私だってわかっていたはずなのに
光は闇の腹の中で生きることはできない
だけれど、同じ闇であれば…
そう、だからきっと、この方こそ―――
「―――この先だ」
「ワオッ」
「あぁそうだなシフ。行こう」
あぁ、行こう。アルトリウス。私たちで終わらせよう。
「クゥン………―――」
「シフ…!………お前はまだ
なんということだ。私が未熟だったばかりに―――
「すまないシフ…私が未熟なばかりに―――」
馬鹿な。そんなことはない。間違いなく、アルトリウスは最高の騎士の一人だ。ベルさんだってそう言ってくれる。みんな、そう思ってる。
「必ず迎えに来る…ここで待っていてくれ―――」
だめだ。やめよう。もうこの国は諦めよう。無理だったんだ。あんな化物―――
「安心しろ。結界を張る…この盾を
盾じゃない、剣を置け。戦うな。勝てやしない。逃げろ。なんで、聞いてくれないんだ。
「お前に…炎の導きのあらんことを」
アルトリウス、いくな。
「―――シフ、また会おう」
「―――クゥン………」
行かないでくれ。
行かないで…
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「………っ!」
目の前を濡れた
ほんの僅かな間を置いて、鈍い銀色がその青を切り裂くように通り過ぎた。
風を切る音は重い。
当たればただでは済まないだろうことが嫌でもわかる。
―――あなたもこの先に行けば分るでしょう
―――ウーラシールは今、古い人の化物が生んだ深淵に飲まれようとしています
―――騎士アルトリウスが、これを留めに向かいましたが、英雄とて所詮は闇を持たぬ身
―――いずれ深淵に飲まれ、闇に食われてしまうでしょう
目の前で鈍い銀色―――騎士アルトリウスが宙を舞った。
驚くべきはその
見上げた先、アルトリウスが大剣を片手で握りしめたまま落下してくる。何かの力が働いているのか、その落下速度は想像以上に早い。それは断頭台のギロチンですら可愛く見えるような凶悪な刃、一瞬とは言え、その一瞬の思考の空白が逃げ道を
反射的に右横へと身体を放り投げるも、その判断は少しだけ遅かった。
「…ィっっっ!」
剣が突き立てられたとは思えない程に、重い破壊音と、鎧同士がぶち当たった甲高い不協和音。
弾ける石の欠片と深い群青色の
石畳へと叩きつけるように突き立てられた大剣を
ただもう使い物にならない事だけは分かっていた。今はそれで充分。
意識を切り替える。
左腕を折れ下げたまま、両手で持てなくなったハルバードの赤い柄の中程を片手で持ち、右肩に
激痛なんて最早慣れたものだ。
歯を食いしばりながらも、ヘルムの隙間から見える鈍い銀の鎧から視線は絶対に外さない。
絵具をぶちまけた様な群青の水溜まりの上では、獣のように背を曲げたアルトリウスがこちらを見ており、低い
―――あぁ分かっているとも。貴方はきっと誇り高い騎士だったのだろう。
左腕が垂れ下がり、肩に得物を担ぐ様は奇しくも
もっとも、相手の左腕は最初から折れていたのだが。
息が上がりそうになるのを抑え、無理やり呼吸を一定にする。
相手はそんな涙ぐましい努力をする獲物をわざわざ待ってやるつもりなど毛頭ないらしく、人型の生き物が出すには
その獣を迎え撃つために、担いでいたハルバードの柄の上で手を滑らし、赤い柄をさらに短く持つ。手首を返して小さく振り下ろすように穂先を正面へ向け、握った部分より後ろ、残りの長い柄を脇に挟み込んで固定した。左腕が使えない以上、鎧を
それは穂先を真正面に突き出す、あからさまな突きの構えだ。対人ならともかく、理性を失くした相手ならば手の内を隠すようなことをする必要はない。侮っているわけではない。どの道、その余裕すらこちらにはないのだ。どれだけ早く次の一手を打てるかにかかっている。
速さに付き合えば死ぬ。
何よりも
狙いはカウンター。
紙一重でやり過ごし、その後の一突きで息の根を止める。
つまり、アルトリウスの一撃を理想的な形で躱さなければならない。
できなければ死ぬだけだ。
死は恐ろしい。
だが、私たち不死人は死ぬことは出来ない、いや、何度でも死ぬことが出来る。それ故に死が
その僅かがあまりに致命的なのだ。
それが無ければここぞと言う時に、諦めてしまうから。
私たちにとって"死"は絶対的ではなくなってしまった。
だがそれでも、生物的な"死"は確かにある。不死人の"死"は相対的で、
串刺しにされ、燃やされ続けるせいで動けない不死は死んでいるか?
