超次元偶像二宮飛鳥のセカイ   作:関ち出張所

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≪Observation by Asuka≫

 

 ボクが所属するプロダクションは巨大なだけあって、大小さまざまなライブを数多く開催している。

 観客キャパが百人程度の小規模のものは毎週全国百か所以上で、五百~千人程度の中規模のものも毎週数十か所で行っている。五千人程度の大規模のものは週に二、三か所。これらはすべて多くのユニットが出演する合同ライブである。その他にも、特定のユニットによる単独ライブはこれらとは別に規模も形態も様々な形で随時開催されている。

 そして、一際大きな規模のライブが年に四回――五月、八月、十一月、二月――に開催される。こちらのライブも合同ライブだ。

 ゴールデンウィークが終わった次の土曜日、つまり今日見学するのは、その五月公演だった。

 観客は約三万。

 このライブに出演できるのは、プロダクション内のヒエラルキーの中でも最上位に位置する選ばれしアイドルたちだけ。出演できれば、トップアイドルを自称しても決して過言ではないらしい。

 まぁ、本当の意味でのトップアイドル――まさに頂の一点に立つアイドルユニット――の為のライブは別にあるのだが、アイドル歴一か月のボクにとってそれは、雲の上どころか宇宙空間の話だ。今のところ言及する気にはならない

 

「では、練習の成果を見せてもらおうか、飛鳥よ」

 

 ボクの行きつけとなってしまっているレッスンルームでPが言う。準備体操と少々の基礎レッスンを終えたところだった。

 五月公演の開演は夕方なので、午前中はいつものようにレッスンをしていた。ただいつもと違うのは、今日がレッスンの一つの区切りになるということだ。

 一か月近く前から練習してきた二曲。二週間前からは、そのうちの一曲を集中的に練習していたのだが、二日前ようやくトレーナーさんからも合格判定を貰うことができた。それはつまり、この曲に限って言えばボクにもプロ並みのパフォーマンスができるということを意味している。

 そこで最後にPの前で実演してみせて晴れて課題終了というわけだ。

 

「慶ちゃんがAパート、飛鳥がBパート、明ちゃんがCパート、でやってもらえるかな?」

「はい、わかりました!」

「う、上手くできるか分からないですけど頑張りますっ!」

「ボクが全部演ってもいいのだけれどね……了解だ」

 

 ボクが全パート歌うわけではなくパート分けするようだ。そのために、わざわざルーキーのトレーナーである青木慶さんにも来てもらったらしい。

 

「あ、そうだ。一つ注意点というか、お願いなんだけど」

 

 そんなPの切り出しに、ボクたちの「はい?」がハモる。

 

「本当にステージでやるつもりでパフォーマンスして欲しいんだ」

「と、いいますと?」

 

 ボクと慶さんの代わりに、明さんが聞いてくれた。

 

「そのままの意味。本物のステージの上にいて、目の前に三万人の観客がいると思ってやってほしい」

「それは……はぁ、わかりました……?」

「慶ちゃ~ん、ほんとに分かってる~?」

「え、へ…?」

 

 Pが薄ら笑いを浮かべながら慶さんの背後に回り込む。彼女の肩に手を乗せ、耳元で囁き始める。

 

「ほら……目を閉じて、想像してごらん……いい……?」

「えっ……あぁっ……」

「慶ちゃん……キミは今ステージの上。目の前にはキミを待つ三万人のファン。サイリウムがゆらゆら……揺れてるね?」

「えっ!? あっ……んっ……」

「イマジン……imagine……」

「んっ………あ……………は、はい……っ! ゆ、揺れてます…! たくさん……!」

「みんな慶ちゃんのファンだよ? ねぇ、聞こえる?」

「えっ? えっ?」

「慶ちゃん、頑張って、可愛い、最高だよ、頑張って、可愛い、可愛い……」

「えぇっ!? か、かわっ!? はわぁ~~~」

 

 何なんだこれは。暗示か何かか? 明さんも神妙、というか、険しい表情で二人を見つめている。ギリリ、という歯を擦り合わせるような音は聞こえなかったことにしよう。

 

「ほら、見られてるよ? 慶ちゃん、見られちゃってる。キミのことが大好きなファンたちみんなに、全部、見られちゃってるね? ねぇ? どう? 感じる? 視線」

「あぁぁっ! そんなぁ~~……、こ、こんなの……だめですぅ~……っ」

 

 慶さんの膝がフルフルと震え出す。見ているだけでこちらまで緊張が伝わってきて、妙にドキドキしてしまう。

 

