超次元偶像二宮飛鳥のセカイ   作:関ち出張所

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≪Observation by Asuka≫

 

「――この浸食を止めるには貴女たちの共鳴波動をぶつけてやればいい」

 

 やや持ち直したとはいえいまだ青い顔の神崎Pが可笑しなことをのたまっている。明らかに戯言だ。

 

「フフン! 血が滾るわ!」

 

 蘭子は……蘭子、キミは何故そんな無邪気な表情をしているんだ? 感じていないのか、この恐怖を。聞こえていないのか、会場に轟く悲鳴が。

 

「ひっ……!」

 

 一番近くにあった空間の歪みが、今ほんの少しだけど確実に大きくなった。理解を越えたそんな異物が周囲に何十箇所と発生している。何なんだよコレ…。舞台袖の外でもこの歪みに気付いたのか、悲鳴が上がっているし。

 何が起こっているのか全く理解らないのに、途轍もなく恐ろしいことが始まるという確信があった。

 神崎Pはまだ捲し立てるように喋っている。内容は笑えないくらいに中二病。お前もこっち側だったのか。

 もう嫌だ。ボクには理解っているんだぞ。それはボクたちの気分を上げようとしているんだろ? 下手くそめ。そんな震え声でやっても、騙せるのは人の良い蘭子ぐらいだ。Pぐらい巧くやってみろよ。……やってくれよ。ていうかPもPだ。ずっと黙り込んで、何を考えている? 何も考えられないのか、キミが? そんな……そんなのもう……!

 

「――きっと敵は油断している。付け入る隙はそこにある。真に調和した共鳴ならば勝機はあるっ! いえ、勝たなくてもいい。厄介な相手だと、そう思わせることが出来さえすれば、このセカイから去っていくはずよ」

「我らには造作もないこと。血塗られし宿命に今こそ終止符を打たん! さぁ、我が片翼よ!」

 

 蘭子がボクへと手を差し伸べた。しかしボクはその手を呆然と見つめることしか出来ない。

 

「……片翼! さぁ!」

「っ……」

「いざ!……………あ、あれ? 飛鳥?」

 

 何、やって当然みたいな顔してるんだよ蘭子。これまでのライブとはワケが違うんだぞ? 恐ろしくないのか? 周囲の人間みたいに泣き叫んでいないだけでも褒めてもらいたいくらいなのに。それを何だって? ボクたちでコレに……軍隊よりも、異星人よりも遥かに強大な相手に立ち向かうだって?

 

「……蘭子……どうしてキミはそんなに……」

「私は信じているから。私のプロデューサーを……そして飛鳥を!」

「……!」

「だから……っ!」

 

 再び蘭子が手を差し伸べてくる。よく見ればその白い手は小さく震えていた。やはり無理だよ……。確かにね、このまま何もしなければ最悪の結末が待っているんだろう。でもだからといって足掻いてどうにかなるとも思えない。ボクたちに出来るのはせいぜい幻覚のような現象を起こすことだけなんだから。それならばいっそ最後の瞬間くらいヌルイ夢を見ていたい。そうだろう……?

 

「――えっ?」

 

 驚いて、情けない声が出た。

 今度こそボクは蹲ろうとしたんだ。

 なのに。

 なのに、ボクときたら、一歩、蘭子へと踏み出していた。

 それは完全にボクの意思を無視した歩みだった。あろうことか更に一歩。二歩。三歩。

 そしてボクは蘭子の手を取った。

 

「ら、蘭子……?」

「飛鳥……!」

 

 ――ふっとアイデアが湧くように、ボクはとても多くの気付きを得た。

 

 蘭子と初めて会った日。パーゴラから立ち去ろうとするボクの足を前に進めたものが何であったのかを、ボクはようやく識った。

 

「引かれたのか……」

 

 そう、引かれた。文字通り、引かれた。惹かれたんじゃない。純然たる物理現象によって、蘭子へと引き寄せられたんだ。

 なんだ……始めから理解っていたじゃないか。

 

