ロミッタバンド団のお通りだ! かわいいでしょ? 作:カトラス@リトルジャックP
あたしの名はローギ。
ファミリーネームはもうない。
思い出す程の過去なんかない。
そんなあたしの、うんざりする様な半生をゲグがどうしてもと言うから書いてみる。
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幼少の頃、割と早く気が付いた事がある。
自分はゴブリンで、なのに両親はゴブリンじゃないと。
理由は割とすぐに分かった。
父はホライゾン軍学校の教官で、社会的身分に伴う責務として孤児であるあたしを引き取ったのだと。
良く言えばノブレス・オブリージュ。
悪く言えば、いずれボロス軍に入れる為の行為だった。
そのどちらの比重が大きかったのか、今となっては知る由も無い。
強いて言うなら、あたしは幸せだった。
両親は義理堅く誠実で、あたしを我が子同然に育ててくれていた。
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そしてあたしがボロス者として立派に成長し、訓練の末に現場に出る様になった十代半ばの頃。
母が実子を身籠った、両親にとっては念願の事だった。
あたしもそりゃあ嬉しかった。
ひょっとしたらお払い箱かもとは思ったが、それならそれでここまでの恩義で感謝しながら去るつもりで居た。
けれど両親はあたしに「長女として良き模範になれ」と言ってくれた。
そうして妹が、みんなに求められてこの世に生を受けた。
かわいい妹だった。
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そしてあたしが二十歳になった頃、両親は言った。
「お前の本当の両親は、殉職した教え子、ボロスの戦友達だった。」と
「その頃の二人に、お前は本当にそっくりになった。」と
そう言うと両親は一本の剣を出した。
「これがお前のお父さんの剣だ、今の体躯なら使えるだろう。使ってあげなさい。」
それは所謂ロングソード、ゴブリンにとっては大剣であった。
だが、あたしは喜んでその剣を受け取った。
それを携えた姿を、「お姉ちゃんかっこいい!」と言う妹は本当にかわいかったよ。
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あたしが一角の軍人として、多くの修羅場をくぐり抜け、現場以外の仕事も増えてきて指揮スキルや対話スキルなどを習得していた油の乗った三十代。
母は隠居し、父も現場に出る事を辞め教官業に専念していた。
愛する妹もまた立派なボロス者へのルートを歩き、ついに部隊への配属が決まった。
妹は「いつかお姉ちゃんの様な立派な軍人になる!」と言っていたのを、おそらく生涯忘れないのだろう。
その時まであたしの人生は完璧で、いつか軍人として死ぬ事を含めても、幸せだと断言出来るもんだった。
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規模拡張による4小隊の新規結成の後、僅か半月。
【シミックの混成体の暴走を鎮圧すべく行われた6部隊連携任務にて、ミガン小隊が全滅】の一報が飛び込んできた。
そう、【ミガン隊】とは、妹の配属された部隊だった。
妹は鋭い触手の一撃で首を抉られ、踏み潰された下半身は圧潰した状態で見つかった。
何故ミガン隊だけが大きな損害を受けたのかはすぐ分かった。
構成員の殆どが新兵だった事、指揮官も現場叩き上げで人の上に立つ訓練が未熟だった事、素人の調達係が用意した装備の多くが不良品だった事、ほぼ初陣の状態で暴走する混成体と言う最悪の相手にぶつかった事。
どんな悲劇もそうさ、原因を探るといくつかの小さな問題が積み重なっていただけなんだ。
妹の死は家を一変させた。
母さんは精神的に不安定になって、全く笑わなくなった。
父さんも精神的に不安定になって母さんや生徒に暴力を振るう事が目立つ様になった。
あたしも正直大分落ち込んだが、誤魔化す様に軍務に打ち込んだ。
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そんな生活が一年した頃。
大喧嘩する両親を仲裁している時に、両親があたしに向ける目線と罵声に、気付いちまったんだ。
「今やあたしはこの家の娘でも何でもない、この家の娘は妹だけで、あたしは居候のゴブリンに過ぎないんだ」ってね。
あたしは両親を責める気はない。
誰だって自分の子供が死んだらそれぐらい不安定になるもんだ。
あたし自身、精神的に衰弱してたんだろうね。
家を出る時、自分でも理由は分からないんだが、ボロスを除隊していた。
出世出世で責任と部下が増えるって言う環境にも疲れていたからね。
結果自由人になったあたしは第4分区の荒事依頼を請け負う事を主にした門なしフリーランスの暮らしを始めた。
長年の腕っぷしで生活に困る事は何もなかった。
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んで、ここまでが前日談で。
ここからゲグの気になってるロミッタ団に入った経緯に入るよ。
あたしがロミッタに出会ったのはそんな暮らしを始めて七ヶ月が経った頃だ。
あたしは合同学祭の臨時警備員の募集で第5分区に来てたんだ。
それで警備員面接の時に、あたしは経歴からVIPの護衛に急遽抜擢されたんだ。
そのVIPが学祭のステージに出る予定だったロミッタだったのさ。
あたしからロミッタへの第一印象かい?
