≪Observation by Asuka≫
目覚まし時計代わりのラジオが起動する数秒前に目が覚めた。
寝起きの気分は爽快。大一番が控える日としては最高のスタートだった。
シャワーを浴びる。
朝食にはお気に入りの比率に配合したシリアルを摂る。
身支度を整える。
Pが迎えに来るまでにはまだ時間があった。
ラジオの放送局を変えていく。
以前ライブを大成功させたご褒美としてPから贈られた、ニキシー管がふんだんに配されたラジオ。この最高のガジェットがボクの日常に溶け込んで久しいのに、周波数を表示するニキシー管のフィラメントの揺らめきが、今日はやけに新鮮に見える。
ついボーっと見つめてしまい、ラジオの音声は右から左へ。
「掃除でもするか……」
掃除も二十分とかからなかった。
「……やれやれ」
昨日からずっと頭の片隅に居座っている言葉があった。
『
ならば共鳴が成功しなかった場合は……?
そもそも共鳴だって、成功確率は上がっているけれど、成功させようとして成功させられるものではない。いやむしろ、そういう前のめりな気分のときは不思議と失敗することが多かったような……? 成功するときは、不思議と、勝手に、必然的に、なるべくしてなるように、成功するのだ。
今日は絶対に成功させなければ――待て、ダメだ。こんな風に気負うのはよくないぞ……!そうだ、こういうときは逆に考えるんだ。別に失敗してもいいさ、と。
「いや、失敗したらダメだろ……!」
気付けばじっとりと手汗をかいていた。
よくない。よくないな。考え過ぎはよくないぞ。
「気分転換だ」
壁に掛けた幾つかのヘッドホンから無造作に選んで一先ず首にかける。イヤホンジャックをオーディオに繋ぎ、再生しようとしたところで手が止まった。丁度そのとき、ラジオから今日のライブについての話題が聞こえてきたからだ。特に目新しい情報は無かった。ただ、無視することも出来ず聞き入ってしまい、気付くとボクはただのリスナーとなっていた。流石は熟練のラジオDJだ。
――ピンポーン!
来客を知らせるチャイムが鳴り響く。
時刻を確認すると、いつの間にやら十一時五分前になっていた。ラジオは良い時間潰しになってくれた。
「はーい、すぐ行くよ」
ドアに向かって言いながら、コートを着込みバッグを肩に掛けて玄関へ向かう。
チェーンを外し、サムターン錠を摘まむ。指先で感じる金属の冷たさがやけに刺々しく、それはまるでボクに何かを訴えかけようとしているようで――何か違和感……。Pは何と言っていたっけ……?
『十一時頃に』いや。『十一時きっかりに』だ。
今はまだ五分前。これを『きっかり』とPが言うだろうか? 彼ならコンマ一秒の狂いもなくチャイムを鳴らしそうなものだが……。
――かちゃり
しかし、身体に沁みついた動作が勝手に先を行っていた。
――ガコッッッ!!!
「ッ!?」
錠を閉め直す間も無く、瞬時にドアノブが角度を変える。物凄い勢いでドアの向う側から掴まれたのか。そして凄まじい勢いでドアが開かれた。
「なっ、なんだお前は――ッ!?」
ドアの向こうにいたのはPではなく、全く見覚えのない男。
「オトナシク、シロンダ」
「何を――ムグッ!?」
叫び声を上げる間もなく口が男の手に覆われる。と同時に視界がグルンと回った。身体が持ち上げられたのだ。両脚も掴まれていることに気付く。男は二人いた。
男二人はボクを抱えていながら、ボクの全速力よりも遥かに速く、マンションの出口へと向かって行く。
「ム~~~~ッ!」
両方とも外国の――白人らしい。かなりの体格の良さだ。まったく抵抗できない。なんだこれは? ドッキリ企画というヤツか? いや、うちの会社ではドッキリの類は厳に禁じられていると聞いた。ならばこの男たちは……?
全身に寒気が走った。『拉致』の言葉が頭に過ったから。ボクは今、犯罪に巻き込まれようとしているのだ!
マンションのエントランスを抜けたすぐそこにマイクロバスが停車していた。それにボクは押し込められた。ボクが迂闊に開錠してからまだ30秒も経っていないだろう。
ドアが閉まるのも待たずにマイクロバスは猛スピードで走り出す。
「テアラナ、コトヲ、シテ、ゴメンデス」
三人目の男が登場。ソイツは――またもや白人だったが――ボクが拉致られてくるのをマイクロバスの中で待ち構えていた。一見すると精悍な顔立ちのナイスミドルだが、顔面のあちこちに数多くの傷痕があった。いや顔だけでなく、首にも耳にも袖から覗く腕にも無数の傷があった。全身がそうなのかもしれない。服装はグレーのモザイクのような……都市迷彩という柄だっけ?
