≪Observation by Asuka≫
六月中旬の週末。Dimension-3の初ライブの日。
プロダクションが毎週のように開催している大小様々な合同ライブの内、ボクたちが出るのは一番大きな規模のものだった。会場のキャパシティは約五千人。ボクの初舞台になった五月公演と比べれば六分の一の規模だけれど、普通にすごく大きい。ボクのような駆け出しなら、キャパ百人程度の一番小さな規模の合同ライブに出られるだけでも万々歳らしい。
しかもボクたちのユニットがトリを任せられていた。これらの好待遇はひとえに、超人気アイドルである一ノ瀬志希がいるユニットだからだろう。
―――――!!!
会場の歓声が楽屋にまで響いてくる。ライブの後半に入ってからというもの、すごい盛り上がりだ。
幸いなことに、ここまで何のトラブルもなく進行している。
他のアイドルたちは皆本当にいい笑顔をしていると思う。楽屋のモニター越しでもよく理解る。ハイクオリティなパフォーマンスは当然として、それ以上の素晴らしい何かも確かに感じる。そういうのがPの言っていた“ソイツにしかない輝き”なのかもしれない。流石はこの会場でのライブに出ることを許された人たちだ。
今日のライブもそろそろ大詰め。もうしばらくすれば舞台袖に移動することになる段取りになっている。そんな土壇場にもかかわらず……
「へ~~、あの続編やるんだ。評判よかったのかにゃ~?」
「自分のやった仕事の評価ぐらい把握しておきなさい。この撮影は明後日から始まります」
「は~い」
志希と一ノ瀬Pさんは机に書類を広げて明日以降の仕事の話をしていた。彼女クラスのアイドルにとってはこの規模のライブにも慣れているのだろうけど、こんな時間の使い方が普通とは思えない。流石はギフテッドといったろころか。
一方、ボクはというと……
「………はぁ、はぁ………はぁ、はぁ……」
鏡台の前に座ったまま動けないでいた。
志希と対になる衣装で着飾っているけれど、明日のことはおろか、五分先を考える気にもなれない。左の掌を握っては開いてを繰り返す。手足の末端は冷たくなっているのに汗をかいている。これはたぶん良くない汗だ。動いてもいないのに息苦しさを感じているし。
「飛鳥。コーラ飲むか?」
振り向くとPがペットボトルを差し出していた。数分前楽屋から出て行ったのはこれを買うためだったのか。
ペットボトルの中では黒色の液体が揺らめいている。ラベルからも理解るが、それは確かにコーラだ。
「キミな……いくらなんでも本番前に炭酸はダメだろう。ステージの上でゲップはしたくないよ」
「それだけか? ダメな理由は」
「他に何があるっていうんだ」
「おぉ~~嬉しいねぇ~~。俺との間接キッスが嫌じゃないとは」
「はぁ!? 何を――」
――言っているんだ、と声を張り上げようとしたボクの目の前で、Pがボトルをゆっくりと揺らした。その黒い水面はボトルの真ん中あたりでユラユラとして……いや、待て、半分くらいしかないぞ。このコーラ、Pの飲み差しじゃないか! 改めて見てみれば、何故気付けなかったのか意味不明なくらい明らかに飲み差しだ。
「飛鳥さぁ~、もしかして、しちゃってる~? き・ん・ちょ・う」
「……!」
注意力の欠如……。くそう。認めなくてはならない。ボクは緊張している。それもガチガチに。
「良い緊張と悪い緊張があるが、それは良い方じゃなさそうだな」
「くっ……」
「大勢の観客の前に立つ不安というよりは、飛鳥の“選択”に関しての不安といったところか」
「キミってヤツは本当に……」
Pの言う通りだった。いつもながら察しの良さが過ぎる。
昨日のレッスンと午前中のリハーサルから、志希との合わせに問題がないことは確認できている。レッスン通りに本番をこなせば、ライブは何事もなく成功するだろう。なのに、ボクはわざわざイレギュラーなことをしようとしている。それが失敗するかもしれないと思うと恐くなってくるのだ。
その恐ろしさに比べれば、五千人の前に立つこと自体の不安は小さなものだ。これと同規模のライブは北条加蓮たちとも出ているし、そもそも、ボクの初舞台はもっと多かったのだから。
