できそこないの竜の騎士(旧)   作:Hotgoo

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5 後継

 魔界のとある山中。奥まった洞窟の中で、惨状が繰り広げられていた。目に入るあらゆる所に血が飛散し、竜や魔族の屍が折り重なっている死屍累々の有様。死臭が充満しているこの場所で、息をしているのは2人のみ。

 二刀を振り、血糊を払い飛ばしている男――アトリアと、逃げ場をなくし、壁際に追い詰められた怯えた様子の魔族の男。

 

 「……お前で最後だ」

 

 血糊を払い終えたアトリアが、男に向き直る。これから確実に訪れる自らの死を前に、男は諦めたように笑う。

 

 「こんな所でヴェルザーの使い走りをやっているとは……天下の竜の騎士様も落ちたもんだな」

 

 男はアトリアが何者であるかを察知していた。鬼神のごとき戦いぶりに電撃呪文、そして魔法剣。これらの要素から、アトリアの正体を推察することは容易。

 しかし、アトリアは男の挑発に眉を顰めることもなく、与えられた職務を完遂するべく、淡々と男の心臓に剣を突き入れんとし、手を動かす。既にぼろぼろで、回避する余力もない男の胸に、深々と剣が突き刺さり、口から大量の血が溢れ出す。

 

 「がっ……!」

 

 己の胸を貫いた剣を見やる男。その刀身は確実に心臓を貫いており、男の命の灯火が、後数秒もせずに尽きるということは誰の目から見ても明らかだった。それにもかかわらず、男の顔には、笑みが浮かんだままであった。

 

 「俺はここで死ぬが……お前らも近々後を追うことになるさ……あの方の手によってな……!

  俺は地獄でお前やヴェルザーの野郎が来るのをのんびり待っているとするかな……精々足掻くんだな」

 

 「……」

 

 そう言い残して、男は息絶えた。アトリアも剣を抜き、その場を立ち去る。ここに残ったのは、凄惨なる屍の山のみとなった――

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 アトリアが冥竜王の下に参じてから250年ほど。その間、冥竜王の領地では絶え間ない争いが続いていた。冥竜王ヴェルザーが雷竜ボリクスを討ち取ったことにより、その傘下にあった膨大な勢力のうち、冥竜王の配下に加わらなかった者たちが、冥竜王の領土の各地に散らばり、ゲリラ的な抵抗活動を続けているためである。

 当然、アトリアもその戦いの日々に身を投じることとなる。長い年月の間、幾度もの戦を経て、その力には磨きが掛かり、更に強大なものになっていた。

 だが、その戦いの時代にも終わりが訪れようとしていた。

 

 「ただいま戻りました」

 

 「早いな……首尾はどうだ?」

 

 いつものように、竜王の間にて鎮座している冥竜王は、アトリアの報告を促す。 

 

 「ご命令の通り、全員の息の根を止めました」

 

 「そうか……一応、よくやったと言っておこう」

 

 「光栄の極みです」

 

 相も変わらず一切の無表情を貫くアトリアだが、ヴェルザーも一々それをみて顔を顰めたりはしない。200年の年月の中で、このやりとりは、一種の恒例行事のようなものとなっていた。

 

 「お前は変わらんな……だが、これでオレに反旗を翻したボリクスめの配下は、粗方潰したことになる。

  オレの領土を完全に平定したら……次は地上侵攻のための軍備を整えねばならんな」

 

 ――バーンのやつが大魔宮なるものの建造を開始したとの死神からの情報もある……オレも早急に準備を進めねばな。

 

 長きにわたる二人の宿敵との因縁。そのうちの一人との完全なる決着を予感して、次なる展開に考えを巡らせながら、冥竜王はにやりと口を歪ませる。だが、雷竜との因縁は、未だに冥竜王に絡み付いていた。

 

 「まだお伝えすることがあります」

 

 そういって、アトリアは最後に殺した男――ボリクスの下で幹部を務めていた――の言葉を伝える。

 

 「フン……あの方とやらが誰かは知らんが、オレの邪魔をするならば排除するまでよ……その事については部下に調べさせておく、お前はもう下がれ」

 

 「御意」

 

 だが、調査の結果を待つまでもなく、一週間後、とあるメッセージが冥竜王に届けられた。

 

 

 

 

 

 不遜にも竜王を僭称する愚か者へ告ぐ。

 我は雷竜を継ぐものなり。

 貴様が真に竜王の名を得んとするならばこの我と雌雄を決するがいい。

 期日はこれより一週間。もし貴様が我と対峙する勇気なき臆病者であるならば――

 

 ――黒の核晶を用いて、この大陸を消し飛ばす。

 

 場所は大陸北方の荒野。

 心して来るがいい。

 

 

 

 

 

 「ヴェルザー様!通信用の鏡にこのような文章が……」

 

 給仕から伝えられたメッセージにはそう記されていた。それを受けたヴェルザーは、

 

 「フン、こいつが件の奴か……」

 

 素気なく答えながらも、数秒間押し黙り、熟考する。

 

 ――間違いなく罠。問題はこいつが黒の核晶を持っているというのが真かどうか。

 

 魔界の超爆弾――黒の核晶。無尽蔵に魔力を吸収する性質をもつ黒魔晶という希少な鉱物を原材料として作成される。その威力の凄まじさから、いらぬ混乱を防ぐため、原料である黒魔晶が採れる地は、魔界の主たち――バーンやヴェルザー――に厳重に管理されている。

 故に、何処の者ともしれぬ者たちの手には黒の核晶が渡ることはまずない。はずであったが……

 

 ――まさか……!