ナイスミドルはボクに柔和な印象を与えようとしているのか、薄い笑みを浮かべている。だが、目だけは機械じみた冷徹さを感じた。
ボクをここまで運んだ二人の男の内、片方は見るからに粗暴な雰囲気を放っている若者で、ボクを威嚇するようにガンをつけてくる。
もう片方の男はボクには興味が無いようで、気怠げに前方の座席で運転手のナビをしていた。
運転手は眼鏡をかけた黒人だった。
四人のチームらしい。
マイクロバスの車内を見渡せば、それは以前仕事で乗ったものとはかなり違った構造だった。運転席と助手席は普通だが、それより後ろには座席が極端に少なく、代わりに様々な機材や何らかの道具が収納されているであろうコンテナボックスなどが置かれている。さながら移動基地だ。この拉致のための偽装車両? 映画などで見たことがあるな。こんな状況でなければさぞ心躍っただろうに、正直なところ、まだ涙が出てないのが不思議なくらいに怖い……。
「きっ、キミたちは一体――」
「Hey ! Shit down !」
「――くっ!?」
肩を抑えつけられて、座席に無理矢理座らされる。やったのはボクに最初に接触した荒くれっぽい男だ。
「No, No, No…….Treat her リスペクタフリー。イッヒューハートハー、ユーウィルベイ――」
ナイスミドルが鋭い眼光を荒くれ男に向けながら流暢に英語を喋り始めた。
「――O.K. boy ?」
「……Yes, sir !」
彼の言葉は英語なこともあってほとんど聞き取れなかったが、どうやら荒くれ男は乱暴さを叱られていたようだ。
荒くれは少しシュンとした表情を見せた後、これ見よがしに丁寧な手付きでボクにシートベルトを装着させた。シートベルトはボクを拘束するためのモノでもあるのか、固定金具には錠前のような器具が付いていた。体勢をずらしていけばベルトをすり抜けることも出来るが、それを見逃す程彼らは愚鈍ではないだろう。
「ブカガ、ゴメンデス。ケガハ、ナイデス?」
「あ、ああ……」
「Good ! So, イマカラ、アナタノ、ジョウキョウヲ……Ah~…English OK ?」
「えっ、い、いんぐりっしゅ……? あ……あ、りとる……!」
「OK. ウェル……」
ナイスミドルが、胸のポケットからメモ帳を取りだして、ペラペラとページを捲っていく。
「……ガッリ。 アナタノ、ジョウキョウデス。ヒトツメ。アナタノ、アンゼン、ホショウ、シマス。アンシン、シテ、O.K.ヨ」
「………」
あのメモ帳はカンペか。クソ。ウェルってなんだよウェルって……!
「フタツメ。コレカラ、ニジュウイチジ、マデ、コノ、クルマノ、ナカデ、イテモライマス」
「にじゅういち……? 二十一時……? は? それって……!」
「ミッツメ。アバレル、ムダデス。ワタシタチ、ツヨイノデ」
二十一時とは今日のライブの終了予定時刻。つまりこのままここに捕らわれたままだとステージに立つことが出来ないわけで、その場合当然の結果としてダークイルミネイトはLiPPSに敗北することになる。
「ふっ、ふざけ――」
「ドンムー !」
「――くっ!?」
問い質そうと身体を前傾させただけで、荒くれがまたボクの肩を抑えつけてきた。それを即座にナイスミドルから厳しい口調で諫められ荒くれは手をどかしたけれど、ボクにしか聞こえないくらいの小声で所謂フォーレターワードを呟いていた。どいつもこいつも、ボクの言葉を聞くつもりは毛頭無いらしい。車が風を切る音だけが無情に響いている。
車が高速道路へと進入していく。最初の分岐で進んだのは、やはりライブ会場の方向とは違うルートだった。
マイクロバスは今、前後を軍用ジープのようなゴツい車に挟まれて走行している。前後の車もコイツらの一味らしい。
拉致されてからどれくらいの時間が経ったか気になって眼球の動きだけで車内を探ると、機材の操作盤の中に時計が見つかった。この状態になってからまだニ十分ほどしか経っていなかった。こんな穏やかじゃない場所であと十時間も過ごさなければならないと思うと気が狂いそうだ。
そういえばPは今どうしているのだろう? 彼のことだから、十一時きっかりにボクの部屋を訪ねただろうけど、インターホンを鳴らしてもボクが出てこないのをどう解釈するのか…? 眠りこけていると思っていないだろうか? それかちょっとコンビニまで外出してるのだろうと、しばらく部屋の前で待っていたり?
でも……。どっちにせよ、普通は一度携帯に連絡してみるくらいのことはするんじゃなかろうか? 早い段階で取り上げられたボクの携帯はバッグと一緒にボクから離れた座席に置いてある。しかし、この二十分間では何も受信していない。
「……………」
そうしてやっと気付いた。いや、思い出した、と言うべきかもしれない。
「アイツ………」
全部知っていたな!?
昨日の打ち合わせでのPの妙な問いかけは
「アイツゥ……ッ!」
「What… ?」
頭に血が上りそうだ……! だ、だが……こういうときこそcoolにならないとな。うん。いつもPの掌の上で踊らされるなんて、ボクらしくないからね!
「フム……」
ならばPはすでに動いているはずだ。ベストな結果につながるように、虎視眈々と機を窺っているのだろう……! そうして颯爽と現れて、慌てふためくボクにいつものニヤケ顔を向けるつもりだな? ならば彼が現れたとき、ボクが先に笑ってやろうじゃないか……!
「Hey, boy. ワッラライダー?フロッウェンワッザガイデア?」
「Rider? ウェア~~……Oh!」
ナイスミドルが指差す方を見てみると、一台のバイクがボクたちに並走していた。あまりに自然に走っていた為、いつからそこにいたのか分からなかった。妙なバイク乗りだった。モトクロスで使われるようなバイクに、背広姿で跨っている。かなりミスマッチ。フルフェイスヘルメットを被っているから顔は分からないが――
「――あ、コイツか」
ライダーがメットを外すと、そこには今一番ひっぱたきたい顔があった。Pのすっとぼけた顔だ。
「ディーメッ!! ダ、ガイ、イズ、カミンッ!!」
「Realy!? How fast!」
「Foooooo!! イッツァバロゥ!!!」
男たちが急に色めき立ちはじめる。そして野獣のような鋭い目をしながら、マイクロバスに設置されていたボックスに向かう。
その間Pはずっとボクの方を見ていた。この非常時にも関わらず、オフィスにいるときのような間の抜けた顔で、首元を指差している……?
