≪Observation by Asuka≫
――パァンッ!!!
「ぅぐっ!?」
激しい衝撃が全身を駆け巡った。
フワフワとした心地。思考がまとまらない。確かボクは墜落して……そして、どうなった? やはり死んでしまったか? 物凄いスピードで落ちていたような気がするし……。
「ぅ……く……っ」
いや。動く。手も脚も感覚がある。
しかし、この泥濘は何だ? 何故か全身がヒリヒリするけど、そこまでの痛みではないし、ボクが出血しているわけではなさそうだが……。
「は……あぁ……!」
P……? そうだ。Pがいた。落下の瞬間、一瞬だけPが見えた。P、何処だ? 嗚呼、嫌だ……目を開きたくない………。
「な、んだ……これ………っ」
ボクが墜落したのはステージの上だったようだけど、その床がペンキ缶をぶちまけたように酷く汚れていた。
そしてこのドス黒い大輪の華が泥濘の正体で、その中央にいるのがボクだった。いや、ボク以外にも何かある。泥濘の中から出てきたのは、男性もののスラックスとワイシャツとネクタイ。ネクタイには見覚えのあるネクタイピンが付いている。それはボクがPの誕生日にプレゼントしたものだった。
「………は、ははは……P……キミが何者か、ようやく理解った………」
ボクの脳裏に、Pと過ごしたこの一年間の記憶が駆け巡っていた。本当によく理解らない男だった。でもそうだったのか……Pは……。
カオスを支配し、銃弾の雨を摘まみ、独力でオーパーツをクラフトする、得体の知れなかったPという男。その正体……。
「さては、ただのバカだな……? ただの、バカな、中二病の、カッコつけだ……っ!」
――へへっ! バレたか! まっ、別に隠してなかったけどな!
「ふ、ふざけるな……なに、軽く人間越えてるんだよ……ああああっ!! なんで、こんな……ボクなんかを……!」
どうやったのかなんて理解らない。Pのことだ、どうせ出鱈目な方法に決まっている。何もかも理解できない。この期に及んで、ボクなんかを助けてどうなるっていうんだ!? しかも自分を犠牲にして!
「蘭子! お願いよ蘭子! だめ、いかないで! 蘭子ーーっ!」
悲痛な叫びが耳をつんざいた。神崎Pだった。彼女たちはステージの反対側にいた。
「あああっ! こんなことになるならっ! 私は……っ! 何のために堕天したのっ!? こんなことに! なるなら! なると分かっていたら……っ!」
仰向けに横たわった蘭子の胸部に、神崎Pが腕を突き立て、一定のリズムで圧迫を加えている。リズムに合わせ、蘭子の足先だけがユサユサ揺れている。
「そんな……嘘だ………っ!」
凍る。骨が、臓腑が、心が凍ってしまう。
「うあああーーー! 蘭子ぉおおおーーー! Pぃいいいいーーー!」
蘭子もPもボクをかばって。ボクの所為で……! こんなことになるなら、いっそのことボクが! そうだよ! グレートヒェンはボクの役だったじゃないか! なのになんで!?
――ちょっといいか、飛鳥? 今、敵はどうしてる?
敵。天使。奴は今……。
「あ……あぁああ………っ!」
上空に視線を向けると、ビルほどの大きさの空間が激しく歪んでいた。その歪みこそがヤツ本体だと直感した。
どうしようもないくらいに絶対的な存在。おまけに悪意に満ち満ちている。そこにいるというだけで寿命が縮んでいくのを感じる。
顕現した天使を前に、過熱していた会場の空気も凍結していた。悲鳴を上げることさえ誰にも出来ない。ただ茫然と、審判が下されるのを待っている。
鳴動する大気は天使の哄笑だった。ダークイルミネイトという障害を排除したという、勝利宣言。だからこそ、ヤツは姿を現したのだろう。
――そうか、笑っているか。これは傍受されてないってことだな。ならいけるわ。
こんなことになるならULを目指すんじゃなかった! ALDを振るんじゃなかった! アイドルになるんじゃなかった!
