円の内側へと続く大扉。
部屋から持ち出した鍵束の中で、一番巨大で豪奢なそれを、鍵穴に差し込み、回す。
大扉がゆっくりと、石が擦れるような音を立てながら開いた。
扉と重なるように展開されていた、真紅の光幕を再び通り抜ける。やはりこの円状の壁に沿うように結界は展開されていた。
そして、その扉の先に広がっていたものは――監獄だった。
円の外郭に隙間無く配置されている牢屋に、中心へと伸びてゆく無数の渡り廊下。
その道の先に聳え立つは、この牢獄の全てを見通す
これを見ておぼろげだったパズルのピースが頭の中で噛み合う。ここは雷竜の敵や、都合の悪い者を押し込んでおく牢獄。
あの
そしてこの円筒は砲身。黒の核晶の爆発を圧縮し、指向性を持って炸裂させるための。外壁が異様な硬さを誇るのはそのためか。
確かにこれを利用して
自分が入ってきた位置は高さにして中くらいほど。下を見下ろしてみれば、地上で見たものと同じ六芒星の魔法陣が、最下層の地面に刻まれていた。
そして。
監視塔に備え付けられていた螺旋階段から、足音がする。
「……はい。……はい。……わかりました」
コツリ、コツリと、怯えの混じった声色とともに、それは近づいてくる。なにやら魔法か何かで何者かと連絡を取っているようだった。
「はい。……ここに来た者を殺せばいいんですね」
それは階段を上り終え、足音を止める。小柄な黒いローブについたフードの中から、何の模様もない白の仮面越しに向けられた視線と、目が合った。
「…………」
「…………」
お互いに何も言葉を発さない。相手は敵である、それさえ分かるならば問題ない。
――人形同士の戦いに、言葉は必要ない。
同じタイミングで、両者が腰に提げていた剣を抜く。その違いは二刀であるか、一刀であるかというだけ。だが、その後の行動も全く同じだとは、流石に予想出来なかった。
「……メラゾーマ」
「メラゾーマ」
両者より出ずる灼熱の火炎は、敵に放たれることはなく、その剣を嘗める様に纏わりつく。
そして、またもやほぼ同時に前に踏み込んだ二人の灼熱の剣が、通路の中心で激突した。想定外だった敵の行動に、僅かに目を見開く。
そう。これは――
――魔法剣。
想定外だったのは相手も同じようで、僅かな動揺が感じ取れる。互いに生じた間隙の時間がそのまま鍔迫り合いの時間となり、その間に二つの魔法剣の衝突が生んだ超高熱が足元の通路を融解し、足場を失った二人は空中に投げ出された。
空中で無数の剣戟が飛び交う。落下しながらも切り結ぶ二人の間には、何者も立ち入れない斬撃の結界が展開されていた。
しかし、如何な猛者であろうとも、綻びが生じる時はある。僅かな呼吸の間を見つけ、そこに次々と連撃を打ち込む。二刀の手数を活かして、段々と相手を押し込み、このまま地面に衝突させようとした。
だが、敵も中々の巧者だった。、剣の腕では不利と悟るや、開いた片手で
そのまま追撃をかけようとして、足を止める。後ろでガシャリと、鉄格子が開く音がしたからだ。
「……やれ」
その声と同時に、複数の気配が背後で動く。だが何も問題はない。
そのまま動かずにいたアトリアに、気配の主が続々と迫り来る。
それは人型をした竜。既存の種で例えるならば
そして――蜥蜴でなく竜であること。ただの蜥蜴とは一線を画す力強さとスピードで、その無防備な背を襲わんとして、3匹の竜人が飛びかかる。
心臓、首、鳩尾。図らずも、人体の急所を的確に狙ったのは獣としての本能か。剛力が込められた拳と研ぎ澄まされた鋭爪、そして獣性の滲み出る
いち早く状況を把握した仮面の者が、命令を飛ばす。だが、既にアトリアは行動を終えていた。
「そこから離れ――ッ!」
何も無いように見えた空間が歪み、そこから姿を現したアトリア。完全に虚を突かれた竜人たちは、皮肉にも各々が狙った急所にそのまま剣を突き入れられ、声を上げる間もなくその命を刈り取られた。
そう、アトリアは
とはいえまだ竜人たちの半分以上は健在で、仮面の者も未だ無傷。だがそんなものは障害にはならないといったふうに、アトリアは握っている
「……かかれ!」
号令が飛ぶ。アトリアの周囲に未だ蠢く気配と共に、仮面の者も剣を携えて飛び出した。
