黄金芋酒で乾杯を   作:zok.

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ぐてい【愚弟】
 特別とりえの無い弟の意。自分の弟の謙称。

ぐけい【愚兄】
 あまり出来のよくない兄の意。自分の兄の謙称。



狩猟と商事の《南天屋(ナンテンヤ)
1杯目 愚弟、北風の狩人にて ひとくち


 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 零下の世界。

 岩陰で屈んでいると、極寒の北風が防具を通して肌に刺さる。ホットドリンクを飲んでいてもなお、だ。

 

 

 ほわわ、と。厚めのグローブをしているので意味がないとわかりつつも、かじかむ指先に吐息をかけ、擦る。その青年の視線は、遠く一点から動かない。

 

 風除けの簡単な外套(ケープ)から覗く装備は、白い鎧。それに彼の背丈くらいもある刀身の剣、太刀を背負っている。

 見守る、という今の役割上、太刀の黒色は雪の中で目立つため、白い布を鞘に巻き付け保護色としている。

 

 彼の目線の先には、思春期ごろの少年。

 ビン底眼鏡にずんぐりむっくりとした体形で、フラヒヤ地方の駆け出しハンターの愛用する、おなじみのマフモフ一式装備だ。こわばった表情を顔に張り付け、アイアンランスを拙いながらも懸命に操り、彼らに抗っていた。

 

 銀に似た雪の色と、冷たい石を思わせる灰色の縞模様を持つ細身の鳥竜種、ギアノス。

 

 王立古生物書士隊、通称『書士隊』からは小型モンスターに分類されているが、それでも背は少年と同じくらい大きい。

 黄ばんだ牙を少年に向け、幼いポポといった獲物にも同じ手順で狩りをしているのであろう。じり、じりと少しずつ確実に囲う。

 

 

 ここは雪山の頂上、エリア7。雲の合間に天高く陽が見え、雪で反射して非常に眩しい。

 一面を白で塗りたくられた景色と同化するギアノスの頭数を概算するには、くちばしの黄の数を数えるのが有効とされているのだが――。

 この少年、ギアノスの群れにかなり翻弄されてしまっている。

 

「ギァ、ギァアッ」

「ギュ、ギョエッ」

 

 先ほどアイアンランスで突かれ、鱗が数か所剥がれているギアノスが数頭、盾に噛みつく。背後は目も眩むほどの切り立った崖。

 

「ぐ、ぅぅっ……!」

 

 偶然二頭の猛攻が緩んだ隙に、押し返す。いらついたような声を上げて、彼らは一歩後退した。そこへ水平に突きを繰り出すも、ひらりと身をかわされてしまう。

 

「ギャオ、ギャオッ」

「コオオゥ、グワアッ」

 

 (はや)したてるように囲んでくるのに対して、リーチを活かした薙ぎ払いで一掃……なんてとっさの判断ができるわけでもない。右へ左へ、点での攻撃である突きでの反撃も、ほとんど当たるはずもなく。

 

 また飛びかかってくる一頭に、少年は盾を傘のように情けなく構えて耐えるしかない。すると村の訓練所で汗やら涙やら、様々な汁を教官と垂らした数か月の努力が脳裏に浮かんでは消えた。

 恐怖一面の少年の心を、中途半端にたぎらせる。

 

「“すなわち、狩るか、狩られるか”……!」

 

 半ばヤケともいえる決心で、少年はアイアンランスと大盾を小脇に構えなおし、ぐっと姿勢を低くした。

 

 自分へ向かう慣性をそのまま受け流し、力のベクトルを跳ね返す――!

 

 ランスの切り札とも言えるカウンター突きの踏み込みをしようとして……顔から派手にすっ転んでしまった。長時間その場を動かない立ち回りによって足元の雪が踏み固められ、シャーベット状になっていたからだ。

 

 少年の鼻に詰めてあった丸めた布がぽんと抜けて、新たな鼻血が垂れる。雪に模様を描きながら少年は背負うアイアンランスに押しつぶされ、ワサワサと雪を掻いてもたついてしまう。

 

「ギョワアアァァ――!」

 

 その無防備な背中に一頭のギアノスが爪を振り上げ跳躍した、刹那。乱闘へ片手大の玉が投げ込まれ、辺り一面を光で塗りつぶす。腹から倒れたままの少年を、岩陰から飛び出した外套姿の青年は、よっこらせ、などとジジ臭い掛け声とともに抱き起す。

 

「よしよし、よく頑張った。惜しかったけど、狙いは良かったと思うよ」

 

 スッと少年に差し出される、回復薬。気が利くことに、フタを開けてから渡してくれた。素直に受け取り、へたりこんだまま一気にあおると、ほんのりまろやかな優しい味。

 自分で作った回復薬は、あんなにも苦くて不味いのに。

 