「ん……? なんだ? 何が言いたい……?」
目をしばたたかせて見ても、Pの意図が理解らない。首をかしげると、Pは事も無げに両手をバイクハンドルから放して、耳の下辺りで軽く手を握った。あぁ、これは首に掛けているモノ――ヘッドホン――を見ろ、のジェスチャーか。
「あ、あれっ? コレは……?」
まだ自宅にいる時に首に掛け、結局音楽を聴かないままだったヘッドホン。それに改めて触れてみて、初めて違和感に気付いた。こんな形の……触れるだけでも分かる、無骨でダサいヘッドホンなんて、ボクは所有していなかったはずだ。
「Hey, girl !!!」
「へっ!? なに!?」
ほとんど怒声のような大声でナイスミドルがボクに言う。その目はゾッとするほどにギラついていた。
「ワスレテタヨ。ヨッツメ! ジャマスルゥゥ! ヤツハ――」
ナイスミドルたちがボックスから取り出した
「――Dead or Alive!!!!!」
奴らが手にしていたソレを一斉にPに向ける。ソレはこの国では絶対に目にしちゃいけない殺戮の象徴――銃だった。ライフル? マシンガン? 詳細な分類は理解らないが、明らかに威嚇のためではないソレを、運転手以外の三人が並走しているPへと向けている。
そう、ボクの首に掛かっていたのは、爆音から耳を守るイヤーマフだったのだ。慌てて装着する。Pはいつから仕込んでいたのだろうか――ってゆーか気付けよボク!
ズダダダダダダダダッッ!!!!!
ズドンッ!! ズドンッ!! ズドンッ!!
ぱららららららららららららららら!!!!
「うわぁーーーーーっ!!!!」
イヤーマフ越しにもかかわらず、恐ろしい程の轟音が鼓膜を叩いてくる。まるで耳たぶが工事現場だ。もしイヤーマフが無かったらボクの耳は向こう数日オシャカになっていたに違いない。音に加えて、網膜が焼けそうなくらい火花も乱舞している。
銃口がボクに向けれらているわけではないのに、轟音と閃光の嵐の中ではただ身を丸めていることしかできなかった。銃声の圧でエクステが踊り、肌がヒクつく。夏の夜にしか嗅いだことのなかった匂いが、鼻腔を満たしていく。嗚呼、夜空の花を見る度に今日のことを思い出すことになってしまうのかクソッタレ!
「ここは日本だぞーーーーっ!!!」
ボクの叫びなんて掻き消されてしまう。銃声は尚も止まない。百発なんてとっくに超えているだろう。
そうだPは? Pはどうなった!? こんな集中砲火喰らったらいくらPと言えども……。
「P……ゴ、ゴクリ……」
もしかすると閲覧注意なシーンが……? 恐る恐る視線を上げてみる。
だが。いた。Pはいた。そうかー。無事かー。P、そっかー。何だコイツ。
上半身をウネウネとくねらせたり、ウイリーしたり、くるんとバイクごと前転したりと、変態的な軌道で相変わらず近くを並走している。表情はいかにも涼しげだ。コーヒー豆を挽いているときの方がよっぽど真剣みがある。あ、前後のジープからも銃撃されているらしいな。一発も当たってないみたいだけど。
「Fu〇k! Fu〇k! Fu〇k! Fu〇k! Fu〇k! Fu〇k!!!!!」
「Why? ワァアアアイッ!? ワッツゴーリンウォン!?」
「ガッッッデンッ!!! イズディッサルーモアッマンッ!?」
「What are you ファキンドゥーインッ!? キルヒンッ!! Hurry! Hurry!!!」
男たちは目を剥き、口角に泡を溜めながら叫んでいる。
SNSにアップすればバズること間違いなしの曲乗りを披露しながらPはまだボクを見ていた。その口がゆっくりと動いている。この期に及んでまだ何かを伝えようとしているらしい。読唇しろということか?
「えむ? えう……? え……えん……? えんよい……? えん……じょ……い……あぁ」
『Enjoy!』
ボクに伝わったのを見て、Pが満足げに頷いた。
「Pのアホーーーっ!!」
あっ! Pが後ろに向けて何か投げた?
ドッグオォォォオオおおおんッッッ!!!
「うっわぁああ!?」
後ろを走っていたジープが派手過ぎる音をたてて跳ね、前転を試みて中途半端に止めたようにノーズから地面へと不時着した。何故そうなったのかは理解らないが、廃車なのは間違いない。
「Fu〇k! Fu〇k! Fu〇k! Fu〇k! Fu〇k! Fu〇k!!!!!」
荒くれのボキャブラリがクライシスだ。気怠げ男は顔を青くしつつも撃ち続ける。ナイスミドルは……手を止め、無線を使っていた。
キキキキィイイイイ――!!!
前方でけたたましいブレーキ音が轟き、前を走っていたジープが真横に来たと思った次の瞬間――
「フグッ!?」
横Gで身体が揺さぶられ――
グワシャンッッ!!!!
