黄金芋酒で乾杯を   作:zok.

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20杯目 ルーキーハントでサウンドを みくち

 

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《スカスピ》達がまだババコンガに遭遇する前、午前中のこと。

 

 拠点から、いざモンスターの陣地へ。

 ……しかし、密林の様子が普段とどこか違う。違和感が何となく立ち込めていた。

 

 ハンターの感覚としてもそうだが、それ以上に、密林地帯を住みかとする生き物の感覚として。

 それは自然現象の結果ではなく、明らかに何かの作為。

 

 エリアに鬱蒼と生い茂っているはずの植物がところどころ(しな)びて、土が剥げていたのだ。

 

「ババコンガ……ってこんなことしましたっけ」

 

 スコアはそっと足元の草に触れる。しわしわに色素が抜けていて、熱でやられたとも、病に罹ったとも判別のつかない見た目。

 

「どうしたんでしょう、これは」

「うーん……分かんねぇな。俺達、植物には詳しくないし」

「なにかこの密林に異変が起きているのかもしれないわね。帰ったら村の人間や《南天屋》に相談してみようかしら」

 

 各々ハンターノートに記録を書き込み、彼らはババコンガ狩猟を急いだのであった。

 

 

 

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「貴殿方の目撃した飛竜は、まさしく雌火竜リオレイア。植物が枯れている異変も、彼女の仕業で間違いない。古龍観測隊もそう記録しているそうだ」

 

 

 ババコンガ狩猟の翌日夜、グロム・バオム村で《スカスピ》と《南天屋》はとある安宿で落ち合い、互いの成果を報告していた。

 ばさり、と分厚い書類を机に置いて示すメヅキ。《スカスピ》が密林に向かっている間、《南天屋》宛てにドンドルマハンターズギルドから速達アイルー便で送られてきたものである。

 

「でも、リオレイアって体が緑色だろう? この村からでも時々遠くを飛んでいるのを見るけど、俺達が見たのはうすら恐ろしい紫色をしていた」

「そう。通常のリオレイアは緑色。だが今回目撃され、狩猟対象になっているのは『二つ名』持ちのリオレイアとされている。……その名も、紫毒姫(しどくひめ)、だ」

 

 宿の部屋を、どろりと緊張した空気が流れた。それをかき分けるようにして、デカートがおずおずと尋ねる。

 

「……シドク、ヒメ?」

「紫毒姫。紫色の体色に劇毒を備える棘を持ち、通常のリオレイアよりも体が二回り以上も大きい。筋力も強く体力は桁違い、と。龍歴院はそう述べている」

 

 スッ、と切れ長の目尻に影を落とすメヅキ。研究が進んでいないのは、きっと、今の科学の力が彼女に及んでいないからなのだろう、と途切れ途切れに呟く。

 悔しさが、わずかに目尻に滲んでいた。

 

 龍歴院とドンドルマハンターズギルドの共同情報によると、ここ二週間ほど、でいくつかのババコンガ達の群れが密林近辺の人里まで下りてきている。

 

 このグロム・バオム村のように被害が発生したところでは、現地の者や派遣されたハンターが警備や護衛に当たっている。

 しかし、古龍観測隊が動きを見るに、どうも彼らは密林から()()()来ているらしい。

 

 そして、《スカスピ》も目撃した異様な植物の枯死も密林で所々見かけられるようになった。注意して観測を続けると、その原因が紫毒姫であることが判明。

 

 紫毒姫は恐らく繁殖期であることが理由で非常に気が立っている。

 このまま紫毒姫を野放しにしていると密林の生態系が崩れることはもちろん、近辺の人里にも波紋が広がる。密林のモンスターによって人が住めなくなる場合もあるのだ。

 最悪、紫毒姫自身が人里に目をつけることも。

 

「じゃあ、俺達が狩ったババコンガも?」

「大方そうでないかと俺は踏んでいる。……紫毒姫に本来の住みかを追われてしまったのだろうな。

 住みかのないモンスターは、飢える。きっと彼らも、それでこの村を襲ってしまったのだろう。食べ物を手に入れたくて必死に頭を使った結果がこうなんて、な」

 

 しゃり、と。隣のシヅキがヒドゥンサーベルを研ぐ音が、嫌に響いた。

 

「そこで今回、最も密林の近くに滞在していて紫毒姫の狩猟に実力の見合うハンターとして……儂ら《南天屋》が龍歴院から選ばれたのサ。これが、いわゆる許可書となる『特殊許可クエスト券』というものヨ」

 

 ハルチカは、紫色の紙片を書類の入っていた封筒から取り出して見せた。龍歴院の印がなされたそれには、確かに紫毒姫と思われるアイコンが描かれている。

 

「龍歴院って、ベルナ村にあるあの石造りの建物かしら」

「そう。アンタ方もベルナ村に立ち寄ったことがあったんだったっけネェ。

 二つ名モンスターの狩猟は、龍歴院を通さねェとならんのヨ。ちと面倒なシステムになっているが、このメヅ(こう)が研究職をやっているおかげで龍歴院に顔が利いてサ。迅速に対応してくれたってワケさ」

