超次元偶像二宮飛鳥のセカイ   作:関ち出張所

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≪Observation by Asuka≫

 

 UL総選挙において一位に輝いたということは、()()の少なくとも()についてはトップアイドルであると言っても過言ではない。すると自動的にその担当は最高のプロデューサーであるはずだということになるようで、遂にPの居室は――神崎Pの居室もだが――最高ランクのものとなった。

 

「太っ腹というか、なんというか……」

 

 無暗矢鱈に広くて豪奢な部屋だった。仮眠室はまだしも、給湯室――というよりはキッチンと呼ぶべきか――トレーニングルーム、シャワールームまで完備されている。いっそここを別の会社の事務所にすることもできるだろう。最初期の部屋とは比べるべくもない程に良い環境なのだろうけど、昔の部屋程度の方が落ち着くのではないかとも思った。しばらくすればこの部屋にも慣れるのだろうか?

 そんなPの居室にダークイルミネイトの関係者四人が集まっている。時刻はちょうど午前十時になった。

 

「UL……ウルトラライブについて改めて説明しておくとだな……」

 

 Pがホワイトボードに単語を書き込みながら説明をしてくれた。

 今でこそ総選挙はULに出演するユニットを選ぶためのものと認識されているが、十年ほど前までは単なる人気投票の意味合いが強かったそうだ。当時の一位のユニットへのご褒美は単に『どんな願い事でも叶えてもらえる』というものだった。しかし、歴代のほとんどのユニットが最大で最高のライブ――つまりUL――をすることを願ったので、いつしか総選挙イコールULという一般認識になったのだという。

 

「ここで嬉しいのは、願い事を叶えてもらえるっていう副賞はまだ生きてるってことだな」

「へぇ……!」

「しかも、昔と比べれば会社も随分大きくなってきているのもあって、願い事の回数にも制限がないんだ。まぁ期限はULが終わるまでだけど」

「なっ!? それは真か……!」

「い、いや待つんだ蘭子。こんなうまい話そうそうあるはずがない。どうせ使える金額に上限があったり……」

「……まぁ、ほぼ無いと思っていいぞ、上限」

「えっ……!?」

「一応予算としては……ちょっと耳貸して。これホントは教えちゃダメなヤツだから」

「ん…?」

「はぇ…?」

 

 Pに耳を寄せるボクと蘭子。

 

「……ひへ!?!!?!?!?!?!?」

「……ふぁ!?!?!?!!!!???」

 

 彼の口から出た額は想像を遥かに超えていた。確かにどうすれば使い切れるのか見当もつかない。別に使い切りたいわけでもないが。

 

「ただ注意点としては、これはシンデレラにかけられる魔法みたいなものなんだ」

「と、いうと?」

「バッグも買える、車も買える、家も買える。でもULが終わったら全部消えてしまう。つまりはボッシュート。形あるものでUL後も残るのはULのライブデータだけ。それを会社は売りまくるっちゅーわけだ」

「あぁ……なるほどねぇ……」

「現世とは残酷なもの……」

「だからお勧めの願い事は、豪華な食事やアクティビティ系のリクエストだな。たとえば、南極の氷でジュースを飲みたいって言えば翌日には叶うし、宇宙遊泳したいなら三日ほどで叶うだろう」

「フフッ……! ジュースは普通のロックアイスでいいけどね」

 

 だけど宇宙遊泳は正直かなり興味をそそられる。検討してみようか…?

 

「まぁでも、フタリハアンマリツカエンカモダケドナ……」

「え…? 何て?」

「いや、まぁ、二人次第だな。うん。へへっ!」

 

 Pのヘッタクソなウインク。それを目にしたとき、正体不明の不安が胸に去来した。

 

「……おい。何か嫌な予感が――」

「――P、そろそろ本題に入りましょう」

 

 そこで今日初めて神崎Pが喋った。本題とはULの内容についてのことだ。蘭子は早速そちらの方に意識が移ったようだった。ボクの経験則からすると、こういった胸騒ぎを放置すると碌なことにならないのだが、ここで話を止めようとすると、神崎Pの小言が出るのが容易に想像できたので一旦引いておくことにした。

 

「そんなわけで。ULではダークイルミネイトの二人がやりたいと願う事の全てをやっていい」

「ふ、ふお………」

「開催場所も開催時間も観客数も曲数もステージセットも! キミたちの自由だ! 会社が総力を挙げて全てを実現してくれる!」

「ふおおおおーーっ! あっ……い、衣装も…好きなの着ていいの……?」

「もちろんだよ! 何着でもいいよ! 小道具もだよ!」

「わふぉおおーーーーーーーーーっ!!!」

「それらを手掛けるのは世界中の超一流のプロだ。そして最高のユニットであるキミたちが演る。つまり、今この星でできる最高のエンターテインメントになるな」

「いいやっあふぅううーーーーーーっ!!!」

 