「……って、イメージしながら歌って欲しいんだけど、OKかな?」

「あぁぁ…………あ、あへ?」

「こら! いつまでも惚けてるんじゃないの!」

「あっ! ご、ごめんなさい!」

 

 顔を真っ赤にした慶さんがボクたち三人に頭を下げる。

 

「『練習は本番のように、本番は練習のように』みたいなものですか?」

「うん、そうだね、そんな感じ!」

「それならそう言えば……。回りくどいんだが?」

「茶目っ気だよ、許せ。あぁ、あとね。本番と一緒だから、失敗しても止めちゃダメだし、一発勝負。二回目なんて無し」

 

まぁ、確かに練習にも緊張感は必要だ。百回以上歌ってきたから、少しマンネリ気味になっていたかもしれないし。

 

「じゃあ、緊張、興奮、冷めやらぬ内に始めようか」

 

 そう言いながら、Pが音響機材の操作を始める。ボクたちは各自の立ち位置につく。

 再生ボタンを押す直前にPがボクに振り向いて、言った。

 

「いいな、飛鳥。目の前には三万人だ。想像できてるか? 今の内に、出来るだけリアルに緊張しとけよ? でないと……」

「ん? P、今なんて?」

「ンミュージックゥ~~スタートォッ!」

 

 ボクに答えず、Pは音楽を流し始める。

 ほぼ同時にAパートの慶さんが歌い始め、ボクの身体も半自動的に動き始める。すると、Pは懐から数本のサイリウムを取り出した。なるほど。Pが観客を演じてくれるらしい。

 いいだろう、本気でやってやる――!

 

 

 

 Pのコールとサイリウム捌きは、それはそれは見事なものだった。三万とはいかないまでも、百人ぐらいには見えたかもしれない。

 そして、ボクもいつになく熱の入ったパフォーマンスができた。他の二人も同様だったらしい。

 歌い終えた後は本物のライブを終えたかのように、自然とボクたち三人はハイタッチをし合っていた。

 そんなボクたちを見てPは「うむ」と真剣な表情で頷き、サムズアップをしてきた。

 安堵と達成感に笑みを浮かべってしまうボクがいた。

 その後軽くストレッチをしてから、ボクとPはライブ会場へと向かった。

 

 道中の車内で、ボクは一仕事終えた気分になっていた。今日はもうライブ見学を楽しめばいいだけ、気楽なものだ。なんてね。

 

 

 

「ねぇ! 本当に出来るの!?」

 

 だからまさか。会場でこんな展開が待っているとは、露程も思っていなかった。

 

 トップアイドルの一人、北条加蓮がすごい剣幕でボクに詰め寄ってくる。いや、縋りついてくる。

 彼女の後ろにいる少女の顔はテレビで見た覚えがあるから、彼女も結構な人気アイドルなのだろう。

 彼女たちの担当プロデューサーと思しき二人の男性も期待の籠った視線を送ってくる。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。話についていけない……!」

 

 一体全体、何が起きているのか…。全く理解らない。 ほんの数分前まではボクはただの観客でしかなかったのに。何故、今ボクは楽屋にいるんだ? この人たちはボクに何を期待しているんだ? ボクはまだ一度だってステージに上がったことは無いっていうのに!

 

「二宮飛鳥くん……。どうか俺たちを助けて欲しい。実は――」

 

 待て、いい。説明しなくていい。ボクを巻き込むな! あぁ、どうしてこんなことに――!!

 

 

 

 

 

 

≪Observation by Yasuha≫

 

 恐ろしい想像が止めどなく溢れてくる。

 

 運転席ではプロデューサーが頭を掻き毟っている。ズビズビという音から、どんな表情になっているかは見なくても分かる。

 後部座席の窓から見る景色は遅々として進まない。こんなに酷い渋滞は聞いたことがない。何の変哲もない高速道路で発生した未曾有の大渋滞。

 通常なら一時間程度の道のりなのに、もう三時間以上足止めをされている。そしてこの渋滞が解消される見込みは未だに立っていない。

 リハの予定時刻をとっくに過ぎたどころか、開演時刻まで秒読みといえる段階まできている。なのに何故、私はこんな場所にいるのだろう?