 

 ヴェルザーは万年にもわたる長大な記憶の中から、この謎に繋がる情報を掬い出す。

 

 ――大魔王領下から、黒魔晶が奪われたらしいですよ。下手人は未だ不明だとか。一応報告しておかないとと思いましてねェ。

 

 冥竜王の脳裏に、死神の言葉がよぎる。200年ほど前に報告された、黒魔晶が奪われたとの情報。自らの領地とは関係ないだろうと思い、さして気にしていなかったが、もし黒魔晶が手に入る経路があるとすればそこしかない。

 

 ――ブラフではない可能性は十分、か……ならば。

 

 「――五日後だ」

 

 「……?」

 

 未だに飲み込めていない様子の給仕。

 

 「それまでに兵どもに準備をさせておけ。――オレが直々に出る」

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 竜王の間へと続く階段を上るアトリア。普段どおり、二刀を提げ、軽鎧を纏った出で立ち。しかし、現在この城には、普段どおりの一種の静謐な空気ではなく、戦の熱気を帯びた空気に満ちていた。階段を上り終えたアトリアは、竜王の間に続く大扉に手を掛ける。軋むような音を立て、大扉が大きく開いた。

 

 「……来たか」

 

 戦気に満ちているのは冥竜王も例外ではない。普段は内に秘めている力……闘気や魔法力、そして竜としての純粋な力。それらのエネルギーが熱として滲み出し、周囲に発せられている。ただの弱者であれば近づいただけで灼かれるほどの熱量をその身に纏っていた。

 

 ――戦場に出るのは奴との決戦以来か……奴の後継を名乗るからには楽しませてほしいものだ。

 

 「只今参りました」

 

 久方ぶりの闘いと、宿敵との因縁の決着に戦意を滾らせるヴェルザー。だが、この熱に満ちた空間の中にあって尚、アトリアだけは、氷のような無機質さを保っていた。

 

 「――アトリア。お前には軍を一つ任せる。オレが敵の首魁を討ち取る間に雑兵どもを蹴散らしておけ」

 

「御意」

 

 ヴェルザー軍の強み……それは質と量が伴った竜の軍団にある。怪物の中でも最強クラスといわれる竜――魔界において、その7割が冥竜王の下に従っている。

 さらに、その上に冥竜王の血を引く一際精強な竜たちのエリートというべき者らも控え、それらが冥竜王の強烈な統率のもとに動く。互いの頭目を除いて、軍という観点で見れば、冥竜王は大魔王のそれを上回っているといっても過言ではない。

 

 冥竜王の軍隊は1から10に組み分けられている。ヴェルザーの一族などの冥竜王の配下の中でも選りすぐりの精鋭の竜のみで構成された第一軍や、領下の治安維持のために用いられる、第二軍・第三軍。大魔王領との睨み合いや、過去では雷竜との戦争にも用いられた、魔族・竜・モンスターの混成部隊である第四から九軍。悪魔の目玉や魔族を主とした諜報部隊である第十軍。

 総勢十万の軍のうち、今回戦場に出るのは冥竜王が自ら率いる第一軍と、アトリアに任された第四軍。二万の兵をもって、確実に勝利をものにする磐石の構えだった。

 

 「よし……では、行くぞ」

 

 そういってヴェルザーは、大きく息を吸う。そして天を向き、力強く咆哮した。

 

 ――グオォォォォォォォッッ!

 

 まるで大地から響いているような咆哮は、大気を震わせるのみにとどまらず、物理的な破壊力すら伴って、竜王の間の天蓋を貫き、魔界の空にまで至り、直上の暗雲を晴らしてみせた。もっとも、暗雲が晴れようが、そこにあるのは闇のみであったが。

 

 「オレに続け」

 

 冥竜王は巨翼をはためかせ、空へと飛び上がる。アトリアも飛翔呪文(トベルーラ)でもってそれに追随した。魔界の中天に躍り出た二人が目にしたものは――地を埋め尽くさんほどの竜たちの大群。先ほどの咆哮は、冥竜王の天井を破壊するためのものではなく、配下を召集するための号令だったのだ。

 

 その大群の中から、何体かの竜が飛びあがり、冥竜王のもとに馳せ参じる。それらの漆黒の体躯と、感じ取れる他の竜と一線を画す力量。彼らは冥竜王が血を分けた一族の中でもとりわけ優れた者たちだけで構成された、いわばヴェルザーの親衛隊ともいえる存在だった。

 

黒竜たちを引き連れ、冥竜王が羽ばたく。眼下の竜たちも、一糸乱れぬ精密さと、流麗なる速やかさで隊列を整え、それに追従する。その一連の姿はまるで、冥竜王を頭として動く、一個の生命のようなありさまであった。

 その生命が目指すは北の荒野――約束の地。

 

 

 ――冥竜王ヴェルザー、出陣す。

 

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