超次元偶像二宮飛鳥のセカイ   作:関ち出張所

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≪Observation by Asuka≫

 

 蘭子の住む寮に来たのは今日が初めてだったけれど、ボクが来ることは蘭子から寮母さんに伝えられていたようで、スムーズに蘭子の部屋の前まで案内をしてもらえた。

 そのドアは馬蹄を象ったアイテムの他、呪物と呼んだ方が良さそうな興味深い品々で装飾されていた。

 ドアをノックすると――

 

『我が城の門を叩く者は誰か』

 

 ――ドアの向こう側から、そう尋ねられた。

 当然のごとく『ボクだよ』と答えようとして違和感を覚えた。ノックに対する反応があまりに早く、しかもドア越しでも分かるくらいに声の発生源が近かったのだ。ボクの訪問を今か今かとドアの前で待ち構えている蘭子の姿を幻視して、胸がむず痒くなる。これは()()なくては嘘だろう。

 

「……ボクに名などない。あるのは渾名だけ。ナハトイエーガー、闇を駆ける狩人。人間たちにはそう呼ばれている」

『……………フヒ!』

 

 ドア越しでも蘭子が小躍りする気配が伝わってくる。そしてすぐに『ンンッ』と小さな咳払い。

 

『……き、貴殿が、神をも屠るという闇の暗殺者だとっ?』

「フッ……。神殺しか。随分と昔の話を知っているんだね」

『幼き頃、乳母が御伽噺として語ってくれたわ。……しかし! 神に弓引く異端者が、何故我が城に?』

「黒翼の薔薇姫よ。キミに、危機が迫っている…!」

『なっ!? 辺獄碑文に記されし審判の刻はまだ先のはず……っ!』

「ボクはそれを伝えに………くっ!」

『むっ!? 何事か?』

「来る途中、エルキュールの矢を受けてね。歳は取りたくないものだ……」

『エルキュ……ヒュドラーの毒か!』

「ボクのことは構わない……。薔薇姫、急ぎ備えを!」

『……貴殿の言葉を信用したわけではない――』

 

 ガチャリ……。

 そこで初めてドアが開かれる。

 

「――しかし、傷つき訪れた者に施しもせずでは、一城の主の沽券に関わるわ。さぁ、まずは矢傷の治療を」

 

 姿を見せた蘭子は顔を紅潮させ、満足げな笑みを浮かべていた。

 

「……蘭子」

 

 数瞬前までは、もう少しこの寸劇を続けようと思っていた。しかし、蘭子の視界に捉えると、そんな思惑は何処かへ吹き飛んでしまった。

 

「蘭子……っ!」

「へひぇ!?」

 

 気付けば蘭子の両肩をガッシリと掴み、鼻先が触れ合わんばかりに顔を寄せていた。背後でドアの閉まる音がした。

 

「なっ、なんぞ……っ!?」

「蘭子、あぁ、蘭子……っ!」

「あ、飛鳥? なに? どどど、どうしたの……っ!?」

 

 目をパチクリする蘭子に、ただひたすらにときめいてしまう。我ながらなんて変質者だろう。これじゃPや神崎Pのことをとやかく言えないな。

 

「蘭子っ!」

「ひゃいっ!?」

「ボクは! キミと一つになりたい!」

「……へっ? はっ? なななな、な、んですとっ!? ち、契りの言葉か……っ!?」

「契り……そう、そうだ。約束する。ボクはキミの全てを受け入れると!」

「ぷぴゃーーっ!!!???」

「だから、蘭子の全てを観測させてほしい!」

「ぴっ………………………」

「あ、あれ? 蘭子?」

 

 いつの間にやら、蘭子の顔は茹でダコがごとく朱に染まっていて――

 

「きゅう~~~………」

 

 ――膝から崩れ落ちた。

 

「蘭子……っ!?」

 

 何があった!? いや、待てよ? 自分の言動を思い返してみると、勢いに任せてちょっとすごいことをしたような……?

 

「あ……ち、ちがっ、これはプロポーズとかじゃなくてっ! 蘭子、蘭子? 蘭子ォオーーーーっ!」

「………ぴよ………ぴよよ………」

 

 蘭子が目覚めるまでにはしばらくの時間が必要だった……。

 

 

 

「不死鳥の羽ばたきーーっ!」

 

 蘭子の部屋は寮ゆえか、ボクが住むマンションの部屋よりも手狭だった。その限られたスペースの少なくない面積を占有するのが天蓋付きベッドであり、そこに横たわっていた蘭子が跳ね起きた。

 

「回復したようだね」

 

 ベッドの上で立ち上がり元気よくポージングをする彼女を、ボクはフローリングに座りながら見上げた。

 