一番最初の印象は”歩き方が女なのに腰の動きが男で変だな”だったよ。
まあ気さくに声をかけてくれたよ。
「私はロミッタ、ラクドスの歌姫をしてるわ。かわいいでしょ?」
と言う今となっては定番の自己紹介も受け入れて「まあかわいいんじゃないですかね?」と返していた。
んで、その日はロミッタのショーじゃなかったんだわ。
所謂【討論会】ってヤツだ、テーマは【学生達に向けて、ラヴニカの明日をどうするか?】みたいな感じで、
イゼット・シミック・ラクドス・ゴルガリ、みたいな革新派ギルドの論客を一人ずつ招いてて、ラクドスから来たのがロミッタだったのさ。
ロミッタの演説はまあ良いもんだったよ、「誰でもなりたい自分になれる」って話をその日もしてた。
討論会は平和に終わって、護衛としてロミッタと一緒に屋台巡りをしつついろんな話をしていた。
その時に思ったのは、”このお嬢ちゃんはどうしてこんなに自由に生き生きと生きられるんだろう”とね。
だから聞いてみたのさ、
「良い演説だった、あたしは”そうあるべき”と定められた事ばかりしてきた、そんなあたしでも”なりたい自分”とやらになれんのかい?」
とクロワッサンを頬張るロミッタに聞いたんだ。
ロミッタは少しだけ悩んだ後に、何の迷いもないって顔を作って答えた。
「なれるわ。貴女は”そうあるべき”をたくさん努力して実現してきたでしょ?そんな貴女なら後はたった一つだけ頭に念じればなりたい自分としても生きられるわ」
とね。
「そりゃなんだい?」
と聞いたさ、すぐ聞いた。
「なりたい自分を見つけたらいいの、毎日毎日、自分はそのなりたい自分になれているだろうか?って考えて生きていくの。それだけ」
鋭い目だった、本当に揺らぎのない信念を持った眼だ。
あたしは、それに惹き込まれてならなかった。
自分もそんな風に生きられるなら、そうしてみたいとね。
―――
んで、後はあんたも知っての通り、あたしは来電座の門を叩き、ロミッタ団に加入した訳だ。
ああ、あたしの場合は最初からロミッタと顔見知りで、かつボロスでの前歴で真面目なのが知れてるから最初からロミッタの直弟子になったんだ。
羨ましいか?羨ましいか?
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【ロミッタ団の下宿部屋】
「…、なんか…聞きにくい事を聞いちまったんだなぁ…俺」
ゲグは完成したローギの自叙伝を読み終わると頭を抱えた。
「いいさいいさ、別に嘆く程悪い事ばっかじゃないさね」
ローギは事もないと返して、剣の鞘を磨いていた。
「その剣、そんな大事なもんだったんすね」
とゲグは覗き込む。
「ああ、荒事から遠のいてあんま持ち歩かなくなったもんね…昔は何するにもこれ担いで動いてたもんさ」
そう言うとローギは剣をゆっくりと抜いて、輝きを見せる。
「けど今となってはこいつはベッドの飾り付けに、代わりに持ち歩くのは小太鼓になっちまった。考え方は人それぞれだと思うけど…それが”あたしらしい”って事だと思うんだよ」
としみじみ、けれどどことなく嬉しそうにローギは笑った。
「あたしは、軍人やってた頃より、ロミッタやあんたとショーをやる今日が楽しいよ。」