超次元偶像二宮飛鳥のセカイ   作:関ち出張所

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≪Observation by one of the audience≫

 

 古城の回廊を一人の暗殺者が進んでいく。

 暗殺者が身に付けるはフード付きの漆黒のマント……。妖精の加護を受けた逸品で、色と形を装着者の思い通りに変化させることが出来る。闇に潜んで好機を窺う暗殺者には垂涎の機能であるが、それはあくまで本来の機能から派生したものの一つであり、本領は戦闘時にこそ発揮されるのだという。

 腰に携えるレイピアは神代のドワーフが鍛えた魔剣……。優美にして華奢な拵えからは想像が難しいが、触れる全てを概念ごと切断するという恐ろしい呪詛がかけられている。

 

 自らを神の代弁者と標榜する天使族。その尖兵がこの暗殺者である。下界に、神に仇なす不届き者が現れれば、暗殺者は何処からともなくやって来る。そして罪深き者どもに鉄槌を下し、全てを灰燼に帰すのだ。

 

 月光が刹那、フードの奥を垣間見せた。そこにあったのは、艶やかな唇と双眸の煌めき。それで思い出した。最高にして最強の武具を纏ったこの暗殺者が、実は少女の姿かたちをしていることを。

 いや、果たして()()と言っていいのだろうか? 人に非ざる存在の時間感覚は人間のそれとはかけ離れ過ぎている。この暗殺者も少女の姿をしてはいるがその実、人間の数百……いやひょっとすると数千、数万倍の年齢に達していることもあり得る。

 

『………ッ』

 

 舌打ちか歯軋りか判然としなかったが、ともかく少女は苛立っている。

 彼女がこの回廊を往くのは今日が初めてではない。過去に一度()()し、惨めに敗走したことがあるのだ。幾多の怪物や軍団を屠ってきた彼女にとって、あの敗北は耐えがたい屈辱なのだろう。故に、一から鍛え直し、再びこの古城へとやってきた。目的は勿論、反逆者の烙印を押された、この城の主の抹殺である。

 

『――っ!?』

 

 突如、壁面の燭台に火が灯り始めた。闇に包まれていた回廊が、一つまた一つと灯っていく燭台によって照らされていく。少女の近くから灯り始めた光の行く先には――

 

『薔薇の…闇姫……っ!』

『フフ……禍々しい月夜ね』

 

 ――黒衣の少女がいた。

 暗殺者が『薔薇の闇姫』と呼んだように、彼女の身を包む黒のドレスは色とりどりの薔薇でデコレートされている。その衣装の手の込みよう、豪奢さは遠目からでもはっきりと分かる。ドレスだけではない。全身を飾るアクセサリにも贅が凝らしてある。並みの女性であれば()()()()()()状態になりそうなものだが、この少女は見事に着こなしていた。

 この薔薇の闇姫こそが古城の主であり、つまりは暗殺者の標的である。

 闇姫の美し過ぎる姿に目を奪われ数瞬我忘れてしまったが、ある違和感に気付いた。この着飾り方は少し前の場面――暗殺者が初めて闇姫と対峙した場面――よりも明らかに盛られている。これから二度目の殺し合いになるということが分かり切っているというのに。

 

『その装束はどういう了見だ!?』

 

 暗殺者が声を荒げて問い質す。彼女も同様の疑問を抱いたのだ。

 

『フム……貴女をもてなすため誂えたのだけれど、お気に召さなかったかしら?』

『貴様はどれだけボクを愚弄すれば気が済むのか……っ!』

 

 熱風が『轟』と周囲を駆け巡る。気付けば、暗殺者のマントが紅に染まっていた。熱の発生源はそこである。これこそが妖精仕込みのマントの本領……装着者の闘志に呼応して灼熱を撒き散らす悪辣な攻防一体。只の人であれば剣の間合いに入ることさえも叶わずに焼殺されるだろう。事実、暗殺者の周囲の石造りの床や壁が赤熱し始め、ついには燭台の一つがドロリと溶け落ちた。

 

『情熱的な子ね』

 

 その光景を闇姫は涼し気に眺めている。暢気に、と言ってもいいかもしれない。流石は一度暗殺者を退けただけある。

 

『お前もこうしてやる。ボクを舐めたことを後悔させてやるからな……!』

 

 暗殺者は魔剣を抜刀し、闇姫へと宣戦布告する。

 

『……それも良いわね。ただし、それが貴女自身の意思ならば……』

『は……? どういう意味だ……?』

『……フッ、フフフ……ハーッハッハッハーーーーッ!』

『ッ……!』

 

 突然哄笑し始めた闇姫が、右脚を軸にその場でクルリと回転する。そして、再び暗殺者と対峙した彼女の姿は一変していた。背に見事な黒翼を生やし、右手には混沌の化身のような禍々しい造形の杖が出現していた。

