竜鐘のガーゴイル   作:凍り灯

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「あぁ、そうか…哀れにも選ばれてしまったのだな…描かれてしまったのだな…」

―――?の??????の呟きより





『心臓を持たない巨人』 - 上 -

 

 

 

迫り来る横薙ぎの斧槍(ふそう)を尻尾の先端の尾斧(びふ)を屋根に引っ掛け、前進していた身体に急ブレーキをかけることでやり過ごす。

自身が本来通過しようとした空間を、風を駆っ切る音が通り過ぎた。

 

速やかに尾斧を引き抜き、さらに一歩下がればまたしても目の前を斧槍が水平に振るわれる。風を切る音は大きく、体重が乗っているのが理解できる。

次に来るであろう三撃目に備えて慌てることなく歩幅を調整。私は両手に持った青銅の斧槍の穂先を地面に向けて構える。その時、斧刃が上へ向くように手元の柄をくるりと返した。

 

来たる三撃目。やはりそれは私に一歩届かず、だからこそ致命的な隙を晒す。

ガーゴイルの斧槍は斧刃が根本より扇形に大きく広がるタイプの斧槍だ。それは繊細な動きができないガーゴイルに合わせた、叩き切るための理に叶った設計だ。

 

だけどそれは小手先の技術が扱えないわけじゃない。

 

構えを維持したまま大きく踏み込み、足元から救い上げるように上へと向いた斧刃を"敵"の懐に差し込む。しかしその斧刃で切り上げることなく手元へ引き戻した。

大きく広がった斧刃は鎌のように斧槍を持つ"敵"の手元へと引っ掛かり、()()()を破壊しながらも斧槍を宙へ舞い上げ、同時に絡め取った"敵"の片腕ごとこちら側へ引き寄せた。

 

それは"敵"が途中で踏ん張ることで中断されるが、その頃には私は引き戻した斧槍の勢いのままその場で回転。

"敵"は絡め取られていた片腕を戻す暇もなく、回転の勢いに乗った尾斧が側面から隙だらけの頭部を叩き割り、()(つぶて)が勢いよく飛び散り市街の壁を叩く。

 

しかし私はそれで動きを止めず、振り抜いた尾斧をたった今仕留めた"敵"とは逆方向の真後ろへと薙ぎ、その遠心力でもって後方へ跳躍。

すぐ突き出されるであろういくつもの()()()()()に穴だらけにされないように翼を羽ばたかせ、距離を取った。

 

予想通り、大型の斧槍から繰り出されるリーチを活かした突きが三本分、(くう)を突き刺してきた。

その威力はこの石の身体を容易く串刺しにするだろう。当たればの話だけど。

 

だが()()()()

私は囲まれないようにすぐさま(きびす)を返して飛び立った。

一対一で負けることはまずないとしても、()()()()()()を持つ相手がこれだけいれば根を上げるのは私の方だと確信している。

 

"敵"は()()()()()()()()()…いや違う。その顔は最早私と同じとは言えない。

 

頭部を覆う青銅の兜は割れ、そこから覗き見えるのはいくつもの赤黒く光る目玉のような(こぶ)

変化はどれも頭部に留まっているが、その動きはかつての片鱗を見せつつもどこか獣じみていた。

斧槍は手放すことはないものの、両足片手で地を這うように走り、尾は垂れ下がり引きずられ、ここウーラシール市街の建物を傷つけ回る。

 

その姿は十分(おぞ)ましく、同時に怒りが沸き上がる。

 

私の不甲斐なさに、このような姿に変えてしまった"深淵"に。

 

 

―――始めは小さな音だった。

尖兵として、そして斥候(せっこう)として先んじて市街に突入した私たち。そこで見た、果てなく続くような暗い穴の奥深くへと何体か送り込んだのだ。

 

中はやはり暗く、そして異形へと変異してしまった魔術師による妨害を受けたために一度中断。市街中に散らした全個体を呼び戻し、情報を整理していた…その時、一体のガーゴイルの頭部がひび割れる音を聞く。

 

見た目上、何も変化はなかったし、ガーゴイルもいつも通りの片言で報告するばかりなのでその()()を見逃したのだ。だがどう気付けばよかったのだろうか。

 

「グガ」ベルリオーズ、暗く、異形の魔術師、いる。黒い魔法受けた。

 

こんな風に、何も変化がないように見えた。

 