彼らの意識は
粉々にして瓶に詰め込まれた不死が、蓋を開ければ再び形を成すことを知っていたとしても、それを見て生きていると言えるだろうか?
―――亡者とは、果たして生きていると言っていいのか?生前の姿を知っているならば、尚更に。
ある者は言う、どんな状態であれ、動く以上は、"生きている"と。
またある者は、正気を失った時点でもう死んでいるのだと言う。
前者は"現象"を捉え、後者は"人道"を唱えているが、どちらが正しいかなど私には判断できない。
答えが出るだなんて、思えない。
既に私は、
あぁそうやって、私だって最早"死"は当たり前のものに成り下がっている。
…それでも、不死として生きるしかないのだとしても、そんな世界だからこそ失ってはいけない人間性があるはずだ。だからこの警句を忘れてはならない。
死を恐れるべからず。されど死を恐れよ。
死を
死は"隣人"だ。首にロープを掛け、いつでも締め殺すための機会を探しているような凶悪な隣人だ。
友人と成れば、抜け出すことは容易ではない。死は
そして亡者になるのだ。
だが恐れるばかりでもいけない。
この世界で、死なずに生きることがなんと難しい事か。人であるなら尚更に。
死を
時にはそれもまた必要なのだ。度し難いことだとしても。
死を恐れるべからず。されど死を恐れよ。
だがそれでも、私は今、死に逃げるわけにはいかない。
私が死に、この騎士をここで逃せば、深淵を拡げる為の尖兵として暴れ回るかもしれない。
ここに留まるなんて
対峙して理解した。この闇は、放っておいて良いものであるわけがないのだ。本能が、うるさいくらい警鐘を鳴らし続けている。
霊廟にまでその手が伸びれば、エリザベスはまず無事ではいられない。
そうなれば宵闇も最後の
だから私は今、死ねないのだ。
―――アルトリウスは突撃の勢いのままにその場で大きく回転斬り。
冷静に三歩分、後ろへ飛び退き距離を合わせる。
「…っ?」
しかし思っていたよりは容易に避けることが出来た。
その時間を無駄にしないようにと私はハルバードを突き入れるためのタイミングを計り…前へ踏み込もうと重心を移動させた。
―――ここっ!!
―――――――――刹那、回転斬りの最中のアルトリウスと目が合う。
…それに気付けたのは、どこか拍子抜けだった攻勢への懐疑心からだったのかもしれない。
裏打ちされた経験が、都合の良い展開に思わず飛び込んだ私の頭を冷まさせ、些細な兆候を見逃させなかった。
アルトリウスの目に見たのは、正気を失ったはずの、だというのにどこか理性的な視線。
―――まずいっ!
度重なる深淵との戦いで消耗していようとも、左腕が使えなくとも、そして深淵に呑まれようとも、身に染みた何百年と言う経験は失われない。
本能のその中に、落としても落としても消えない数多の経験が染み込んでいるのだ。
先程のは深く踏み込まずに、剣先が届くぎりぎりの距離を保ったままの回転斬り。避けやすかったのは当然だったのだ。わざと隙を作ったのだ。
距離を合わせられていたのはこちらだった。
呼吸が止まる。
回転終わりに突きを合わせようとしていた私は踏み込んだ脚を止められない。
回転斬りを終えた―――ように見せ、勢いを殺し始めた身体をさらに地面を蹴って加速。ぐるりと身を
その跳躍の軌跡を尾を引くように追う群青色の闇と…赤柄のハルバード。
斬られることはなんとか回避できたものの、最初から武器を奪うことが目的だったのだろう。
既にアルトリウスは、私が決着をつけるためにしようとしたように、大剣で串刺しにすべく大きく右腕を引き絞っていたのが見えたからだ。
距離がある…なんて甘い考え、出来るわけがない。そんなもの、彼にとってはないようなものだ…!