「ひょああああっ!?!?!?」
マイクロバスとジープが横っ腹を衝突させていた。荒事のスペシャリストたちだからできる、完璧なコンビネーションだった。
バキバキバキと金属の破壊音が鳴り響く。二台の大型車両にサンドイッチされては、あんな華奢なバイクはひとたまりもないだろう。人間は言わずもがなだ。ただし……。
早々にナイスミドルが「yeah!!」とガッツポーズをキメている。他の男たちは手を叩き合って大笑いして口々にスラングを並び立てている。
数秒の後、ジープが離れていく。
ガシャン! がぎぎぎいぃ~~……。
アスファルトの上を金属が滑る音が遠ざかっていく。後方を見やったときにはもうかなり距離があって、バイクがどれ程の破壊を受けたのかさえ判然としなかった。
ただし。ボクには理解っている。脱落したのはバイクだけであり、この男たちはぬか喜びをしているということを。あの程度の奇襲で二宮飛鳥のプロデューサーがどうにかなるわけがないのだ。
ドッグオォォォオオおおおんッッッ!!!
「「「「ワッ !?」」」」
ついさっきも同じような光景を見たな。バイクをサンドした隣の車線を走っていたジープが、急にスピンをして側壁に衝突し、製造中のバームクーヘンを早回ししたようにローリングをし始めていた。こっちも廃車決定だ。
彼らの表情から喜悦が霧散し、身体を硬直させる。ボクを含めたぶん全員が「もしかして…?」の想像を膨らませていた。
奇しくもそのとき、大型の観光バスを追い抜いた。そのバスの車体に嵌め込まれた数十枚の窓ガラスに、ハイウェイでは有り得ない像が映り込んでいる。ボクらの乗るマイクロバスのルーフの上に人影が!
「アップデア!!」
男たちが天井に銃口を向ける。しかし最初の誰かが引き金を引くのよりも早く――
ボゴンッッ!!
「ゴッ――!?」
運転手の直上の天井が陥没していた。その凹みは正確に運転手の脳天へと衝撃を与えたらしい。
「ワッザヘルッ!!!!」
「うわああああっ! こっ、これえぇ! 大丈夫なのかぁああっ!?」
ハンドルを操作する者が昏倒し、マイクロバスが激しい蛇行を始める。シートベルトで固定されているボク以外は皆盛大にズッコケた。しかも運転手はアクセルを踏んだまま気絶してしまったようで、スピードは落ちるどころかどんどん加速していく。
「Arghhhhhhhhhh!!!!!!!」
ナイスミドルが叫ぶ。彼だけはズッコケたのではなかったらしい。銃器が納められたボックスの方へと意図的にダイブしていたのだ。新たな長物を取り出して、半分床に寝たような体勢で天井へと銃弾をばら撒き始める。
バタタタタタタタタッ!!!!
「Boys!!! テイカッガンッ!!!」
その雄姿は恐慌状態に陥りかけていた荒くれ男と気怠げ男を立ち直らせる。しかもナイスミドルは右手のみで銃を操りながら左手でボックスを漁り、彼らへ得物を放り投げていく。この咄嗟の判断といい、さっきのジープとの連携といい、このナイスミドルは相当の腕利きなのかもしれない。
「Fire! Fire!! Fire!!!」
「ダイッ! ダイッ! ダァアアアアアアアイッ!!!」
「ダァーイッ!! ファッキンガーーーイッ!!!」
―――――――!!!!!
銃声。閃光。咆哮。
身体の芯まで痺れるような強烈な刺激が延々と続く。マイクロバスの広い天井に隈なく穴が開いてゆく。
「Stop Firing!!!」
永遠にも感じられた破壊の嵐がナイスミドルの指示でパタリと止んだ。マイクロバスは相変わらず猛スピードで疾走しているけど、今それについて頓着できる者は誰もいなかった。
天井は正にハチの巣状態。もし仮にこの天井の向こうに人間が立っていたならば、
車内に差し込む幾筋もの光条の鮮明さが硝煙の濃さを物語っている。そういえば、そろそろ正午か。今日はなんて天気が良いのだろう。
……コンッ
「「「「……?」」」」
快晴なのは間違いない。だと言うのに、天井に何かが降り注いだ音がした。
コンッ、コツン、コンッ、コンッ、ココンッ、コツンコツンッ、ココンコココココッ!
そしてどしゃ降り。雹のような硬質な
天井を見上げようとも、開きに開いた穴から差し込む逆光の所為で、何が起こっているのか把握することができない。
「……What…?」
穴から転げ落ちてきたその
「………ア……Unbelievable」
小豆ほどの大きさの
そして、Pのターンが始まった。
――ギャキキィキギギギギギギイッ!!
「What!?!?!」
「うああああ!? オイP! これはちょっともおおおーー!!」
悪魔の断末魔のような破壊音を伴って運転席近くの天井から現れたのは、回転する鋼鉄の牙、チェーンソー。銃が殺戮の象徴ならば、チェーンソーは恐怖の象徴か。それが車内という閉鎖空間の中、数歩しか距離の無い場所で暴れまわっている。決して許容することの出来ない恐怖に全身が硬直する。
「HyeaaaaaaaAAAAAAAA!!!!」
一番近い位置にいた気怠げ男が、情けない叫び声を上げながらドアをこじ開け、車外へと逃げ出していった。時速百キロは越えているだろうに、大丈夫なのだろうか? まぁ特殊な訓練を受けているだろうから問題ないのだろう。
ギャルン! ギャルンッ! ギャルルルルルルウウウウッッ!!!
天井から覗いた刃は上下動を繰り返し、天上を切り裂きながら後部座席へと行進し始める。向かう先は次に近い位置にいた荒くれ男だ。
「スィット!!」
「――えっ!?」
荒れくれがボクへと振り返り、手を伸ばして――あっ、コイツ、ボクを盾に……っ!
――ギャギッギギギッギギ!!!