…だが次々と、穴に入らなかったガーゴイルの兜までひび割れていく様を見てすぐさまその場から撤退を指示。

しかしそれは遅すぎ、あっさりと何十体ものガーゴイル全てが私の声を忘れ、言葉すら(かい)さなくなる…いや、()()にきた時点で、最初から手遅れだったんだろう。

 

私たちガーゴイルは本来知性は低く、与えられたプログラムに従うように作られたために自我と言えるものはない。それでも長年連れ添ったガーゴイルもいる。もしかしたら私のように自我のようなものが芽生え始めた個体もいたかもしれない。

 

それだけにやり切れなかった。私が出来ることは、せめてその首を私自身の手によって落とす事のみ。

躊躇(ちゅうちょ)はしない、大義の下に部下を破壊し尽くすのだ。

 

…唯一の救いはまさに私がその深淵の影響を受けなかったことだろう。理由は分からないけれど、今はそれを詮索する暇など無い。全て打倒するにしても、まだ視界に移るだけでも10もの鐘のガーゴイルが迫ってくる。分が悪い、ゲリラ的な戦法に変えたい所だけど、彼らも飛べるのだから容易に()くことが出来ない。

深淵の影響か、動きは読みやすい直線的なものに変わったとは言え、逆に速度が上がった気がする。

彼らは意識せず今までとは違う有機的な動きが出来てしまっているのだ。まさに獣。

 

―――どうしよう…!やれないことはないけど、リスクが大きい…!それにこの手で葬ってやるのが最善とは言え、私は本来ここで足止めをくらってる暇はない…!

 

私は屋根から屋根へ飛び回り、時に暗く底の見えない穴へ身を落としながらもなんとか飛び回る。

建物の隙間を縫うように滑空し、翼の端を石の壁へと掠らせながらも次々と通り過ぎる景色の中で逃げ続けた。

 

まだ撒けない。

 

異形のガーゴイルは無茶苦茶に追い回しているのか背後から破壊音は絶えず、ちらりと振り向けば同じように深淵に染められた"市民"すら()き潰していた。異形の血に濡れ、それでも異形のガーゴイルは止まってくれない。

身体の各所を壊しながらも、勢いは止まらない。

 

―――仕方ない…こうなったらもうやるしか…!?

 

直後、私は目の前の背の高い建物、その陰から飛び出してきた黒い巨体に怯む。

 

 

赤い単眼。

 

 

私よりも二回りも大きい身体。

 

 

反射的に、不格好に頭から倒れ込み建物の屋根の上を滑る。翼は畳み込み、出来るだけ身体を小さくして。

 

そしてそれは正しかった。頭上スレスレを黒い巨体は通り過ぎ、間髪入れずに禍々しくもどこか神々しい黒炎が私よりほんの少し後ろにいた全てを焼き払った。

 

石の身体と言えど、背筋が凍るような感覚に支配される。

 

何でこんなところに!?

 

慌てて振り向けば、私が深淵に侵されて狂った…なんてわけではないと嫌でもわかる。

覚えてる…忘れようもない…!

かつてアノール・ロンドを襲った古竜たちの()()()()()。その古竜らの末裔すらも含んだ襲撃では多くの銀騎士や市民が焼き払われた。

だがその時攻め込んだ竜は全て太陽の都市に沈んだ、唯一アノール・ロンドから逃れたこの竜を除いて。

 

 

"黒竜カラミット"が、そこにいたのだ。

 

 

暴力的な高熱で焼き払われた市街の一画は文字通り吹き飛ばされ、黒く燃え上がり、そこには先ほどまで追いかけて来たガーゴイルと思わしき残骸が散らばる。

辺りを暗く照らす黒炎と、もはや元が何かの判別もつかない残骸たちの上から、異形となったガーゴイルの赤い瘤なんて比にならないほどギラギラとした赤い単眼が私へと向けられた。

 

目が、合う。

 

 

「………」

「グ、グワゥ…」

 

 

あ、死んだ。

これは死んだ。

 

ソウルの()が違う。

 

グウィンドリン様の、その直系の古竜である公爵様のソウルが混じっているからか、本能的に理解してしまった。

 

―――脳裏にやんちゃするまだ小さかったヨルシカ様が走り抜ける。これが走馬灯…

最早一周回って辞世の句を呑気に考え始めた頃…

 

 

…何故かカラミットは私から、刺すどころか貫通しそうな視線を外し、ゆったりとどこかへ飛び去って行った。

 

 

残ったのは申し訳程度に斧槍を構えた私と、まだ消えない黒い炎だけ。

 

い、生き残った?な、なんで‥……?