不格好な姿勢のまま、腰のショートソードを抜き放ち、無理やり荒れ果てた地面を踏みしめ、こちらも構える…その構えはやはり一撃での決着を狙った突きの構え。
死の間際こそ活路がある。
相手が勝負を仕掛ける時こそ、最もこちらの反撃が刺さるのだと、考えるまでもなく身体が反応していた。
私が必死に足掻く姿は、やはり奇しくも深淵に呑まれたアルトリウスの、どこか獣じみた姿と似ていた。
…一つだけ、今のアルトリウスと違うのは、左腕の
アルトリウスが地面を蹴る。
私が腰をさらに落とし、何とか動く左腕を盾にするように半身になる。
アルトリウスが引き絞った大剣を撃ち放つように繰り出す。
それよりも数瞬前に、私は前へと踏み込む。
突き出された大剣を左腕の鎧で受ける、そのまま心臓へと押し込まれ―――――――――
―――ることはなく、大きく切り裂かれながらも刀身を横へと
"パリィ
盾もない、肘から上しか動かせない、突きが最高速度に乗る前とは言え、あまりに重すぎて力を逸らし切れなかった不完全なもの。それでもその恐ろしい威力の突きは群青と赤を飛び散らせながらもこちらの心臓には届かず。
私の目には、鎧の破片と血
宙を漂う赤、青、銀。つんのめり、それを
「―――っっっっシッッ!!!」
―――私はアルトリウスの大きな身体に飛び込む様にショートソードをありったけの力で心臓目掛けて突き入れた。
大きく
「…っ!!」
痛む身体に
足元に滑り落ちた血が、群青と混ざり色を変えていく。
カチン、と、密着するすぐ背後で、行き場を失くした大剣の剣先が地面へ当たる音が聞こえた。
同時に、アルトリウスの身体から力が抜け、覆いかぶさるように私の身体にだらりと寄りかかり、大剣が地面へ落ちる音が虚しく響く。
終わったのだ。
私はアルトリウスの身体から身を離そうとして―――――――――引き抜こうとしたショートソードの赤い刀身を鈍い銀の手がそっと握った。
「っ!?」
私は思わず見上げる。
手を離したり、逆に今度こそとどめを刺すための行動をしなかったのは、あまりにその手付きが優しかったからだ。
見上げた先、銀狼の騎士アルトリウスの
「―――感、謝する……強き人間よ…見事だ………」
「…!…何を………」
そこにあるのは怒りではない。かけられた言葉に混乱する私に、彼はやはり待ってはくれなかった。
「―――貴公………人間ならば、より
喉の奥から絞り出すような、か細い声。当たり前だ。もう死んでいてもおかしくない傷を負っているのだ。
だがその声と裏腹に、刀身を掴んだ手にはだんだんと力が
その血の赤は
全てを赤が塗りつぶした頃、その目も、声も、いや存在すらも間違いなく今までとまるで違うものに変わっている。
目は理性的な輝きを取り戻し、溢れ出る彼自身の雰囲気は、そう…
あぁ、そうだ…これはそう、まるで…
私がかつて幼心に憧れた、騎士のようだ、と。なんとなくそう感じた。
「名も知らぬ人間よ、頼む…深淵の拡大は、防がなければならないっ…!」
刀身から手を放し、心臓へと剣が刺さっているにも関わらず、アルトリウスは私の肩に懸命に掴みかかった。
頼む。お願いだ。助けてくれ。自分にはもうどうにもできない、と。
その必死さの根源は、どこまでも他人の為だった。自分の責務を、使命を果たさんとする…?いいや違う。彼の心根、心臓の中心に植え付けられたかのような彼自身の優しさ…それなのだと思う。そう思ってしまう程に、彼は自身の感情を
私が誰なのかは知りもしないだろう。どんな思いでここにいるかも知りはせず、私の顔も名前も知りはしないだろに。
―――もう知る時間もないことを、分かっているはず。
それでも彼は、私に
「………」
「…お願いだ―――」
その必死の強さを、
「―――――――――………任せてくれ」
いつか
たった今思い出した、古い古い記憶。あの時は、まさに今の
宵闇の身を案じている。エリザベスとの約束もある。
それ以上に、ここで応えないわけにはいかなかった。
私は騎士だ。今はもう違うが、確かにかつてはそうだった。その時のことを、思い出させてくれたから。もうずっと前、不死になってしまったばかりの時のことだ。
あの時、私は託した。だからこそより強く思うのだ。
こんなにも熱く、悲しいのかと。
…そうか。だからきっと、
彼が小さく微笑んだ。それを合図に私は力強く剣を引き抜く。
もう託された。もういいんだ。眠ってくれ。そう言う意思を込めて。
胸からは血が噴き出し、アルトリウスは自らの血だまりに何の抵抗もなく沈む。
間もなく、彼の命も消えるだろう。
「―――――――――……っぅっ…!はぁ…はぁ…はぁ、げほっ…‥…はぁ…はぁ………」
忘れていた疲労と激痛が戻り、思わず膝をついてしまった。
あぁ全く…!
