超次元偶像二宮飛鳥のセカイ   作:関ち出張所

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≪Observation by Asuka≫

 

 遠く、ボクを呼ぶ声が聞こえる……。

 何事かを呼び掛けてくる……。

 

 ――覚醒せよ。時が来たぞ。

 

 ボクの身体は動かない。まだその時ではないんだ。

 

 ――おーい朝だぞー。二度寝かー?

 

 うぅ……嫌だ……もう少しこのままで……。

 

 ――ドン! ドン! ドン!

 

 おいやめろ。眠気が覚めてしまうじゃないか。あと五分……三十分寝ると決めたんだよボクは。

 

『あすちゃん! 早く起きなさい! 朝ごはんの時間だよ!』

 

 インターホン特有のやや割れた音声がやたらと鼓膜に響く。

 枕元のタブレットで防犯カメラの画面を呼び出すと、ドアの前にはやはりPがいた。朝一で見るにはちょっとキツイ顔。しかもドアップだ。

 

『おっ? だんまりか? この俺に対して籠城か? こんな鍵、俺にかかればなぁ――』

 

 ――シュコンッ! カコン! カシュ!

 

 一呼吸の間に三個のドアロックが開錠された。残りあと二個。どれも生体認証キーだぞ、どうなってるんだ。

 

「あぁもううるさいなぁ! 今日ぐらい寝坊してもいいじゃないか! あと、あすちゃんって言うな!」

 

 一週間前から会場でのリハーサルも始まっていた。そして昨日のレッスンで、ULの全プログラムについて遂にマストレ氏から「及第点」の太鼓判を貰った。ULの二日前にしてやっとだ。決戦前日である今日ぐらいは優雅な朝を過ごしたいのに。

 

『なんだよ、起きてんじゃねぇか。最後まで気ぃ抜いたらいかんぜよ』

「あ、あと五分だけ……!」

『そんなこと言って三十分寝るつもりだろ?』

「くっ……!」

『神崎ちゃんはもう起きてるっていうのに、うちの子ときたら……』

「そんな……蘭子がもう起きているだって……?」

『煩わしい太陽ね!』

「ら、蘭子……!」

 

 それは確かに蘭子の声だった。蘭子の方がよっぽど寝坊していると踏んでいたのに……!

 

「………むっ?」

 

 いや、何かおかしい……。さっきの蘭子の声には心をくすぐる響きが微妙に足りないのだ。機器を介していたとしてもボクが間違えるはずがない。そしてタブレットには依然としてドアップのPしか映っていない。

 

「P、そこをどいて蘭子を映してくれないか?」

『……………フッ。成長したな飛鳥よ』

「蘭子の声真似をするなーーっ!」

 

 ほんと何でもアリだなコイツ。

 

『神崎ちゃんも全然起きてくる気配ないんだよなぁ~』

「それは仕方のないことさ。この一か月、片時も心休まることがなかったんだから。今日の寝坊くらい、誰が咎めるだろうか? いや、咎めないね。じゃあそうゆうことでおやすみ」

『神崎Pが神崎ちゃんの部屋に入って、もう十分くらい経つのにだぜ?』

「…………なっ、なんだと?」

 

 蘭子とお泊り会をしたことのあるボクは知っている。寝起きの蘭子はそれはもうポワポワのフニャフニャな悪魔的な可愛さで……。所謂蘭子ガチ勢のあの女が理性を保っていられるわけがないのだ!

 

「蘭子の貞操が危ない!」

 

 ベッドから飛び起きて、部屋を出る。Pには構わず、隣の蘭子の部屋へ。

 

「くっ!? 神崎Pめ、鍵を閉めたな……!」

 

 蘭子の部屋の鍵はボクの部屋と同様に生体認証タイプだが、ボクでも開錠できるように登録してある。とはいえ一つ一つ開けていくのが今はひたすらまどろっこしい。

 

「っ! 開いた! 蘭子……っ!」

 

 蘭子の部屋に駆け込む。と、そこには――

 

「……チッ!!」

 

 ――今まさにベッドに潜り込もうとしている神崎P。神崎Pが摘まみ上げている毛布の隙間から、蘭子の白い胸元が覗いている。

 

「何を、しているんだ?」

「…………」

「おいっ! 何事もなかったように入っていくんじゃない!」

「シッ! 静かに。蘭子が起きてしまうわ」

「っ!?」

 

 この女には幾度となく睨まれてきたが、今ほどの剣幕は見たことが無い。これもう事案だろ。

 

「ぅにゅ………ふ………ん?」

「「……!」」

 

 寝息が途切れ、蘭子はクシクシと目を擦る。そしてボクと神崎Pが見たのは、幸福を絵に描いたような甘い微笑みだった。

 

「わぁぁ……あすかとぷろでゅぅさぁだぁ……いっしょに、ぽかぽかしよぉ…?」

「――かっ、可愛っ!」

「――ぐぅぅ~~っ!」

 

 ボクも神崎Pも、もう蘭子しか見えなくなって……蘭子を真ん中に()()()に――

 

「おーーい、そろそろ起きようぜーー?」

 

――ニュッ、とPが開いたままのドアから顔を出した。いいところだったのに……!