い、いや、今はそれは後にしよう…暗月の剣としての任務を全うせねば!

 

私はトラウマになりそうな恐怖を誤魔化すようにあたふたと市街を後にする。

 

不死…不死‥そう、篝火!探さないと…!確か霊廟(れいびょう)にエリザベスという人物がいると聞いているから、そこを当たってみよう。上から見た感じだと多分、まだ深淵はそこまで届いていないはずだし…"浸食"は事前に聞いていた通りある程度の位置で止まっている。

 

あ、それと公爵様の被造物である魔法生物もいるらしいからそっちもあたってみないと。

 

 

 

 

 

―――そんな背中を、赤い単眼が遠くから見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一瞬、暗転していた意識が戻る。

 

無造作に宙に放り投げられたかのような浮遊感を感じ、次の瞬間にはいつの間にか地面に四肢を投げ出していたことを理解した。瞬時に、重い鎧がないかのように素早く立ち上がり―――()()のハルバードが手元から離れていることに気が付いて、慌てて周囲を見渡した。

 

幸いにも私のすぐ真後ろに落ちており、特に破損も何も見られない。

 

…同時に、そのすぐ横で火を(くすぶ)らせる篝火を見つけ、少しだけ警戒を解いた。

 

「ここは…」

 

あの()()()に引きずり込まれた先にしては穏やかな場所だ…そうなってしまったのは私自身の不注意でもあるのだから反省せねば…改善できたことなど一度もないのだが………

ここらを一見した限りでは木々の根などで支えられた空洞のような場所だろうか?とても静かで落ち着く。

 

篝火とは逆方向には緩やかな傾斜が続いている。その道が"出口"に通じていればいいが…閉じ込められていないことを祈るばかりだ。もっとも、篝火がある以上()()してしまえば良い話ではあるのだが。

 

篝火に火を灯し、軽く武器や鎧の点検を行う。

愛用のハルバードはさっきの通り。

サブウェポンのショートソードやショートボウも問題なし。

長年付き添った鎧にも変な凹みは見えず、何度か腕や膝をぷらぷらと曲げて見るもこれといった違和感はなかった。

…うむ、異常なし。

 

見づらくて上げていたバイザーを降ろし、先へと続く傾斜へと目を向ける。

 

「さぁて…鬼が出るか蛇が出るか」

 

赤柄のハルバードを用心深く構えつつ前へ進む。鎧同士がぶつかり合い小さな金属音がはっきりと聞こえる静寂の中、さっそく見えてしまった光景に警戒心を跳ね上げ…同時に辟易したような気持が込み上げてくるのを止められなかった。

 

「あぁ…"白い霧"か…」

 

大抵、これがある時は(ろく)なことにならない。

例外はあったとしても、そんな希望を抱く程楽観的にはなれなかった。

 

…それと同時に、小さな好奇心が芽生えている。

この(さが)は、やはり変えられないのだ。

 

「………鬼が出るか蛇が出るか…」

 

私は軽い緊張感を持ったまま先ほどと同じ言葉を呟き白い霧へと手を伸ばす。なるようにしかならないのだ。私たちが不死である以上は、死ぬことも出来ないのだから。

せめて"オスカー"も巻き添えにするのだったなぁ割とひどいことを思いつつ、軽い抵抗感を全身に感じながらも霧を通り抜けた。

 

 

 

―――その直後、胸のあたりへと凄まじい勢いで飛翔してきた槍のようなもので貫かれて死んだ。

 

 

 

私は篝火の傍で意識を取り戻すと同時に、こう言った。

 

 

 

「ん??」

 

 

 

思わずヘルム越しに目頭を押さえ、幾度と受けた理不尽な死を思い返す。

今までで、一番理不尽な死だったことは間違いなかった…宝箱に擬態した高身長お化けのことを頭の隅に追いやりつつ、断言する。

 

やはり白い霧は碌なことがねぇ。

 

"フロイド"は白い霧を生み出した誰かを人知れず呪った。せめて透明性を持たしてくれと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガーゴイルたる私でも扱えるようにとゴー殿から貰った大きな弓を持ち、そして撃ち放った姿勢のまま私は硬直していた。

あぁ、これだけは、言わねばなるまい…

 

 

「グェェェ!?」

やらかしたぁぁぁぁぁ!?