こんなことになるなら…………Pと出会うんじゃなかった!
――おいおい悲しいこと言うなよ。でも、それ核心な。って、ちょいちょい。そろそろ落ち着け、飛鳥よ。ゆう程余裕ねぇんだから。
気が狂いそうだ。いや、もう狂ってる? さっきから幻聴が聞こえるし。
――なあ、飛鳥! ちょっとマジで聞いて? ねぇ! あすちゃん!?
なんだよもう、幻聴のくせにグイグイくるな!? あと、あすちゃんって言うな!
――だーかーらー! 大丈夫だって! 神崎ちゃんも俺も、まだなんとかなるから!
「…………へ?」
幻聴だと思っていた妙な声。頭の中に直接染み込むようなその感覚は、蘭子と共鳴による意思疎通を行う感覚と似ていたのだ。
変な声は依然ごちゃごちゃとしゃべくっている。この独特のウザさ……たとえ妄想であったとしても、ボクから出たモノとは思えなかった。
「………P、なのか?」
――俺だよ! 俺俺! Pくんだよう!
うわ、ウザい。
「でもなんで……Pの身体は……」
――俺の肉体はたしかに消滅した。だがしかし。脳細胞の最後のひとかけらまで無意味化した直後、ほんの僅かな極小の時間だったが、俺の自我が存続していることに気付いたんだ。認識速度をカリッカリに上げてたお陰だな。
「は……?」
――肉体とは別の軸の、生命を駆動する根源、つまり魂。その刹那の間、俺は魂そのものとなっていた。それが認識できたから力を引き出すことが可能になった。バグ技みたいなもんらしいから、時間制限ありだし出力も小さいけどな。まぁ、少女一人を受け止めるのと、
「き、キミの言うことは、いつもワケが理解らないんだが……?」
その悪癖、死んでも直らないんじゃ、もうボクが合わせるしかないじゃないか……!
――死んでねぇって。
言葉の綾だよ! というか、思考を読むな!
「伝える……って?」
――なぁ、飛鳥。俺に聞きたいことないか? 聞こうと思っていたのに、何故かいつも聞きそびれてしまう……。そんなことに心当たりはないか?
「Pに、聞きたいこと……?」
直ぐにピンとくることがあった。
『どうしてボクをスカウトしたのか?』
いや、そもそも。
『どうして一年前のあの日、キミは雑木林から出てきたのか?』
――それだ。
あの日のことはよく覚えている。ボクの日常を一変させた日だから。
あのときPは『口笛の音を辿ってきた』と言った。でもそれはPの冗談だったはずだ。なぜならボクは口笛を吹くのを失敗したし、仮に口笛を吹いていたとしても遠くまで聞こえるわけがないんだから。
――でも、俺は確かに聞いたんだよ。いや
「い、いったいどういう……?」
――合わせろ、飛鳥。今の俺たちなら出来るはずだ……。
合わせる……?
Pの魂……その周波数………?
……白――白煙―――――
白光が視界を埋め尽くして――――――。
―――――――
―――――
――いつの間にかボクは
少年少女がそこかしこにいる。彼らの体格と教室内の掲示物から中学二年生の教室だということがわかった。しかし、ボクの通っている学校じゃない。
視界が勝手に動く。手足もだ。
ボクが身に付けているのは半袖のカッターシャツに、学生ズボン。
これはまさか、Pの記憶……?
