超次元偶像二宮飛鳥のセカイ   作:関ち出張所

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≪Observation by Asuka≫

 

 Dimension-3の初ライブから一週間が経った六月下旬。

 毎週末、各地で開催されている小規模合同ライブが蘭子の初舞台だった。会場はキャパ約150人のライブハウスだ。ボクがこれまでに出たライブと比べると遥かに小さいが、会場の熱気は変わらない。寧ろ、狭い分だけ濃密かもしれない。

 ほぼ満員の観客に混じって、ボクとPはフロアのやや後方に陣取っていた。会場は狭いから、ここからでもよく見えるだろう。

 

「まぁ、こんなものか……」

 

 ライブは終盤に差し掛かっている。

 この小規模合同ライブに出てくるのはまだ経験の浅いアイドルがメインらしく、そのパフォーマンスの完成度は低めの印象だ。中にはお粗末と評価せざるを得ないようなユニットもあった。

 

 ボクと同じ日にスカウトされた蘭子は、つい先日からレッスン以外にもゴスロリ系のファッション誌のモデルや、ちょっとした動画配信も始めているが、観客の前に直に立つのは今日が初めてだ。そんな駆け出し無名アイドルの蘭子が、最近のアイドル界では珍しくソロユニットでデビューをする。しかもトリ。小規模ライブとはいえ新人がトリを任されるのはかなりレアケース、もとい、結構な好待遇らしい。

 アイドルが掃いて捨てるほどいる昨今、初舞台がデパートの屋上のヒーローショーなどの前座になるのはザラ。小規模ライブだったら御の字という具合。しかもトリなんて、一体どれだけ期待の新人とやり手のプロデューサーなんだ? …というのが社内での認識のようだ。まぁそういう観点からすると、一ノ瀬志希とボクのキャリアは異常としか言いようがない。ダブルスーパーレアの上がバグで出てしまったようなものだろう。

 

「蘭子……大丈夫かな……?」

 

 キャラクターを演じているときの蘭子は自信に溢れているけど、素の彼女は気弱なところがある。そんな彼女が初めて人前で歌とダンスを披露するなんて。しかも通常よりも重いプレッシャーのかかるシチュエーションだ。ボクのときはPの巧みな誘導によって緊張を良い意味で有耶無耶にできたけれど……。蘭子はどうなのだろう?

 

「次だな。神崎ちゃんのお手並み拝見といこうか」

 

 隣のPが薄い笑みを浮かべ、腕組をして待ち構える。

 フロアの雰囲気はどちらかと言えば散漫。

 つい今しがた歌い終えたのは何度か中規模ライブにも出たこともある、人気急上昇中のユニットだったらしい。つまり、蘭子を知らない観客にとっては実質トリのようなもの。なんでトリに無名のアイドルが演るんだ、なんてネガティブな呟きもそこかしこから聞こえてくる。

 ボクはただ、蘭子が無事にライブを終えることを祈っていた。どうか、緊張で歌えなくなってしまうようなトラブルは起こらないでくれ、と。

 

 音響の微かな変化から、アイドルが今まさに登壇することを観客たちが察知する。

 しん、と静まる空気。

 暗転するステージ。

 鐘の音が二度鳴り響き、その余韻をヴァイオリンの音色が引き継ぐ。

 

「――迷える子羊たちよ」

 

 暗闇に包まれたままの会場に、どこからともなく少女の澄んだ美声が響き渡る。

 

「未来永劫誇るがいいわ。今宵のミサに参列したことを。我が降臨の儀に立ち会えた幸運を」

 

 観客のどよめきは、しかし、荒々しさを増していく旋律に掻き消される。

 

「我が名は、神崎蘭子。ローゼンブルクエンゲル……楽園を追われし哀しき天使」

 

 閃光。スポットライトが黒いドレスに身を包んだ蘭子を照らし出す。

 

「さぁ、始めましょう。終わりなき輪舞を……!」

 

 有機物も無機物も。会場を構成する全てが息を呑んだ。彼女の瞳の美しい紅に。そして――

 