 

 

 

 

 

―――事の始まりはカラミットに見逃された後、グウィンドリン様の命令を遂行するためにエリザベス殿を探し始めたことから。

 

きっとこの国の住人ならば知っているだろうと、この騒動の中でも変わらずウーラシール王家の森庭を手入れしている"樹人"や、庭の守護を任されている石の"守護者"から情報を募った。

 

彼らもまた私と同じ魔法生物だ。

ウーラシールはアノール・ロンドが主導する不死の試練、その一つを担っている。

そのための同盟の証として私のような無生物を生物として確立する技術が伝わっていた。

ウーラシールの王家の、しかも限られた人間しか行使することは出来なかったようだが、彼らもまたソウルを分け与えられた私の仲間ということになる。

 

「グォオゥ」アノール・ロンドより遣わされたガーゴイル、ベルリオーズと言います。霊廟におられるというエリザベスというお方を探しているのですが…

 

「カサカサ」あ、ご苦労様です。崖沿いに歩けば霊廟への石橋が見えてきますよ。そこを渡ればすぐ会えますよ。

 

「グゥゥン」ありがとうございます。いや助かりましたよ、正気のある人も少なくて…これはつまらないものですが…

 

「ガサガサ!」あぁ!それは花苔玉じゃないですか!それもこんなに!いやぁ最近ご無沙汰だったので助かりますよ!おおい!このアノール・ロンドの使者殿が花苔玉を持ってきて下さったぞ!

 

「ガサガサ」え!なんだって!?

「カサーカサー」おぉ!これは御馳走だ!

「ガガーサ」この庭の主は最近顔も見せないからなぁ。

「グサグサ」ヒャァッ!これが溜まらねぇのよ!

 

そのやり取りを無言で、それでいて微笑ましそうにしている…ように見えなくもない守護者殿たちを後にし、私はエリザベス殿のいる霊廟へ向かったのだ。

 

彼らの言った通り、霊廟へと空から降り立てばキノコ人であるエリザベス殿をすぐに見つけることが出来た。

…そして霊廟の中央に篝火があることを見つけ、ここが()()()なのだと確信する。

 

「あら、ガーゴイルとは珍しい…ということは、アノール・ロンドからの使者かしら…でも、とても変わった匂い…」

 

あ、また"匂い"。

 

「グゥオゥ」…ベルリオーズと申します。私は暗月の剣としてこの場に参りました…ウーラシールを(むしば)む深淵、その元凶の排除のためにエリザベス殿のお力をお借りしたい。………やっぱり変な匂いなんですかね…

 

私の言葉にエリザベス殿は少し驚いた…んですかね?表情が読み取りづらいから多分そうとしか言えないのだけど。

 

「暗月の…?いえ…初めまして、知っての通り、私は霊廟の守人エリザベス…今は"宵闇(よいやみ)"様の乳母のようなものかしら?あなたが噂のガーゴイルなのね…ふふ、ええ、とても変わった匂いですもの。少し前にも来客がありましたけれど、それに似たどこか人臭くて…それよりももっと遠く古い匂い」

 

「グガゥ」噂も匂いのこともとても気になる話なのですが、今は一刻を争います…その"来客"とはもしや不死人でしょうか?今、私は陰の太陽の命にて不死人を探しております。"ここ"に来る可能性が高いことは()()していますが、何か情報があれば教えて頂きたいのです。

 

篝火がある以上、不死人がいる可能性はある。エリザベス殿の言い方からしても、どうやら本当に"当たり"らしい。

 

「えぇ、ベルリオーズさん。アナタの言う通り、確かに一人、不死人がここを通りました。けれども、もしその不死人に力を貸して欲しいと言うのならば、あまり良い判断とは思えないわ」

 

「グゥ?」と、言いますと?

