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まだ冷たい山風吹きすさぶドンドルマから、陸路を東へ七日ほど。
命の気配のひしめくここは、ドンドルマハンターズギルドの定める狩場の一つ、テロス密林。
季節風のために多少の雨季乾季がある熱帯雨林気候であり、生態系は多様性に富む。
なぜこの地域は、こんなにも生態系が多様になったのであろうか?
――
彼らが懸命に工夫を凝らして、太古から世代を繰り返し、進化し続けた結果である、とか。
そんな鬱蒼とした空を裂く、Lv.2通常弾。
安定した威力とシンプルな弾道の、前衛の邪魔をしないオーソドックスな弾だ。
正確な殺意というよりも、気を散らす様に手や尾の先といった感覚の鋭い部位へヒットする。
彼らとは、暗い密林に溶け込むことを拒む桃色の体躯。
小型の牙獣種、コンガだ。
視線が、前方から単身で突っ込んでくる獲物から、一瞬だけ狙撃された方向へ。
そして視線を前方に戻す前に、浅く鋭い一太刀を受けることとなる。
「ヴォッ!?」
「ゴァッ!?」
痛みを感じるよりも速い。
斬られた一体は横腹を押すような体当たりで転ばされ、もう一体は腰を落として勢いよく引く柄での突きで鳩尾を抉られる。
胸骨と横隔膜に衝撃が加わり、むせ返った。その息は、臭い。
「っ、ふ――」
同時に腕を振り上げる他の二体だが、斬り下がりながら距離をとられ、コンガは群れとしてのペースが徐々に崩される。
「数、多すぎない!?」
見渡す限り、暗い下草の影にちら、ちら、ちら、と桃色が。
コンガ達にとっての獲物――シヅキは、ベリオSヘルムの隙間から汗の滴を垂らした。
コンガは鳥竜種のランポスやジャギィほど群れの連携を重要視するモンスターではないものの、数ある小型モンスターの中では比較的強靭な腕力や体力を持つ。
シヅキが上位ハンターと言えど、視界の悪さも相まってあまり戦いたくない相手であった。ヒドゥンサーベルの刃も、下草や樹木に引っかかっている
「シヅキ、これ以上深追いは必要ない! 引き上げるぞ!」
「荷車のガーグァは!」
「アキツネが何とか落ち着かせた! 急げ!」
一瞬だけ逡巡したものの、下草とコンガ達の隙間をシヅキは電光石火の如く駆け抜け、速度が落ちていたガーグァ荷車の二両目の尻に飛び乗った。
「グッジョブ。もう少し長引くかと予想したが、杞憂だったようだ」
「っはぁ、ダメだ。障害物多くて全然太刀振れない。でも思ったより呼吸は全然楽だったかも」
「礼なら、一両目の方々に伝えてくれ」
彼やガーグァ荷車を追おうとする個体には、荷車の上からメヅキのヒドゥンゲイズによってLv.2通常弾が撃ち込まれる。
適正距離を超えたために大した威力ではないが、牽制には十分だ。
荷車にシヅキが飛び乗ったのを確認すると、ガーグァ荷車はぬかるみをものともせず速度を一気に上げる。
獲物の予想以上の実力を見誤っていたコンガたちは、去ってゆくガーグァ荷車を恨めしげに睨んでいた。
「いやはや、シヅキさんにメヅキさん。見事な護衛でした」
二両編成ガーグァ荷車の二両目、商売道具やアイテムの乱雑に積まれた荷台で一息つく二人に、一両目の少しオンボロな客用荷車の窓から、グッドサインが四つ飛び出す。《スカスピ》の四人だ。
「予想より大幅に早く群れをやり過ごせたのは、貴殿方の演奏のお陰だぞ。感謝する」
「ここ密林は湿度が高くて息があがるとキツいのですが、今回は比較的楽に動けましたし、何というか……演奏があると集中できたような?」
素直に頭を下げて礼を伝える二人。窓から飛び出したそれらに、メヅキの隻眼が向けられた。
大きく無骨な骨をくり抜いて作られた狩猟笛、ハンターズホルンと、ユクモ村産うなりうねり貝の狩猟笛、ウネリシェルン。
シヅキとメヅキがコンガの群れと対峙している間、これらをデカートとスコアは荷車の上から演奏していたのだ。
「ハンターズホルンは攻撃を、ウネリシェルンはスタミナをサポートできる狩猟笛なんだぜ。これ担ぐのを選んで正解だったな」
「お褒めの言葉、我々狩猟笛使い――カリピスト冥利に尽きるお言葉です」
手に携える得物を軽く小突くデカートとスコア。
――《ザ・スカルズ・スピカズ・シンガーズ》。
彼らは、狩猟笛四人組のパーティである。
「俺達の狩猟笛は、今回はちょっと出番無かったかな」
「アンタ達、アタシの幕を出してくれなくてちょっとつまんないよ。腕が立つってことが分かったからいいんだけどね!」
オクターの狩猟笛は、ベルナ村周辺に見られる空色のシダ植物を模したアズマンドウィンド。デシベルの狩猟笛はブナハブラ素材に火薬草の加工を施した、火属性を持つセロヴィセロルージュだ。