 蘭子が歓喜の叫びを上げる上げる。彼女の喜びようには、神崎Pさえも微笑を見せるほど。当然ボクの心も躍っていた。ついさっき感じた不安なんて吹き飛んでしまうくらいに。

 

「じゃあどんなステージにしたいか、だけど……二人とも持ってきてる?」

「……ああ、持ってきているよ」

「っ! う、うむ………」

 

 昨夜Pから打ち合わせで必要だからと、アイデアなどをまとめたものがあれば持ってきてほしいと言われていた。ボクの場合、それはこれまでに描き貯めていた漫画だった。

 

「これが……これがボク、二宮飛鳥のセカイ観のすべてだ……!」

「ふおおぉ……! これが我が片翼の……っ!」

 

 バッグから取り出したソレをテーブルに叩きつけるように置いた。

 描きも描いたり五百ページ超。一本の物語というわけではないし、ただのラフ画のページもある。でもいずれのページにもボク独自のセカイ観のカケラが散りばめられているという自負がある。妄想を曝け出すことに気恥ずかしさを感じないわけではない。しかし今更Pに対して何を取り繕うのかという感じであるし、蘭子には見てもらいたいという気持ちが圧倒的に勝る。神崎Pは……まぁ、こき下ろされたとしてもいつも通りだし気にするもんか。

 

「ぁぅ………」

 

 目が合うと、蘭子は頬を赤くして俯いた。蘭子が胸に抱くのはいつか見た魔導書。その羊皮紙の表紙に触れている彼女の指先が小さく震えている。

 

「―――ッ!!」

 

 まるで間欠泉が噴き上がるように、蘭子が勢いよく立ち上がる。その双眸には既に覚悟の炎が宿っていた。

 

「い……幾星霜の時を経て、我らは遂に約束の地へと至った……! いっ、今こそ……今こそまさに! 相克のとき……っ!」

 

 ふと、蘭子と初めて会った日の燃えるような夕陽が脳裏に過った。その紅が時を超え、今再びボクの網膜を痺れさせているのだ。

 夕陽を受けたように顔を真っ赤にした蘭子が天高らかに魔導書を掲げ――

 

「もうどうにでもなっちゃえ~~~~~っ!」

 

 ――ドスンと、テーブルの上に開帳した。

 

「こっ、これは……すごいな……!」

「あっ……ぁぅぅ……はじゅかしぃぃ~~……」

 

 偏執的と言っても良さそうな詳細な書き込みに、蘭子の筆致の熱量に、ボクは圧倒されてしまった。横から覗き込んでくるPも感心するように唸り声を出している。

 神崎Pは担当なだけあって、以前から閲覧を許可されていたのだろう。魔導書ではなく、ボクの漫画の方を見ていた。

 しばしの間お互いの妄想を読み耽る。休憩を取るのも忘れて、ランチにはケータリングをつまみながら没頭した。

 案の定、蘭子の書には難解な部分が多かった。ボクの漫画もそれなりに濃ゆいと思うが、蘭子の魔導書よりは取っつき易いだろう。それもあってか、読み終えるのは蘭子の方が早かった。

 

「……蘭子、このメタファーについてだけど――」

「フム! その呪言の真に意味するところを語るには、まず枢密聖書第四節の――」

「ぅぐっ…!」

「……つまりね、二宮飛鳥。蘭子が言いたいのは――」

 

 それならばと、蘭子に解説してもらいながら読み進めようとしたところ、更に難解に感じてしまうこともあった。神崎Pの解説が無かったら倍以上の時間が掛かったかもしれない。このときばかりは神崎Pに感謝した。

 セカイ観の共有が進むにつれ自然と、ULでは一続きの空想の物語を魅せよう、という方向に落ち着いていった。

 

「つーことは、歌とダンスに演劇の要素を加えて~~ってこれ、ミュージカル?」

「だな……。フフッ、悪くない」

「絢爛豪華たる歌劇! わぁぁ~~素敵……」

「いいんじゃないかしら」

 

 ある意味とてもボクたちらしい妙案ではないだろうか。大枠が定まったところで、改めてどういう物語にするかの案を出し合う。曲、ストーリー、舞台セット、演出などについても好き勝手に提案していく。