 

 引き寄せる力………引力………万有引力…………重力………ブラックホール………イベントホライズン………特異点………無限………Dimension………。

 

 

 ボクの頭の中で幾つものワードがグルグルと旋回する。それらはボクのこれまでのエクスペリエンスと衝突しながら溶け合っていく。そしてボクの脳裏に一つの結論が導かれた。

 

「そうか……魂の力、その本質は、重力エネルギーか……!」

「……!」

 

 ボクの呟きに、神崎Pが瞠目する。

 

「……まったく、気付くのが遅いのよ。まぁでも……及第点をあげてもいいわ」

「それはどーも」

 

 相変わらずの減らず口。この女の曲がった臍には筋金でも入っているのか。

 何はともあれ、曖昧模糊としていたボクの共鳴理論に大幅なアップデートがかけられた。

 

「蘭子……今一度、キミの魂の音色を聞かせてくれないか?」

「容易いこと!」

 

 不敵な笑みを浮かべた蘭子が「えい!」とポージングをとる。

 不可視の何かが蘭子から放出されたのが分かった。意識を集中させると、鈴の響きの様に感じられる。

 これまで蘭子との共鳴はなんとなく雰囲気で行っていたが、それを切り替える。未知な部分は未だ多いけれど、自然の法則に基づく現象であるという確証を得た今、精度を高めより深く響き合うことが可能なはずだ。ボクの全細胞を以って、蘭子の音色を観測する。

 

 音色……音……音波……いや、周波数……重力……なるほど重力波だったのか……

 

 回す。回す。いくらでも回してやる。蘭子に固有の周波数はきっと有るから、合うまで回してやる。人生イチの集中力の冴え。

 いつしかボクは()()を幻視していた。周波数を合わせる為のロータリーノブ。それをイジった経験は人一倍多いという自負がある。だからだろうか。イマジナリーなノブはボクにとても馴染んだ。

 上へ下へ回しに回して、ここだ、という周波数を見つけた。しかし何か物足りない。確かにピタリと合っているのだけれど、不思議と合わせきれていない感覚もある。このままでは起こせる現象に質的な変化が起きるとは思えない。

 

 ――Dimension.

 

 なるほど。ボクはまた既成概念に囚われていたようだ。

 X軸、Y軸、Z軸、時間軸の四つがボクたち人間の認識できる次元だが、他にも幾つかの次元があるらしいという理論は聞いたことがある。

 イマジナリーノブを改めて精査する。

 ビンゴ!

 ()()()()()の軸で回せるじゃないか。

 いや、まだあるな?

 ()()()()()()()の軸に、()?()§()()の軸……あぁ、()()()()()()()の軸もか。こうなったら全ての軸で合わせてやる!

 発見した()のノブの調整には難儀した。言わば、正攻法では永遠に解くことの出来ない組み合わせゲーム。でもこれこそが、ボクのシンパサイザーとしての本領だったらしい。

 まるでそうなるのが必然だったかのように、或るところでピタリとノイズの類が消え失せた。

 

 ―――――!!!!!

 

 鈴の音などではなかった。余剰次元にまで響き渡る荘厳なオーケストラサウンド。それこそが蘭子の真なる魂の音色だった。

 

「すごい……これが、蘭子の……っ!」

 

 蘭子を見れば、まだ「えい!」というポーズのままだった。不思議なことに、イマジナリー上のチューニングには何秒もかかっていなかったようだ。

 彼女の周波数を完璧に認識した状態で、ボクは共鳴のトリガーを引く。その刹那、ボクたちのセカイは変貌した。セカイに対する認識が、絢爛たる極彩色に移り変わったのだ。まるでカレイドスコープのように。

 

 こうして、ボクたちはセカイの秘密へと到達した。

 