 

「貴方は――」

「お前は――」

「「入ってくるなーーっ!!」」

 

 ボクが投げつけたのはクッション。神崎Pはおそらくは小銭を、マシンガンの様に弾き飛ばす。

 

「ぎゃーーーっ!!」

 

 世界の中心のビルの最上階にダミ声悲鳴が響き渡った。残念ながら、それで蘭子は完全に起きてしまった。やれやれ。

 

 

 

 

 この日のレッスンは最終チェックがメインで、いつもより早めに切り上げることができた。

 夕方からはこの一年で知り合ってきたアイドルやプロデューサーたちを招待して、盛大なパーティーを開いた。失踪していた志希も簀巻きの状態で連れて来てもらえて、絶対特権って本物なのだと感じた。出来ればもう何回かやりたかったな。

 

 

 

 

「………ふぅ」

 

 さっきまでどんちゃん騒ぎをしていたのに、今ではもう自分の部屋で一人きり。本番の明日に疲れが残るといけないからと、パーティーは二十時過ぎにはお開きになってしまった。この酷い落差、いくらボクでも物寂しさを覚えたって不思議じゃないだろう。

 時刻は九時。昨日までならまだレッスン真っ最中の時間だ。

 妙に落ち着かない気分だった。明日のことが気になってソワソワしてしまうのだ。あと今日のレッスンが軽かった所為で体力が有り余っているからかもしれない。

 

「フム………」

 

 三十分だけ汗を流すことにしよう。

 二階下のULユニット専用のレッスンルームに向かった。

 

 

「――ハァッ、ハァ、ハァ……」

 

 アップテンポさで上位に入る三曲を立て続けに演ってみた。しかし、どうにもしっくりこない。ほぼ完璧なパフォーマンスではあるのだが……。

 そこで、ボクはやはり、()()を試してみたくてレッスンルームに来たのだと気が付いた。

 

「えっと………頭と胸の中をグルグルにして……だっけ?」

 

 以前、蘭子に教えてもらった()を使う方法を思い出す。正直全然理解らないが、蘭子自身もよく理解っていないようだった。ひょっとすると試してみたら案外ボクも……?

 

「ムムム…………!」

 

 イメージする。頭の中、胸の奥で何かが光るのを……! あっ! 光ってる! 光ってるぞコレ……! よし、イケる! イケるはず…! うおおおおおお――

 

「――えいっ!!!」

 

 ボクが右手を前に振り出すと………!!

 

「……………………くっ!」

 

 何も起きない。起きるわけがない。うん。そんな気はしてた。

 

「――ブフッ!」

「っ!? だ、誰だ……っ!?」

 

 背後で急に誰かが咳き込んだ。このレッスンルームにはボクだけしかいないと思っていたのに。

 

「お前……いつの間に……っ」

「ン、ンフ……!」

 

 振り向いてみればそこにいたのは神崎Pだった。入り口近くに突っ立って、こちらを見ていた。そして気付いた。この女は咳き込んだのではなく、噴き出した……つまり、ボクの一連の動作を嘲笑したのだ。

 耳の裏がカッと熱くなる。まぁ、さっきの動作は傍から見れば意味不明……()()ものだったかもしれないけどさ。

 

「ふ、ふん……!」

 

 大方、忘れ物でも取りに来たのだろう。神崎Pのことなんて無視して、振りつけの確認っぽいことをして誤魔化すことにした。

 

「……」

「……」

「…………」

「…………」

「………………」

「………………」

「……………………」

「……………………」

 

 なんで出ていかないんだよ……。神崎Pは何かを探すでもなく、出入り口近くの壁にもたれ掛かったまま無言で佇んでいる。

 

「……何か?」

「いえ、別に?」

「じゃあ、出ていってくれると有難いんだが? ボクにも繊細なとこがあってね。気が散るんだよ」

「………………」

 

 しかし、神崎Pは出ていこうとはしなかった。何なんだこの女? もういいや。あと一曲演って終わりにしよう。そう決めて、音楽プレイヤーのリモコンを手に取る。

 そこで神崎Pが口を開いた。

 

「貴女には無理よ」

「……何?」

 

 ボクは聞き返しながらも同時に、それは蘭子のように()を使うことについて言っているのだと、理解していた。

 

「蘭子が何故、魂の力を引き出せるのか。それはあの子の元々の優れた素養以上に、奇跡のような偶然が数限りなく重なったことが重要なの。その結果、蘭子は感覚的に法則のようなものを見出し、力を引き出せるようになった」

「………」

 

 別のセカイの蘭子と同じ姿のお姫様との魂の交流のことだろうか。

 

