終わりから続く英雄譚   作:赤城恵夢

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序章:英雄として生きた少年の話し

 

 ゆっくりと息を吐き瞳を閉じる。

 

 意識を頭へと集中させ、感覚を確かめるように腕へと力を入れた。頭から送られた信号は体へと流れ、思考と極僅かな遅れで動く。

 

「いつもどおりだ」

 

 瞼を開け、冴えた頭は視界に捉えた情報を即座に理解すると、最適な行動を推測させる。

 

「大丈夫だ。大丈夫……もう慣れただろう」

 

 周辺には俺を囲うようにして人が(むらが)る。その全員は鎧を身に包み、手には凶器を持っていた。すると、その兵士の集団は一斉に大声を上げて駆け寄ってきた。

 

 ──単純な殺意を向けて。

 

『──俺はただそれに答えた』

 

 右手に持った剣を強く握り直すと、迫り来る兵士が振るった剣を受け流し、空いていた左手で自分の腰に着けていたナイフを抜いた。瞬間、鎧の隙間から見えていた喉を掻っ捌く。すると、その兵士は血飛沫を上げながら鉄を叩いたような音を鳴らし、地面へと崩れ落ちる。

 

 間髪をいれずに数メートル先、先頭を走る兵士へと向けてナイフを投げつけた。それが兜の隙間に突き刺さると、兵士は絶命し、転がるようにして倒れ込んだ。それにより兵隊は足を取られ、隊列に乱れが生じる。

 

 それを目視で確認すると、荒野の砂を剣で掻き上げ、砂煙を作り出した。途端、その中に隠れるように駆け出す。

 

 姿勢を低く保ち、空いた左手で兵士が落とした剣を拾うと、兵隊の中へと潜り込む。それにより指揮が乱れ、混乱が生じる。

 

 敵一人に対して、味方だけの兵隊。

 

 視界が悪くなった瞬間に紛れ込んだことで、状況の把握ができなくなり、同士討ちが起きないように慎重な動きになる。そんな、そのほんの少しの乱れに、俺の剣が先に肉を削いだでいった。

 

 俺だけが軽快に動き、左右に持つ剣を振るう。仲間が多い故に判断がつかない兵隊は無闇に剣を振るうことすらできず、ただ俺に殺されていった。その事実に兵士達は化け物を見るような目に変わっていくと、体を強ばらせ、動きにも支障を出していった。

 

 こうなれば俺の独壇場だ。

 

 ──兵士の隙間を縫うように、転がる死体や肉片を避けながら小刻みにステップを踏む。冷静に自分の拍子で、正しく息を遣い、的確に急所を狙う。

 

 一人、また一人と、人を殺していく。それにつれて、徐々に大きくなっていく水溜まりを踏んだような音は、鼓膜に響き、心を、頭を掻き乱していった。

 

 ──殺す。何が何を? ──殺す。俺が人を?

 

 鮮血が辺りを染め上げ、自らをも赤に染めていく中、その事実に『これって正しいの?』と、疑問が浮んだ。

 

 駄目だ。考えるな、考えるな。冷静になれ、今は目の前の敵だけに、五感全てで感じろ。考えるな。ただ勝つことだけに、その為に。

 

「死ねぇえぇえ!!」『死んでくれ」

 

 ──戦乱の世。力のこそ全てと暴力を誇示する帝国と、争いのない平和な世界を理想に掲げ、革命軍は争っていた。

 

「平和の為に」そんな言葉を、噛みしめるように口にする。

 

 熱を帯びた日差しが荒野へと降り注ぎ、あたりは熱気により陽炎が揺らいでいる。そんな荒野には人だった残骸と鉄くずが散乱したまま、ただ一人、俺だけが立っていた。額から流れる汗は頬伝い、地面へと零れ落ちると小さな水音を立てた。

 

 何百と囲んでいた兵隊は一人としてもういない。俺の手で皆死んだ。

 

 殺すことにも、殺されることにも、もう慣れた。……なのになんでだろう。胸は張り裂けそうなほどに痛くて、頬を伝う雫は止まりそうもない。

 

 俺は空を見上げ、暗示を掛けるように言葉にした。

 

「平和の為に」

 

 

 

 ──革命軍には先祖代々と受け継がれた英雄の家系があった。その中に英雄豪傑、天下無敵と言われるほどの才能を宿した男児が生まれた。それが俺だった。

 

 子供の頃は、恵まれたのだと思った。この才能があれば父のような英雄に、皆の期待を背負える英雄になれるって──だから、その為にただひたすらに鍛練に励み、ただひたすらに学んだ。

 

 生きる方法、殺す方法、勝つ方法、勝たせる方法、その全てを極めた。──だけど、父が殺された時。とてつもない悲しみと憎悪が頭と体を支配した。殺した奴が憎くて、殺したくて、たまらない。でも……だとしたら、俺がしてることはなんだ? 