 

「どうしてこんなことに……」

 

 ただの独り言のつもりだったのに、プロデューサーの肩が大地震のように揺れた。

 

「ごめん! ごめんよ泰葉ちゃん!! 僕が欲張ったから! ああああああ! ごめんなさいっ!!!」

「っ! プロデューサーは悪くないよっ! 受けるって決めたのは私だもん……っ!」

 

 とても割の良いお仕事が、数日前に急に回ってきたんだ。ただ一つの懸念材料は五月公演と同日に入っていたということ。でも時間的な余裕は十分にあった。だから受けた。あの条件なら誰だって受けると思う。でもあそこまで押しに押すとは誰も予想できなかった。そしてその後にこんな大渋滞に捕まるなんて……。

 今日の公演にプロダクションの首脳陣が軒並みやって来ることは、今朝急に決まったらしい。それを知った今朝の時点では「偉い人にもアピールが出来るね」なんてプロデューサーと喜んでいたのに、今ではこれこそが最悪だ。

 しかも私のユニットは今日が初お披露目。というより結成していたこと自体が完全に秘密にされていて、この公演でサプライズ発表することになっていた……それがメンバー遅刻のため出演辞退になんてことになったら……しかも首脳陣の目の前で……!

 

「ぅ………っ」

 

 吐き気が込み上げてくる。

 最悪のことが起きようとしている。

 いくら岡崎泰葉に長い芸歴があっても関係ない。今やプロダクションは芸能界全体で絶大な権力を奮っている。公演に穴を開けるなんて失態をよりにもよって首脳陣の眼前で演じれば、即芸能界から追放されるだろう。アイドルの層は厚いのだから。

 何もかも最悪。

 あまりこういうことは言いたくないけど、それでも言わねば気が済まない。運が悪すぎる!! まるで悪魔が私を狙いすましたような運の悪さだ!

 

「鳥になりたい……」

 

 そしたら会場まで一っ飛びなのに。流石に逃避がすぎるか。

 せめて特殊部隊の訓練を受けていたら、ロープか何かで一般道まで降りれたのに。

 

 いや、もう遅いか。既に物理的に間に合わない時間だ。

 

 気掛かりは加蓮さんと肇さんのこと。

 私のチョンボで彼女たちにまで累が及ぶのだけはどうか回避して――

 

「――ふええええっ!?」

 

 そのとき突然、プロデューサーが素っ頓狂な声を上げた。すでに会場入りしていた加蓮さんか肇さんのプロデューサーと電話していたらしい。

 そして電話を切った彼が、目に涙を浮かべながら言った。

 

「見つかったって……泰葉ちゃんの、代役」

 

 

 

 

 

 

≪Observation by Asuka≫

 

 状況を整理しよう。したくないけど。

 今この部屋にいる人物はボクとPの他に少女二人と男性二人。少女の方はアイドルである北条加蓮と藤原肇、男性の方はそれぞれ彼女たちの担当プロデューサー。

 Pに電話を掛けてボクたちをここに導いて、経緯を説明しやがったのは北条加蓮のプロデュ―サーだった。彼にはどこかで会ったことがある気がしたが、思い出せない。

 ここは北条加蓮と藤原肇のデュオユニットの楽屋かと思えば、そうではない。本来はトリオユニットなのだが、三人目の岡崎泰葉というアイドルがまだ会場に着いていないのだという。午前中の仕事が押しに押して、その挙句、会場への道中で酷い渋滞に捕まってしまい、出番までに到着することは不可能になったのだ。

 それならば、体調不良だとかの理由をつけて残り二人で出演すればいいのではと思うのだが、今日に限って、それは出来ないらしい。役員が勢揃いしているからだ。

 お偉方の目の前でファンの期待を裏切り、しかもその本当の理由がただの遅刻だと知られたら……。当事者である岡崎泰葉とそのプロデューサーには、間違いなく非常に重い罰が下されるらしい。

 だから、トラブルがあったということ自体、役員連中に知られてはいけないのだ。

 幸い――かどうかの判断は分かれるけれど――このユニットは今日のライブが初出、というか、今日のライブでサプライズ発表されるユニットだった。しかも、メンバーの情報を知るのは彼らの所属する部署内のごく一部のスタッフだけで、役員連中が活動前のユニットの動向を把握しているわけがない。役員連中の認識としては高々“トリオユニットの結成が新曲と同時にサプライズ発表されるらしい”というだけなのだという。

 だからぶっちゃけると、必ずしも岡崎泰葉でなくてもいい。誰か別の人間を三人目に仕立て上げて、このステージをやり過ごしさえすれば、何のお咎めもなく、みんながハッピーになれる……という話だ。

 

