―――???との邂逅の言葉より
太陽の光の王の長子が追放された。
今では名を言うことも許されない。
そのことがあったのは100年以上前なのだ。
当時色々騒ぎがあったが、私の職務に影響することは皆無であったと言っておこう。
どうにもドライな対応と思われそうなのだが、当時のガーゴイルやその他ソウルを与えられし被造物たちはグウィンドリン様によって記憶処理がなされている。
名を言うどころか、もはや思い出せないというのが現状だ。
自我のある私以外にもその処理が施されたのは単純にプログラムの更新だ。
"もはや仕えるべき神ではない"
もし出会うことがあれば刃を向けるのだろうか?
そもそも、私は彼と交流があったのだろうか?
思い出すことはきっと、ないのだろう。
だが、この失われた穴の中にわずかに"親しみ"が漂っている気がしてならない。
グウィンドリン様にそれを伝えるも、複雑そうな表情で小さな溜息を吐いただけだった。
ではヨルシカ様はと言うと、その落ち込み具合は見ていられない程だった。
私は何も思い出せないのだが、ヨルシカ様はかの長子殿と仲が良かったようだ。
しばらくは私を見ても辛そうに顔を伏せるばかりで、いまや当時から大分大人しくなっていたお転婆の気配もその頃から姿を消してしまった。
それについては大人になったと喜べそうなことではあるのだが、何とも寂しい気持ちを感じてしまう………というのはグウィンドリン様も同じだったようで。
「成長を喜べば良いと思うのだが、どうにもあの騒がしさが懐かしいものだ………儀礼用の装束を貝染したことは絶対に忘れないが」
※小さな貝の内蔵から得られる分泌物で紫色に染色すること。
実験失敗で巨大化した公爵様の五足のバイバルが使われた。
その時のヨルシカ様の決めセリフは「シラ叔母様とお揃いですね!」悪魔ですか。
…それで思い出すのも失礼だが、紫と言えば"暗月の光の剣"という暗月の剣の誓約者だけに伝えられる奇跡がある。
得物を暗月の光の力で強化する奇跡だ。
今まで私程度の"物"がそのことについて直接聞くわけにもいかなかったのだが、ヨルシカ様が勉強熱心になった影響で偶然話の流れで知ることが出来た。
「―――それと"暗月の光の剣"ですね。あぁ、そういえばベルは教えられていないのでしょうか?…そうですか…これは私ではまだできない物語なのですが、それでもよければ」
「グォゥ」
是非ともよろしくお願いします。
「当然、必要なのは信仰心です。これは知っての通り、お兄様ではない"誰か"への信仰でも成り立つものです…えぇ、誓約に関係なく、"信仰する心"があれば。といっても、この奇跡を扱うには誓約を結んでいることが必要なのですが。銀騎士様たちが扱う雷の奇跡と違うのは、魔力による強化ということでしょうか。ある意味では、最も魔術的な奇跡と言ってもいいかもしれませんね…加えて、この奇跡は特定の"物語"が存在しません」
「ゴゥァ?」
"物語"が必要ないのですか?では何があればよいのでしょうか。
「これが私が使えない理由です………復讐心です。ただ許せんと、復讐する心があればいいのです」
「ゴウゥ…」
成程…暗月の剣は神の敵を狩る誓約。
故に怒りや復讐心を糧にするのですか。
「えぇ…まさにこの太陽の都市の"陰"ということです。暗月とは感情の負の表面を力とすることが多いのです…私も、かくあるべきなのですが…」
ヨルシカ様はそう言うと表情を暗くしてしまう。
―――ヨルシカ様は長子殿の追放の件以降、グウィンドリン様の力になれることがないかと奔走した。
ヨルシカ様の出自は特殊だ。
王家の子供なのは間違いないのだが、ほとんどをこの教会で過ごすようにしている。