 黒翼は闇姫が悪魔族であることの証左だった。

 杖は超一級の神器である。曰く、遥か昔に神が世界を開闢するのに使用したという言い伝えが残っており、魔力を注げば如何なる奇跡も起こせるのだという。しかし、並みの術者では触れるだけで魔力を吸い尽くされ絶命してしまうため、この魔杖を扱い得るのは規格外の魔力容量を有する者だけ。そして闇姫の魔力容量には底が無かった。

 故に、いかに百戦錬磨の暗殺者でも分が悪く、実際に一度目は敗走する羽目になったのだ。

 

『まぁいいわ……。夜会はまだ始まったばかり。まずはこの血の滾りを鎮めましょう……』

 

 闇姫が杖を天に掲げ、呪文を囁いた。

 

『クッ!? 悪魔め……っ!』

 

 杖が光を放ったかと思えば、古城が生き物のように形を変えていく。石壁が倒れ床となり、床からは新たな壁がせり上がってくる。そうして出来上がったのは円形のダンスホールだった。

 

 ――ギリキリギリキリギリキリギリキリギリキリ

 

 古城のダンスホールに、いや、会場全体に弦楽器の悲鳴が響き渡る。ダンスホールと姿を変えたステージの向こう側――つまり舞台裏――に控えるオーケストラが演奏を始めたのだ。

 ヴァイオリンかヴィオラかよくわからないが、おそらくは二人の奏者が、狂おしい程の不協和音を奏でている。それは二宮飛鳥が演じる暗殺者の歯軋りであり、また同時に、神崎蘭子が演じる薔薇の闇姫の心臓の高鳴りなのだろう。

 

『さぁ、いらっしゃい。夜が明けるまで踊り狂いましょう?』

『――ッ!』

 

 暗殺者が剣を振りかざし、闇姫へと肉薄する――と同時に本格的な演奏が開始される。壮大でありながら激しく、攻撃的な曲調……ゴシックメタルというものだろうか? ともかく戦闘曲としては申し分ない。

 

 ――――――!!!!

 

 暗殺者の剣を闇姫はワルツのステップを踏むようにヒラリと躱す。空振りに終わった斬撃は、しかし背景の石壁を切り裂き、瓦解させ、ホールに土煙を起こした。

 

 ――今こそ雪辱を晴らすとき。お前の命運もここまでだ。前のボクとは一味違うぞ。

 

 演奏に合わせて、暗殺者が歌い叫ぶ。なるほどこの場面はミュージカルパートらしい。

 

 ――何故貴女はここに来てしまったの? 我に会わなければ幸せな奴隷でいられたのに。嗚呼、運命は廻り始めてしまったのね。

 

 鬼気迫る暗殺者とは対照的に、闇姫は冷静沈着もとい憂鬱な雰囲気さえある。しかし実力は未だ闇姫に軍配が上がるのか、反撃はせずとも余裕をもって暗殺者の攻撃を躱し続ける。

 

 ――何を言っている? さあ戦え。先に貴様の城を瓦礫にしてやろうか。

 

 ――戦う理由が何処にあるの? 我が何をしたというの? 世界の果ての廃城に閉じこもっていただけ。

 

 ――うるさいぞ背教者。お前が悪魔だからだ。黒い翼。世界中の罪を煮詰めたような色だ。なんておぞましい。

 

 ――黒が悪と、白が善と、誰が決めた? この黒翼は我の誇り。世の悲しみを包み込む漆黒。

 

 ――天使の翼を見ろ。神に賜りし純白の翼。この世で最も尊き色。

 

 ――この世の全ては悲しみに満ちている。純白などありはしない。純白こそが欺瞞の証だと何故気付かないの?

 

 ――やめろ。神の御業を愚弄するな。

 

 ――我の知る最も尊き色、それは灰。世界の色そのもの。

 

 ――やめろ。お前の言葉は耳障りだ。

 

 暗殺者の足が止まり、頭を抑える。

 

 ――己が名も知らぬ悲しき走狗よ。貴女の翼はどうしたの?

 

 ――やめろ。

 

 ――貴女の背の傷痕が全ての歪み。

 

 ――やめろ。

 

 ――もがれた翼の尊き色を我は知っている。

 

 ――やめろ!

 

 魔剣一閃。床から壁に亀裂が生じる。

 

 ――ボクと戦うつもりがないなら、こちらにも考えがある。お前の同胞から片付けてやる。家族はどこだ? 友でもいいぞ。

 

 完全に悪党の台詞だが、子供でも分かるだろう。それは勢いに任せた稚拙な虚仮威しだと。にもかかわらず、闇姫の顔色が変わる。狼狽え、悲しみ……最終的に怒りへと。どうやら闇姫の逆鱗であったらしい。

 

 ――ッ!

 

 今夜初めて、闇姫が杖を攻撃に使用する。稲妻が天空より降り注ぐ。暗殺者は寸でのところで飛び退いて、乾いた音が石床を叩いた。

 

 ――もう誰もいない! 我は一人! 皆、天使どもに滅ぼされてしまった!

