超次元偶像二宮飛鳥のセカイ   作:関ち出張所

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≪Observation by Asuka≫

 

「コレ」

 

 淹れてくれたコーヒーをボクにサーブするのと一緒に、Pは()()をテーブルに置いた。

 一辺2センチ程度の小さな立方体。

 それは彼がたまに指先で弄っているサイコロのようなもの。普通のサイコロとは違い、1から6の目は刻印されておらず、代わりに面毎に色が違うという風変わりな一品。

 

「これが……何?」

「これを使う。飛鳥のプロデュースに」

「……よく理解らないな。もしかして二宮飛鳥の公式グッズにするとか?」

「なるほど、面白い発想だな。だが少し違う」

 

 Pがマグカップに口を付ける。ボクも一口だけブラックを試してみて、諦めてシュガーを溶かし込む。

 

「ぱっと見はただのカラフルな立方体なんだが、実はかなりの逸品なんだよ」

「そうなのかい? 確かにこんなのが売ってるのを見たことないけど。あぁ、もしかして特注品とか?」

「特注…か……ふむ、ある意味そうとも言えるかも。こういうのがあればなぁ、と長年考えてたのが、ある日突然手に入ったんだから」

「……?」

「これの何が凄いかってーと、まず絶対に壊れない。それと絶対に無くさない」

「サイコロに耐久性はそれほど必要とは思えないけれど……。でも無くさないっていうのは良いね。ボードゲームをしようって時に限ってなかなか見つからなかったりするから。音が鳴って場所を知らせてくれるとか?」

「んー、そういうんじゃないんだけどな……原理は俺にもよくわからないんだ」

「へぇ……? ちょっと手に取ってみていいかい?」

「いいよん」

 

 サイコロの手触りは少し新鮮だった。ツルツルしているようであり、サラサラしているようでもある。というかたぶん、初めて感じる手触りだ。

 各面には虹の七色から藍色を抜かした色が振られている。その色合いはかなり美しいと思った。まるでサイコロの内部から各面に色を投影しているかのような奥行を感じさせる。

 しげしげと見つめてみて、それでふと気付いた。

 

「あれ? これ、すごく軽い……」

 

 試しに右手で摘まんだソレを左手に落としてみても、ほとんど何も感じない。ストンと落ちる割に、綿毛が乗った程度に何も感じなかった。

 

「あぁ、どうやら重さが無いみたいなんだ。でも何故か重力を受けてるような挙動をするし、その辺りの原理もよくわからない」

「ふーん…………?」

「俺の考えが正しければ、このサイコロを使えば運命に揺らぎを与えることが可能になる」

「…………ん?」

 

 今、Pは何て言った? 運命だとかいう単語が聞こえた気がしたが……。

 

「面ごとに選択肢を設定しておいてから、サイコロを振る。そして出目の通りに行動すれば、運命という神の台本からズレることが出来る。まぁ、出目によっては結局振らなかった場合と同じ行動になることもあるだろうけど」

「…………は?」

 

 運命? 神の台本? また妙なことを言い始めたぞ。いやそれに、重さが無いっていうのもおかしくないか?

 

「俺の予測では、三か月半後、十月半ばの大規模ライブで、俺たちは神崎ちゃんたちと真っ向から衝突することになる。そして完膚なきまでに叩き潰されるだろう。そこまで分かっているのに避けられない。最善に最善を重ねた選択をしてもそうなる。いや、ただ単にそういう台本で、俺も役者に過ぎないからだなだ」

「いや……ちょっと……」

「だがこのサイコロを使えば、その台本から逸れることが出来る。そんな直感がある。まぁその結果、どんな結末が待っているかは分からないが。正にサイコロのみぞ知ると――」

「ちょっと!」

「ん?」

「キミは一体何を言っている? 漫画かアニメの話かい?」

「あ、すまん。ちょっと先走り過ぎたか……」

 

 Pはテーブルの端に置いてあったメモ用紙の綴りから一枚を取り、何事かを書き記してから折り畳んでボクの前に置いた。そのメモにボクが手を伸ばそうとすると「少し待って」と止められる。

 

「飛鳥は、この世界は神が書いた台本通りに進む舞台だってことに気付いているか?」

「………はぁ?」

「宇宙開闢のその瞬間から遥か未来まで、この宇宙で起こる全てのことは既に神が台本にして決めてるのさ。塵がどう集まって星になって、どの星でいつ生命が誕生して、どう進化をして、誰が生まれて、どういう人生を経て、どう死ぬのかも。全部」