意図的に乱さないようにしていた呼吸の
血を流しすぎているのはこちらも同じだ。すぐさまエスト瓶を呑もうとポーチを漁るも、痛みや
やっとの思いでエストを飲み干し、完治とはいかなくともある程度痛みと出血が落ちついた頃に呼吸もましになってきた。
左腕の折れた骨がエストによって完治しきる前に骨の位置を無理やり戻し、もう一度その痛みで呻く。多少の
…気付けば、アルトリウスはいつの間にか取り落としていた自らの大剣を握っている。まだ、生きられるのか…?
うつ伏せに倒れたまま、その右手だけは血だらけのまま、未だに力強さを感じた。
だからなのか彼の最期を、見届けなくてはいけないと思った。
「ああ、シフ………そこにいるのか…?アルヴィナ………シフを…頼む………―――すまない、みんな―――」
アルトリウスの、大剣が、まるで空気に溶けるように透けていき…やがて消えた。
握りしめた右手からも、やがて力が抜け、消えていった。
深呼吸をし、未だに乱れていた息を整える。
殺伐とした世界に
遥か昔の記憶、最早
彼は命が消えるその瞬間に、あのアストラでの日々を思い出させてくれた。
贈る言葉なんてない。
そんなもの不要だ。もうアルトリウスは、死んでしまったのだから。
目を
その後ゆっくりと立ち上がり、ふと、なんとか動かせるようになった左手を開く。
そこにはいつの間にか、闇に蝕まれた目の前の騎士のソウルがあった。
酷く歪んだ、
だがその中に、小さくても真っ白い輝きを失っていない部分があるのを確かに見た。
―――人間ならば、より無垢な闇に近いはず―――
それが意味することは、まだ分からない。
それでも私ならばこの深淵を抑えることが出来るのだと背を押された気がした。それを出来ることが、決して良いわけではないとと薄々感じて尚。
「背負う物が、また増えてしまったな…」
そこに気怠さはない。使命感というべき感情が、強くなっただけだ。
全く、
「―――死を恐れるべからず。されど死を恐れよ…」
己に定めた警句を口にする。
きっと私ではこんな風には生きれないのだろう。
それは不死故に、終わりなき故に。
死を恐れるべからず。されど
私にできることは何だろうか?いつだってそれを思う。
だけど、せめて少しでも多くのこの美しい物語を忘れずにいたいと、そう思っているのは間違いないのだ。
死なぬと言うならば、生き続けると言うならば、せめて覚え続けたいのだ。
だからこそ、
「―――――――――私に、何か用があるのか?」
振り返った先、血濡れのショートソードを手にしたままの私の背後、この建物の入り口に佇む誰かに向けて私は話しかける。明らかに、穏やかな気配ではない。
そこには、黄金のような刃と暗い銀色の刃を持つ二振りの剣を手にした仮面の人物が、静かにこちらを
「…アルト、リウス…?………貴様、なぜ、アルトリウスの魂を持っている…」
「―――私はキアラン。仲間の形見だ、返してもらうぞ…!」
「この音は…もしや、アルトリウス…か…?いや、しかしこれは…」
「グォア?」
付き添いは出来なかったが、後方へと控えていた伝令用のレッサーデーモン殿らに頼んだので大丈夫なはずだ。
グウィンドリン様にも、現状を知らせるためにも一度彼らに接触する必要があったから丁度良かった。
…逃げたのは認めよう。ちゃんとその報告も誤魔化さずしてますよぉ…
そして不死人のことを聞くためにエリザベス殿と戻る前に、私は上空から消息を絶ったゴー殿の姿を見つけたのだ。
ところで、なんで木彫りをしてるんですか?あ、部族の文化だったんですね。え、くれるんですか??ありがとうございます!え!?喋った!!
