できそこないの竜の騎士(旧)   作:Hotgoo

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3 討伐

 「散開しろ!」

 

 男からの指示が飛ぶが、時すでに遅し。放射された爆裂光は、竜たちの築く陣形の中央に直撃した。大爆発の後、そこにあったのは、巨大なクレーターと、千千になった竜たちの屍のみだった。

 

 そして、爆煙が晴れた後、アトリアは忽然と消えていた。竜たちの脳裏に、『ブレスを防ぐのと今の極大呪文だけで精一杯だったのではないか』という希望的観測がよぎる。彼らが安堵しかけたそのとき――

 

 ――一番前に立っていたドラゴンソルジャーの首が落ちた。

 それを皮切りに次々と竜たちが両断されていく。その滑らかな断面から、それが極めて鋭い斬撃によって為されたことがわかる。この攻撃がいずこかへ潜んでいるアトリアからのものであることは明らかだった。

 

 困惑と警戒が竜たちの間に広がる。しかし、だからといってどうすることもできない。見えない敵と見えない攻撃、かすかに鳴る風切り音のたびに減っていく味方の数。勘を頼りに吐息や爪を振るうも、闇雲に放ったそれが命中するわけもなく、次第に竜の群れは恐慌状態へと陥っていく――かに思われた。

 

 突如竜たちの動きが変わる。今まで目のみに頼って索敵をしていたのだが、一斉に耳を済ませたり、匂いを嗅いだり……視覚以外の方法で敵を探すようになったのだ。まるで誰かに指示されているかのように――

 ついに一匹のキースドラゴンが敵の位置を捉えた。姿は見えないが確信を持った力強さで、爪をそこに振るう。

 爪と透明な何かが激突し、甲高い金属音が鳴り響く。それを切欠に、そこにいた何者かの透明化が解けていく。

 

 そこにいたのはやはりアトリアだった。腰に提げていた二刀を両手に持ち、十字に構え爪をガードしている。

 

 「ソコダ!」

 

 「コロセ!」

 

 アトリアの姿を発見したドラゴンソルジャーたちが斧を振り上げて駆け寄ってくる。このまま鍔迫り合いを続けると苦しい状況に追い込まれるのは明白。あえて力を抜くことで相手のバランスを崩し、拮抗を打破する。右の剣で爪を打ち払い、返す左で心臓を一突き。くずおれるドラゴンを尻目に、後方に飛ぶ。

 距離をとったアトリアは、何言かを呟くと、虚空に向けて二刀を振るう。すると、また竜の首が飛ぶ。その剣先には、風が渦を巻いていた。

 

そう――アトリアは剣に真空(バギ)系の魔法力を纏わせ、剣圧とともに風の刃を飛ばすことによって、竜の鋼鉄のごとき皮膚をも容易く斬り飛ばす威力を得ていたのだ。

 放たれた幾ばくかの剣閃が周囲の敵を切り裂いたのち、アトリアは遠くの敵の群れに狙いを定め、両手を大きく振り上げ、交差させる。荒れ狂う真空の魔法力が、腕から剣へと伝っていく。極大真空呪文(バギクロス)を受け止めた双剣が、解放されるときを待ちわびるかのようにギチギチと軋む。

 そして、剣に込められた魔法力が最大まで高まった時に、それは振り下ろされた。

 

 「……真空・かまいたち」

 

 すべてを切り裂く極大の剣閃が解き放たれる。真空を纏うことによって速度と威力、そして範囲も拡大されたそれは、竜たちの一群を襲う。あまりの速度と切れ味に、彼らは己が両断されたと気付くこともなく事切れた。

 

 主だった敵は片付けた。残るは散り散りになった雑兵のみ。周囲は山に囲まれていて、逃げ場は皆無。一匹ずつ確実に仕留め、アトリアが最後に残ったガメゴンロードの息の根を止めるまでに、五分とかからなかった。そうしてそこに残ったのは、屍と破壊跡、そして静寂のみとなる……はずだった。

 

 全ての敵の掃討を終え、アトリアが警戒を解くそぶりを見せたとき――それは現れた。

 最初の極大爆裂呪文(イオナズン)で消し飛んだと思われた獣人の男が突如アトリアの背後に姿を現し、斬りかかったのだ。

 

 ――殺った……!!