 自然界には四つの力がある。電磁気力、弱い力、強い力、重力。その中でも重力は他の三つの力に比べると異様に弱い。それは何故か? 重力のエネルギーの大半は、この3+1次元のセカイの外側、つまり別の次元へと漏れ出していくからだ。

 これはさっきまで知らなかった知識。今知っているはずのない知識を、しかしボクたちはもう知っている。到達するということは、こういうことなのだ。もう()()は始まっている。

 

 魂の力が起こす重力波動が一定レベルまで高まった時点でまず、魂の存在座標を感じ取ることが出来た。ボクたちの魂は3+1次元の一つ上の次元の極狭い範囲、つまりこのセカイを包む膜の上に存在していた。

 重力波動を更に強めていくと、その膜の外側にまで重力を及ぼし始める。すると当然、セカイの外側で無秩序に漂っていた重力エネルギーを引き寄せ膜上で収束し始めることになり、結果、膜に穴が開く。そうなれば、セカイの外側にある大量の重力エネルギーに自由にアクセス可能となるのだ。

 そして魂には、流入させたエネルギーを扱うための機能が元から備わっていた。いや、エネルギーの流入によって、その機能に()()された状態となったというべきか。それは魂に付属されている超高性能な観測機器や演算装置のようなもの。ボクたちの視界がカレイドスコープじみたものになったのは、それらによりあらゆる情報を認識できるようになったからだった。

 

「これならいける……っ!」

 

 蘭子と頷き合う。

 ボクたちの手中には既に、ゼロをいくつ繋げても足らない莫大過ぎるエネルギーが集まっていた。今のボクたちに不可能は無い、という実感がある。とはいえ、これでようやく天使の領域に足を踏み入れたというだけ。相対するは悪意に満ちた老練なる天使。ヤツは単体でボクらと同等かそれ以上の能力を持つのだろう。未だこちらの劣勢は変わらないが――。

 

「魂を励起させなさい。魂の昂りは出力を爆発的に上昇させるわ」

「それはつまり、テンションを上げろ、ということかな?」

「まぁ……その認識でいいわ」

「えっと、じゃあ………あっ!」

「そうだね蘭子。ボクもそれだと思う」

 

 この場――アイドルのステージ――でテンションを上げるものといえば、それはもう音楽以外には有り得ない。

 絶賛発狂中の楽団員のみなさんに代わり、ボクと蘭子で数十の楽器を演奏する。アップテンポで攻撃的なメロディが会場に轟いた。

 

「闇ノ楽団の結成である!」

 

 楽器に触れたことが無いとか遠隔操作だとかなんていうことは、ボクたちには最早関係がない。念じれば楽器を手足の様に動かせるし、その最も美しい演奏方法も容易に解析可能だった。

 UL第三幕は奇しくも、薔薇の闇姫と紅蓮の暗殺者改め白銀の騎士が、天使族との死闘を繰り広げる章だ。多少のアドリブを入れる必要はあるが、この状況を利用してやろうじゃないか。

 

「じゃあそろそろ行こうか。あまり待たせるとオーディエンス……というより、セカイが保たない」

「うむ! 我らが威光をセカイに示さん!」

 

 ステージへと歩み始めたそのとき

 

「……飛鳥!」

 

 Pに呼び止められた。

 

「どうした、P……?」

「あ~~、なんだ、その………」

 

 こんな風に言い淀む彼は本当に珍しいのだけど、それはほんの僅かの間だった。雑念を払うように頭を振るといつものPに戻り、ニヤつきを浮かべながら、サムズアップをボクに向けてくる。

 

「ぶちかましてこい!」

「ああ!」

 

 ボクも同じポーズで応えた。

 そして蘭子と共にステージへ駆け出していく。

 

 

 ―――――!!!!!!

