―――????と???の最後の願いより
―――火が陰る、闇が来る
―――日が沈む、夜が来る
―――光がその身を捧げる、闇が
―――火が
―――太陽の光の力とは、すなわち雷である。
しかし雷は雷雲失くして落ちることはない。
必要なのは日を隠す程の黒い雲。
雷がその勢いを増すためには、雲もまた強く厚くなければならない。
グウィン王が"火継ぎ"を行う日が来てしまった。
王家の家族との別れも済まされ、アノール・ロンドからも既に多くに惜しまれ、悲しまれながら見送られた後だ。
四騎士殿たちと多くの銀騎士殿たちの勇ましい立ち姿を振り返り見たのを最後に、王は旅路の配下の古い銀騎士たちを連れて扉の向こうへ消えた。
―――それから幾日か過ぎた。
"火継ぎ"を行うための場所…"炉"として整えられた所はそれ程アノール・ロンドより離れていない。
その"火継ぎ"の性質上、かなりの低地にて行うらしいので、出来る場所も限られているらしいのだが、たまたま近場に相応しい環境を持つ地域があったようだ。
…最初から想定して都をこの地に定めたと考えるのが自然だと思うけど。
つまり既に"炉"へと王たちは足を踏み入れていると言う。
そしてまさに今日、この日こそが儀式を行うと知らされている当日なのだ。
…それだからなのか、ヨルシカ様は部屋から暫く出て来ていない。
長子殿の時もそうだった…私がもっと何か役に立てれば良いのだが、この石の愚物は残念なことに全くいい案が思いつかないのだ。
公爵様も公爵様でどうにも塞ぎ込み気味だ。
グウィン王と古くからこの都に住む対等の"友"であったのだから、当然だろう。
書庫最上階の間から動いてないとグウィンドリン様より聞いた。
そのグウィンドリン様はいつも通りに振舞っているけれど、やはり深い悲しみの感情が私にも伝わってくる。
立場上、このお方を支えることのできる者は少ない。フィリアノール様は未だに一度も戻らず、長子殿も都を去り、グウィン王も最早戻ることは無いのだ。
光栄なことに被造物という変わった存在であるが故に、接することの多い立場にいる自分が僅かでも力になれればよいのだけど…
しかし今はただただ忙しい。ある意味でそれが救いなのかもしれない。悲しむ暇も、ないのだ。
人々は間もなく始まるであろう"火継ぎ"による不死の呪いの終わりを今か今かと待っているが、それでも混乱がないわけではない。火継ぎの直前と言う人々が浮足立つ今だからこそ人々の心は揺れ動き、厄介ごとが舞い込んでくる。
さらに"火継ぎ"の後も混乱が予想される。
牢屋に閉じ込められていた
隔離を恐れて逃亡した人が起こすであろう犯罪、そのための防犯計画。ともかく考えることも、やるべきことも多すぎる。
その対処の総括はグウィンドリン様が引き受けている。これからも。
…実際に"火継ぎ"は不死の終わりではなく、
なので忙しい。私ですら常に走り回っているのだ、なまじ自我がある故に色んなところに遣わされている。
過度な疲労による身体の破損はあるが、それでも銀騎士殿や役人の方々に比べればその消耗速度は遅い。最近は地に足がついてる時間の方が短い気がするが、それでグウィンドリン様の負担が減るならば本望である。
私にできることはそれぐらいしかなくて、だけどグウィンドリン様のために何かできているとは、思えない。
私が悩むようなことでは、ないのかもしれないけれど。
シフもアルトリウス殿が誰もいないところで項垂れているのを見てしまったらしい。
ただキアラン殿が傍にいたようなのでこちらは何とかなりそうとのこと。
あぁ、私にも癒し効果があれば…
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「ならぬ…一体幾度と言わせるつもりだ」
そう厳しく言い付け、私は長年仕えていた騎士たちを押し留める。
果たして、彼らは引き下がってくれるだろうか。
「幾度でも」
古い意匠の鎧を着こんだ騎士たちは、その一つ一つの鎧にある数え切れない傷が表す通りの風格を曝け出している。その鈍い銀色は磨いても磨いてもそれ以上艶を出すことは無いなどと噂があったものだ。