「Why!?」
「ひゃあああーー!?」
第二のチェーンソーが、荒くれとボクの間に割って入ってきた。第一の方とは二メートル近く離れているように見えるが、一体全体どうなっているのか? 考えても無駄だろうな。
ギャルンギャルンンギャギャルルルッル!!
ギキィイイイッギイイギギギルルルッル!!
前からと後ろから、二つのチェーンソーが荒くれ男に迫っていく。近づくに従って、荒くれはお行儀よく直立不動の姿勢をとった。
「……ヘルッ! Help! Help meeeee!!!」
更に近づく。とうとうつま先立ちになる。
ウオオオオオオンッツ!!
あと三センチでミンチというところでチェーンソーの前進は止まり、空転してみせた。煽られた荒くれはバレエダンサーのような横歩きで、気怠げ男と同じように車外へダイブしていった。そうなればチェーンソーの向かう先はもう一つしかない。
「Fu〇king monster…!」
ナイスミドルは既に両手に鉈のような大きな刃物を装備していた。まだやる気らしい。なんて胆力だこの男、スゴイぞ。
ギィイイインッ!! ガギギギッ!! ギャギャガガ!!
叩く! 叩く! 叩く! チェンソーの横っ面に猛烈な連打を叩きこんでいく。座席がほとんど無いとはいえ狭い車内で、なんて俊敏な身のこなしだろう。しかし――
バギギギギギギイイイイ!!!
「GuuooOOOH!!!!」
とうとう最後尾まで追い詰められてしまった。ナイスミドルは膝をつきながらも、鉈をかかげてチェンソーの進行を押しとどめようとしている。だが牙の回転は着実に鉈の刀身を削り取っていく。もう時間の問題だ。
「Please!! セイヒンッ! アイサレンダーーーッ!!! プリ―ストピッ!!」
「えっ!? 愛されプリンストン……?」
「プリーーーーッ!!!」
「ごめん理解らない……っ!」
必死の形相で何かを訴えかけてくるけど、ボクにはどうしていいのか……。なるほど、英語ができないとこういうときに不便なのか…。
――ギャルルルルギッギギギッ!!!
「ファッ!?」
「あっ」
そこに第三のチェンソーが現れた。終わった。
それは腕が二本しかないナイスミドルを嘲笑うかのように、彼の正中線目がけて前進していく。
――バキィィイン!!!
鉈の寿命もそこで尽きた。
「ドウシテ?」
さっきまでは龍虎さえ屠れそうであった彼が、今はもう子猫のような哀愁を漂わせている。
――ウォオオオオンッ!!!
しかしケルベロスは止まらない。けたたましいエンジン音を轟かせながら今にも――
「Pぃーー! もういいっ! この人戦意喪失してるからーーっ!!」
「ストッストッ! ストオオッ! ノホオオオオOOOOO!!!!!!」
――ギャルルルルルウルウウルウウウ!!!!!
「ひぃいいいっ!!!」
もう見ていられない。ボクは彼から目を背け、縮こまるようにして全てが終わるのを待つことしか出来なかった。ナイスミドルの絶叫が段々と弱々しくなっていくのが逆に恐ろしかった。
――ウォオオオンウォオン………
しばらくするとチェンソーのエンジン音が途絶えた。いつの間にかマイクロバスの走行も止まっていた。
「………ッ!」
意を決して、視線を上げていく。スプラッタは好きじゃないが、状況を確認しないわけにもいかないのだ。
「うっ……! なんて、無残な……」
そこにあったのはグロな光景ではなく、とりあえずは安心できたが……ナイスミドルは最早ナイスミドルではなかった。上半身裸のショーパンモヒカン男だった。白目を向いて泡まで吹いている。周囲に散乱した布切れや頭髪がただただ汚い。よくもまぁチェンソーで器用なことが出来るものだ。
「どう? 楽しんでくれた?」
切り取られた天井からPが顔を覗かせる。『大将やってる?』みたいな感じで。そうだった…。コイツはこういう男だった。さっきまでビクビクしていたのが馬鹿らしくなって全身からすごい勢いで力が抜けていく。
ヌルりと車内に降りてきたPはボクのシートベルトを解き、立ち上がらせてくれた。
車の近くにトイレと思しき小さな建物がある。どうやらパーキングエリアまで来ていたらしい。
「こ、これは……これは一体何だったんだ? 何故ボクはこんな目に……」
「ブックメーカーって分かるか?」
「………賭け事の?」
「そうそう」
ブックメーカーとは賭け屋。賭博はこの国ではごく限られた領域でしか認められていないが、海外ではもっとオープンな国があるらしい。そしてその賭けの対象は幅広く、競馬やスポーツの勝敗に始まり祝祭日の天候にまで及ぶ……。ということは聞いたことがあった。
「何年か前から、UL総選挙の順位も賭けの対象になっててな。例年はどのユニットが優勝するかの予想はかなり分かれるんだけど、今年はぶっちゃけLiPPS一択だったじゃん? だから、いたんだよ。ほとんど全ツッパしちゃったお金持ちのオジサンが何人もな」
昏倒したままの元ナイスミドルと運転手を縄で縛りながら、Pが説明してくれた。