「やると決めた通りにやればいいだけなのに、何をそんなに硬くなることがあるんだい?お兄さんに言ってみな。さぁ、ほらぁ!」
あ、いきなりウザい。
志希と一ノ瀬Pさんがこっちを見てコソコソと耳打ちし合っているし。
「すいやせんねぇ、騒がしくして! うちの二宮がちょっとばかし緊張してやがりましてねぇ! いえいえ、心配ご無用でさぁ! すぐにビッとし――」
「フンっ!!」
「――ンおんっ!?」
思わず出た手だが、彼のアバラに刺さった貫手は効果的なダメージを与えることに成功したようだ。
脇腹を押さえながら「悪かった、落ち着け」と言うPを睨みつける。と、同時に手の先に体温が戻っていることに気付いた。
「やればいいだけって……。失敗したら、と考えずにいられるか……っ!」
「ふむ………二つ再確認だ」
脇の刺激から回復したPは、不敵な笑みを浮かべながらボクへ二指を向ける。
「一つ。アイドルに失敗はない。失敗と呼ぶべきものがあるとすれば……?」
「……諦めたときだけ」
「イエス!」
つい先日Pに言われたことだ。
Pはわざとらしいくらいの笑顔を浮かべて、続ける。
「二つ。アイドルのやらかしに商業的価値を付加することが、プロデューサーの仕事であり、そしてこの俺なら、どんなやらかしにも対応できる。これは誇張でも、冗談でもないんだぜ?」
「そんなこと言っても……!」
「大丈夫だいじょーぶ。プロデューサーウソツカナイネ。トラストミーナノヨ」
「っ……!」
ふざけた口調だが目だけは本気さを感じさせる。
「まぁ、まだ会って二か月くらいだし、俺の言葉も信じてもらうにはまだ付き合いが足りないかもしれないが……。うーん、あと十秒ってとこか」
「え…?」
「九、八、七、六――」
急にPがカウントダウンを始める。そのまま三、二、一、と進み、Pが楽屋のドアに掌を向けた、その瞬間――
コン、コン、コン
ドアのノック音が響いた。入室してきたのは会場スタッフで、そろそろ舞台袖へ向かって欲しいとのことだった。
「ま、こんなのじゃあ、何の説得力もないけどな」
「……ったく、出鱈目だなキミは……」
そろそろ呼びに来るとは思っていたけど、ドンピシャで当てるなんて。どこまで人の動きを読めば可能なのか。こんな芸当を目の当たりにすると、どんな事態にも対応できるというのもあながち嘘ではないのかもしれないのでは、と思ってしまう。
「おっ、効果あった?」
「まぁ……少しは、ね……」
「そりゃ良かった。分かってもらえてところで、コーラ飲むか? アイドルのゲップなら寧ろ――」
「フンっ!!」
「――ンおんっ!?」
まったく、本当に小憎らしい男だ。
いつの間にか彼のペースに巻き込まれている。それが悔しくて……いっそのことわざとやらかしてやって、Pをヒーヒー言わせたい気さえしてくる。だが妙に清々しい気分だ。五体には熱が灯っている。理解る。これは闘志だ。
Pとのくだらない会話を経て、結果的に精神コンディションは最高の状態を迎えていた。
舞台袖に到着。あと数歩進めば観客の顔が見える位置で、志希と二人待機する。Pと一ノ瀬Pさんはボクたちから離れた壁際で何か談笑しているようだ。
目と鼻の先のステージの上では、ボクたちの一つ前のユニットが今まさに歌い始めたところ。歌の後にしばしのトーク時間があるが、ボクたちDimension-3の登壇まで10分を切っている。
ステージの前に志希と二人だけで話すには、今が最初で最後のタイミング。
ボクのやろうとしていることについて、流石に彼女には事前に伝えておくつもりだった。本当はもっと早く伝えるつもりだったけれど、今日は一ノ瀬Pさんが常に志希の傍にいたからできなかった。まぁ、天才娘ならこのタイミングでも十分だろうとは思っていたけど。
そこで志希を見ると、既に彼女はボクを見ていた。
「ねぇねぇ、何か企んでるよね?」
「っ……!」
彼女から話しかけてくるのは相当に珍しく、その驚きも相まって口籠ってしまう。
いやそれより、何故分かった?