「不覚をとったわ……。夢魔の囁きのなんと甘美なことよ……」

「すまない蘭子……。ボクはどうやら冷静さを欠いていたようだ」

「こ、今回に限り不問に付す……っ!」

 

 ボクから目を逸らし、壁とにらめっこする蘭子。その顔色が元に戻ると、思い出したように、蘭子が普段使っているであろう勉強机の椅子をボクに勧めてくれた。好意を有難く受け取り、腰かけることにした。蘭子はそのままベッドに座った。

 

「して……此度の訪問、いかなる導きによるものか?」

「さっきも言いかけたけれど、蘭子の全てを観測したいんだ」

「か、観測……っ!?」

 

 胸元を隠すように蘭子は自らの肩を抱き、ボクに怪訝な視線を送ってくる。正直、怪しむようなその目には傷ついた。だけど、明らかにボクが悪かった。

 なんだよ観測って。普通はしない言い回しだ。身体測定を類推してもおかしくはない。密室で二人きりで身体測定したいなんて言われたら、怯えて当然じゃないか。

 

「違う違うそういう意味じゃないっ!」

「ま、まさか我に迫る危機とは飛鳥自身!? しかし飛鳥たっての願いであれば………あぁでもでもぉ~~……」

「ああっ! 違うからっ! 端的に言うと、蘭子のことをもっと教えて欲しいってことだよ!」

「………え? ほ、ホントに……?」

「ホントに! ボクが蘭子におかしなことをするはずがないだろ?」

「そ、そうだね……。ごめんね。ちょっとびっくりしちゃって。エヘヘ……」

 

 どうやら誤解が完全に解けたようだ。

 

「蘭子のことをもっと知りたい。蘭子がこれまで何を見て、何を感じて今に至っているのか。そしてどうして魂の力を使えるようになったのか……」

「………」

「それはきっと蘭子のとてもデリケートな部分に触れることになるのだと思う。でもどうか、教えて欲しい」

「飛鳥……」

「白状するよ。これは、ダークイルミネイトを続けるためじゃない……。ボクがただひたすらに、蘭子のことを知りたいんだ! そう、これはボクの我儘……!」

「……………ふ」

「蘭子……?」

「ふは……フハハ……ハーッハッハッハ!」

「っ!?」

 

 二部屋向こうまで届きそうな盛大な哄笑だった。蘭子は再び立ち上がり、左手で顔を覆いながら、右手をボクに向ける。

 

「貴殿の切なる願いは深淵の泉を揺らしたわ」

「つ、つまり……?」

「今こそ語りましょう。秘められし我が冒険譚を!」

「蘭子……っ!」

 

 ボクの願いは蘭子に受け入れられたらしい。知らず両手は、喜びを訴えるように強く握り締めていた。

 蘭子は右手の中指にいつも付けている赤い宝石のついた指輪を、慈しむように撫でている。

 

「邂逅と希望、別離と絶望、そして奇跡の物語……。全て語るには悠久の刻を要するでしょう。その覚悟はあるかしら?」

「たとえテッペンを越えようとも一向に構わない」

「死をも恐れぬとは……。フッ、益々興が乗ったわ」

 

 明日の午前中の授業は睡魔との戦いになるかもしれないが、どちらの優先度が高いかなんて考えるまでもない。

 

「そして全てが終局を迎える頃……然る後………えっと……」

「ん?」

「わ、私の話の後は……飛鳥の話が聞きたい、な……?」

「……ああ、喜んで!」

「エヘヘ……」

 

 そしてボクたちは語り始めた。

 

 

 

 

 

≪Review by Asuka≫

 

 その夜、蘭子の口から語られたのは、驚くべき内容だった。

 別のセカイのもう一人の蘭子との出会い。彼女たちの不思議な交流。絶望に満ちた別れ。そして失意のどん底にあった蘭子の前に突然現れた神崎P。

 常識的には信じ難いその物語を、しかし、ボクは全て真実として受け入れることが出来た。

 

 ボクも語った。

 幼少の頃に感じていた些細なことから、黒歴史として封印した幾つもの記憶も曝け出した。それに加えて、ALDや“台本”についてもだ。蘭子は終始興味を持ってくれたので、実に喋り甲斐があった。

 

 そうやって、ボクたちはとても長い時間語り合っていた感覚があったのだが、実際には一時間ほどしか経っていなかった。不思議なこともあるものだ。

 

 こうして語り合ったところで、蘭子と共鳴できる確証はなかった。

 しかし少なくとも、蘭子が生き方の軸にしている記憶を知らないまま、彼女と共鳴することは土台不可能な話だったのだと思う。

 

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