 

 再び、稲妻が迸り暗殺者が躱す。

 

 ――いえ。我の他にあと一人いた。

 

 ――やめろ!

 

 ――やっと見つけた我の同胞。世界の希望。

 

 ――言うな!

 

 暗殺者が闇姫へと疾駆する。襲い来る稲妻は魔剣で両断する。

 

 ――例えもがれていようとも、貴女の白銀の美しさは隠せない。

 

 ――やめろおおおおおーーー!!

 

 マントが限界を超えて赤熱する。途轍もない熱量と閃光。まるで地上に堕ちた太陽。何も見えなくなる。

 

『ハァ、ハァ、ハァ………』

 

 視界が回復したとき、ダンスホールは完全に崩壊していた。瓦礫が散乱し、あちこちで火が上がっている。その中央で暗殺者が闇姫に馬乗りになっている。両手で持った魔剣の切っ先を今にも胸に突き立てようとして、しかし、彼女は止まっていた。

 

『さぁ、貫きなさい。同胞の手にかかって逝けるなら悪くはない』

『ふざけるな……! 貴様……! ボクは……ボクは……お前なんて知らない……』

『そうね。だからこれから知ればいい』

『っ……! 畜生……お前、許さない。絶対に許さない……』

 

 結局、暗殺者が闇姫に剣を突き立てることはなかった。

 立ち上がり、呆然とステージ外へと歩いていく。

 

『勘違いするな。手を抜いた貴様に勝っても意味がないからだ……』 

『いいわ。何度でも来なさい。次は紅茶を用意しておくわ』

『……莫迦かお前。……いや、それはボクもか………』

『フフフ……』

 

 そして舞台は暗転した。

 

 

 

「……すっげぇ」

 

 俺がどうにか絞り出せた言葉はこれだけだった。雄叫びみたいな歓声を上げてる元気のある奴らもいるけど、俺みたいなのも結構多そうだ。

 パンフレットによるとここまでが第一部。

 腕時計を確認すると、開演から既に一時間半程経っていることに気付いた。そういえば、三月末の日没後だというのに、開演以来寒さを感じたことが無い。十万人分の熱気の所為だろうか。

『―The Lost Myth― 払暁ノ鎮魂歌 ~聖魔ハ相克ス~』と題された今年のUL公演は、例年のULとは何から何まで違う。歌あり、演技あり、歌劇あり、殺陣あり、破壊ありの正にカオスの様相を呈している。まずステージ構成からして特殊だ。会場の中央には大きなステージがあるが、それを取り囲む形で観客席があり、その更に外側の円周上に六つのステージがある。中央ステージから始まったULは、すぐに外部ステージの一つへと移った。六つのステージを文字通り使い()()ながら物語を展開していくのだ。そして最終的に中央ステージに戻るのだろう。舞台が反対側に進んでしまっても、中央ステージや上空に浮かんだモニターで物語が追えるのは嬉しい。

 事前販売されたぶっといパンフレットによると今年のUL公演は三部構成。第一部は蘭子てゃ演じる薔薇の闇姫と、飛鳥きゅん演じる紅蓮の暗殺者の紹介的なシーンに多くの尺が取られていた。続く第二部では二人の因縁と情が絡み合っていく。コール出来る曲が多いのが第二部とのこと。第三部では和解した二人が天使族に対して戦いを挑む。しかし、その戦いの結末についてはパンフレットでは秘せられていた。

 設定やストーリーを考えたのは主演の二人らしい。中学生が考えたにしてはよくできているが、世に溢れる創作物と比較すると特に秀でているわけではない。むしろ凡庸と言ってもいい。しかし公演としてはすごい……迫力が尋常じゃない……。

 毎年ULでは最新鋭の舞台技術が投入されるし、採算を度外視したような豪華なステージセットも組まれる。それは今年も同様。いや、ダークイルミネイトによるULは過去のものとは一線を画していると言ってもいい。あまりに真に迫っている。よくこれだけの舞台を用意したものだと感服してしまう。これについては彼女たちのプロデューサーの尽力によるものか。一年目のアイドルをULに送り込んでくるプロデューサーは、やはり尋常ならざる傑物らしい。

 

「やべぇ……どうなるんだこれ……!」

 

 そして何より楽しみなのは、例の()()がまだ起こっていないということだ。何度か現地で見た、舞台演出などでは到底説明不可能な奇跡としか言いようのない現象、不可思議な体験。それがまだ起こっていないのは敢えてなのだろう。ここぞという タイミングで一気に解放される気がする。現段階でさえ半端じゃない迫力なのに、それが合わさったら一体どうなってしまうのか。期待は募るばかりだ。

 




とある観客(いわゆるモブ)からの視点でした。尚このキャラはもう出てきません
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