できそこないの竜の騎士(旧)   作:Hotgoo

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6 開戦

 万を超える竜の軍勢が動き出す光景は圧巻の一言。魔界では物資の乏しさや、治安の悪さから山賊や追いはぎの類、モンスターの群に襲われることが度々ある。だが、この威容を前にそのような行為に出るものがいるはずもなく――いや、それ以前に、魔界で名を知らぬものなど居らぬ冥竜王ヴェルザーに相対する命知らずなど居ないと表現するのが正しいのか。

 ともあれ、行軍中には何のトラブルも起こることはなく、冥竜王率いる軍勢は、目的の地――北の荒野に辿り着いた。だが、

 

 「死臭……?」

 

 何かがおかしい。ドラゴンに騎乗していた魔族が呟く。死臭が漂っているのにも関わらず、周囲にはただ荒野が広がるばかり。そもそも雷竜の残党たちの主力は、アンデット系の怪物ではなく竜族。死臭が漂っていることからして異常極まりないのだ。ヴェルザーが、兵士たちに警戒を促そうとしたところで――

 

 「貴様ら、周囲をっ――」

 

 大地がぴしり、と裂けた音がした。一拍置いたあと、大地の鳴動とともに、冥竜王の軍勢を大きく囲むように、六本の柱が隆起する。それらの柱は、巨大な骨が折り重なって構成されているように見えた。

 その六本の柱を見て、冥竜王の軍の中でも聡い者たちはそれが何を意味しているのかを察する。

 

 ――六芒星魔法陣。

 

 「あの柱を破壊しろ!」

 

 誰が言ったか、その柱が意味することを理解したものからの指令が飛ぶ。だが、彼らの中でも群を抜いた強者たちは、それに先んじて動いていた。

 ヴェルザーが、アトリアが、親衛隊の面々が。弾かれたように飛び出し、一番近くにある柱へと攻撃を放つ。極大呪文と、炎の吐息の威力が柱を隈なく舐め回し、柱を粉々に破壊せしめた――だが、時すでに遅し。

 

 消失した一本の柱の跡から、新たな柱が再生するように隆起する。そして、六つの柱から放たれた真紅の光が繋がり、円となり、六芒星の軌跡を描く。光が軌跡を描くと同時に、紅い血で描かれた六芒星の魔法陣が浮かび上がってくる。おそらくは幻惑呪文や透明呪文などで隠されていたもの。これが相手方の用意してきた罠であることは明らかだった。

 

 六芒星の外周を囲む円状の光が、直上へと立ち昇る。真紅の光の幕が竜たちを閉じ込める様は、まるで檻のようにも見えた――いや、ような、ではない。実際に檻の役割を果たしていた。一匹の竜が敵の術中から逃れんとし、魔法円の外に駆け出そうとするも光の幕がまるで壁のように作用し、弾かれてしまう。しかし彼らを襲う罠はこれだけではない。

 

 大地の裂け目から這い出るは、独りでに動く竜骨のアンデット。大群を為したドラゴンゾンビやスカルゴンが続々と現れ、冥竜王の軍に対峙する。

 

 「まんまと嵌められたな」

 

 冥竜王が不快げに呟く。

 

 「だが、小賢しい罠など正面から打ち破るまで」

 

 己に向かってきたスカルゴンを片手間に叩き潰しながら、冥竜王は号令を下す。

 

 「真の竜王とは何たるかをその身に刻んでやろう――突撃せよ!」

 

 万にも及ぶ竜たちの大群が、主の敵を殲滅せんと、雄叫びをあげる。冥竜王の第一軍と骨の竜たちの大群の合戦が、今まさに始まった。

 まずは小手調べだと言わんばかりに、冥竜王の竜たちが炎の吐息を一斉に放つ。それに呼応するように骨の竜たちも凍える吹雪を吐く。炎と冷気、生者と死者。対立する二つの概念が今衝突し――拮抗する。やがて、2つのエネルギーはスパークし、露と消えた。