そしてその鈍い銀色は私の言葉を前に一歩もたりとも怯む様子がない。
彼らは、私と共に"火継ぎ"の糧になるつもりなのだ。
そして
このやり取りは、確か古竜との戦いの時にも何度かあった。
これは思い出を噛みしめる
だから彼らは次にこう言うに違いない。
"王よ、我らの太陽の光の誓いは―――
「―――常にあなたと共にあるのです」
あぁ、なんとも懐かしい。
「我らのソウルも
―――誓いを立てたのは、唯一人だけなのです"、とな。
「王…?」
これはいけない。
思わず笑うことを止められなかった。
だが許してほしい。最後なのだ。
ここには王として守るべき存在などいやしない。王として率いてきた同士がいるのみ。
彼らが従うのは都でも民でもなく私ただ一人。遥か昔から、古竜を屠ると決意する前からずっとそうだった。
気を抜くつもりはないが、つまらない感傷が
「…笑っていることを責めるべきなのでしょうね」
騎士の一人が言う。
最も付き合いの古い、騎士団長の男の声。掠れ声が老骨にはひどく聞き取りづらいと、呆れかえる程何度も文句を言ったものだ。
さすがにこの男は…いや、本当は皆察しておる。
私が殉死などはさせるつもりがないと。
私はひどく頑固なのだ。
古竜との戦いでオーンスタインより先陣を切ろうとした時も、結局折れたのは彼らだった。
オーンスタインに黙っていたものだから奴はしばらく目を合わせてくれなかったものだ。やつはそのことに私が気が付いていないと思っていたようだが…本当は鎧越しでも逸らした目線に気づいていた。
未だにそのことを言ってやったことは無い。そして言う機会も、もうないであろう。
「後は任せたぞ」
我々にもう会話は必要ない。
あまりにも長い間、あまりにも多くの苦楽を共にした。し過ぎた。
だからなのか、ソウルの奥底で見えぬ縁が繋がっているように、互いの決意は透けて見える。それに散々出発前に文句は聞いたのだ。もうよいだろう。
この短い言葉でよいのだ。
この"火の炉"に立った時点で、既に私は死んだ王、灰塵の王でしかないのだ。
太陽の光は、子供たちが継いでくれる。
辛く険しい夜だ。明けることもないかもしれない。
だが"枷"と"封"によって
かつての、あの
フラムトとカアスは上手くやるだろうか?それだけがどうにも心配だった。
あやつらはどうにも、人を好き過ぎる…
―――大扉を抜け、ただ一人"火の炉"の中心へ歩く。
鈍い銀色の騎士たちはそれを見届ける。
誰一人、言葉を漏らすことは無かった。呼吸すら消えたかの用に石畳の上を歩く音だけが響いている。
それでよい。
誰も続く必要などないのだ。
彼らには、まだまだ働いてもらわなければ困るのだから。
―――幅の広い石橋を歩く。
"グウィディオン"には本当は戻ってきて欲しかった。
あれ程に武勇に優れた神もいない。だが、それ故に"太陽の王"の器ではなかった。
かつての古竜との戦いの際の密かな裏切りを隠し続け、そして最後には生き残った竜と共に歩むために、自らこの地を離れていった。いや、私が
あやつに出来たことは、汚名を着せ、全ての記録を消し去ることで本当に隠すべき真実を消し去ることだけ。
果たしてそれが正しかったのかはわからない。
それにオーンスタインの未練は、未だに途切れていなかった。
―――緩く湾曲する
多くの神と共に故郷を去らせたグウィネヴィア。あの子も戻らない。
偶像としてその幻を使うことはなんとか口説き伏すことが出来た。故に火の神フランの元では、表舞台から姿を消さねばならなくなった。
恨んでいるだろうか。責務の為と送り出し、またも都合よく利用したことに。
どうか許さないで欲しい。だがもう許しを請うことすら出来ない私のことを、赦して欲しい。
―――円筒を重ねたかのような窓のない石の建物―――"火の炉"の正面、その重い大扉を潜る。
フィリアノールにも苦労をかけた。
妙な
"輪の都"という無情な判断を黙って飲み込み、伝えるまでもなく自ら進んでその身を捧げた。