 

 完全に不意を突いた一撃。その剣はアトリアの首に放たれる――当たれば間違いなく絶命に至らしめるであろう鋭い剣筋。しかしアトリアは、それを事前に察知していたかのように、少し動くだけで躱して見せた。

 絶対の自信を持った奇襲。それを全て読まれていたという事実に、獣人の男は驚愕を隠せないようだった。

 

 「馬鹿なッ……!!魔法使いが、どうやってこの奇襲を察知したと……!」

 

 獣人の男の種族は変色竜(カメレオン)人。同じ獣人であるリザードマンやトドマンが焼け付く息や凍てつく息を使えるように、彼にもまた種族固有の能力を持っていた。

 それは体表の状態を変化させ、透明呪文(レムオル)のような効果を自身にもたらすことができる、というものだ。その能力は魔法によるものではないため、卓越した魔法使いであろうが魔力を察知して看破することはできない。

 故に、一流の戦士である彼が気配を消し奇襲することで、魔法使いは己に何が起きたか知る事すら出来ずに死ぬ。実際、彼はその方法で何人もの強者を屠ってきた。だが、その不可避の一撃が防がれたのはなぜか。

 

 「……オレの戦士としての力量がお前を上回っていたが故に、気配と殺気を感知できた。ただそれだけの事だ」

 

 そういってアトリアは、獣人の男に斬りかかる。男もそれを受け、驚愕から脱し、剣をもってそれを受ける。そうして幾合かの剣戟を交わしたのち、男はアトリアの言葉が嘘ではないと悟る。 

 

 「クソッ!!魔法と剣を両方極めてるだと……!?」

 

 ――そんなの、勇者か魔王しか……

 

 だが、奇襲が防がれた以上、男に残されているのは戦士としての力のみ。距離をとった瞬間、呪文で殺されるであろう事は明白。剣戟でアトリアを打倒する以外、男が生き残る道はない。男は覚悟を決め、アトリアに飛びかかる。

 

 「はぁっ!」

 

 踏み込んだ大地が砕けるほどの力強い踏み込み。疾風の如き疾さで突進し、心臓を狙い、突く。だが、右の剣に打ち払われ、防がれる。

 手首をしならせ放つ、隼の如き2連撃。これも難なく防がれる。

 続けて繰り出したのは、五月雨を思わせる剣閃の豪雨。

 だが、アトリアはこれすらも、額に汗一つ浮かべること無く受けきった。

 今まで身に着けてきた剣技の粋が、ただ無機質に、受け止められていく。もはや壁に切りかかっているような無力感を男は感じていた。

 そして、アトリアが攻勢に移る。二刀のアドバンテージを活かした絶え間ない連撃。機械の様に正確無比なそれに対し、男は致命傷を防ぐので精一杯で、その身に裂傷が次々と刻まれていく。

 

 ――このままじゃマズい……!ジリ貧だ……!

 

 そして気付く。自身もまた卓越した戦士だからこそ分かる。このままだと――あと12合で詰み。

 

 「クソッ!」

 

 焦りを込めて剣を振るうも結果は変わらず。アトリアが淡々と繰り出す攻撃を前に、男はその読み通りに追い詰められていく。

 

 ――あと、5合。

 

 ゆっくりと、だが着実に迫ってくる己の死を実感した男の脳裏に、走馬灯が走る。

 

 

 まず男の頭に浮かんだのは、自分が幼い頃。故郷で暮らしていた時のことだった。ドラゴンから身を隠すことでやり過ごし、その狩りの獲物の死肉を漁りながら母に言われた。

 

 ――私達は弱いのよ。だからこうやって隠れ潜んで、強者のおこぼれにあずかって生きるしかないのよ……

 

 惨めだった。弱さを正当化して強者にへりくだる一族のやつらも、何よりそれに甘んじるしかない、弱かった俺も。だから鍛えた。自分の種族は確かに隠れることに向いた特性を持っているが、関係ない。そんなことより、隠れ怯える惨めな人生を送るほうが嫌だった。幸い俺には剣の才があった。そのおかげで故郷では自分に勝てるものはいないといえる程強くなれた。

 

 自分が強くなってまずしたことは――一族のやつらを皆殺しにすることだった。奴らだけが俺の弱かったころ……惨めだった自分を知っているから。その後、魔界を彷徨っていた俺をあの方が拾ってくれた。

 

 ――貴様、オレの下でその剣を振るう気はないか? 

 

 純粋に嬉しかった。他者に自分の力を正しく評価されたのは初めてだった。幹部としての座と竜の軍団も与えられ――自分もその期待に応えるために戦果を挙げた。紛れもなく俺はあの方に忠誠を捧げていた。だからあの方が冥竜王に敗れたときも、奴の下には付かなかった。

 そうだ。まだ俺にはやるべきことが残っている。ボリクス様の仇を討たなければ。ここで死ぬわけにはいかない。そして何よりも――目の前の奴に舐められたまま死ぬのは我慢ならない!