 

 ステージから見る景色は阿鼻叫喚と呼ぶべきものだった。泣き叫ぶ者、怯え蹲る者、血走った目で哄笑する者……数万のオーディエンスたちは漏れなく正気を失っていた。この公演の主役であるボクと蘭子が登場したというのに、誰も気にも留めない。ここに至ってボクはようやく状況を把握し、発露すべき感情を理解した。

 

「ふざけやがって……!」

 

 身体が瞬時に燃え上がった。比喩でもなんでもなく、ボクは炎を纏っていた。大気を歪め、石造りの土台を赤熱させるほどの熱量がボクの身から迸る。猛烈な怒りがそうさせた。

 

「よもや、よもや……フクククッ!」

 

 蘭子も相当頭にキているらしい。その瞳は憤怒の真紅に輝き、上空には季節外れの積乱雲を発生させていた。

 折よくBGMは長いイントロを終えようとしていた。

 

「無辜なる民にまで害を為すとは、天使族の名も地に堕ちたようね!」

「世界の終焉こそが貴様らの総意だというのなら、ボクたちは抗ってやる!」

 

 まず会場のこの雰囲気をどうにかしなければ。

 狙うは会場周辺に発生している夥しい数の空間浸食――半径300メートルの領域内に100万箇所以上――狙うと意識したとほぼ同時に、その全ての正確な空間座標が認識できた。上も下も死角も関係なく、領域内の全てが認識下となっていた。

 招待した両親や北条加蓮をはじめとした友人たちがいるのが理解った。絶対に行かないと言っていた志希も一般のオーディエンスに紛れて来てくれていた。気の毒に、みんな怯えている。

 会場内で理解らないものは何一つ無い。存在する全て――物質、人間、動物、植物、大気、それらを構成する元素、匂い、温度、音波、電磁波、そして素粒子の量子的なふるまいまでも含めた全てが手に取るように理解る。その一つ一つがどういう来歴でここに在るのかも理解るし、これからどう動いていくのかさえも。

 

 開戦だ。

 歌い始めると同時に、ボクは炎を、蘭子は雷を解き放つ。

 

 ――ゴァアアアアッ!!!

 

 半径300メートルが火炎と雷光で満たされ、空間浸食は消滅していく。ただしこれはあくまで演出。炎と雷に紛れる形で放っているエネルギー波が本命だ。もちろん寸分たがわずに全的中。会場内は正常な物理法則を取り戻した。

 ボクたちは炎と雷を操作して場を整える。辺り一面が炎で包まれ、上空からはしきりに稲光が地表へと走る。まるで地獄が顕現したかのような光景だが、最終決戦の舞台としてはもってこいだろう。ちなみにこの炎と雷が人を害することはない。そのようにアルゴリズムを組んでいるから。

 

――――!!!

 

 オーディエンスたちの歓声が上がる。やっと彼らの耳目がボクと蘭子に集めることができた。この期に及んで一連の超常現象がULの舞台演出だと思っている人はいない。彼らの歓声はいまだ、救いを求める悲鳴に近かった。

 あぁ、理解っているよ。ボクたちはこう見えてファンを大切にする方だからね。

 

「ハーッハッハッハーーーーッ! 恐るるに足らず、天使族!」

「天上の楽園で胡坐をかいている者どもなんて、所詮こんなものか」

「さぁ、終焉を始めましょう」

「ここからはボクらのターン。震えて爆ぜろ……!」

 

 これからの展開を踏まえ、ボクたちはまず翼を欲した。欲すると同時に大鷲のものよりもずっと大きな、広げれば3メートルにもなる大翼がボクたちの背に出現する。蘭子には漆黒の、ボクには白銀の翼だ。ボクたちの衣装にもよくマッチしている。もちろん、万能兵装としても使用可能な脳波感応型の超科学デバイスだ。現行科学では百年かけても到達できないテクノロジーがマイクロ秒以内に実現できた。

 

「「――むんっ!」」

 

 翼を大きくはためかせ、バイオレットのオーラを纏い、二重螺旋を描きながら天高く飛翔、あっという間に上空三千メートルに達する。この辺りで良いかと静止してニ秒後、ドンッ、という爆音が上がってきた。なるほど、音は意外と遅いらしい。

