超次元偶像二宮飛鳥のセカイ   作:関ち出張所

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≪Observation by Asuka≫

 

 ………whe………に………er………r…………………だ…………0……ゅ………………w……g…………た……………ス…………

 

 音? 音楽? いや、声か? 誰だ? 何だ? 何を言っている?

 聞き取りづらい。もどかしいな。

 白い。白くなってきた。あぁ、そうか――。

 

「……ふぁ」

 

 覚醒。起床ともいう。

 うざったい音の正体はラジオのノイズだったらしい。昨夜電源をオフにしてから床に就いたはずなのに、何故か点いている。

 枕元の携帯を見ると起床予定時刻の三十分も前だ。

 ベッドから二歩離れたデスクの上の古ぼけたラジオは、いまだ無意味な空電を吐き出し続けている。明らかに故障だ。数日前から電波の受信状態が極めて悪くなっていたし、安眠を妨害されたとあっては、これはいよいよ買い替える必要がある。中古だったとはいえ、購入から約一か月の短い寿命だった。

 おそらく購入したその日に手荒に扱ってしまったことが原因だろう。自業自得といえばそうなのだが、原因の30%ぐらいはボク以外にある。

 そうだ。今日こそこのことについて小言を言ってやろう。そもそも何故彼は――。

 

「うぅ……」

 

 ――いやそんなことより、眠い。あと三十分ほど惰眠を貪りたいのだが……。

 

 ジジ……ブツ……ブツ……ジジッ……ブブブブ……

 

 耳障りだ。とても。

 仕方なく、ベッドから這い出してデスクの前に立つ。忌々しいラジオのスイッチを切ろうとして、やはり既にオフになっていることを確認。コンセントからプラグを抜いてやると雑音は消え、ようやく部屋に早朝らしい静寂が訪れた。

 今更になって部屋がやけに明るいことに気が付く。照明はちゃんと消えている。

 原因は昨日買い替えたカーテンだった。朝日の大半を透過させてしまっている。どうやら安物を買ってしまったらしい。カーテンを買うことなんて初めてだったから相場が分からなかったのだ。これならこの部屋に最初から備え付けてあったものの方がよっぽど遮光性は高かった。

 

「……まぁ、これも悪くないけどね」

 

 カーテン越しの朝日が照らす、ベッドとデスクとラジオ。そして床に直置きされたテレビしかない殺風景な部屋。これはこれで趣がある。何より、元あったカーテンは柄がファンシー過ぎた。物としてはあちらの方が上らしいが、アレをまた使う気にはなれない。

 

「んっ、ふぁぁ……」

 

 大きな欠伸と共に眠気は去り、気怠さもなくなっていた。

 カーテンを開き、朝日を一身に受ける。この清澄な白さは今日一日が素晴らしい天気になることを保証しているように思える。

 ここまできて尚、再びベッドに飛び込むほどにボクは罪深くない。

 丁度いい。今日はちゃんとコーヒーを淹れよう。そうすれば早起きしてしまったことにも三文程度の意味は生まれるだろうから。

 

 

 さあ往こうか、と心の中で呟いて玄関のドアを開く。階段を使って降り、エントランスを抜けて外に出る。見上げれば抜けるような青空が広がっている。

 そういえば今日もまたマンションの住人には誰とも会わなかった。

 このマンションは一般的なそれとほぼ同じ構造だが、名目上は会社の社員寮になっている。だからボクの同僚にあたる人たちが多く住んでいるはずなのだけれど、やはり生活リズムがズレているようだ。ボク以外はみな成人しているからかな。業界の大人には夜更かしがつきものということか。

 だがしかし世間的にはゴールデンウィークの初日。この人たちはそれでいいのだろうか?

