超次元偶像二宮飛鳥のセカイ   作:関ち出張所

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≪Observation by 蜈?ココ蠖「≫

 

「さぁ……往こうか」

 

 そう言い残して二宮飛鳥は姿を消した。

 

「ぁ……あすか……うぅ……っ」

「蘭子……」

 

 よろめいた蘭子を抱き支える。

 二宮飛鳥がこれから味わうだろう果てしない孤独を、この子もうっすらと理解しているのかもしれない。

 

「蘭子……。行きなさい」

「………ぐすっ。うん……っ!」

 

 涙をぬぐい、舞台袖からステージへと、蘭子は一人で歩み出る。

 

「白銀の騎士の挺身により危機は去った」

 

 怒涛の展開の連続で呆けていたファンたちはしかし、蘭子の纏う悲壮な雰囲気に目を覚ました。

 

「彼の者はもう……此処にはいない。傷を癒すため、深なるセカイへと旅立った」

 

 鬼気迫る蘭子の言葉に会場中の人間が息を呑む。

 

「しかし、我らは双翼。片翼が引かれ合うは世の摂理……。永劫の先、約束の彼方で、我らは必ず相まみえる……!」

 

 夜空に引いた一筋の白墨のような、切ないメロディが大気を震わせはじめる。

 

「故に、これより奉じるは別れの歌ではない」

 

 徐々に、徐々に、濃度を増していく音色――蘭子の魂の響き。

 

「再会を期する、歓喜の歌である!!」

 

 蘭子の想いがそのまま具現化したような歌声だった。二宮飛鳥に会いたい。ただそれだけの願いを込めた歌。それはロジックを越えて、何者にだって伝わるだろう。

 

 しかし……。

 それでもやはり私は、二宮飛鳥の帰還には極めて悲観的だった。

 

「実際、私は見つけられなかったのだから……」

 

 天使の永い寿命を使ってひたすら探し続けた()()。それは結局見つけられなかった。二宮飛鳥のしようとしていることは、それとほとんど同じ難易度なのだ。

 しかし私の場合は、神崎蘭子という尊い存在に会えた。これは私にとって望外の奇跡であった。

 

 だけど、何か、引っかかる。

 

「……!」

 

 思い出した。

 天界を彷徨った末の今際の際に蘭子を見つけ、堕天を決めたあのとき。その決断はある意味妥協であったはずなのに『これで正解だ』という声が私の内側から聞こえていた。そのことを今、思い出したのだ。

 あの声を発したのは、魂のとても深い場所だった。それはひょっとすると、私の封印された領域からだったのでは……?

 私が誕生した瞬間から謎に存在していた、魂の中の不可侵、不可知領域……。

 

「まさか………」

 

 見つけられなかったわけではない……?

 

「なぁ、飛鳥……。もーいいんじゃねぇか?」

 

 混乱する私の隣でPが呻くように言った。

 

「なぁ? もう……さ、サビ入ったぜ? そろそろ帰ってこねぇとさぁ……この後、どうすんだよ……神崎ちゃん一人で〆させんのか……?」

「P……」

「おい……もう近くまで来てんだろ? あとは降りてくるだけだよな……!? なぁ~~~~飛鳥よぉぉ……!」

 

 Pは身体を震わせ、とうとう膝をついてしまった。

 二宮飛鳥が堕天してくるとしたら今だという彼の考えは正しい。いくら二宮飛鳥が長い旅路の果てにここを見つけたとしても、堕天する時間は任意に選ぶことが出来る。それならば、今を選ばない理由はない。

 しかし、Pはまだ思い至っていないようだけれど、このケースには一つ大きな落とし穴がある。それは、二宮飛鳥が堕天を実行するとき、必ずセカイ分岐が発生してしまうということ。つまり仮に二宮飛鳥がこのセカイに辿りついたとしても、どうしたって二宮飛鳥が堕天するセカイと堕天できなかったセカイの二つが生じてしまうのだ。そして我々には最早、ここがハズレのセカイなのか、それとも単に二宮飛鳥が失敗したのか、知る術はない。

 

 

 蘭子の歌は既にラスサビに突入している。

 蘭子が止め処なく頬を濡らしていることは誰の目にも見えるだろう。

 

「何をしているのよ、二宮飛鳥……っ!」

 

 今日だけは蘭子の涙を拭う大役を任せてやろうというのに……!

