオーラだけでアウトね」
「えぇっ。だったらどうしようもないよぉ」
「何をしようっていうんじゃなくてただ落ち着いて話せば良いだけなのに。ちょっとは努力を……まぁいいか。ネネをじっと見つめるのもダメ、っていうか極力目を合わせないようにしないとね」
「でも! 相手の顔を見ないと楽しくお話ししてくれてるかわかんないし、そんなの私が楽しくない!」
「えっと、ね? ハルは誰かと楽しくお話しがしたいの? それとも他の誰でもない、ネネと仲良くなりたいの?」
「えっ?」
モモちゃんのその質問に、私は言葉に詰まってしまった。
ネネちゃんとは昨日のことが無かったら一度も話すことはなかったと思う。
でも、せっかく知り合えたんだから仲良くなりたいし、ネネちゃんもそう思ってる気がする。でも、それは私が勝手に思ってること。
私がネネちゃんにこだわってるのはなんで? 廊下で誰かとぶつかった事はコレが初めてじゃない。その人達みんなと仲良くなりたいとは思わなかった。話したのもそのときだけなんてことのほうが多い。ほとんどそうだ。だったらなんでネネちゃんと仲良くなりたいって、コレで終わりにしたくないって思ったの?
鼓動が嫌に早く、大きく聞こえる。
「ごめん。今の質問は、その、意地悪な聞き方だった。でも、大事だと思ったの。そこが違ったら全部違うと思うから」
答えが出ない。モモちゃんの質問になんて答えたらいいか分からない。分からないっていうことは、そういうことなのかな。でも、
「……私はネネちゃんと仲良くなりたい。ネネちゃんもそう思ってる気がするんだもん。なんの根拠もない勘みたいなものだけど、私はそれを信じたい」
私はそう言っていた。自分の言ったことを変えたくないって、ムキになってるだけかもしれない。それでも、
「ハルがそう言ってくれて良かった。私もネネは誰かと仲良くなりたがってると思う。でも、ハルがいつもやってるような仲良くなりかただと、ネネとは仲良くなりにくいの。ネネに、一緒にいても大丈夫って思ってもらえるようにしないと。ハルは一つのことに集中したら周りを見るのが苦手っていうのと同じ感じで、ネネは人と関わることが苦手なの。苦手を克服するには本人の努力と周りのサポートが必要なの。だから、ハルの場合、ネネと一緒のときは落ち着いて、ネネのペースに合わせてあげないと。って言ってもその辺気にしすぎるとネネも分かっちゃうだろうからいつも通りにしてるけど、話に集中しすぎない感じでね」
それでもモモちゃんは……。申し訳なさなのか、自信の無さなのか、無力感なのか、自分に対する失望感か。多分それら全部が混ざった、ものすごく黒に近いマーブルの中に落ちていくような感覚。嫌な感覚。モモちゃんの言葉は遠くなり後半は何を言っていたのか聞こえなかった。
モモちゃんが話さなくなった、話が終わったようなので、
「うん。分かった」
とだけ言っておいた。果たしてこの底なしから出ることはできるのか、それとも沈んでいくだけなのか。……放課後になったら分かるか。
「なんだか不安だから私も行くね。変な方向に進みそうな気がしてならないから」
その言葉は嫌にハッキリ聞こえた。
「……ありがとう。なんだか私だけだと不安になっちゃった、かも」
“かも”ではない。不安でしかない。隠そうとしていたそれを隠しきる前に見つけられたような、やるせない感じだった。
放課後になってしまった。教室で一人、ぐいキラさんを待っている。
やっぱり先に帰ってしまおう。あのぐいキラさんには悪いけど、あの人も私の予定聞かなかったし。今日は外せない用事があったってことに……いや、モモちゃんも巻き込んじゃったし……五分だけ、あと五分だけ待って、それでも来なかったら帰ろう。
少ししてから教室の扉が開く。
「ネネちゃん来たよ〜」
来てしまったか。まずぐいキラさんが入ってきて、続いてモモちゃんが。
あれ? でも、なんか昨日と雰囲気が違う?
「昨日は特訓とか言っちゃったけど、まずは仲良くなりたいし、ただお話ししよう?」
「え? あ、うん」
やっぱり顔を合わせられない。どうやっても相手の足元を見てしまう。
「無理せずゆっくり、ね」
モモちゃんが私の隣に座ってそう言ってくれた。ぐいキラさんは私の正面……
「そういえばネネちゃんの名前って漢字でどう書くの? 苗字とかカタカナしか思いつかない」
漢字⁉︎ 説明は急には思いつかないし目の前で書くのは……視線が集まる。避けたい。どうすれば⁉︎
「え、っと。こう」
ネネちゃんは教科書の裏表紙を見せてくれました。
「へぇー。有栖寧音って書くんだ。ありがと〜」
あ、この人多分私に笑顔を向けてる。笑顔なんて……吸血鬼に太陽光を当てるようなもの。私には刺激が強すぎる……。
「そういえばさ。ネネちゃんの前髪ってちょっと長めで目が見れないんだけど、ネネちゃんからは見えてるんだよね? あ! 前髪上げてみてもカワイイと思うよ?」
「「⁉︎」」
この人のぐいぐい度は私が思ってるよりも高かったみたいで私の顔に向かってキラキラの手が伸びてくる。
あ、ダメ。
眠くないのに瞼が落ちてくるこの感じは……
「ちょっとハル⁉︎ それは……」
「え?」
モモちゃんが止めてくれたみたいだけど、そのときにはぐいキラさんの手が私の髪を持ち上げていました。これは……無理。
二人(?)がこんなに気を使ってくれてるのに、それなのに私は、無理なんだ……
「え? え? ネネちゃん? ネネちゃん⁉︎」
「ハル! まず保健室‼︎」
保健室の先生はもう何も言いませんでした。
ネネちゃんが起きるまで私とモモちゃんは付いてることにしました。
「ハル、あれは……」
「ねぇ、モモちゃん。ネネちゃんにとって私って邪魔、なのかな?」
「え?」
「私といるときのネネちゃん、笑ってくれないってだけじゃなくて困ってるみたい。迷惑なんじゃないかなって、思っちゃって……」
膝の上に置いてる手に数滴の滴が落ちたのには、誰にも気付かれたくないな。
「ハルは多分、何も意識してない、そのままのハルでいろんな人と仲良くなれたからそういうのが苦手なのかもね。でも、できない事にぶつかって、それをどうにか乗り越えていくものなんだと思う。そしてそれができる力がハルにはある。だから諦めないで。もし、ネネが本当に迷惑に思ってたんだったら先に帰っちゃってただろうしね。だから、ネネにとってハルは邪魔なんかじゃないと思うよ」
モモちゃんの言葉は、ちょうど弱ってるところをピンポイントで支えてくれるような、そんな気がしました。
「ハルはいつでも元気なのが長所なんだから。もっと前向きに、ね」
「うん、ありがとう」
私の中にあった黒い霧はモモちゃんの言葉によって消えていたように思う。でも、暗闇にあった霧が晴れても、暗闇は暗闇。真っ暗で何も見えないことは変わらない。多分、私自身は光れていない。いつまで経っても、何があっても暗いまま。
初めから霧なんてかかってなかったのかもしれない。