 いや、ボクも他人のことはとやかく言えないか。

 

『おはよう これからレッスンに向かうよ』

 

 路線バスに乗り込み、席を確保してから、携帯でメッセージを送信する。

 

『おはよう、飛鳥。GWなのにレッスンさせて申し訳ない。』

 

 すぐに返信が来た。マンションの隣人たちとは違い、こっちの大人は既に起きていたらしい。

 

『どうせキミも働くのだろう? お互い様さ』

『わかってくれて嬉しいぜ。昼過ぎに様子見に行くよ。』

『承知した』

 

 10分程度でバスは目当ての停留所に到着した。

 下車したその場所から、ボクが所属するプロダクションの社屋が見える。

 ここから社屋までは数分の距離があるのに、相変わらず距離を感じさせないほどに巨大だ。まるでバッキンガム宮殿とサグラダ・ファミリアの合いの子。いくらアイドル業界、いや芸能界全体でも断トツの規模の会社とはいえ、その威容は豪奢に過ぎるのではと見るたびに感じてしまう。

 そのお城を通り過ぎた隣りの敷地にあるのが、今のボクの主戦場であるレッスンスタジオ。こちらは質実剛健な造りのビルディングで派手さも遊びも一切無いが、かなり大きなビルだ。ルーム数と在籍トレーナー数はともに百を超え、しかも様々な最新鋭の機材が揃っていて、ありとあらゆるレッスンに対応可能なのだという。

 IDカードをゲートにかざしてビルに入り、デジタルサイネージでボクが行くべきレッスンルームを確認する。やはり昨日と同じルーム番号だった。

 

「おはようございます、二宮さん! 今日も一日頑張りましょうね!」

 

 比較的小さなレッスンルームに入ると、二十代前半のトレーナーである青木明さんが音響機材のセッティングをしているところだった。ボクも挨拶を返した。

 少し早く着いてしまったようなので準備体操をしながら待つことにする。

 今日も今日とて、ボクは二つの曲を練習する。しっとりとした寂しげな雰囲気の曲と、重厚でカッコいい曲だ。

 両方とも三人で歌うことを想定したパート分けがなされていた。驚いたことに、どちらもまだ一般には公開されていない曲なのだという。当然ボクの為に作られた曲ではなく、このプロダクションに所属する先輩アイドルユニットの為に作られた曲だと聞いている。それが誰なのかは秘密のようで、教えてもらってない。

 そんな曲をデビュー前のボクが練習しているのは、将来的に新曲を与えられたときのために、曲を自分のモノにしていく過程を経験しておくという訓練らしい。『知っている曲だとどうしても原曲のイメージに引っ張られてしまうから、未公開の曲を使わせてもらっているんだ』と、以前そんな風に説明を受けた。

 

「他の人たちはどうしていることやら……」

 

 ステップや発声の仕方などの基礎的なレッスンに取り組んでいた始めの一週間は、他の新米アイドルたちと一緒だったけれど、基礎レッスンと並行して曲のレッスンもするようになってからの三週間はいつもボク一人だ。

 マンツーマンでトレーナーに見てもらえるというのは贅沢なことに思えるが、どうなのだろう? 他の子たちも同じなのかな? 業界の事情に疎いボクにはとんと分からない。

 この二曲の本来の持ち主である先輩方も、きっと別のレッスンルームでボクと同じように練習しているのだろう。人気アイドルならレッスンに割ける時間も少ないだろうから、案外この二曲を一番多く歌っているのはボクだったりするのかもしれないね。

 

「準備できました! 午前中はこっちの曲をやりましょう」

 

 明さんが機材をリモコンで操作する。流れ始めたのは物寂しさのあるイントロだ。ボクはそれに合わせてポーズを構える。

今日のレッスンが始まった。

 

 

 午後のレッスンが始まって三十分ほど経った頃、アイツがやってきた。

 

「お疲れ様でーす! おー、やってるねぇ~!」

 

 元気に満ち溢れた挨拶で現れたのは、ボクの担当プロデューサーであるPだ。その元気さはどこかわざとらしいけど、妙に笑いを誘うようなところがあって不思議と不快感はない。

 

