あれから何日がたっただろう。あの日から部屋から出ていない。
結局次の日から学校も休んでしまった。バンド練習の方にも顔を出していない。こんなにも脱力感に見舞われたのは、初めてのことだった。
「友希那ー、いるよねー。いたら返事だけでもしてほしいな」
扉の向こうからリサの声が聞こえる。もう言葉を返すのもめんどくさかった。
「……………」
「友希那そろそろ出てきてよ。みんな心配してるんだよ。紗夜も燐子もあこも。あと、正宗だってすごく心配してたよ」
そう、正宗心配してくれているのね。その事実が少し嬉しかった。
「……………」
「お願い出てきて。友希那」
リサの悲しそうな声が聞こえる。だけど体は動いてくれない。
「湊、いるか。いたら何でもいい反応してくれ」
正宗?そこにいるの。
「湊、すまなかった。この間は俺の配慮が足りていなかった。本当にごめん湊」
やめて。謝らないで。悪いのは私なのになんであなたが謝るの。
「ほら、出てこいよ。それでさ、いつもみたいに暴言でもはいてくれよ。その後、一緒にごはん食べよう」
なんであなたはいつも私にそんな優しくしてくれるの?その優しさに甘えてあなたのことを傷つけたのは、私なのに。
「俺のことは嫌いになってもいいからさ、ご飯食べて、学校行って、バンド練習に行ってくれれば、それだけで十分だよ」
やめて。そんな事言わないで。
「待ってるからな。湊」
足音が遠のいていく。本当に私何をやっているのかしら。正宗やリサたちに迷惑をかけて。
もう考えることをやめたかった。もう寝てしまおう。そう思いベッドに入ったときだった。ベランダの方から物音がした。
その時テラス戸が開いた。
「待たせたな。湊」
「……………正宗。どうして」
そこにいたのは今一番会いたい人で、一番会いたくない人だった。
「待たせたな。湊」
「……………………正宗。どうして」
久しぶりに見た湊は目にクマを作って、髪の毛もボサボサになって、心なしか細くなっている気がした。
「どうしても何もお前が心配だったから来たんだよ」
「…………………」
「湊。本当に済まなかった。前にも同じようなことがあったのに何もわかってなかった。本当にごめん」
深く頭を下げる。
「……で」
「謝らないでよ!!」
「……湊」
「悪いのは私なのになんで正宗が謝るのよ!私のことなんか放っておきなさいよ!」
「そんな事できるわけ無いだろ」
「いつもそうやってあなたは優しいから、私はあなたの優しさに依存してしまってあなたを傷つける。もう嫌なのよ正宗をこれ以上傷つけるのは」
「……………」
「ありがとう。こんな私を気にかけてくれて。もう大丈夫よ。明日からちゃんと学校には行くから」
「……だよ」
「なんでそんな事言うんだよ!!」
「なんで俺を責めない!湊を傷つけたのは俺なんだぞ!」
「だから言っているでしょ!あなたは優しすぎる」
「そんな事ない!」
「うるさい!正宗なんか大っきらい!」
湊はそう言うと手元にある枕を投げつけてきた。それから手当たり次第ものを投げつけてくる。それを黙って受け続ける。
「はぁはぁ」
「どうした。それは投げないのか?」
それはあの日俺が湊に渡した猫のぬいぐるみだった。ずいぶん大切にしてたのだろう。だいぶ使い込んだ跡がある。
「それとも猫は投げれないか」
「うるさいッ!こんな、こんなもの」
ぬいぐるみを振りかぶる。だがいつまでたってもぬいぐるみは投げてこなかった。
「だいたい正宗は私のことが嫌いなんでしょ!私も正宗が嫌いだからお互い関わらないようにする。これでいいじゃない!」
「……………」
「いつもあなたにちょっかいを出す私が鬱陶しかったんでしょ!!」
「……………」
「いつもあなたを頼る私がめんどくさかったんでしょ!!」
「……………」
「バカで、運動もできなくて、スタイルも良くなくて、ポンコツで、かまってちゃんで、最近あなたに怒って、うざい私が嫌いなんでしょ!!」
「もう、私に関わらないで!!」
言いたいことを言ったのか湊は肩で息をして睨みつけてくる。
「何だ黙って聞いていれば好き勝手言いやがって」