 

 ――天使族と悪魔族。闇の居城。厭世した魔王。神の走狗たる暗殺者。宿命の邂逅。

 

「それでね! ここで、どぉおん!ってお城が崩れて! それから歌が始まって!」

「なるほど、歌唱しながらの剣戟か! 滾るね……!」

 

 ――敗北と勝利。繰り返される決闘。敵対者との奇妙な友情と信頼。

 

「フム……この辺りで一つ、幕間劇…癒しを感じるシーンを入れてはどうかな?」

「それーー! 最後に思い出すと効いてくるやつーー!」

 

 ――明かされる真実。共闘。傷ついてゆく戦友。絶体絶命の窮地。

 

「P、さっきの演出だけど、出来るかな?」

「あぁん? 出来るかな、じゃねぇだるぉ~~?」

「フッ! そうだったね。や――」

「――やるのよ」

「おい、取るな!」

「えっ!? なにそれなにそれーー?」

 

 ――小さな奇跡。避けられぬ悲劇。別離。そして……。

 

 ほとんどはボクと蘭子が喋っていて、Pと神崎Pはたまに補足ながら基本的にはずっと機械じみたスピードでキーボードを叩いていた。二人はこの場で早速、各部門への発注書を作成していっているようだった。

 

「よーし、でけたでけた」

「ん……誤字も……無さそうね」

「すごい量だな……」

「おっきなお豆腐みたい~」

 

 結局、コピー機が出力したULに関する書類は、ボクと蘭子のアイデアノートの厚みを軽く超えた。

 

「新曲は出来上がってきたものから順次レッスンしていこう。早いモノなら三日程度で上がってくると思う」

「たった三日で? 流石お金に物を言わせるだけあるね」

「言い方。脚本も上がってきたら改めて皆でチェックしよう」

「わぁ~~楽しみだなぁ~~」

 

 そういえば新曲は何曲になるんだっけ? 勢いに任せるまま話していたからよく理解らなくなってしまった。ダークイルミネイトの持ち歌は既に六曲あるけど、これだけじゃ足らないだろうし――。

 

「――おーーっと! もうこんな時間か!」

 

 急にPが大きな声を出した。確かに、時計を確認するともう十九時を回っていた。十時間近くぶっ続けで話し合いをしていたようだ。あまりに愉し過ぎて全く意識してなかった。言われてみれば全身が疲労感に包まれている。それに何より。

 

「お腹、空いたわね」

 

 神崎Pの言葉に全員が頷いた。

 

「じゃあ、食事に行くかい? 仕事が残っているならこれで解散でも構わないけど」

「ご飯行きたーいっ!」

「ノンノン! それには及ばんぞキミたちィ」

「へ……?」

「キミたちが得た絶対特権、忘れたのか?」

「ま、まさか……!」

「いいの!?」

「何食べたい?」

「焼肉!」「ハンバーグ!」

「キミたち好きだねぇ。オッケー」

 

 そう言ってPは何処かへ電話を掛けた。

 

「ニ十分ほどで準備が出来るだってさ。その間に……」

「ん?」

 

 

 

 

「――こっ、これは……!」

 

 社屋の最上階の一室の扉を開くと、そこは素敵空間――近未来とスチームパンクが同居するカオスな住空間となっていた。ULが終わるまでの間、ここがボクの住まいになるのだという。生活に必要な部屋、設備、アメニティも全て揃っている。

 

「ほあああああ~~~~っ!」

 

 開けたままだったドアから、隣の部屋に入っていった蘭子の歓喜の叫びが聞こえてきた。あっちは蘭子テイストの部屋になっていたのだろう。

 

「ULに出るユニットメンバーがここに住むのは毎年のことなんだが、その一番の理由はセキュリティのためだな。今二人は世界で最も注目されてる人間だから。あとはここの方がリクエストに対応しやすいから、という理由もある」

 

 何処かへ遠出したいときには屋上のヘリポートが使えるらしい。なるほど……至れり尽くせりだな……。

 

「一つ下の階にはエステサロンや宴会場の他、ボーリング場やバッティングセンターなど一通りのアミューズメント施設もあって自由に使るぞ。やったね」

「へぇ…! それは良いね」

「マァ、ツカウジカンガアレバダケドナ……」

「え? 何て?」

「いや、何でもないよぉおおっと、そろそろ食事の用意ができたみたいだな、お腹ペコペコだぜぇー行こ行こ」

「あっ、おい……」

 

 小走りで部屋を出ていくPを追っていく。まぁ、いいか。

 

 

 

 階下の一室に用意されていたのは、超一流の料理人の手による最高の料理だった。ボクたちは大いに食事を愉しんだ。

 

「ULに向けてのレッスンはチョットタイヘンダケド、頑張ろうぜ!」

 

 そんなPの言葉に、ボクと蘭子は力強く頷いた。

 

 

 

 

 

 ――また騙された!! 無理だ! 嫌だ! 逃げ出したい!!