それは何も目の上のたんこぶとして扱われているわけではないのは、数百年と見てきたのでさすがにわかる。
では何故かと言われると私にも結局わからない。
…一つ余計な推測をするならば、母親が関連しているであろうということか。
グウィンドリン様もその功績からは信じられないぐらいに名もお姿も表に出されない。
そしてお二人の母親は同じだということ。
その母親も、噂の一つも全く聞いたことがない。
公爵様の娘さんということはわかるのだが…ここまで徹底して隠されているならば、公爵様に聞くというのも論外である。
と、そんなわけで、ヨルシカ様が出来ることも中々なく、悩んだ末今はグウィンドリン様の後継となり兄に楽をさせることを目指して日々自己の修練をしておられるのだ。
…そこで先程の暗月の光の剣である。
彼女は確かに昔はやんちゃではあったが、そこに負の感情はなかった。
ほとんどをこの教会で過ごしたせいもあってか、良くも悪くも純粋な方なのである。
だから使えない。
誰かを心の底から恨めないが故に。
どうかその"意味"を知ることのないようにと願う。
そしてそのためにも私が在るのだから。
「グォア」
「そうですよね…まずはベルを立派な暗月の騎士として私が導かないとですね!」
「グォア!」
「えぇ!ベル!ではさっそく
「グォア!!」
ちなみに奇跡の発動はこれを含めて全くだめだった。
まぁ…石ですからね…
ヨルシカ様と二人して落ち込んだけれど、できない者同士のシンパシーを感じて小さく笑い合った。
―――なんて微笑ましいことを現実逃避に思い出していたのだが…
「貴方が子どもたちの騎士であるガーゴイル、ベルリオーズですね?」
薄く雪が降り積もる、円状に石の柱とそれを繋ぐ梁だけが配置された屋外の空間。
私に声をかける彼女は震えるような寒さの中でも素足で立っている。
私でも少し見上げるようなフィリアノール様と同じくらいかそれよりも少し背が高い女性。
しかしその顔には小さな白い角が生えているのが見え、その髪も真っ白であり、長い髪はストレートに降ろされている。
純白の毛皮のようなコートを纏い、その下よりヨルシカ様と同じように白い尾が垂れ下がっていた。
そしてその声もヨルシカ様を思わせる、高く透き通るような響きがある。
彼女は"プリシラ"と名乗り、ヨルシカ様の母親…ということはグウィンドリン様の母親でもあるお方……らしい…
まだ唐突すぎて整理ができていない。
風に乗って飛んできた白い絵の切れ端のようなものに触れた瞬間ここへと送り込まれたのだ。
―――グウィンドリン様、ヨルシカ様。
もう何か言う気力もありません…
プリシラ様が言うにはここは
"エレーミアス絵画世界"と呼ぶ場所らしい。
グウィンドリン様が守る、将来王家の墓となる霊廟の上の階にある大絵画。
私もそこを
…それはある意味、間違ってなかったようだ。
まさか絵画の中に入ることが出来て、外の世界と変わらないようにここにも世界が広がっており、そして王家に連なる人物がいようとは。
では少なくとも私のような末端が知ることも出来ず、厳重に兵により守られている場所より、何ゆえ石でしかない私を引きずり込んだかと言うと…
「まぁ、それであの子はどうしたんです?」
「ゴガァ」
「ふふ、よかった…私のせいで不自由してると思っていたのですが、それでも楽しんで生きているようで…」
「グァアォ」
「え?グウィン王の王冠を…?…それをどうしたのですか?」
「グェオゥ…」
「あら…あの子も
娘さんの話が聞きたかったらしい…え?
いいんですか??
絶対だめですよね??その理由は。
え?
いくら信用がある四騎士であろうと呼ばないけど、グウィンドリン様の造った"物"であるならば問題ない?
