春といえば、何が思い浮かぶだろう。
ひらひらと舞い落ちる桜の花びらだとか、ぽかぽか暖かくて優しい陽射しが思い浮かぶかも知れない。
それとは別に、真新しい制服に身を包んだ少年少女達の姿も春の一要素として挙げてもいいかも知れない。
今日は今年度から雄英高校に入学する生徒達にとって特別な日。
つまり、初めての登校日である。
早めに到着し、いくらか校内をスケッチしていた露伴は、そろそろ教室に向かうかと考えて立ち上がる。
教室に辿り着けば、巨大な扉が露伴を出迎えた。
「フム、巨大な割に重くないな…………」
スライドさせ、バリアフリーを目的としたのであろう扉の構造や材質を推察していく。
既知の素材に思い当たるものはなく、露伴はこの世界で新たに開発されたものである可能性を思い、『
聞いた事も見た事もない素材が使われている事を確認して教室へ入ると、先日露伴を注意した少年と目が合った。
「俺は私立聡明中学出身、飯田天哉だ」
「ああどうも。ぼくは岸辺露伴だ」
こうやって挨拶して回っているのだろうか。
スス……と妙な動きで近付いて自己紹介をした飯田に、適当に返事を返して、自分の席へと向かう。
堅苦しいヤツだな、というのが露伴の感想だった。
「岸辺露伴?それって最近話題になってる漫画家の名前だろ?」
と、そこで引き止める声があった。
声をかけてきたのは、金髪に黒い稲妻のメッシュが特徴的なチャラそうな少年だった。
飯田はその指摘に、ガンッという感じの擬音がなりそうな表情で露伴の方を向いた。
「嘘を吐いたのか!?」
「嘘なんか吐いてないさ。大体、その話題になってる漫画家ってのがぼくなんだからね。そもそもよく知らない人間の言う事をホイホイ信じるもんじゃあないぜ」
そう言われると今の露伴の発言も信じていいのか微妙な気持ちになるのだが、露伴の自分を棚に上げた言動は無意識だ。
故に訂正も補足もされなかった。
受験を控えている本人に遠慮していたのか、あるいは単にかつての記憶を思い出し技術面が向上したのが理由かは不明だったが、週刊誌で連載しないか?と打診されたのは、雄英からの合格通知が届いたその数週間後だった。
新人コンテストに応募してからの打診だった事から、恐らく後者か。
ちなみに、満を持して連載を始めた露伴の漫画は連載開始日から絶大な人気を集めている。
単行本はまだ出ていないから、この金髪の少年が岸辺露伴という漫画家の容姿を知らないのも無理はなかった。
「えっ、マジの岸辺露伴なの?」
「だからそう言ってるだろ。君の耳は飾りなのか?」
それとも馬鹿なのか?――とまでは言わなかったが、露伴は自分が本当に『岸辺露伴』なのかを疑われているという状況に不機嫌そうに眉根を寄せた。
あからさまに不機嫌だという表情を見て、少年は慌てて弁明する。
「あっ、悪ィ悪ィ!その、あの漫画のファンなもんでちょっと同じクラスに岸辺露伴がいるってのが信じられなかっただけでさ!」
「ふぅ〜ん?ならいいけどさァ。今度からはいきなり人が話してるとこにやってきて、急に偽物なんじゃあないか?みたいな疑惑かけるのやめろよな」
至極真っ当な文句だった。
露伴が呆れて前を向くと、今度は飯田と実技試験前のガイダンスで他人くんと呼んでからかってやったツンツン頭が喧嘩しているのが目に入る。
そしてその奥にある教室の入口に、緑谷がいるのにも気付いた。
「やあ、出久くんじゃあないか。そんな所で突っ立ってないで、こっちおいでよ」
「あ、岸辺くんも受かってたんだね……!」
入試の時に会ったっきりではあったが、この自身を漫画家と言いきった少年の事は鮮やかな状態で記憶に残っていた。
緑谷は露伴の姿を見て、以前ほど緊張せずに返事をする。
見知った顔を見つけホッとしたのか、緑谷は教室の扉の前から露伴の席へ近付いてくる。
言い争っている2人は未だそのままだった。
「まあね。君も受かっていたようで良かったよ」