 

「何をしている二宮っ!! 動け! まだ音楽は続いているぞ!?」

 

 手を置いた膝が痙攣じみた震えを起こしている。ほんの少し視線を上げるだけでも今のボクには重労働で、歯を食いしばって見上げた先には鬼がいる。やはりこれは悪夢ではないのだ。

 

「ストップ! 最初からやり直しだ」

 

 金棒ならぬ竹刀を携えたマスタークラスのトレーナー、青木麗女史が無慈悲な裁定を下す。彼女に視線を送られた青木明さんが機器を操作すると、曲は止まってしまった。折角中盤に差し掛かっていたのにまたオジャン。まるで賽の河原だ。

 

「ハァッ、ハァッ、ハァッ……!」

 

 すぐ隣りにいる蘭子の荒々しい息遣いに、心底申し訳ない気持ちになる。

 そしてもう何十回目かも分からないイントロが流れ始める。麗氏が『早く最初のポーズを取れ』と鬼の形相で威圧してくる。

 

「ハァッ! ハァッ! くっ……!」

「二宮! 足! 下がってるぞ!」

 

 足を上げて運ぶ、腕を振って戻す。腰を左へ回す右へ回す。自分の身体がラジコンみたい。自由にはもう動けない。一挙手一投足の全てに『動かす』という強い意思が無ければ動けない。いや、もう、有っても動けなくなっている。

 

「だから足ィッ!! ……チッ! ストップ!」

「なっ……!? ハッ、ハアッ……!」

 

 キュッ、とステップの音がしたっきり、レッスンルームにまたしばしの静寂が訪れる。しかし今回は再開のかけ声はすぐにはかからなかった。麗氏は腕組をしながら、無言のままボクを睨みつけている。

 ボクらを左右からビデオ撮影している青木聖さんと青木慶さん、そして音響機器を操作している明さんは、憐れみの表情を浮かべていた。

 

「なぁ、二宮。お前もしかして……」

「ハァッ、ハァッ………?」

「お前もしかして、()()()()なのか?」

「……は? ゆ、ゆか……まに…あ?」

「そうだろう? 私には分かるんだ。 なあ、()()()()だろう? そうだろう? そうなんだな?」

「床……? い、一体何を……っ!?」

 

 背筋に悪寒が走った。麗氏が嗤っていたからだ。恐ろしい程に嗜虐的な笑みだった。

 

「はははは! そうか! お前、足の上げ方が悪いと思ったら、そうだったか! 床が好きすぎて片時も離れたくないんだな?」

「な、な、なにを……? い、意味が理解らない……っ」

「分かっているから、恥ずかしがるな! 私が手伝ってやる。愛しの床に、熱いベーゼを好きなだけさせてやるぞ」

「な、なにを……何を言っているんだ貴女は……!」

 

 話が通じなさ過ぎて、ボクは恐怖を感じていた。しかし、それはほとんど死刑宣告だということは何故か理解してしまっていた。

 

「ハァッ、ハァッ、ハァッ………!」

 

 蘭子はボクに視線を送ってはいるけど、一言さえ発する余力はないようだ。鬼教官は蘭子にも目をつける。

 

「神崎ィィィ~~~!」

「ぴっ!?」

「何、涼しい顔してる? まさか高みの見物気取ってるのか?」

「ぴっ、ぴぴぴっ、ぴっ、ぴっ……!」

 

 小刻みに顔を横に振る蘭子は、ライオンに睨まれたハムスターに見えた。

 

「お前はある意味、二宮よりも深刻なんだぞ? 理解してるのか?」

「ぴぃ~~~っ!」

「歌はともかく、お前のダンスは明らかに二宮以下だ。手品みたいな芸当で誤魔化してきたツケだな。しかもその手品、失敗することもあるんだってな? ん? そんな不確かなモノに頼ってステージに立って良いと思っているのか? んん~? ファンが許しても私は許さんぞ?」

「しょっ、しょんなぁ~~……」

 

 絶望するように蘭子は両膝を床に付いた。

 嗜虐的な表情から一変して、清々しい笑顔で麗氏が続ける。

 