どちらも回復の旋律を持つために、ほぼ無傷でコンガ達を撃退したシヅキには効果がなかったようである。
「狩猟笛使いとは数回だけ狩猟を共にしたことがありますが、《スカスピ》の演奏はまた格別にお上手です。楽器はどれくらい長くやられているんです?」
「ははは! 村の酒場で二十五年近くはやってるぜ! って言う度に、俺達ジジイになったよなと思っちまうな」
「二十五年近くも。そんなに長く音楽と親しんでいるなら、慣れたものであるな」
「そうだね。音楽を長年続けられた理由は、例えるなら……
「その心は、皆で酒場で騒ぎながらやることだ。俺達の村の酒場はホームみてぇなもんでな」
「おー、お酒ですか。何かオススメあります?」
コンガを余計に傷つけないようにヒドゥンサーベルの刃をあまり当てないようにしたものの、体毛についている脂や泥、体毛自体で切れ味は落ちる。
シヅキはそれを砥石でこそぎ落としつつ、《スカスピ》に話を振った。
「若い子に人気なのはトロピーチを使った果実酒の地酒かな。トコナツメグをサッと振りかけたら飲みやすいんだ」
「メヅキ、果実酒好きだったよね。甘いの」
「俺は何でも飲むぞ。だがやはりこういう暑い時に飲むのは、冷たくて甘いのが良いな!」
こら、ちょっとは遠慮しろ。シヅキはメヅキに軽く手刀を見舞う。子気味のいい音がした。
「酒なら、村の酒場に何か美味しいものを分けるようお願いしてみるよ」
「あ、いや、冗談だったのでそんな本気にしなくても」
「酒でその地域の特色も分かるしね、アタシ達の村の事を酒を通して知って欲しいんだよ」
「若い子は、私達みたいに肝臓ダメになる前に美味しいものを知っておいた方が良いですよ」
「それならば遠慮なくこう!」
「こら、嬉しそうにするな」
また手刀を見舞うシヅキ。しかし、荷台の荷物の影から顔を出したハルチカが、小さく手を上げた。
「おい兄弟、喋っているところすまねェサ。なんとか無事に村……グロム・バオム村まで来れたが、これまでの道中にコンガが多すぎやしなかったかい。おまけに客用車両じゃなくて、食べ物を積んだ荷物用車両を狙うと来た」
「確かにこの辺りはコンガの生息が多いけど。確かにさっき、僕もちょっと数が多いなーって思った」
「うむ。俺も薄々感じていた。繁殖期であるからか、と思ったがコンガの発情期や出産時期から見ると時期が違うし……まさか」
メヅキは群れを観測したときにカウントしておいた手元の
すると前方の一両目、御者台から運転手であるアキツネが彼らへ声を投げかけた。
「メヅキ、ビンゴだべ。さっき、あの高台から大将がじッとこっちを見てたべよ」
「大将……というと」
「桃毛獣、ババコンガ。……これは“竜の歌”の調査を始める前に、ちと面倒なことになりそうだネェ」
徐々に《南天屋》の間に漂う不穏な雰囲気に、客用車両からオクターが顔を出す。
「コンガにババコンガは村の周りではよく見かけるし、畑の作物を巡って小競り合いになることもあるけど、これまで本格的に村に危害を加えたことはないよ」
「そうなんですか? でも、小型モンスターと言えど人間と接する機会があるのはあんまりよくないです」
「何かあった時はジャンボ村のハンターにお願いしているんだけど……村のハンターがいないから、俺達がハンターになってみた、っていう理由はちょっとだけあるんだ」
「しかし、奴さんみてェな牙獣種は特に頭が良いから厄介だヨ。知り合いの商人でもババコンガをはじめとした牙獣種に荷物をやられた奴らは珍しくねェ。……一度味を占めると、何度でもやって来やがるのサ」
「……車、飛ばすけ?」
西の空から、いつの間にか夕立の気配がやって来ていた。
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「クソッ、クソッ! やられたっ……俺達の……!」
拳を何回も壁に叩きつけるデカート。
瓦礫に触れるデシベル。立ち尽くすスコア。
夕立に村人から傘をさしてもらっている《スカスピ》の四人は、ただ現実を受け止められずにいた。
「《スカスピ》の皆さん、雨酷いですし軒下に入った方が……」
「……すまない。必ず宿には連れて行くから。……ダメだ、何から行動すべきか、頭が働かない」
眼鏡が傘からこぼれた雨に直撃するのに気もくれず、天を仰ぐオクター。 しかし、無理もないだろう。
――彼らの酒場が、半壊状態だったのだ。
「店の表で開店準備していたら、後ろからとっても大きい物音……今考えると、きっとアレは壁や柱を壊す音がしてニャ」
「そうかいそうかい。だいたいいつ頃の話サ?」
「……本当に、さっき……二時間くらい前の話ニャ。今日は《スカスピ》が一年ぶりに帰ってくる日だって、ずっと楽しみにしてて、酒場としても思いっきり派手におかえりをしようって……ウ、ウゥッ」