かいつまんで言うと――選挙レースが始まった当初は、世界中の誰もがLiPPSが優勝すると思っていた。しかし紆余曲折を経て、“万が一”が起こり得る状況になってしまった。そこでもう後に引けないお金持ちオジサン連合が裏社会の力を借りて、不安要素たるボクたちを棄権させようとしている――ということだった。
ボクたちの純粋な営為が勝手に賭けの対象にされていることは腹立たしいが、スケールが大きすぎてイマイチしっくりこなかった。
「って、蘭子! 蘭子は無事なのかっ!?」
「あぁ、神崎ちゃんにはアイツが――」
「蘭子! 頼む、無事で……っ!」
急いで携帯で蘭子にコールする。三コールしてもまだ出ない。嫌な予感がチラついて――
『プッ……!』
「ら、蘭子!? 無事か!? 蘭子?」
『ッ!!! ~~~~ッッ!!!!』
「蘭子っ!? 蘭子なのかっ!? 蘭子ぉ!」
蘭子の息遣いらしきものが聞こえる。しかしそれは荒々しく、最悪の光景が脳裏に過る。
『バタタタタタタタタッツ!!!!』
「――ッ!?」
鼓膜をつんざくような轟音。今のボクは知っている。銃声だ。
「ああっ!! そんな!? 蘭子! 蘭子ぉーーっ!!」
『…………すっ』
「っ!? 蘭子? 無事なのか……っ!?」
『――すっっっっごぉおおいっ!!!』
「……………なんて?」
それは、これまで聞いたことのないくらい元気な、蘭子の声だった。
『すごいすごいすごーーーーい!! 我が友ーーっ! いっけぇええっ!! きゃーーー!!! かっこいい~~~~っ!!』
「あ、あの……蘭子……?」
『飛鳥!? 何? どうしたのっ!?』
「あ、えっと……どうしたの、はボクの台詞なんだけど……」
『えっ!? ごめ――ドガガガガガッ――聞こ――バキキーーキッ!!――い! こっち騒がしくて!』
現在進行形で激しく鉄火場のような音がするんだけど、当の蘭子の声には悲壮感などはなく、寧ろ楽しんでいるようで……。どうやらボクをPが助けに来たように、蘭子の方には神崎Pが行っているらしい。
「あぁ、うん。蘭子が楽しんでいるなら、いいんだ。うん」
『飛鳥――ダンッ!ダンッ!ダンッ!――は大丈――パララララッ!――あっ! うしろーー! 我がと――ギィイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!』
「くっ!?」
雷鳴のような轟音に、思わず携帯を遠ざけていた。離した携帯からは、次いで爆発音らしき音が聞こえてくる。
「ら、蘭子……?」
『す、すご……。え? すごひっ……ま、まっぷたつ……とらっく、まっぷたつ……え? え?すご~~~っ!!!』
「あぁ……なんともないみたいだね」
『あっ、ごめんね飛鳥っ! こっち目がはな――ドッガァァアアン――旦切るね。また後でねっ! 闇に飲まれよーーっ!! プツッ――』
「あぁ、うん、やみのまー……」
Pが苦笑していた。
「あっちも大丈夫そうだな」
「あぁ、うん……」
「トイレ行っとく?」
「あぁ、うん……」
花を摘み、ほっと一息。洗面台で手洗いをする。そのとき煙の匂いがした。それはボクのエクステからだった。なんてことだ。おろしたてのエクステに硝煙の匂いが付いてしまっているじゃないか!
なんだか猛烈に腹が立ってきた。そうだ、ボクは怒っていい。
「Pっ! おいっ!」
「おっ」
トイレから駆け出て、Pに詰め寄る。
「キミは知っていただろう!? 全部!」
「たはー! バレたかぁー!」
「ばか! この、ばかぁ! ボクがどれだけ怖い思いをしたのか理解っているのか!?」
Pの肩をポコポコ叩く。
「すまん。例によってこの展開が最適なんだ」
「またそれか…! だとしても、もっとこう……あるだろう!?」
「それにさぁ、飛鳥だって言ってたじゃん?」
「は? 何を…?」
「カーチェイス、してみたいって」
「………っ!」
言ったっけ? あ……言ったような気がしなくもない……? いや待てよ……!
「違うっ! ボクが言ったのは
「さっきもアクションシーンあったじゃんよー」
「あんなのほとんどホラーだろうっ! チェンソーで車を切り刻むヒーローなんていてたまるか……!」
「そっかーバイクチェイスかぁー」
「そうだ。バイクチェイスだ。ボクがしたいのは」
「…………………フヒ」
「っ!?」
それが失言だったことにPの表情で気が付いた。悪巧みをするときのいやらしい笑みだった。ボクはまた誘導に引っかかってしまったのだ。
「オーケー!! ならばやりましょうバイクチェイス!」
「まっ!? 待て待て待て待てっ! 違うぞそういうことじゃない!」
「Come on!!! ブケファラスっ!」
「は? ぶけふぁ……?」
――シュゴオオオォーーッ!!
「なっ!? 何かが……来るっ!?」
トイレの向こうから――トイレの建物を飛び越えて――ソイツはやって来た。
――ダキュッッ!! キキキィイイイーッ!!
