天才漫画家のヒーローアカデミア   作:津々屋

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第2話 泉の鯨

露伴が雄英高校を受験するにあたってまず困ったのは、自分の戦闘能力についてだ。

天国への扉(ヘブンズ・ドアー)』があれば大抵の事は乗り切れると自負しているが、如何せん身体能力が低いのは頂けない。

元の世界の一般的な15歳の身体能力と比べれば、そこそこいい方という程度にはあるが、個性のあるこの世界では微妙としか言いようのない身体能力だった。

少なくともスタンドの使えないままだった露伴が、元の世界でしていたように好奇心の赴くまま曰く付きのものを調べたり、人を打ち負かしたりしていたら、すぐに命を落としてしまいそうなくらいには微妙だ。

元より性格が性格のため、何もしてなくとも恨みを買って殺されそうでもあるが。

 

「岸辺が雄英のヒーロー科を受けるゥ?」

 

どこから入手したのか――――クラスはその話題で持ち切りだった。

無個性の、それもとんでもない皮肉屋であり天才漫画家でもある露伴は、元々クラス内で浮き気味であった。

最近露伴に個性が発現したという話も、職員室の噂話だかあまり信頼できない部類に入る教師が仲のいい生徒に教えていたりだかで流出し、一悶着あったというのに、何故こうも生徒の個人情報に関して無頓着でいられるのか。怒りよりも呆れが先にきた。

 

「なあなあ、その話マジなの?」

 

わざわざ露伴に話しかけてまで真偽を確かめようとしたのは、クラスメイトの福内幸雄(ふくないさちお)であった。

福内は人との距離感を掴むのが上手いのか、ギリギリ不快に思わないくらいのところで興味を引かれるような話をする。

露伴が完全に孤立せず、ちょっと浮いてる程度で済んだのは彼の影響が大きい。

 

「君に教えて、ぼくに何か得があるなら教えてやってもいいが」

「えっ?あー…………ねえな!」

 

そうあっけらかんと笑う福内に、露伴は呆れた表情をした。

これが今まで露伴の信頼をギリギリの所で積み重ねてきた福内でなければ、呆れた表情をされるどころか興味が失せたとばかりに顔も見てもらえなかっただろう。

 

「って、こんな話しにきたんじゃあねえんだった!なあ岸辺、今から暇?」

「今から?まあ今日は暇だが…………くだらない用事なら帰るからな。マジで」

 

そう言って露伴は以前、福内に連れられて複数人でファミレスに行った時の事を思い出していた。

あちこちに顔の効く福内が、露伴に友人を作ってやろうと余計なお世話を焼いたのがきっかけだったか。

その結果、露伴はそれに参加していた女子から酷いストーカー被害を受け、一時期は家へ帰るまでの道を迂回したり、警察に通報したり、色んな手を打つ羽目になった。

直接断った際にはナイフで斬りかかられたし、結局傷害事件として少年院に送られていった。

 

「ハハ、ちゃんと興味ありそうな話だって。岸辺おまえ、『泉の鯨』の噂、聞いた事ある?」

「泉の鯨?……ああ、ちょっと前から話題になってる、山の泉の中にでかい鯨が住み着いてるっていうやつか?」

「そう、それだよ」

 

泉の鯨――――近頃よく噂されているそれは、山の中にある泉に、鯨が出るという噂だった。

普段その泉の深さはくるぶしくらいまでであるのに、鯨が現れる時間だけ海のように深くなる。その中に入れば最後、戻ってこれないのだとか。

よくある都市伝説の類だった。

 

「俺さァ、その泉がどこにあるのか突き止めたんだけどよォ。一人で行くのって何かコエーじゃん?着いてきてくんね?」

「怖いんならもっと別のやつ連れてけよ…………。なんでぼくなんだ?」

 

何度も言うが、露伴は元々無個性だったし、スタンドという個性とは別の理を持つ能力を手に入れただけで、今も無個性だ。

当然その痩せた体に個性持ちを凌駕する筋力があるようには全く見えない。だからこそ福内が自分を誘うのが奇妙だった。

 

「なんつーか、勘かなァ?露伴を連れて行った方がいい気がするんだよなァ〜〜」

「それ、君の個性が止めておけって言ってるんじゃあないのか?…………つまり本当に何かがあるってわけでもあるが」

 

福内の個性――――それは危険予知だ。

危険予知とはいっても自分の身に危険が降りかかるかも知れないという時に、ふとここには行きたくないと感じたり、身代わりや打開できる人物を連れて行きたくなるというだけで、本人も人に指摘されるまで気付かない事が多い。