グウィンドリン様の書状を入れている胸部のポーチへとごろごろと人面を入れていく。
この革製のポーチは任務内容によっては装備しているものだ。落ちないように革のベルトで胸に括りつけている。
しかしようやく見つけた囚われのゴー殿との再会を喜ぶ間もなく、ゴー殿が辺りを見回す。
何かを聞いたようだが、すぐに発生源を特定したようだ。
…しかしすぐに口を開くことは無く、少し考えるような間を挟んでから慎重な様子で言葉を繋げた。
「…ベルリオーズ…アルトリウスが近くにいるようだ………」
「グァ!」
本当ですか!
あぁ良かった!無事だったんですね!キアラン殿も無事なようですし、一先ず良かったと言うべきでしょうか。
………シフは一緒にいるか分かりますか?
「シフの足音は聞こえんな…別行動をしているのやもしれん」
「ゴグゥ…」
そう、ですか…
アルトリウス殿に直接聞きましょう。ゴー殿を解放する方法もですが、急がねばなりませんね。
「ベルリオーズ…アルトリウスのことだが、気を付けろ」
「ガ?」
はい?
何故ですか?と聞こうとした私を制しゴー殿が続ける。
とても、重い、重い言葉だった。
「どうにも様子がおかしい…
その言葉に、私は二の句が継げなかった。
それはまるで確信しているかのような言い方だったから。
「杞憂」なんて言葉は、きっと私に気を使っただけ。
あらゆる感情が渦巻き動きを止めた私に、ゴー殿は優しくも残酷に言い聞かせようとする。
「いいかベルリオーズ。深淵に抗える存在など、ほとんどいない。人でさえも、遥か昔に
何を、言いたいのですか。
「この深淵はこの国が自ら望み、あれを起こし、狂わせたのだ …滅びは自業なのだ…我々でもどうにもできない以上、貴公がその"滅び"に付き合う必要はない」
逃げるという選択肢はありません。
私は"暗月の剣"、陰の太陽の騎士であります故。
…それに、今は無くともかつては"教会の鐘守"…人々の生活を脅かすものがある以上、動かないわけにはいきません。
深淵に呑まれるのは看過できませんが、死など恐れてはいないのですから。
「そうであったな…どうにも人くさいせいで、それを忘れておった………アルトリウスを頼んだぞ、ベルリオーズ」
はい。ゴー殿もお気をつけて。
「ふはっ、この妙な結界がある以上、どこよりも安全だろうて」
私はゴー殿が捕らえられている塔を飛び立つ。
どうやら見えないだけで妙な結界とやらが張ってあるそうなのだけど、私は魔法生物だからなのか問題なく素通りできるらしい。でもゴー殿は出られない…どうにかしなくては…
でもまずはアルトリウス殿。
ゴー殿の言う音は、今はここのすぐ下まで来ていた。
建物の上、そこから見た光景は、当たって欲しくなんてなかったものだった。
私はその戦いを…ただ見ていることしか出来なかった。
私が誤射した不死とアルトリウス殿。
戦わなくていい二人は、だけど深淵のせいで狂わされ、命の削り合いをしている。
白い霧は、何故か入り口を閉ざすのみで、屋根のないここであれば私が入ることが出来る。それはまるで私を
それでも、
アルトリウス殿。
シフ。
不死人。
もはや手遅れ。
アルトリウス殿とキアラン殿。
私の使命。
騎士の誇り。
その迷いを断ち切れないまま、決着が、ついてしまった。
最後に、あの二人に何かやり取りがあったみたいだが、ただただ放心していた。
そして渦巻くのは無力感と安堵と悲しみ。
何もできなかった自分の無力感と、騎士の誇りが守られたことへの安堵と、それでもどうにか出来たんではないかと言う悲しみ。
不思議と怒りは湧いてこなかった。
ただ、ただただ…胸に穴が開いたように、悲しかった。
そして次に目に飛び込んできた人物を見て私は渦巻いていた感情を吹っ飛ばした。
キアラン殿が立っていたのだ。
不死人は、うつ伏せに手を伸ばした格好で倒れたアルトリウス殿を見下ろしている。そして振り返った、血濡れの剣を持ったままに。
直後、最悪の展開をイメージした。
キアラン殿が冷静な御仁なのは知っている。
だけど私はあの二人の関係を知っていた…!…万が一を考えた私は今度は迷わず飛び出した。
アルトリウス殿の誇りの為に、キアラン殿のためにも、そして深淵を穿ち得る不死を助けるために。
―――その光景を見ても、私の頭は酷く冷静だった。
血だまりに身を沈めたアルトリウス。
振り返る鎧の男。
手に持っているのは、血濡れの剣。
ぽたりぽたりと血が落ちる音がはっきり聞こえる。
あぁ、これは知っている。
何故ならその血濡れた剣を
四騎士、"王の刃"…王の
「…アルト、リウス…?………貴様、なぜ、アルトリウスの魂を持っている…」
そんなの分かり切っている。
この人間が、アルトリウスの誇りを守ってくれたのだ。分かっているさ。
なのになぜ、そんな分かり切ったことを聞いた?