 頭上には未だ高き星空が広がり、足元直下には会場の照明が、遠方では街の光が灯っている。その一つ一つがこのセカイの営みの証。もし仮にボクたちが負ければ、全てが灰燼に帰すことになる。そんな非道、許すことはできない。

 認識領域を拡張していく。今度は少し伸ばして半径6500kmほど。つまり地球をすっぽりと覆う範囲となるが――それは何の難しさもなかった。人間の脳では処理しきれないはずの膨大な情報量も不思議と苦にならない。魂側の演算装置による情報処理は実にスマートだ

 

「わぁ、ウジャウジャ……」

 

 ウンザリといった風の蘭子の呟きには全面的に同意。空間浸食は本当にいたるところに満遍なく発生している。宇宙全体に発生しているというのも本当らしいな。

 地球上すべての地域が混乱の極みに陥っていた。軽く京の位に達している空間浸食一つ一つにマーキング、と同時に、混乱の最中で発生した事故などで負傷していた人や不治の病に侵されている人の治療と、その他道義上捨て置くことができない様々な事柄の整理を行っておいた。

 そして、浸食体に向けて力を解き放つ――その数瞬前、付近の浸食体どもがボクたちに殺到してきた。

 

「「―――!」」

 

 蘭子とのゼロ秒の意思疎通。

 ボクは八人に分身し、蘭子の盾となるべく彼女の周囲を取り囲む。ボクの手にあるのは優美な造形のレイピア。

 

「フン。千枚におろしてやる……!」

 

 斬る。斬る。斬る。斬る――!

 迫りくる無数の浸食体を、八人のボクが斬って斬って斬りまくる。斬撃にエネルギーを乗せて、一太刀ごとに数十を両断していく。それが八倍。しかも斬撃速度は天井無しに増していける。

 遥か下、地上からの歓声が聞こえてくる。3Dホログラム映像での生中継は好評なようだ。

 そうこうしていると蘭子の溜めが完了した。

 蘭子は禍々しい造形の杖を天に掲げ「えーーい!」と叫ぶ。その刹那、蘭子の足元を中心に半径6500kmの超巨大魔法陣が出現。淡く紫色に光るその魔法陣には隙間なく紋様が描かれている。紋様が胎動するように数度明滅すると陣の下、つまり地球側へと凄まじい量の魔力が噴出した。その様はまるで風、土、水、火を司る龍神たちが暴虐の限りを尽くすがごとく、進路上にある浸食体を食い散らかしていく。そして瞬く間に、地球上に発生していたすべての浸食体が一掃された。もちろんそれ以外には一切の破壊はない。

 

 ―――――!!!!

 

 地上に降り立ったボクたちは大歓声に出迎えられた。それは会場のオーディエンスたちからのみならず、世界中から届いていた。ありとあらゆる電子機器をハッキングして、ボクたちの雄姿を地球の隅々にまで配信していたからね。

 正気を取り戻してきた会場の全スタッフに、舞台を続行するよう念話を飛ばす。楽団員のみなさんには楽器をお返しする。彼らの立ち直りは早かった。流石は超一流のプロ集団。

 第三幕二曲目のイントロが流れはじめる。一曲目と同様に戦闘シーン用の曲だが、こちらは疾走感が前面に出ている。

 

「――むっ!」

「来たな、第二波……っ!」

 

 上空に夥しい数の浸食体が姿を現した。第二ラウンドの開幕だ。迎撃するために再び上空へと舞い上がる。

 今度現れた浸食体はこれまでのラグビーボール大の透明の浸食体とは異なり、形状、サイズ、色も様々だった。アメーバ状のものの他、球状や四角錘などの幾何学的形状のものも沢山いる。保有する機能によって形状や色が分けられているらしい。広範囲攻撃タイプ、突撃自爆タイプ、高速移動タイプ、高耐久タイプ、エネルギー吸収タイプ――いや、どうでもいいか。ボクたちにとっては全て雑魚だ。