 

「平和のために?」

 

 理由があれば正当だと? 戦争だからしょうがないと?

 

 理解させて、理解して。それで解決? ……そんなことできるわけがない。この悲しみは、この憎しみは、そんなことで収まるような優しいものじゃない。……だとしたら、殺されたから殺して、殺したから殺される。この連鎖に終わりなんてものは……

 

 それに気がついた時、既に遅く、俺は革命軍の英雄と讃えられていた。俺はなっていた。念願だった英雄に、父の様な存在に……なのに……英雄。そう言われる度に胸が痛くて、期待が重くて、朝が遅くなって、手の震えは収まらなくなった。

 

 答えを出してしまえば終わる──そんな気がした。だから。考えるな。考えるな。そうだ。俺は英雄だ。英雄として、ただ人々の期待に答えればいいんだ。

 

 だから、俺が俺として英雄を終えるまで「しね」動かせ体を「しね」振るえ剣を。多々ひたすらに「しねぇえぇえ」罪を隠した。

 

 

 

 そして──俺は皇帝を殺した。

 

「終わった。……ようやく終えたんだ」

 

 帝国を統べていた皇帝を殺し、永きに亘った戦争に終止符を打った。帝国領の旗は降ろされ、民の為の平和な国へと変わり、永きに続いた英雄の役目も終わりが来る……はずだった。だから、俺は掲げた旗を、手にした剣を捨てた……なのに。

 

 抑止力となっていた帝国が無くなったことにより、戦禍はまたたく間に拡大した。それにより帝国が支配していた時代の何倍もの命が死に、その事実に革命軍が破綻すると、帝国をも落とした勢力に恐れた小国は連合軍を結成し、勢力の落ちた革命軍を蹂躙した。それにより革命軍が崩壊すると、目的を終えた連合軍は撤廃され、完全に勢力が拮抗した世界により、各地で暴力による支配が加速していった。

 

 その事を知った時、理解した……いや、思い出した。考えないように、忘れたふりをしていただけで……そうだ。結局、俺たちが勝ち取った世界は暴力で作り出したのだと……見てきたはずだった、知っていたはずだった。力で切り開いた未来は根底の問題を解決することはできない。死の連鎖は終わり告げることはなく、憎しみに終わりは来ないのだと……なのに、大きな迎え火にばかり目を奪われ、残った火種から目を背けて、これで終りだと逃げ出した。

 

 ──それがこの結果だ。

 

「はは」と笑いが込み上げる。これが俺の出した結末なんだな。空に目を向けると、頬を伝い雫が溢れた。

 

「なんで……なんでこうなるんだ!! こんな未来だと決まってたわけじゃない!! ──なのになんで!!」

 

 俺にはこれしかなかったんだ。全部を背負って進むには、この方法しか……だから俺は!! ……あぁ、だからか。また自分のせいじゃないと逃げて、自分には罪はないと投げ出す。

 

『そんなお前だからこうなったんだよ』

 

 それに気が付いた時、胸の中で何かが崩れる感覚と、大きく笑う誰かの声が聞こえた。それが自分の声だと理解したのは数秒後。その後は意識が黒くなって、ほとんど覚えてない。ずっと夢現みたいな感覚だった。

 

 そんなフワフワとしていた意識が、ハッキリとした時、俺が居た街は炎に包まれていた。

 

 燃える建物を眺めるように立ち尽す。

 

 頭がくらくらする。なんだ? この感覚。俺は今まで何を? それにここは? ──色んなことがわからなくて、思い出そうにも記憶は曖昧だった。……とりあえず、何か手がかりがあれば。

 

 探すように街の中を徘徊した。すると、あちらこちらに火のついた矢が突き刺さってるのを見つける。

 