最初の一歩は、余りに頼りない一歩だった。
だが二歩目からは嫌でも身に染みた足運びになってしまった。
本当に、嫌になるな。
「―――私はキアラン。仲間の形見だ、返してもらうぞ…!」
声を出す。声を出せ。
落ち着いてしまっている自分の心を殴りつけるように、想い人を殺されて悔しくないのかと、訴えかけるように。
―――こんな時ぐらい、もっと
私は乱れた思考と黄金の残光を置き去りに、目の前の人間を殺すために走り出した。
―――――――――そしてその歩みを止めてくれる存在は、空からやってきた。
「―――グォゥゥ………!」
衝突音。地を揺らすような衝撃。
石畳が砕け、飛び散り、反射的に飛び退いて迎撃の体勢を取った。
しかし乱入したそれが誰だか理解した時、私は思わず後ずさった。
石の翼、青銅の鎧、巨大なハルバード。
そしてガーゴイルの中でも、彼特有の装備である胸部にベルトで括りつけられた革のポーチ。
「ガーゴイルかっ…!………このガーゴイルはまさか…?」
「ベルリオーズ………」
青銅の兜でベルリオーズの視線は読めないが、まるで責めるような目を向けられた気がした。
いいや違う。後ろめたさが私にあるから、そう感じただけだ。
あぁそうだ分かっているとも。アルトリウスすら、深淵の主には届かなかった。もうこの不死人に、賭けるしかないのだ。よく分かっているさ。
なんと情けない事か。これが、アノール・ロンドの、私たちの限界だなんて。
たった一人の人間に託すしかないなど。
だから、
情けない。情けない。
私たちの信じた太陽とは、闇の前にはこうも無力なのか。
自らの責務も果たせず、アルトリウスを救うことすらできず、復讐すら出来ない。
―――私は一体…何をしにここに来たのと言うのだ?
両の手はそれでも刃を離さず、身体は戦闘の意識を手放さない。感情だけが、宙を浮いている。
あぁ本当に、嫌になる。
身体と
ただなんとなく、ゆらゆらと動く目の前の石のガーゴイルの尾を目で追い始める。
―――そういえばこいつも、アルトリウスとは縁があったか。
ベルリオーズ―――アルトリウスの供回りのシフとも交流がある、非常に特殊なガーゴイル。
他のガーゴイルとは明らかに一線を
そして"暗月の剣"、グウィンドリン様の手足と、詳しく知る者には認知されている。
それはグウィンドリン様のソウルを分け与えられて生み出された魔法生物だからだ。ほんの僅かとは言え、その
強い自我を得た今でも、それは変わらない…が…
…ただ一つ、混じってしまったある要因が今の性格を形成しているのだろう。
彼が偶然にも止めを刺した
きっとそれは好ましいものなのだろう。警戒すべきものだとしても、それでも。
私はそれが…羨ましい。
今も必死に人間に向かって無害だとアピールしようと身振り手振りで訴えるその様は、きっと私にはできない感情の
だって私は今、アルトリウスのために泣く事すらできないのだから。
涙一つ、落ちやしないのだ。
―――あぁ…本当に…本当に………
ベルリオーズの揺れる尾の先、アルトリウスの亡骸を見る。
「嫌になる…」
「グァ?」
ベルリオーズがこちらを振り向く。
何でもない、と首を横に振って返事とした。
一度頭を冷やしてしまえば、もうあの激情は這い上がっては来なかった。ベルリオーズには、感謝しなくてはいけない。
剣を掲げるより、やらねばいけない事があるだろうに。
私は静かに二振りの剣を収め、そしてアルトリウスの元へと歩み寄る。
人間も、ベルリオーズも、何も言わずに道を開けてくれた。
先程の私の言葉でこの人間も理解したのだろうな、彼と私の関係を。剣を鞘に納めてはいないが、それを振るう気配はない。
アルトリウス…
歩みを止め、しゃがみ込む。
そんなずぶ濡れじゃぁ、風邪をひいてしまうぞ。
彼の身体を血だまりから引き上げるために膝を着く。
それを見てか、ベルリオーズは慌てて不死をほったらかしたままその手伝いをしに来た。
何をやっているのだ馬鹿者。だが、助かる。
この時私は背後から刺されてもいいと、思っていたのだろう。いやきっと何も考えていなかった。彼の亡骸を目の前にして、もう染み付いた警戒心は役立たずだったのだ。
馬鹿者はどっちだ。
人間は、黙ってこちらを見るばかり。