 

「我が力の前にひれ伏すがいい!!」

 

 身体に漲るエネルギーを全力全開で奮い、邪なる敵に天罰を下す。

 痛快。この一言に尽きる。

 既にカンストに至っていたかと思われたボクたちの能力は、しかし、力の操作の効率化と歓声による魂の励起で更なる成長を続けている。その成長速度に敵は全く付いてこれていないのだ。ひょっとするとボクと蘭子の力は、あっけなく天使とやらの力を越えてしまったのかもしれない!

 

「木偶の棒め! 止まって見えるぞ!」

 

 超高速で繰り広げられる空中戦。

 ボクたちの航行速度は最早、音を基準にしても全く足りない。亜光速の領域にまで踏み込んでいる。飛行経路を示す光の道筋が夜空を華やかに彩っていく。光速に近づいた影響で、眼球で捉える景色は歪み、リング状の光のグラデーションが見えてくる。亜光速移動により生じる衝撃波は、そのエネルギーを即座に物質化することで軽減する。どういう物質にするか? もちろんダイヤだ! 既得権益の上で胡坐をかいているヤツらに一泡吹かせてやりたいと常々思っていたんだ! さぁ! 来場してくれた記念に一万カラットをプレゼントだ! もちろん一人一個ずつ!

 

「うおおおおーーー!!!」

「はああああーーー!!!」

 

 第三幕三曲目のラスサビに合わせて、ボクたちは雄叫びを上げる。空中戦もたっぷり魅せたし、ここで区切りにするのだ。おあつらえ向きに、これまでで最大最強の浸食体が現れていた。ちょっとした山ぐらいのサイズの真っ赤な正二十面体だが、今のボクたちならいけるはず!

 

「「てやぁあああーーー!!!」」

 

 溜め込んだエネルギーを一気に放出したボクと蘭子は正しく光の矢となり、ボスクラスの浸食体に吶喊――そして見事貫き、その余波で他の浸食体も蒸発させた。

 

 ―――――!!!!!!

 

 歓声がボクたちを讃えた。さっきサービスしたダイヤには誰一人目もくれず、オーディエンスたちが歓声を上げる。悪くない気分だ。

 しかしまだ終わりではない。またずらりと新手の浸食体が出現した。

 

「……フン、しつこい奴らだ」

 

 新たな局面に呼応するように第三幕四曲目が流れ出す。予定より少し早いがもういいだろう。

 オーディエンスたちへはもう十二分に魅せた。彼らに認識できるレベルの演出はやり尽くしたと言える。つまりこれ以上はマンネリってヤツさ。

 

「決めるぞ、蘭子!」

「うん! いこう、飛鳥!」

 

 ボクたちは向き合い、両の手で指を絡ませ握り合う。

 やはりこうして直に触れ合っているときが、最も効率のいい共鳴が実現するみたいだ。そしてその分()に開く穴も大きく出来る。

 認識領域をいけるところまで拡張する。大宇宙、このセカイ中に撒き散らされた無数の浸食体を、それらを操る天使を、逆に喰らってやるのだ。

 

「「…………!」」

 

 ボクたちの認識は地球を飛び出し、月に達する。金星、火星、水星、そして太陽に。

 認識領域の拡大速度は指数関数的に増大しとっくに光速を越えている。魂による認識、つまり上の次元を経由した観測がそれを可能にしている。

 木星を越え、海王星を越え、太陽系を抜ける。

 まだだ。まだこんなものではない。

 プロキシマ・ケンタウリ、シリウス、プレアデス星団、オリオン大星雲………。

 

「「………っ!!」」

 

 情報量の爆発的な増加に、一瞬だけ認識がサチりかける。が、即座にアルゴリズムのアップデートで対応――

 

「「まだまだぁあああアーーーッ!!!」」

 