 

 前哨戦を終え、2つの軍は示し合わせたかのように前進する。当然のごとくその二つは衝突し、互いを喰らい合う。炎が、冷気が、爪が、牙が。互いのそれが交差し、火花を散らす。見たところ、戦況は互角といったところか。だが、ヴェルザーはその戦況を不快さと怪訝さが入り混じったような表情で睥睨する。

 

 ――おかしい。オレの見立てでは高位のドラゴンたちで構成された此方のほうが質では勝っているはず。

 

 ヴェルザーは雷竜を下した際、その軍勢を自らの傘下に組み込み、自軍として再編した。そのため、冥竜王は、自分に下った元雷竜の部下の数から逆算し、今回の敵の数をおおよそ予測できていた。その数――おおよそ一万。この数字に基づき、二倍の数を用意し、自らが率いる精鋭揃いの第一軍を動かす必勝の布陣を敷いたのだが――

 

 その予測に反し、戦況は互角。戦場の広さの問題から、2万の軍隊を全て前に出すことは出来ないため、数の上ではおおよそ同じ。だが、現在交戦している第一軍と骨竜たちの間には、質の面で大きな差が開いている。これを考えると、冥竜王の眼前には蹂躙劇が繰り広げられられていたはずであるが、それを覆したからくりとは何か。

 

 魔法陣から黒い靄のようなものが立ち昇り、冥竜王の軍勢に纏わりつく。否、軍ではない。上空より戦場を俯瞰していた冥竜王の目には克明に写っていた。黒い靄は竜のみを狙っている。そしてそれは――天空に座する冥竜王とて例外ではない。

 

 「ぬぅっ……」

 

 その瞬間、冥竜王はからくりの正体を悟る。己の力が押さえつけられるような感覚。冥竜王すらも縛る極めて強力な呪法。

 そもそも血の魔法陣の色が赤というのがおかしいのだ。魔族の血の色は蒼であるし、雷竜の残党に怪物はほぼいない。であれば、あの魔法陣に用いられていたのは竜の血で間違いない。そして、その魔法陣の6つの星に立つ柱は竜骨でできたものだろう。そしてあの黒い靄は――贄となった竜たちの怨念。生きている竜たちが羨ましい、妬ましい、怨めしいと――ヴェルザー率いる竜の大群に纏わりつき、その戦力を低下させているのだ。

 

 そう、これは何千もの竜を生贄に捧げ発動する結界呪法――竜のみを狙い、竜のみを逃がさない。竜を殺すためだけの術。死臭がしたのも納得がいく。恐らく、雷竜の後継を名乗る何某かは配下の悉くを殺し尽し、この結界を築いたのだ。そしてこの骨竜たちは、その副産物とでも言うべき存在だろう。

 だが、血は魔法陣に、骨は柱と骨竜になった。では――肉はどこへ行った?

 

 そのような考えを巡らせた冥竜王だが、段々と戦況が劣勢に傾いている様を見て、まずはこれをどうにかせねばと思考を切り替え、第一軍を後ろに下げるべく、命令を下す。

 

 「第一軍は後方へ下がれ!」

 

 「……第四軍、前進しろ。怪物たちで前線を張り、竜どもは後方で吐息(ブレス)による火力支援を行う陣形を取れ」

 

 どうやら横に控えていたアトリアも同じ結論に達したようだ。当然といえば当然か、今は失われたとはいえ脈々と受け継がれてきた戦いの遺伝子をその身に宿していた竜の騎士。記憶はなくとも、闘いの経験値というべきものはその身体に刻まれていた。

 

 下された命令を受けた冥竜王の軍勢は、滑らかな動きで後方に控えていた第四軍と入れ替わる。一個の生命のようとも評されるほどの円滑かつ有機的な連携。たとえ呪法による弱体化を受けていても、その軍としての錬度は健在だった。