…たしかにその通りですけどね…いえ、私が申し立てることの方が間違いなのですけれど…
そんなやり取りがありつつも、プリシラ様は石段の上へと座り、私も失礼のないようにやや跪くような体制のまま"会話"をしていた。
気が付いたことは、プリシラ様とはとても話がしやすいということ。
絵画の外の世界の情報にも飢えていたらしく、私も相槌をちょうどいい調子で打たれるものだからスラスラと喋…れないので自身の鳴き声に乗せるように、伝えたい言葉を強く思い浮かべていた。
何なんだろう…この公爵様に共通する懐かしい雰囲気もさることながら、ヨルシカ様の儚い雰囲気と純粋さを宿しつつ成熟した落ち着きが…そう、母性があると言えばいいのだろうか。
言うまでもないがプリシラ様とも問題なく意思の疎通が出来た。
その度合いを表すならば公爵様程ではないが、グウィンドリン様より伝わるといった感じだ。
ヨルシカ様とも数百年の付き合いになるのだけれど、プリシラ様もそれに追随せんとする話しやすさがある。
ちなみにヨルシカ様は意思疎通可能な人物たちの中では伝わりづらさは随一であるも、長年の勘から読み取っているらしい。
…しかし奇妙なことに、それでもまるで友人の娘に話を聞いているような気分にさせられるのだ。
公爵様とは確かに"友人関係"とはいえ、いかに親族とてそのような目で見れるわけがない。
それにグウィンドリン様に友人の孫のような思いを抱いたこともない…
「グォア(グウィンドリン君、お勤めご苦労)」
「愚かな… 我がグウィンドリンの名において もはや、汝は許されん!」
いやそりゃそうだろう。
娘さんであるシラ様にもこんな感じはしなかったし…
「ふふ、面白いことを考えるのですね」
しまった!いろいろと油断した!プリシラ様!お忘れを!!どうかっ!!
「そうですね…であれば、この絵画に留まってみてはどうですか?あなたらなば歓迎しますよ?ちょうど試してみたいこともありますから。何も言われたくなければ従うことをお勧めします」
ついに拉致からの監禁っ
…ちなみに何をするつもりですか?
「
何を!?
この血族は!!
「ふふ、貴方の血はこの絵画の世界に相性が良さそうですから…」
石っ!石ですから…血なんて通っていません!
………もしやソウルを御所望という意味で…?
「ええ、私は多くのソウルを求めているのです。私が絵画に幽閉されている理由は、生命狩りという禁忌を使い数多の神々を屠ってきたからなのです…王もそれを恐れ、一人ここに捨ておきました。しかしあなたを手始めに、ここから私の復讐劇が始まるのです」
鎌ぁ!その鎌どこから…!?
…え!?さっきと言ってること違いますよね!?
王は禁忌を得てしまったあなたを守るために絵画の世界に隠したんですよね!?
「あれは嘘です」
嘘っ!
「…というのも嘘です」
そう言うとプリシラ様は取り出した大鎌を地面に置いて再び石段の上に座った。
…冗談ってことですよね?
此の親にして此の子ありですね…此の孫ありとも足しておきましょう…
グウィンドリン様はとばっちりですが。「全くだ」
近くの柱の後ろまでじりじり後退していた私も元の位置に戻り佇まいを正す。
「貴方は面白いですね…しかし私も少し大人げなかったですね、ごめんなさい…少し、久しぶりの会話で楽しくて………貴方は、どうかそのままグウィンドリンの傍で
それは勿論です。
それが
"暗月の剣"に誓って裏切ることなく、"教会の鐘守"に倣ってプリシラ様の言葉をソウルに刻みます。
「ええ、ええ。きっと、あなたが
意味深長なことをプリシラ様は呟くと、何やらおかしなポーズをした小さな人形?を渡してきた。
これは?すごい近づけますね。見えてますよ?何で押し付けるんですか??
「では、どうぞ」
ちょ
そういった次の瞬間、身体の内側に溶けるように人形が消えていった。
何したんですか!?
「
…娘さんのご報告というのならば。
ですが、ヨルシカ様やグウインドリン様もお呼びにならないのですか…?
「ええ、私たちはもう世界から別たれたのです。グウィン王が私をここへ隠したのですから、出来るならば、知られることもあってはならない」
私はいいんですね…
「えぇ…貴方は半分私たちの仲間ですから」
仲間…?
「さぁ、元の世界へ帰りなさい。貴方は、まだここには早いのですから」
これ以上は何を聞いても無駄だと言うように、プリシラ様は"帰り道"だという谷底へと目を向ける。
ここに落ちることで戻れるらしい…どこに戻るのだろうか…?