露伴はそんな福内の様子を見て、自身も同行する事を決めた。

同伴を求められるという事は命の危険があるという事でもあるのだが、自分が身代わりになる方の人間ではなく、打開する手段を持った人間であると考えているらしい。

それに、山に出かけるのであれば良い運動にもなるだろう。そういう考えだった。

 

「いいだろう、行ってやる。それでどこの山なんだ?」

「自転車で10分行ったとこに御泥山ってあるだろ?あの中腹辺りにあるんだと」

「……ぼくは自転車通学じゃあないぞ」

「後ろに乗せてくさ」

 

なら良いが。そう言って露伴達は学校を後にし、福内の自転車で御泥山へと向かう。

自転車を漕ぐのは当然だが福内だった。

 

***

 

山の麓まで着くと、既に福内は疲労困憊の状態だった。

それも当然、山に向かうまでの登り坂を、露伴を乗せたまま漕いできたからである。

全く降りる気も手伝う気もなかった露伴は汗一つかかずにへばっている福内を冷たい目で見つめていた。

福内はこれが女の子だったら良かったのになァと思いながらもどうにか立ち上がった。

 

「それで?山の中腹といってもルートや地点はいくつでもあるぞ。行き方は知ってるんだろうな」

「勿論!……ただちょっと、休ませてくれねえかな…………」

 

福内が回復するのを待って山を登る。

通る道はきちんと整備されているわけではない山道で、所々木に黄色いテープが巻いてあった。誰か他に通った人間がいるのだろう。

ふと露伴の目に鮮やかな黄色が映る。

 

「ム、あれはもしかして図鑑に載ってた花じゃあないのか……?」

「こら岸辺、先にこっちだろうがよ!それに多分、違うやつだぞそれ」

「なんだって?」

 

そう言われてみれば、確かに花に見えたそれは全く関連のない岩だった。

色も形も違うそれを、露伴は何故か花だと認識したのである。

 

「待て、おかしいぞ。何か変だ」

「何がだよ?岸辺が間違えただけだろ〜。おっ、それよりあれが例の泉じゃあねえか!?」

 

何かを見つけて駆けていく福内の肩を掴んで制止する。

その先は、崖だった。

崖ギリギリの場所で立ち止まった福内の足元で、ゴロゴロと崩れた石が落ちていく。

 

「馬鹿め、よく見ろ!泉どころか水の一滴すらないじゃあないか!ぼくらは今幻覚を見せられているッ!」

「な、なにィーーーーッ!?」

 

露伴は警戒するように足を止めた。

ここから上を見に行くべきか、下に降りるべきか迷った上で、登る事を選択する。

目的は達成しておきたかった。

 

「物体よりも位置を頼りにするんだ!歩いた時間で判断しろ!」

「了解!」

 

道があるかを枝でつついて確認しながら歩く。今は視覚情報が頼りにならない状態だった。

 

露伴ちゃん(・・・・・)?」

 

背後から、聞き覚えのある声が聞こえた。振り返ろうとしたのを意思のみで止める。

声は、杉本鈴美のものだった。

そういえば、こっちの世界の彼女もぼくを庇って死んでしまったのだろうか。多分、そうなんだろう。露伴は歯を食いしばって耐えた。

振り向いては、いけないような気がした。

 

「なあおい、大丈夫かよ岸辺。すっげえ顔色悪いぜ」

「何でもない。早く行くぞ」

「でもよォ…………」

 

何か言いたげな福内を放って足場の悪い山道をずかずか登っていく。

こんな場所、さっさと泉の謎を解き明かして出ていってしまいたかった。

そんな露伴を、必死そうな声色で、福内が呼び止めた。

 

「待ってくれよ岸辺!俺なんか、足が動かねェんだ…………」

「なに?」

 

振り向けば、確かに福内の足は蔦に絡め取られて動けなさそうだった。

そちらに近付こうとして、自分の足にも絡みついた蔦の存在を視認する。

 

「仕方ない、『天国への扉(ヘブンズ・ドアー)』!」

 

ヘブンズ・ドアーが蔦へと触れる。

しかしその指先は蔦をすり抜けて露伴の足へと触れた。

蔦が幻覚だと察した露伴は、バラバラと本になった自身の足に『福内に触れる距離まで歩く』と書き込んだ。

記憶を植え付けることで体を錯覚させて怪我を負わせるスタンド使いが存在したように、この山は幻覚を見せる事で動きを封じているのだ。

 

「降りるぞ福内!」

「いやだめだ、上へ……泉の場所まで登ってくれ!下へは行っちゃいけない気がするッ!」

 

その指示は個性によるものだった。

露伴は福内に『泉のあった場所まで駆け上がる』と書き込んで、自身にはそれを追いかけるように書き込んだ。

 