「P……もしかして酔ってる?」

「いや、素面だし正気だ」

 

 Pの顔をじっくりと見ても顔色や素振りにおかしなところは無い。敢えて言うならば、ニタリと笑っていてちょっと変だが、それこそがいつも通りだ。

 

「……その世界観が正しいとするなら、ボクたちには自由意思なんてないってことになる。それはボクの感覚からは認め難いんだが?」

 

 生まれてこの方ボクが自分の意思で選択してきたことが、その実、誰かに決められていたなんて。そんな風に感じたことはないし、ハイソウデスカと認められるワケもない。

 

「流石だな、飛鳥。その指摘は核心の一つだ」

「……それはどうも」

「そこで、ちょっとしたゲームをしようか」

 

 Pは両手をグーにしてボクの前に出した。

 

「右か左、どっち? 飛鳥の自由な意思で決めてみてよ」

 

 意図は理解らないけど、ゲームと言ったから適当に答えてやろう。右手が先に目に入ったから右だ。

 

「右」

「ん。右、と……」

 

 Pはメモ綴りから一枚取って、そこに“右”と書き記す。

 

「じゃあ次はどっち?」

 

 そして再びボクの前に両手を出して聞いてくる。今度は手のひらは開いていた。

 

「右」

「ほい、次は?」

 

 ひらひらと指を揺らめかせてから、また聞いてくる。ボクは「左」と答える。

 そんなことを10回繰り返した。ボクが答える度に、Pはメモに結果を書き記していった。

 

「よし、じゃあ答え合わせだ。これとそれを比べてみて」

 

 ゲームが始まる少し前にPがボクの前に置いていたメモを指差した。

 

「はぁ…いったい何だって言うん――」

 

 “右右左左左右左右右右”

 “右右左左左右左右右右”

 

 ――完全に一致していた。それに気付いた瞬間、背中に氷を流し込まれたようにゾッとした。

 

「これがメンタリズムです」

 

 キメ顔を作ってから「なんつって」とPは破顔する。ボクはまったく笑えず、しばらく呼吸も忘れていた。

 

「飛鳥をビビらせたかったんじゃない。俺が言いたいのは、対象の性格を把握して、あとは多少のテクニックがあれば、他人の選択を予測したり誘導することも可能ってこと。つまり全知全能の神であれば……。世界の全てを知ることができて、どんな干渉でも出来るような存在であれば、この世界で起こる全ての現象を最初から最後まで制御することも可能だろう。それは俺が今やってみせたことのスケールを大きくしただけだから」

「そういう概念は……聞いたことがあるが……。でも否定されてなかったっけ?」

 

 たしか、ラプラスの悪魔とかいったか? 提唱されたのは随分と昔。そして量子論の研究が進んだことで完全に否定されたもの。

 

「あくまで、この世界の中という枠組みで考えればそうかもな。だが俺が想定してるのは、もっと上の存在だ。世界……この宇宙の外側にいて、過去も未来も一緒くたに認識できて、別のセカイも含め、ここに居ては観測すらできないデータも全部理解できるような、そんな存在」

「……ただの思考実験としてなら、まぁ……認めてもいい」

「問題は、その神様みたいな存在が作る台本にはそいつの()()が入ってるってことだ」

「……?」

「台本の演出が役者個人の()()に合っている間は問題ない。でも極稀にあるんだよ。()()がズレてることが。神様が俺用に用意してくれやがった台本には、有難いことに常に最善の行動が書かれている。それは確かだ。だけど、たま~に、心のどこかで……いや、魂か……俺の魂が合理性なんかを無視して、別の行動を採りたいと訴えていることがあるんだ。しかし、神様は台本から逸れることを許してくれない。納得いかねぇ台本を押し付けられるのなんて、マジ勘弁だぜ……」

 

 荒唐無稽極まっている。なのに不思議と聞き入ってしまう。

 ギリリ、と音が鳴った。音の出元はPの顎で、車内で見たように顎あたりがぽっこりと出っ張っていた。

 

「飛鳥はこれまでなかったか? 本当は()()したいのに、何故か()()してしまうなんてこと。()()しようと思ってたのに、いつも妙に間が悪くて出来ないなんてこと」

「それは……そんなのは世の常さ。みんながみんな、好き勝手に生きられるハズがないじゃないか」

 

