≪Observation by Asuka≫
「じゃあ、再生ボタンは神崎Pが押してくれ」
Pが神崎Pにレッスンルームの音響設備のリモコンを手渡す。
「……フン」
神崎Pは受け取ったリモコンを一瞥してから、いかにも不機嫌といった表情をボクに向けた。
ボクは隣にいる蘭子とアイコンタクトを取り、頷き合う。準備は万端だ。蘭子に背を向け、曲始めのポージングをとる。
四人だけのレッスンルームが静まり返る。
昨夜、蘭子と深く語り合ったからといって、“力”を妨げない方法、いや、蘭子と共鳴する方法が判明したわけではない。しかし“きっと大丈夫だ”という根拠のない自信はあった。
しっかりと見ておけよ神崎P。お前が軽んじた二宮飛鳥の本領を。お前の予想を裏切ってやる。お前の期待なんて知ったことか。ボクの……ボクと蘭子の覚醒した真の力を刮目しろ。
さあ来い。さあ押せ。どうした。ほら――。
そのとき、ジワリ、と背筋に不思議な温かさを感じた。それは“リンク”だった。ボクと蘭子を繋ぐ、不可視のライン。この世の如何なる回線よりも早く、正確に、膨大な情報を送受信することが出来る魂の回廊。ボクと蘭子が溶け合い、補い合い、共鳴するための。
錯覚なんかじゃない。蘭子がこの曲で思い描く世界観が流れ込んでくる。それのなんと荘厳で気高いことか。
「いざっ!」
「さあっ!」
神崎Pへの催促が完璧に同期する。この程度のこと、背を向け合っていても今のボクたちにとっては容易いことだった。
「チッ……もういいわ」
「は……?」
神崎Pは手に持っていたリモコンを棚に置いた。音楽は再生されていない。
「P、これからのスケジュールだけど」
「うん、なになに?」
「は? いや、おい、テストはどうした、神崎P……!」
Pを伴ってレッスンルームの外へ出ていこうとする神崎Pを呼び止める。
「チッ……もういい、と言ったの」
「はぁ? 何を言って……? テストさえも受けさせないつもりか!?」
「あ~~飛鳥。合格だってさ」
「えっ?」
「チッ!」
合格? まだワンフレーズさえ歌っていないのに?
「チッ……やらなくても分かるわ。貴女だけよ、分かってていないのは。チッ」
「はぁ? 一体何を……?」
「今のお前たち、輝いてるぜっ!」
「は……?」
「チッ!」
何とも要領を得ない答えしか返ってこない。何なんだよ一体。
「飛鳥。たぶん、コレ……」
「ん? 蘭子? それは……?」
蘭子がキラキラと輝いて見えた。空気中の埃が光を受けて煌めくのに似てなくもないが、それとは一線を画する高貴な輝きがあった。その光の粒子は意思を持っている様に蘭子の周囲を浮遊している。そしてそれはボクの周囲にもあって……。
「これは……まさか……!」
「チッ……どうやらリンクは成功したようね。ならもう演るまでもない……レッスンルームなんかでその力を解放するのは勿体ない。本番で存分に奮いなさい。チッ!」
「つまり……?」
「合格満点、ダークイルミネイト結成決定っちゅーことだ!」
「~~~~~ッ!」
「やったぁ! 飛鳥~~~っ!」
「チッ! チィ…ッ!」
ダイブしてきた蘭子を受け止め、合格の歓びを共有する。
というかさっきから神崎P舌打ちし過ぎだろ。ボクと蘭子がユニットを組むことになったのがそんなに悔しいのか。やれやれ、最高の気分だね。
「おっ、そうだそうだ。じゃ、飛鳥、アレやるか!」
「え? あれって?」
「アレじゃん、アレ。三か月半ぶりのアレだよ。飛鳥の好きなア~レ」
「えっと……?」
「ムッ、秘められし呪言か……?」
何だっけ? 何かあったっけ?