 

「彼、不躾(ぶしつけ)な事を言ってしまうと、とても悪い人…力を貸してくれるとは思えないのです。それでもと言うならば注意してくださいね…」

 

本気で会ったばかりの私の事を案じているような声色に、今度は私が驚かされた。全く悪意を感じない、彼女はとても優しい方なのだろう。

そしてその彼女が"悪い人"と言う不死人…焦りもあるが、まだ見極めなければいけないのかもしれない。それでも悠長にしてはいられない…だからまずは、少しでも情報が必要だ。

私の役目は何も、不死人を探すことだけではないのだ。可能な限り打開するための糸口を掴まなくてはならない。

 

「…グォォウ」…ご協力、そしてご忠告感謝します。それと、他にも聞かせて頂きたいことがあります。深淵が浸食を開始した後でも前でも、何か気になったことがあれば教えて欲しいのです。

 

私がそう言えばエリザベス殿は先ほどと変わってその表情を僅かに暗くした…ように見えた。

 

「…あなたにはお伝えするべきでしょうね。ここウーラシールの姫君、宵闇様が古い人の化物に(さら)われたのです」

 

「グァウ…!」それは…!…いえ、何故()()()()と?古い人の化物…それはつまりこの度の元凶ということですか?…ここに来たのですか?少し…情報量が多いですね…

 

「順を追ってお話しします。普段、宵闇様は時間を見つけては、この霊廟へと訪れるのです。それは私に会いに来るためであったり、アノール・ロンドより贈られた"聖獣"たちに会いに来るために」

 

「グォゥゥ」聖獣の件は私も知っています。ということはこの騒動の最中、ここにいらしていたのですか。

 

「えぇ、その通りです。街の方が危険なのはここからでもわかりました。なので宵闇様をここから出すわけにもいかず、だからと言って他にどうすればいいかもわかりませんでした…幸いにも四騎士の"銀狼"、騎士アルトリウス様の供回りであるシフ様がここを見つけ、王の刃であるキアラン様を迎えに寄越すと言っていただけたのです。安全にこの地より宵闇様を遠ざけるために」

 

シフ!良かった!…だけど、なんでその情報がまだ共有されてない…?

私は途端に不安になった。

考えたくもない不安だ。

だけどアルトリウス殿はアノール・ロンドより闇を退ける宝具を贈られたはず。彼らならきっと無事な、はずだ。

 

…今はそれを忘れる。

 

「しかしそれは叶うことがありませんでした…地の底よりあのおそろしい()が宵闇様を捕らえ、連れ去ってしまったのです…妙な話ではあるのですが、その時に、私は確かに感じたのです。その腕が匂わす深い郷愁(きょうしゅう)愛慕(あいぼ)の念を…故に私は宵闇様がまだ生きているのだと、そう思うのです」

 

郷愁と愛慕…?深淵の元凶…その化物は地下牢に捉えられていた不死人だ。それが誰なのかはわからないが、近年ウーラシールから不死が現れることはなかったと聞いているので宵闇様との接点などあるはずがないのだ。だというのに何故?

それにとても失礼ではあるけれど、宵闇様が生きているとは思えない…あの深淵を見ているこの身としては、尚更に。

けれど、エリザベス殿の言葉を聞き流すのもまた早計だ。

 

考えても仕方が無い…

生きているかもしれない宵闇様を救うためにも、この深淵をどうにかしなければならないのだから。

少なくともこの話で、深淵の主の像が浮かんできた。

 

「グゴァゥ」事情は把握しました。エリザベス殿には隠さずにお伝えしますが、深淵を抑えるためにも現状の私たちでは不安が残るのです。私たちは光の住人、だからこそ不死人の協力が欲しいのです。彼らであれば、私たちよりも深淵に耐えられると聞いています。しかしアノール・ロンドからも誓約者となった不死人を幾人か向かわせているのですが…未だ誰も戻らないのです。今は、少しでも立ち向かう"剣"が必要です。

 

「不死人が、ですか…しかし騎士アルトリウスは…いえ…なる程…確かに()()()()()耐え抜くことが出来る者がいるかもしれませんね。わかりました、もしここを通る不死人がまたいるのであれば、私からも話しかけましょう。()()()()()()()()()()()()()()という不死人のような方が来るかもしれません」

 

どこか釈然としないけれど、取り合えずはここを任せても良さそうだ。

 

「グガゥ」ありがとうございます。エリザベス殿も、いざとなればここから避難を………えっと、どう、移動しましょうか?

 

「私の事は気にせずに。私は霊廟の守人エリザベス。生きるも死ぬもここ以外にはあり得ないのです…一つ、気になることがあります。ここを通った不死人なのですが、その霊廟の奥から来ました。しかしそこから先は聖獣の住処、そこをさらに抜けた先は宵闇様がよく遊んでいた隠れ家のような洞窟がありますが…そこは行き止まりなのです」

 

「グガァ?」それはおかしいですね…もしかしたら宵闇様を攫ったことと、何か関係があるのかもしれません。調べさせていただいても?

