超次元偶像二宮飛鳥のセカイ   作:関ち出張所

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≪Review by 蜈?ココ蠖「≫

 

 私の寿命が今にも尽きようとしているとき、蘭子のいるセカイ線にたどり着いた。

 

 そのセカイ線は率直に言って()()()だった。

 文明を持ちうる生命が誕生した星はたったの1万個程度しかなく、しかもいずれの星でも科学技術が大して発展しなかったため、異星間の交流さえ一度も出来なかったセカイ線。見どころ皆無と言ってもいい。

 付近には数体の天使が漂っていたが、やはり誰もこのセカイ線には注目していなかった。

 私もすぐにそこから離れようとしていたのだが、何の面白味も無い閲覧情報の中に微かな()()()が混じっていることに気が付いた。どうやら魂の波動による揺らぎが原因らしい。その揺らぎはセカイの内側に存在する者が生じさせるにしてはかなり大きく、しかし、天使にとっては取るに足らない程微小なものだった。天使である私がその揺らぎに着目できたのは、以前から彼らの魂に関心があったからだろう。

 その揺らぎにフォーカスし、改めてセカイを精査する。

 魂の波動の発生源は神崎蘭子という少女だった。彼女が雷雨の中、泥水に塗れて慟哭している。絶望の叫びと共に魂の波動を放っていたのだ。

 しかし妙だった。この少女が周囲の者たちから侮辱を受けたのは確かだが、これほどまでに取り乱さなくてはならないものだろうか? 少女の性格からすれば、さめざめと悔し涙を流す程度の反応になりそうだが……。

 やはり納得がいかない。フォーカスを強める。すると、慟哭の直前にも極僅かな魂の波動を放っていたことに気付く。それは一見すれば極小のノイズだったが、セカイ線から滲み出した後は一定の方向へと向かって行く。数多のセカイ線の合間を縫った末にたどり着いたのは、神崎蘭子のセカイ線からは随分と離れた別のセカイ線で、そこにいる蘭子と同じ外見を持つ少女が受け取っていた。そしてその少女も同種のノイズを発し、それは蘭子へと向かって行く……。

 過去を精査し直せば、同様のノイズがいくつも見つかった。

 

 すべてを理解したとき、私の魂が震えた。

 

 それは異なるセカイ間での交信だった。本来であれば、極限まで発展した科学と多くの偶然が重なってはじめて可能となる、極めて珍しい現象のはずだ。彼女たちはそれを、実に原始的な方法で成功させていた。赤い宝石がアンテナ、肉体が同調回路、感情が検波回路、魂を動力とした送受信機のようなものだった。

 

 ()()()()丁度いい位置関係にある二つのセカイ線において、()()()()原子配列レベルから全く同形状の二つの赤い宝石が存在し、それが()()()()同じ肉体構造を持った少女たちの手に渡り、その少女たちは()()()()魂に関する極めて優れた才能を備えていた。

 

 広い天界であれば、この()()()()の内、一つや二つなら揃うこともあるだろう。しかし四つともとなると最早奇跡の中の奇跡だ。少なくとも私はここで見たのが初めてだったし、他の天使から聞いたこともなかった。

 この奇跡の末、彼女達は知らず知らずのうちに、魂の力を引き出す感覚を完璧に体得していた。だからこそ、蘭子の慟哭、魂の叫びはセカイ線の情報に揺らぎを与えていたのだ。

 二人の交信の内容は天使である私にさえ解析できないが、最後の交信の直後に起こったことを見れば、蘭子の取り乱し様も理解できた。蘭子はあちら側の少女が死んでしまったと誤解したのだ。あそこで交信が途絶えたのならば無理もない。

 

 あちら側のセカイ線では蘭子側より遥かに多くの星に文明が誕生していた。そのため、星間交易は勿論、星間戦争も頻発するようなドラマチックなセカイ線だった。そういう意味ではそこそこ()()()のセカイ線だろう。

 少女が生まれた星は遥か昔に科学が高度に発達し、銀河を支配していた時代があった。その時代には貴族階級以上なら思考するだけで全てが可能だった。大気中に散布されている自己増殖型ナノデバイスが脳波に反応し、願望を実現してくれるからだ。

 しかし夢のような時代は程なく終焉を迎える。ナノデバイスの誤作動により、その使用者の全てが死亡したのだ。その中には当然、銀河の支配者一族も含まれていた。そして、支配者を失った銀河の覇権を巡る戦乱の時代が幕を上げた。それは野蛮な兵器を用いた、血で血を洗う戦争だった。

 そんな暗黒の時代に少女は生まれた。何故か、ナノデバイスの使用権限を持った状態で。使用者不在となってから長い年月が経っていても、未だナノデバイスは健在だったのだ。それが判明するや否や、少女は正当な支配者の末裔として祀り上げられ、また唯一無二の戦力として戦列への参加を余儀なくされた。

 蘭子との交信が始まったのは、何度か戦場を経験し、精神的に疲弊していた頃だった。

 蘭子が少女に憧れたように、少女もまた蘭子を心の支えにしていた。平和というものが本当にあるのだと、蘭子が教えてくれて初めて知った。それを実現するために自分は戦っているのだと思うと、どれだけ辛くても力が湧いてきたのだ。

