超次元偶像二宮飛鳥のセカイ   作:関ち出張所

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≪Review by P≫

 

 俺が視ている世界は他の人間とは違う。

 

 そのことに気が付いたのは、俺がこの世に生まれてから千日が経った頃だった。

 

 俺には()()観えていた。

 

 たとえば電磁波だと、普通の人間の視覚はごく限られた範囲の波長の、いわゆる可視光しか認識できないらしいが、俺は全ての波長を認識することができる。音波なら超音波から超低周波まで全て聴くことが出来る。

 五感のその他の感覚も、普通よりも遥かに鋭敏らしい。いや鋭敏というよりか、各感覚は幾らでも研ぎ澄ませる。最新鋭の化学分析機器でようやく発見できるような事実も、俺は見て触れるだけで知ることが出来る。だから天体望遠鏡も電子顕微鏡も俺には必要ない。

 

 加えて、生まれてこの方、観てきた全ての情報を俺は覚えている。

 

 何年前の何時何分のその場所に、誰がどんな表情や体温や心拍数でいて、どんな電磁波が行き交っていたのか。全てを正確に思い出すことが出来る。

 人間の脳には未知数の記憶容量があるとはいえ、俺が視てきた情報は余りに膨大だろう。それなのに脳がパンクしそうな気配は一向に感じない。

 

 何故俺は()()なのか、なんてことはいくら考えても分からなかった。

 それに他人に言ったところで、クオリアの壁があるから絶対に伝わらない。一笑に付されるか、手品かイカサマと言われるのが関の山。観えるから観える、覚えているから覚えている、としか言いようがない。目で物が見える仕組みを理解してなくても見えるのと一緒だ。

 

 分からないなりにも俺の肉体の外に、透明の高性能な観測装置や記憶装置が付属されている、と仮定すれば多少は納得出来る。

 そしてどうやら――これは逆説的に示唆されたことだが――そこには演算装置もあるらしい。

 

 いつからか、俺には未来予測ができるようになっていた。

 

 詳細な観測データの膨大な蓄積だけではそれは達成できない。未来予測のためには、データを適正に処理するための演算装置がなければならないのだ。

 未来予測が有意なレベルで発現したのは三千日経った頃だった。それはつまり、その頃に未来予測に必要な十分な量の観測データが蓄積されてきたということだろう。

 その当時の俺は、自分のことを神に愛された人間だと自負していた。何でも出来るし、何にでも成れるという確信があったから。俺の能力があれば科学でもスポーツでも経済でも戦争でも、ほとんど全ての分野で頂点に立つことができる。造作もなく。それは傲慢でも何でなく、ただの純然たる事実だった。

 

 しかししばらくすると、俺は酷く落胆することになった。完成した未来予測は完璧過ぎたのだ。

 日常生活でも遊びでもスポーツでも、予測の通りに行動すれば、予測したことがそのまま起き、故にそのすべてで最高の結果を得た。それは余りに簡単過ぎた。こんなイージーゲームに何の意味があるのか? 学芸会の演劇と何が違うのだろう?

 わざと予測とは別の行動を採ろうとしたことは、もちろん何度もある。だがそれが成功することは一度たりともなかった。

 そうして理解した。俺が予測だと思っていたのは、実際には “台本”だったのだと。しかも俺の書いた台本なんかじゃなく、神だか悪魔だかが書いた、強制力のある台本だった。俺の予測というのは、あくまでそれを()()()していたようなものに過ぎなかった。

 俺という人間は、その台本の中で“極めて優秀な人間”としての役が与えられているだけ。つまりはただのモブの一人でしかなかった。

 脇役のくせに台本ほっぽってアドリブなんてしようものなら、監督さんに滅茶苦茶に怒られてしまうわけで……。とどのつまり、俺は心の奥底でビビっていたんだろう。だから、押し付けられた台本でも、クソ真面目に演じることしかできなかったんだ。

 

 神に愛されているなんてとんでもない。俺こそが誰よりも神の奴隷だった。

 こんな茶番、他にあるか?