「ドーパミンとアドレナリンの匂いがすごいよ~。面白いことしてやろうって企んでる匂いだね」
天才というのはいつも想像を超えてくるものなのか。だが、匂いという物理的根拠がある分、Pの真正の曲芸よりは良心的かもしれない。
「……その通りだよ。黙っていて悪かったね。ちょうど今からキミにも伝えようとしていたんだ」
「そ~なんだ~。そのまま黙っておいてね~」
「……なんだって?」
「だって、サプライズなんでしょ? 聞いちゃったら面白くないじゃん。志希ちゃんもサプライズされた~い」
「は? ……ボクが何をするかもわからないのに大丈夫なのか?」
「ワオ! それはベリーエキサイティングだね!」
「……」
「最近刺激的なコトに飢えてたところなんだ。別にステージを台無しにしてやろうって悪意があるワケじゃないよね? ならいいよ~、存分にやっちゃってよ~。志希ちゃんアドリブで合わせるから~♪」
身振り手振りは飄々として、でも目は笑っていない。
正気なのか…? 狂気が一周回ってる? ああもう、本当に天才というやつは……!
「……理解ったよ。そこまで言うならボクは自重も遠慮もしない」
「にゃはは~。楽しくなりそうだにゃ~。今日失踪しなくて良かった~」
「フッ……よろしく頼むよ」
それから数分して、前のユニットがパフォーマンスを無事に終えた。
場内は暗転。彼女達が舞台袖に戻ってくるのを待って、ボクと志希はステージへと駆け出し、所定の位置につく。
そして、照明の復活と同時にDimension-3のステージが開幕した。
疾走感のあるピアノとギターのサウンド――百回以上聞いてきたイントロに同期し、顔を覆っていた腕を回し上げていく。
開けた視界の先にはローズピンクに輝く海が広がっていた。志希のカラーの数千本のサイリウム。網膜がチリチリとして、身震いを禁じ得ないほどに壮観だ。その合間を縫って波の飛沫のように点々と灯るバイオレットは、嗚呼……ボクのカラーじゃないか。ボクへ捧げられたその紫電の光は、全体の一割にも満たないだろう。でも、割合なんて関係ない。
ボクなんかの為にキミたちは!
体温が急上昇。吐く息は気炎と化している。正体不明のエネルギーが漲る。
ノセろ。アゲろ。オーディエンスを。ボク自身を。
紫電の一つ一つへ、とびっきりに不敵な笑みを送りつけてやる。毎日のようにアイツに見せられているのよりも更に不敵で不遜なヤツだ。この胸いっぱいの激情を籠めて。
「――ッ!」
あれだけ練習した振り付けがいとも容易くブレる。喉に覚え込ませた音階があっけなくハズれる。しかし許容範囲内。決してお粗末なパフォーマンスにはなっていない。それが理解る程度にはキツいレッスンを積んできた。
そもそもこれだけの熱量を捧げられているのにレッスン通り歌い踊るだけなんて、不誠実極まりないじゃないか。
志希と視線が合う。
結局、彼女と合わせの練習ができたのは10回にも満たなくて、しかも終始彼女はボクに無関心だった。目を合わせたのもあくまで振り付けとしてだけ。でも今、志希は確とボクを見ていた。その顔はボクと同じに不敵に笑っていた。
彼女のムーブにはムラがある、クセがある。
志希ならば受けた熱量をそのまま完璧な歌とダンスに昇華できるだろうに、以前宣言した通りにボクに合わせてくれているのだ。いや、違うか。事ここに至っては、最早どちらがどちらに合わせているのかなんて区別できないし、する意味もない。光の海のうねりが全てだ。
これはマズイな。堪らない快感がある。病みつきになったらどうする!