そして着地と同時に白煙を上げながら旋回し、ボクの前でピタリと止まった。
「こっ、これは……!」
それは漆黒のボディを持った……おそらくはバイクに分類される車両だった。バイクだと思ったのは前後に付いているタイヤが一輪ずつだからだが、こんなフォルムのバイクは見たことがない。いや、あるにはあるけど、それはSF映画だとかに登場する空想の産物だった。そもそもこれは本当にバイクなのだろうか? Pの叫びに呼応して飛び出してきたように見えたし、今だって誰も跨っていないのに二輪のみで自立したまま静止している……。
「これはブケファラス号。俺が一から組んだ特製のバイクさ。ぶっちゃけ、めっちゃ先の技術を仕込んでる。結構カッコいいだろ?」
――シュイイイイインン
モーター音に似た駆動音と共に漆黒のボディにブルーライトのラインが浮き上がった。それはまるで闇夜に煌めく流星のようだ。
ボクの中にある中二スピリットが、確かに激しく疼いている。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! お金持ちどもの悪巧みはもう終わったんだろう? なら後は会場へ向かえばいいだけ……もうバイクチェイスなんてする必要はないじゃないか」
「ん~~、それがなぁ~~、全ッッッ然ッ、終わってないのよ。映画で例えると、今はまだオープニングみたいなもんで、このパーキングエリア出るときにタイトルがバーンって出る感じ?」
「は……? ふ、ふざけるな……さっきのチェンソー乱舞、どう見たってクライマックスシーンだろ!」
「おっ、掴みはオッケーってことかな」
「ボクの心はもう劇場から帰宅済みだ……っ!」
「でも実際、今の会場周辺は傭兵さんたちで寿司詰めみたいなもんよ? このままじゃあ、流石に近づけない。つーわけでしばらくは遠くで暴れて敵を引き寄せて、現地の数を減らしていくんだ。今のところ、敵は神崎ちゃんの方に集中してるが、間もなくこっちにも――」
「あーーーーっ! うあーーーーーっ!!!」
「飛鳥が壊れてしまった」
「鬱憤を解放しているんだばか!」
「ウケる」
大声を出してほんの少しだけ冷静さが戻ってきた……ような気がするがそれこそ気のせいかもしれない。
「ほ、他に方法は……?」
「無いんだなこれが。俺と一緒にブケファラスで飛び回るか、大人しく監禁されるか……どちらかしかない」
「ぐぅぅ~~~……っ!」
約三か月前のヘリコプター飛び乗り事件の圧倒的な無力感と恐怖は、今なおボクのトラウマだ。そしてボクの直感が告げている。今回はその比ではないと……!
スピードの化身のようなフォルムをしているこのバイクは、絶対に乗ったらヤバいヤツだ。しかも運転するのはP……。ああーーーっ! どうしてボクのアイドル活動にはこうもトリッキーな困難が付いて回るのか!?
……でもコイツ、メチャクチャかっこいいんだよな……!
――シュイイイイインン……ブォフォォオオーー
なんて重みのある排気音! 装甲が動くギミックもあるのか……! い、一度跨るくらいなら……?
「おっと、来なすったぜ?」
「っ!?」
閑散としていたパーキングエリアに、地響きを携えて車両群がなだれ込んでくる。どれも普段はお目に掛かれない無骨な造形だ。装甲車というヤツだろうか?
「よっしゃ! 行くか、飛鳥っ!」
「ボクはまだ乗るなんて………くそぉーーーー!」
しかしボクはもう乗るしかなかった。Pの腰に腕を回し、全力でしがみつく。
「く、くれぐれも安全運転で――」
「オラオラオラァーー!アイドル二宮飛鳥様のお通りだぞーー!」
「――うわあああっ!? 速いいぃいいーーっ!!」
瞬きの内にボクたちは風になる。
そしていとも容易く敵の包囲網を抜け、ハイウェイを疾走し始めた。
全編アクションシーンのドンパチ映画の開演だ。
『さよなら、アスカ。あなたとのドライブ、たのしかったわ』
「そ、そんなっ!? ブケファラス!
ボクの言葉を無視して愛馬がスラスターを駆動した。漆黒のボディに刻まれた蒼の刻印が強く脈動し始める。それは破滅への序曲。
ボクの左腕に描かれた幾何学模様はいずれも赤く光っている。それの意味するところ、兵装の残弾ゼロ。左目の網膜投影ディスプレイにはブケファラスからの別れを告げるメッセージが次々と表示されていく。
数百キロを走破し、幾度の戦闘を経て百八種の兵装も使い切った今、ブケファラスが武器とできるのは最早己の躯体だけ。損傷だらけのボディから噴き出す火花は、まるでブケファラスの血液のように見える。限界を超えてエネルギ―を絞り出すつもりか。
『Good luck, My idol!』
「行くなーーーっ!!」
スラスターが蒼い炎を噴射するとブケファラスが宙へ浮き、上空へと加速していく。向かう先はボクたちの前にはだかった最後の難敵、アパッチヘリ。 星々の瞬く夜空にブルーライトの軌跡が走る――!
――ゴシャャアアッッ!!
ブケファラスの捨て身の吶喊は見事ヘリの横っ腹を捉えた。ブケファラスが突き刺さった箇所では早くも小規模な爆発が起きている。プロペラも破壊したようで、ヘリは完全に制御不能状態に陥った。そして二機は混然一体となって海へと墜落し、海中へと没していった。
「ブケファラスゥウウーーーっ!!」
「大丈夫だ、アイツの本体はクラウド上にある!」
「そうなのぉ!? そういうことはもっと早く言ってくれないかなっ!?」
ボクの絶叫を返せと言いたいところだけど、無事なら良かった。
「それはそうと、行くぞ。時間がない!」
「ああ!」
会場に隣接する駐車場に着いたまでは良かったが、思った以上に時間を取られてしまった。随分と遠回りをする羽目になったものだ。しかし今ようやく、目と鼻の先に今日の目的地を捉えた。ボクたちは真っ直ぐに、煌々と光り輝くドーム会場へと駆けて行く。
――――!!!!!!