漫画のネタになりそうな人間を追いかけてここにきたのに、そのきっかけが落ちていたなんて興ざめにも程がある。
心からの『良かった』だった。
「ところで出久くん。君ってヘドロ事件まででは無個性だったろ?記事で見たよ」
「えっ?そ、そうだけど……それがどうかしたの?」
唐突に露伴がそう切り出す。
緑谷は無個性という単語を聞いて緊張したように身構えた。
緊張、と言っても秘密がバレるんじゃあないかというような、警戒の色を孕んだ身構え方だった。
これはどういう経緯で個性を身につけたのか聞いたところで素直には話してはもらえないだろうと判断し、二の句を継ぐ前に話す内容を変更する。
警戒されていては2人きり、あるいは自分の能力の事がバレないような状況は作れないし、そうなると『
だからあくまで親しくなるのを目的に会話をする。漫画のためなら人を騙す事をも厭わない、ヒーロー科にいるのはどうかと思う倫理観だった。
「ぼくも少し前まで無個性だったんでね。似た境遇の君が気になっていたんだ」
「岸辺くんも!?」
ぎょっとした様子の緑谷に肯定を返す。
それ自体は嘘偽りない事実であるし、実際には今も無個性なのだが、傍から見れば個性となんら変わりはないので問題はない。
無個性だった事実を明かすのも、その共通項から親しみ易さを覚えてもらうためだった。
「シッ、あんまり大声で言うもんじゃあないぜ。出久くん。まあぼくは広まっても別に問題ないから口にしたんだがね」
「ご、ごめんなさい……!」
緑谷は慌てて口を噤む。
教室の中にいた何人かはその会話が聞こえていたようで、気まずそうな顔をした。
口にした通り、岸辺露伴がかつて無個性だったという事実は知られたって問題はない。
露伴には
そんな事情など知らぬ緑谷は、どう会話を続けたものかと頭を悩ませている。
「あ!そのモサモサ頭は……地味めの!」
その空気を払拭するように、ボブヘアーの少女が緑谷を見つけて駆け寄ってくる。
緑谷はいきなり声をかけられた事に驚いて、それが見知った少女の声であるのに気付いた。
朗らかな笑顔を浮かべて近寄ってきた彼女は、緑谷には少し眩しい。
「プレゼント・マイクの言ってた通り受かったんだね!そりゃそうだ!パンチ凄かったもん」
そう緑谷を褒めてから、少女は露伴の存在に気付く。
今の今まで緑谷の方に気を取られて、その他に人がいるのは目に入らなかったのだ。
「あ、ごめんね!お話の邪魔しちゃったかな!?麗日お茶子って言います!」
「いや、丁度話の切れ目だったんで問題ない。ぼくは岸辺露伴だ。それにしても出久くん、よっぽどすごい活躍をしたんだな。ぼくも見たかったよ」
「え!?ああ、いや、結局アレ以外に敵倒せなかったし……全然だよ…………!」
妙な照れ方をしながら緑谷はそう返す。
女子生徒が近くにいるというのと、あまり受けてこなかった賞賛がくすぐったいのだろう。
それから麗日を通して、緑谷が入試で何をしたのかという話を聞く。
ある程度情報が出たところで、そういえばと麗日が思い出したように話題を変えた。
「今日って式とかガイダンスだけかな?先生ってどんな人だろうね、緊張するよね」
「ああ……それなら丁度来たみたいだぜ」
期待を胸に早口で捲し立てる麗日に、露伴は教室の入口を指してそう伝えた。
麗日と緑谷はばっと振り返る。
「お友達ごっごしたいなら他所へ行け。ここはヒーロー科だぞ」
それは寝袋だった。ただし、中に無精髭を生やした不審者がいる寝袋。
寝袋の中の不審者――もとい教師は、エナジーチャージ系のゼリーを一瞬で吸い込むと、そのまま上体を起こし、立ち上がった。
露伴はその姿を手早くスケッチしている。
恐らく人物像は合理主義で、それから逸脱しない程度に自分なりのルールや道理みたいなものがあるタイプか。
ああいう周囲からの評価を全く気にしていないような外見をしている人間というのは、どこかしらまともな精神性ではない。