「あっ、Pさん! お疲れ様です!」

「明ちゃん、ありがとね。ゴールデンウィークなのに出てくれて」

「いえいえ、Pさんの頼みなら望むところですよ! それにちゃんと休出手当も出ますから」

「うわぁ、羨まし~」

「高給取りが何言ってるんですか!」

「そう思うじゃん? でも時給換算するとね……いや、やめよっか悲しくなるだけだし」

「ふふふっ」

 

 いつもながら楽しそうな掛け合いだねぇ。

 

「飛鳥の仕上がりはどんな感じ?」

「それはですね……」

 

 二人が仲良さげにボクのレッスンの進捗状況を話し合う。彼らを横目にボクは音楽に合わせてダンスを続ける。

 三週間前、いきなり二曲を演らされたたときには目の前が暗くなるほどに惨憺たるものだったが、今では結構できるようになったと自負して――

 

「……そんな感じで現時点の完成度は両方とも、まだまだ、ですね」

 

 ――いたのだけれど気のせいだったのか。くっ……!

 

「どちらも難しい楽曲ですし、基礎がしっかりしているとは言えませんからねぇ。でも二宮さん、筋は良いと思いますよ」

「ふむふむ。ちなみに、片方の曲に絞ってレッスンすればどれくらいで完璧にできそう?」

「そうですねぇ……片方だけであれば、あと十日ほどあれば大丈夫だと思います」

「オーケー、オーケー。まずは一曲を完璧にしようかな。どちらを先にするかは今日の夕方連絡するね」

「わかりました!」

「もう少し見学してていいかな?」

「もちろんです! 少しと言わず、ずっとでもいいんですよ? ……なんちゃって!」

「たはーー! 明ちゃんきゃわわ!」

「じょ、冗談ですからね……っ!」

 

 ……下手なりに必死のダンスを続けるボクを前にして、君たちは一体何をしているのかな?

 いや別にいいんだけど。うん、別にどうでもいいんだよ? だが青木明女史よ、良い趣味とは思えないなぁ。Pよりもハンサムな男性なんて星の数ほどいるだろうに。まぁ確かに、結構有能な男らしいけれど、それを傷つけて余りあるくらいにつまらない冗談を言うし、なんかお調子者だし……。本当に、別に、すごく、どうでもいいんだけどね。

 

「おっ、いたいた。P、ちょっといいか?」

 

 そこでまたレッスンルームに人が来た。ボクの知らない人だけど、どうやらPの先輩のプロデューサーらしい。まったく休日だというのに、誰も彼もご苦労なことだよ。

 ボクもレッスンに精を出してやろうと、ダンスを続ける。

 

「――ってことでよろしく頼む」

「わかりやした! パイセン! わざわざ来てもらってありがとうございました!」

「構わない。オレもちょっと見てみたかったから」

「あぁ、なるほど~。それについても改めて感謝っす」

「初めに提案された時にはよく分からなかったが、ある意味実戦的なレッスンだよな。効果についてはまた共有してくれよ」

「分かり次第そうさせてもらいやす!」

「それにしても、う~~ん……。難しい曲だよな。うちのヤツも手こずってるよ」

「それなら、こっちの大苦戦も当然ですね」

 

 途中からボクの話をしていた? 彼もこの曲を知って――あぁ!? しまった気をとられてしまってステップが!

 

「ほらほら! 動きが雑になってますよ!」

「くっ!」

 

 ダメだな。今のボクに他のことを考える余裕なんて無い。集中だ。集中しよう。

 

 

 次の休憩をとる頃にはPも彼の先輩もいなくなっていた。

 レッスンはボーカルとダンスとビジュアルを行ったり来たりしながら、夕方近くまで続いた。

 

 

 レッスン後に携帯を見ると『今日の報告は要らないから直帰でおk!』とPからメッセージが届いていた。

 だけどボクは彼の居室に行くことにした。別に何か話すべきことがあるワケじゃない。ただ、Pは怪しげな男ではあるけれど、彼の淹れるコーヒーは嫌いではないというだけのこと。

 