身をよじり拳を躱し、剣を受けるアトリア。途切れる気配の無い攻勢に、守勢から転じる手立てを講じるため、思案を巡らせる。
――さながら獣の狩りか。
攻撃は絶やさず、しかして慎重に。決して必要以上に踏み込まず、代わる代わる攻撃を仕掛け体力を削る。その統率の取れた様はまるで、狼の群の狩りを彷彿とさせる。
――ならば……一瞬でもいい、隙を作り頭を叩く。
正面より振るわれた爪に対し、自ら進んでいくアトリア。そのままアトリアの肉を裂くように思われたそれは、そのまますり抜けた――ように見えた。
「グァ?」
そう、あれは魔法ではない。ただ、極限まで敵の攻撃を引き付け、触れているように見える程の僅かな間合いで攻撃を躱しているだけ。
無論、こんなことをする意味はほとんど無い。余裕を持って避けたほうが安全に決まっているし、実際これはアトリアにとっても一種の賭けであった。だが、刹那の見切りとでも言うようなこの絶技は、確かに一瞬の間隙をアトリアにもたらした。
竜人の間の抜けたような声をよそに、すり抜けるようにして突き出されたその腕に、後方からも襲い掛かろうとしていた別の竜人の剛腕がぶつかり合う。対処すべき一手を省略することにより、アトリアに行動する時間が僅かながらにも与えられた。
「……ッ!?」
アトリアは、空のように見えた左手から、仮面の者に向け、何かを投げるような動作をとる。
怪訝そうにしていた仮面の者も、直感とも言うべき何かを感じると共に、その少し後に聞こえた風切り音を聞き、咄嗟に左腕を前に出しガードするような体勢を取り――
――超高速で飛来した何かが左腕に突き刺さり、そのまま吹き飛ばされ中央の監視塔に磔にされた。
「これは……ッ!」
左腕に突き刺された不可視の楔、その輪郭が持ち主の手を離れ明らかになる。
それは剣――アトリアの持つ双剣の片割れだった。その鍔の中心にある宝玉に込められた魔法の輝きが失せられて行くにつれ、仮面の者は事の次第を理解した。
――
攻撃呪文以外を魔法剣に用いるという理外の発想。この思考の外からの一撃に完全に遅れをとった結果が、無様にも磔にされているという現状だった。
そして、統率者を欠いた獣の群れの末路はひとつ。
「
「グ――ガアアァァァァ!!」
群れのリーダーを失ったことで産まれた空白と間隙につけこみ、狂気の光が煌く。
瞬く間に竜人たちの目が血走り、錯乱の渦に飲み込まれる。
先程までさながら軍隊のような統率を誇っていた集団が、狂気と血に塗れた蟲毒の如き様相を呈していた。
やがて一匹一匹と、互いを喰い合い、その数を減らしてゆく。最後に立っていた一人の心臓に剣を突き入れると、そこに立っているものは一人を除いていなくなった――
まだだ。
「ぐっ……ああぁ!」
竜人どもの始末を終え、前に向き直ると、中央に磔にした筈の奴がいた。息も絶え絶えといった様子で、左腕の肌が露出している。青みがかった肌色と血の飛び散ったローブから察するに、自らの右腕を切り落とし、拘束から抜け出したのだろう。その後は魔族の再生能力で元通りというわけだ。
だが、純血の魔族ではないためか、再生にはそれなりに体力を使うようだ。あとは体力を無くした相手を仕留めて終わり――だと思ったが。
「――
ゆらゆらと、まるで幽鬼のごとくこちらに歩み寄ってきた仮面の者の剣先が、僅かにぶれる。
そのまま振り下ろされたその剣を受ける直前に――
剣先を避けたにも関わらず、頬に一筋の傷が走る。そうだ、これは魔法剣。
受けた攻撃の手法を即座に割り出し、戦法を模倣するとは。竜の騎士に備わった類稀なる戦闘センス。それが奴にも齎されているということだろう。
「はあああぁっ!」
今こそが好機といわんばかりに、攻勢を強める仮面の者。
なるほど確かに厄介だ。一流の戦士ならば、空気の動きや相手の気配を読み取り、見えぬ攻撃に対処することは可能だろう。しかし奴のそれは、見えるが故に惑わされる。そこに実体があるのだけは確かな故に、その本当の太刀筋を見切ることが出来ないのだ。