 

 

 

 ――5。

 

 アトリアが右の剣で男の心臓を目掛け突く。剣で弾いて逸らす。

 

 ――4。

 

 間髪入れず左の剣が首を狙う。かろうじて剣を間に入れるが、そのせいで不安定な体勢に押し込まれる。

 

 ――3。

 

 二刀を振り終えた後の僅かな間隙に打ち込み。しかし体勢が悪いため、力が入らず片手間に受け流される。

 

 ――2。

 

 男が体勢を立て直す間に、アトリアがより深く踏み込む。二刀を交差させ、渾身の二刀同時の振り下ろし。男はどうにか受け切るが、僅かながら腕が痺れる。この刹那の剣戟においては、致命的な隙。

 

 ――1。

 

 アトリアがその隙を逃すはずもなく、剣を振り上げる。昇り竜のごとき2撃を受け、耐え切れなかったのか、遂に男の手から剣が上方に弾き飛ばされる。男の予測通り、この一合が最後の一手となるはずだが――男の目は、未だ生気と決意の色を宿していた。

 

 「来いッ!!」

 

 男は首に全闘気と意識を集中させる。そう、男はこの瞬間に全てを賭けていた。このままでは敗北は避けられない。ならば狙われる急所にヤマを張り、全力をもって耐え、返す刃で敵を討つ。弾かれた剣も意図して手放したもの。アトリアの一太刀を受けると同時に手元に戻る様上に放った。死をも覚悟した諸刃斬り。それが男の最後の策だった。

 

 男の読みは正しい。アトリアの狙いは確かに首に向かっていた。しかし――

 

 「――極大爆裂呪文(イオナズン)

 

 「……はっ?」

 

 この間合いでは呪文は悪手。ましてや極大呪文など、剣を手放さねば使えないはず――そう思って、男はアトリアの手元を見遣る。アトリアの双手に握られた双剣。その柄に嵌められた宝玉に光が灯る。事ここに至って男は理解する――あの双剣は杖としての性質も有する道具である、ということを。だが、それだけではない。

 その爆裂光は放たれることなく、剣へと纏われていく。魔法と剣の融合。これぞまさしく、竜の騎士にのみ許された秘儀――

 

 「魔法……剣……!?馬鹿な……!?」

 

 「爆裂・魔神斬り」

 

 ――――0。

 

 破壊の光を宿した二刀が振るわれる。先ほどのかまいたちが速さの技ならば、これは力の技。

 ましてやそれに極大呪文の破壊力が掛け合わされるとなれば、その威力は絶大。その一太刀は紙を破るよりも容易く、男の全力を掛けた守りを貫く。男が悔しげに呟いた一瞬後に、

 

 「ちくしょう……」

 

 魔法剣の威力が炸裂する。男を中心に爆発が巻き起こり――その威力を一身に受けた男は、首から上を残して、跡形もなく消し飛んだ。

 この戦場に最後に立っていた者はアトリアのみ。定められた結末は覆る事なく――ここに闘いは決着した。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 「予想以上だな……」

 

 第三魔宮、玉座の間にて、玉座に座った老爺――バーンは顎をさすりながら、感心の声を漏らす。その目線の先には、壁にあつらえられた巨大な水晶、そこに映し出されたアトリアがいた。

 どうやら彼の影に潜ませたシャドーを媒介して、戦場の風景を水晶に投影しているらしい。

 

 「死神よ、その方はどう見る?」

 

 バーンが左右に控えていた側近の一人――キルバーンに問いかける。

 

 「いいんじゃァないですか?極大呪文の魔法剣とは中々面白いモノを見せてくれるじゃないですか……それに、戦士としても魔法使いとしても一流以上……ボカァ合格だと思いますよ」

 

 「ミストバーンよ……そなたはどうだ?」

 

 「……我らを除けば大魔王軍の中にも敵う者はいないかと……」

 

 「フフ……そうか」

 

 大魔王は愉快気に笑い、目の前にあるテーブルに置かれていたチェス盤の上に、新しい駒を一つ置く。

 

 「では……アトリアを正式に大魔王軍の幹部として迎え入れる。それでよいな?」

 

 「異議な~し!」

 

 死神の代わりにその肩に乗っている一つ目ピエロが答える。ミストバーンも、

 

 「大魔王様のお言葉とあらば……」

 

 敬愛する己の主の言葉に否を唱えるはずもなく。

 

 「とはいえ、奴もあと何百年かは帰ってくるまい……我らの計画を本格的に進行するとき、奴を呼び戻す。そのときに、改めて迎えてやろうではないか……」

 

 魔界では時間が緩やかに流れる。無論これは比喩であり、長命種が多いこの地においては、皆の時間に対する感覚が希薄であるというだけだが。ともあれ魔界では、一つの物事に数百年を掛けるというのもそこまで珍しい話ではないのだ。

 

 「新たなる強者を迎え、計画も至極順調。目障りな天蓋を取り払い、この地に光が降り注ぐ日も、そう遠くはないやもしれぬな……」

 

 大魔王が顔に喜色を浮かばせ、笑う。今日は酒が進みそうだと心の中で呟き、葡萄酒の入った杯を傾けた。

 

 

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