 ボクは至極真っ当なことを言っている自覚はあるのに、何かが頭の片隅に引っかかっている感覚があった。でもそれが何なのか掴めなかった。

 

「それも確かに一つの真理だなぁ。実際のところ俺自身も、世の中のままならなさに中二的な理由付けをしているだけなのかもって疑うことはあったし。あぁ、そういや、確信したのって今の飛鳥と同じ中二の時だったわ」

「フッ……。キミも相当にイタイ奴だったようだね」

「それな。……ハハッ! ダチどもにも言われたな。中二病患者だの、ヤベー奴だの。アイツらテスト前には頼ってくるくせに、そういうときだけ鬼の首取ったように馬鹿にしやがって。まったく失礼しちゃうわよね」

 

 言葉の上では悪態だが、Pは薄く笑っている。

 ボクと同じ年齢だったときのPを思い浮かべようとして、しかしそれは無理だった。良くも悪くも、今の彼の印象がやたらと邪魔をしてきたから。

 

「中二の夏休み明けだったなぁアレは……ちょうどその時期に酷い()()を立て続けに何度も感じて………………」

「……P?」

 

 中二の時のエピソードを語る流れだと感じたのだが、Pは急に黙り込んだ。彼らしくない詰まり方で、まるでそこだけ時間が止まっているようにも見える。

 

「………えっと、なんだっけ?」

「おいおい、大丈夫かい?」

 

 そして時は動き出す。なんてね。

 ド忘れだろうか? Pも結構疲れているのかもしれない。

 

「いや、無理しなくていいよ。中二の黒歴史なんて、大人が語るには酷だろうからね」

「黒歴史言うなし」

「フフッ…」

「まぁ、とにかくだ。中二の頃に立てた仮説は俺の直感から導いたものではあったが、俺としてはほぼ正しいという確信があった。未だ人類の知らない、運命を誘導する力…目に見えないが、確かにそれは在る。客観的な証拠が無いだけなんだ。だがそれが無い限り、いくら説明しようが病院を勧められてしまう。まぁ仕方ないよな。だから俺はすぐにその話題を出すことはやめた」

「それは…そうだろうね」

 

 実を言うとボクは今、彼にカウンセリングを勧めるべきか悩んでいるんだけどね。

 

「だが証拠は現れた。それがこのサイコロだ。約三か月前の3月25日の午後、これが突然出現した。何も無いところからパッと出現したんだ」

「………はぁ?」

 

 残念なお知らせだ。Pはやっぱりヤバいらしい。

 

「このサイコロは、上の次元からこの3+1次元の世界に落とされた影……。これが、いくつかの実験を経て俺が導いた結論だ。この世界の()から来ているモノだから、この世界の台本の支配を受けない。故に、このサイコロの出目に従って行動することで台本に抗える、というワケさ」

「えっと……何から言えば良いのか……」

 

 どうすれば彼を刺激せずに通院を勧められるのだろう? これは結構難題だぞ。いやもしかして考えるだけ無駄なレベルで、ボクには手に負えないのではないか…。

 

「こんにゃろ、俺の頭がおかしいと思ってんな?」

「いっ、いや………」

「んも~、ウチの子は本当に疑り深いんだから。じゃあちょっと、サイコロ持ったまま入り口のドアあたりまで行ってみて?」

「えっ、なんで…?」

「いいからいいから。これ見れば流石に分かるから」

 

 ボクとPはソファから立ち上がり、Pは部屋の奥へ、ボクはドアの方へ移動していく。

 ドアの前まで行ってPを振り返ると、「あと、一歩」とPは言ってくる。

 

「サイコロ、よく見といてなー」

「一体、なんだっていうんだ……?」

 

 そのまま後退るように一歩下がり、踵が床を踏みしめた瞬間。手のひらの上に持っていたサイコロが消失した。じっと見ていたのに、パッと。

 

「えっ!?」

 

 落としたのかと、周囲を見渡してもどこにもない。

 すると「ココ」とPが言った。部屋の奥、五メートルほど離れた位置にいるPの掌の上に、サイコロがあった。

 

「もしかして、一つじゃないのかい?」

「いーや、これ一つだけだ」

「な、何をした……?」

「このサイコロは俺の身体の重心から約180センチ以上離れた位置にあると約40秒後に、そして約540センチ離れると即座に俺の手元に戻ってくる。瞬間移動してな。今飛鳥の右手の中から消えたのは540センチ離れたからだ」