「だが、もう大丈夫だ! 全て私に任せるがいい。この一か月間で何処に出しても恥ずかしくないアイドル……どんな状況でも戦えるパフォーマーに鍛え上げてやる!」

「あわっ……あわわわ……」

「ひっ、ひっ、ひっ……!」

「お前たちのような気骨のあるのはそうそういない。お前たちの情熱に、私も全身全霊で応えようじゃないか。まさか、ULのために新曲を十曲以上も作るなんてな。しかも演劇とミュージカルの要素もあるとは!」

「そっ、それは……!」

 

 Pと神崎Pに騙されたんだ。蘭子と夢想を繰り広げて、アレもしたいコレもしたいと試しに言ってみただけなのに、アイツらご丁寧に全部取り入れやがったんだ! その結果、ダークイルミネイトとしては十曲、ソロでは五曲ずつの新曲が生み出されることとなった。しかもそれに加えて、演劇やミュージカル部分もある! 少しは加減しろ! 多少はボクたちの自業自得もあるけどさ!?

 

「よし! 休憩はこれくらいでいいだろう。再開だ。まだ一曲目じゃないか。サクサクいこう。時間は待ってくれないからな!」

 

 音楽が流れ始める。なんという無慈悲。今日のレッスンが終わったとき、ボクはまだ生きていられるのか全く自信がなかった。

 

 

 

 

「今日はここまでだ。このドリンクを飲んでおくように。疲労回復に効果があるぞ」

 

 麗氏はそう言い、二つの水筒を残して退出していった。他三人のトレーナーたちも続いて出ていった。残ったのはボクと蘭子。

 ボクは麗氏の予告通り、床と熱烈なキスをしていた。たぶん蘭子も似た状態だろう。

 

「………らんこ………いきてるか?」

「………………………………きょむ」

 

 もう一ミリも動けない。寝返りを打つことさえも不可能だ。

 このまま寝てしまおうかと本気で考え始めた頃、レッスンルームのドアが開かれた。

 

「ウィーっス、おつかれー」

「あぁ、蘭子、なんて姿に……」

 

 入ってきたのはPと神崎P。ボクらは彼らに上体を起こされた。

 

「おいおい大丈夫かよ?」

「…………」

 

 大丈夫に見えるか? 聞かなくても分かるだろう。視線だけで怒りを伝えてやる。

 

「まっ、いつものことだし別にいいよな!」

「…………!」

 

 ついに開き直りやがったなコイツ……。

 蘭子の方を見やると、ぐったりした彼女を神崎Pが甲斐甲斐しく介抱していた。

 

「……ね、ねぇ……ぷろでゅうさぁは……しってたの……? こんなに、たいへんな、れっすんになるって……しってて、なにも、いってくれなかったの……?」

「ら、蘭子……っ! 私は……蘭子の思い描く通りのステージが見たくて……蘭子なら、きっと乗り越えられると信じているから……! だ、だから……!」

「………………そう……やっぱり…しってたんだね…………ぐすっ」

「ああああ! 許して蘭子ーーっ!」

 

 神崎Pが世界の終わりを目にしたように絶叫した。良い気味だ。

 

 しかし、ULに向けてのレッスンが始まって初日でこれとは。先が思いやられるな……。

 

 

 

 

 

≪Review by Asuka≫

 

 ULに向けてのレッスンは過酷を極めた。

 シンプルに覚えることが多すぎた。完全なキャパオーバー。しかしそのことに気付いたときには遅かった。もう全てが動き出していたから。

 

 思い出すことすらしたくもない、地獄のような毎日だった。

 だがしかし、どうにかこうにか、着実にボクと蘭子は前へ進んでいった。

 

 習得した曲は順次レコーディングとMV撮影を行い、リリースしていく。少しでも暇があればインタビューを受けULのPRもした。

 ULの二週間前にはパンフレットが出版された。蘭子肝入りの凝った装丁のそれはパンフレットでありながら百ページを超えた。難解なシーンが複数ある物語を、そのパンフレットで事前に予習しておいてもらうのが狙いだった。そこそこ値が張る仕様になってしまったけれど、完売したようで何よりだ。

 

 ULが近づくにつれて益々、ボクたちは世間の注目を浴びるようになってくる。テレビ点ければどの時間帯でもダークイルミネイトが特集され、ラジオではボクたちがこれまでに歌ってきた曲ばかりがリクエストされ、そしてネットでは日夜活発な議論がなされている。

 

 世界中がダークイルミネイトと、ダークイルミネイトの起こす奇跡に期待していた。

 

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