≪Observation by Asuka≫
ダークイルミネイトの初ライブの翌日、志希に呼び出された。
それは願っていもないこと。先日相談に乗ってもらったお礼を改めてしようと思っていたから。
待ち合わせ場所は先日と同じ会社内のカフェ。
「……驚いた。キミが先に来ているなんてね。明日は槍が降るのかな?」
「ん………」
果たして志希は、先日と同じテーブルについていた。ボクよりも早く着いて、おとなしく着席しているなんて相当珍しい。
「今日はジンジャーエールだけか……フフ。前ので懲りたのかい?」
「………ん」
注文したコーヒーがやって来るまで他愛もない話を振ってみたが、志希の反応は薄い。というよりは、視線をあっちやこっちへやって落ち着きがない。さっき後ろから見た時にはおとなしくしているように見えたのに。
「それで急に呼び出したりして……いやキミは大抵が急だが、どうしたんだい?」
サーブされたコーヒーに砂糖を溶かし込みながら本題に入る。すると、ピクッと志希の肩が震えた。
「………昨日の飛鳥ちゃんたちのライブ………あたしも、観に行ってた」
「へぇっ! そうだったのかい! 来てるなら言ってくれれば良かったのに。でも、素直に嬉しく思うよ」
志希とはお互いのライブの日程も教え合っていて、都合がつく場合にボクはよく志希のライブを観覧しに行っていたのだけれど、志希が来てくれることはほとんど無かった。
「で、どうだったかな? ボクたちダークイルミネイトのパフォーマンスは。是非とも忌憚のない意見を聞きたいね」
「ッ……!」
一般のオーディエンスには概ね好評だったが、トップアイドルと言っても過言ではない志希の目にはどう映ったのか。
「また、Dimension-3 で、ライブしたいにゃあ………」
「ん……? あぁ、そうだな。ボクも以前よりは成長しているという自負がある。今ならもっと良いステージに出来るだろうね」
「――っ! ホントっ!? いいの?」
「わっ……! テーブルを揺らすんじゃないっ」
志希が身体を乗り出してきた勢いで、コーヒーとほとんど手の付けられていなかったジンジャーエールの水面が大きく揺れた。それに気も留めず志希は、瞳をクワッと開いてボクを見つめてくる。というかボクたちのライブの感想は……?
志希の髪の毛先がコーヒーに浸かりそうになっていたので耳に掛けてやろうとする。が、その右手を握られた。
「いつから? すぐできる?」
「志希……? いや、すぐには無理だよ。しばらくはダークイルミネイトで活動するし」
「だ、ダメだよ……すぐに始めないとULに間に合わなくなる……」
「UL……なるほど、やはりもう
ULとはすなわち、ウルトラライブ。毎年三月の末に開催される、一組のユニットだけによる超大規模のライブのこと。そしてこの一組とは、二月中旬に行われる人気投票イベント――通称
ULはうちのプロダクションに属しているアイドルなら全員が目指すべきステージだと言われていて、実際、四月から二月中旬までの約11か月の間に結成された全てのユニットが投票対象となる。だが、現実的に選ばれる可能性があるのは、既にかなり人気のあるアイドル達によるユニットだけ。つまり中堅以下のアイドルには縁の遠いイベントだといえる。そのため、ULを本気で目指すかどうかで十一月頃からの活動の仕方は大きく異なる。目指さない者たちは、これまで通り一か月程度の期間限定ユニットを組みながら、自分の可能性を広げ、ファンを増やしていくのが一般的。一方、目指す者たちは、ここからは投票が終わるまでユニットを固定する。その勝負ユニットは、過去に結成していたユニットを再結成することもあるし、初めて結成するユニットになることもある。彼女達にとってこれまでの期間は、勝てるユニットを見極めるための準備期間の側面もあったというわけだ。
ULについては随分前にPから聞いたっきり、慌ただしい毎日の所為で忘れていた。それが再び意識に上がったのが、昨夜の打ち上げの最中。まさか昨日の今日で、志希の口からも聞くことになるとは思いもよらなかった。
「ねぇ、飛鳥ちゃん……。あたしと……Dimension-3 で、UL目指そ……?」
痛みを我慢しているような表情と、羽音のようなか細い声だった。
「志希………」
ひょっとしなくても、これはラブコールなのだ。一ノ瀬志希という超人気アイドルから、ボクみたいな中堅への、勿体無いお誘いなのだ。これ以上に光栄なことなんて他に無いと、志希と組んだことのあるボクだからこそ本気で思う。
「誘ってくれてありがとう、志希……」
「じゃ、じゃあっ……!」
「でも、ボクは断らなくてはならない」
「……………えっ」
昨日の打ち上げで、ボクたち四人は宣言したんだ。
「ボクは、蘭子と……ダークイルミネイトで、ULを目指す」
確認するように、ボクは昨日と同じように宣言した。そのとき、志希の目尻に何かが滲み出したように見えたのはボクの幻覚だろうか。