いつだったか、Pはこれまで見たものを全て覚えていると言っていた。そして全てのものが見えているとも言っていた。この視界はそれと符合する。
記憶にしてはあまりに鮮明で、情報量が膨大。
クラスメイト全員の喋っている内容がわかる。彼らの体調がわかる。光の波長がすべて見える。電磁波に含まれる情報さえ読むことが出来る。これがPのクオリア……。さっきまでのボクと蘭子のクオリアとほとんど同じじゃないか……。
夏休みが明けて間もない頃の、休み時間の記憶らしい。
視界の持ち主であるPはクラスメイトたちと談笑しているところだった。だが、その感情は死んでいた。無理もない。Pには今日一日何が起きるのか全て正確に予測してしまっているのだから。不明なことなんて何一つない。というより、全て勝手に台本として決められている。しかもその台本から外れることは出来ない。全てが決められた通りに流れる日々に面白味を感じることは確かに難しい。
『あ………』
しかし、そんな面白みのないセカイに
Pでさえ理解できない、ある
Pの心は色を取り戻し、夢中になってその波を観測する。
それは教室の窓から見える山の向こうから来ているようだが、発信源はわからない。遠いのか、あるいは案外近いのか? 波がどういう情報を含んでいるのかもよくわからない。ただのノイズなのか、それとも自分が読み取れないだけなのか……。
ただ解析の仕方によっては、口笛の切ないメロディーのように捉えることもできた。
『おー! Pのヤツ、またやっとる!』
クラスメイトの少年たちがニヤニヤしながらこちらを見ていた。彼らにはこの不思議な波は見えていないらしい。
『あー、それな。先週あたりからよく黄昏れとるよなぁ』
『カッコつけや、カッコつけ』
『中二病、っつーんよな』
口々に勝手なことをいう友人たち。そんな彼らに『次のテストのヤマ、知りたくねーようだな』とPが言い返せば、一転して『P大明神』とゴマを擂ってくる。
『いつも何見とるん?』
『いや、カッコつけとるだけやろ』
『フッ。お前ら、浅い、な? Pのやることやで? そんなわけないやろう』
眼鏡をかけた賢そうな男子が得意そうに喋り始める。
『俺は気付いたで。Pのその仕草に規則性があるとゆうことをな!』
『……へぇ、なによ?』
眼鏡くんの言葉にPも興味を示した。
『方角や。教室やグラウンドや下校時、いろんな場所や時間にそれやっとるけど、Pが向く方角はいつだって同じなんよ。そんでその方角の先にあるものこそ、東京!』
『………なるほど』
言われてみれば。
頭の中で正確な地図を組み上げ、これまで波がやって来た方向を記してみると、確かにいずれの延長線上にも東京があった。
『P、このやろっ! 俺らの町捨てて東京行くんかー!?』
『いや、Pみたいなスゲー奴が、和歌山の田舎町で終わる方がおかしいやろ』
騒ぐ少年たち。Pは結構人望があるらしい。
『あ、ちょうど良いやん!』
『だな!』
『何が?』
『来月の修学旅行で東京行けるやん。東京の何がPを呼んでんのか、探そうぜ!』
『さんせーい!』
再び白光に包まれる。
晴れると、目の前に東京のシンボルとも言うべき大きくて赤いタワーがあった。
『なぁP、ここか? ここがええんやろ?』
眼鏡くんが期待の籠った眼差しで聞いてくる。
だが、Pは首をかしげるしかなかった。実際わからないのだ。
『えー! ちげぇの? 東京っつったらここだろー!』
『いかにも田舎モンの発想過ぎねぇ?』
『んだとコラァ!?』
『てか、そもそもよー。東京ってだけで何か探すの無理ゲーちゃう?』
『今更そもそも論を言うんじゃねー!』
Pそっちのけで少年たちが騒いでいる。やれやれと、彼らを眺めていたそのとき、
『あーー! 中二病やっとる!』
『おっ手掛かり! どの方角や? 地図地図』
『えっとぉ~~……』
『………はぁ!? これ、和歌山の方やん!』
『どーゆーこーとー!?』
『おいもしかして。いっぺん東京行きたいなぁ~~そんで来れたらもうええわ~~……ってことじゃねぇよな?』
『ファ~~~!! ま、まさかPくん、ホームシック~~~?』
『ざけんなーー!』
『しゅ~~りょ~~!! オラ、ギロッポン行くぞーー!』
Pを残して少年たちは次の目的地へと歩き始めた。
念の為、頭の中で地図を開き、今向いている方向を記してみる。それは確かに、和歌山に向いていると言えなくはない。しかし実家や学校からは随分とズレていて、違和感があった。
その地図に和歌山にいたときの観測方向を重ねてみる。するとこれらの方向は決して平行ではないことが分かった。つまり交点があった。そしてその交点は静岡県内のとある地域の狭い範囲内に集中していた。
『静岡…………』
視界が白く染まる。
――だが、この日を最後にパタリと波は届かなくなった。
――静岡に何かがあると感じていながら、俺は行くことが出来なかった。台本的にはそもそも波を観測してないことになってたんだろうな。だから静岡に行く動機も発生しないってわけだ。
Pが中二だったとき。それは約十年前ということになる。暑い時期。その頃、ボクは……ボクは何をしていた……?