立て直されていく前線を見て、ヴェルザーは己が役目を思い返す。それは――

 

 「予定変更だ――行くぞアトリア。敵の頭目を討つ」

 

 「御意」

 

 と、言うや否やに飛び出すヴェルザー。超少数精鋭の迅速な特攻により、敵の頭を討ち取り、軍を瓦解させる目論見だった。敵陣の奥深くまで飛翔したヴェルザーは、更なる上空へ舞い上がり――全速力で降下した。

 高高度より飛来する漆黒の巨竜。常軌を逸した速度で地表に衝突した圧倒的な質量が、そこに存在していた全てを悉く粉砕した。そうして敵陣の真っ只中に降り立った冥竜王と、その後を追うアトリア。当然、全方位から敵が押し寄せてくることとなるが――

 

 「邪魔だッ!」

 

 暗黒闘気を纏った爪牙が骨竜たちを蹴散らし、

 

 「どけ」

 

 磨きぬかれた一対の剣閃が敵を両断する。

 

 そんなものは弩級の強者には関係がない。多勢に無勢?全方位からの襲撃?そんなものではダメだ。数や小細工で、真の強者は殺せない。

 そして、敵中で暴れるこの二人を止めねば敗北は必須。それならば、これを止める為に、弩級の強者が現れることもまた必然だった。

 

 魔界の空が震え、暗雲から剛雷が二人に降り注ぐ。アトリアは横に跳ぶことで、ヴェルザーは腕を振るい打ち払うことで対処するが――ヴェルザーの腕に残る焦げ跡と、アトリアが居た地点の抉れた大地が、その攻撃の威力を証明していた。

 アトリア以外に電撃呪文(ライデイン)が使えると思われ、弱体化しているとはいえ冥竜王にダメージを与えるほどの使い手――そこから考えられるものは、ただ一人。

 

 「そこか!」

 

 魔力の発生源を見抜き、そこに向けて凝縮された暗黒闘気が放たれる。それは雑兵たちを吹き飛ばしながら目標の地点へと進み、大きく爆ぜた。爆発によって大きく舞い上がった土煙の向こうに見えた影は――巨竜のものではなく、人影だった。

 

 「いやぁ……呪法の縛りを受けて尚ここまでの強さとはね。……流石は我が父を葬った男と言うべきかな?」

 

 やがて煙が晴れたとき、そこにいたのは白衣を身に纏った一人の男。その男は、魔族とも竜ともとれぬ奇異な風貌をしていた。魔族の特徴である長く尖った耳に、竜のような二つの短角。あえてこの容姿を形容するならば――鬼のようだ、とでも表現するべきだろうか。

それを裏付けるかのごとく、その瞳が湛えている知性の裏に覆い隠されている尋常ならざる狂気を、ヴェルザーは見抜いていた。

 男は、大げさな仕草で腕を振ってお辞儀をしてみせた。 

 

 「私の名はオラージュ。雷竜を継ぐ者……ああ、覚えておく必要はないよ。……君達は全員ここで死ぬんだから」

 

 「貴様のような混じり物風情が奴の後継だと……?だが、貴様ごときを覚えておく必要がないというのは同感だな」

 

 「言ってくれるじゃないか。さあ――」

 

 そういって男――オラージュは掌を開き、握る仕草をする。その瞬間、周囲の骨竜たちが一斉にヴェルザーに飛びかかる。

 

 「――来なよ」

 

 数多の骨竜が折り重なり、まるで山の様な様相を呈している。その山に向けてオラージュが指を指す。瞬間、空が轟き、再び稲妻が山の中心にいるヴェルザーへと降り注ぐ。だが、今度は一度のみではない。二度三度と幾つもの稲光が、束をなすように次々と襲い来る。

 

 「ん?まさかこれで終わりってわけじゃ――」

 

 骨の山が、赤く輝いた。

 

 「オオオオオオオオオオッ!!」

 