「確かにバカで、運動もできなくて、スタイルも良くなくて、ポンコツで、かまってちゃんで、最近は意味分かんないことで怒ってうざかったよ。あの日なんか最後まで人の話を聞かないで飛び出していきやがって!」
「なら」
「でもな」
「お前にちょっかいを出されて鬱陶しいなんて思ったことなんかない!」
「頼られてめんどくさいなんか思ったことなんかない!」
「………ッ」
「嘘ばっかり!そんな綺麗事を言っても騙されないんだから!」
「嘘じゃない!」
「だったら正宗は私のことどう思っているのよ!」
「ああ、お前に言いたいことは山程あるからな。教えてやるよ」
「湊のきれいな髪が好きだ。湊の歌声が好きだ。湊の猫が好きなのに隠しているところが好きだ。湊の強がって嫌いなブラックコーヒーを飲むところが好きだ。湊のポンコツなところが好きだ。湊の笑顔が好きだ」
湊は顔を真っ赤にしていく。
「湊の「もういいわよ!」
「なんだ湊から聞きたいって言ってきたんだろ。まだまだあるから聞かせてやるよ」
「口だけじゃ、なんとも言えるのよ。思ってもいないことペラペラと口にしないで!」
「俺は本気だよ」
「………ッ」
「湊。俺はお前がいないこの三日間ずっと湊のことを考えていた。今井さんには部屋から出てこないって聞かされて、氷川さんからはバンド練習に来てないって言われて心配だった」
「なんでこんなに心配するかずっと考えていた。それでようやくわかったんだ」
「俺は湊友希那が好きなんだって」
「湊好きだ。付き合ってくれ」
「嘘。嘘よ。正宗が私のことを好きなんて」
「本気だ。こんなときに冗談なんか言うわけない」
「そう言って毎回毎回私の心を弄んで」
「湊………」
そのまま湊の肩を引き寄せ、そのまま唇を重ねる。
「んっ」
「これが俺の本気の気持ちだ」
「正宗」
今度は肩を引き寄せられ、唇を重ねる。
「湊」
「これが私の気持ち」
「この三日間正宗にずっと嫌われているんじゃないかと考えていた。だからあなたに会うことが怖くて学校に行けなかった」
「すまん。湊」
「名前で呼んで」
「友希那。好きだ」
「ええ、私も大好き」
そのまま友希那を優しく抱きしめる。部屋のカーテンの隙間から差し込んでくる夕日がまるで2人を祝福するかのようだった。
それからどのくらいの時間がたったのだろう。差し込んできた夕日もすっかり月明かりに変わっていた。
「正宗。好き」
「ああ、俺も好きだよ」
このやり取りをするのも何回目だろうか。友希那が妙に甘えん坊になった気がする。
「友希那そろそろ離れてくれ」
「いや!」
「そろそろ帰らないといけないし」
「泊まっていけばいいわ」
「そんなわけにもいかないだろう」
「別に大丈夫よ。正宗と私は付き合っているんだから問題なんかないわ」
「それはそうだけど」
「それともなに。やっぱり私のことなんか好きじゃないわけ」
「そんな事ない。友希那のことは好きだ」
「もっと言って」
「好きだ」
「もっと」
「大好きだ」
「もっと」
「世界で一番愛してる」
「そう」
自分から言わせてきたくせに顔を真っ赤していく。その時友希那のお腹から空腹を知らせるを音がした。
「そういえばご飯食べていなかったんだっけ」
「夜こっそりとカップ麺を食べていたわ」
「お湯沸かせたのか」
「いくらなんでもそれくらいはできるわよ」
「よしじゃあ、今から作ってやるよ。何が食べたい?」
「…………………オムライス」
「何だそんなにオムライス好きだったか?」
「正宗が作るオムライスが好きなのよ」
「…………そうか」
「ほら行きましょう」
「あ、友希那。待って」
「何よ」
「これを受け取ってほしい」
それはきれいにラッピングさせた箱だった。
「開けてもいい?」
「ああ」
友希那は丁寧にラッピングをめくり箱を開けた。
「これは」
それは猫の形をしたネックレスだった。
「友希那に似合うと思ってさ」
「正宗。あなたにつけてもらいたい」
そう言ってネックレスを渡してくる。そっと友希那の首に手を回しつけてやる。
「キレイだ。友希那」
「ありがとう正宗。一生大事にする」
「友希那ひとつ聞いてもいいか?」
「何かしら」
「猫は好きか?」
「ええ大好きよ」
そう答えた友希那の顔は今まで見てきた中で一番の笑顔だった。