超次元偶像二宮飛鳥のセカイ   作:関ち出張所

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≪Review by Ranko≫

 

 私、神崎蘭子という人間の一番古い記憶。

 

 それはたぶん市内の公園で開催されていたフリーマーケットだった。

 幼い私はパパとママに連れられてそこに行っていた。

 緑色が鮮やかな芝生の広場には沢山の人がいた。

 レジャーシートを敷いて色々なものを並べて売る人たち。掘り出し物を探しに来た人たち。そして、ただ暇つぶしに来た人たち。私たちもたぶん暇つぶし。

 パパとママの間で二人と手を繋ぎながら、色々と見て回った。とはいえ、どんなものが並べてあったのかはほとんど覚えていない。快晴の青空と、芝生の緑と、私によく似た少女のイメージが強く記憶に残っている。

 

 その少女と私はじっと見つめ合っていた。

 両親と繋いでいた手は放していたから、いつの間にか人混みの中で私は迷子になっていたのかもしれない。ひとりぼっちの不安はいつのまにか消えていた。それよりもその少女に興味を引かれていた。

 身長は私より少し高いぐらい? 顔は私とよく似ているし、髪の色も私と同じ。でも着ている服が全く違う。

 その少女は黒色のドレスを身につけていた。レースと刺繍が所狭しこれでもかと施された豪華なドレス。小さな宝石が生地に散りばめられていてキラキラと光って見えた。指輪やネックレスも輝いていた。よく見ると靴にはヒールがあって、お化粧をしているのに気が付いた。だから実際には身長も顔も、私と全く同じだったのかもしれない。

 そんな場違いな装いの少女が広場の片隅に佇んでいた。なのに不思議なことに、誰もその子のことを見ていなかった。

 

 一目見てお姫様だと分かった。本当にキレイでステキだったから。

 それから可哀想だと思った。寂しそうだったから。私にはパパとママがいるのに、その子は独りぼっちに見えたのだ。

 私は少女に駆け寄って、手を繋いだ。私は昔から引っ込み思案だったから、そんなことが出来たのは初めてだった。どうしてもそうしたかった。

 少女はすごく驚いた顔をして私の手を振り払おうとしたけど、私は放さなかった。聞いたことのない言葉で、強く何かを言われても放さなかった。だって、本心では嫌がってないって、何故かはっきりと分かっていたから。

 ぎゅ~っと両手で掴み続けていると、その子は観念したように笑い出したので私も一緒に笑った。

 私たちは友達になった。

 

 急に名前を呼ばれ振り向くとパパがいた。

 とても長い時間彼女と遊んでいたと思ったけれど、空の青さは彼女と会う前のままだった。

 パパは「もう帰ろう」と私の手を引っ張って行こうとする。

 この少女と離れたくない。まだまだお話したい。そう言ってもパパは聞いてくれない。「ダメだ」って一層強く手を引こうとしてくる。

 私は泣いた。大泣きした。自分でもびっくりするくらいの大きな声で泣いた。

 どうしてダメなの? 私がこの手を放したらこの子はまた一人になっちゃうんだよ? 一緒に連れて帰ってあげて!

 泣きじゃくりながらパパとママにお願いをする。

 広場中の人が私を見ていても泣き続けた。

 パパとママは困った顔を見合わせた後、やっと「わかった」と言ってくれた。

 ママが鞄の中から何かを取り出して、すぐ近くにいた知らない人にそれを渡した。

 

「大切にするのよ?」

 

 そう言って、ママが私の頭を撫でる。

 いつの間にかお姫様はいなくなっていて、彼女と繋いでいたはずの左手には指輪が握り締められていた。

 銀のリングに赤い宝石が嵌められた指輪。それはあの子がしていた指輪と同じものに見えた。彼女はいなくなってしまったけれど、指輪を通して彼女の存在を確かに感じられた。

 