シースの娘、シラもまたそれを受け入れ、ミディールと共に戻ることのない谷の奥底へと行ってしまった。全てが私の愚かさのしわ寄せだというのに。
その愚かさは、せめて最後まで貫く。この身を薪とすることで。
―――背後で地響きと共に重い扉が閉まる。それは今この瞬間から"蓋"となった。臆病者を逃がさないための。
グウィンドリンには多くを任せてしまった。
出来ない、などとは思わない。あれなら必ずやり遂げる。
シースと上手くやれると良いのだが…あぁ、あやつの作ったガーゴイル―――そう、ベルリオーズ。あれが思わぬ縁を繋げてくれたおかげか以前より心配は減った。
あの
だがそれも自業。
これからも良き"剣"で在り続けてくれることを、どうか望む。
シースと仲が良いのは当然なのだ…やつには、"本当のこと"を終に言えなんだ。
本当に愚かしい、臆病者だ。
最早真実を知るのはグウィンドリンとオーンスタインだけ。伝えるかどうかは、任せてある。あやつらにもまた、尻拭いをさせてしまっておる。
―――"炉"の中心へ変わらぬ歩幅で歩む。そこにあるのは、捩じれた剣。赤錆びた剣だ。
―――本当はまだ"火継ぎ"などするべきではないのだろう―――
この捩じれた"剣"を前にして、私はシースとコルウスとの最後の会話を思い出す。
「コルウス、それが"
『その呼び名も変えた方がいいだろう。
『…私は賛成できんぞ。そのシステム自体、この世界ではどう見ても歪なものだ。"外"から持ち込まれたものはどうしても"そう"なる』
『おまえとワタシのようにか?』
『…』
『"火"とは"差異"を生み出すもの。その"剣"もまたこの世界で
『人と神の"差異"など………この世界の"火"が消えれば再び全てが"灰"に戻るだけ。そこに繁栄などなくとも、生きることは出来るのだ』
「だがほんの一握りだけだ」
『グウィン、人は適応する。人だけではない。描き加えられた"火"は最初こそ混ざることなくその色を残し、灯し続ける。が、いずれは混ざり合い、暗い"灰色"になるのだ。正しい手順を踏もうとも遅かれ早かれ、そうなるのだ。無理に世界の理を"外"のシステムによって歪めるのはあまりにリスクがでかい…いずれ"崩れる"ぞ』
『だが"剣"を使う以外に、今の"人の生"を受け入れた人々に未来が見えないのも事実。そしてやらなければ人々は長い苦しみの後に不死を受け入れ、人の時代が来る。神々は古き遺物として
『黙れコルウス。"灰"たるお前が、何を見てきたか忘れたと言うのか。また繰り返すつもりか』
『
『ならば何故、その"剣"を今更…』
『
『…残された者はまだいる』
『極僅かだ。お前が裏切らなければまだ生き残っていたかもしれんな。そこまで"殻"が欲しかったのか?』
『差異のない世界のはずが、
『存外、この"身"は気に入ってるのだよ』
「………"螺旋の剣"は借りるぞ、コルウス。シースも納得しろとは言わん。だが、我らにはこれが必要なのだ」
『だがっ…!であれば貴様が"薪"になる必要などないはずだ…!』
「不死人の少ない今、強いソウルを持つ者は人にはいない。私に古くから仕える騎士たち、或いは直系の神々か…だが、それでは
『シース、最初の一回は肝心だ。強引にこの世界の理に、別の世界の理をねじ込むのだからな。それ相応のソウルを持つ者と理解の深い者でなければ、それこそ想定外の事態に対応できない』
「…それにこれは私のエゴなのだ。人を変えてしまった私の…この責務を、他の誰かに負わせるわけにはいかない」
『それこそエゴだ…!お前の始めたことならば、最後まで見届けろ…!グウィディオン…あの忌々しい男がいれば――――――待てグウィン………お前まさか、あいつを都から放逐したのはもしや―――』
「もう遅いのだ。何もかも。今から探すのには、遅すぎる」
『グウィン…!何がそこまでお前をっ…!』
「シース…我が友よ。私に償いをさせてくれ。全ては我らが始めたこと。それが延命でしかないとしても、今を生きる家族を、人々を見捨てることが出来んのだ。目の前から目を逸らすことなど出来んのだ」