 

 真面目に書類を読み込むメヅキの頭を、わしゃわしゃと撫でるハルチカ。だが、メヅキは手を払いのけようとせずに渋い顔をする。

 

「二つ名モンスターの狩猟は、俺達にとって初めてのことだ。俺達の狩猟の出来次第で増援をドンドルマハンターズギルドが手配するらしいから、俺達は所詮時間稼ぎではあるが……狩猟しきるつもりで挑むぞ」

「紫毒姫……ドンドルマハンターズギルドと龍歴院が同時に動くようなモンスター、だったんだな」

「逆に、この密林がそのような力のあるモンスターも住むくらい豊かであるということだ。故郷である密林をもっと誇るべきだ」

「……ま、とにもかくにも。密林の大食漢 ババコンガ! の狩猟お疲れ様でした、なんじゃないですか」

 

 しゃりん、と。研ぎ終えたヒドゥンサーベルが、刃を鋭利に光らせる。漆黒の鞘に、眠るように収められた。

 

「狩猟の報酬は、後でドンドルマハンターズギルドから送られてくると思います。撃退なので素材報酬はあまり期待できませんが、グロム・バオム村をババコンガ達の脅威から守った、ということでお金はそこそこ貰えると思いますよ」

 

 ヒドゥンサーベルを壁に掛け、白い歯を見せて《スカスピ》に笑うシヅキ。

 暗がりで見えづらかったが、この部屋は《スカスピ》が狩猟に赴いている間に狩猟の準備が着々と進められていた。

 磨かれた武器、防具、ジャンボ村で新たに補給してきたアイテム、広げられた密林の地図はメモ書きが大量にされている。無口なアキツネは話を静かに聞きながら、先ほどから罠の作動チェックなど、最後の詰めを行っていた。

 

「アンタ方に信号を送った古龍観測隊も、緊急でこの村に避難してきたサ。普段は密林に常駐している奴らだが、今は村の端っこに気球を停めて、宿でもとって休んでいるはず。これまでのババコンガや紫毒姫の動きについて聞きたかったら、彼らに聞くといいヨ」

 

 ハルチカも椅子から立ち上がり、《スカスピ》に早めの帰宅を勧める。月はまだ昇ったばかりだが、彼らとて狩猟からまだ一日しか経っていない。疲労は取れていないはずだ。

 《南天屋》の他の三人も立ち上がり、《スカスピ》を部屋から見送る。

 

「僕たちの出発は明日早朝です。後はお任せください。ババコンガの狩猟、本当にお疲れ様でした」

 

 

 

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 その日の深夜。荷車のガーグァに餌をやるため、シヅキは寝る前に宿から出ていた。ガーグァの餌やりは、《南天屋》では当番制なのだ。

 《南天屋》のガーグァ荷車は宿のすぐ傍に停めてあるためそれほど時間はかからず、シヅキは肥ったガーグァが餌をついばんでいる間、明日の狩猟に向けてぼんやりと考え事にふけっていた。

 すると、不意に宿の戸が静かに開く。

 

「あれ、オクターさんじゃないですか」

 

 声をかけると、その影はやや大げさに驚いた。煙草を片手にしているところを見ると、一服しに外へ出たのだろうか。オクターである。

 

「村に帰られてから、寝食は家でされているんだと思っていました。この宿に泊まっていたんです?」

「はは……お恥かしいことにそうなんだ」

 

 見つかってしまったのは参ったね。そう言ってオクターは苦笑し、煙草に火をつけた。歩み寄り、ガーグァをつないでいる柵に腰かける。

 シヅキの持つランタンに、ふかりと煙が照らされた。

 

「家に、帰りづらくてさ。嫁と子ども二人がね、いるんだけど」

 

 シヅキは、しゃがみ込んだまま彼を見上げた。

 

「……続けて下さい」

「うん。去年、俺が音楽をやりながらハンターになるって言った時に、猛反対して。こんなオッサンになってから物事を始めるってなんだ、とか、家族の足しにならないんじゃないか、とか」

「ハンターとは、危険を伴う職業ですから……ご家族の言い分もわかります」

「俺、音楽馬鹿だからさ。当時、下の子が嫁に行ったこともあって、新しい音楽の形を見つける旅、っていうことにもの凄く憧れてて。……結局、仕事だった村の郵便局勤めを一年休んで、身の周りの物をある程度整理して、《スカスピ》の他のメンバーと村を飛び出してしまった。メンバーの皆はちゃんと家族の許可を取って出てきているのに、俺は一年間、適当にその辺を隠してきた」

「……」

「……また否定されるのが、怖いんだ。巡り巡って村までは帰れたのに、どうしても家に帰る勇気が出ない」

 

 彼の鼻と口から吐き出される煙が、ふかり、とやわらかく照らされる。

 