 

「勿論です。ですが…今そこに住まう聖獣はあのおそろしい腕を見てしまい、故に深淵に怯え、気が立っています。あなたであれば攻撃をしてくるとは思えないですが、くれぐれもお気をつけて―――貴方に炎の導きのあらんことを」

 

はい。エリザベス殿にも、炎の導きのあらんことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()は深淵に対してひどく怯えきっており、半ば錯乱状態に近かった。

それでも霊廟を離れることは決してしなかったのは、彼女の仲間たちである他の二匹がこの地を離れようとしなかったかららしい。

 

公爵様によって生み出された彼女たちはウーラ―シールへの友好の証の一つとしてこの国へ贈られたが、深淵の前では無力であり、それでも与えられた役目から逃げ出すことは出来ないようだ。

…私が勝手出来ることでもないけれど、公爵様になんとか話ぐらい聞いてもらえるだろうか?

 

下手に希望を与えたくはないけれど、彼女を(たしな)めるのにはこの話題を出すしかなく…それによってなんとか平静を取り戻してもらうことは出来たのだ。

そしてようやく私の目的である、エリザベス殿曰く、"悪い不死人"がどこから来たかを聞くことが出来た。

 

…と思ったのだが、彼女はその時ここにおらず、また、今はここにいない他の二匹も会っていなかったようだ。不死人との無用な争いにならなかったと思えば良いことだったのかな?

空振りに終わってしまったが、取り敢えずここに来てすぐ私が気になったことを尋ねてみることにした。

 

私はこの水が浸された空間の奥、そこで存在を主張する"白い霧"を指差した。

 

「グゴゥ」あの"白い霧"は最近現れたんですか?

「ガァウ」ええそうなの。多分深淵が出て来た時と同時ぐらいだと思うのだけど…尻尾でつついても全然びくともしなくって…

「グォウ」あぁ…あれは私は見覚えがあるんですけど。不死人がいる所によく出て来るみたいなんですよね…

「ガゥア」そうなの?じゃぁあの霧の向こうから出て来るかも知れないのね…一人でいるのはやめようかしら…

「ググゥ」それがいいですね。ちなみにですが、宵闇様が昔よく遊んでいたと言う洞窟はその先なんですよね?………ちょっと試したいことがあるのですけど。

 

ガウァ(何かしら)?と山羊のような大きく湾曲した角を持った白い獅子が首を(かし)げる。

背には鳥のような羽を持ち、尾は(さそり)の毒を持つ尾。

 

成程守護者として見ればこんなに頼りになる存在もいまい。

…その彼女たちでさえ、深淵には立ち向かえないのだ。

 

私は青銅の斧槍を置き、持ってきた大弓を手にする。

ゴー殿が私に贈ってくれたシンプルな弓だ。少しだけある青銅の装飾がアクセント。

 

「…グガウ」…私の経験上、あの先に行くことは私たちでは無理です。ですが前々から思っていたんですよ…あの白い霧、果たして本当に不死人以外何も通さないのかと。

「ガゥ」え、えぇ…それで…いえもしかして?

 

そのもしかしてである。

 

手がかりを目の前にして、はいそうですかと諦めるのはもっと足掻いてからだ。

散々"試練の鐘楼"で諦めずに立ち向かい、そして見事成し遂げた不死人を見て来たせいなのか、私は少しその根気に感化されていた。

 

ゴリリ…と、人サイズの弓では聞こえない鈍い引き絞る音が聞こえる。

大弓は大きく歪み、大槍のような矢が白い霧へとその矛先…いや、(やじり)を向けた。

尾斧は反動を抑え込むためのアンカーの代わりに地面へと突き刺しており、翼は力む身体に連動してしまってか、大きく背中側へと開かれていた。思わずその迫力に、危ないからと後ろ下がらせた聖獣殿が喉を鳴らす。

 

そして矢はバリスタ(大型弩砲)を撃ったかのような音と共に解き放たれ―――――――――ちょうどよっこらせと白い霧を跨いで来た不死人の急所をぶち抜いた。

 

「グ」え

「ガ」え

 

淡い光を散らしながら消えていくバラバラ死体を呆然と見下ろしながら、私は自らの戦犯を悟る。

…あぁ、言わねばなるまい。

 

 

「グェェェ!?」

やらかしたぁぁぁぁぁ!?