視界が晴れてくる。
オフィス、今の会社の一室。上司が『担当アイドルを決めるよう』にと言っている。
その後Pの自宅にて、突然ALDが出現した。同時に、単なる驚きとは別種の何か途轍もない感覚に襲われた。それは台本から解放された
『静岡へ行かなくては!』
新幹線に駆け込み、ローカル線に乗り換え、降りた駅は、ボクのよく知る駅……。
薄暗くなってきた街の中、何か手掛かりはないかとPは周囲を見回す。
そのとき十年ぶりに
波がやってくる方向へと一心不乱に直進する。線路を飛び越え、民家を横切り、雑木林を抜け、そして……
『聞こえたんだ、口笛が。その音を辿ってきたら、キミがいた』
そこにいたのはエクステが印象的な少女……二宮飛鳥。
あの波を発していたのは
視界が白く染まる。
――俺にとっては口笛としか解析できなかった波だが、飛鳥ならちゃんと理解るだろう?
そうか……受け取ってくれていたのか……Pが……。
Pの記憶から数十個のデータが流れ込んでくる。その容量は口笛の音楽データにしては有り得ないほどに大きい。それも当然だ。3+1次元以外の軸も含んだデータなのだから。それはPが何度も観測しずっと保持していた、ボクの魂固有の波形データだった。
客観的な観測データがあればあっけないほどに簡単だった。寧ろ、何故これまでできなかったのか不思議なくらいだ。
今、ボクには自分の魂が確と認識できていた。ゆえに、魂の波動を起こすことも、増幅して無限へアクセスすることも簡単にできた。
あまりに簡単すぎてつまらないと思った。出力はこっちが上のようだけど、蘭子と共鳴する方が圧倒的に楽しかった。
――じゃ、ASUKA The Idol その Fifth Stage 開幕といこうか!
だから、さっさと終わらせてしまおう。
一人遊びは嫌いじゃないけど、仲間と響き合う楽しさを知ってしまったらもう元には戻れないのさ。
白煙が晴れる。
ボクの意識はステージに戻ってきた。例によって、時間はほぼ進んでいなかった。
Pの肉体を再構成し、蘭子の傷を治療する。
「う………ぐ………!」
「……んっ………にゅむ………」
二人とも大丈夫そうだ。神崎Pが「蘭子!」と喜びの声を上げ抱きしめた。チッ、今は譲ってやる。
三人は舞台袖に転移させておく。
「さて……」
上空の天使を見据えると、ヤツは敵意を剥き出しにして威圧してきた。
そんなにはしゃいでどうした? 予想外なことでも起こったのかい? 実のところ、天使というのも全知全能からは程遠いのかもしれないな。
『■■■■◇■◇――!!』
天使が耳障りな咆哮をあげながら矢印の雨を降らせてくる。さっきボクと蘭子を苦しめたあの矢印、それが無数に降り注ぎ、先端をボクに向ける。
エネルギー充填、明滅、放出、無数の破壊光線がボクに迫る。しかし――
「……今、何かしたか?」
――それはもう、ボクを傷つけるには悲しいくらいに出力不足だった。
――――!!!!!