できれば本にしたいところではあるが、相手はプロヒーロー。
骨が折れるだろうのは明らかだった。
「ハイ、静かになるまで8秒かかりました。時間は有限、君達は合理性に欠く。……担任の相澤消太だ。よろしくね」
相澤はそう言うと寝袋の中に手を突っ込んで、体操服を取り出す。
「早速だが、コレ着てグラウンドに出ろ」
・・・
体操服に着替えてグラウンドに出れば、先に出た相澤が待っていた。
「これから個性把握テストを行う」
「個性把握……テストォ!??」
「入学式は!?ガイダンスは!?」
入学式やガイダンスをすっ飛ばしてテストを行うという相澤に、麗日が問いかける。
「ヒーローになるならそんな悠長な行事、出る時間はないよ。雄英は自由な校風が売り文句。そしてそれは先生側もまた然り」
露伴はB組の生徒は入学式に出たのだろうかと考えながら、相澤の話を聞く。
もしB組が入学式に出ていたのなら、後で
相澤の話は個性なしでの体力テストが無駄であるという話に移っていた。
「爆豪、個性を使ってやってみろ。円から出なきゃ何してもいい」
相澤にデモ役として指名された他人くん……もとい爆豪は、相澤からボールを受け取ると、投球の姿勢を取る。
個性の使い方をしっかりと理解しているのか、あるいは思考速度が速いのか、投球に一切の迷いがない。
「死ねえ!!!」
ボールが爆風に乗って飛ぶ。
数km四方はありそうな広大なグラウンドに、拳ほどのボールが落ちる。
ここまで距離があると、落ちるところを目にするのも一苦労だ。
実際計測にはメジャーなどのアナログ機器は使わず、ボールが落ちた時点で相澤の手元の機器に飛距離が表示される仕組みになっていた。
「なんだこれ!すげー面白そう!!」
誰かがそうワクワクした声で言えば、周囲も浮き足立ってくる。
『これ面白そうかァ?』などとは思ったが、今まで能力の使用を抑制されて生きてきた思春期の若者が、全力を出せる機会に喜び勇むのは仕方がない事だ。
むしろ当然の事かと考えを改めた上で、露伴はガキだなと思った。
ただ、他人の個性を把握できるというのは確かに面白い。
スケッチブックやメモの類を無理矢理置いてこさせられた露伴は、頭の中で決して忘れないよう記憶する。
どういう個性なのか、どういう使い方ができるのか、弱点は何か、
「面白そう……か……。ヒーローになるための3年間、そんな腹積もりで過ごす気でいるのかい?よし、トータル成績最下位の者は見込みなしと判断し、除籍処分としよう」
生徒達の授業態度が気に食わなかったらしい相澤がそう言う。
余計な事を口にするからだ。とは思ったが、このクラスのレベルを知らない以上、厄介な事になったなとも思う。
『
そもそも、最初は自分には書き込めない能力だったのだ。
自分の漫画と波長の合う人間にしか効果はなかったし、発動のために描いたばかりの原稿が必要だった。
今でこそ成長して自分に書き込めるようになっているが、それにしたってヘブンズ・ドアーには他のスタンドのような破壊力などない。
第1種目は、50m走だった。
普通に走るのと『
そう判断して、すぐに書き込めるように身構える。
「START!」
『時速70km/hで吹っ飛ぶ』
合図と共にそう書き込めば、露伴の体は物理法則を無視して、その通りに吹っ飛んでいく。
「2秒01!」
後方から計測用の機械がタイムを読み上げる音声がしたが、時速70km/hで吹き飛んだ体は50mでは止まらない。
『50m吹っ飛ぶ』としなかったのは、70km/hで飛んだ体に急ブレーキがかかるのを恐れたためだった。
物理法則を無視するとはいえ、それはある程度だ。
受け身を取って転がった露伴を心配した飯田が駆け寄る。
「だ、大丈夫か岸辺くん!?」
「ああ。自分の能力で怪我なんかするかよ」
「口が悪いな!?」
土で汚れこそしているが怪我はなく、文句まで飛び出す露伴に飯田がまたショックを受けた様子で叫んだ。