「安心して下さい。最初来た、教会の屋根上に戻るはずです。もしまだその場に絵の切れ端があったのならば、持っておくと良いですよ。それが、私たちとの世界と繋いでくれます………忘れないでくださいね、私は頼みましたよ。確かに、頼みました…家族を」
―――その言葉を最後に、私は暗い谷底へと身を投げた。
青銅のガーゴイルのベルリオーズが去った後、プリシラは一人判断を下す。
彼は、
隔絶された世界とはいえ、定期的にグウィン王が寄越した使いの者がある程度の情報を持ってやってくる。
ヨルシカのことを聞き、ベルリオーズのことを知ったのも随分と前だ。
彼女が行ったことはフィリアノールと同じ目的…に結果的になっただけだ。
ベルリオーズの
この思いつきのその根本はもっと個人的な理由だった。
ただ、
いや、それもまた違う。
一体どんな経緯で石と青銅の彼が騎士となったのか、何をしてきたのか、感じてきたのか、何を背負っているのか好奇心が沸いたからだ。
彼女もまた公爵の娘。
絵画に隠れ住む原因となった神々をも恐れる禁忌"生命狩り"も、その血筋故に見出してしまったものだとも言える。
奪うこともそうだが、ソウルを扱う術に関しては彼女が秀でていた。
公爵と共にこれまた禁忌である"錬成炉"を作り出したのも彼女である。
…今、その一つは輪の都、フィリアノールに持たせたそうだが。
ともかく好奇心の元、誰にも伝えずに彼女は行動を起こした。
………しかし、"起こした"というのも、これも正確には間違いだった。
確かに"招待"という形で絵画に引き込むことはできる。
かつて絵画の
きっといつか、誰かの居場所となるようにと思いを込めて…
そうして各地に散った切れ端に、資格ある者の前にどこからともなく現れ、触れればそれだけで絵の中へ連れ込まれる。
資格がなくとも、"管理者"により"招待"という形で引き込める。
…そして今回は前者であり、後者という不可解な現象が起きた。
確かにプリシラは願った。
誰かがベルリオーズの前に絵の切れ端さえ持っていくことができれば、一代限りとはいえ"管理者"たる唯一の権限を
だが誰がいったい彼に切れ端を渡せると言うのか?
いくらプリシラの願いと言えど、隠し通してきたことが露呈するリスクがあることを誰も了承はしない。
プリシラもまた、加護されているという行いを無駄にすることなどできないとわかってはいた。
しかし絵の切れ端は彼を"選んだ"。
それだというのに、入る資格は
咄嗟にプリシラは、彼を引き込んでしまった。
故に気が付いた。
被造物であるベルリオーズのソウルの
ここにまたいつか来れるようにと"
彼のソウルに、絵画へと招かれる資格―――"忌み人"のソウルが混じっているということを。
そしてそのソウルの残す執念の名残を見た。
どろりとしたとても暖かい、友を想う執念。
あぁ…彼は裏切らないのだろう。
きっと火が陰ろうとも、世界から火が消えようとも、そこに在り続ける限り。
「ねぇベル?あなたからとても懐かしい匂いがします…とても懐かしくて…でもきっとわかることのないような、そんな匂い。ねぇベル?どうしてなのでしょうね」
えぇ、切れ端はなくなってしまいましたが、たしかに頼まれた言葉はソウルに刻みました。
ヨルシカ様を、グウィンドリン様を、公爵様について確かに、頼まれました。
あなたにどうか、陰の太陽のご加護があらんことを。
グウィンドリン「暗月面のパワーは素晴らしいぞ」
お気に入り登録と評価ありがとうございます!
ついに評価のバーに色がつきました!こんな小説にいいのかと邪推してしまいます。
感想もお待ちしていますので気軽にどうぞ。
それとピーチ姫系ガーゴイルにはもう
今日のクッパはプリシラ様です。なんだこれ。
ヨルシカ様の最後の言葉は自身に向けてと、ベルに向けての二つの意味があったりします。
プリシラの絵画管理権限:さすがに何もなく放り投げないだろうと思ったので。与えたのは王家ではないですが。
暗い月の奇跡は、即ち復讐の物語である
だが騎士団総長ヨルシカはその意味を知らず
ただ兄の面影に、彼の物語を語るだろう
復讐の意味は剣だけが知ればよい
―――DS3「暗月の光の剣」より
遅々としたその中に夢を見た
密かに隠した、白い娘の夢を
―――DS3「生命狩りの鎌」より
忌み人だけがこれを持ち、
世界のどこにも居場所なく、
やがて絵画の世界に導かれる
―――DS1「おかしな人形」より
君がどこにあろうとも、それは帰る故郷なのだと。
―――DS3「小さな人形」より