「いや、いや、いや……と、とりあえず、そこまでは理解ったけど、いや、理解らない。理解らないぞ。なんで、ここで、ボクなんだ? 今日この会場には、ボクみたいに見学しに来た暇なアイドルがいくらでもいるだろう? 彼女らはきっとボクよりもずっと経験豊富だろう? ボクよりもずっと適した娘がいるんじゃないのか? さっき、出来るかって聞いたね? 出来ないよ。ボクには。ボクに出来ることなんて、何も無い」

 

 途中から自分でも声が震えているのを感じた。でも言わずにはいられなかった。四人ではなく、ほとんどPに向かって言っていた。こんなこと、キミが一番よく分かっているだろう? 先輩のお願いだからって、ハイハイ聞いてるんじゃない。

 ほら、キミも早く断ってくれよ。ここはすごく居心地が悪いんだから。

 

「なぁ、P……。そうだろう?」

「いや、飛鳥……」

 

 なのに、Pは言った。

 

「これは、お前にしか出来ない」

 

 意味が理解らない。

 

「だっ、だから何で!?」

「このユニットが歌う新曲は、お前が今日まで練習していた曲だからだ」

「はぁっ!?」

 

 どういう偶然なんだ!? この巡り合わせは何なんだ!?

 

「………っ!」

 

 いや、ボクがずっと練習していた曲が初めて歌われるライブだから、Pは今日ここに連れて来てくれたということか! 先輩ならどんな風に歌い上げるかを、実際に見て勉強するために。だけどそこにアクシデントが重なって……!

 

「二宮くん。二週間前、俺はキミがこの曲をレッスンしているのを見た。あれからもレッスンを重ねたのだろう? それなら……いや! この際、あの時のままのクオリティでも構わないっ! ステージを終わらせてくれれば、それだけで……!」

 

 そうか、この人、北条加蓮のプロデューサーは、以前Pを探してレッスンルームにまで来た人だ。憔悴した表情だったから気付かなかった。

 この土壇場であの日のことを思い出して、ボクに縋ってきたということか。それはそれでなかなかの機転だと思うけどさ!

 

「いっ、いや、でも……!」

「あの曲を歌うことができるアイドルは、今この世界に四人だけだ。北条ちゃん、藤原ちゃん、岡崎ちゃん……そして、二宮飛鳥。お前だよ」

「セカイで、四人の、アイドル……このボクが……っ!」

 

 それはなんて心躍るパワーワード……違う、そうじゃない。

 

「ちょ、ちょっと、まっ――」

「ですが、先輩、いいんですね?」

 

 反論しようと口を開いた矢先、Pと被ってしまう。

 

「飛鳥を今日ステージに上げるということは、飛鳥を正メンバーとして発表するってことになりますよ? 岡崎ちゃんの代わりに」

「それは……わかっている。それでも、岡崎くんと岡崎Pが芸能界をクビになるよりは億倍マシだ。彼女たちの了解は既に取っている。加蓮と藤原くんだって……」

「いいに決まってる! 泰葉はこんなことで終わっていいアイドルじゃない!」

「同感です。他に選択肢はありません……!」

 

 いやいやいや待て待て待て! 話を進めるな! なんかやる感じになってないか? ちょっと! オイ! P!

 

「出番まであと45分か。幸い、二宮くんと岡崎くんの体格はそう変わらないから、衣装は微調整で問題ないだろう。まずは歌とダンスの確認だ」

「北条Pさん! 大部屋、確保できました!」

 

 いつの間にか楽屋から出ていた藤原肇のプロデューサーが戻ってきた。彼の案内で別の部屋へ移動する。そこはレッスンルームの半分くらいの大きさがある楽屋で、本来中央にあるはずの長机は折り畳まれて隅に重ねられていた。

 ボクは完全に置き去りにされていた。気付けば、胸に違和感があった。心臓が激しく脈打っていたのだ。

 

「飛鳥、なぁ、飛鳥。驚くよなぁ、焦るよなぁ、やっぱり」

「あ、当たり前だろう! 一体何が起ころうとしているんだ…っ!」

「まぁまぁ、そういうときはな、飛鳥。ルーティンだ。知ってるか?」

 

 そう言いながら、Pは忍者のように手を組んでみせた。それを見て頭に浮かぶのは、昔テレビで見た有名なスポーツ選手。

 ルーティン……お決まりの動きをすることで精神統一する方法とかだったっけ?