セカイ中のオーディエンスが応援してくれる。それがボクの魂をより高みに押し上げていく。
今なら理解る。この天使はとても矮小な存在だ。他者の魂を踏みつけにしてまで、意地汚く生き永らえようとする下劣な老いぼれ。
無理矢理に絞り出させるようにして得たエネルギーなんかで魂が励起するはずがない。ましてや、そんな体たらくでアイドルに勝てるわけがない!
そう。依然、ここはアイドルのステージ。貴様はただのイチ演出に過ぎない!
「よくも我が片翼を! たとえこの身が滅びても、貴様だけは絶対に許さない!」
まぁ、こんなところかな。
多少のアドリブは必要だけど、大筋のストーリーは変わらない。ミュージックをスタートする。ULにおいて最も激しく、ダンサブルな曲だ。
「うおおおおーーー!! 封印されし左腕の雷帝よ! その力をボクに示せっ!!」
左手から発した紫電を全身に纏い、頭髪をいい感じに逆立てる。見るからに命を削りながらの限界突破状態だろう?
オーディエンスは流石だね、ちゃんとついてきている。状況が飲み込めていないのは、お前だけだぞ老いぼれ!
「■■■■■!!!!!」
老いぼれ天使がボクに襲い掛かってくる。四方八方から放たれるエネルギー波を躱し、弾き、打ち返す。
ボクも見た目重視の攻撃魔法を放って会場に華を添える。
『■■■★★■――!!』
ボクの攻撃だけ当たるからって、みっともない叫びを上げるんじゃない。オーディエンスが引いてしまうだろう?
やれやれ。この役者、大根過ぎる。クビだ。
「えいっ」
『■〝■〝■〝★〝■〝★〝★〝―〝―〝―〝!!!!』
戯れに放ったボクの斬撃が天使の生命エネルギーをごっそりと削いだ。
それでやっとボクに勝つことは到底不可能だということを認めたらしい。天使のエネルギーの運用方法がガラリと変わる。
「……■…■……◇……□………」
あれは……転移? このセカイから脱出するつもりか。
「奈落の底で詫び続けろーーーー!」
ボクはトドメの一発を放つ。が、ヤツが逃げる方が一瞬早かった。悪運の強いヤツだ。
――――――!!!!!!!
今日最大の歓声が上がった。
オーディエンスたちには、ボクが天使を消滅させたように見えたらしい。実際、ヤツのプレッシャーは消え去っている。つまり、セカイの危機を脱したということだが、それで終わりにしてやるほどボクもお人好しではない。
「逃がすものか……!」
引導を渡してやる。
ヤツを模倣して術式を構築していく。なるほど、これは中々に興味深――
「だめよ!!!」
――そのとき突然、神崎Pが叫んだ。観客のことは慮外といった風の大声、今にもステージ上へ飛び出そうかという程の剣幕だった。
「危機は去ったわ! それ以上はだめ! もう何もしなくていい!」
「見逃せと言うのか!? ヤツは必ず別のセカイで同じことを繰り返すぞ!」
「そういう意味じゃない! 二人だから平気だったの! 一人だけでそれ以上進んではいけない!」
「意味が理解らないな。アレは放っておいていい存在じゃない!」
それに今目を離している隙に妙なことを企んでいる可能性もあるし。
「急いでるんだ。後で聞いてやるから」
「まっ待ちなさいっ! ダメなの! それ以上天使化したら戻れなくな――」
「――術式、展開!」
瞬間、ボクの認識は宇宙の全てに行き渡った。
こうなってしまえば、広大なはずの宇宙は
逃れようとする天使もすぐに見つけられた。どうやらセカイの膜を越えるのにも手こずるほどに弱体化していたらしい。
『〝★〝★〝■〝★〝■〝★〝★〝―〝―〝!!』
だからうるさいって。幾ら喚いても……ん? なんだいこのデータは? これで見逃せって?