「とはいえ蘭子自身も原理は理解していないし、そもそも教えられる性質のものではない。魂の形は人によって千差万別で、故にそこにアクセスする感覚も人それぞれになるから。受肉するまでは使えていた私でさえ、今はもう使えない。使用するための条件はそれくらいピーキー」

「……無理と言われて、ハイソウデスカ、なんて納得するぐらいなら、ここまで来てないんだよ。何か……何でも良いから……ヒントのようなものはないのか?」

 

 ボクは蘭子が起こす奇跡を増幅させることは出来る。どうやらそれは事実らしい。しかしボクだけでは奇跡は起こせない。蘭子がいないと始まらない。つまり蘭子が()でボクは()なんだ。ファン界隈でもそう認識されている。見も蓋もない言い方をすれば、ボクは蘭子の引き立て役とさえ思われている。ある意味ではそれは事実なのかもしれない。だけど、それに甘んじていられるほどボクは大人じゃない。ボクは蘭子と対等な存在になりたいんだ。

 

「………」

 

 何かを考え込むように、神崎Pはしばし沈黙する。その眉間に段々と皺が寄っていく。

 

「貴女も世間も誤解しているようだけれど、蘭子と……いえ、蘭子に限らず、他者と共鳴できる貴女の才能は………まぁ、蘭子の次に希少と言ってもいいわ。それどころか、()()に限って言えば蘭子さえも凌ぐかもしれない……」

「………ん?」

 

 もしかしてこれは褒めている? 神崎Pがボクを…? 槍か血の雨が降りそうだな。てゆーか、嫌そうな顔で人を褒めるな。

 

「だから……。貴女も無自覚に、魂の波動を発している可能性はある。例えば感情が高ぶっているときや、何かを心から楽しんでいるときなんかに」

「それは本当か……っ?」

「でも、蘭子のように収斂させることは出来ないでしょうから、その出力は極々僅か……蘭子のような、目に見える現象が起こせる程ではないと思うわ」

「くっ……」

「指向性のある力を引き出すには、感覚的ながらも何らかの確信が必要なのよ。そしてその確信に至ることこそが絶望的に難しい。この次元に住まう者にとっては、まず不可能と言っていい」

「結局ダメじゃないか……」

 

 ガクッ……。まぁそんなにうまい話はないか。

 頭を垂れるボクを余所に「だからこそ、その不可能を突破した蘭子は尊いのよ」とクスリと笑う神崎P。

 

「……仮に、の話になるけれど」

「っ! 何でも良い。言ってくれ」

「貴女を研究所に監禁して――」

「は?」

「――四六時中、ありとあらゆる観測機器を向けていれば、有益なデータが得られるかもね。運が良ければ」

「却下だ」

「試しに十年ほどどうかしら?」

「却下だ!」

「資金や機器は私が都合してあげるけど?」

「却下っ!!」

「……冗談よ」

 

 いや、本気の目だっただろ。まったく……。隙あらば、だな、この変態女は。

 

「別に貴女が蘭子と同じことを出来るようになる必要はない……いえ、出来るようになってはいけない」

「……フンッ! まぁ、ボクは蘭子のライバルでもあるわけだし、彼女のプロデューサーならそう言うだろうね」

「そういう意味ではないわ」

「ん?」

 

 そのときの神崎Pの表情はよく理解らなかった。期待しているようでもあり、不安がっているようでもあり……、少なくとも冗談とか意地悪を言う雰囲気ではなかった。

 

「もし貴女が単独でそこに至ってしまったら……」

「至ってしまったら……?」

 

 ゴクリ……。

 

「……いえ、有り得ないわね。こんなIFを考えても仕方がない」

「途中でやめないでくれないかな!?」

 

 なんだよもう、スッキリしないなぁ……。

 

「そんな有り得ないことを目指すよりも、貴女は出来ることを()()()しっかりやりなさい」

「もっと…? 自分で言うのもなんだが、共鳴による増幅はもう十分していると思うが?」

「まだよ。魂の力のポテンシャルはあんなものではないわ。まだ0.1パーセントさえも引き出せていない。貴女の理解がまだ浅い所為よ」

「なっ……!?」

 

 それはボク次第でもっとスゴイことが出来るってことか? にわかには信じがたいが……。

 

「貴女がしっかりやれば、最早二宮飛鳥が神崎蘭子のオマケだなんて考える人間は、一人としていなくなる。それは保証するわ」

「………っ!」

 

 見下しでも嘲りでもなく。神崎Pの眼光は挑戦的なそれだった。『やれるものならやってみろ』と言葉以上に伝わってくる。

 

「あぁ。やってやるさ……! 明日は覚悟しておくんだな!」

「………そう。一応、期待しておくわね」

「それはどうも」

 

 そして神崎Pはレッスンルームを出ていった。彼女が一体何をしに来たのかは理解らなかったけど、いつの間にかモヤモヤした気分は晴れていた。ボクにとっては悪くない気分転換になった。

 その後はボクも部屋に戻り、シャワーを浴び、ベッドに潜り込むとすぐに眠りに落ちた。

 




次回からULが開幕です
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