Pの勿体ぶった言い方に蘭子も気になるのか、視線をボクとPの間で行ったり来たり。
三か月半前といえばちょうどALDを振り始めた頃で……それはボクのアイドル活動では大きな転機で……あ。
「いや、待て、しなくていい、蘭子の前でそんな恥ずかしいこと」
「あーダメダメもう限界だやるぞアレやるぞ……!」
「おい、やめろって、てゆうかいつ好きだと言った!?」
「な、なな何事? 世界の終わりかっ?」
「おぉん! いっきまーすっ!!」
「ああもう!」
Pがレッスンルーム中央まで転げていき、妙な体術で跳ね起きる。そして蘭子とは正反対のベクトルの至極ダサいポージングを決めて――
「一大叙事詩 ASUKA The Idol! 長き暗黒時代を抜け、今ここに、あぁっ! 今ここに! Fourth Stage が開幕したことを! い! ま! こ! こ! にィィ! 宣言するぅっ!!」
――やりやがった。最高の出力だったな。蘭子の前で。恥ずかしい。何の罰ゲームだこれ。
「フッ……二宮飛鳥にお似合いの茶番ね」
「ぐうっ……!」
の音も出ない。神崎Pのまともな一言に、ボクは膝から崩れ落ちる。しかし蘭子はといえば。
「何ぞコレーーっ!?」
瞳を爛々と輝かせていた。ひょっとしてツボに触れてしまったのか?
「我が友~!我も! 我もああいうの欲しい!」
「えぇっ……!?」
蘭子の全力おねだりに、神崎Pは困惑しているようだった。そして消えそうな声で「考えておくわ……」と呟いたのだった。
≪Observation by Asuka≫
三万を超すオーディエンスの歓声。その大気のうねりは雷鳴をも遥かに凌駕する。流石は十一月公演。年に四回しかない大規模合同ライブの一つだけある。
「準備はいいか?」
Pの問いかけにボクと蘭子は笑みを返す。
セトリも中盤を過ぎ、巨大なドーム会場は客席からステージ、そして舞台袖に至るまで隈なく強烈な熱気に包まれている。
火傷しそうな程の熱量に身体が震えてくる。無論、武者震いだ。拳を握ればいくらでも力が湧いてくる感覚がある。高まりに高まったこのエネルギーを、解放するときが愉しみでしょうがない。
ステージ上では、ボクたちの出番の一つ前のユニット、トライアドプリムスが歌い終え、仲睦まじいトークを繰り広げていた。
『じゃ、そろそろ次の子たちにバトンタッチだね』
渋谷凛が言う。
『次は先週結成が発表されたばかりの、ダークイルミネイトってユニットだな。メンバーは神崎蘭子と二宮飛鳥。加蓮は知ってるんだっけ?』
ややボーイッシュな言葉遣いは神谷奈緒。
『飛鳥のことはね~。半年くらい前にアタシと肇と三人でユニット組んでたから』
北条加蓮と会うのは久しぶりだった。
『でも今の飛鳥、前とは比べ物にならないくらいに成長してる』
さっき楽屋でした
『この子ら、最近かなり話題になってるよな~。もう一人の神崎蘭子って子はライブのパフォーマンスがスゴイらしいし』
神谷奈緒が脱線に追従する。
『飛鳥だってスゴイよ? ステージが壊れる中で歌っちゃうんだから』
『ソレほんとなのかなぁ~? 尾びれ背びれが付いてないか?』
『アタシ現地で見てたんですけどー!?』
『へぇ……そんなにスゴイいんだ。ダークイルミネイトの二人は……!』
『あぁほら、凛が対抗心出しちゃってるし!』
随分と持ち上げられたものだ。いやハードルを上げられているのかな? これが先輩方の洗礼……。望むところだ。くつくつと、Pがニヤついていた。僕も、蘭子も、神崎Pさえも、笑っていた。
「頃合いね。さぁ、蘭子」
「うんっ!」
「ぶちかましてやれ、飛鳥」
「あぁ! ……ってキミは相変わらずウインクが下手だな」
蘭子が「スゥ~~~!」と大きく息を吸い込む。そして――