「う、ぉぉぉおおッ!?なんだ、体が勝手に……!これ岸辺の個性!?」

「ああ、だから気にせず走れ!まっ、気にしたところで走るのには変わらないがな!」

 

細かな枝をどうにか避けつつ、以前泉を見た場所まで駆け上がる。

本来なら疲れ果てて動く事もできないだろう山道を駆け上がっているというのに、その足は止まることなく斜面を駆け上がっていた。

 

「や……やっと泉か…………」

「そのよう、だな…………」

 

肩で息をしながら、2人は泉の存在をその目に認めた。

泉の表面は風もないのにゆらゆらとさざめいて、鏡のように別の景色を映している。

露伴は何の躊躇いもなく、泉へと近付く。

 

「お、おい岸辺!何があるかわかんねえんだぞ!」

「…………泉に来た途端、今まで見ていた幻覚が止んだ」

 

ざわざわと膨れ上がる恐怖心を抑え、露伴は泉へと近付いていく。

福内の個性は他人には発動しない。泉に近付いていく露伴を、止めるべきか否か。逡巡する。

 

「ぼくらと同じようにここまで逃げてきたやつがいたなら、どうすると思う?」

「知るかよ。…………泉を覗くんじゃあねえか?元々それが目的で来てるんだしよォ」

 

何を考えているのか。

福内には露伴の言いたい事がさっぱり分からなかった。

覗くからどうだと言うのだろうか。

 

「泉の中に住む何かが、泉まで引き寄せるためにこうして幻覚を見せているとしたら?」

「は?」

 

それなら、お前が今いる場所ってすごく危ないんじゃねえの?

福内はそう思い至って、露伴を止めるために足を一歩、前へ踏み出す。

 

「――――『天国の扉(ヘブンズ・ドアー)』ッ!」

 

その瞬間だった。

泉を前にして振り向いた露伴の背後から、巨大な何かが大口を開けて飛び出してきた。

露伴は振り返って、その指先でもってそれに触れた。書き込む。

 

「『岸辺露伴の命令に従う』ッ!ぼくを喰うなッ!」

 

そうすると大口を開けたそれは標的を変え、露伴の真横にある土をかじった。

それは、鯨と見紛うほどに巨大な鯉だった。

どうやっているのか、それほど大きいとは思えない泉の中で、その巨体は泳いでいたらしかった。もしかすると、鯉やその泉の大きささえ幻なのかも知れなかった。

 

「しばらく水の中から頭を出してろよ。呼吸できる程度にな」

「お前の個性、すげえな……」

 

そう言えばその鯉は口と目元だけを出して、体を水の中へ引っ込める。

福内はそれを見ながら、呆然とした様子で呟いた。

 

・・・

 

いくらか鯉の記憶を読んだ露伴は、『危害を加えられない限り人間を襲わない』とだけ書き込んでその場を去った。

鯉は人間をも喰らうが、幻覚自体は山の特性なのか、鯉が意識的にやっている様子はなかった。

 

「よォ露伴!昨日ぶり!」

 

嬉しそうに声をかけてくる福内に、露伴は嫌そうな顔をする。

何だか昨日より馴れ馴れしくなっているような気がする。今も無遠慮に、席の主人が不在の椅子を見つけて前に座ったところだった。

 

「なあ、何だか馴れ馴れしくなってないか?」

「そりゃあそうだろ。命の恩人だぜ!」

 

けらけらと笑う福内に、露伴は鬱陶しそうに溜息を吐く。

福内の記憶を消すのは、彼の個性に邪魔されてできなかった。

近付けば近付く程離れていく福内に、自身を守るという点では類を見ない優秀さだなと心の中で悪態を吐くのみだ。

しかし命の恩人相手には、普通丁寧な対応をするんじゃあないのだろうか。

 

露伴は知らぬ事だが、強力な洗脳能力を持つ人間というのは孤立しやすい傾向にある。

福内のこの行動は、偏に恩人を孤立させてはならないという、見当違いの恩返しだった。

 

「んで結局、雄英受験すんの?」

「それ、そんなに興味を引く事かい」

 

露伴は呆れた顔をした。

適当にあしらっても良かったが、昨日見に行った鯉が漫画のネタになったのを思い出して、きちんと答えてやる事にした。

 

「受験するよ。漫画のネタになりそうなんでね」

「えっ、そういう理由かよ!?」

 

それ以外に何があるんだ。と言いたげな顔をした露伴に、福内は乾いた笑いを返す。

内心では、露伴と一緒の会場で受験する学生達に同情していた。




次回更新は9/6(日)の20時です。
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