志希は沈黙したままゆっくりと上体を前に折り、額をテーブルに着けて静止する。何かを考えているのか、ピタリと止まっている。そのまま一分近く経った。志希の思考時間にしては異常と言っていい程に長かった。
「…………………ぅ」
「う……?」
「うにゃーーーーっ!!」
「うわっ!?」
ガバっと上体を起こした志希が奇声を発する。そこにいたのはもう、ボクには手の負えないいつもの一ノ瀬志希だった。
「いーもん、いーもん。志希ちゃん、組んじゃうんだから。ずっとオファー受けてたユニット!」
「………フフ。ということはULをかけて、ボクたちと争うことになるね」
「ふーん。あたしたちと張り合えるつもりなんだー?」
「むっ……? 聞き捨てならないな。確かにボクたちは一年目のルーキーだが――」
「もう飛鳥ちゃんなんて知らなーい。バイバーイ!」
「えっ、おい、志希……!」
そしてあっという間に志希は行ってしまった。
去り際に見せた不敵な笑みはとても彼女らしくて、決して一筋縄ではいかないことがボクにも予想できた。それはそれで、とても愉しみではあったのだけれど。
「――おっ? この感じ、来たな……」
「どうしたんだい、P?」
Pの居室での打ち合わせが終わり、コーヒーブレイクしていると、彼が妙なことを口走った。そして携帯を取り出し、画面を何度かタップすると「うむ」と頷いた。
「SNS、見てみ」
「ん? 何か事件でも……?」
ボクも携帯を取り出し、アイコンをタップして―――そこでドアがノックされた。
『P、いるわね?』
この声は……。
「どうぞー!」とPが答える。現れたのは神崎P。と、その後ろに蘭子もいた。
「やってくれたわね、二宮飛鳥……」
「は……? いきなり現れたと思ったら、何を言うんだキミは?」
「いいから早く
「SNSのことか? まったく、Pといいキミといい、一体何が……?」
「戦乱の幕開けである!」
蘭子に手を振りつつ、携帯に目を落とす。
『あたしたちUL目指しま~~す♪ #新ユニット #LiPPS』
「………んんっ?」
志希の投稿だった。その投稿の反響度合いを示す数値はスロットマシンのごとく変動し続けていて、ボクの動体視力では当面の間読めそうにない。そうこうしていると、メッセージと一緒に投稿された画像が少しずつ解像度を上げていく。
「この人たち、知っているぞ……っ!」
そこにいたのは志希を含めて五人。いまだアイドル界隈に疎いボクでさえ、彼女たちについては名前まで覚えている。いや誰だって、彼女たちを一度でも目にしたら忘れられないんじゃないだろうか。
速水奏。塩見周子。城ケ崎美嘉。宮本フレデリカ。そして、一ノ瀬志希。
リラックスルームでの談笑風景を無造作に撮ったであろうその写真は、しかし、そのままセンター街の巨大広告に使えそうな程、絵になっている。悪魔的に魅力的なビジュアル力だ。美人度でいえば神崎Pが上なのだろうが、ヤツは人を寄せ付けない類の美貌だと思う。一方、彼女達のソレには、人を惹き付けてやまない魔性があった。
当然ビジュアルだけでなく、ダンスとボーカルも極めて高いレベルであることをボクは知っている。そして各々が持つ、唯一無二の強烈な個性……。アイドルヒエラルキーの最上位五人をそのまま選んできたと言っても過言ではないような、ハッキリ言って、えげつないユニットだ。
早過ぎるだろ、志希……。 ユニットを組むとは言っていたけれどさ! まだ二時間も経ってないぞ! というか志希は、彼女たちの誘いを断ってまでDimension-3を再結成したがっていたということか? 志希はそれ程にボクと……!
「フフ……」
「何その気持ちの悪い顔は」
「へっ!? し、失礼だなキミは……!」
蘭子がボクの隣に、神崎PはPの隣に腰を下ろした。
神崎Pはいつにも増して厳しい視線をボクへと突き刺してくる。
「フン、まぁいい……。
「蘭子の仕事を増やさないでほしい、ということよ」
「は……? この新しいユニット……LiPPSか……とどういう関係があるんだ?」
「まだ理解していないのね。ハァ~~…」
「これ見よがしに溜息をつくんじゃない……!」
ボクと神崎Pの会話のドッチボールを、Pと蘭子が苦笑いを浮かべながら見ている。どうやら事情を呑み込めていないのはボクだけらしい。
「LiPPSが結成されてしまったのは、アナタの所為よ」
「………はぁ? ボクにどういう関係があるっていうんだ……!」
「一ノ瀬志希の心情なんて考えもせず、彼女の誘いを無下に拒絶したのでしょう?」
「なっ……!? な、んで……それを……!」
「調子に乗って宣言するアナタの小憎たらしい顔が、あぁ……ありありと目に浮かぶわ」
「っ……!」
何だコイツ!? まるでさっきのボクたちを見ていたような……! でもそんな……ボクはそこまでおかしな対応をしただろうか?