『ハーッハッハッハーーーーッ!』
――会場中に彼女の哄笑が響き渡った。
ザワつく観客席。
『なんだなんだ!?』
『ダーク…イルミネイト……っ!』
『これは神崎蘭子ちゃんの声かな~~』
トライアドプリムスの三人はもうほとんどアドリブだった。
『歌姫たちの呼び声に誘われ降臨してみれば、此度のミサには魔力が満ち満ちているようね』
蘭子もアドリブだ。そしてボクも――
『今宵のライブ、終わりはまだ遠い。一度ここらで気分転換をしてみようじゃないか。といっても、休憩にはならないと思うけどね』
『片翼を持つ我らダークイルミネイトの魂の輝き……胸に刻むがいいわ』
『そういうことさ。若輩だが、仕事はキッチリとこなさせてもらうよ』
蘭子と手を握り合う。
『蘭子……』
『飛鳥……』
『さあ、往こうか…!』
『うむっ!』
会場が暗転。舞台上へと進み出る。
暗黒の大空間に、数限りない星々が煌めいていた。まるで銀河だと思った。
色とりどりということは、ボクたちのペンライトを必ずしも全員が用意してくれてはいないということ。だがまぁ、今回の出演者の中ではボクたちが最もキャリアが浅いし、常務のゴリ押しを後ろ盾にした
ボクたちの衣装はお揃いの漆黒のドレスと編み上げブーツ。違いといえばウエストを飾る花の他、数点のアクセサリとスカートの裾から覗くフリルの色が紅か蒼かくらい……の筈だった。しかしどういうわけか、蘭子の身に付けるそれは、ボクのものとは全く異なって見えた。
そうか……!
そもそもの違和感の正体に気付く。未だ暗闇の中だというのに、見えていたんだ。蘭子の姿がハッキリと。その不可思議を現実のものとしているのは周囲に漂う淡い煌めき……蘭子から滲み出る未知の粒子であり波。
客席からもどよめきが起こり始めている。
中央まで到着して然る後、場内の照明が復活する。
…………!!!
会場中が息を呑む雰囲気があった。スポットライトに照らされた蘭子は、神々しいまでの輝きを放っていたのだ。
輝きに手を触れると、それは蘭子から生じていながらボクにも親和性があり、まるでボクから生じたものでもあるかのように馴染んでいく。
そしてダークイルミネイトのステージが幕を開ける。
歌い、舞い踊り、ボクたちの世界観を送りつけてやる。
歓声を上げることも、呼吸さえも忘れて、ステージを見つめるオーディエンスたち。彼らの視線は、しかし、ほとんどが蘭子へと向いていた。
まぁ、そうなるだろうね。想定の範囲内だ。でもだからといって、それに甘んじていられるほど良い子でもないんだよボクは……っ!
「――――ッ!!」
敢えてだ。ユニゾンを崩すほどに声量を上げてやる。ここにボクも立っていることを主張してやったのだ。当然に耳目はボクへと殺到する。ダークイルミネイトはデュオユニットだと思い出させることが出来た。ライブは生モノ。守破離って言葉もある。この程度の演出、構わないだろう?
「~~~~っ!!」
そこですかさず、蘭子が意趣を返してくる。振り付けにアドリブのポージングを紛れ込ませながら、強烈に声帯を震わせた。ボクへの注目を奪い返そうと!
嗚呼! 蘭子! それでいい! 忖度なんて要らない! だってボクらは同士であり、パートナーであり、同時に最大で最高のライバルなんだから!
………!!!
彼らは皆、目を皿のようにしたまま微動だにしていない。ボクたちに圧倒されていた。
こういうのもたまには良いかもしれない。だけどやはり……物足りない!
――そうだろ、蘭子?
――うん! 飛鳥!
ボクたちはセカイに対して、不敵に笑って見せる。突如として鮮烈な光景が脳裡に流れ込んでくる。
熱砂、硝煙、旋風、獄炎、閃光……!
