今日は月曜日。昨日のライブの熱がまだ体から抜けきってない。それにしても湊のやつすごかったな。いつもは小さく見えるのにステージに立っているあいつはとても大きく見えた。
「おはよう」
そんなときに考えている本人が来た。
「おはよう、湊」
明らかにこちらを睨みつけてくる。その目はまるで獲物を狙う肉食獣さながらだ。
「……正宗あなた私に言うことがあるんじゃないの」
やっぱり根にもっていたか。
「なんだ、俺湊になにかしたか」
「最低ね。正宗」
少し声のトーンが落ちている。……これは本気で落ち込んでるやつだ。
「冗談だよ。昨日は遅れて悪かったな」
「ほんとよ。絶対に来なさいって言ったのに来なかったじゃない。」
「それに関しては、悪かったと思っているけど。なんで昨日最後ステージで棒立ちしてたんだ?」
「それは……」
湊はそこで声を詰まらす。
「あ、もしかして俺がいなかったから、歌えなかったとかいう可愛い理由じゃないだろうな」
それが理由だったら可愛い……まあそれはないか。
「ん、どうした湊」
「……バカ」
そう言って真っ赤にした顔で教室を出ていった。
「やばい、また怒らせたかも」
結局何一つ学んでない俺だった。
「じゃあ、今日は月一回のクラス恒例の席替えの時間でーす」
クラスの前の方からはやったーという声。後ろからはえぇーという声が聞こえてくる。自分の席はどちらかと言うと後ろの席なので後者よりだ。
「湊ともこの時間でお別れかぁ。長いようで短かったな」
「ええ、あなたと離れられるなんて願ったり叶ったりだわ。これでやっと授業に集中できる」
……こいつ昨日はあんなに俺の事待っていたくせにいざとなったらこれだ。少しカチンとしたので言い返す。
「ああ、俺もやっと鬱陶しい視線から開放されると思うとせいせいするな。でも湊、俺が隣じゃなくなるとペア学習のとき隣の席のやつに話しかけられるのか?」
「そ、それは当たり前じゃない。隣の人に話しかけることぐらい簡単なことだわ」
「ほーんなら別にいいが」
そんなこと言っている絶対に無理だ。湊のコミュ障具合は俺が一番よく知っているからな。
「じゃあ廊下側の人からくじを引きに来てね」
とりあえず後ろの席であればなんでもいい。俺はどちらかと言うと周りのメンツよりも場所のほうを重要視するタイプだ。よし、そろそろ俺の番だな。席を立って教卓に向かう。
くじ箱に手を突っ込み中をかき回す。こう言うときは最初に選んだやつがいい場所なんだよな。
「これだ」
「はい。新宮寺くんは窓際の後ろから二番目ね」
よし、いい場所が引けたぞ。
「あら、なかなかいい場所じゃない」
「ああ、日頃の行いがいいからかもな」
「なら、ねらい目は窓際の一番後ろの席ね」
「なんだ、湊なんか言ったか」
「別になにも言ってないわ」
そう言って湊は教卓に向かって歩いて行った。
「はい、湊さんね。……ひぃ」
先生は小さな声で悲鳴を上げる。無理も無いだろう。それほど湊の背中からは圧を感じる。
あれを正面から受けると相当なプレッシャーだ。そのまま湊はくじ箱に手を突っ込みすばやく手を出した。
「湊さん。教卓の前です」
だが、先生からの無残な一言でその場に崩れ落ちた。
死んだ顔で帰って来る湊。あからさまに落ち込んでいる。
「ま、まあ、元気だせよ湊。次の席替えまでの辛抱だからさ」
「…………ええ、そうよね。次の席替えまで教卓の前。フ、フフ、フフフ」
やばい完全に湊がぶっ壊れた。こんなときはどうフォローしてあげるのがいいんだろうか。
少し悩んだ末声をかける。
「よし、湊。今度俺がなんかひとつ何でも言うことを聞いてやる。だから元気出せって」
「…………本当?」
湊はうつろな目で聞いてくる。
「おう。男に二言はない!」
「……やっぱりなしとか言ってもだめよ。わかっているわよね」
「覚悟の上だ」
「約束よ」
少しは元気が出たのか、声のトーンが上がっている。
「それでは、皆さん新しい各自の席に移動してください」
先生のその一言でみんなが席を持って動き出す。
「さようなら。正宗」
「お、おう。じゃあな湊」
湊は机を持って教卓の方に向かって行った。その顔が少し泣きそうになっていたのは俺の気のせいだろう。
「おぉ、なかなかいい席じゃないか」
ここなら角度的に寝ていてもバレづらいだろう。湊のやつは教卓の前に一人でぽつんと座っている。周りの奴らは友達同士なのか楽しそうに話している。なんか少し可愛そうだな。
「じゃあ、皆さんこの席で一ヶ月頑張りましょー。なにか質問ある人いるー?なければこのまま解散にするけど」
「はい、先生いいですか?」
と、俺の後ろの席のやつが手を挙げる。
「どうしたの?」
「私、視力が悪くてここからじゃ黒板が見づらいんですけど、前の人と変えてもらうことってできませんか?」
「あ、そうなの。ごめんなさい最初に聞かなくて。じゃあ、前の席の人で変わりたい人いる?」
先生がそう言うと一斉に最前列の人たちが手を上げた。
「まあ、みんな普通変わりたいよね。じゃあ、手を上げた人たちでじゃんけんしてもらおうかな」
手を上げた人は6人。その中に当然湊もいる。
「よーし、いくよ。最初はグーじゃんけんポン」
「よしッ!!」
湊のやつ気迫がすごい、周りの奴ら引いてるじゃん。残りは4人だ。