「ババコンガに立ち向かう勇気は、俺、あったのにね」。オクターはいつの間にか餌を食べ終えていたガーグァの頭を撫でる。その手つきは、一人の楽士でもなく、ハンターでもなく、間違いなく子育てを終えた一人の父親のものであった。

 

「まだ若い子にこんなオッサンの話を聞かせてごめんね。さ、宿に戻って休んでくれ。明日は紫毒姫の……」

「……ええと」

 

 オクターの言葉を遮るシヅキ。コトリ、とランタンを地面に置く。しゃがんだまま、膝を抱えた。

 

「僕は、肉親って意味の家族は、兄……メヅキだけです」

 

 オクターの方ではなく、ランタンの火を見つめながら、言葉をゆっくりと選んで切り出す。清流色の瞳に、ランタンの火が揺れる。

 

「……そうか。彼が唯一の家族なんだね?」

「あんなのが、唯一の家族です」

「あんなのって……ふふ。でも信頼してるんだね。続けてくれ」

「はい。……それで、喧嘩は、しょっちゅうするんですよね。どうでもいいことで数日、家……と言ってもドンドルマのあの事務所を空けたりして、お互い相手の前からちょっとだけ姿を消すこともあります」

「……」

「でも結局、最後はどちらかが帰ってきちゃうんです、必ず。口ではすまなかった、って一応謝りはしますが、正直家族が無事なら、僕も、彼も、どうだっていいのです」

 

 オクターの煙草は、いつの間にかほとんど燃え尽きている。目はそれを見ていても、灰を落とすこともせず、オクターはシヅキの紡ぐ言葉に耳を傾ける。

 

「まずは、無事な姿を見せること。それが、遠出した帰ってきた人間の、家族への礼儀なのかなって」

「……はは。それを言われると本当にお恥かしいな」

 

 オクターはやっと眉を下げ、苦笑した。体の動きに合わせて、煙草の灰が落ちる。

 

「あ、でも、オクターさんの場合は急にとは言いません。ほら、ええと、チャリティーコンサートって手があるじゃないですか? あれを開けば、奥さんやお子さん……多分僕と同じかそれ以上の年だと思いますけど。もしかしたらオクターさんの無事を知ってくれるかもしれませんし」

「……いやはや、さすが商人というか、お目が高いというか。俺がチャリティーコンサートを開く本当の目的は、それなんだ。他のメンバーの三人は多分それぞれもっと純粋な思いがあるんだろうけど、俺は違う。俺の演奏を聴いたら、理解してくれる……とまでは言わないけど、俺が去年村を出て行った覚悟みたいなやつをなんとなく見てくれるのかなって」

「あらら、そうだったんですね。これはなんだか答えを先回りしちゃいました」

 

 シヅキはばつが悪そうに照れ笑いすると、ガーグァの餌の器を拾って立ち上がる。やはり、その背はオクターよりずっと小さかった。

 

「そんな背景が依頼主にあるんだったら、僕たちはもっと頑張らなきゃです。紫毒姫を必ず倒して、“竜の歌”の調査を再開して、チャリティーコンサートを成功させなければいけませんね」

「……この村の住人でもないのに、ここまで危険なことに加担させてしまって申し訳ない。明日からは、本当に気を付けてくれ」

「あぁ、いやいや。紫毒姫の狩猟は龍歴院とハンターズギルドからの依頼です。彼らには僕たち商人の首根っこを掴まれているので、失敗すれば密林の人々や生き物達だけでなく、《南天屋》の首も飛んじゃうのですよ」

 

 笑いながら首を手刀でピッ、と一文字に引く仕草をする。

 シヅキはこのように軽い口を叩いたが、実際、ハンターズギルドに所属しているハンターは狩猟に失敗するとハンターランクポイントを引かれてしまう。

 ハンターランクポイントは依頼を達成しないと貯めることができない。ハンターランクとハンターランクポイントは依頼主への信用の目安につながるので、特に商売を兼業で営んでいる《南天屋》にとっては冗談抜きのペナルティだ。

 きっとお眼鏡にかなっているハンターズギルドや龍歴院からの保障も薄れてしまうだろう。

 

「商売っていうのは、いつだって信用と保障の駆け引きです。今回僕たちは龍歴院とハンターズギルドに試されているんじゃないかなって。腹立ちますよね」

「はは。商人というのはたくましいものだな。いや、ハンターだからか?」

「両方なんじゃないですかね。……ええと、密林って夜はそれなりに冷えるんですね! 僕はそろそろ明日に向けて寝ておきます! お先に失礼します、おやすみなさい!」

 

 彼はやや強引に話を終えると、「これ今度返してくれればいいですから」、シヅキはランタンをオクターに押し付けて踵を返し、さっさと宿に戻っていった。

 

「あぁ、おやすみなさい」

 

 夜闇に溶け込む黒髪を見送りながらオクターは二本目の煙草に火をつける。煙草をくわえた口元が、彼の言葉を勝手に復唱していた。

 

「……まずは無事な姿を見せること、ね」

 

 

 

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