 

 

 そしてあえなく、蘭子の歌唱は終了した。

 圧巻のパフォーマンスを目の当たりにした会場は、まるで時が止まったように静まり返っていた。

 私もただ蘭子を見つめていた。

 

「な、なぁ……神崎P……」

 

 もう少し余韻に浸らせてほしいのだけれど、そんな私にPが声を掛けてくる。

 

「なんか、お前、光ってね?」

「……………えっ?」

 

 何を馬鹿なことを、と思った。

 

 でも確かに、手のひらが、腕が、脚が、光を放っていた。

 

 なにこれ? と口にする前に、大気に漂っていた蘭子の歌声の最後の響きが、私の中にするりと滲み込んでくる。

 

 

 ――ガチャリ

 

 

 鍵の開く音が。そのとき確かに聞こえた。

 開いたのは私の魂の深層領域の封印だった。

 

「こっ、この()は……っ!!!」

 

 解錠と同時に本格的に放出され始めた光は際限なく強まり、このセカイの遥か遠くまで遍く照らしてゆく。

 その光は極めて特徴的な波長を持っていた。この輝きは私の記憶に印象深く残っている。天界を彷徨う中で何度か観た、セカイ線を覆い隠し、天使にも不可侵の領域にしていた光にとてもよく似ていたのだ。

 封印されていた領域から膨大な情報が流れ出してくる。

 

 

「…………そう……そうだったのね……」

 

 

 それは記憶だった。とある少女の大切な記憶。

 

 

 

 

 

「私は………

 

       ボクだったのか……」

 

 

 

 

 

 こうして(ボク)は全てを思い出し、理解した。

 

 私の永い旅路はついに今、終了したのだ。

 

 ≪Congratulation!≫

 ≪Congratulation!≫

 ≪Congratulation!≫

 

「ッ!?」

 

 突然視界に祝いの言葉が浮かび上がる。これもそういう()()()()()なのだろうか?

 

 

 (ボク)は頭の中を整理する。

 

 天界に旅立ったボクはやはりこのセカイを見失った。

 そして永い旅路を経ても辿り着くことは出来ず、あるとき記憶の劣化が始まっていることに気付いた。最初はまだ重要度の低い記憶が失われていくだけだが、その進行は止められず、遅かれ早かれかけがえのない記憶まで侵されることになるのは明らかだった。

 そこでボクは賭けに出た。

 ボクのボクたる情報のすべてを魂の深層領域に封印し、それを持ち運ぶ自動人形(オートマタ)を創り出した。

 その自動人形には二つの極めて単純な命令を与えておいた。

 一つ目は、『何か』を見つけるまで天界を旅し続けること。

 二つ目は、決して諦めないこと。

 『何か』とは『神崎蘭子が二宮飛鳥のことだけを想って歌う歌の波動』であり、それこそが封印を解くパスワードでもあった。

 この方法により天界の捜索範囲は飛躍的に伸びることになるが、『何か』を見つけられなければボクは永遠に目覚めることができない……。そういう賭け。蘭子との再会をどうしても諦められなかったボクの大勝負だった。

 

 無数のセカイを観察していく過程で、自動人形が自我を発生させたのは完全なる偶然だった。誤算といってもいい。その偶発的に発生した自我が私……今は神崎Pと名乗っている個体。

 

 そして最大の誤算。

 

「……見つかるわけがなかったのね。()()だったのだから……っ!」

 

 つまり私が発生した時点では、まだこのセカイ線は存在していなかったということだ!

 因果があべこべになってしまっている。こんなの莫迦げている!