 

 最終決戦のあの瞬間。実際、少女は死を覚悟した。しかし、その激痛の衝撃によってナノデバイスに掛かっていたリミッターが解除され、本来の機能を全て取り戻した。それはほとんど万能機。使用権を持つ者が大怪我を負っても、自動的に修復してしまうほど。

 蘭子との交信途絶後、すぐに蘇生した彼女は決戦を勝利に導いた。それにより彼女の星はしばしの平穏を享受することになった。

 戦後、彼女は多くの仲間を得ていたことに気付く。その仲間たちと共に、今度は星の再興を目指していくことになる。

 仲間たちとの交流、新たな侵略者、銀河を股に掛ける大冒険、自身の出生の秘密、そしてロマンス……。彼女の生涯の正念場――真の見どころ――は、寧ろこれからなのだ。

 ただ、彼女は生涯ずっと蘭子の身を案じ続けていた。最後の交信で蘭子も辛い思いをしているのが伝わってきたからだ。赤い宝石を修復しても、蘭子とリンクすることが出来なくなっていた。あの後、蘭子はどうなったのか? 彼女は折に触れて思いを巡らせた。しかし、彼女にはもう知る術はなかった。

 

 対して、神崎蘭子の生涯には見どころと呼ぶべきものはなかった。

 あの日から蘭子は空想に浸ることを辞めた。身につける衣服は、他の大多数が着るのと同じものになった。言動についても努めて普通を装った。

 蘭子の変化について彼女の両親は「成長した」と好意的に受け取ったが、その実、ただの逃避だった。少女の悲劇を受け入れることが出来ず、彼女を想起させる全てを自分から遠ざけることにしたのだ。しかし忘れられるわけもなく、ふとした時に少女との交流を思い出してしまう。そして見当違いの自責の念に囚われ続けた。結果として、蘭子は無意識的に幸福から遠ざかろうとする人間になった。そんな彼女の生き方はまるで、緩慢な自殺のようだった。

 

 私は納得することができなかった。

 この二人の少女は天界の中でも、最も稀有な存在と言ってもよい。なのに、その片割れの蘭子が無味無色の人生を送るなんて、絶対に間違っていると思った。蘭子ならもっと素晴らしい人生が送れるはずだったのに、と。

 

 随分と長い間、蘭子を見続けていた。どうやら私は蘭子に執着しているようだった。何故だろうかと考えた。そして、彼女の絶望の叫びが私の魂を揺さぶり続けているから、という結論に達した。

 

 天使が観測したことは覆らない。この灰色のセカイ線はもう絶対に消すことも、変えることも出来ない。セカイの構造はそこまで都合よくできてはいない。

 他に出来ることがあるとすれば、干渉により別の可能性を生み出することだけだ。

 そして私は初めてセカイ線に干渉することを決めた。

 

 蘭子のセカイ線を眺め、彼女が輝くことの出来る可能性を検索する。該当ルート複数あり。最上位ルートの選択で良いだろう。

 蘭子の時代には風変りな産業が隆盛を極めていた。他者からの願望と希望と貨幣を受け、対価として一時の気晴らしを提供する者。それは偶像……アイドル、と呼称されている。

 彼ら彼女らにとっては、個性的であることは武器だった。重要なのはその個性の開示の仕方、……プロデュースの手腕。アイドルにはパートナーとなるプロデューサーが必要。

 蘭子の魅力に気付き、プロデュースを成功させ得る者を検索。該当者数名。これも適正最上位者を選べば良いだろう。

 Pという、人間としては極めて高い能力を有している男がいた。灰色のセカイ線においては、生涯に何人ものアイドルをトップへ導くことに成功し、最終的に業界の支配者にまで上り詰めるような逸材。この時点ではプロデューサーに任命されて間もない頃で、ちょうど担当するアイドルを誰にするか吟味している最中のようだ。彼なら蘭子のアイドルとしての才能に確実に気付くだろう。

 少女は死んでいないことが分かる記憶媒体を創造し、それをPに持たせた状態で存在座標を蘭子の眼前に変更する。そうすれば蘭子はすぐに立ち直り、アイドルとして歩んでいくだろう。そして暗示により、蘭子の“力”を歌声に乗せる方法を擦り込めば、蘭子をアイドル界どころか星の頂点に立たせることさえ可能になるはずだ。

 干渉方法は決まった。あとは粛々と手を加えるだけ。その後、分岐したセカイ線を観測すれば蘭子の輝かしい可能性を見ることが出来る……。

 ――しかし。

 そうしたくない、と感じている自分がいた。

 誰かが蘭子のプロデュースをするのが気に入らなかった。私自身が彼女をプロデュースしたいと感じていたのだ。

 

 既に私の魂は限界といっていい。こんな状態では閲覧できるセカイ線はもう幾らもない。

 結局、私は()()()を見つけられなかったのだ。

 このまま消滅してしまえば、永遠に続けてきた彷徨がすべて無意味になってしまう。それだけは嫌だった。せめて最後に、一つでいいから、自分の存在した意味が欲しかった。それを自分の手で掴み取りたかった。