 

 また変なことを言い始めたぞ……。

 

「約180センチっていうのはおそらく俺が両腕を開いた時の指先の距離で、540っていうのはその3倍だな。40秒後っていうのは俺の心臓が42回鼓動した時点のようだ。何でそういう設定になっているのかはよく分からない。たぶんその数値は重要じゃない。重要なのは……って、まだ信じていない?」

「っ! も、もう一度だ…!」

 

 瞬間移動なんて、そんなワケあるか! 大方、見えない糸が結ばれていて、それを手繰り寄せたんだろう。見えない糸ってなんだ!? そんなツッコミが頭に浮かぶが構わない。こんな下らないペテン、ボクが見抜いてやる!

 Pから改めてサイコロを受け取り、目を凝らしながら輪郭をまさぐる。見えない糸はもとより、何もサイコロにはくっついていなかった。

 そして、ボクはドアへと向かったのだが……。

 

「そんな……なんだコレ……っ!」

 

 眩暈がするほどの寒気が足元から登ってくる。

 検証は3回行った。

 掌の上に載せてじっと見つめていても忽然と消えた。両手でガッチリ握っていても消えたし、口内に入れて両手で口を押えていても消えた。どの回も消えると同時にPの掌の上に現れた。それは瞬間移動…テレポーテーションと呼ぶ他ない現象だった。

 有り得ない……。物は消えたり、急に現れたりしない。常識だ。セカイの真理だ。理論的には量子テレポーテーションというのがあるようだけど、それだって何に使えるのかよくわからない期待外れの理論だったと記憶している。完璧なテレポーテーションなんて、夢のまた夢の技術のハズ。そんなガジェットを造ることが出来る存在がいるとしたら、それは最早……。

 

「神……いるのか……?」

「悪魔かもしれんけどな。ま、どっちでも一緒か」

 

 他人に言われたことをそのまま信じるほどナイーブではないけれど、自分の目で見ても信じないほど頑固でもないつもりだ。

 正直、Pの語ったセカイの構造については全然理解できていない。でも、人類が未だ知らないセカイがあることは確からしい。それに――

 

「このサイコロで、何をするって……?」

「これで神の台本に叛逆する」

「叛逆…………クク…ハハッ! ボクたちは叛逆者か……!」

 

 サイコロの出目に従って行動する、だったっけ?

 イカれている。常軌を逸している。

 だが、それがいい…っ!

 それは理解りやすく、完璧に、非日常だ。そしてボクの魂はそれを良しとしているらしい。

 

「こんなモノまで持っているなんて、まったくキミは底が知れないな。本当に悪魔……メフィストフェレスなんじゃないかと思うことがあるよ」

「ナハッ! 俺はただの人間だ。他の人間とはちょっと違うセカイが見えてるだけのな。それにメフィストってんなら、このサイコロを俺に渡した奴だろう」

「なるほど、そうか……いや、ちょっと待って。それだとPがファウストで、ボクは……」

「あっ」

 

『ファウスト』のあらすじを思い返すと、すぐにキーパーソンであるボクと同年代の少女が思い浮かんだ。そして彼女の悲惨過ぎる生涯も思い出し、ボクは頭を振った。

 そんなボクを見て、Pはカラカラと笑っている。

 

「グレートヒェンはお断りだからね?」

「ちゃんとフォローするから大丈夫ダイジョウブ。プロデューサーウソツカナイ」

「ま、まぁいいだろう」

 

 そしてボクたちは互いに不敵な笑みを浮かべ合う。

 

「なぁ、P。これは()()なんじゃないかな?」

 

 ボクのアイドル活動が新たな領域に突入したのを感じていた。

 

「なるほど。()()だな」

「うむ。じゃあ、宣言を頼むよ」

 

 Pが仁王立ち、大きく息を吸い込んだ。

 

「現時点を以って! 一大叙事詩 ASUKA The Idol!その Third Stage に突入したことを! 此処に宣言するぅっ!!」

「フハッ! 声が大き過ぎる!」

 

 神の掌の上で踊っていたプロローグは終わり、ここからは叛逆のステージ。蘭子に敗北するという、神のシナリオに抗ってやるのだ。それは途方もないのと同時に雲を掴むような話。

 でも、ボクとPの二人なら出来るような気がした。

 




敢えて言うならば、ここまでが第一章です。
飛鳥の運命が向かう先はどっちだ!?
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