フムフム……。
『繧ェ繝シ繝医?繧ソを繧ッ繝ゥ繝輔ヨス方法』
『螟ゥ菴ソ繧貞シア菴の事象に灘喧縺忌吶k譁ケ豕』
『逾槭&縺セについての考察』
興味ないね。
じゃあ、さよならだ。
『□〝―〝―〝―〝―〝―〝―〝―〝!!!!』
そして今度こそは、ボクは天使を消滅させた。重力子一つ残さず、一バイトの情報も残さず、キレイさっぱりと。
「――――ふぅ」
「あっ! 飛鳥っ!」
「おお、お疲れちゃん! いやまだ公演終わってねえけどな」
「っ………!」
舞台袖に意識を合わせたボクを三人が迎えてくれた。
「良かったぁ~~! やっぱり飛鳥はしゅごいよ~~!」
可愛い顔をクシャっとしながら蘭子がボクの胸に飛び込んでくる。当然ボクは彼女を受け止め、熱い抱擁を――
「ふぇえっ!?」
――することができなかった。
蘭子はボクの身体をすり抜けてしまったのだ。蘭子はズッコケて床に膝を付いた。
一体何が起きた?
神崎Pが「やはり……」と呟き、ボクを見据える。
「二宮飛鳥、アナタはもう完全に天使化してしまった……」
「なん……だと……?」
「存在の軸にする次元が変わってしまった。だからもう、このセカイにいることは出来ない。アナタは旅立たなくてはならないの。天使がいるべき、上の次元のセカイ……天界へと」
「…………は? いやいや、待て待て待て………!」
何故そうなる!? 天使化? じゃあ、この状態を解けばいいだけじゃ――
「……あれっ?」
――解けない。なんで!? いや、そもそもどうやってこの状態になったんだっけ?
「やはり、出来ないのね……」
「ま、待て! こんなのちょっと工夫すれば……!」
改めて、いつもの感覚を取り戻そうとしてみる。だが理解らなかった。いや、理解るはずがない。だって、今の状態こそが自然だという感覚があるんだから。
「あ、飛鳥……!」
蘭子が慌てた声を出し、明後日の方向を指差した。その先にはなんと――
「な……っ!?」
――空間浸食が発生していた。それは他ならぬボクが生じさせているものだと、感覚的に理解った。
「そういうことなの。天使がこの次元に在ること、それ自体がセカイ崩壊をもたらしてしまう。このままアナタがここに留まれば……!」
「ッ……!」
「えっ? えっ? でも、だ、大丈夫だよね…っ? 天界って、プロデューサーがいたとこだよねっ? そこからプロデューサーはやって来たって。だ、だったら、飛鳥だって、一度天界に行って、それから戻ってくることも出来るってことだよね……?」
「それは…………」
蘭子の指摘はもっともだと思った。しかし神崎Pは苦痛に耐えるように、表情を曇らせる。
「……天界へ行った後、力の制御の仕方を身に付ければ、私のように人間として受肉することは可能。それはとても容易い。でも……それが可能になる頃には、間違いなく、このセカイを見失っているわ」
「ど、どういうこと……?」
「二宮飛鳥はまだ成りたて。天使としては、自分の意思で歩くことも出来ないし五感の使い方も知らない赤子といってもいい。そんな状態で天界へ行けば必ず迷子になる。そして天使としての身のこなし方を覚える頃には、最早辿って戻ることなんてできない程に離れた場所にいるでしょう」
「っ……!」
言葉を失う蘭子を余所に、ボクは妙に納得してしまっていた。
さっき天使を滅ぼすために行ったセカイの果て。そこでボクはセカイの外には出なかった。出ることは出来たけど、敢えて出なかった。戻ってこられなくなるかも、という予感があったからだ。
「……他のセカイはどれくらいある?」
「無限よ。天使でさえ全貌が掴めないクラスの」
「やはり……そうか………」
「天使にとってさえ無限に広い天界で、無限に存在するセカイの中からたった一つのセカイを見つけようとすること……それは想像を絶する長い旅路になる。それでも尚、辿り着ける可能性は限りなくゼロに近い。実際、私は――」
