湊が学校を休んだ。
次の日も湊は学校を休んだ。
そして三日目の今日も学校を休んだ。
「はい。じゃあこの問題を新宮寺くんやってみて」
心配だ。今日で三日目だぞ。今井さんもあの日から毎日湊の家に行ってるらしいが、部屋から出てこないらしい。
バンド練習にも顔を出していないらしく、氷川さんも心配しているそうだ。
「新宮寺くん!!」
「はいっっ!!」
「ボーとして、具合でも悪いの?」
「いえ。大丈夫です」
「そう。ならこの問題をやってみてくれる?」
「はい」
黒板に出て回答を書きながらあのときのことを思い出す。あの日からずっと、湊のことを考えてしまっている。
クッソ!俺は何をやっているんだ。結局、放課後まで湊のことを考えてしまっていた。
「帰ろう」
すっかり生気が感じられなくなった顔で昇降口をくぐると、見知った顔が見えた。
「今井さん。氷川さん。どうしてここに?」
「新宮寺さん。今から時間はありますか?」
氷川さんが真剣な顔で聞いてくる。聞かなくてもわかる。湊のことだろう。
「すみません。今はちょっと」
「友希那のことだよね」
「…………それは」
「ほらこのままじゃ、友希那が部屋から出てこなくなっちゃうかもしれないし。正宗だって最近辛そうじゃん。だからさ、一回話し「ほっといてくれ!!これは、俺の問題だ!今井さんたちには関係ないだろ!!」
「ち、ちが、あたしが全部悪いんだよ!この状態を招いたのも全部あたしが悪いんだよ!!だから2人は何も悪くなんか」
その言葉を最後まで言い切ることがなく、今井さんはその場で泣き崩れてしまった。氷川さんが今井さんを抱きしめて優しく背中をなでている。
何やってるんだ俺は。湊だけじゃなくて、今井さんまで泣かせてしまって。本当に最低なやつだ。
「新宮寺さん。この状態のままじゃ何も変わりません。だからこそ一回話し合う必要があると思うんです。それともこのままズルズルと、現状を引きずるつもりですか」
「…………わかりました。どこで、話し合いますか?」
「商店街の喫茶店にしましょう。ほら、今井さん行きましょう」
そう言って氷川さんは、今井さんの体を支えて歩いて行く。その後を追うようにしてついていった。
「それで、今井さん。今の湊さんの状態はどうなんですか?」
「うん。毎日家に行ってるんだけど、部屋から出てこなくて」
「………飯は食べているのか?」
「ううん。友希那のお母さんに聞いたら、あの日の夜から部屋に閉じこもったままで、何も食べていないらしいんだ」
今井さんの言葉を聞いた瞬間背筋が凍った。ポンコツ気質のあいつのことだ。カップ麺すら作れないだろうから何も食べていないのじゃないだろうか。
「バンド練習の方にも顔は出してないのか?」
「ええ、ここ三日間は湊さん抜きで練習しているわ」
「………そうですか」
そうか、バンド練習の方にも出てないのか。全部、俺のせいだ。
「新宮寺さん」
「ん。どうしたんですか?」
「この間はすみませんでした」
「いや、あれは別に氷川さんのせいなんかじゃないですよ。俺の自業自得ですよ」
「それでも」
「待ってふたりとも」
「今井さん、どうしたんですか?」
「あの日のことはあたしが全部悪いんだよ」
「どういうことですか?」
それから今井さんはポツポツと話し始めた。あの日は本当は氷川さんが俺のことをどんな人なのか見に来るつもりだった。それを聞いた今井さんが、湊に俺と氷川さんがデートに行くという嘘をついたらしい。
「でもどうして、そんな嘘を湊に?」
「それは」
今井さんは言いづらそうに口をつむぐ。
「言えないことでしたら別に言わなくてもいいですよ」
「…………ありがとう。正宗」
「理由はわかりました。そして湊さんがあの日今井さんと一緒についてきて、あの現場を見てしまった。ということですね」
「うん。だいたいそんな感じ」
「これからどうします?」
「今日もこれから友希那の家に行って見るよ」
「ですが、湊さんが出てくるとは思えません」
「でも、行かなくちゃだめだよ。このままの状態じゃ友希那が危ない」
「俺もついて行っていいですか?」