「我が魂の赴くままに!」

 

 ――その声音の荘厳さに。

 

 ギリシア神話の神の名で始まる曲。それを歌う神崎蘭子というアイドルは、聴く者全ての既成概念をぶち壊してしまった。

 

 彼女が旋律に歌声を乗せ始めると、まずは周囲の景色が一変した。何の変哲もない小さなハコが、壮麗なカテドラルへと変貌していたのだ。

 ボクは一瞬、プロジェクションマッピングを疑った。しかしそれは即座に却下された。いくら最新の技術を以てしても、あくまでそれは光の投影。目を凝らせばそれと理解る。しかし、目の錯覚では説明できないことが起こっていた。会場の温度がぐんと下がっていた。石と埃の匂いがした。メロディの反響の仕方さえも変わっていた。

 幻覚を疑ったのだが、惑わされているのはボクだけではなかった。全ての観客が同じものを感じているようだった。みんな四方を見渡して、瞠目していたのだ。Pまでも。

 

「なん…だ……これは……っ!?」

 

 理解らない。

 大勢の人間が同時に、五感で同じ幻覚を見るなんてことは、聞いたことがない。

 普通のライブハウスだぞ。あり得ない。それとも集団催眠? いつかけられた? いや、これも却下だろう。

 明らかに異常事態だ。だというのに、誰も騒ぎ出したりしない。したくても、できない。理解を越えた現象を目の前にしたとき、人間はただ茫然と立ち尽くすことしか出来ないのだ。

 

 聖堂の祭壇で蘭子は歌う。

 蘭子自身の装いも変わっていく。黒のドレスを纏っていたはずなのに、瞬く間に白のドレスに変わったり、戻ったり。まるで蘭子が二人いるかのよう。

 可愛らしい飾りでしかなかった背中の翼も、いつの間にかその大きさを倍にして、しかも生きているように動いている。

 蘭子が手を振りかざせば火花が散って、熱風が頬を掠める。

 曲が進むと、カテドラルの風景も変わっていく。星が煌めく夜空。燃える荒野。どこまでも高く蒼い天空。

 

 この現象を引き起こしているのは、蘭子の歌だということは直感していた。蘭子の歌声がこの幻想を見せてくるのだ。抗いようのない絶対的な力で、直接的に訴えかけてくる。五感に、脳に、精神に、心に。いや……。

 

「魂に……?」

 

 この高揚感、ボクには覚えがあった。初めて蘭子に名前を呼ばれたときの感覚。魂が震えたあのときのもの。

 蘭子の歌声が聞く者の魂を震えさせている。

 歌声。声。声とはなんだ? 空気の振動で伝わる波だ。それはただの物理現象、揺らせるのは鼓膜だけ。だからこの現象とは違う。

 ならば、何に揺さぶられている? 蘭子の何に?

 蘭子の魂? 蘭子の魂の叫び、振動、その周波数に、ボクたちの魂まで揺さぶられているのか……?

 今ボクたちが見ているものは蘭子の心象風景…世界観…蘭子の魂が見ているセカイの形か……!

 

「すごいよ蘭子……すご過ぎる……!」

 

 蘭子が持つ、幾つもの世界観。それらはいずれも難解で、理解するには万の言葉でも足りないと思っていた。なのに、たったの一曲で深く深く理解してしまったんだから。

 

 蘭子の歌が終わり、その残響も減衰し果てる頃。気付けば、会場は元のライブハウスに戻っていた。

 

「…………ぁ、あれ……ぇ、ぇっ、えぇぇ…?」

 

 歌い終えた蘭子は、観客たちからレスポンスが無いことに気付き狼狽する。

 観客たちは皆、茫然か嗚咽かの状態。無理もない。ボクたちが見ていたのは、おそらくは奇跡に分類されるものだったのだから。既成概念をぶち壊された人間が、自己を再構築するには時間が必要なのだ。

 

「ぁ…ぁぅ、ぁぅ……ふぇぇ……」

 