 レッスンスタジオを出て隣にある、お城の敷地内へと足を踏み入れる。

 衛兵もとい警備員も品が良くて、爽やかな笑顔で会釈をしてくれる。

 建物までの数十メートルの道のりは、職人の手による植え込みやら意匠の凝らされた噴水やらで全く退屈しない。都心の一等地だというのに、土地の使い方が実に贅沢だ。

 敷地内は、今日がゴールデンウィーク初日とは思えない程に穏やかだった。

 完璧に整えられたこの庭園において、会社に所属する美少女および美女たちが思い思いに時間を過ごしている様は、なるほど、地上の楽園とメディアが評するのも頷ける。仕事終わりの人や、ボクと同じくレッスン帰りの人の他、ただ遊びに来ているのも何人かいるのだろう。

 石階段を上り、精緻な装飾の巨大な扉を潜った先のエントランスも外観から期待する雰囲気そのままに荘厳だ。普段であればここで大勢の社外の人間が時間を潰しているのだが、今日が休日と言うこともあってか数は少ない。

 エントランスを通り過ぎ、エレベーターホールへ向かう。操作パネルにボクのIDカードをかざすとカゴが降りてくる。ここから先は基本的に社内の人間しか進むことはできない。そして、社内の人間であっても、その地位によって降りられる階に制限がある。

 百階以上もある中でボクに許可されているのは、Pの居室がある階と社員食堂階とテラスのある中層階だけ。つまりアイドルランク的には下っ端というわけだ。

 エレベーターを降りれば最早そこに宮殿の面影はなく、近代的で合理的なオフィスの風景が広がっている。煌びやかなセカイの舞台裏だ。この階には比較的ランクの低いプロデューサーの個室がズラリと並んでいる。プロデューサーには全員個室が与えられているが、その実績によって床面積の大きさは変わっていくらしい。

 Pの部屋は最低ランクのものだった。というのも彼は約一か月前、ボクをスカウトする直前にプロデューサーに昇格したばかりで、当然まだプロデューサーとしての実績が無いから。他の社員の彼への接し方から、どうやら一目置かれている存在ではあるようだが、実績がないことにはどうしようもない。皆ここからスタートするのだという。

 この会社において入社三年目でプロデューサー昇格というのはかなりの出世スピードらしいのだけど、その辺りの感覚はイチ中学生二年生のボクにはピンとこない。

 

「P、入るよ?」

 

 ノックをしてPの個室に入室する。

 

「おぉ、来たか」

「もしかしてお邪魔だったかな?」

「全然? ちょうど淹れたとこだし、よければ飲んでってよ」

「えっ? それは……奇遇だね……?」

 

 ボクの訪問はいわば、Pのメールを無視した突撃訪問だったのだけれど、入室した際、Pは二つのティーカップにコーヒーを注いでいるところだった。部屋にはPしかいなかったのに。ボクが来なければ二杯飲むつもりだったのか?

 こういうタイミングの良さは、彼といると不思議と多いから特に気にはしない。

 それからボクとPは談笑しつつコーヒーとおやつを味わった。

 その間、Pは終始手の中でサイコロのようなモノを弄っていた。それはこれまでに何度か見た仕草。ひょっとすると彼なりの健康法とかだろうか? そういうのよくあるし。

 

「じゃあそろそろ帰路に就くよ。ご馳走になったね」

「うぃっす。お疲れちゃーん。気を付けて帰ってな」

 

 Pの居室からは30分ほどで退出した。

 一呼吸おいてエレベーターホールへ向かおうとしたそのとき、通路を挟んでちょうど反対側の個室から声が漏れてきた。

 

『ハーッハッハッハーーーーッ!』

 

 壁越しでぼやけているが女の子の声。演劇でやるような見事な哄笑だった。

 うーん、流石アイドルプロダクションだ。いろんな人間がいるなぁ……。

 

 

 帰宅してしばらくすると、Pからメッセージが届いた。

 

『二週間後の土曜日に先輩方のライブ見学しに行くから、予定を空けておいてちょうだい! オナシャス!』

 

 どうせその日もレッスンだろうと思っていたから、何の問題も無かった。

 

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