さて、今日は日曜日。うちの猫カフェは日曜日が一番混む。朝から、父さんに頼まれて厨房に入る。今はオムライスを量産しているところだ。
「日替わりランチセット2つと、ナポリタン1つ、追加ね」
母さんの声が厨房に響く。
「はいよ」
そう答え、オムライスに向き直る。
「正宗、ナポリタンもいけるかい」
「もち、余裕だよ」
そう言って鍋にお湯を張る。
「頼もしくなったね。正宗」
「いつも手伝わされてるんだ。そろそろなれてくるよ」
「いや、そうじゃなくて。ここ一週間ぐらいか、いつもより生き生きしているというか、そんな感じがするね」
そう言われ、ふと湊の顔が頭によぎった。そういえば今日だったけな、ライブハウスに来いと言われたのは。悪いな湊今は行けそうにない。心の中で湊に謝りパスタを茹で始めた。
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友希那SIDE
「そろそろ本番ね」
「うん、今日は友希那のお父さんも来るしいつも以上にがんばろー」
「よーし、あこもがんばるぞー。りんりんは緊張してない、大丈夫?」
「うん、あこちゃん大丈夫だよ…………友希那さんのお父さんも来るしいつも以上に頑張るよ」
(あれから、時間は立ったけど湊さんの様子はどう、今井さん)
(うん、見ている感じ大丈夫だとは思うけど、やっぱり本番に近づいていくにつれて、自分を追い込んでいる感じはするね)
(そうですね。いつなら本番前の湊さんは落ち着きがあるのに、今日はどこかそわそわしている感じはあります)
「湊さん、どうかしたんですか?さっきから落ち着きが無いように見えますけど」
「紗夜、ごめんなさい。すこし、緊張していて」
「湊さんが緊張?珍しいですね、いつもならそんな事ないじゃありませんか」
「やっぱり、今日は今までと違って特別なライブだからかしら」
「それは、やはりお父様が来ることと関係しているのでしょうか?」
「ええ、それもあるけどそれと同じくらい。いえ、それ以上大事なことがあるの」
「もしかしてそれは、この前の男子生徒が関係しているのでしょうか」
「流石紗夜、何でもお見通しなのね」
「やはり、その男子生徒になにか言われたから、練習もいつも以上に頑張っていたんですね」
「ええ、そうよ」
(やっぱり友希那あの日になにか言われたんだ)
(どうやらそれで間違いないみたいね)
「大丈夫ですよ、友希那さん。何があってもあこたちが友希那さんを守りますから。ね、りんりん」
「…………はい…………友希那さんのことはみんなで必ず守りきってみせますから」
「あなたたち、最近やけに私に優しくない?」
私のうちにみんなが泊まった日からやけにみんなが優しくなった気がする。いくら鈍い私でもそれくらいはわかる変化だった。
「そ、そんなことないよ友希那」
「そう、私の勘違いなら別にいいけど」
「よし、じゃあそろそろだから行こうか」
正宗きてくれているわよね。そう考えながらステージ裏に行った。
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昼時のピークも過ぎ客数も少なくなってきた。あー腕が痛い。結構作ったからな。時計を見るともう2時を過ぎていた。湊、今頃怒っているだろうな。まぁ明日学校で謝ればいいか。
「今日はありがとう」
「何今更、言ってんだよ。いつものことだろ」
「・・・・もしかして今日なにか用事でもあったのかい」
こう言うときの父さんは鋭い。
「いや別になにもないって」
「言ってみなさい。正宗」
そしてこう言うときの父さんは母さん以上にしつこい。
「はあ、わかったよ。実は今日友達にライブに誘われていたんだよ」
「正宗なぜ言わなかったんだい」
「別に明日謝ればいいし、それに店のほうが大事だろ」
「はぁ、全く誰に似たんだか。友達なんだろう」
「ま、まぁ友達なのかなぁ」
「なんだい。もしかして彼女かい」
湊が彼女。想像もできないし支度もない。
「彼女なんかじゃねーよ」
「なんだ、やっぱり女の子なのかい」
「…………そうだよ」
それを聞くと父さんの顔つきは険しくなる。
「なら、今からでも行ってきなさい」
そしていつもより口調が強い。
「…………今から行っても遅いでしょ」
「その子は、正宗のことを待っているかもよ」
「あいつが、俺のこと待っているわけないよ」
湊が、待ってるねぇ。そんなことあるのかね。
「正宗。僕は若い頃母さんとデートの約束をしたときどうしても外せない用事があっていけなかったことがあったんだ」
「…………それで」
「寒い冬の夜だった。なのに母さんは待っていたんだよ。そして僕を見つけて「信じて待っていてよかった」て言われたんだ」
「つまり」
「待ってるよ、その子は。正宗のことを」
「はぁ、わかったよ」
そう言って部屋に戻って着替える。
「正宗、これを持っていきなさい」
そう言って父さんが渡してきた。
「昨日の夜こっそり作ってたでしょ」
それは猫の形をしたクッキーだった。明日謝罪と共に渡そうと思って作ったものだ。
「行ってくる」
まだ間に合うか。そんな事を考えながら俺は走り出した。
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友希那SIDE
いない、ステージからどこを見渡しても正宗はいなかった。それがわかると心臓の鼓動がいつもより早くなる。