 

 

へなへなと打ち(しお)れる私の背を見て、聖獣はその後ろでひっそり天を仰いだ。

 

 

それが()()()()()、"彼"との最初の出会いだ。

 

 

 

 

 









お待たせしました。
ウーラシールが編の始まりです。

ようやくダクソ主人公を出せました…!待ちわびたぞ!おまえ出せるまでにこの小説ちょうど一年経ってるんだからな!
あくまで主人公はベル君なのですが、これ以降彼主体で進む場面も出てきますのでご了承ください。テンポ良くしたいのであんまりやり過ぎるつもりはないです。


…それと久々に無印ダクソをやったら、

「ここは古い教会だ。あんたの通ってきた不死教会は、ここを棄てて建てられたんだ。だからってわけでもないが、ここは2つの古い禁域につながってる。センの古城と、黒い森の庭だ」

…とアンドレイが言ってたので、もしかして鐘のガーゴイルのいる教会はウーラシール没後に出来たものだったんですかね…?
………どちらにせよ物語上あまり関係するところでもないので…大目に見てください。
まぁこの物語の設定上、教会が土地ごと移動したということにしましょう。(オイ)

以下補足です。

■ベルリオーズ
本当になんもいいことない。

■異形のガーゴイル
深淵の影響で異形化。ソウルが弱い分、その影響はすぐ出てしまったが、変化が頭部のみで留まっているのは内包するソウルの関係か。

■黒竜カラミット
古竜の"末裔"である単眼の黒竜。
…ですが、黒竜の大剣には明確に「古竜の生き残り」と書かれているし、ダクソ3でも古龍の頂に祀られているようなので古竜…なんですが、古竜だったらうちの公爵様が絶対にウーラシールに介入してくるから、今作では末裔扱いに…ごめんな…
『古竜とその末裔による"最後の抵抗"と言われる竜たちのアノール・ロンド襲撃の際に歴史上唯一、壁の内側から外側へ逃れた竜だ』―――4話より参照

■樹人と守護者
明らかに自然の生物ではないので魔法生物枠に。
アノール・ロンドからウーラシールへの技術提供のように書いたけど、上記アンドレイの件を考えるともしかしたら逆だったのかもしれないと作者は訝しんだ。

■ウーラシールの宵闇
白いドレスの姫君。
深淵の魔物が何故か攫っていった。

■エリザベス
霊廟の守人であり、宵闇の乳母でもあるキノコ人。
ベルと話すまでは宵闇が無事だと確信していたようだが…?

■霊廟の聖獣
こんな生物作るのシースしかいねーだろという偏見によってそういう設定に。
友好の証としてアノール・ロンドより三匹の聖獣が贈られた。
ベルと出会った個体は特に臆病。

■フロイド
この世界ではよくある名前の一つでしかない。
黒い腕に捕まり、過去へと飛ばされた未来の不死人。
赤柄のハルバードを扱う。無印にはない形状で、2と3に登場するもの。
「好奇心は猫をも殺す」の体現者。





人間性を暴走させたウーラシール民の頭部
大きく肥大し、ギザギザとささくれており
その間に無数の赤い眼球状の瘤がある
―――DS1 肥大した頭部



朽ちぬ古竜の最後の生き残り。単眼の黒竜、カラミットの尾から生まれた武器
―――DS1 黒竜の大剣



石の騎士は魔法で動くゴーレムであり
この兜もまた、魔法の力を帯びているが
すさまじい重さがある
―――DS1 守護者の兜



騎士アルトリウスの紋章が刻まれた
銀のペンダント
アノール・ロンドの古い宝具の1つであり
深淵に挑む彼に特別に贈られたもの
―――DS1 銀のペンダント



割れた石のペンダント、その片割れ紐の蔓はウーラシールのものだろうか 今人が知らず、抗えもせぬその力はとても強い郷愁、愛慕の類だ
―――DS1 割れたペンダント



深淵のひろがりに怯えていたようだ
獅子以外にも色々な動物の特徴を有しており
おそらくは自然な生物でないことが想像できる
それはむしろ、デーモンの性質に近いものだ
―――DS1 聖獣のソウル



あなた…宵闇様の救い人ね?見えぬもの、宵闇様の仰る通りだもの
…ありがとう 私からも感謝するわ、宵闇様を救ってくれて
…でも、宵闇様はもういないわ
古い人の化物、そのおそろしい腕に連れ去られたの
だからあなたもう一度宵闇様を救ってくれませんか?
―――DS1 エリザベスとの最初の会話より


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