「うぅ~~~っ!」
「――っ!? 蘭子……」
言葉を続けようとした神崎Pの胸に蘭子が飛び込んだ。そして「イジワル言わないでぇ!」と鼻声で訴える。
神崎Pは蘭子の背をただ撫で続ける。
重く、いっそ痛いくらいの沈黙がボクたちに覆いかぶさっていた。だというのに――
「でもよ~~~~」
――なんだその間の抜けた声は。おいP。
「睨むなって」
「……何?」
「でも、ゼロ、じゃあないんだろ? なら、イケるでしょ!」
「っ……!」
親の顔より見飽きたもの。Pの不敵な笑み。
厄介だなぁ。これに当てられると、ボクは返さなくては気が済まなくなる。だって負けた気がするから。
「フッ……! まったく、キミというヤツは……!」
「アナタ達、私の言っていることが理解できていないの……!?」
「神崎Pってさぁ~、結構アタマ硬いとこあるよな」
「ンフ! そう言ってやるな、P。可哀想じゃないか」
「私は……ただ事実を……っ」
「でもでも、プロデューサーなんて夢売る仕事してんだし、もっとこう、友情パウワとか、LOVEとか、信じてみてもよくね? てか、さっきのヤツに勝ったのって結構スゴくね?」
「っ! そ、それは………」
「それになにより、二宮飛鳥さんだぜ? 名実ともに超一流アイドルのっ!!」
おい、神崎Pをイジるのはいいが、ボクまで変な持ち上げ方をするな。
「超!一!流!のアイドルとは……っ! さぁ、飛鳥、このちゃんねーに教えてやれ!」
「えっ?」
超一流のアイドル……。いつだったか、Pと馬鹿話で盛り上がったな。たしか……超一流のアイドルとは、その者にしかない輝きで世界を照らす存在であり、そして……。
「予想を裏切り、期待を超える者……」
「That's right! 飛鳥が俺たちの想像を超えてくるの、メチャクチャ楽しみだぜ!」
「っ……!」
「フフフッ!」
不思議なものだ。この男が宣言するだけで、その気になってしまうんだから。
でももう一つ、ボクが帰ってこられる理由がある。
「蘭子……」
「ふぇ……?」
それはもう一人の超一流アイドル。
「お願いがある」
「……う、うん! なんでもする!」
「歌を、歌ってほしいんだ……」
「歌……?」
「ボクのことだけを想って歌ってほしい。一曲でいい。それを辿ってボクは帰ってくるから」
ボクの声がPに届いていたように、蘭子の歌ならボクに届く。どれだけ離れていても絶対に。
「……フフッ……フハハハ……ハーッハッハッハーーーーッ!」
「堂に入った見事な三段笑い。やるな蘭子」
「いいわ! 我が片翼の願いならば、全身全霊を以って応えましょう!」
憂いは霧散した。
無意識的な空間浸食はゆっくりだが確実に進んでいる。となれば後は旅立つのみ。
セカイの外へ出るための術式を構築していく。
「飛鳥――」
その最中にPが語りかけてくる。
「忘れるな。お前はどこに行ってもアイドルだ……!」
「あぁ……理解ってるよ、P」
彼の言わんとするところ。アイドルに失敗はない。仮に失敗と呼ぶべきモノがあるとしたら、それは諦めたときだけ。そしてボクは諦めない。絶対に。
「さぁ……往こうか」
認識領域が拡張していく。
そして。セカイの膜を――――――
――――――――――――
―――――――――
―――――
――越えた。
越えたんだよな……?
暗い……。
強いて言うなら深海のよう……? 何かがボクを取り囲んでいるのを感じるけれど、見ることが出来ない。
ボクの身体を何かが撫でている。緩やかな水流のようなものが……。勢いは強くはない。でも念の為、何処かに流されてボクのセカイを見失わないよう、手で触れておこう。
あぁ……この流れは情報か……初めて観測する多種多様な情報の波……。
そうか……暗いんじゃない。閉じていただけか。感覚を開けば――
――ッ!?