それは蘭子の記憶だった。別のセカイの彼女を通して視た、蘭子の現実。
受け取ったイメージに身を任せる。触れて、感じて、理解する。そしてボクの物語を注入して、蘭子へと送り返す。
「フフ……っ!」
片割れから再び届いた情報。ボクの送ったイメージに、蘭子のテイストが付加されたモノ。ブラッシュアップしてまた送り返してやる。
繰り返す。何度も何度も繰り返す。ボクたちのイメージが交錯し、錬磨され、重なり合っていく。時間を超越した何処かで、ボクたちは確かにレゾナンスしていた。そうして至った一点――ボクと蘭子が紡ぎ出したセカイ――は最早このセカイの現実と化した。
「――むんっ!」
蘭子の可愛らしいかけ声で解放されるエネルギー。光の粒子がボクらの祈望を実現せんと意思を持ったように躍動し始める。渦を巻きながら上昇する様は、中二病理患者でなくとも一度は妄想したことのあるであろうオーラそのもの。それがボクからも滲み出ている!
なんてカッコイイんだ!
オーラは優に十メートルは立ち昇った後、薔薇の花が開くように四散してゆく。粒子のおよそ半分は客席へと向かい、オーディエンスの持つ全てのサイリウムを強制的にアメジスト色の光彩へと変貌させた。残りの半分はボクたちごとステージを覆い尽くして――。
――――!!!???
観客たちの混乱は無理もない。突如として、暗黒時代の巨大な廃城が眼前に現出したのだから。そこに在ったはずのステージセットもドームの壁も天井も、何もかもをぶち抜いて、そんなものは無視されて、ボクたちのイメージ通りに
「え~~い!」
知覚領域の全てを極彩色の輝きが埋め尽くす。
――――!!!
そうしてようやく、歓声が堰を切ったように溢れ出した。いや、絶叫の方が近いかも? まぁ、皆瞳を輝かせているから別にそれでもいいか。
――さあ、飛鳥っ!
――っ!
音楽は続いている。が、最早ダンスなどボクらのステージには必要なくなっていた。蘭子に手を引かれ、一歩進むごとに歓声が上がる。
ブーツで踏みしめる感触と響く足音は紛れもない本物。以前、蘭子のライブで幻視したものとは一線を画するリアリティ。そこに現出していたのは、本物の石造りの廃城だったんだ。
カツーン!
決定的な一歩。今、蘭子は石造りの階段に足をかけた。そしてそれが当然と言わんばかりに次の一歩を踏み出す。ボクも続いて上がっていく。
ボクたちの重力を支えている “コレ”は何なのか? そこに在るはずの壁がなく、在るはずのない構造物がある。
――触れられる夢幻。
――それは正しくセカイの理への叛逆。
――魂の共鳴によって実現される奇跡の御業。
――楽園へ至る禁忌。
階段を上った先の踊り場でボクたちは最後のレゾナンスをした。
ダークイルミネイトの魂を歌に載せて、ただひたすらにオーディエンスへと訴えかける。
――こんなに素敵なことがあるんだ。このセカイも捨てたもんじゃないだろう?
――――ッ!
歌が終わる。
空間を埋め尽くす喝采。
セカイが変革する兆しを、ボクは確かに感じ取っていた。
ボクたちが階段を下り切ると同時に廃城は光の泡となって消滅し、元のドーム会場に戻った。
「ふぃ~~終わった終わった~~」
他の出演者への挨拶回りを終えて、ボクたち四人は楽屋に戻ってきた。
Pは早速ジャケットを脱ぎ、ネクタイを緩めている。
神崎Pは禍々しい程の不機嫌顔をしている……が、それはボクたちのステージが終わった時からずっとだ。大方、ボクに小言が言えずイラついているのだろう。フン。
蘭子は未だライブの熱が冷めていないようで、夢見心地な表情。ポワポワという擬音が聞こえてきそうだ。
まぁ、ボクも蘭子と似たようなものだけど。
「フフ……夢のような時間だった……」
今日のライブは本当に凄かった。ボクたちが受けた歓声はこれまでで最大だったし、その後の盛り上がりも半端じゃなかった。