 依然反応のない観客に、蘭子は不安が極まったように目を潤ませた。そこでボクはようやく柏手を打つことができた。それを皮切りにフロアに拍手の輪が広がっていく。

 

 パチパチパチパチ……。

 

 しかしやはり、歓声を上げる余裕は誰にも無いようだった。拍手だけというのはアイドルのライブとしては異様だ。でも蘭子はそのおかしさに気が付いていない。おそらく今日初めて舞台に立ったからだろう。

 表情に力を取り戻した蘭子は、改めて名乗ってから、

 

「では、再臨の刻までしばしの別れね。下僕たちにはこの言葉を送るわ。闇に飲まれよー! ハーッハッハッハーーーーッ!」

 

 と、元気に袖に戻って行った。

 

 これで今日のライブは終了した。

 退出を促すアナウンスが流れても、しばらく誰も動き出そうとしなかった。皆が思い思いに、神秘体験を噛みしめていた。神崎蘭子というアイドルを讃える震える声が、そこかしこから聞こえた。

 今日出演した他のアイドルには気の毒なことだ。きっと、蘭子以外のパフォーマンスなんて誰も覚えちゃいない。ほとんど全ての観客は蘭子のファンになっただろう。

 

 Pはまだステージを見つめ続けていた。その表情は険しく、眉間には皺が寄っている。

 

「………そういう、ことかぁ……」

 

 それは絞り出すような呟きだった。発言の意味は分からないが、相当な衝撃を受けているらしい。

 

「……んぉ? おぉすまん、飛鳥。たまげてたわ。じゃあ行くか」

 

 蘭子を労わないわけにはいかない。フロアを出て出演者の控室へ向かう。

 

「あっ! 飛鳥だぁ!」

 

 控室に残っているのは蘭子と神崎Pだけだった。

 蘭子はステージ衣装から普段着のゴシックドレスに戻っていた。彼女はボクの顔を見るや勢いよく立ち上がり、こちらへと向かってくる。

 

「来てくれてありがとう! それで…あっ、んんっ……して、我が輪舞曲は白銀の騎士の琴線に触れたか?」

「……!」

 

 チリ、と胸が焦げ付くような感覚があった。

 

「あ、あぁ……素晴らしいライブだったよ、蘭子……。本当に、素晴らしかった……、語彙力が消失してしまうくらいに……」

「ふぉぉぉ~~! やったぁ! 飛鳥にそう言ってもらえて嬉しい! 歓喜の極みー!」

「………っ」

 

 チリ、チリ、チリ。胸の焦げ付きは酷くなる一方。

 蘭子のライブは筆舌に尽くしがたいほどに素晴らしかった。なのに……。一番の友人の成功を褒め称えてあげるべきなのに……。ボクの胸は焼けて、焦げて、爛れている。隅に追いやったはずの嫌な考えは、やはりじっとしていてくれない。

 胸の不快感の理由……それは理解っている。こんなときばっかり自己分析が完璧にできてしまう自分が嫌だ。

 

 蘭子は“本物”だと理解ってしまったんだ。ボクとは違って、本物の力を持っている、と。

 

 ボクは愚かにも勘違いしかけていた。末席ではあるけども、ボクも人気アイドルの一人になれたなんて。

 全然違う。バカ者め。思い出せ。いいとこ“並”だろ。ボクのアイドルとして実力なんて。

 

「飛鳥……? 魔力の欠乏か?」

 

 Pだ。全部、Pの力だ。Pの言う通りにレッスンして、Pにお膳立てしてもらった最高のステージで、ボクは“普通”に演っただけ。そりゃ、先週のライブの盛り上がりは少しは誇っても良いのかもしれない。でもそれもやっぱり、Pが後ろにいてくれたからだし、志希がいなければそもそも成り立たなかった。

 二宮飛鳥というアイドルは不完全。偽物。ボクは、依然、何者でもない。

 自分の身体一つで奇跡を起こしてみせた蘭子と比べると、ボクなんてただのイキった中二病患者でしかなかった。

 