序盤のサビを過ぎ、数十秒間のダンスタイムに突入する。だけど。そこでボクはピタリと止まってやった。
「――ッ!?」
即座に志希はそれに気付いた。志希の瞳が猫のように見開かれる。舞台袖にいるスタッフたちに緊張が走る。何かあったのかと固唾を呑んでいる。たった一人を除いて。オーディエンスにも不自然さを感じる者が出る。
刹那の間に全方向が見えた。見えるはずがないのに、何故かボクには見えていた。あり得ないほどに集中力が高まっているのか。
口上はもう決めてある。さぁ、覚悟を決めろ。
観客の注目を十分に惹きつけてからボクは訴えかける。
「何故! キミたちは此処にいる!? 何を求めて此処に来た!?」
先刻までの盛り上がりがすべてクエスチョンへと移り変わる。
口上の内容と歌詞の一致性についてなんて考えるな。勢いだ。勢いだけでボクは駆け抜ける。
細かい点にはこの際目を瞑ってもらおう。いや案外、疲労感も相まって彼らの頭の中は空っぽだったりして、メッセージを刻み込むには丁度いいかもしれない。もっとも、元からここまで考えていたわけじゃないけれど。まぁ、すべてPの責任なのだし、もう進んでしまえ。
「フフ。理解っているよ! 心の何処かで求めているんだろう? 新しいセカイへの扉を! 心奪われる瞬間を!」
遠い過去の記憶にさざ波が立つ。セカイの秘密に触れた瞬間の感動が胸に蘇る。
「だったら、曝け出せ! 熱くなれるモノを! 青くて痛い、等身大の衝動を!」
手応えを感じる。ボクの叫びがオーディエンスに沁みていく手応えを。
「セカイの扉の“その先”へ、ボクたちが連れて行ってやる! だから――」
大きく息を吸い込む。体中のエネルギーを使い果たすつもりでやってやる。
「――魂の叫びを上げろォォーー!!」
これはたぶんボクの独善的な願望。しかし確信している。
セレンディピティ? センス・オブ・ワンダー? いや、もっと素晴らしい
ボクはそれをもう一度感じたい。そして、それを他の人にも伝えられるとしたら……。こんなに素敵な事、他にあるだろうか?
方法はまるで理解らない。アイドルという選択でそこに至れるのかも理解らない。そう思っていた。五秒前までは!
「――!!」
コレは何だ!? この異常なまでの高揚感は!
万能感? まさかアイドルこそがセカイの扉だったとでもいうのか!?
堪らない!
それにしても我ながらなんて痛さだろうね。歌の最中に語りを入れるなんて。
嗚呼! 本当に堪らない!
―――――!!!!
ボクの意志が届いたどうかはすぐに判明した。旋律を掻き消す程の叫びが返ってきたから。
サイリウムの群れは狂乱じみた動きを見せている。
一方、舞台袖では皆唖然として、しかし、アイツだけは邪悪な笑みを浮かべているのを感じた。
どうだ、P。これがボクのオリジナルな衝動だ! 満足か!?
ダンスパートの終了と同時に正規の振り付けに戻り、歌唱を再開する。
また視線の合った志希の額に、先程までは無かった汗が滲んでいた。
そのときふと思い至った。ひょっとすると志希が想定していたボクのサプライズというのは、高々ダンスのフリを変えるとか、歌の後のトークパートにおいてとか、その程度だったのかもしれないと。
普通そう考えるか。当たり前か。素人アイドルがぶっつけ本番でこんなことをやるなんて、リスキー過ぎる。ボクがこんな選択を採れたのは、Pに発破をかけられたからだ。いくら志希でも彼の口車の巧さは想定外だろう。
しかし最早何もかも遅い。賽は投げられてしまった。
ルーキーのボクが煽りなんてしたんだ。ファンからすれば、志希だってしないと釣り合いが取れない。じゃあどうやるか、何を言うか? それを志希は一分足らずで、しかもパフォーマンスをしながら考えなくてはならない。そんなこと非現実的だ。だから事前に伝えようとしたのに!
ボクに付き合わず、正規のパフォーマンスを通すという選択肢もある。だけど志希はそれを選ばないだろうということはすぐに理解った。
「――にゃは!」
笑っていたのだ。それはこれ以上ないくらいのギラついた笑みだった。
猛獣を想起するほどの気迫を纏いながら、その実、志希の頭蓋の内は絶対零度よりもクールに超速回転している!
曲は終盤に差し掛かり、ここで二度目のダンスタイムに入る。そこでやはり志希はきた。
「ねえ! キミたちの21グラムの叫びはこの程度!?」
志希がダンスを止めて煽りを始める。舞台袖では彼女のプロデューサーが悲鳴を飲み込んで呻いていた。
「全っ然聞こえないよ~! ホントにキミたちはそこにいるのかな? あたしたちはいるよ! ここに!!」
志希の口上を聞き、危うくボクはダンスを止めてしまいそうになった。志希が今言ったことは、もし彼女が煽りをしなかった場合に、ボクが言おうとしていた内容と酷似していたからだ。ただの偶然なのか、それとも……!?