 あぁ、なるほど。どうやら、ここも戦禍に飲まれたのだろう。風を計算した火の回し方からして、どこかの軍隊が火計を起こしているのだろうけど……でも、どうしてだ? 見る限り普通の街にしか見えない……だが、どっちにしてもこの様子だと全焼するのも時間の問題だ。

 

 そんな中、鼻をひん曲げるような酷い臭いが漂ってくる。いつも嗅いでいた臭い……これは生き物が焼けた匂いだ。連想される答え、俺はその全てから遠ざかるようにこの場所から離れた。

 

 ──少しでも遠くへ。

 

 そうして歩き、臭いが和らいだ所で足を止めると、正面に井戸らしき物を捉える。周囲を確認しながら目の前にまで寄ると、井戸の縁へと腰を落し、フッと息を吐く。

 

 恐らくここは中心部にあたる場所だろう。

 

 井戸から十字に伸びる舗装された道、すぐ近くの周囲には建設されたものなどはなく、辺りを見渡せて、状況を確認するには丁度よかった。

 

 ……正直、ここがどこで、何をしていたかなんてのはもういい。気にもならないし、この状況だ、気にしたところで仕方がない。それに、思うのも、考えるのも、もういいだろう? 

 

 なんて事を思っていると、すぐ近くで叫び声が聞こえてきた。その方向へと目を向けると、数人の街の人らしき姿を捉える。

 

 その人達は別々に分かれて走り、何かから逃げるように必死な様子だった。すると、その直ぐ後方、鎧を身に包んだ兵士らしき人達が追うようにして走り、手に持った凶器で街の人達を襲う姿を捉えた。

 

 推測した通り、どこかの軍隊がこの街を襲ってるのだろう。様子からすると、やはり交戦してるわけじゃないみたいだ。だとすると、軍はこの街を襲う事が目的なのだろうか? 

 

 すると、逃げていた一人の街人が物凄い形相をしてこちらへと向かって来る。だが、前方数メートル先で立ち止まり地面へと顔を向けていた。

 

 いや、違うか?

 

 よく目を凝らしてみると、街人は胸へと手を当て絶望したような表情を浮かべていた。その胸からは赤く染まった剣の刃先らしきものが突き抜け、勢いよく血液が流れ出たのが見えた。

 

 後方から刺された? 

 

 その街人は膝から地面へと崩れると同時に、突き抜けた刃が体から抜ける。目の前で人が一人死んだ。そんな光景に俺は小さく言葉を漏らす。

 

「羨ましい」

 

 でも、こんなすぐ側でなら。俺も楽になれる? そんな思考が巡ると、自然と地面に転がった街人へと手が伸びた。

 

「俺も連れてってよ」

 

 すると突然、視界に一人の少女が現れた。街人の影で見えなかったのだろう。その少女は紅く染まる鎧を身に着け、銀に光る髪を風で靡かせていた。

 

 その姿はとても綺麗で。俺はその女性に目を奪われる。

 

 血で染めた剣を片手に、その血よりも赤い瞳を俺へと向けると、鉄の靴を鳴らしながら近づいてくる。すると少女は俺の伸ばしていた手の届く距離で立ち止まると、その手を掴み、地面へと膝を落とした。剣と膝が地面へとぶつかり鉄を叩いたような音が鳴る。

 

 すると、少女は自分の頬に俺の手を添え、その上から手で覆いながら「あぁ、やっと……やっと見つけだせた。ナギサ」と、悲しげな表情を浮かべながら俺の名前を呼んでいた。触れた頬はひんやりとしていた。

 

 見つけだせた? 俺の事を知ってる? でも俺は……何も思い出せなかった。けれど、今の俺にはそんなのはどうでもよかった。

 

 俺は彼女が持つ剣を見ながら言葉にした。

 

「殺ろして──くれないの?」

「──大丈夫。ちゃんと殺してあげるよ」

 

 少女が浮かべる表情のせいで少し心配だったが、断言した言葉に少し安心する。だが、そう言った少女の表情は悲しげなまま変わることない。そんな表情を眺めていると──唐突な頭痛と共に何かが頭の中を横切った。けれど、それは留まることなく通りすぎる。

 

 何かを知っていた? 俺が? いや、いい。思い出すな。また後悔をするような気がした。だから、俺は彼女の瞳から目を背けた。その直後、彼女は手を離し立ち上がる。

 