 ――渦上の構造を確認――遂に天の川銀河を眼下に収める。四千億もの恒星、一万ものブラックホール、その全ての情報が流れ込んでくる。なんて美しい調和……目に見える奇跡がここにある……。

 アンドロメダ銀河、銀河、銀河、銀河……銀河群、銀河団、銀河団………ラニアケア超銀河団――

 

「――あっ!」

「飛鳥……っ!?」

 

 そこでボクは、思わず我を忘れた。

 ニ億四千万光年先のそこにいたのだ。人類とは異なる、文明を持つ存在が。異星人が本当にいた! 可哀想に、彼らも天使の襲来に恐慌状態に陥っていた。地球とは随分と異なる生態系だが、科学力は地球よりもよっぽど進んでいる。彼らは思考し、喜び、怒り、悲しみながら暮らしている。友情がある、愛情がある。太古の昔から連綿と続く物語がある。

 その感動にボクは我を忘れてしまった。それが蘭子との共鳴を乱すこととなった。

 

「くっ、すまない……っ!」

 

 認識領域の拡大がそこで止まる。

 ええい、ならばひとまずここまでだ。領域内の浸食体どもにはマーキング済み。いくぞ!

 

「「とりゃああああーーーーーー!!!」」

 

 エネルギー解放。

 半径五億光年にボクらのエネルギー波が瞬時に充満――浸食体を一匹残らず殲滅することに成功した。

 

「フハッ! アーーハッハッーーー!!」

 

 笑いが止まらない。たまらず地球を一周してしまう。

 ボクたちはすごいものを観た! 天上に輝く星々の意味が理解る! 人類未踏の知恵の果実がそこかしこに散らばっている! 絢爛豪華なフェスがいつまでも続くかのようだ!

 しかし、まだだ。まだ全てに至っていない。もう一度だ。そして今度こそ、大宇宙を手中に収め、天使を滅ぼしてやる!

 

「さあ、蘭子! もう一度だ! 今度は集中を乱したりしない!」

「…………」

「蘭子……?」

 

 差し伸べた手を蘭子が取ることはなかった。蘭子は険しい表情で、上空を睨んでいた。

 

「何、アレ……?」

「へ?」

 

 ボクたちが浮遊している場所から更に10メートルほど高いところに、小さな何かが漂っていた。どうやら、こぶし程度の大きさの、矢印の形状に似たものがクルクルと回転しているらしい。色は黒い。

 

 クルクルクルクルクルクル……………ピタッ!

 

 その回転がピタリと停止した。矢印の先端を、真っ直ぐ、ボクに、向けた、状態で。

 

「――っ!?!?!?!」

 

 瞬間、ボクの全細胞にアラートが鳴り響く。

 

 これはダメなヤツだ!

 今ボクはマーキングされたんだ!

 

 比較してようやく気付いた。これまでの浸食体なんて天使からすればお遊びですらなかった。ただエンターキーを押してプログラムを走らせていただけだった。

 この矢印からは天使の明確な意思……悪意を感じる。ボクたちは天使を本気にさせてしまったのだ。もう一度、だなんて悠長なことを言ってる場合じゃなかった。さっきのが最初で最後のチャンスだった! それをボクはミスってしまった!!

 

「うわっ!! うわああああ〝あ〝あ〝ーーーー!!!」

「あ、飛鳥ぁああーーっ!?」

 

 加速し、蛇行し、光速を越え、量子化する。

 しかし、矢印を振り切ることが出来ない。ピタリとボクと同じ距離を保っている。どこまでも付いてくる。

 斬りかかろうとすればその分遠ざかる。ならばとエネルギー波を喰らわせてやる。

 

「消えろぉおおおおーーーっ!!!」

「お願い! 落ちてーーーっ!!!」

 

 蘭子もそれに加わる。

 ありったけをぶち込む。それは全的中した。なのに……。

 

 ――キュゥゥウウウウン

 

 矢印はビクともせずそこに在った。

 あろうことか、ボクたちのエネルギー波は吸収されてしまったようだ。黒かった矢印の色がだんだん白っぽく変わってゆく。いや、輝き始めている。エネルギーの充填状態を表しているのは明らかだった。その輝度がマックスとなったとき……何が起こるか? その想像が外れることはないだろう。

 逃げることは出来ず、破壊も不可能。どうすればいい?