「ぷは。……すみません、ありがとうございます」

「うん、怪我はだいじょぶそうだね。それでこれが、閃光玉。中には光蟲――ショックを与えるとものすごい光を放つ虫が仕込んであって、モンスターの目を眩ませることで隙を作るのです」

 

 手短に少年の様態を見て、解説までこなす青年の腰ポーチには様々なアイテムが、フィールドに持ち込める限界数まで詰めこまれている。

 そういえば、誰も襲ってこない。少年はうつ伏せだったため、青年の投げた閃光玉の効果を受けなかったのだ。

 

「後は僕に任せて。君はその鼻血を止めて、今の動きを振り返ってみて」

 

 青年は応急処置のハンカチも押し付けながら、視界を取り戻しつつあるギアノスの群れに向き直る。

 

 いやー雪ってやっぱり反射がきついねえ、閃光玉の効果も長い気がするな、と。

 眩しそうに目を細めながら、しばらく岩陰に隠れていたせいで冷えた体を(ほぐ)すようにその場でトントンと二回軽く跳ぶ。

 

 少年が鼻に布を当てながら岩陰に転がり込んだのを横目で確認すると――

 

「――さぁ、来いっ!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 青年は外套を翻し、太刀を抜いた。装備は氷牙竜ベリオロスの軽鎧、しかもS(めい)付きだ。

 低く構える得物は太刀、ヒドゥンサーベル。迅竜ナルガクルガの鱗に装飾された刀身は幾度も鍛え直し、丹精に手入れされ、雪に勝るとも劣らない艶を放つ。冷気に触れてシャラリと鋼の音がした。

 

「ギュアアァァァッ!!」

 

 一頭のギアノスが挑発に呼応し、青年に向かって高く跳躍する。

 しかし、滞空時間とは身動きが取れないもの。青年の狙った突き上げるような斬撃は喉の軟骨まで容易く届き、その体が雪を巻き上げて着地する頃には絶命させていた。

 それを皮切りに、青年は群れに畳み掛ける。

 

「そこの若いのっ!」

 

 重心の流れを止めることなく移動斬り。仲間の突然死に怯んだ若いギアノスの両膝を、返した刃で股関節を断ち切る。

 隣のもう少し年を重ねている個体には肩を押し込むようにして、肋骨終わりのあたりから中をくり抜く。

 振り向きざまに、青年に噛みつこうと大口を開けた個体の下顎を舌ごと切り落とした。

 

 最初の一頭とこの三頭を、わずか一息で。

 覆い被さってくる死体ないしこれから死体をすばやく前転して避け、ヒドゥンサーベルをゆっくり大げさに掲げて威嚇した。刃から血が、滴り落ちる。

 

「いざいざ――次は誰か!」

 

 彼らにも、何か守らなければいけないものがあるのか。

 

 愚かにも、氷液を吐く個体。往なしでかわされ、突きで口の中を抉られた。

 愚かにも、体当たりを仕掛ける個体。動かず少し刃を傾けるだけで自ら身を裂きひっくり返った。

 愚かにも、天へ吠えて仲間を呼ぼうとする個体。無防備な腹を低重心からの斬り上げで真っ二つにされ、臓物をまき散すこととなった。

 

 愚かにも、逃げ腰の個体。瞬時に雪におびただしい血痕をつけて崖下まで吹っ飛んでいった。

 横殴りの突風――吹雪を(はら)んだフラヒヤの北風のような気刃斬りだった。

 

 若いのも年老いたのも、歯向かってきたのも、怯えていたの――全て、全て、無差別。

 

「……これで、八頭」

 

 青年が少しあがった息をつく頃には、ギアノスの群れは文字通り鏖殺(おうさつ)となっていた。

 

 ――八頭のギアノスを討伐。

 クエストクリアである。

 

 

 ベリオS装備の白にべっとりついた返り血を軽く拭ってから、ギルドへの信号弾を手際よく準備する青年は、大丈夫だったかい、鼻血止まった? と岩陰を覗く。

 そこには、恐怖と興奮で瓶底メガネを曇らせ、身体から色々な汁を噴き出してガクガクしている少年がいた。

 鼻血は止まっていなかった。

 

「……シヅキさん、すみません、……ボク、ちょっと、腰抜けちゃいました」

 

 

 名を呼ばれた青年はポカンとしたが、やがて苦笑し、手を差し伸べた。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 すなわち、狩るか、狩られるか。

 しかし、皆がそれの摂理にただ(こうべ)を垂れるわけではなく。

 愚かにも、頭をもたげて葛藤する(ハンター)がいた。

 

 すなわち、狩るか、狩られるか。

 これは、それがちょっと苦手な(ハンター)のお話。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 




 

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