「同じセカイにいるなら無限遠にだってきっと届く! だから――」
志希がこちらへと手を差し伸べ、ボクはノータイムでその手を掴む。それが出来たのは、そう来るという謎の確信があったから。
お互いの手を力いっぱいに握り合い――
「――叫んで!!」
「――叫べ!!」
同時に声を張り上げる。客席からは雷鳴のようなコールがやってくる。
いつの間にか志希への一方的な対抗心は霧散していて、今はもう彼女へは深い尊敬の念だけがあった。
志希のボクへの無関心も過去の話。彼女の底なしの好奇心がボクに向けられているのを感じていた。
理解った。共鳴だ。
ボクたちは重なり響き合っている。だからお互いの考えが見えるのなんて当然だったんだ。
曲はクライマックスを迎える。
ボクたちのパフォーマンスは練習の時とはかけ離れたものになっていた。繋いだ手をお互い離したくないんだから仕方がない。でも、ボクたちの歌とダンスは今が一番調和していると断言できる。聖さんもきっとそう言ってくれると思う。まぁ、散々叱られた後でだろうけどね。
「―――ハァッ……ハァッ、ハァッ……!」
最後の詞を歌い切り、無心でファンたちを見つめる。
―――――!!!!
アウトロの残滓が消えてなくなる頃、堰を切ったように喝采が溢れた。それはトリを任されたユニットとしては十分なものだったろう。
その後のトークパートでは志希の高すぎるテンションとハスハス…? にかなり苦戦させられた。
今日表現すべきことは全てやり切っていたとはいえ、志希を引きはがそうとすることに忙しくて、碌に喋れなかったのは反省点だ。それでもファンは盛り上がってくれたから、一先ずは良しとしようか。
こうして、Dimension-3の初舞台は終了した。実に濃厚な時間だった。
楽しかった。掛け値なしに。
舞台袖に引っ込むと、即座に一ノ瀬Pさんが駆け寄ってきて志希を問い詰める。
「あ、あ、あ、貴女は何てことを!! 二宮さんはまだアイドルになったばかりなんですよ!? なのにあんなマイクパフォーマンスをさせるなんて!!貴女って人は本当に…ほんっっとうに……っ!」
あぁ、マズイ。この人、志希が計画したと思っているようだ……。
「やだなー。アレは飛鳥ちゃんのサプライズだよ。志希ちゃんはそれに合わせただけ~」
「ええっ!? 二宮さんが……っ!?」
「ぅっ……」
驚愕、といった目を向けられる。眉間の皺がすごい。整った顔が台無しだ。
どう言い訳したものか悩ましい。というか、急に襲ってきた疲労感で頭が回らない。
「ええとだね……なんと、いうか……その……」
「すいやせん先輩!」
ぬらりと現れたPが、ボクと一ノ瀬Pさんとの間に入ってくる。
「俺がねぇ、言ったんですよ! 一ノ瀬ちゃん相手なら何やっても何とかしてもらえるから、胸を借りるつもりで好きにやれって」
「むっ……P君が……」
「いやー、さっすが一ノ瀬ちゃん。痺れましたわー! 完の璧! 咄嗟の対応であれだけ盛り上げるなんて、他の誰にも無理ですよ! あぁもう鳥肌が止まらないっすわ! 先輩もそうっしょ!?」
「むっ、むっ……まぁ、そうだが……。ううむ…P君が承知していたのなら、問題はないのだろうが……って、キミは近いな相変わらず……!」
一ノ瀬Pさんへとすり寄るP。大人の男が二人して仲睦まじく肩を寄せ合うような感じになっているのは、片方が美青年だとしても目を逸らしたくなってくる。
「大成功だったんだからいいじゃ~ん。ライブであんなに盛り上がったのはホント久しぶりだにゃ~。てことで志希ちゃんもう電池切れ~。プロデューサー後よろしく~~」
「あぁ、もう! ちょっと! 志希さん!?」
志希が彼の背中にしがみついておんぶを強要すると、渋々といった形で彼は志希をおぶったまま楽屋に向かい始めた。
どうにか有耶無耶にすることに成功したようで、志希は振り向いてボクにウィンクをしてきた。それに対し、ボクは手を振って感謝の意を伝える。
「飛鳥ちゃんまたね~。次のオシゴト楽しみにしてるよ~」
「あぁ……ボクもだよ。志…一ノ瀬さん」
「にゃはは、志希でいいよ~。あでゅ~~」
志希のプロデューサーという最後の山を越え、完全に気が抜けた。
そういえばボクたちのステージをPはどう感じたのかを聞こうと彼を見ると
「っ!?」
口角はつり上がり、目尻は垂れ下がり、いっそ繋がってしまいそうな……! いや、彼流の満面の笑顔なんだろうけど悪魔じみていて、率直に言って不気味すぎるっ! しかもジリジリ近づいて来ているし……!