「うん、正宗が行ってくれれば友希那も出てきてくれるかもしれない」
「新宮寺さん。湊さんのこと頼みましたよ」
「はい!任せてください」
ここに来るのは二回目か。まさかこんなかたちで来ることになるなんてな。今井さんがなれた手付きでインターホンを押す。すると、はーい。という声とともに扉が開いた。
「あら、リサちゃん。今日も来てくれたの?」
「ええ、友希那の様子はどうですか?」
「あの子まだ部屋から出てこないのよ」
「そうなんですか。お邪魔しても大丈夫ですか?」
「もう、リサちゃんなら勝手に入って来てもいいっていつも言ってるじゃない」
「そんなわけには行きませんよ~。ほら、正宗も入って」
「お邪魔します」
「はーいどうぞって、あなたは誰なのよ!」
警戒されるのも無理はない。いきなり知らない男が家に入って来ようとすれば誰でもそうなるだろう。
「えっと、自分は新宮寺正宗って言います。湊とは友達です」
「あら、あなたが新宮寺くん?友希那から話は聞いているわよ」
「そうなんですか」
「ええ、セクハラ野郎だ。っていつもにこにこしながら言ってたわ」
「そ、そうですか」
「まあ、ゆっくりしていってね~」
そのまま、湊のお母さんはリビングに行ってしまった。
「ほら、行くよ」
今井さんは通いなれた足取りで、湊の部屋まで向かった。そして、扉の前で深呼吸をして、扉をノックした。
「友希那ー、いるよねー。いたら返事だけでもしてほしいな」
「………………」
しかし、帰ってきたのは沈黙だった。
「友希那そろそろ出てきてよ。みんな心配してるんだよ。紗夜も燐子もあこも。あと、正宗だってすごく心配してたよ」
「………………」
「お願い出てきて。友希那」
そのまま今井さんは、辛そうな表情で扉を見つめている。
「変わってくれ。今井さん」
「……正宗」
「大丈夫。なんとかしてみせるよ」
扉の前に立つ。なんだろう。まるで、100メートル走のスタートダッシュ前のような緊張感だ。大きく息を吸い込み扉を叩く。
「湊、いるか。いたら何でもいい反応してくれ」
その時、扉の向こうから微かに物音がした。
「湊、すまなかった。この間は俺の配慮が足りていなかった。本当にごめん湊」
「………………」
「ほら、出てこいよ。それでさ、いつもみたいに暴言でもはいてくれよ。その後、一緒にごはん食べよう」
「………………」
「俺のことは嫌いになってもいいからさ、ご飯食べて、学校行って、バンド練習に行ってくれれば、それだけで十分だよ」
「………………」
「待ってるからな。湊」
「正宗」
今井さんが心配そうに見つめてくる。
「ほら、もう帰ろう。俺たちがいると出てきづらいかもしれないからさ」
「…………………うん」
そのまま、湊の家を出る。
「それじゃあ、あたしの家ここだから」
「あ、そっか。今井さんの家、湊の家の隣なんだっけ?」
「うん。そうだよ」
「今井さん。ひとつ聞いてもいいか?」
「何?」
「湊の部屋って、あそこだよな?」
「そうだけど」
「じゃあ、あの部屋は今井さんの部屋?」
「そうだよ」
そうか、ならいけるかもしれない。
「なあ、今から今井さんの部屋に行ってもいいか?」
「えっそんな急に言われても」
「頼む。湊を部屋から出せるかもしれないんだ」
「………わかったよ」
「ありがとう」
そしてそのまま、2人で今井さんの部屋に向かった。
今井さんの部屋は今どき風の女子の部屋だった。
「あんまりジロジロ見ないでよ」
「ごめんごめん。すごい部屋だなぁって思ったからさ」
「もう。それで、どうするの?」
「今井さん。ベランダに出てもいい?」
「別にいいけど」
許可を取り、ベランダに出る。ここから湊の部屋まで、だいたい2メートルくらいか。そのまま、手すりに足をかける。
「ちょっと、ちょっと。まさか正宗、飛ぶつもりじゃないよね」
「そのまさかさ」
勢いをつけて一気に飛ぶ。なんとか辿り着く。
「正宗」
今井さんが心配そうに見つめてくる。
「友希那のこと任せたよ」
「ああ、任された」
意を決して湊の部屋に入った。