入るまでもなく理解った。会場の盛り上がりは最高潮に達している。歓声のうねりがここまで伝わってくる。それもそのはず。時間的に二月公演のメインイベント、UL選挙直前の頂上決戦が始まろうとしているのだ。故に一刻も早く舞台袖へと到着しなくてはならない。
そして遂にドームのスタッフ通用口まで到達したのだが――
「I've been waiting for you!」
「おっ、来やがったな~~」
「コイツらは……!」
通用口近くの物陰から数人の男たちが現れた。その内の一人には見覚えがあった。半日前、Pによって無残な姿に変えられた
「Fight me, fu〇king monster!!!」
とはいえ、彼にとってはもうボクのことはどうでもよくて、ただPにリベンジしたいだけらしい。これはもしかして、仕事や損得とは切り離された漢たちの最後の戦い、というヤツじゃなかろうか? 中々にアツい展開だけれど……。というか、この人のメンタル鋼鉄なのか? あれだけやられたのにまだPに立ち向かえるなんて。
「行け飛鳥! ドーム内に入ればコイツらはもう手出しできない!」
「で、でも……!」
「心配ねぇよ。俺がこんな奴らに負けるわけないだろぉ?」
「いやキミの心配じゃない。あまりやり過ぎてやるなと、そういうことが言いたいんだ」
「あっ、そっちスか」
Pを残してボクはドームへと足を踏み入れる。背後からは「アチョーー!」という奇声が聞こえたが、ボクにはもう彼らの冥福を祈ることしかできなかった。
――――!!!!
小規模な地震かと間違う程に会場全体が揺れていた。オーディエンスたちが足を踏み鳴らし、ダークイルミネイトの登場を待ち構えているのだ。
『ある程度のことは運営スタッフに伝えてあるから、とにかくステージへ向かへ』とPは言っていた。通路をひた走り、舞台袖へと向かう。
「はぁっ、はぁっ……!」
体力はもう限界といっていい。足がふらついて気を抜くと転げそうだし、頭も重く感じる。まるで一日中テスト勉強をさせられたような怠さがある。今日はずっと慣れないドンパチをしていたんだから無理も無い。よくここまでたどり着いたよ、ほんとに……。
「飛鳥っ!」
「蘭子……っ!」
そしてようやくボクたちは出会った。蘭子はボクとは別の通用口からここ、舞台袖を目指していたらしい。
「あぁ、蘭子、無事でよかった……!」
「うん! 飛鳥もっ!」
彼女の服を見れば、ここまでの道程は決して楽なものではなかったことが理解る。いつにも増して気合の入ったゴシックドレスだというのに、所々に破れや汚れがあった。おのれ傭兵どもめ。
どちらからともなく手を取り合うと、今日ボクたちが見てきた光景がおおよそ伝わってくる。
「な、なんと……無数の魔具を備え、空をも駆ける鉄騎とは……!」
「フフフ。蘭子は……なるほど強化外骨格か! 興味深い……っ!」
あの女もなかなか良いセンスをしているじゃないか。そういえば姿が見えないが、大方Pのように最後の始末でもしているのだろう。
「だが、今は――」
「うむっ――」
積もる話は後でいい。今はまず、全てをぶつけにステージへ。
ステージへ駆け往くボクらを見咎めた運営スタッフたちが驚愕の叫びを上げた。
「えっ!? 衣装は!?」 「メイクもしてない!?」 「もう観客待たせられないぞ!」
頭を抱える彼らを余所に、ボクたちは止まらない。止まる必要なんてない。
ボクたちが着るはずだったステージ衣装は楽屋にあった。一歩たりとも入っていないその楽屋の内装をボクたちは知っている。部屋のどの位置に衣装が置かれているのかも知っている。ボクたちの身体に衣装のイメージを重ね合わせる。
――ボクたちは既にステージ衣装を身に纏っていた。
ステージに立つ最高のボクたちをイメージする。
――メイクも既に完了していた。
疲労なんてとっくに消え失せているどころか、全身に力が漲ってくる。
ボクと蘭子の共鳴は、過去最高の重なりを記録している。今のボクたちなら何だって出来るという確信がある。今日一日、色々あったけれど、結局のところ、ボクたちの踏み台にしかならなかったワケだね!
「えぇ~~…。なんなんアレ? 見た、奏ちゃん?」
「え、えぇ……」
ボクたちの次に控えるLiPPSの面々も、既に舞台袖に来ていたらしい。ボクたちの変わり身を見て、皆目を丸くしていた。いや、志希だけはほとんど睨みつけるような強い視線をボクに送ってきている。だけどボクはもう、蘭子と響き合いたいということだけしか考えられなくなっていた。
「さぁ、往こうか……!」
「覚醒の時は来た……!」
この一歩で、ダークイルミネイトはステージの中央へと転移する。
―――――!!!
光の粒子が天高く巻き上がっていく。その中心でボクたちはポージングしていた。
種も仕掛けもない純然たる奇跡に、オーディエンスたちは沸きに沸く。初っ端からそんなにはしゃいで最後までもつのかな?
ダークイルミネイトの幻想はドーム会場を、常識を、そして世界を侵食していく。
故に、ボクたちが歌い終わった時点ですべての結果は決まっていたのかもしれない。
≪Review by Asuka≫
二月公演のトリであるLiPPSのステージが終わった数時間後、UL総選挙の投票期間も終了した。
結果が発表されたのは翌日のゴールデンタイムのこと。
総選挙で一位に輝きULの出場権を得たのは、ダークイルミネイトだった。
絶対的ユニットであるLiPPSを差し置いてトップに立ったボクたちは、一躍
それが一段落して、ようやくボクたちはULに向けての打ち合わせに入ることが出来た。
マトリックス・リローデッドのハイウェイのシーンのBGMを聞きながら執筆しました。あそこ大好きなんですよね。
敢えて言うならば、ここまでが第二章です。
そして次の第三章が終章となります。
もうしばらくお付き合い下されば幸いです。