「これが最後。だから、今だけでいいから私のこと──ちゃんと見てて」と、その言葉の直後、少女は俺へと後背を向け「皆さん!! 帝国を破滅へを導いたあの英雄が此処にいます!!」と叫んでいた。

 

 その行動に少し驚いたが。おそらく公開処刑でも行うつもりなのだろう。──俺としては殺してくれるならなんでもいいが……

 

 少女が何度か叫んだ後、程もなくしてから、鉄がぶつかるような音を立てて何かが近寄ってくる。

 

 兵隊だ。そいつらは俺達を囲うようにして集まり、手に持った凶器を構えた。いつも見ていた光景だ。

 

 その中の兵士が「こいつが英雄!?」と疑問を浮べたような声を上げる。だが、一辺して「こいつが? ……こいつが!!」と、強い憎しみを帯びた声へと変えていった。血の上り具合。英雄という言葉に異様に反応しているようにも見える。それは英雄という言葉を言えば誰でもいいように感じるほどに。

 

 音が止むと、俺と少女を囲うようにして、辺りにいたであろう兵隊が集まっていた。向けらる視線と殺意。今にも襲ってきそうで、俺の体はあの体感を思い出し、武者震いを起こしていた。

 

 すると、少女は俺へと指差し、集まった兵士達へと語りだした。

 

「さぁ、アナタ達の憎しみの元凶がここに居ます! 彼は今のこの世界にした元凶、謂わばアナタ方の憎しみその者です」

 

「俺達の平穏を。そいつが!! そいつらが!! 俺たちの平和を!! 世界を壊したんだ!! そいつのせいで仲間や家族は!!」兵士達が返答する言葉に、少しだけ残っていた期待が砕かれる。こうハッキリと言葉にされて、俺のせいだと言われて。そうだよな。そうだ。わかっていたことだ。でも、もういい。もう終わりだから。終わりにするから。

 

「じゃあ、彼をどうしますか?」

「殺す!! この場で処刑だ!!」

「そうですよね……そう言うと思ってた……やっぱりアンタ達はクズ以下の存在だ」

 

 唐突な言葉に兵士たちは驚いた表情を浮かべ、間の抜けた声を上げる。

 

「……は? 今なんて?」

「クズ以下だって言ったんだよ!!」

 

 さきとは一辺した兵士達を罵倒する言葉、俺は急な変化に呑み込めず呆気にとられる。兵士達も同じくそんな感じだった。だが、少女はそんなことはお構いなしに言い続けた。

 

「確かに、彼はこんな時代へと世界を導いた……帝国がなくなったことにより、膨張していた憎しみが爆発し、次の帝国になり変わろうとする小国が争いを起こし、戦争は新たな戦争を、憎しみは新たな憎しみを呼んだ。でも、この結果はアンタ達が望んで、彼に願った答えだ」

 

「お前は何言って」

 

「何? そのままのことだよ! だってそうでしょ? 今の世界を望んだのは彼じゃない、彼はただ望まれたその思いに、期待に、希望に答えただけだ。そして、その全てを願ったのはアンタ達だ。想いも、覚悟も、罪も、全部、全部、全部全部、全部全部全部。彼に押し付けて、火の粉すら届かない安全な場所でこうなるのを眺めていた……仲間が死んだ? 家族が死んだ? 笑わせるな! 死んだのは誰かのせいじゃない、守れなかったのアンタ達自身だ! ──英雄の背中なら安全だと鷹を括って、自分で背負わなきゃいけないものまで、彼の背中に背負わせていただけだ」

 

 俺を殺すって言ってたのに。なんで。味方みたいな事を……いや、違う。彼女は味方なんだ。俺なんかを見てていて。俺なんかの知っていて。俺なんかの探して。そして、俺が吐き出すことができなかった変わりに言葉にして。怒って、泣いて、叫んでる。

 

 俺は……知ってる。

 

「なのに、自分で出来なかった結果まで人のせいにして、今になってうだうだと口にして、八つ当たりをしてる。私は──私は!! アンタ達みたいな人間も、ただのうのうと生きてる人間もどうしても許せないんだ!!」

「お、お前は何がしたいんだ!!」

 

 

 ほんとだよ。コイツらを集めたのも、焚き付けたのも君で。でも、本質は違って。俺なんかを救うために、その為だけに終わりに来た。高ぶってくる感情に目頭が熱くなって、涙がこぼれだした。