 しかし心当たりがある。ボクが天界に入った直後に遭遇した『大いなる存在』だ。

 きっと彼の者と別れた時点で()()されていたのだ。天使でさえ遡れない、本当の意味での()()へと。

 そして彼の者の目的こそ、無法者の排除。天界にルールがあるように、彼の者の干渉の仕方にもルールがあるのだろう。それに私とボクは巻き込まれ、都合よく使われた。だから()()()()()だったのだ。

 

「な、何が起こっているんです…?」

「あぁ……そう、よね………」

 

 セカイを包み込む光を放ち終わっても、私の身体は光を湛えていた。

 これから始まるのは肉体の改変……私の肉体は二宮飛鳥のものに変換される。そういう()()()()()。自動人形が自我を持つだなんて、あの子は予見していなかったのだから、当然そうなる。

 ()()P()()()()()は消滅し、二宮飛鳥に統合される。それは元に戻るというだけのこと。

 だとしても……!

 

「……嫌………消えたくない………っ」

 

 蘭子の将来をずっと見ていたい。

 Pともっと競い合いたい。

 私という存在はイレギュラーだったかもしれないけれど、この気持ちは本物なのだ……。

 それとあと、二宮飛鳥には言いたいことがあり過ぎる! せめて一言『不親切過ぎる』ぐらいは面と向かって言わせてほしい。

 でも、もうどうしようもないのだ。

 私とボクの魂は深層で絡みついている。これを瑕疵なく分離させることなんて、たとえ天使でさえ――

 

≪Is that what you want? ≫

 

「………………えっ?」

 

 封印解除に伴う単なる演出プログラムだと思っていたポップアップが、まるで意思を持っているかの様に質問してきた。

 

≪Okay. This is my thanks.≫

 

「な、何を……っ!?」

 

 私の真横に光の繭が出現する。程なく解けた繭の中には、魂の入っていない()()の肉体があった。ふらつき、倒れようとする空っぽの少女をPが抱きとめる。

 

「――っ!?」

 

 奇跡の御業はまだ終わらない。

 何者かが、(ボク)の深い場所に触れた。その見えざる手は、いとも容易く、不可能を越え――そして(ボク)たちの魂は完璧なかたちで分離された。

 

「…………んっ」

「っ………ほんっと! お前ってヤツは……! 飛鳥ぁあああ~~~!!!」

 

 この瞬間、二宮飛鳥が再誕した。

 ステージの蘭子が二宮飛鳥の姿を認め、大急ぎで駆け寄ってくる。

 

 

≪You have reached a singularity≫

≪Congratulation!≫

≪And≫

≪Goodbye!≫

 

 アナタは誰なのか、なんて聞く必要はない。人知を超え、天使の能力さえも越える存在を表すワードはそう多くないのだから。でも強いて言うなら()()()()()()だろうか。

 

 全てがお膳立てされていたわけではないのだろう。ましてや、なるべくしてこの今があるわけでもない。

 

 神崎蘭子の歌声は、時空を越え、次元を越え、そして因果律さえも越えて、二宮飛鳥に届いた。

 

 これがシンプルでロマンティックな真実。

 

 

 そして因果律を越えたことでこのセカイは()に包まれた。

 セカイを駆け巡ったあの光を感じて、聡い者は気付いただろう。魂の力には無限の可能性があるということを。

 

 そんなセカイでは、これからどんなことが起こるのだろうか?

 

 

「………フフッ」

 

 ふと抱いた疑問を私はすぐに手放した。

 最早、何者にとっても原理的に不可能なのだ。

 

 

 

 此処は既に特異点。

 事象の果ての向こう側。

 次のセカイ(シンセカイ)

 

 

 

 この未来(さき)はもう、誰にも観測()ることは出来ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪Unobservable≫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




エンディング曲には『反逆的同一性 -Rebellion Identity-』を流していただければ幸いです。



長々とお付き合いいただきありがとうございました。


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