 

「お前にもあるだろう? ルーティン」

「えっ、えっ……?」

「これまで何十、いや、百回以上繰り返してきた一連の動き……音楽が始まると自然と体も動く……」

「………なるほど、アレか……!」

「いっちょ軽くやって、気持ち落ち着けようか。なっ?」

「そ、そうだな……うん……」

「ウェーーイ! 飛鳥も準備オッケーでーーーす!」

「へっ? あっ………」

 

 Pがボクの肩を押して、部屋の中央に移動させていく。北条加蓮と藤原肇は既に位置についていた。午前中、慶さんがいた位置には藤原肇が、明さんがいた位置には北条加蓮が、そしてボクの位置はそのまま。

 音楽が流れ始めると同時に藤原肇が歌い出す。それに釣られ、ボクの体と喉も動き始めてしまう。いや、たぶんもう只の自棄だった。

 

 約五分間の試演を終えると、まず北条加蓮に強く抱きしめられた。彼女は「神様っているんだ…」と震える声で呟いた。

 藤原肇は「奇跡です…」と目に涙を溜めていた。

 藤原Pは「イケますよこれ!」と歓喜の叫びを上げ、北条Pは次なる準備のためメイクさんを呼びに行った。

 ボクのパフォーマンスは今朝と比べれば随分とレベルの低いものだったのだけれど、彼らにとっては光明だったようだ。

 ボクは理解した。最早逃げ場はないのだということを。

 言われるままに衣装を身につけ、されるがままにメイクを施される。それが済むともう一度試演を行い、パフォーマンス後のトークパートで話すことを皆で決めた。ボクが喋るのは自分の名前だけ、その他は全て北条加蓮と藤原肇に任せることになった。彼女達が喋っている間、ボクは終始不敵な笑みを浮かべておけばいいらしい。

 それから舞台袖へ向かう。

 

「うっ……これは……ううぅ……!!」

 

 袖から客席を覗き見て、その広大さに引いた。たじろいで、後退って、その背中をPに受け止められる。

 

「おっ、どうした? 三万人っつっても大したことないなって落胆したか?」

「逆だ! 広過ぎだろう! ウジャウジャし過ぎだろう! 何でこんなことに!? こんなことになるなら――」

「99パーセント!」

「――は?」

「史上類を見ないアイドル戦国時代の今……地下も含めれば一万人以上いるアイドルの内、99パーセントの娘たちは何年続けようが、一度もこのレベルのステージに立つことができないんだ。それを初舞台にしちまうなんて、最高に面白いよな」

「い……いや……全然笑えないんだが……」

 

 ボクの肩がPに押されて、クルリと回れ右をさせられる。Pは口角を上げてギラついた笑みを浮かべていた。

 

「これはなぁ、伝説の始まりなんだ」

「で、でん、せ…つ……?」

「伝説……つまり Legend だ」

「あぁ……うん、それは、知ってるけど……」

「ASUKA The Idol という壮大かつ絢爛な伝説の幕開けなんだ!」

「っ……!」

「差し詰め今日はそのFirst Stage のClimaxといったところか」

「っっ……!」

 

 Pのワードがまた胸をムズムズとさせる。あと、英語の発音がいやらしいくらい勿体ぶっていて、洋画の予告編を彷彿とさせる。

 そして何故か、心臓は焦りを脱して、熱く力強く拍動し始めていた。

 

「それに、三万人の前でのライブは今朝やってきただろう? あれをもう一度やればいいんだよ」

「……んふっ!?」

 

 唐突にPの迫真のサイリウム捌きを思い出した。

 

「んんっ……フフ。いや、三万人は言い過ぎだ。あれは高々百人分だよ」

「くっそ、マジかよ。オレもまだまだだな」

「キレッキレだったことは認めるけどね」

「じゃあ、そっか。本番は俺が三百人いるみたいなもんだな! どうだ? これならイケそうだろ?」

「は? Pが、三びゃ――ぶほぉっ!!」

 

 ダメだ。これは想像したらダメなヤツだ。本番前になんてことを想像させるんだコイツは。

 噎せから回復する頃、ボクたちの出番はもうすぐそこに迫っていた。

 

 北条加蓮、藤原肇、ボクの三人で輪になって手を繋ぐ。

 不安の色濃い二人の視線に、今のボクはただ無責任に頷くことしかできない。それはとても悔しく感じられた。

 振り返ってPを見る。安全地帯からの満面の笑みとサムズアップに心の底からイラっとくる。

 P……三百人の……いやいやダメだ、アレは忘れろ!

 いつも通り歌って踊って、名乗る! ボクはこれだけ考えていればいい!!

