超次元偶像二宮飛鳥のセカイ   作:関ち出張所

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≪Review by 蜈?ココ蠖「≫

 

 天界から堕天して人間として活動していると、予期していなかった幾つかの問題が出てきた。

 

 一つ。私の食の嗜好に関しての神経設定について。

 人間に三大欲求があることは理解していた。堕天前に一通り観察した限りでは、その生理的な欲求に囚われ、健全な生活をないがしろにしてしまう人間は掃いて捨てるほどいた。だからこそ受肉に際して、性欲は抑え気味に、睡眠は三十分でも問題ないように、味覚は――何でも美味しく感じてしまう舌だと、食に多大な労力を割いてしまう可能性があったので――ピーキーに設定したのだが……。

 性欲と睡眠欲についての設定は奏功したといってもいい。しかし、味覚については完全に失敗したと言わざるを得ない。肉の身体から生じる欲求の強さについて、私は随分と見誤っていたのだ。

 ()()しか美味しいと感じないのなら、際限なく()()を求めるのが人間の性らしい。

 私にとっての()()とは麻婆豆腐だった。ひょっとすると、他二つの欲求を抑えた歪みが麻婆豆腐への執着として顕れているのだろうか……?

 食事と言えば麻婆豆腐の私を変人扱いする人間はままいるが、それは別にどうでもいい。心の底から残念に思うのは、蘭子と同じものを食べて「美味しいね」だなんて感想を言い合うことが非常に難しいことだ。

 

 一つ。魂の力を扱うための三つの段階について。

 私がまだ天使だった頃には意識したことも意識する必要も無かったのだが、魂の力を扱うには三つの段階があるらしい。

 一段階目が、まず元となる最初の波動を出すこと。そして二段階目が、その波動を増幅させること。そしてこの二つが完璧にできて初めて三段階目である、無限のエネルギーにアクセスすることが可能になる。

 蘭子が自力で体得していたのは一つ目だけだった。二つ目の増幅させる方法については、私も蘭子も皆目分からなかった。そもそもが超感覚的な事象であるため、『増幅させる』という定性的なことは伝えられても、では具体的にどうすればそれが成されるのかについては一切教えることが出来なかった。いや、他人が魂の力の引き出し方を具体的に教えることなど不可能なのだ。天使でさえも出来ないはずだ。魂の形は各々全く異なる。故に励起させる手順も手法も千差万別。もし仮に『こうしてみなさい』だなんて指示したとしても、それは蘭子を混乱させるだけで良い結果に繋がることは無いだろう。それならば何も伝えない方がまだマシだ。

 

 一つ。二宮飛鳥について。

 蘭子は魂の波動を増幅させられなかったが、最初の波動だけでも他の誰にも真似できない現象を起こすことが出来た。それは特にアイドルのパフォーマンスでは絶大な威力を発揮する。魂の力を全て引き出すことは不可能だが、それでも尚、遠からず蘭子はアイドルの頂点に立つと私は確信していた。

 そこに現れたのが二宮飛鳥。私と蘭子の間にやたらと割り込んでくる憎っくき小娘だ。コイツは一体何なのだろう……?

 二宮飛鳥には魂の最初の波動を出すことは出来なかったが、他者の波動に共鳴する才能があった。おそらくは一ノ瀬志希やPとのライブでその端緒を掴み、蘭子とのライブで見事に開花させたのだ。そしてそれによって、蘭子だけでは不可能だった虚空からの物質化も、一時的ではあるものの成功した。二宮飛鳥が何故そんな才能を持っているかを知る術は無いし、知ったところで蘭子に活かすことは出来ない。

 蘭子単独では魂の波動を増幅させられないと分かったときに、多少残念に感じたのは事実だ。しかし、実のところ、蘭子の発した波動を二宮飛鳥が増幅する形がベストだったのかもしれない。もし仮に単独で全ての力を引き出してしまったなら、最早人間のままでいることは出来ないだろうから。

 

 一つ。Pについて。

 私の肉体を形成する際には、Pの肉体を参考にして同程度のスペックになるように各細胞を設定したはずだった。しかし実際に見るPは時折、想定以上の能力を発揮することがあった。

 あの崩壊するステージの裏でPが見せた認識能力。アレは明らかに人間の限界を超えていた。元のセカイ線を観察した限りでは、そこまでの能力があるとは思えなかったが……。つまりは()()()()困難な状況に直面しなかったから手を抜いていただけ、ということだろうか……?

 彼について理解できないことは他にもあった。元のセカイ線でPがプロデュースすることになるのは養成所に通っていた少女だったはずなのに、私が干渉して生み出したこのセカイ線では何故か二宮飛鳥をプロデュースしている。彼の周囲には一切干渉しなかったのにだ。この矛盾については長らく、私が堕天したことによるバタフライエフェクトによるものだろうと強引に納得していた。だが、これについてはようやく原因が分かった。私が干渉を行使したあのとき、Pの周囲にも干渉があったのだ。それがALD。

 

 一つ。ALDについて。

 一目で気付いた。ゾッとする程に美しい光彩は、このセカイのモノではない。ならば間違いなく()()天使によるものだ、と。天界を漂っていた私に付き纏い、あまつさえ干渉に割り込んできた、あの嫌な感じの天使。

 私とは全く異なる奇妙な堕天方法なのは感じていたが、まさかあんな形で降りてきていたとは。

 Pの考察通り、ALDはこのセカイに落とされたあの天使の()なのだと思う。あの天使の本体は今も天界とこのセカイの次元の狭間にいて、ALDを通してじっと観察しているのだ。

 ALDの効力について、Pは『決定済みのセカイ線の運命に揺らぎを与えられる』と考えていた。私が天使だった頃にはそんなことを考えたりしなかったが、恐らく可能なのだろう。可能だから、そして、Pという人間なら()()()()使い方をしてくれると予測したからあの形を採ったのだ。そう理解する方が自然だ。

 しかし分からない。セカイ線に揺らぎを与えてどうしようというのだ? セカイ線の分岐を発生させたいということなのだろうか? それは何の為に?何かの実験? ただの興味本位?

 Pと二宮飛鳥はALDをかなりの回数振っていたらしい。気付かないだけで、もう分岐は発生しているのだろうか? それとも分岐を発生させるためには、揺らぎの蓄積が必要? 分岐が発生するとして、それはALDを振った瞬間なのか、実際に行動に移した瞬間なのか、それともかなりのタイムラグがあったりするのか?

 疑問は尽きないが、ただの人間になってしまった私には最早知りようがなかった。

 無性に不安になっていた。特に、あの天使の目的が分からないことがとても不安だった。あの天使の目的は分からないが、きっと碌でもないことに違いない。それだけは直感的に分かっていたのだ。

 PはもうALDを振らないと宣言してくれた。それはあの天使も聞いていたはずだ。だから後は祈るしかない。これ以上この()()を続けていても意味が無いと理解してくれることを。そしてこのセカイから去って行ってくれることを。

 

 

 漠然とした恐怖の正体に、私は本当は気付いていたのだと思う。

 頭の片隅に漂っていた或る予感を、しかし、()()()があるから()()だけは無いと無視をしたのだ。

 天界における絶対のルール。それを破った者は例外なく消滅させられる。だから大丈夫だと信じた。信じようとした。そうしなくては平静を保っていられなかったから。

 

 ALDの存在を知った日の数か月後、私は己の愚かさを思い知ることになった。

 

『どんなルールにも抜け穴はある』なんてこと、人間社会で過ごした一年足らずの間でさえも何度となく目の当たりにしたというのに、私はそのときが来るまで気付くことが出来なかったのだ。

 

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