「え、あ、飛鳥…? もしかしてお腹すいたとか…?」

 

 最低だな、ボクは。心のどこかで、蘭子のライブで何かトラブルが起きると思っていた。そしてそうなったら、先輩のボクが慰めてあげよう、なんて……。そんなボクの浅ましい考えを、蘭子は真っ向から飛び越えて……極めつけはあの奇跡の歌だ。

 蘭子こそ、正真正銘、超一流のアイドルになる逸材なんだろう。それが羨ましくて、素直に友人の成功を喜んであげられないでいる。

 嗚呼、ボクってヤツは……。いくらなんでもカッコ悪過ぎだろう。

 

「え、え、えぇぇ……? P、さん…? 飛鳥の様子が……」

「あぁ~~、うん……ちょっと待ってあげてね、神崎ちゃん」

 

 一週間前に神崎Pに言われたことを思い出す。『蘭子の力からすれば無きに等しい』だったか。その言わんとすることを、今ボクは完全に理解してしまった。

 蘭子の三歩後ろで神崎Pはほくそ笑んでいる。『身の程を知ったようだな、マヌケ』ってところだろう。

 

「ぁ……………」

 

 言葉が出ない。何を言っても、語るに落ちるというヤツを演じる確信がある。

 

「今から蘭子と打ち上げに行くのだけれど、貴女たちもどうかしら?」

「ッ……!」

 

 この女は本当に()()性格をしている……!

 

「うむ! 共に闇の饗宴を愉しもうぞ!」

 

 無邪気な蘭子は当然、意地の悪い意図に気付かない。ボクの返答も待たず、鼻歌を奏でながら私物をバッグへと詰め始める。

 

「ごめんねぇ、神崎ちゃん。飛鳥と俺、これからまた会社に戻って打ち合わせなんよ~」

「なっ、なんという悲劇……!」

 

 そんな予定は勿論入っていない。Pの助け舟だ。

 

「だから俺らはここで()()()()させてもらうね」

「や、やみのま!? 闇に飲まれよ、ですぅ!」

「ははは。よし、じゃあ行くか、飛鳥」

「あっ、う、うん……」

 

 そうして、逃げるように控室から出た。

 

 

 

 Pが運転する車でライブハウスを離れる。

 運転中のPはいつもよく喋るのに、今は極端に口数が少ない。

 FMラジオだけが流れる車内。パーソナリティは何がおかしいのか、やたらとテンションが高い。それが段々とウザくなってくる。

 消してもらおうと頼もうとする前に、Pは音量をゼロまで絞った。

 

「神崎ちゃんのアレ、何なんかなぁ~~?」

「たぶん……」

「ん? たぶん……?」

 

 ボクの考えを言うかどうか、少し悩ましい。いかにも中二病っぽくて、失笑されるかもしれないから。でも相手がPだったと気付いて、気にするのはやめた。

 

「……21グラム、魂の叫び」

「…………なるほど」

 

 Pはそう言ったきり、しばらく黙った。やはりPは笑ったりせず、寧ろどこか納得したような風だった。

 

「俺もさぁ、かーなーりーー悔しいんだぜ?」

「……も? ボクがいつ悔しいなんて……いや、いい……。そうなのかい?」

「あたぼうよ。もうかなりキてるね。ほら、見ろよコレ。ほら、すっごいっしょ?」

 

 Pが顎の骨の辺りを指差す。そこは顎の輪郭が変わるくらいに、ぽっこりと出っ張り、ピクピクと動いている。たぶん奥歯を食いしばっているんだろう。

 

「悔しくて悔しくて、こんなんなっちゃって。折角のハンサム顔が台無しだと思わんかね?」

「………ハンサムという言葉を辞書で引くことをお勧めするよ」

「オイコラ」

「フフッ……」

 

 あぁ、この男はホントにもう……。

 

「てかさ、俺が何を悔しがってるか分かるか?」

「それは………」

 