 大地に響くような咆哮と共に放たれたのは、一条の火炎の吐息。折り重なった骨の塊を焼き尽くして尚、一分の陰りすら見せないそれが、半魔半竜の男へと向けられる。男は防御光幕呪文(フバーハ)によってそれを防がんとするが、それは数秒の拮抗のうちに破られた。しかし、その数秒の間隙によって、男はその火炎の猛威から逃れる――だが。

 

 「危ないなぁ……っ!」

 

 その瞬間、後方で沈黙を保っていたアトリアが動き出す。静止した状態から一瞬でトップスピードまで加速する、神速の踏み込み。難を逃れた安堵から来る数刻の緩みを見逃さず、敵の命を刈り取らんとして、双剣を振るう。

 寸での所で上体を逸らして回避するオラージュ。しかし、避け切れなかった一閃がその頬を掠め、一筋の傷を刻む。そのまま後方に跳び、一回転して着地するも、体勢が崩れた所をアトリアが追撃の構えを見せるが、

 

 「やめろ」

 

 ヴェルザーからの命令。今が相手に有効打を与える機会にも関わらず不可解なものではあるが、アトリアとしてはただ命令に従うのみ。追撃をとりやめ、ヴェルザーの元へと戻る。

 

 「ヤツはオレの獲物だ」

 

 「四の五のいってないで二人で来なよ……それぐらいがちょうどいいからさ」

 

 この期に及んで挑発を繰り返すオラージュ。その裏に隠された何かをヴェルザーは薄らと感じ取る。

 

 ――二人で掛かれば時間はかかるやもしれんが確実に勝てる。だがヤツにそれがわからないとも思えん……何か企んでいるな。

 

 そして、己の考えを口にする。答え合わせと言わんばかりに。

 

 「貴様の目論見はオレ達をここに引き留めておくこと……そして貴様はこの結界の術者ではない。最も危険に晒される貴様がもし死ねばすべてが無為に帰すからだ。」

 

 「へぇ……今度は探偵ごっこかい?」

 

 意にも介さず続けるヴェルザー。彼の考えが正しければ、無駄なことにかかずらっている時間はない。

 

 「本当の術者はこの結界内の安全な場所で、時間が経過することによって結実する何かを目論んでいる……違うか?」

 

 「…………」

 

 沈黙を保つオラージュ。だがその沈黙は、先ほどの推測を肯定しているといっても差し支えのないものだった。

 

 「だんまりか?自慢の良く回る舌も今はお休みのようだな……さしずめ術者の隠れ場所は地下……そしてその入口は結界の外にあると見た。そうでなければ意味がないからな」

 

 僅かな糸口から敵の計画を暴きだしていくその様は、かつて三種族の内最も智慧に長けていると云われていた、『知恵ある竜』の名に相応しいものだった。

 

 「そういうことだ……行け、アトリア。この結界は純然たる竜にしか害を齎さない。お前がこの結界の術者を始末するのだ」

 

 「……御意」

  

 命令を受けたアトリアは即座に飛翔呪文を使い、その場を後にしようとする。当然、それをオラージュが看過するはずもなく、魔法で打ち落とそうとするが――迫り来る巨爪を目前にし、回避行動を強いられる。

 

 「行かせると――っ!」

 

 「言った筈だ。貴様は俺の獲物だとな」

 

 完全に敵を引き留める機を逸したオラージュは、覚悟を決め冥竜王と対峙する。真の竜王に相応しい者を決める戦いが、今始まろうとしていた。

 

 「まあいいさ。どちらにせよ君を殺せばこちらの勝ちなんだ」

 

 「抜かせ……竜王に対する数々の無礼の代価、その命で贖え」

 

 「――イオナズン(極大爆裂呪文)!」

 

 「ゴアアアアアッッ!」

 

 極大の爆裂光と、冥府の獄炎が真っ向からぶつかりあう。巻き起こる大爆発を尻目に、アトリアは飛び去っていった。

 

 

 

 

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