ベルリオーズがアルトリウスの身体を血だまりから持ち上げ、まだ荒れていない石畳の上へ仰向けにそっと横たえさせる。そして離れていった。気が利くやつめ。
私は今度こそ膝を着き、アルトリウスの顔を見た。
「―――そう言えば、お前も大馬鹿者だったな」
悔しいような、だけど安らかな顔。
難しい顔をするんじゃないよ。それを見ただけでもう、十分だ。
「ベルリオーズ、"霊廟"はまだ深淵の手が届いてないな?アルトリウスをそこへ運んでくれ…ここでは少し…
「…グォ」
「貴公、人間…感謝する。アルトリウスの誇りを守ってくれたことに…そして先程は済まなかった………冷静では、なかったのだ」
「…いや、殺されても文句は言えまい。そこの…石のガーゴイルが降ってきた時はいよいよ諦めかけたが…」
「安心しろ、こいつは貴公を、不死人を探していたのだ…ベルリオーズ、持っているのだろう?」
「グガッ」
私の言葉に、ベルリオーズは胸部にベルトで括りつけられた革のポーチの中から、グウィンドリン様の書状を取り出し、人間へと差し出した。
人間は、ガーゴイルだからと言うのもあるだろうが、未だ強く警戒しておりかなり慎重に受け取る。
今しがた拾い直していた赤柄のハルバードを片手に何歩か我々から距離と取り、これまた慎重な手つきで開封した。
「………『ベルリオーズ。さっさと私の元に来い。何か月も連絡も寄越さずに一体どういうつもりだ?いい加減に―――』………何だこれは?…ん?差出人は、シース…?」
私はベルリオーズを蹴っ飛ばした。
間違えるな馬鹿者。というかあれなのか?手紙なんて送って来るのかシース公爵は?お前に対してあんな感じなのか?背筋にゾクッと来たぞ。
私はともかく、何故か心にダメージを受けてるのか胸を抑えている人間に向かって今度こそグウィンドリン様の書状を渡すベルリオーズ。無駄にへこへこしている。おい、アノール・ロンドの品格を落とすな。
………はぁ、どうしてこいつはこういう時に抜けているのだ。
世話のかかる奴だ。
隣にまで戻ってきたベルリオーズをじろっと見上げれば気まずそうに目を逸らす。
―――やがて人間はそれを読み終え、アノール・ロンドとの協力体制を了承した。
なんとなく、断らないだろうとは感じていたが二つ返事と来た………それでこそ、アルトリウスが報われると言うものだ…
アルトリウス………シフの生存も絶望的だろう…まずは、
アルトリウスのソウルも…出来れば
「貴公、しばしここで待っていてくれ…私たちは、アルトリウスを霊廟へ連れていく…構わないか?」
「あぁ、その方がきっと良いだろう…待っているさ」
「ありがとう。ベルリオーズ、行くぞ」
「グァオ!」
ベルリオーズはアルトリウスの身体を抱えると、翼を羽ばたかせる―――――――――ちょっと待て。
「おい待て、私は霊廟の場所を知ら―――(バサバサッ!)―――あいつ…行きやがった…」
残ったのは私と人間。ベルリオーズと言う緩衝材がいなくなったせいか、かなり気まずい。
…霊廟の場所がわからん。聞かねば―――
「…」
「…」
「…」
「…」
「………………霊廟に行くのだろう?こっちだ」
「…あぁ、済まないな」
先導する人間の後ろを付いていく。何故、こうなった。
そんな私たちを置き去りに空高く舞い上がったベルリオーズのポーチから、ゴロリと木彫りの人面が転がり落ちて来て、地面にぶつかり"声"を発する。
『Very good!』
蹴っ飛ばすぞ。
今の、ゴーの声だな?あいつが作ったのか?…何をやってるんだあの大馬鹿者が。
はぁ全く、世話のかかるやつらだ、本当に。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
結界が発する
深淵の気配に当てられて動けなくなった私の目の前に…剣が静かに現れた。
群青に濡れそぼった大剣、柄にはべったりと血が張り付いている。
―――誰の剣かなんて、わからないわけがない。誰の血かなんて…
剣を置けと、言った。
こんな形でそんなこと、望んじゃなかったのに。
乾かぬ血の上から、強く噛みつき
目を閉じる。
このまま何も考えずに、暗がりに溶けていけたら―――なんて思わない。
待つのだ、私は。
…誰を?