「飛鳥ぁ~~~」
「な、な、なんだP……ちょっと、こわ……」
瞬間、Pが目にもとまらぬ速さで腕を振り回す! そして。
「Good job!」
ダブルのサムズアップ。
どうやらPにも満足いくステージだったらしい。改めて感想を聞くと「最高にアツいステージだった」とのこと。ステージの上で感じた彼のニヤつきは本当だったらしい。
楽屋に戻ると志希たちはもう居なくなっていた。さっさと帰宅したようだ。彼女らしい。
ボクとPは他の出演者へ挨拶回りをすることにした。その先々でDimension-3のパフォーマンスについて賞賛を受けることになったのだが、嬉しいやら気恥ずかしいやらで、一周する頃には疲労がより一層深まっていた。
「飛鳥のこれからのアイドル活動の方針は、また改めて話し合うとして……」
「ふむ……」
再び戻ってきた楽屋にて。
Pがわざとらしくお腹を摩りながら時計を見る。夕食を食べるには少し遅いぐらいの時刻になっていた。つまり!
「腹減った!飯食い行くぞ! 打ち上げだ打ち上げ!」
「ふむ!」
意識した途端にお腹が飢餓感を訴えてくる。
「しかし、P。今日は記念すべき日だ。理解っているよね?」
「こういうときは焼肉にと相場が決まっている!」
「ふむ! ……いや、一言に焼肉と言ってもピンからキリまである。その中でキミはどういったお店に誘ってくれるのかな?」
「もちろん! 高!級!店!だ! 接待してやるぜぇ~飛鳥~」
「フフフッ! 悪くないっ!」
肉の焼ける情景に想いを馳せると、耐えきれずお腹をくぅと鳴らしてしまった。が、それはドアをノックする音にかき消された。
入室を許可する声を掛けると、ドアが勢いよく開く。
「ハーッハッハッハ! 実に絢爛豪華な舞台であったわ!」
訪ねてきたのは蘭子だった。
「蘭子!来てくれていたんだね」
「うむっ! 堕天使たちの闇の競演……その熱量は今も尚、心の臓を焦がし続けている」
感動を噛みしめるように左胸を手で押さえる蘭子。その頬は上気している。
「特に! 白銀の騎士と薫香の錬金術師の輝きは別格であったわ! 実に、実に……! すごかった……ほんとに……。飛鳥、かっこよかったーー!」
「あぁ……! 嬉しい。他の誰に言われるより、蘭子にそう言ってもらえるのが一番嬉しいよ……!」
自然に蘭子へと手が伸びる。繋いだ手からは彼女の白い肌からは想像できないくらいの熱を感じた。
「キミが神崎蘭子ちゃんかぁ~。実物もかなりイケてんねぇ~!」
「何奴!?」
「あぁ、彼がボクのプロデューサーのPだよ。見た目は胡散臭いけど、明らかな悪人ではない、かな」
「えっ、それが俺の紹介? ひどくない?」
「むむむ……我が導き手から聞いていた通り、尋常ならざる気を感じる……」
「神崎ちゃんまで!?」
それから改めて二人は自己紹介をし直した。
「あぁそうだ。これから打ち上げに行くんだけど、蘭子も一緒にどうかな?」
「なんと! 最後の晩餐か!?」
「いいね!来なよ、神崎ちゃん!」
「あっ、でも……」
蘭子が言い淀んだそのとき――
「打ち上げ?」
――楽屋のドアの隙間から覗くのは氷を想起させる冷淡な瞳……くっ、やはり来ていたか。
「おっ、一緒に行くか?」
「おい、P……!」
「………」
ヌルりと楽屋に入ってきたのは蘭子のプロデューサーである神崎P。やはり呆れるほどに美人だが、顔面に貼り付けている仏頂面でいろいろと台無しだ。そしてボクには挨拶も、一瞥すらもない。
「……中華?」
「いや、焼肉だが……あぁ、そっかお前中華じゃないとダメなんだっけか」
「食べられないというわけではないのだけれど…。その焼肉店に麻婆豆腐はあるの?」
「たしか無かったなー。あっ、キムチならあるぞ」
「キムチ………」
偏食の気があるのだろうか? まぁこの女のことなんて興味ない。