正直なところ、ダークイルミネイトの盛り上がりが今日のピークになるだろうと予想していた。ボクたちに超常的なパフォーマンスと比べれば、他のどんなステージでも見劣りするだろうと思っていたから。でもそれは浅はかな考えだったと反省しなくてはならない。彼女たちにとっては――超一流のアイドルにとっては――自分たち以外のステージの盛り上がりを維持し、更に加速することは決して難しいことではないらしい。冷静に評価すれば、ボクたちのアイドルとしての実力はこの規模のライブに出てくる先輩方には、まだ及ばないということだ。
ただやはり。この十一月公演で最も話題になるのはダークイルミネイトだろう。
SNSを覗いてみれば、早速ボクたちのパフォーマンスについて様々な憶測が飛び交っていた。最新の舞台技術とか、集団催眠とか、疲労による幻覚とか、あとは、サクラ要員がステマしているとか。まぁ、ボクたち以外に理解るわけもなし。
「へぇ……! 蘭子、見てみなよ」
「ほぇ? ……わぁ~! 増えてる~!」
フォロワーの数を見てみるとこの短時間の間に、ボクも蘭子も万単位で増えていた。分かりやすい成果というのは嬉しい。これで念願の十万台に突入だ。とはいえ、蘭子のフォロワー数との差は特に縮まらず、いまだ彼女の半分程度のまま。彼女パートナーを名乗るならば、もう少し近づきたいところだな……。
「あ~、そうそう」
Pがおもむろに、かつわざとらしく切り出す。
「この後の
瞬間、楽屋に緊張が走る。お愉しみとは言わずもがな、打ち上げ――すなわち、ご馳走……! ここに存在しているのは最早アイドルとプロデューサーではない。血に飢えたケモノども。となれば先手必勝――
「麻婆豆腐」
「ハンバーグ!」
「焼肉!」
「うお、すげぇ勢い。ウケる。あ、俺はピザを推す」
――考えることは皆同じか。
見事に割れた。何故だ? 打ち上げと言えば焼肉と相場が決まっているだろうに。いや、ハンバーグとピザはまだ理解できるけど、神崎P、お前……。
「麻婆豆腐で打ち上げなんて聞いたことがない。そこはせめて中華だろう。シンプルに頭がおかしいのかい?」
「貴女はまだ麻婆豆腐の奥深さを知らないお子様だということよ」
「キミはただの麻辣ジャンキーだろう。健全なボクたちまで巻き込まないでほしいね。ひょっとして、受肉するときにバグでも起きたのかな? それなら憐れんでやってもいいよ」
「ッ……! 蘭子に聞いたのね……。まぁ、別に構わないけれど。貴女こそ、打ち上げといえば、二言目にはいつも焼肉……。あんな煙いだけのものを有難がるなんて、どこの原始人かしら」
「なんだと!? 焼肉を愚弄するのか!」
まったく、神崎Pが同じ空間にいるといつもこうだ。最近はPだけじゃなく蘭子までもが、ボクらの言い争いをただのBGMのように受け流しているし。
「あ、あの……P、さん……ハンバーグの美味しいお店、知ってますか……?」
「沢山知ってるよ~! ひき肉の配合が神ってるお店とか、目の前で火柱上げながら焼いてくれるお店とか。どういうのがいい?」
「う、う~~ん……ヘルファイア……かな」
「おっけーおっけー………てか、待って。さっき何か重要なカミングアウトしなかった? ジュニクって? 確認しちゃったの? ねぇ?」
Pがボクと神崎Pをまじまじと見つめてくる。が、放っておこう。神崎Pの身の上話なんて全然したいと思わないし。
「フン……それより。事実として意見は割れている。最終的には一つを選ばなくてはならないのだが、さて、どうやって決めようか」
じゃんけんはダメだ。蘭子曰く、神崎Pは元上位存在だけあって身体能力も人間離れしているらしい。仮にP並みとすると、こちらの出す手に反射神経で即応するなど造作もないはずだ。まぁ正直、麻婆豆腐以外ならどれでも構わないのだけどね。
「あっ! 飛鳥、アレ! 我、アレ使いたい!」
「アレ……?」
蘭子が何か思いついたらしく、鼻息荒く迫ってくる。
「えっと、アレ、とは……?」