 そういえば何故だろう? あ、ひょっとして…。

 

「ボクみたいな……蘭子とは違うただの中学生をスカウトしてしまったこと…とか?」

「そう来たか、っておーい! 違ぇよ!」

「……そう」

 

 少しだけホッとしている自分がいた。

 

「はぁ~~~~! あ、これ呆れの溜息ね? はぁ~~~、飛鳥、お前そんな風に……はぁ~~~~~、はぁ~~~~!」

「な、何…? 言いたいことがあるならハッキリ言えばいい」

「お前、アレだぞ? 俺が飛鳥と出会ってスカウト出来たことは、アレだ、いやマジで、アレ……ちょっと言うのアレなんだけど……」

「やけに勿体ぶるね。言い難いなら無理には……」

「いいや、言うね! お前に出会えたことは、俺の人生の中で、一番、最も! 最高に! 素敵な! コト! だって! 思ってる! マジで!」

「あ……ぅ……………そ、そう、なんだ………」

「うっわ! やっぱ恥ずいな! いざ言うと!」

 

 何を言うかと思えば……。

 なんだこのむず痒さは。耳とか首回りが急に熱くなってチクチクしてくる。なのに口元は緩もうとしていて、でもそんな表情になってしまうのは避けたくて、眉間と唇にギュッと力を入れる。

 

「俺はそう思ってんのにさぁ! はぁ~~~、飛鳥はさぁ、はぁ~~~、そんな風にさぁ、はぁ~~~……はぁ~~~!」

「……むぐ……むぐぐ……」

 

 別にボクだってPと出会ったことは悪く思ってないけどさ。でもそんなことを改めて言うのはボクの柄じゃないし、だからって問われれば正直に言うのも吝かではないのだけれど……く、くそ、戻れ表情筋……!

 うん。何かレスを返して気分を誤魔化そう。そうだ、ボクをスカウトした理由。以前聞こうとしてそのままにしていたな。この際聞いてしまおう。

 

「だ、だったら、ボクをス――」

「はぁ~~~! はぁ~~ぼごほぉおおおっ!」

「ふぇっ!?」

「げほっ! げぼぉおおっ! ぶふぉっ!」

「ちょ、ちょっと…大丈夫かい?」

「ごめっ、げほっ! む、噎せた…えふぉっ! えふっ……ぶぐっ!」

 

 なんて酷い噎せ方だ。ボクの父でもこんな汚い噎せ方はしないぞ。それでもハンドル操作が確かなのはある意味Pらしいが。あぁ、鼻水も垂らしてみっともない。

 ポケットティッシュから二枚取り出して渡してやると、Pはそれに向けてしこたま鼻をかむ。

 

「げほ、ごほ……ふぃ~~回復ゥ~~」

「びっくりさせないで欲しいな……」

「すまんすまん。ええと、それで、何だっけ」

 

 何だっけ? Pの噎せがあまりにすごくて、ボクも記憶が飛んでしまった。まぁ、忘れるくらいだし大した要件じゃないはずだ。

 

「そうだ。俺が何を悔しがってるか、だ」

「あぁ……そうだったね。で、それは何?」

「そりゃもう、神崎Pに出し抜かれたことだよ」

「へぇ、それは興味深いね。キミともあろう者が」

「そもそもからして不思議だったんだ。アイツなら俺がやったようなやり方で、五月公演に神崎ちゃんをねじ込むこともできただろうに。何故やらなかったのか? 今日の神崎ちゃんのステージを見てようやく理解できた。そんなことは必要なかった。神崎ちゃんの歌と飛鳥の存在を前提にした場合、今日みたいな小規模ライブからスタートするのが最善手だったんだ」

「ん? 何故そこでボクが出てくる?」

「二宮飛鳥というアイドルの登場は、この界隈に決して少なくないインパクトを与えている。というのは自覚しているか?」

「それは……まぁ、それなりに」

 