 こうして私は、受肉すること――天界からセカイ線の内側へ堕天すること――を決めたのだ。

 

 干渉を開始する。

 まずは、私の魂を結び付けるための肉体を創造する。蘭子の引っ込み思案な性格を考慮し、性別は同性にするのが良いだろう。容姿は整っている方が何かと都合のいい社会のようだから、過去の美女と呼ばれる者たちを参考に肉体を構成する。髪色は蘭子と同じにしよう。この肉体で可能な限り全ての能力を高める。これでライバルになるPにも引けを取らないはずだ。

 

 この段階で、灰色のセカイ線はそのままに、蘭子の慟哭した時刻から新たな分岐が発生した。未来側が未観測故にまだ短いそのセカイ線は、まるで萌芽したての新芽のように見えた。

 新しいセカイ線に対し、引き続き干渉を行っていく。

 

 社会システムの中に私の身分を捏造する。戸籍、住所、家族構成、来歴、資格、財産。電子上、書類上、そしてもちろん実情も、一つたりとも齟齬が起きないように。天使の能力ならそれはいとも容易く行える。

 プロダクションでの身分は中途で採用されたプロデューサーで良いだろう。採用日は堕天日の前日である3月24日とした。採用に関わった設定の社員には、記憶を捏造する暗示をかけておく。

 雨雲を散らし、雷雨を止める。泥に塗れた蘭子を立たせ、ついた汚れを全て除去する。砕けた宝石も修復した。ただし、セカイ線の位置が変わったので、もう二度と交信することは出来ないだろう。

 創造した肉体を蘭子の眼前に立たせる。

 

 あとは私がその肉体に入り込めば干渉は終わりだ。私は正真正銘ただの人間となる。そして存在の軸が肉体の方に移った後は、もう天使の能力を行使することは出来なくなる。そんな確信があった。

 だが私はそれでも構わなかった。私の中の何か――おそらく魂の深層が――『これで正解だ』と囁いているように感じていたからだ。私はまだ()()()を見つけられていないにも関わらず。

 

 堕天を開始する。

 案の定、天使として記憶していた情報のほとんどは、データ容量の関係上削除せざるを得なかった。移植できる情報も多くは文字化け起こしていく。まぁ、蘭子のプロデュースにはそれほど必要なものでもないので別に問題は無い。

 意外だったのは、私が誕生した瞬間から持っていた“封印された何らかの情報”がそのままの形で移設されたことだ。とはいえ封印されたままなのは変わらず、中の情報には依然としてアクセス出来ないし、どうすれば封印を解くことが出来るのかも分からないままだったが。

 

 ()()がやって来たのは、堕天シークエンスの終盤に入ったときだった。

 

 少し前からずっと私に付きまとっていた、嫌な感じのする天使。ヤツが私を追いかけるように堕天し始めたのだ。

 セカイ線分岐は起こらなかった。私とヤツが同時に干渉したという扱いなのだろう。

 こんな気持ち悪いヤツが、私と蘭子のセカイに入ってくるのは非常に不愉快に感じた。辞めさせたいがそれはもう無理だった。既に私はほぼ人間になっていたし、引き返すことも出来ない段階に入っていたから。

 ヤツの堕天は私とは全く異なる方式だった。私のように創造した肉体に入るわけではないようだ。己を構成する全てを、見たことのない手法で変換し、セカイへと流し込んでいく。天界とセカイ線の狭間にあるいずれかの次元に注ぎ込んでいるのか……? よく分からないが、おそらく老練なソイツだから出来る、極めて高度な干渉技術だった。

 

 そこで私自身の堕天が完了してしまった。結局、ヤツの目的については分からないままだった。何かの実験だったのだろうか……? 寿命を迎えた天使が最後にどこかのセカイ線に堕天するというのは実はよくあることで、その瞬間を狙って私に付きまとっていたのかもしれない。私はもう天使に戻ることは出来そうもないが、ヤツの堕天方式なら可能だろう。

 何にせよ人間になった以上、ヤツについて考えても仕方がなかった。

 

 こうして私は神崎蘭子の前に降り立った。最後不愉快なことはあったが、蘭子を目の前にして全ては吹き飛んだ。

 蘭子は嘆くのも忘れて周囲を見渡している。彼女からすれば、瞬時に雷雨が晴天へと変わり、ドレスと宝石が元通りになり、私が急に現れたのだから無理もない。

 その様子を見て、私は改めて魂が震えるのを感じた。

 

 なんて愛らしいのだろう……。

 

 心拍数が高まり、体温も高まり、脳は勝手に快感物質を分泌し始める。

 これが肉体か……あぁ、なるほど……。どうやら私が神崎蘭子のファン第一号らしい。

 

「大丈夫よ。あの子は生きているわ」

 

 私の言葉に蘭子は瞠目する。

 

「あの子……名前は――」

 

 このセカイ線では蘭子以外に知る筈のない、遥か遠くのセカイの姫の名を告げる。

 それで蘭子には伝わった。決してひとりぼっちではないということが。

 

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