そこでふと、志希の目に潤みがあったことを思い出してしまった……。
「で、でも……仕方ないじゃないか! ダークイルミネイトでULを目指すと、昨日約束したんだから……!」
「何を伝えるかよりも、どう伝えるかの方が大切だということは往々にしてあるのよ。もっと、彼女の想いに寄り添った対応で誘導すれば、LiPPS結成を防ぐことができていたのに」
「無茶を言うな! 志希を思い通りに誘導なんて、出来るわけがないだろう……っ!」
「あら、ごめんなさい? 履いて捨てる程ありふれているただの中学生には難しかったわね?」
「くっ……!」
本当にこの性悪女は……! どこからでもディスってくるな。
「それにね、別に一ノ瀬志希の誘いに乗っても良かったのよ?」
「は……?」
「そうすれば当初の予定通り蘭子はソロユニットで活動できるし、Dimension-3が相手なら、UL出場もずっと簡単に――」
「こらーー!!」
「っ!?」
蘭子の可愛らしい叫びがボクと神崎Pの間に割り込んできた。
「プロデューサー、またやってる! 飛鳥にばかりキツく当たって……そういうのダメっていつも言ってるのに!」
「で、でも蘭子……二宮飛鳥の所為で蘭子の負担が……」
「い! い! の! 飛鳥と一緒なら頑張れるもんっ!」
「あ、う………」
飼い主に叱られた小型犬のように、神崎Pがシュンとする。
でもボクには彼女を笑える程、まだ事態を把握できていなかった。
「つ、つまり、どういうことなんだ? P、説明を求める」
「うぃっす!」
「真実の扉が今開かれる!」
Pがソファから立ち上がり、ガラガラとホワイトボードを引っ張り出してくる。そしてボードの中央に黒ペンで『LiPPS つよい』と書いた。それ書く必要あるのか?
「飛鳥にはまだ言ってなかったが、事は概ね予測通りに進んでいる。神崎Pのディスりは単なる憂さ晴らしだ。気にするな」
「全く以て気にしていないが? たかが子犬の遠吠えなんて可愛いものさ」
「犬の遠吠えなんて聞こえなかったけれど? もしかして耳が腐ってるのかしら」
「んもう! な、か、よ、く!」
神崎Pと視線で殴り合う。黙りなさいって? それはお前の方だろうが。
「LiPPSな。現状、あの子たちに勝てるユニットは無い。総合力では史上最強のユニットと言ってもいい。飛鳥と神崎ちゃんでも、正面からやり合ったら勝ち目はない」
「くっ……そこまでなのか……っ!?」
「何よりもまず、今からUL総選挙まで、あと三か月しかないのがネックだな。元々のファン数が違い過ぎるんだ。そもそも勝負の盤上に乗るのだって、あの子たちレベルのフォロワーをゲットしてなくちゃならないわけだが、それはもう普通のペースでは不可能だ」
「今年のULは諦めると……?」
「ん? 諦めたいのか? それなら別に……」
「一度吐いた唾は飲み込みたくはない……!」
ボクの言葉に蘭子が「うんうん」と力強く首肯した。
「んじゃあさ、飛鳥。どうすればいい?」
「むっ……?」
いや寧ろ、ボクが教えて欲しいんだが? 反射的にそう返そうとして、踏み止まった。
これはPとの会話……。ボクに答えられないことを、わざわざ聞いてくるだろうか? 彼は大抵、ヒントを与えてくれている。
「………」
――総合力
既に嫌な予感がしていた。
「その前に聞いてみたいのだけれど……。三か月で無理なら、何か月あれば可能なんだい?」
「九か月」
即答。どうやら今回のボクの推測は当たっているようだ。全然嬉しくない。せめて六か月と答えて欲しかった。
「そうか……やるんだな、三倍の頻度でライブを……」
「That's right!」
LiPPSほどの怪物ユニットだ。あらゆるメディアを自由に使い、戦略的に選挙戦を進めていくだろう。だがそれに張り合おうとあちこちに手を出したとしても、LiPPSの総合力に勝てるはずもない。なら、勝てる可能性のある部分でひたすら戦えばいい。ボクたちの場合、それは当然ライブになる。幸いにもアイドルとしては王道の領域だ。そして時間が足りないのであれば、密度を上げてやればいい。
まったく、笑ってしまう程に単純明快だ。まぁ、時に人はそれを脳筋と呼ぶけどね!
「………え? 三倍?」
自分で言っておきながら改めて疑いを抱いてしまう。
「はい、コレあげる」
Pが差し出してきたこれからのスケジュールは、目を覆いたくなるほどの過密スケジュールだった。ライブの回数を三倍に増やすため、休日は三つか四つの現場をハシゴすることになるらしいし、平日の夜にライブが組まれていることがあった。ヘリ移動が普通にあった。ライブ出演に時間が割かれるからといって、レッスン時間が減るということでもない。新曲も出していかなくてはならないから、寧ろレッスンの時間はこれまでより増えていた。
「あとさ、そろそろ学校の勉強も頑張ろうな、飛鳥!」
「えっ!?」
「何意外そうな顔してんだよ。中学生の本分は勉強じゃろがい。分かんねぇトコは教えてやるからな」
「…………えっ!?」
「……蘭子もよ」
「ぴっ!?」
青い顔に冷や汗を浮かべながら、蘭子が頬を引き攣らせる。それはきっとボクも同じだっただろう……。