 以来、私はその指輪を肌身離さず身につけるようになり、私と彼女は事あるごとに()()()した。

 リンクした瞬間、視界は白く染まって、全身が温かく優しい感覚に包まれる。その光の中で、彼女と私は向き合っているようでもあり、一つに重なっているようでもあり、入れ替わっているようでもあった。お互いの言葉は違うけど、どういうことを考えているか不思議と理解できた。長い時間リンクしているように感じても、現実世界に戻ってくると時間はほとんど経っていなかった。 

 

 最初の頃はいきなり彼女とリンクし始めるものだから、びっくりするやら嬉しいやらで私は毎回大騒ぎをしていた。

 しばらくすると彼女とリンクするための条件が何となく分かってくる。まず必要なのが、指輪を身につけていること。それと儀式。胸と頭の奥にあるモヤモヤした何かをグルグルと回して、そのモヤモヤしたのが光ってきたところで「えいっ!」とお腹に力を入れる……という儀式。やれば必ずリンクするわけじゃないし、寧ろ空振りすることの方が多かったけれど、彼女とリンクするのは決まって儀式の瞬間だった。彼女の方もやっぱり同じようなことをしていたらしい。でも彼女は私とは少し違って、モヤモヤしたものをゴシゴシと磨くイメージだと言っていた。

 あと、リンクしたときは大抵、私と彼女は同じような精神状態――嬉しかったり悲しかったり怒っていたり――だったから、これもリンクするための条件の一つだったのだと思う。

 

 リンクできるのは一週間に一回か二回というのが普通だった。

 私は暇さえあれば儀式をして彼女を待ち構えていたのだけれど、彼女の方は私ほど暇じゃなかったらしい。彼女は本当にお姫様だったのだ。しかもあっちの世界で一番の。

 こっち側の世界にあるどんな建物よりもずっと大きなお城に彼女は住んでいた。私と同じくらいの歳なのに、その世界の人たちは全員膝を着いてお辞儀をしてくる。いつも素敵なドレスを着て、豪勢な料理を少しだけ食べて。

 そしてたくさんの兵隊さん達の先頭に立って、彼女は戦っていた。彼女は魔法が使えたから。ううん。魔法を使えるのは彼女だけだったからだ。

 

 敵は星の外からやってくる、とても恐ろしい武器を持った異形の侵略者たち。

 対する彼女側の戦力はあまりにも貧弱。私の世界の中世時代ぐらいの装備しかなかった。

 普通なら相手にならない戦力差だけど、彼女の魔法がそれをひっくり返してしまう。彼女が手を振れば千の竜巻が荒れ狂い、叫べば視界の全てが業火に包まれ、祈れば雷光が地平線の先までを灰燼に帰す。星の裏側で戦端が開かれても、彼女なら空を駆けて数秒で到着できた。

 彼女の魔法で打ち漏らした敵に止めを刺すのが兵隊さんたちのお仕事だ。

 彼女はその星の人たちの守護神のような存在だから大事にされ、崇められ、同時に恐れられていた。だから彼女はひとりぼっちだった。

 

 私にとって彼女は憧れだった。

 私と変わらない歳、変わらない容姿なのに、魔法を操り人々を助ける。たとえどれだけ恐れられ疎まれても、皆を守るという彼女の信念は変わらない。それは私には到底持ち得ない強さだったから。

 

 彼女の高潔さを知ってもらおうと何度もパパとママに語って聞かせた。

 二人は私の空想だと思っていたみたいで、あまり真剣に聞いてもらえなくてもどかしかった。でも、ママが剣と魔法が活躍するファンタジー世界の本を、たくさん読み聞かせてくれるようになったのは嬉しかった。断片的にしか分からない彼女側の世界を、本から得た知識で勝手に脚色していくのは楽しかった。

 

 私が成長するのと一緒に彼女も成長していく。彼女の着るドレスはますます華麗に、お化粧も大人っぽくなっていく。

 私もせめて装いだけでも彼女みたいになろうと頑張るんだけど、それもなかなか上手くいかない。主に資金的な問題で……。彼女と比べれば私なんて、せいぜいボロを纏った召使い。それでも彼女はそんな風には思ってなくて、対等の友達として見てくれているのが伝わってくる。