 セカイの構造に気付かずにいられる他の人たちが心底羨ましかった。

 

 いくら落胆したとしても、台本から逃れることはできない。

 俺は表面上は華々しい活躍をしながら歳を重ねていった。そして大学を卒業し、この国で最も有名なアイドルプロダクションに入社した。それは世界でも有数の大企業であり、エンタテイメントに関しては世界でトップだと誰もが口を揃えて言う。プロデューサーとして成功を収め、会社内でのし上がってゆき、最終的に社長の座に就く……。そんなルートはなるほど、俺の()()()()としては()()()()ものだった。

 

 世界中から優秀な人材の集まるこの会社においても、俺の能力は抜きんでていた。

 入社直後から様々な部門において、会社の利益に多大な貢献をし、俺は入社三年目を前に正式にプロデューサーへと昇格した。

 

 プロデューサーを名乗れるようになった三日後の3月25日の昼。

 上司の居室へと呼び出された俺は、自分でプロデュースする娘を決めるよう命じられた。スカウトでも訓練生の中から見繕うのでもどちらでも構わないから、と。

 数名の訓練生のプロフィール書類を受け取ってから退室したが、まだ見てもいないその書類の中身は全て分かっていたし、結局誰を選ぶことになるのかももう知っていた。

 

 ……そうだ。俺は候補生の中から選ぶつもりだった。いや、そういう“台本”だったんだ。

 だったら何故、俺は二宮飛鳥をスカウトした? することが出来た?

 

 プロフィール書類を受け取った後は早めに帰宅した。

 そして自宅で一服しているとき、15時23分に正体不明の立方体――今はALDと呼称しているもの――が何処からともなく出現した。

 無から有が発生したのを目の当たりにして驚愕するのと同時に、単なる驚きとは別種の何か途轍もない感覚に襲われた。それは恐らく“自由”だった。生まれて初めて感じる、本当の意味での自由。俺をずっと抑えつけていた“窮屈さ”つまりは“台本”が、どういうわけか消えたのを感じた。

 今ならどんな行動も採れるという実感があった。たとえば、本来選ぶはずだった娘とは別の娘を選ぶことも出来る。それどころか、スカウトすることも可能――そう考えた瞬間、とても大切なことを思い出した。

 

『静岡へ行かなくては!』

 

 パチンコで弾かれたように自宅を飛び出し、十五分後には新幹線に乗っていた。

 

 そして俺は二宮飛鳥と出会った。

 

 この日、二宮家を出る頃には、また新たな“台本”が出来上がっている感覚があった。

 新しい台本では俺の担当は二宮飛鳥になっていたが、あの当時は不思議なことに7月以降の台本は読めなくなっていた。

 読めなかった――つまり未来予測できなかった――のは、神崎ちゃんの特殊な力についてのデータを取得してなかったから、という理解で良いだろう。

 

 …………いや、待て。

 重要なのはそういうことじゃない。重要なのは『何故俺は静岡に行ったのか?』だ。

 何か理由があったはずだ。

 “自由”になった瞬間、それを思い出した。だから俺は静岡へ行った。何を思い出した? 昔何かがあったような……? そうだ、確かに何かがあった。昔……いや、十年前だ。俺でさえ理解不能なことが、その頃にあった。俺は確かに()()を観た。だから教室なんて飛び出して、その不思議を解明しに行きたいと心の底から願っていたのに、何故か決してその行動を採ることができなかった。だからこそ俺は世界の構造に気付くことにもなったが……。

 

 伝えなくては。

 

 伝える?

 何を?

 誰に?

 

 いや……妙だ。まさか、このことについて考えるのは初めてではない?

 

 そういうことか……あの頃から何度となく考えて、そしてその度に忘れているんだ。

 何故こんなことが起こる? こんな思索シーンは台本には書かれていないってことか……?

 

 あぁ、ダメだ……。

 きっとこの思考さえ……――――

 

 

 

 

 

≪Observation by P≫

 

「――ぶえっくしょいっ!!」

 

 不意にとんでもないくしゃみが出た。

 目の前の書類にかからないよう、なまじ抑え込もうとしたせいで、かえって唾が滅茶苦茶飛んだし、鼻水もブラリンしてる。

 今俺の居室には、ツッコんでくれる人は誰もいない。もの悲しさはあるが、飛鳥が帰った後で良かった。眉を顰められただろうから。

 

「うお、垂れる垂れる……」

 

 デスクの引き出しに備えていたちり紙を取って、ズビビと鼻をかむ。たくさん出た。爽快。

 

「………なんだっけ?」

 

 くしゃみする直前まで、何か考え事をしていたんじゃなかったっけ……? しかし思い出せない。実際には仮眠をとっていただけのような気もする。

 現実と“台本”が乖離し始めたあたりから、こういうことがよくある気がする。ただの疲労によるものか? よく分からない現象だ。まぁ、そのよく分からないっていうのは、俺にとっては寧ろ良い傾向だ。

 

「よし、もう少し進めておこう」

 

 そして俺は気合を入れ直して、再び仕事に取り掛かった。

 

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