『…後世に放り投げると言うのか…?顔も知らぬからと言って、尻拭いをさせるつもりか?』
『シース。お前も本心で話せ。建前はいいんだ、これが最後なんだから』
『――――――グウィン、行くな。ヨルシカが…グウィンドリンが悲しむ』
「――――――――――――すまん、シース」
罪悪感に塗りつぶされながらも、思わず自嘲的な笑みが零れる。こんな王でも、思われていたのだな、と。
全ては後の祭り。退路はない、勿論止めるつもりなど、元よりない。
―――あぁヨルシカ…最後まで父らしいことをしてやれなかった―――
プリシラの子であるが故に、随分と窮屈な思いをさせてしまった。
せめて少しでも自由にと、理解のある者で周囲を固め、それでもあの狭い教会と町では満足できなかったろうに…
だけどあの子はそのことで文句など言わなかった。
ふと再び脳裏によぎるのがその二人に仕えるガーゴイル。
竜のソウルを受け継いだ被造物。竜の血を引くグウィンドリンのソウルが元であったが故に、何の因果か引き継がれた意志を持つ者。
…きっとそれだけではないのだろう。でなければそのようなことが起こるはずがない。
シースとあのガーゴイルが出会ったことを考えれば尚更、そう思えてならないのだ。その奥底に在る執念とも言えるソウルを見れば。
相変わらず僅かな不安はある。だが同時に安心もしているのだ。
きっと
―――円を描く白亜の石で囲われ、そこに敷き詰められた灰に突き刺された"環の剣"―――いや、"螺旋の剣"を前にする。
これは言わば
延々と世界から世界へと受け継がれてきたシステム…しかしこれは無理やりこの世界にねじ込む所業。
本来は"外"より持ち込まれたそのシステムを"中"の理にゆっくりと混ぜ合わせることで順応させるはずが、私たちが
故に強引だが直接"外"の"剣"を使うしかないのだ。
実際はああは言ってはいたが、コルウスも火継ぎについては懸念している。あの時はただ伝えるべきことを伝えただけなのだ。
―――この剣の根元には、消え行こうとする"最初の火"が
かつて我々が王のソウルを見出した、始りの火だ。
これが消えた時、"夜"がやってくる。途切れさせてはいけない聖火なのだ。
この"螺旋の剣"はコルウスの言う通り"増幅器"。然るべき使用者を糧に、"最初の火"を燃え上がらせる。
何度も念は押されている。何が起こるかわからないと。
それでも、
手をかざす。
"剣"との繋がりを意識したと同時に、突き刺した箇所の灰より小さな炎が溢れだす。
やがて火は静かに成長していく。
その穏やかな火のうねりを
間もなくその伸ばした手に燃え移り、火が
―――そしてそれはやがて、腕を昇り、胴を這いずり、全身へと広がった。
体中が燃えているはずなのに、まるで爪先からじりじりと削られていくような感覚。
長い年月をかけて川が出来るかのような緩慢さに、己の命の
―――願わくばどうかこの魂が、どうか、どうか
大変お待たせしました。
メインの小説を完結させたので燃え尽き症候群…になる間もなく仕事に追われていました。ほんとにずっと。(他小説への微妙な浮気はあったかも…)
設定を思い出すのに見返したり、詰めが甘いところを見つけたりと書きだすまでに時間がかかった感はありますが。
今回前後編で分けてます。
せいぜい13000字くらいなのでやる必要はないのですが、一応意味はあります。
個人的な拘りです()
…いや、サブタイトルの見せ方をどうしてもこうしたかったんです。
そう、まるで物語みたいじゃないですか。絵の中の。
もう書き終えてるのですぐ投降しますね。
ただ気分的に、一日ぐらい開けたいです。
■蛇足な補足や裏設定
・太陽の長子と公爵様
竜へ
ちなみに当時裏切りをグウィンにリークしたのはシースだったりする。竜とよろしくやってるから嫌いだし、こいつ火に焚べればいーじゃんって思ってる。
・最初の火の炉
場所は現在は
世界はまだ、正常だ。
・コルウス
グウィンとシースと仲が良い(?)らしい誰か。
名は体を表している。
(読者置いてけぼりの会話で申し訳ないです)