 

「ハッ……!」

 

 ならばハッキングだ! ボクを追尾するプログラムを解き明かし、無力化してやればいい。映画とかでもよくあるヤツだ!

 矢印をしかと認識し、クールに解析を開始する。同時に解析完了までの推定時間がはじき出される。

 

 ――解析完了まで約28()()()年。

 

「なっ……!?」

 

 ボクの思考は停止した。

 矢印は強烈な光を放ちながら明滅を開始する。その周期がどんどん早くなってゆく。

 

「は、離れるんだ。蘭子……」

「………ッ!!」

 

 せめて最期に蘭子の姿を目に焼き付けようと彼女を見れば、悲壮な面持ちでエネルギーを練っていた。

 ごめん、蘭――

 

「――えっ!?」

 

 一瞬、何が起こったのか理解できなかった。まるで強風に吹かれたような感覚だけがあった。

 だけどすぐに理解した。

 ボクと蘭子の位置座標が、そっくりそのまま入れ替わっていた。所謂テレポーテーションだ。

 そして今、矢印は蘭子を向いている。蘭子はボクの身代わりになったのだ……!

 

「ばっ! ふざけるな蘭子ーーーっ!!!!」

「絶対障壁最大展開ぃいーーーっ!!」

 

 矢印と蘭子の間に数億枚の魔法障壁が出現。そのとき矢印の輝きが臨界を迎え破壊光線を放出。

 

 ――バキィキィキィキィインンン!!!!

 

「うっ!?」

 

 大鏡がハチャメチャに割れるような破壊音が轟く。迸る閃光に目を開けていられなくなる。

 そして――

 

 ――パキィイイイイインンン………

 

 一際甲高い音が鳴ったのを最後に、一帯に夜が戻った。

 

「ら、蘭子……?」

 

 周囲には砕かれた障壁の残滓が漂うばかり。さっきまでそこに居たはずの蘭子がいない。代わりに、何かが放物線を描き落下していく。

 

「――ッ!」

 

 ボクは墜落していく何かに力を行使し、空中に留めようとした。なのに、物体を浮かせるくらいワケないはずなのに! 力が上手く使えなくなっていた!

 

 ――がしゃああああんん!!

 

 結局落下の勢いを殺し切れず、それはステージのセットへと激突した。

 

「嫌ぁぁあああーーー!!!」

 

 そこへ金切り声を上げながら駆け寄る女性、神崎P。彼女は血走った目で瓦礫と化したセットを掘り返してゆく。

 

「そ、そんな……まさか……!」

 

 そして神崎Pが抱え上げたのは、ボロ雑巾のように傷ついた蘭子だった。

 

「嫌っ! 嫌あああっ! 蘭子ぉおおおおーーーっ!!!」

 

「あっ……ああっ…………ボクが……ボクのせいで……」

 

 視界が揺れる。と思っていたらガタガタと身体が震えていた。倦怠感が全身に重く圧し掛かってくる……。

 え? 誰かがボクを呼んでいる? なんだ? 誰? あ、Pか? 地上からボクに何かを叫んでいる? 何? 手をブンブン振って、何だ? え? はやく、おりて、こい……?

 

「………あ」

 

 落ちる蘭子を止められなかった理由。倦怠感の理由。蘭子とのリンクが切れたから。加えて、翼も何者かにより消滅させられていた。

 そんなボクはもうただの少女。ただの少女は空を飛ぶことはできない。

 

 百メートル以上の上空から、ボクは真っ逆さまに墜落していった。

 

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