心配した飯田に対して酷い言い草だった。
その後も個性把握テストは続いた。
立ち幅跳びは思いっきり吹っ飛ぶように自分に書き込んだので結構な記録が出たように思えるし、握力測定も普段人間の体に無意識にかかっているリミッターというやつを『
持久走は個性なしで行うより少し優れている、という程度の結果だったが、これでもうトータル最下位になる事はないだろう。
しかし個性というものは多種多様で面白い。
スタンドも多種多様ではあるが、個性のような『ほぼ誰もが持っていて、身体能力の延長として扱われる超能力体質』とは別物である。
なにせスタンドは精神力の具現化であるから、どういう仕組みなのかという点に関してはすべて画一的だ。
ただしスタンド使いには必ず強い精神力が宿っているので、
「しかし大丈夫かなァ、出久くん。個性の使い方に慣れていないようだが」
各生徒の特徴を捉えながらテストを見ていた露伴は、そう呟く。
そう、問題は緑谷である。
先程から個性なしで行う体力テストくらいの記録しか出ていないのだ。
ここで除籍処分などとなっては興ざめなので、どこかでいい記録を残してもらわねば困る。
だからといって手を貸しては嘘っぽくなるので、見守るだけだが。
そんな中、緑谷が覚悟を決めたような表情でボールを投げ――――
「46m」
個性なしでやってようやく優れていると判断される程度の飛距離で着弾した。
呆然と、信じられないといった表情で自身の手を見つめる緑谷に相澤が声をかける。
「抹消ヒーロー……イレイザー・ヘッド!」
何を話しているのかは露伴のいる場所からではよく聞こえない。
わずかに聞こえたイレイザー・ヘッドという単語から、確か見ただけで個性を抹消する個性を持つヒーローだったか、と思い出す。
あまりメディアに露出しておらず、ヒーローについての資料を図書館などで漁っている内にちらと見かけただけで詳しい情報はあまり出てこなかったから、露伴が知っているのはそれだけだが。
それにしても、あの目に映らないように気をつけなければなと露伴は思う。
『
記憶を消すにしても相手はプロヒーロー。騙し討ち以外の手ではほとんど不可能に近いし、何より責問される労力と消す労力とを秤にかけると、後者の方が重くなる。
まあ、ヒーローの目を掻い潜って目的を達成するというのはどことなく圧政に立ち向かう主人公のようで、漫画のリアリティーのためにもいつか経験してみたいところではある。ただしこの場合露伴の目的は悪側であるので、全く一緒というわけではないが。
「SMASH!!」
緑谷が次のボールを投げた。
それは先程と違って、遥か遠くへと飛んでいく。
代わりに緑谷の指が腫れ上がっているのが見えるが、あれはきっと緑谷の個性の力に体が耐えきれなかったのだろう。
分かってはいたがスタンドではないな、と判断する。
爆豪が緑谷に詰め寄るのを相澤が止め、体力テストが再開された。
最終種目まで問題なく終了し、後は相澤によって結果が言い渡されるのを待つだけだった。
「ちなみに除籍は嘘な」
結果を投影しながら相澤が言った。
それこそ嘘だろう、と露伴は鼻白む。
漫画家の目は――リアリティーを大事にする岸辺露伴の目は伊達ではない。
緑谷が2球目のハンドボールを投げるまで、相澤が本当に除籍するつもりでいた事は、その目や態度で分かっていた。
そんな露伴の視線に気付いているのかいないのか、相澤は緑谷に保健室利用書を渡すとさっさと校舎に戻ってしまった。
評価して下さった皆様、お気に入りなどをして下さっている皆様、ありがとうございます。評価バーに色がついている……!
これからも是非お付き合い下さい。
次回は9/10の20時更新予定です。
下書きしていた話数まで出し切ってしまったので、間に合うかは不明です。
追記
今日中、今日中にはきっと書き上げてみせますんで…………!