―――やがて待ち望んだ"誰か"の足音が、聞こえて来た。
いつの間にか1000UA突破してた!いつも見て下さってありがとうございます!たくさんのお気に入り登録もして頂いて感謝の言葉しかありません!
投降ペースは非常にアレですが、是非最後までお付き合いください!
アルトリウスのセリフは一部未使用音声から拝借しています。
キアランのセリフも未使用音声からです。こっちだと復讐に走ってるんパターンもあるんですよねぇ…採用してしまった。(未遂)
書いてて思いましたけど、戦闘中にどうやってエスト飲めと…?手が滑って落とすとかやりそう…
以下補足とか。
■フロイド
アストラ出身。彼はほとんど忘れているが元々騎士らしい。擦り切れた正義感が内に在る。
例に漏れずアストラの騎士の鎧を纏う。上級騎士ではなく下級騎士の鎧で、バイザーは降ろしているのでゲーム的に言えば頭だけ上級騎士装備。
少なくとも王の器入手後、シース戦も
HPミリ残しで素手パリィ決める胆力がある。
アルトリウス戦は初見突破。出会いから3分以内で決着がついていた。
フロイドはたまにどうでもいいことで死ぬが、定めた警句通り、死を恐れている。
今回、アノール・ロンドのバックアップを得る。
アノロンも四騎士放って「じゃぁ、あと任せた」で終わらさない気がしたのでこのような状況に。
■霊廟の聖獣
ベルのやらかしのおかげでフロイドとの戦闘は起きなかった。速やかにベルが逃げたので。
三匹まとめてアノールロンドで保護されることに。
■ベルリオーズ
死を恐れない石。だが殺すのではなく狂わす深淵を恐れている。
主の書状を入れるための革ポーチを胸部に括りつけている。任務次第では結構つけたり、増えたりもしていたが今まで描写するの忘れてた。
こういうクリーチャーにバッグとか人の手が入ってる感がわかる装備があるのいいですよね。良くない??
■エリザベス
アルトリウスこそが宵闇を救うと思っていたようだが、ベルと話をして希望的観測をやめた。代わりにある一人の不死人がそうなのだと確信した。
何故か未来の話を知っている?
■キアラン
勅命を出す王は最早おらず、殺す相手すら今や手に余る異形ばかり。
後に四騎士という立場を放棄するには、アルトリウスのことも含めて諦めのような確かな絶望があったはず。
■シース
知らないところで恥をかかされている気がする。
グウィン王の四騎士の一人「深淵歩き」アルトリウスの兜。主の最期を示すように、深淵の闇に汚れ、誇り高い群青の房も乾かず濡れそぼっている。
―――DS1 アルトリウスの兜
深く傷つき、深淵に侵されはじめた彼は、この盾を友たるシフを守る結界の糧とした。
―――DS1 結界の大盾
この剣は最後まで主と共にあり、故に闇に飲まれ、使用者の人間性によってその威力を増す、深淵の武器となり果てている。
―――DS1 深淵の大剣
「深淵歩き」の騎士アルトリウスの墓守。灰色の大狼シフのソウルから生まれた大剣。
―――DS1 アルトリウスの大剣
グウィン王の四騎士の一人「王の刃」キアランの仮面。瞳の頭巾はすべての「王の刃」に共通だが、やさしい白磁の仮面は、彼女が特に望み騎士叙勲により授かったものであり、自身の象牙の髪を伴っている。
―――DS1 白磁の仮面
奇妙な人面の彫られた古木。その由来はまったく伝わっていない。地面に投げ落とすと声を発する。ただそれだけの品。
・・・この人面の声は「いいね!」のようだ。
そう思えば楽しげな顔にも見える。
―――DS1 人面「いいね!」