 もう私は彼女に首ったけだった。親やクラスメイトが私を理解してくれなかったとしても、彼女さえいれば私は幸せ。そんな風にも思っていた。

 

 だけど……。

 私たちが10歳になる頃から、彼女とリンクする頻度は激減していった。

 

 私は相変わらず彼女と繋がるのを待ち構えながら、空想にふける安穏とした生活を送っていたのだけれど、彼女の世界は大変なことになっていた。空からの侵略者たちが昼も夜もお構いなしに、星の至る場所に攻め込んで来るようになったのだ。

 いくら彼女の魔法が圧倒的でも、体力の限界はある。私と会うために儀式をして集中力を使うよりも、一秒でも長く睡眠を取るべき…。そんな厳しい状況が日常化していた。

 

 時は流れて。それは私が中学二年に上がる前の春休み初日のことだった。彼女と唐突にリンクした。三か月ぶりのことだった。

 私たちはまず抱き合って再会できたことを喜んだ。

 それから改めて彼女を見た私の胸は酷く痛んだ。彼女の顔がお化粧でも隠せないくらいやつれていたからだ。それに、いつも輝いていた彼女のドレスもくたびれていた。彼女にも彼女の周囲の人たちにも、本当に余裕が無いんだ……。

 それなのに、彼女からは強い闘志が伝わってきた。彼女曰く、明日が決戦の日。これまでで最大規模の最も厳しい戦いになるらしい。でも、それに勝利すれば、彼女の星に平和が訪れるのだと。

 それを知って、私は今日彼女とリンクできた理由が分かった。明日は私にとっても決戦の日だったからだ。それは彼女と比べるとあまりにちっぽけだけれど、私にとっては一生を左右する戦いだった。

 じゃあ明日また会えるね、とお互い笑い合う。

 お互い戦いに勝利した高揚感で、私たちはきっとリンクできる。私たちはそう思っていた。

 

 翌日。それは運命の日になった。

 

 私は市内にある、知る人ぞ知るゴシックドレスの専門店に向かった。お財布の中にはこれまで貯めたお年玉貯金がたんまりと入っている。

 彼女の隣に立っても見劣りしない最高のドレスを手に入れてみせる! そう意気込んでお店の扉を開いた。

 そして数時間に及ぶ死闘の末、財布の中身を生贄にして、私は最高の一着を手に入れることが出来た。

 もちろん店内で着替えて、新たな装いで外へ出る。一刻も早く彼女に見て欲しかったから。もうウキウキのワクワクだった。

 お店から出て少し歩いたところに丁度いいベンチを見つけたので、そこで儀式を行うことにする。

 胸と頭の奥にあるモヤモヤした何かをグルグルと回して「えいっ!」。しかしリンクは成功しない。儀式は上手く出来ている感覚があるのに。何度試してもリンク出来なかった。

 

 或る恐ろしい想像が頭に過った。

 

 途端に身体が震えてくる。頭が重くなってくる。心が寒くなってくる。気分が悪くなってくる。

 体調が悪化すれば悪化するほど、彼女とのリンクが近づいている予感がある……。それが何よりも恐ろしかった。

 そんなときに、とても嫌な言葉が聞こえた。

 指輪に落としていた視線を上げると、道の向こうの大人の男の人がニタニタしながら私を見ていた。どうやらこの人がとても嫌な言葉を言ったらしい。私に対して。私を見ているのはその男の人だけではなかった。高校生ぐらいの男の子たちのグループや、性格のキツそうなおばさんも私をみていた。ニタニタしたり、眉を顰めていたりしている。私を見て。私の服装を見て。

 寒い。身体が冷たい。悪寒。嫌な予感……。

 また嫌な言葉を言われた。嘲笑が私に降り注いでくる。

 周囲を見渡しても、私に親切にしてくれそうな人なんて誰もいない。私がこんな格好をしているから。他の誰もこんな格好はしていないから。

 私は一人。ひとりぼっちだ。

 違う! 私にはあの子がいる!