 

「行くよ! 肇! 飛鳥!」

「はいっ!」

「っ……ままよ!」

 

 そして、ボクたちはステージへ駆け出していった――。

 

 

 

 

「悪りぃな、飛鳥。食事にくらい連れて行ってやりたいんだが、先輩がすぐ来いってうるさくてな」

「ん…? いや…いいよ…。ボクも……すごく……疲れた、から……」

 

 ライブ会場をPの車で出て間もなく、ボクは睡魔に襲われた。

 本当に疲れた。肉体的にも精神的にも。長い一日だった。二宮飛鳥の一番長い日だな、これは。まさかいきなりステージデビューすることになるとは思わなかったけど、滞りなく済んで本当に良かった……。

 プロデューサーたちは各アイドルを自宅に送り届けた後、再び集まって、夜通しでユニットメンバー変更の辻褄合わせのための打ち合わせを行うのだという。ボクに絡むことで徹夜をしてもらうのは多少は心苦しい。でも正直いい気味だった。特にPには。

 

「あぁ、オネムか。寝とけ寝とけ。マジお疲れちゃんだよ。いい夢見ろよ」

「……じゃぁ……お言葉に……あまえ……て……」

 

 携帯にはさっそく北条加蓮、藤原肇、そして、岡崎泰葉からの感謝のメッセージが届いている。でも返信は後回しにさせてもらおう。

 

 ――ふぉん、ふぉん、ごぉぉぉ。

 

 車がハイウェイを疾走していく。路面からの微かな振動が今はとても心地いい。

 

 ――チカリ、チカリ。

 

 道端に等間隔に並んだ照明灯が、一定のリズムで車内を照らしてくる。それは、少し、うざったい。運転席に座るPも、チカチカと照らされている。

 後部座席のボクからはPの表情は見えない。耳と頬と目尻が見えるくらい。それが数秒ごとに照らされる。

 

 ――チカリ、チカリ、チカリ、チカリ

 

 Pの頭部がチカチカするのをボンヤリと眺める。

 完全に夢に囚われる直前の、思考と妄想の区別がつかなくなる瞬間。有り得ない考えが浮かんだ。

 

 Pは以前から()()なることを知っていたのではないか?

 

 今日、岡崎泰葉が遅刻することを知っていたのでは?

 岡崎泰葉の代役をこなせるよう、ボクにずっとあの曲を練習させていたのでは?

 だからCパート、岡崎泰葉のパートを特に念入りに練習させていたのでは?

 今朝の最後のレッスンは疑似的なリハーサルだった?

 

 しかし。

 何月何日の何時に何処で渋滞が発生するかなんて、予想できるのだろうか? いや、そんなことが出来るようになったというニュースは聞いたことがない。

 じゃあ。じゃあ……予想するのが無理なら、作為的に引き起こすことは……?

 何かの動画で見たことがある。たった一台の急ブレーキが後続車を詰まらせ、渋滞に発展するという検証映像だ。渋滞を作為的に起こすことは、一応は、可能らしい。

 そういえば今日、Pは会場に着いたころから頻繁に電話を掛けていたような……? 一体どこへ掛けていたのだろう?

 

「…………」

「…………」

 

 眠気はいつの間にか消え去っていた。車内の空気が張り詰めているように感じられる。

 Pを見た。が、変わりは無い。

 いや、ルームミラー越しに、彼はボクを見ていた。

 

「っ……!?」

 

 Pの瞳の色に何か獰猛なモノが混じっていく。その目は嗤っていた。ボクがそれに気付くと同時に彼が口を開く。

 

「なんだぁ? 飛鳥、寝ないのかぁ? それとも、聞きたいことでもあるのかなぁ~~?」

「………っ」

 

 ボクは気付いてはいけないことに気付いてしまったのか!?

 なんてね。ハハッ! ボクの妄想に決まっている。

 電話だけで特定のエリアに渋滞を引き起こすなんて芸当、聞いたことがない。安楽椅子探偵にもそんなことは無理だ。

 

「い、いや。ちょっとした妄想さ……。ひょっとしたら、今日のトラブルは……キ、キミが仕組んだんじゃ、ないかってね……?」

「………ハハハ」

 

 ほら、笑われてる。こんなバカげたこと、ワザワザ言うんじゃなかっ――

 

「アハハハはーーーー!! ハハハハはははハハハハ!!」

「――ひっ!?」

 

 Pの哄笑が車内を埋め尽くす。

 ゾクゾクしたのもが背骨を駆け巡る。

 そして運転中にも関わらず、Pの首がグルリと回ってボクに振り向いた。彼の目は大きく見開かれ、しかも血走っているように見える。

 ヤバい。ホラーだ。ビビってしまって、叫び声一つ上げられない。

 