「最初はグーじゃんけんポン」
「次勝てば後ろ。次勝てば後ろ」
残り2人。
「最初はグーじゃんけんポン」
「や、やったわ。見てた、正宗。私やったわよ!!」
「お、おう。ちゃんと見てたぞ湊。だから、少し落ちつけって」
湊はウキウキのまま席を移動させる。……周りの目も気にしないで。
クラスメイトは微笑ましい物を見る目で俺たちを見つめてくる。その視線に気がついてないのかウキウキで俺の後ろにやってきた。
「ふふ、今まで横からしか見てなかったけど案外正宗の背中って大きいわね。これじゃあ黒板が見づらいわね。でも悪くはないわ」
ツンツンとシャーペンで背中を刺してくる。…………なんかやけにテンションが高い気がする。
「あ、そうだ。正宗さっき言ってたこと覚えているわよね」
背中を指でなぞりながら聞いてくる。
「覚えているが、後ろになったからもういいだろ」
「あら、男に二言はなかったんじゃないの」
「はぁ、わかったよ。で、なにをすればいい」
「そうねぇ。なら、今日一日私の言うことを聞きなさい」
「おいおい、いくらなんでもそれはないだろ」
いくらなんでも横暴すぎるだろ。
「いいわよね」
圧がすごい。
「はぁ、わかったよ」
「じゃあ、最初は一緒にお昼ご飯を食べなさい。いいわね」
「わかりましたよ。お嬢様」
「素直でよろしい」
なんかとてつもなくめんどくさくなってしまった気がする。
授業の終わりのチャイムが鳴る。やっとお昼だ、なんだかいつもより長かった気がする。
「よし、それじゃあいくわよ正宗」
「何だここで食べるんじゃないのか」
「ここじゃ周りに見られるじゃない」
「ごもっともな意見だが、別に俺たちのことを見てるやつなんかいないだろ」
「なにがあるかわからないじゃない。あくまで保険よ」
「で、どこに行くんだ」
「そうねぇ。あ、屋上にしましょう。あそこなら誰もいないしのんびりできるわ」
「わかったよ」
「それじゃあ、エスコートよろしくね。正宗」
「へいへい、ご注文が多いことで」
そのまま屋上に向かう。
「いい天気だな」
「そうね、空に雲がひとつもないわ」
「じゃあ、食べるか」
そう言って弁当を取り出し広げる。
「すごい美味しそうね」
「まあ、ほとんど昨日の夕飯の残り物だけどな。そうゆう湊だって弁当美味しそうじゃん」
「ええ、今日のはリサが作ってくれたのよ」
まじか。ほんとにリサさん何でもできるんだな。まあ、小さいときからこいつといると自然とそうなるか。
「「いただきます」」
それと言った会話もなくお互いに黙々と食べる。ボッチは基本的に食事中は喋らない。これ基本な。
「「ごちそうさまでした」」
やっぱり食べたあとは眠くなってくる。しかもこんなにいい天気の下だからかいつも以上に、眠たい。
「少し眠たくなってきたわね」
「そうふぁな」
あくびをしながら答える。
「正宗。マッサージでもしなさいよ」
「なにを言ってるおまえは。ついに睡魔で頭おかしくなったか」
「昨日のライブの疲れが残っているのよ。それに誰かが約束を破ったせいでなおさらね」
湊は嫌味ったらしく言ってくる。
「はあ、わかったよ。どこをすればいい」
「そうね肩周りがこっているからお願い」
「まったく、お願いしますのひとつもないのか」
「お願いします。これでいいかしら」
「はぁ、たっく」
そう言ってもんでやる。
「ひゃん」
「おい、気色悪い声出すなよ」
「だって、気持ちがいいのよ。あ、もっと強くてもいいわよ」
「全く注文が多い客だ」
「ああ、そこいい。もっとそこ強く」
「こうか」
湊の肩を掴み強く揉む。
「そ、そこもっとお願い。すごく気持ちいいわ。案外正宗ってテクニックあるのかしらね」
「俺のテクニックをなめてもらっちゃこまるな」
さらに、力を込める。
「きぃ…も…おっ!ち…!い…いぃ!いぃい……も、もういいから…………やめな……さい……正宗」
「なんだ、湊から言ってきたんだろ。遠慮するなって」
「いい加減に……しないと……ひゃあ…ぁ…ぁあっんん………」
「ほらほら。自分の体に素直になれって湊」
「ん………!もぉぉ…ぉ!ううううだ…!め……ええっ」
悶絶する湊の反応が面白くてマッサージを続けた。
やってしまった。つい調子に乗ってやりすぎた。ゼイゼイと湊は息をしている。反省はしている。だが後悔はしていない。
なんだろう、湊なのにエロく見えるのは気のせいだ。
「ま、正宗あなた……はぁ……はぁ、調子に乗りすぎよ」
「いやー、悪かった。たしかに調子に乗りすぎた」
「まったく、誰かに見られでもしていたらどうする気よ」
「わざわざ、昼休みに屋上にくる物好きなんかいないだろ」
「それもそうね」
その時ちょうど午後の授業の開始を告げるチャイムが鳴った。
「そろそろ戻るか」
「ええ」
「次の授業なんだっけ?」
「確か世界史だったかしら」
「えぇ、世界史か。よし、寝よう」
「だめよ」
「なんだよ。あの先生の授業暇だし寝てもいいだろう」
「あなたが寝たら私が寝れないじゃない」
「それが本音か」
「当たり前よ」
そんな事を話しながら屋上をあとにする。
そのとき2人は気づいていなかった。誰もいなかったはずの屋上の入り口に茶色の髪の毛が落ちていたことを。