そんなわけない。正宗は口は悪いけど絶対に私との約束は守ってくれるはずだ。
「友希那どうしたの」
「いえ、なんでもないわ」
とにかく今は気持ちを切り替えて集中するだけよ。ギュッと自分の身を守る防衛本能からかいつもよりマイクを握る力が強かった。
「いくわよ、みんな。聞いてください、BLACK SHOUT」
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ライブハウスまで走る。とっくに息は上がっている。
「クソッ」
よりによって急いでいるときに信号が赤に変わる。
「…………間に合ってくれよ」
ていうかライブハウスってどこにある。スマホを開いてマップアプリを開く。するとあと2キロと表示された。そのまま目的地に向かって走り出す。
「はあ、やっとついた」
デカデカとCiRCLEと文字が書かれた看板が見えた。かいた汗を拭きながら中に入る。
「いらっしゃいませー」
「すいません。待ち合わせをしているんですが」
月島と書かれたネームプレートの人に尋ねる。
「えーと、その人の名前とかわかる?」
「湊友希那です」
「えっと、Roseliaならそろそろ終わると思うけど」
「Roselia?」
「そう、湊さんはそのバンドで、ボーカルをしているの」
一瞬言われた意味がわからなかった。湊がボーカルだと、想像がつかん。
「まだ入れますか?」
「ごめんねー。Roseliaのライブは人気でチケットは完売したんだ」
「そこをなんとかお願いします!!」
今まで下げたことがないほどに頭を下げた。
「そう言われても。あ、次のライブのチケットを予約していくじゃだめかなぁ」
「今日じゃないとだめなんです。お願いします!!」
きっと湊はあの曲を歌うのだろう。だから今日俺に来てほしいと言ったのだろう。
「入れてあげな」
奥の方から誰か出てきた。
「オーナー!」
この人がオーナーなのか。すごく貫禄あるな。
「行ってきな」
「ありがとうございます!!」
そう言って階段を下っていく。
「良かったんですか。オーナー」
「さあ、でもあの状態の孤高の歌姫をどうするのか。見ものだね」
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友希那SIDE
声が出ない。最後に歌うと決めていたLOUDERを歌おうとしたところだった。客席がざわめく、リサたちが何か話しかけてきているが聞き取れない。このままじゃダメだ、みんなに迷惑がかかってしまう。やっぱりこの曲を私が歌う資格なんてないのかしら。
そんな事をぼんやりと考えているときにふっと正宗の顔が頭によぎった。そうよここからじゃ見えないけれど、きっと見てくれているはずだ。マイクを握り直した。でもそこまでだった。口の前まで持ってこれない。
ただ私は呆然と立ち尽くした。
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会場に入ると異様な空気だった。客席全体がざわめいている。そもそもここからじゃ人が多すぎてステージが見えない。ただ、周りから友希那どうしたんだろうね。などの声は聞こえてくる。
「すみません通ります」
そう言い列をかき分け先頭まで行く。そこには、ただ呆然と立ち尽くす湊がいた。
「おい、湊どうした。大丈夫か!」
声を掛けるが聞こえていないのか湊はただ、立ち尽くしていた。
「クソッ、聞こえてないのか」
息を大きく吸い込む。
「約束通り聞きに来たぞ、湊!だから、お前の歌を俺に聞かせてくれ!!」
気づいたら大声でそう叫んでいた。
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友希那SIDE
それは、今一番聞きたい声だった。
「ま、正宗。ど、どうしてここに」
「はぁ、お前が聞きに来いって言ったんだろ。約束通りに聞きに来ただけだ」
「遅いのよ、バカ」
「遅くて悪かったな」
いつものように軽口言い合う。それだけなのにずいぶん心が軽くなった気がした。
「よく聞いていなさい。これが私の特技よ」
「ああ、俺を驚かせてみろ」
すぅ、と大きく息を吸い込む。
「それでは、聞いてください。LOUDER」
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すごい。ただ、それしか出てこなかった。いつものポンコツ具合はどこに言ったのか。ステージの上には堂々と歌う湊の姿があった。
「なんだ。すげぇもん持ってんじゃねえか、あいつ」
その歌う姿に見惚れる数分は、あっという間に過ぎていった。
「ありがとうございました。Roseliaでした」
その言葉の後に、会場は拍手に包まれた。そして、ステージ裏に消えていくときに目が合った。それは、明日から覚悟をしておくように、と言ってるようにしか見えなかった。
「これで勘弁してくれないかな」
そう言って持ってきたクッキーを見て会場を出る。
「…………やりきったかい?」
「オーナー」
「いい顔だ。覚悟を決めた男の顔だ」
「大げさですよ」
「まあ、なんでもいいけどね」
「あ、これ湊のやつに渡しておいてください」
「なんだい、これは。クッキーかい」
「あと、遅れてすまなかった。すごかったと伝えておいてください」
そう言ってCiRCLEをでる。
「まったく男ってやつは、すぐかっこをつけたがる」
その帰り道の夕焼けはいつも以上に輝いて見えた。