「………お前のような勘のいいアイドルは――」

「あ、ぁぁ……あわわわっ!」

「――結構好きだぜ。へへへ」

「……………へっ?」

 

 Pは表情を普段のおちゃらけたモノに戻し、前を向いた。車は変わらぬスピードで走り続ける。

 

「やっぱバレたか。ま、隠してなかったけどな。どれが決め手だった?」

「えっ…決め手とかはなくてなんとなく……って! ほ、本当なのかい…?」

「まぁね! てへぺろ。他の人には内緒な? 先輩たちにタコ殴りにされちまうから」

「……言っても誰も信じないと思うけど……」

「かもな~」

 

 それからPは今回のトラブルの真相を教えてくれた。が、それはほとんどボクの妄想通りだった。

 ちなみに岡崎泰葉の遅刻のそもそもの原因であるロケ仕事の御鉢が彼女に回ったのも、Pの暗躍によるものだったらしい。

 

「まぁ確かに、俺は渋滞を引き起こしたりして岡崎ちゃんを遅刻させた。でもな、あの二人のやりようによっては、ちゃんと時間内に会場に着くことも可能だったんだぜ?」

「……そうなのかい?」

「俺の見立てでは、彼女らが会場に着く方法は七通りあった」

 

 具体的な数字に妙な説得力があった。たぶん、口から出まかせというわけではないのだろう。

 

「七通りもあるのに、思い付けなかったり、思い付いても実行できないんだったら、それはもう俺の責任じゃないと思う。まぁ、とはいえやっぱ、岡崎ちゃんには悪いことしたっていう自覚はあるから、少し後でめっちゃ良い仕事が回るように既に仕込んである」

「………」

「今回ほど好条件が重なるチャンスはそうそうないから多少強引にしたけどな、ここまでグレーな手段はそうそう使わないつもりだ。……幻滅したか?」

「………」

 

 真相を知ってしまった今、確かに岡崎泰葉に対してボクも申し訳なく思う気持ちはある。だがしかし、それが気にならない程にボクは興奮していた。

 Pはバタフライエフェクトを解明し、カオスを意のままに操ってみせたのだ。一体何色の脳細胞であればそんなことが可能なのだろう?

 悪魔的だと思った。いや、常識を超えているという意味では悪魔そのものと言っていい。こんな人間が本当にいるのかと心底驚き、興味と畏怖で深く興奮していた。

 Pはどうやら結構有能な人間らしいとは感じていたけれど、それすらまったく見当違いだった。彼について今のボクには何も理解らない。理解を越えている。結局、理解ったのはそれだけ。中学生程度の知性では、Pという人間を測ることなんて到底出来そうにない。

 

「ひとつ、いいかな?」

「ヘイカモン! お兄さんに何でも聞きなよ!」

 

 彼の凄まじさに気付いてまうと、聞かずにはいられないことがある。

 

「どうして…ボクを………………」

「ん…?」

「………どうしてあんな、ことを、したんだい?」

「あんなことって、今日のライブのことを内緒にしておいたことか?」

「えっと………?」

 

 あれ? 聞きたいのはそのことだっけ? 何か違うような……? 妙な違和感が、なくもない……。何を聞こうとしていたんだっけ…? ううむ……ド忘れしてしまった。それとも気のせいだったのか? どちらにしても、そうなるくらいなら大したことじゃないってことだろうし、別にいいか。それに実際、Pの説明不足の意図については聞いておきたいし。

 

「あぁ、うん……。それでいい」

「………ん。オッケー!」

 

 Pは少し訝しがったが、すぐに話始める。

 

「もし事前に飛鳥に伝えていたら、計画はかなりの確率で頓挫か失敗していただろう。飛鳥の素振りから先輩に勘繰られる、とか色々な原因でな。その中でも一番マズイのが、事前に知ったことで緊張し過ぎてしまって、レッスンどころじゃなくなるってことかな。最悪、体調崩しちまうし」

「あぁ…うん…。否定はできないね……」

「まぁ、これは飛鳥だからとかじゃなくて、大多数の人がそうなんだけど」

 

 無事終わった今でも、ステージのことを思い出すと変な汗が出てくる。ボクが三万人の前で歌ったなんて、そしてそれがボクの初ステージだったなんて、今でも信じられない。これまで学校の表彰台に立ったことだってないのに。もし事前に知らされていたら、Pの言う通りのことが起きても不思議はないし、逃げ出しさえしたかもしれない。

 

「だからもう、ドサクサの勢いで乗り切るしかないなって」

「ドサクサって、キミな…。上手くいったから良かったけどさ……」

「まぁ、イケると確信してたよ。飛鳥ならな」

「ん、そうか………」

 

 成功に寄与したPとボクの比率はそれぞれどれくらいなのか、少し気になった。けれど、考えるのはすぐにやめた。それはほとんど自明だったからだ。ボクはきっとPが操った駒の一つに過ぎな――

 

「ん~~? もしかして“ボクはPの掌の上で踊っていただけなのか”なんて思ってる?」

「――ッ!」

 

 この男、読心術も使えるのか?