「無論、ラプラスの魔に抗う呪物のこと!……えっと、何て呼んでたっけ…? あ、そうそう! ALD!」
「あぁ……なるほどね」
何かを決めるためにALDを振るという行為をここ最近してなかったので、その発想がなかなか出てこなかった。アレを使うとなると、純粋に四分の一の確率で麻婆フェスになってしまうが……まぁ、蘭子の頼みなら仕方ないか。
「P、久しぶりに使ってみていいかい?」
「あ~~、まぁいいけど……それも蘭子ちゃんに言ったのね」
「あっ……あぁ、すまない。話の流れでね……もしかして、不味かったかい?」
「うんにゃ、もう別にいいよん。それに丁度いい機会だし、神崎Pに聞いてみるか」
「私……? さっきから何について喋っているのかしら?」
「あぁ、それはな……」
Pが胸ポケットに指を突っ込んで、ALDを摘まみ出した。見るのは久しぶりだが、ずっとPの胸ポケットに収まっていたようだ。そういえば、どこかに放置していても一定時間が過ぎれば、自動的に彼の元に瞬間移動で戻ってくるんだったか。改めて考えても訳の分からない機能だな。
「わぁ~、キレイ~~!」
蘭子がPの指元に顔を寄せて、その不思議な輝きをしげしげと見つめる。そしてPが蘭子に向けて「ほい」とALDを差し出すと――
「ダメよ!!」
「ひゃあっ!?」
――神崎Pが、ALDを受け取ろうとしていた蘭子の右手を、鷲掴みにした。
「……あらら。もしかして、ヤバいヤツだったか?」
「ッ……!」
一瞬、神崎Pの表情が理解できなかった。いつも余裕ぶって、人を見下しているような態度の神崎Pからあまりにかけ離れた雰囲気……。単純に焦っているのだとなかなか気付けなかった。いや、焦りだけではなく、怯えている?
「そ、そういうことだったのね……以前のアナタ達の不可解な仕事選びはコレを使って……!」
「神崎P、やはりこれはお前が昔いた場所と関わりのあるモノなのか?」
「P……これは……………」
神崎Pは黙り込み、まるで苦渋の決断をするときのように目を固く瞑り。
「今……私に、言えることは、とても、少ない……」
慎重に言葉を選ぶように、ゆっくりと言葉を吐いていく。
「一つだけ、聞かせて。貴方は、これを、これからも、使うの……?」
「…………」
「な、なんぞ……?」
急に凍り付いた空気に蘭子が狼狽している。にもかかわらず、神崎Pは青ざめた顔色でひたすらにPを見つめていたので、かなり深刻な状況らしいことがボクにも理解った。
「………いや、使わねぇよ? 今だって言われなくちゃ出さなかっただろうしな。ちょっと前までは使ってたけど、もう使うことは、二度と、無いだろうな」
「………そう。貴方は、もう、二度と、使わないのね……」
「……?」
一瞬だけ、神崎Pがボクへと視線を向けた。
「あぁ。使わねぇし、誰にも、使わせるつもりは、無い」
Pの言い方のちょっとした違和感……。神崎Pの質問に答える体であったのに、神崎Pに言っている様には見えなかったのだ。例えるなら、天井裏に語りかけるような……?
そしてPもボクへと視線を向けてくる。その眼差しには、ボクへ理解を求める雰囲気があった。
「………」
Pがそう言うのならボクは別に構わない。元よりPが持ち主なのだから、彼が誰にも使わせない、と言うのなら従うまでさ。ボクは頷いた。するとPはウインクをしたのだが、それはそれは見事なものだった。なんだ、出来るんじゃないか。
「あぁん! もっと見たかったのにぃ~~。現世の試練か……」
PはそれからすぐにALDを懐に戻してしまったので、蘭子は不満げだった。しかし三人で示し合わせて、打ち上げをハンバーグ専門店ですることを提案すると、蘭子の興味はお店の方へとシフトした。
打ち上げのお店が決まる頃には、Pはいつも通りのお調子者に戻っていた。
神崎Pも一見すると普段の不愛想を取り戻していた。だけど結局は打ち上げの最中にボクへ小言を吐くことは一度もなく、それが妙に居心地が悪くて……もっと言えば、凶兆のように思えた。