なんてことだ!
無数のセカイがそこにある! 宇宙の星々なんて目じゃないほどの数と密度!世界中のビー玉を小さな水槽に押し込めたような……! 概算してみようという気さえ起らない。
この一つ一つがセカイなのだ。セカイの色は多種多様。何の条件で決まるのだろう?
――そうだ!
ボクのセカイはどんな色に見えるのかな?
………なるほど。
……ん? あれ?
何故だ? どこにも蘭子がいないぞ? いや、Pもいない……!?
いや待てよオイ……。
このセカイ、ボクのじゃない!!!!
何故? ボクが出てきたセカイにはずっと手で触れていたのに!
……ん?……手とは何だ? 右手? 左手? 今のボクに手なんて……。
なら、触れていると思っていた手は何だったのか? ボクは、何をしていたのか……?
――そんなはずは……っ!
待て待て落ち着け。近くにあるはずだ。まずはこのセカイを手掛かりにして……。
はぁっ!?!? また変わってる!? 何もかも違う!? ビー玉じゃない? これは紐? ワイヤー? なんで!? 何が起こっている!? ボクは何を見ている!?
だめだ! ゆっくりと元の場所に戻るんだ! ………戻る? なにで? 足? 足って何?
―――ああああああっ!?!?!?!?!
流れていく。
流されていく。どこまでも。どこまでも。止まらない。止まれない。
本当に神崎Pの言った通りに……っ!
そんな!? これは! この広さは……! この速度は……!
ダメだ。落ち着いて。元の場所に……………あ。あ。あ。あああああああ。ああああああああ。あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ああああああっ!!!!!」
暗黒。
あるいは白。
もしかすると
「……………………えっ?」
気付けばボクは何も無い空間にいた。情報渦巻く天界とは似ても似つかない、あまりにも何もない空間。
「な、なんだここは……?」
ここも天界の一部なのだろうか? 何も無いくせに、広さだけは莫大らしいが……。
「――じょ、冗談だろっ!?」
違った。何も無いどころか、有り過ぎるんだ……。天使のスペックを以ってさえ防衛本能が働いて、端っから観測を遮断してしまうほどに……! 空間を構成するグリッド一点ごとに、さっき天界で流れ込んできた膨大な情報を遥かに凌駕する量が、折り畳まれた状態で格納されている!
「ッ……!?」
何かが居る。姿は見えないが、確かに居る。この空間に住まう者なのか? ソイツはボクを見ている。観察している。無限遠の彼方から、擦れ合うぐらいの至近から。じーっと、ボクを……。
「…………」
何も発することが出来ない。発せたところで、そもそも意味がないだろうけど。きっとボクの思考なんて丸裸にされている。
そんな絶対的な存在から、何か思念らしき情報が伝わってくる。
「………えっ?」
それは、感謝と謝罪。
しかし余りにも身に覚えがない。
「一体オマエは…………いや、もしかして
ボクの問いかけにはやはり答えてはくれない。
そして空間から絶対的存在の気配が薄れてゆき……。
―――――ッ!?!?!?!!?!
激動する感覚。
ボクの存在座標は天界に戻っていた。
ボクの意に反する移動は続く。やはり止められない。
一体どれだけ遠くへ流されたのか。いつになれば止められるようになるのか。
蘭子。蘭子。蘭子。どこにいる? 歌を。キミとまた響き合いたい。響き合うんだ。キミの笑顔が見たい。ボクは此処にいる。お願いだ。蘭子。声を歌を聞かせてくれ。蘭子。
どこだP。キミに会いたい。本当のことを言うよ。ボクはキミの冗談が好きなんだ。P、お願いだ。聞かせてくれ。まだキミと話したいことがまだある。したいことがたくさんあるんだ。
あああ。蘭子。P。wheこに……bクは此erにいる。
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次話がエピローグとなります