虚実を交えたまやかしの剣閃が、この身に傷を次々と刻んでゆく。凌ぐことに徹していれば致命傷を受けることはないが、こちらとしては先を急ぎたい所。結界呪法を早く解かねばならないし、黒の核晶がいつ炸裂するとも知れない状況だ。時折感じる揺れと、心臓の鼓動にも似た大きな魔力のうねりが、残された時間が少ないことを否が応にも感じさせる。
こちらの手札にはまだ最後の
「……メラミ」
「ヒャダルコッ!」
牽制に打ち出した
火炎と冷気の衝突で産み出された水蒸気。その中で奴は再び幻影の剣を振るうが、本当の太刀筋は水蒸気の動きによって、はっきりとその目に見えるよう、映し出されていた。
一瞬のうちに見切った剣筋に、渾身の一振り。込められた力の違いに、奴は後ろに弾き飛ばされる――今だ。
「闘魔……傀儡掌」
「ハアッ!」
この身に宿す暗黒闘気はごく僅か。当然のごとくその貧弱な傀儡掌は、奴には跳ね除けられる。
だが、狙いはそこではない。狙いはその遥か奥――中央塔に突き刺さるオレの剣。
通常であれば到底そこまでは届かない。だが、あの剣には少しではあるが、暗黒闘気を込めてある。
その僅かな闘気を標に、か細い暗黒の糸が剣へと絡みつく。――そしてそれを、思い切り引き寄せた。
「なっ……ッ!?」
不可視の次は、背後から。二度目の魔弾が奴に襲い来る。完全なる死角を突いたそれは、剣を持った右手を斬り飛ばして見せた。
引き寄せられた剣を手に掴み、二刀を鞘に収める。そのまま飛翔し、両手に魔力を集中する。
これで終わりだ。
「――
焦熱の光条が解放され、眼下にある悉くを焼き尽くす。その被害を被った通路は融解し、同じく直撃を受けた奴も、足場を失い最下層まで落下し、叩きつけられる。見た所、辛うじて再生し生き残ったようだが、精魂尽き果てたという状態だ。もう戦闘の継続は不可能だといえる。
ならばまずは黒の核晶の捜索・封印が先決だ。自分も最下層へ降り立ち、魔力の波動の大本を辿り、中央塔に繋がる扉の前に立つ。
鍵束からその扉の鍵穴に合いそうな物を探して、差し込む。どうやら当たりだったようで、ゆっくりとその扉は開いていった。
部屋の中に入ってまず聞こえてきたのは、駆動音。中央の台座に備え付けられた黒の核晶に伸びている幾つもの管が、そこに魔力を運び込むたびに脈動する。その管の根元には、魔族と思わしき人物が納められたカプセルが、壁際に何個か鎮座されていた。
とりあえず、軽く剣を振るってカプセルを破壊し、管を切り落とす。凍結処理を行うにあたって、魔力供給を断ち、不測の事態を防ぐためだ。
そうしてから、黒の核晶を封じるべく、力一杯に氷系呪文を放った。
「
両の手からあふれ出す極寒の冷気が、黒の核晶を包みこむ。瞬く間に対象は凍りつき、その魔力の鼓動も鳴りを潜めた。
あとは結界を止めるのみ。塔から出て、倒れている仮面の者に止めを刺すべく歩み寄る。
「あ……うう……」
満身創痍だがやはり生きている。速やかに仕事を終わらせよう。
剣を抜き、その首を断ち切るため思い切り振りぬき――
その手が、止まった。
焼け落ち、ぼろぼろに崩れた仮面の下に現れた素顔は、流麗な黄金の長髪と、空をそのまま映し出したような碧眼をそなえた少女だった。
死への恐怖と覚悟、さらにはそれに相反する安堵すら孕んだその貌を前に、オレは剣を下ろした。
斬れない。あの顔を、あの瞳をオレは知っている。知らないはずなのに、記憶を失っているはずなのに。体が覚えているのだというのだろうか。とにかく明らかなのは、オレはあの少女を殺せないということ。
いや、それだけではない。護らねばならないと、オレの脳裏の奥深くがざわめいた。
施設を襲う揺れが、轟音と共に響く。黒の核晶の爆発寸前の予兆かと思っていたが、地上での闘いも影響していたらしい。
倒れ伏す少女を抱き上げ、壁際まで運んでやる。まずは危険な状態を脱するために体力を回復させるべく、携帯していた上薬草を差し出した。
「食え」
「……なんで…………」
「……今は何も言うな」
ゆっくりと薬草を咀嚼する少女を尻目に、地上からの轟音が増し、それに伴った揺れも激しくなる。
いや……これはもうそんなものではない。地上の岩盤を掘り砕き、何かがここまで突き進んできている。
そして、衝撃と轟音が最高潮に達したとき――混沌の濁流が天蓋を打ち砕き、冥竜王と共に流れ込んできた。
次でVSボリクスの息子編終わりです