 

 覚えてる。その言葉を。知っている。その思いを。「私はこの世界でたった一人のナギサだけの味方だよ!!」少女がその言葉を口にした瞬間、罪が和らいだ気がした。ずっとあった胸の痛み。それが増すと段々暖かい物に変わり、何かが作り直される感じがした。

 

「うだうだ言ってんのは、クソ以下なのはお前たちだろうが!! 」と、兵士たちは声を上げながら武器を掲げる。そんな状況にも構わず言い放った。

 

「理解できないならしなくていい! でも、きっとアンタ達はこの記憶を未来永劫と後悔をする! 私達を思い出して苦悩するんだ!」

 

「黙れ!」とその言葉に兵士たちは掲げた武器を向けて駆け寄ってきた。直後、彼女は振り返り俺の体を抱きしめる。その勢いで体重が後ろに掛かるも、軽く、俺は彼女の体を受け止めた。

 

「ごめん。やっぱり私は後悔するよ」と、言った直後「ん"ぅ」と少女は顔をしかめ、強く力んだような声を漏らしていた。すると俺は胸から背中に掛けて強い痛みを感じた。

 

 痛い。──クソ痛い。

 

 今まで味わった痛みの、どの例にも匹敵しないとてつもない痛みだった。それは次第に焼けるような熱さに変わっていく。

 

「私の願いと君の願いが叶う方法で考えたら、これしか思いつかなくて……」顔をしかめながら口にする少女。その後ろには刺さる剣とその柄を握った兵士が目に入る。被さる彼女の体から少しだけ体を離し、顎を引くと、視線を下げた。

 

 串刺し? 剣は彼女の背中から刺さり胸を突きぬけ、俺の胸へと刺ささっていた。痛みからすると背中も突き抜けてそうだ。

 

 ──これが彼女の願いなのか?

 

「串刺しで心中って……ロマンも糞もないな」と呟いた俺に「はっ、は、まぁ我慢してよ。でも、刺されるのってこんなに痛いんだ。これが、死ぬほどの痛みなのかな?」と、笑い混じりに痛みの感想を述べていた。

 

 これが死ぬほどの痛み? って、それ誰がわかるんだろう。生きてるうちはまず無理だよな? などと思ってると、体から剣が動く感覚がした途端、一気に痛みが増した。

 

「あ"ぁあぁ"」「ん"ぅ」と。俺達は同時に声を上げる。俺は痛みで気が変になりそうだった。そんな視界には赤く染まる剣を持った一人の兵士が後退する姿を捉える。

 

 ──くそ、引き抜くなら合図くらいしろよ。

 

 そんな状況にも関わらず少女は口にする「ごめん、ね。私が、できるのはもう、君を……一人ぼっちにしないこと、だから」と、もう後なんてないのに、なんでここまで。

 

「いいんだ。もう十分もらった」

 

 俺は彼女の腰へと手腕を回し、首元へと顔を埋めるように体を寄せる。すると少女は俺の胸に額をつけた。もう自分では体を支えることが出来ないのだろう。もう脈もほとんど感じない。そんな中でも彼女は言葉にした。

 

「本当の、ことを言うと、ね。君と一緒に、生きた世界も……見てみたかった、んだよ……」

 

 彼女が望んだ未来。

 

 いつか聞いた事のあるような言葉。けど、それが何時だったのか思い出せない。──だからってわけじゃないけど、せめて彼女に言っておかないといけない言葉がある「ありがとう」と。

 

 ──けれど、その言葉は届くことはなかった。

 

 彼女の体は、既に息をすることも動くこともなく、瞳からも光が消え、ただただ遠い場所を見つめてた。

 

 あぁ、俺はまた……でも、俺もついていくから。

 

 力が体から抜けていくのを感じていると、上体すら維持できなくなった俺は少女を抱いたまま、血溜まりができた地面へと倒れ込んだ。離れないようにと残った力で必死に抱き寄せる。

 

 そして。

 

 もう何もしない。うるさいほどしていた声も、焦げた臭いも、さっきまでしていた熱も。全てが消えた。

 

 視界は黒く染まり、少しつづ遠いていく意識。

 

 そうか……これが死ぬってことか。閉じた瞳の奥に幾万の人の顔が浮かんだ「悪いけど……これでチャラ……な」とその言葉を最後に意識も消えた。  

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