 本来なら人気アイドルしか出られない五月公演を初舞台にして、その後もトップアイドルの一人である一ノ瀬志希とユニットを組んでいるのだ。これで何も注目されていないなんて思うのは流石に自意識過小だろう。

 

「でもな、やっぱり俺たちは変化球であり、イレギュラーであり、トリックスターなんだ。巧い立ち回りで最短ルートを突っ走るのが俺たち」

「………ふむ」

 

 イレギュラーとトリックスターというのはナカナカに心を擽られるワードだな。

 

「対して、神崎蘭子というアイドルはド直球。正道にして王道」

「はっ、あれが、あのステージが王道だって?」

「ぱっと見そう思うのも仕方ないが、よくよく考えるとそうでもない。アイドルの持つ世界観をファンにも共有させることはアイドルの存在意義の一つであり、実際に多くのアイドルが目指しているコトだ。それを成し遂げるために彼女たちは語り、歌い、踊り、演じる」

「……そういうことか」

 

 まぁ確かに、どのアイドルだって、アレが出来るならやりたいだろう。でも出来ないから色々と手を尽くすのだ。

 

「だから、神崎ちゃんの出発はソコソコの地点からで良い。その後はどっしり構えて彼女のパフォーマンスを続ければ、自ずと登っていく。それに何より、二宮飛鳥というアイドルが引き上げてくれる」

「なんでそこでボクが……?」

「アイドル界に彗星のごとく現れた二宮飛鳥と神崎蘭子というルーキー。成熟したこの界隈は、こんな美味しい素材を放っておかない。すぐに二人は二項対立で語られるようになる。そしてその流れが、神崎ちゃんを飛鳥のいるステージまで押し上げる」

「少し、理解りかけてきた……」

「ライバルってのは同じ場所で戦うものだからな。ギリギリの綱渡りで俺たちがたどり着いたステージに、神崎ちゃんは労せず立てるようになるってわけだ」

 

 二宮飛鳥というアイドルが北条加蓮や一ノ瀬志希の人気を利用したのと同じように、神崎蘭子というアイドルも二宮飛鳥の勢いを利用するということか。

 

「いや、ライバルという関係ならまだいい……」

「くっ、そうか、そういうことか!」

 

 あくまで平凡なアイドルのボクに、蘭子のライバルなんて務まるワケがない。所謂、踏み台にされてしまう。当然蘭子自身はそんな風には思っていないだろうけど、それがあの氷女の狙いか。ほんとに性悪だな。ボクに恨みでもあるのか。

 

「ここだけの話。俺は普通の人には見えない物まで見えるし、これまで見てきたものも全部正確に覚えててな。その関係で、数か月くらい先までなら完璧な未来予測ができるんだ」

「…………なんて?」

 

 なんか妙なことを言い始めたぞこの男。

 

「でも飛鳥と出会った頃から、何故か今日以降の未来が見えなくなっていた。やっとその理由が分かった。情報が不足していたからだ。神崎ちゃんの歌という情報がな」

「何を……言っているんだ? さっきから」

「そして今日見た情報を踏まえて、改めて予測すると…………出ましたよ、俺らの未来。これはヤバいですよ二宮さん」

「っ………何が言いたい?」

「このままいけば、俺たちはあの二人にコテンパンにやられる。そんで、引退とか左遷とかそういう感じ」

「ッ!!」

 

 Pが何を言っているのか全然理解らなかったけど、その実にシンプルな内容には衝撃を受けた。後ろ向きな言葉をPが吐いたことはこれまでなかったから。

 しかし、言い回しが少し引っかかった。

 

()()()()()()()? それはどういう意味だ? このままいかなければ違うというのかい?」

「うーむ………」

 

 Pはしばしの間、無言のまま運転を続けたが、しばらくして赤信号に捕まるとPは決心したように口を開いた。

 

「どうにかなる……かもしれない方法は……なくもない」

「あるのか!? じゃあそれを…っ!」

「でもなぁ………ちょっとなぁ……難があるというか……」

 

 そしてPの運転する車はボクのマンションではなく、会社へと向かった。

 

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