 

「それは違うぜ? 俺も飛鳥もベストを尽くした。だから成功した。それ以上でもそれ以下でもない」

「……おべっかなら必要ないよ」

「いや、本当に。……掌の上で踊ってるのは、寧ろ俺の方なんだよなぁ」

「ハッ! 謙遜も過ぎれば嫌味、というのを聞いたことはないかい?」

「嫌味に出来ればどんなに嬉しいか……いや、この辺りの話はちょっとアレだから、もっと別の話をしよう」

「ん? うん…それは構わないけど」

 

 はぐらかされたというよりは、実際にPはこの話をするのに気が進まないようだった。確かに愉快な話になりそうにないし話題変更に異論はない。

 それからPは明日以降のアイドル活動の見通しを話してくれた。端的に言って、激変するらしい。これまでずっとレッスン漬けだったのが、北条加蓮と藤原肇と一緒に毎日のように仕事が入るようになるのだと。

 

「一年目の目標はとりあえず次のULに出ることだな」

「ゆーえる……? って何だっけ?」

「そりゃもちろん、ウルトラライブのことだ」

「は? それって……」

 

 それは、本当の意味でのトップアイドル――まさに頂の一点に立つアイドルユニット――の為のライブの通称だった。

 毎年、四月から二月中旬までの約11か月間で最も輝いたアイドルユニット一組による単独の、しかし、超大規模なライブ。開催日は例年通りなら三月末だ。プロダクションの威信を賭け総力を挙げて開催するソレは、近年は世界最高のエンターテイメントとの呼び声も高い。観客数は各年のULスタイルにもよるが、最低でも五万人、多い場合には二十万人にも達する。うちのプロダクションに所属するアイドル全員が目指すべき目標……らしいのだが、今の今まで、ボクは宇宙の果て程度にしか意識したことが無かった。

 

「……流石に冗談だろう?」

「本気と書いてマジ」

「えぇぇ………」

「俺と飛鳥が本気を出せば不可能ではないはずだ」

「えぇぇぇ……」

 

 複数人のユニットとはいえ一年目でULに出た前例はなかったような……。しかし、この悪魔的なPの言うことだし……。

 

「そんなこと、本当にできるのかい……?」

「チッ、チッ、チッ。できるかな? じゃねえよ……」

 

 Pはそこで言葉を止め、悪そうな笑みを浮かべながらボクを振り返った。ネットのどこかで聞いたことのあるフレーズだ。ボクに続きを言えということか……やれやれ。

 

「……やるん――」

「――やるんだよぉぉっ!」

「なんで言うっ?!」

 

 ケラケラと笑うPにボクは呆れて失笑を禁じ得なかった。なんとも緩い雰囲気が車内に漂う。それから間もなく、ボクのマンションに到着した。

 

「じゃあ、お疲れ。ゆっくり休んでくれ~」

 

 ボクを降ろしたPは、そう言ってプロダクションへ向かっていく。

 遠ざかっていくテールランプに背を向けたとき、ふと思い出した。さっき、Pに聞こうと思ってド忘れしてしまったことが何であるかを。

 

「あぁ、そうか……」

 

 あのときボクは『どうしてボクをスカウトしたのか?』と聞こうとしたんだった。

 Pほどの能力があれば誰でもスカウトできるだろうに、よりにもよってどうしてボクを?

 確かに気を使っている分ルックスには多少自信があるが、それでもただの中二病罹患者だ。そんなこと、彼ならすぐに見抜きそうなものだが……。少なくともボクより上のポテンシャルを持った人間は幾らでもいるだろうに。

 Pとの出会いは偶然で、そして少しの会話の後、スカウトされた。

 ボクの何が彼にそう決心させたのか、聞いてみたいと思ったんだ。

 

「また今度聞いてみよう」

 

 そう呟きながら、ボクは自室のドアを開いた。

 

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