人だかりができている中、近くの木の下でべそをかいていた酒場の店員のアイルーに目をつけ、ハルチカは抜かりなく事情聴取をする。
《南天屋》の四人は垂皮竜ズワロポスの革製の雨合羽を身に着けているが、ここ密林は熱帯と言えど日没前の気温が下がる。長く外に出ているのは、《スカスピ》にも《南天屋》にも、店員のアイルーにとっても良くなかった。
しかし、《スカスピ》が気を落としている今、《南天屋》が動くしかない。
「怪我人はいなかったかい?」
「ウン。……アイツ、人やボク達には目もくれなかったニャ」
「今度修理しなきゃねって話し合ってた、脆い壁から入って来て……」
そんな中、メヅキは瓦礫の山の調査を淡々と進める。証拠を残すために物の移動は控えているものの、瓦礫をひっくり返して散らかった食料を一つ一つ調べ上げてゆく。
「アイルー達の言う通り、酒場の生ゴミと備蓄の食料だけ、特に味の濃いものや甘いものが狙われている。酒も、果実酒を好んで物色したようだ」
「確かに、このタルの匂いは果実酒だね。これ、オクターさんやデシベルさんの言ってた地酒……なのかな」
「極めつけはコレ……内容物は毛や魚の鱗、甲虫の羽、種子ときた」
「縄張りのフン、か」
「残念だが、この酒場はもう奴のターゲットにされてしまったのかもしれん」
雨でほとんど溶けだしているためにサンプリングこそしないものの、メヅキは縄張りのフンの残骸に瓦礫の欠片でガリガリとマークをつける。
半壊した酒場を一周してみると、沢山の痕跡が残されていることが分かった。
「桃毛獣、ババコンガ――……」
人だかりも含めた誰かが、雨音にかき消されんばかりの小さな声で呟いた。
「……これァギルドに事前報告として申請して、早めにおれ達でフリーハントした方がいいべがなァ?」
「アリだな。ここから一番近いギルド出張所があるような村と言ったら、ジャンボ村か」
「ここから更に南に半日はかかるサ。先に密林でババコンガの動きを確認しておいて、出ている間にジャンボ村まで出た方がいいんじゃねェのかい」
「でもその間、村の護衛もつかなきゃだ。……待って、僕ら四人じゃちょっと人手が足りなくない?」
やらなければいけないことを指折り数えていたシヅキは、首を傾げた。
うーむ……と唸って眉間に皺を寄せる《南天屋》の面々。その眉間の皺さえ、雨粒は容赦なく伝ってゆく。
「ババコンガ……アイツ、怖かったニャア。ボク達が精いっぱい仕込んだ食材を……お酒を!」
「うむ、ババコンガは『密林の大食漢』とも呼ばれる程、食への執着があるモンスターだ。絶対に野放しにはせんから、安心してくれ。いや全然安心できる状況ではないのだが」
「……《南天屋》。人手が足りないようだったら」
濡れそぼった白髪交じりの髪をかき上げ、オクターがおもむろに口を開いた。
「ババコンガの狩猟、……この《スカスピ》がやろう」
ざわ、と人だかりがどよめいた。人だかりの中には、オクター達に傘を貸している人のような《スカスピ》の友人や知人もいるはずだ。
当然、《南天屋》の四人も驚きを隠せなかった。《スカスピ》は、中型鳥竜種以上の危険度のモンスターを討伐したことが、まだなかったはずだから。
「ホームである酒場をやられたんだ。このまま黙っていられるほど、俺達《スカスピ》は地元愛が薄いわけじゃない」
雨に打たれつつも、何とか歩み寄りオクターの肩を掴むデカート。デシベル、スコアも足元を泥はねで汚しつつ立ち上がる。
「『俺がやる』じゃなくて、『《スカスピ》がやる』って言いやがって。……でも、お前はいつもそういう奴だって俺は知ってるぜ」
「アタシ達、ババコンガを見たことないってわけじゃないし、むしろ親しみを持っているモンスターなのよ。もちろん、恐れもあるけど……」
「私達の酒場が被害に遭ったのです。私達が、どうにかしたい」
「しかし、お前サン方は儂ら《南天屋》のお客サマなの。勝手に怪我を負ってもらっちゃア困るぜ」
ハルチカは抗議するが、オクターは頑として食い下がる。彼は、眼鏡の水滴を指で拭った。
「早急に手を打たなきゃいけないのは分かっているけど、もちろん準備は怠らないよ。あのガーグァ荷車、何か商品をいくつか積んでいなかったかい」
「……おやおや」
目を見開くハルチカ。少し置いて、みるみるうちに口の端を耳まで吊り上げた。商人の顔だ。
「見る目があるネぇ。何がご要望だい、お客サマ」
「狩猟に役立つアイテムを。それから、密林とババコンガに関する情報をありったけ。代金は……俺達が狩猟を達成してからだ」
「後払いァ、高くなりますぜ」
「構わない。俺達の狩猟が必ず達成できるような、良質な品物を期待している」
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