 でもなんでリンクできないんだろう?

 なんで?

 なんで?

 

 もしかして――

 

 全部の嫌な考えを振り払うため、私は走り出した。

 道行く人全員が私を見ている。指をさして笑っている。そんな気がする。そうに決まってる。

 恐ろしくてたまらない。

 何でこんなことに?

 胸が痛い。矢に貫かれた様に痛い。本当に痛いのだ。私の胸に矢なんて刺さっていない。でも痛む。

 なら、この痛みは何の痛み? 誰の痛み?

 違う! 嘘だ! 嘘だ!

 

 雨が降り始め、それはすぐにどしゃ降りになった。

 そんな中を走り続けたものだから、ドレスは既に濡れて重くなっている。

 どこに向かって走っているのか私自身にも分からなかったけど、辿り着いたのはあの広場だった。彼女と初めて会った青空と芝生の広場。

 しかし今は厚い雨雲のせいで、辺り一面は夜みたいに暗くて芝生も泥濘に成り果てている。周囲には人っ子一人いない。

 トボトボと、広場の中央へ向かって行く。今日に合わせて下ろしたおニューの靴は、あっという間に踝まで泥塗れ。もう自分でも何がしたいのか分からなかった。

 寒さと疲労でもう体力の限界だったのだと思う。泥濘に足を取られ私は盛大に転んでしまった。

 最悪のことが起こったのはそのとき。

 左手の小指に不快な感覚が走った。それは、あの指輪が泥濘の中の石に強く擦れた感触だった。

 私は悲鳴を上げながら指輪を確かめた。

 でももう遅かった。無惨にも、指輪の赤い宝石には大きな傷が付いていた。しかもそこから生じた亀裂は広がっていき、宝石は粉々に砕け散ってしまった。

 

 その瞬間、私の全身は絶望に包まれて。

 だから、私と彼女はリンクした。

 

 まず見えたのは、彼女の指輪が私の指輪と同じく砕け散る光景。そして、焦土、噴煙、瓦礫、迫りくる夥しい数の敵兵。

 伝わってくる彼女の胸の激痛。ボロボロのドレスを纏った彼女の胸に、巨大で鋭利な金属片がめり込んで――。

 

 そこでリンクは途切れた。ストロボの連射のような断片的なリンクだった。しかし彼女に何が起こったのかを知るには十分だった。

 

 雨は収まるどころか激しさを増すばかり。仕舞いには雷鳴が轟き始める。まだ15時過ぎだというのに、まるで夜のような暗さ。

 私は泥濘の中でのたうち回り、ひたすら泣き叫んだ。

 ついさっきまで新品だったドレスは泥に塗れて、もう二度と着ることは出来ないだろう。それさえも最早どうでもよかった。

 モヤモヤをいくらグルグルして解き放っても、彼女からの返事はない。

 彼女の無念を思うと気が狂いそうだった。私に代われるのなら代わってあげたい。

 他者のために誰よりも頑張ったあの子が、どうしてあんな最期を迎えなくてはならないのか?この世の神は一体何を見ているのか!? ふざけるな! そんな神ならこっちから願い下げだ!

 

 嗚呼。私の声を聴いてくれる人……私を理解してくれる人はいなくなってしまった。私は独りになってしまったのだ。

 

 雷雨の下、喉が潰れるまで慟哭したとして、一体誰に届くというのか。こんな場所で汚泥に沈む私がいることを、誰が気付いてくれるのか。

 届く筈がない。気付いてもらえる筈がない。

 そんなことが起きたとすれば奇跡だ。

 奇跡は起こらないから奇跡と呼ばれるのだ。

 

 だから私は独りになった。

 いつまでも。いつまでも。

 

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