そんなことより、“焼肉”のワードに蘭子が著しい反応を示したのをボクは見逃さなかった。
「別に無理してまで来てもらう必要はないよ。人には好みがあるからね。一生のうちで食事を楽しめる回数にも限りがあるし、食べたいものを食べるべきだ。麻婆豆腐が食べたいなら中華屋へ行くべきだ。うん。でも蘭子は焼肉食べたいだろう? すごく良い肉を出す店らしいんだ。どんな高級部位も食べ放題だよ、Pの奢りで」
「や、やき……にく……たべほ………で、でも……」
そこでやっと神崎Pが凄まじく鋭い眼光をボクへ向けてきた。すごい迫力だが、幾度も受けてきたお陰でもう耐性ができているんだよ。ガン無視だ。
「よし、決まりだ。すぐに準備するから少しだけ待っててくれ、蘭子」
「え、あっ……あ、飛鳥ぁ~……」
「あぁ、貴女はどこでも好きな中華屋に行くといい。ということで、ここでサヨナラだ。おっと、こちらの方が良いかな。闇に飲ま――」
「私も行くわ。焼肉」
「――チィッ!!」
過去最大級の舌打ちが自然と出た。
「キミらなんなん? 仲悪過ぎない? 神崎ちゃんも困ってんじゃん」
「いや、蘭子を困らせるつもりは……」
「さっきの飛鳥は……ちょっと…意地悪だったと、思う……」
「なっ!?」
「ふっ……」
ほくそ笑みやがって……って、この女も笑えるんじゃないか。まぁ全然良い笑顔じゃないけど。
「オイオイ仲良くしようぜ? そうだ、お前ら握手しろ、握手」
「はぁ!? なんでボクがこの女と……!」
「ハッ、こっちから願い下げよ」
「もー! 二人ともー! 握手して、仲直りして! じゃないと……」
「じゃないと?」
「じゃないと……えっと……」
「じゃないと、焼肉屋には俺と神崎ちゃんだけで行くことになる」
「ぴっ!?」
「は?」
「は?」
悪い顔をしながらPが蘭子に何事かを耳打ちする。ビクつきながらそれを聞いていた蘭子は次第にウンウンと頷き始め、挙句
「二人が仲直りしないと、ホントにPさんと二人で行くからね!?」
と、のたまった。
蘭子は冗談と思っているようだけど、Pはいざとなれば口八丁を駆使して本気でやるつもりだぞ? そもそも、ボクのライブの打ち上げのはずなのにボクが行かないというのは意味不明なのだが、蘭子の言質を取られた時点でボクは従うしかなかった。
Pの人となりを知っているらしい蘭子のプロデューサーも同じことを思ったのか、実に嫌々といった風に手を差し出してくる。
「ライブの成功で気が大きくなっているようだけれど、勘違いしないこ、と、ね……!」
「ッ!?」
差し出した手が物凄い力で握られ骨が軋んだ。
「あの程度、蘭子の力からすれば無きに等しいわ」
「……キミの言うことはいつも具体性に欠けるね。ただ蘭子をボクに取られるのが怖いだけなんじゃない、か、なっ!」
お返しに手の甲に爪を立ててやる。
「………! 言っても、どうせ貴女には理解できないもの」
「なんだと?」
「でも、そうね。来週の蘭子の初ライブを見れば、貴女のような凡俗にも私の言わんとしていることが理解できるはずよ」
「……へぇ、蘭子の初ライブか。必ず予定を開けておくよ」
「貴女の唖然とした顔が今から目に浮かぶわ。アハハハ」
「ボクには嫉妬に歪むキミの顔が浮かぶけどね。アハハハ」
嘲笑し合うボクたちを見て、蘭子が「仲良きことは美しきかな!」と目を輝かせている。キミにはそう見えるんだね。本当に蘭子は素敵な女の子だよ。
それに引き替えPのヤツは、全て理解った上でいやらしい笑みを浮かべやがって。この後覚えておけよ……。
鼻持ちならないことは多々あったけれど、焼肉自体は最高だった。
ボクと蘭子は特選肉だけで胃の限界に挑み、神崎Pは淡々と全メニューを制覇し、Pの財布はすっからかんになった。